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2012/08/31

一月ぶりのなおです。よろしくお願いします。

一月経っても、『タチアーナ』熱が冷めないなおは、「このすばらしい感性の持ち主がロシア語に訳した源氏物語を、一行でも良いから読んでみたい」と切望するあまり、ついにロシア語の独習用のテキストを買ってしまったのでした。

しかし、ロシア語!これほどの手強い言語はなかなかないのではないでしょうか。 なにせ、Tは、手書きの筆記体ではmになりでも読み方はTだったり、Pかと思ったら、音は巻き舌の英語のrに近かったり・・・不器用ななおは、巻き舌出来ません。 アルファベットの時点で既に挫折しそうです。これでは、一生かかってもタチアーナさんの『源氏』は読めないのではないかと最近はしょんぼりしています。(ロシア語学習が、論文書きの気分転換になるかも、という夢は既に打ち砕かれました)

さて、なおが夢中になった『タチアーナの源氏日記』について、前回語り尽くせなかった部分を熱く語りたい(Junk Stageの精神に立ち返って!)と思います。

『タチアーナの源氏日記』は、タチアーナ・L・ソコロワ=デリュシーナさんが『源氏物語』のロシア語訳を行っていた、1979年から1991年までの記録を再編集して一冊にまとめたものです。 1979年から91年といえば、ご承知のとおり現在のロシアが、ソビエト連邦だった時代です(ソビエト解体は91年12月25日)。

体制下の、物資不足や文学(特に日本文学を初めとする東洋文学)への当局の無理解、等々が、タチアーナさんの翻訳活動の前に立ちはだかります。しかし、彼女はそれらを全面に押し出して描くことはしません。生活の困難や、当局の締め付けはもちろん著者の翻訳活動を圧迫し、浸食するのですが、それでもあくまで研究者であり翻訳者であり続けるタチアーナさんは、外的な困難のせいで内的世界がやせ細ることはありません。本書には、タチアーナさんの写真も掲載されていて、それを見る限りいかにも知的で端正な北方美人なのですが、その美しい容貌の奥に秘めた、知性の圧倒的な強靱さに、私はただただ打たれるしかなかったのです。印象的な場面を抜き書きしてみます。

半日がかりで店を回った。キャベツを買いたかったのにどこにもない、乳製品も。大豆とマリネ漬けのビーツを買った。それからカーチャ叔母さん(夫セリョージャの叔母。長いこと病んでいて一九七九年頃から寝たきりになっている。彼女はイリインスコエのわが家に七六年から一緒に住み、八四年に亡くなった)のために雛鳥を二羽。今日はほとんど机に向かわなかった。 夜に(略)最近日本から送られてきた『源氏物語絵巻』のアルバムを眺めた。「吹抜屋台」の原理ほどテキストの性格をよく映し出してくれるものはない。読者の視野の真ん中に次から次へと個々のエピソードが立ち現れて、あたかもアップで迫ってくるかのようだ。同様の効果は現在形と過去形の文法的交替からも生じる。(1982年3月15日)

生活の困難にもめげず、文学研究者としての思索を続けるタチアーナさんですが、誰もが彼女のように生活と同じ価値を文学に求められる訳ではありません。

昨晩、モスクワに来た。今日は出版社に行った。店に商品がないという話でもちきりだ。(略)私が『源氏物語』で悩んでいる個所を編集者に相談しようとしたら、彼女はこう言った。「石鹸がないのよ、言葉なんてどうだっていいでしょ」。ごもっとも。でも石鹸は一時のこと、作品は一生のことだ。(1989年9月18日)

ロシアの知的階級の伝統を受け継ぎ、かつ『源氏物語』を原文から(英訳や日本の現代語訳を頼りにせず)ロシア語訳した人だからこその誇り高さは次のような箇所からも伺えます。

(研究所時代の友人と会って) 国を出るのと残るのとどちらがいいか、という尽きることのない議論。(略)アーロチカはあっちで暮らすほうが物質的のはるかにいいと踏んで出て行こうとしている。ヴォロージャはこっちでは創作上自己表現ができないと思い込んでいる。(略) 私が出国できないのは、第一に、もしかしたらもう二度と会えないかもしれないと知りながら肉親と別れる決心がつかないからであり、第二に、私にとって創造的な生活はここでしか不可能だからだ。もちろんある期間日本に行って住んでみるのはやぶさかではないが、ロシアからまるっきり出てしまうことは私にはできない。(1980年8月17日)

しかし、タチアーナさんのこの志を、理解できない人もいました。日本への渡航許可を求めに行き、却下された次の場面は圧巻です。

パパと一緒にコルパチスィーへ外国人ビザ登録部の部長アレクサンドル・マクシーモヴィチ・ジェムチェンコに面会に行った。先客なんてないのに一時間半も待たされた。ぶくぶくした赤ら顔と極太ソーセージみたいにずんぐりむっくりした指に金の指輪を幾つもはめた、いけ好かないやつ。全身舶来ものをまとっているのは言うまでもない。私に椅子を勧めることさえ頭に浮かばないらしい。 「まったくあなた方の強情さ加減には驚きだ。親父さんが旅行しようってところにあなたまで―なんか変じゃないかな」 また、『源氏物語』は世界文学の最も偉大な作品で、ロシア語に翻訳されねばならないとする私の申告に対しては、 「じゃあ、我が国のは最も偉大じゃないんですか、『イーゴリ軍記』は?」 「ヨーロッパではどこでも翻訳があるのにロシア語だけないんです」 「だったら英語から訳しゃいい、そうすれば日本にも行かなくてすむ」 「そういうわけにはいきません!」 「翻訳者が優秀ならやれるでしょう」

こんなやつらと話をしなくちゃいけないなら、私はどこへも行きたくない!(1981年10月8日)

(結局、ソ連解体後の1993年までタチアーナさんは来日することがありませんでした)

この本の魅力をご紹介したい、と思い2回に渡って連載してきましたが、とても伝え切れませんでした。是非本書を手に取ってみてください。タチアーナさん自身の魅力と、彼女の住居であるモスクワ郊外の別荘地の魅力を存分に味わえるだけでなく、タチアーナさんの精緻で的確な分析によって、『源氏物語』の魅力をも改めて感じさせられる、とてもお得な一冊です。

2012/08/31 11:49 | なお(平安時代文学担当) | No Comments

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