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2010/02/06

The Stones In The Park

1969年7月5日、ローリング・ストーンズがロンドンのハイドパークで25万人を動員して行なった歴史的ライヴです。その終盤、ライヴの直前に他界したブライアン・ジョーンズに捧げる詩をミック・ジャガーが朗読します。この詩の翻訳は複数存在します。最低でも4種類見つけました。(え、ヒマな奴?)そうかも…汗。

その一部を少しだけ書き出しました。

コロムビアミュージックエンタテインメント(DVD&VHS)版 発売日:2002/12/11
彼は死んだのでも 眠ったのでもない
人生という夢から醒め――
無益な争いを続ける我々を 現実の世界に残した
狂気の中で刃をふるう我々を
無益な現実に残した
我々こそ死した者
日々 我々は不安と 悲しみに閉ざされ――
寒々とした希望に 呑み込まれる

★1980年9月初版の新潮文庫から「シェリー詩集」(訳:上田和夫氏)
かれは死んではいない  かれは眠ってはいない――
かれは生の夢からめざめたのだ――
激しい夢想におぼれ  幻影とむなしいたたかいをつづけ
我れを忘れて狂ったように  魂の刃(やいば)で
傷つくことのない無を撃つのはわれら――
その私らこそが  納骨堂のしかばねのごとく朽ちていくのだ。

★最新のリマスター版、エイベックス・トラックス(DVD)版 発売日:2006/07/05
彼は死んでないし 眠ってもいない
生命の幻想から 目覚めたのだ
混乱し無益な争いを 続けてるのは我々のほうだ
我を忘れ 存在しない物を 魂のナイフで突き刺してる
我々は死体のように朽ちて
日々 恐れと悲しみに むしばまれていくのだ

★たぶん字幕としては最初のバージョン、クラウンレコード発売(VHS&LD)版 発売日:不明
彼は死んではいない 彼は眠ってはいない
人生の夢から醒めたのだ 狂おしい夢幻に我を忘れ
幻影を抱いて無益な争いをする 僕ら  霊の刃(やいば)をもち
狂ったように恍惚として 傷つけようもない虚空を切り
納骨堂の 死体のように朽ち果てる

この4種類です。コロムビア版は意訳し過ぎのような気もしますが、僕の訳です。新潮文庫とクラウンレコード版は、僕の訳以前に出回っていた訳。エイヴェックス版は僕の訳も出回った後の訳です。

どれも少しずつ違うので、「原文はどうなってるのかな?」と興味を持つ人もいるかもしれませんが、ここでは、少し面白いネジれ現象について書きたいと思います。

4種類の訳があるけれど、訳者が分かるのは2種類だけ。コロムビア版と新潮文庫版だけなのです。他の2種類は訳者不明です。

少しややこしい話ですが、あるブログで僕のこの訳が引用されていました。そしてパッケージ画像にリンク先も貼ってあったのですが、パッケージ画像とリンク先の商品はエイヴェックスのものでした。これだと引用した訳を見られない事になってしまいます。どれがよくて、どれが悪いという話ではなく、どの訳がどこに収録されているのか全然分からないというのは困ったものです。

以前訳した作品がソフト化される時や、他の会社から再発売される時、そのソフトの訳が新訳なのか以前の訳なのか、僕にも分からないという例は、実際多いです。

改めて連絡が来る事ももちろんありますし、再発売にあたって訳の見直しを頼まれる事もあります。新訳を作る場合は前の訳を作った人に連絡しないケースも当然あるでしょう。

ここで困ってしまうのは訳者が不明の場合です。その訳を使いたくても使えない事になりかねません。この周辺事情を話し始めるとキリがないのですが、一番簡単なのはパッケージに訳者名を印刷する事です。そして作品の終わりで画面上にも出す事です。どちらも理由は簡単。まず、購入前にはパッケージしか見られないから。そして、購入後やレンタルの場合はパッケージが手元になかったり、場合によっては紛失する場合もあるからです。

たとえば文豪ドストエフスキーの「白夜」の翻訳がA社とB社から出ているとします。A社の訳が好きでA社のを買う人もいるだろうし、B社を選ぶ人もいるでしょう。本の場合、表紙に訳者の名前があれば、本が分解して読めなくならない限り、たいていA社のものかB社のものか区別できます。しかし映像作品の場合はパッケージが映像本体と離れるケースも多々ある(購入したソフトの場合でも、見る段階では映像は再生機の中で、手元にはパッケージしかありませんし)ので、映像上とパッケージ上の両方に訳者名を出すのがいいのです。

食品の品質表示も、この何十年かを振り返ると大きく変化しています。昔は数行だった表示が今では数十行という例も多いです。映像(ビデオ)ソフトの字幕の場合は訳者名を入れるだけか、監修者名を併記するか、その程度です。やればいいだけの事なのですが、業界全体としての統一が中々取れません。

もっとも、この「業界」を映画、音楽、ドキュメンタリー、スポーツ等々、色々な分野があるから大変。とか、英語、韓国語、中国語、フランス語等々、言語によっても出す会社が色々あるから大変と考えれば納得もいきますが、「字幕業界」という「業界」の側から各方面に働きかければ、変化は始まるはずだと思うんですが…。この「字幕業界」の動きは謎めいたものがあります。

いずれにせよユーザーの側から見たら、訳者が誰かというのはそれほど重要な要素ではないでしょう。単に普通に訳されていれば誰が訳そうと、どうでもいいですから。むしろ「リマスター版」で画質や音質が向上しているという事の方が重要な要素になるはずです。でも、字幕で生活している僕のような人間にとってはかなり重要なのです。

こんな事を言っていると目立ちたがり屋っぽいですが誰か言わないと変わっていかないし、実際、言っていれば変わり得ますから。

それにしてもミック・ジャガー、この前の「ロックの殿堂25周年記念ライブ」でもカッコよかったですが、若い頃の彼もいいです。彼という存在そのものが、時代の象徴の1つだと思います。

2010/02/06 01:13 | 字幕.com, 翻訳作品(音楽) | 2 Comments

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落合さま、はじめまして。

わたしは「大草原の小さな家」のシリーズが大好きなのですが、シリーズ全体を通じで訳者が5人ほどいます。
英語だからか、そもそも名前が違っていたり、父親や母親への呼びかけが違ったり。
何も考えずに買ってしまって驚いた記憶があります。
それ以来、映画やDVDの訳者も自然に気にするようになりました。

本だけ訳者のプロフィールをのせたりするのではなく、映像分野でもやっぱりちゃんと名前を記載してほしいなとわたしも思います。

水野さま
こちらこそ初めまして。
「大草原の小さな家」で気にするようになったと聞いてハッとしました。
僕はこのドラマのお父さん役のマイケル・ランドンが末っ子役で出てい
た「ボナンザ」の字幕を㈱ブロードウェイ発売版で30話ほど作って
います。これも「大草原の小さな家」同様に吹き替え版を覚えている人
がいる作品だから、僕の訳に違和感がある人もいるのかも…。
さらに、この「ボナンザ」もワンコインの廉価版で別訳バージョンが出
ているのですが、その別訳版は訳者不明…。
その上、ブロードウェイ版では有名なテーマ曲の原曲が使われていま
すが、廉価版では差し替えられていて、原曲は聞けないはずです。
(何を書いても宣伝しているようでイヤだけど、興味のある人への
情報だと思って下さいな。)
とにかく、どの訳が好きか嫌いか以前に「誰が訳したの?」というのが
分からないというのは、現代ではやはり不思議な話です。
本の場合はペラペラと何ページか見比べて選ぶ事もできますが、映像
作品はそれができず、当然、テーマ曲違いとか字幕違いとか、そんな
事は両方買わなければ分からないに決まってますからね。
そもそも字幕のバージョン違いがあるという意識が、普通はほとんど
ないですから。良くも悪くも、その違いの存在を一般の人が認識する
ようになれば字幕の質が上がり、作品をより楽しめるようになると思
うのは少数意見なのかな…。

Posted at 2010.02.8 11:45 PM by ochiai
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