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2011/08/15

9月11日Junk Stage 第三回舞台公演に連動した「企画モノ」コラム第一弾です。
今回は私なおが、いただいたお題の一つ「日本の舞台芸術」をテーマにお届けしたいと思います。

平安時代の舞台芸術、と言ったら皆さまきっと「雅楽」を思い浮かべられることでしょう。そう、あののんびりとした音楽、ゆったりとした舞。

平安の雅を体現している、といわれるあれです。好き嫌いは結構分かれると思いますが。(なおは結構好きです。脳にアルファー波?でも出るのでしょうか。ちょっとぼんやり出来て心地よいんです)

もっとも、「舞台芸術」の定義とは?とか、平安時代の人々に「舞台芸術」という概念があったのだろうか、といったところから考え出すとなかなか大変なことになるので、そういうやっかいなことはひとまず置いて、現在の私たちが「舞台芸術」とみなしている雅楽についてご紹介する、というスタンスでいきたいと思います。

さて、その雅楽。
私あんまり詳しくないんですよね・・・(←おいっ!)

いや、雅楽の公演にも何回か行ったことありますし、ゼミの輪読で雅楽に関連する場面が出てくれば、雅楽関連の辞書から舞や音楽の梗概を引用し、演奏・演舞記録をさらい、関連論文を読んでみる・・・というくらいのことはしてみるのですが、なにぶん実際に演奏・演舞してみる立場ではない以上、いまいちぴんとこないのです・・・もごもご。
加えて、現在演奏されている雅楽(主に楽家(がっけ)と呼ばれる家の人々によって伝えられてきました)が、どれくらい平安時代の雅楽の演奏をとどめているのか、という問題もあります。(実際、『源氏物語』に見える演奏技法が、早くも平安後期から鎌倉時代になるとどういうものなのか、はっきりとはわからなくなってしまう、という例を見たことがあります。)

現行の雅楽にご興味がおありの方は、是非実際の演奏会に足を運ばれることをおすすめします。まさに、百聞は一見にしかずの世界ですし、演奏会のパンフレット等をご覧になれば、にわか仕込みのなおのうさんくさい知識より遙かに確実な情報が得られると思うのです。
東京で行われる、特に規模の大きい演奏会は次の2つです。

・宮内庁雅楽部 秋季雅楽演奏会 http://www.kunaicho.go.jp/event/ensokai.html
(事前に応募して当選すれば、無料の演奏会!
残念ながら今年の申し込みは7月末で締め切られてしまいました・・・)
・日本雅楽会  定期演奏会 http://www.nihongagakukai.gr.jp/
(例年秋に演奏会があります。サイトを拝見したところ、今年の予定はまだ出ていないようす(8月14日現在)。
ちなみに昨年度は11月17日、於国立劇場、指定席4,000円、自由席3,000円)

演奏技法やその他、雅楽の具体的なことはプロに丸投げしまして(汗)、私なおがご紹介出来るのは、あくまで文学の側から雅楽がどのように物語を彩ってきたのか、ということなのだろうと思います。

『源氏物語』には、雅楽が演奏される印象深い場面がいくつかあります。

その中から、今回は光源氏と頭中将が青海波という舞を舞う場面をご紹介したいと思います。古文の授業でもきっと「お馴染み」の場面だと思います。
でも、あまりに名場面なので、「お馴染み」であっても再読して損はない場面ですよ(きっと。)
「青海波」は、波の様子を表現した舞で、二人の舞手によって舞われます。
光源氏のパートナーとなったのは、頭中将(とうのちゅうじょう)。光源氏の妻の兄弟であり、ライバルでもある藤原家の貴公子です。

(ちなみにこの時代、舞は貴族の男子には必須の教養でした。
プロの舞手もいたのですが、上流貴族の子弟は儀式で舞う機会が多くあったようです。)

 物語のこの場面は、十月十日過ぎに予定された退位した帝の算賀(長寿を祝う催し)の予行演習(=試楽・しがく)を舞台としています。
平安時代にも、行事のリハーサル・予行演習は行われたのですね。

当代の帝、桐壺帝(光源氏の父帝)は、光源氏たちのすばらしい舞を寵愛する藤壺にも見せたいと、試楽を御前で行わせることにしたのでした。

さて。
この藤壺という桐壺帝が寵愛してやまない女御(妃の一人)は、かつて帝が溺愛した故桐壺更衣(光源氏の母)に生き写しで、光源氏の密かな思慕の対象でもあったのです。
思いを抑えきれない源氏は、既に藤壺の寝所にも押し入っており、この時既に藤壺は光源氏の子を身籠もっています。
光源氏がよく、マザコンと言われるのはこのあたりが原因なのですが・・・
(ロリコンとも言われますね、藤壺にうり二つの少女(若紫)を保護者に無断で自邸に連れてきてしまうので)

数えの3歳で母に死に別れた光源氏が、もはや永遠に手に入らない母の愛の代償を求め続ける(逆にいえば絶対的に美化された母の幻影に縛られ続ける)、という姿は確かに「マザーコンプレックス」と言えるでしょう。(現在一般に使われる「マザコン」の語義で理解すると、少し違うように思います)

それはともかく。
父帝の寵愛する女御(後に中宮、天皇の最も重要な后の位につきます)への恋はもちろん、絶対に許されるものではありません。「禁断の愛」というやつです。

「紅葉賀」巻冒頭の青海波の場面では、読者は既に藤壺が不義の子を懐妊していること知らされています。
主人公の、許されざる恋がどのような結末を迎えるのか。
露見してしまうのか、隠しおおせるのか。そして、藤壺のお腹にいる子どもの運命は・・・
青海波の場面は、そのような緊迫したストーリーの中に置かれたひとこまなのでした。

舞を舞う光源氏と、簾中からそれを見る藤壺・・・
物語は、光源氏の絶対的な美しさ、舞のすばらしさを徹底して強調して描きます。

(一緒に舞った頭中将は、普通の人に比べたら素晴らしいのだけれども、光源氏と並んだら美しく咲いた桜の花の横に生えている誰も気に留めないつまらない深山の木でしかなかった(「立ち並びては、なほ花のかたはらの深山木なり」)ですって。ひどい扱い)

その美しさは、母桐壺更衣を間接的に死に追いやった弘徽殿女御(こきでんのにょうご・この物語では珍しく徹底した憎まれ役です)が、「神など空にめでつべき容貌かな。うたてゆゆし」(神がめでるあまり、空に隠してしまいそうな美しさだこと。おおいやだ。気味が悪い)と悪口(?)を言うほど。

ここからは、下手な解説よりも、原文の美しさに酔いしれてください!

入り方の日影さやかにさしたるに、楽の声まさり、もののおもしろきほどに、同じ舞の足踏面持、世に見えぬさまなり。詠などしたまへるは、これや仏の御迦陵頻迦の声ならむと聞こゆ。おもしろくあはれなるに、帝涙をのごひたまひ、上達部親王たちもみな泣きたまひぬ。詠はてて袖うちなほしたまへるに、待ちとりたる楽のにぎははしきに、顔の色あひまさりて、常よりも光ると見えたまふ。(略)藤壺は、おほけなき心のなからましかば、ましてめでたく見えましと思すに、夢の心地なむしたまひける。
(夕日の光がはなやかにさしていて、音楽のひときわ美しく、感興もたけなわのころには、同じ舞でも光源氏の足拍子や表情はこの世のものとは思われないものである。詠(漢詩を舞人が吟詠する)などをなさるお声は、これこそが極楽浄土に住み、妙なる声で鳴くといわれるあの迦陵頻迦のお声であろうか、と聞こえる。舞が趣深く、感動的なので帝は感涙の涙をぬぐいなさって、上達部、親王たちもみなお泣きになる。詠が終わって、袖を翻しなさるのを、待ち受けて再開される音楽のはなやかさに、源氏の君のお顔は一段とはえて、常よりもいっそう輝いてお見えになる。藤壺の宮は、だいそれた気持ちがなければ、源氏の舞がよりいっそうすばらしく見えただろうと思って、夢のような心地がなさるのであった)

だんだんと薄暗くなってきた秋の夕暮れ時、はなやかにさした夕日は、光源氏の麗姿をいっそう鮮やかに、克明に映しだしたのでした。源氏の舞姿のえもいわれぬ優美さ、吟詠する声の美しさは、いよいよ盛り上がった音楽の音の美しさと相まって、居並ぶ皇族・貴族達の感涙を誘いました。

光源氏の舞がなぜこれほどまでに感動的だったか。
もちろん、スーパーヒーロー光源氏の万事に人並み外れて秀でた能力のなせるわざではあったでしょう。
でもそれ以上に、藤壺が見ているのを知っていたから、だからこそありったけの力と技を尽くして光源氏は舞い、歌ったわけです。
恋してはならない女性に、激しく燃える己の恋情を理解してもらうために・・・・・・

この時代、男性にとって儀式で舞を舞うことは、御簾の奥深くに住む恋する相手に自分の姿を見てもらえる数少ない機会でした。夫や家族以外の男性との会話は、御簾や几帳ごしに、召使いに伝言させてなされた時代です。(姿も見えず、声もほのかにしか聞こえない)

実は、『源氏物語』以前に成立した長編物語『うつほ物語』にも、許されない恋の相手(東宮妃)に見てもらおうと、男性が一生懸命舞を舞った、と述べる場面が出てきます。
ですから、禁断の恋をする男女を描く際に男性の舞に言及されることは、この場面以前にもあったわけです。(ちなみに、『うつほ』の男と東宮妃は、お互いに惹かれながらも清らかな関係なので、源氏と藤壺のような悲壮感はありません)

しかし、舞う男の美しさをあざやかに描写し、男の舞を(そして男自身を)この上なくすばらしい、と認識しながら、自らの犯した罪の重さにおののく女の姿をも描き出したこの場面は、恋の感動を、そして「禁断の恋」ゆえのロマンチズムをきわやかに描いて、『源氏物語』で最も印象深い場面の一つになったのでした。
試楽の日の夜、藤壺は帝と寝所を共にします。
息子光源氏のすばらしい舞を自慢したくて仕方がない帝に、「今日の舞をどう御覧になりました」と聞かれた藤壺は、ただ「格別でございました」と答えるのが精一杯だったと、物語は語ります。
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JunkStage第3回公演、9/11(日)に実施決定!
イベント特設サイト http://www.junkstage.com/110911/
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なおに余力があれば、来週もう一度更新があるかもしれません。8月末にはタモンが、イベントに連動したコラムをお届けいたします。

2011/08/15 01:17 | なお(平安時代文学担当) | 1 Comment

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