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「ホフマン物語」、「血を吸うカメラ」に続き、これもマイケル・パウエル(とエメリック・プレスバーガーの共同)監督作品です。前の2本は最新リリースの訳者が誰か分からないのですが、こちらは最新リリース版が僕の作った字幕です。以前、東北新社からリリースされていたDVDソフトがあり、今回のリリースでも旧版の字幕を使う予定でした。しかし最終的には全面リニューアル版になりました。
全面リニューアルになっていった理由としては、まず、軍隊の上下関係にメリハリをつけ直す事。そして戦艦名のカタカナ表記の修正。それから人名表記、と、修正していくうちに、全体的に新訳になってしまったわけです。
変更点を何点か書き出しておきます。
まず冒頭の英文テロップに対する字幕が
旧版では↓
この映画の製作にあたり
多くの人々の協力を頂いた
特に次の方々には 名を
挙げて感謝の意を表したい
の2枚でした。
新訳では↓
映画製作には多くの人の
協力が不可欠だが――
本作は特に多くの人達の
協力を得て完成した
全員に謝意を表するには
本編以上の時間がかかる
しかし次の人々には特に
謝意を表したい
の4枚になりました。(全体として20秒ほど表示できるので、4枚になってもムリなく読めます。)
次に艦船名の表記の変更(左が新訳で右が旧訳)
エイジャックス (エジャックス)
エクセター (エクシター)
アドミラル・シェーア (アドミラル・シーア)
ドイッチェラント (ドイッチェランド)
アルトマルク (アルトマーク)
商船タコマ (商船)
これは主観の問題もありますし、新訳自体もwikipediaに見られる表記とは違います。
以下は表記は1種類ですが、字幕として出る回数が変わりました。
アシュリー (0→2)
タイロア (0→2)
ニュートン・ビーチ (1→3)
ハンツマン (1→3)
トレバニオン (2→5)
ドリック・スター (3→4)
アキリーズ (8→11)
アフリカ・シェル (8→10)
カンバーランド (5→5)
クレメント (3→2)
ほとんどが艦船の名前です。これは事実に基づいた映画で、人名も多く出てきます。捕虜となりドイツの戦艦に収容される連合国側の兵士達が多いのですが、彼らは「どの船に乗っていた誰々」と自己紹介する事が多く、それを活かせたので、活かしました。
そして語句の修正。
「救護班 ブリッジに」 → 「救護班 艦橋に」
「デッキに火災が」 → 「甲板に火災が」
「B隊は?」 → 「B班は?」
「船尾司令塔を見てくる」 → 「後部指揮所を見てくる」
「副長を船尾に」 → 「副長を艦尾に」
「全速を出せ」 → 「最大戦速だ」
「徹底砲撃だ」 → 「砲撃を絶やすな」
「弾薬用昇降機から火が」 → 「揚弾筒から火が」
「船尾を向けろ」 → 「艦尾を向けろ」
この部分は僕自身、最初から意識できるのは「船」と「艦」、「ブリッジ」と「デッキ」程度なので、詳しい人に監修してもらいました。専門用語が多いと何でも難しい表現になるかというと、そうでもないものです。
それから人名ではラジオのアナウンサーと商船の船長。(旧→新)
マイク(3回)→マイク・ファウラー(マイク=7回+マイク・ファウラー=5回)
ドーブ船長→ダブ船長(Captain Dove)
最後に、戦艦シュペーの動きをラジオ中継するアナウンサー、ファウラーの言葉。
(旧版) (新版)
モンテビデオから モンテビデオの
お送りしてます マイク・ファウラーです
戦艦シュペー 停泊延長許可 シュペーは停泊延長を
との噂もあります 認められたのでしょうか
(中略)
街中の一人残らずが 全市民が――
戦いを見んと
海辺のリングサイドへ 海辺のリングサイドに
集まったようです
浜辺も屋根の上も 浜辺も屋根の上も
観客でびっしりです 群衆でびっしりです
(中略)
不気味だ 何が始まるのか 戦艦が止まりました 不気味です
夕陽をあびて 夕陽を浴びて
ランチが戦艦を離れ ランチが戦艦を離れ
商船へ向かっています タコマに向かいます
人がいっぱい乗ってる 人が大勢乗っています
動きは逐一追えるが 動きは見えますが
何が起こるかは分かりません この先は分かりません
マイク・ファウラーはアメリカのラジオ局の特派員。テレビ中継がなかった時代に「現場からマイク・ファウラーがお送りします」的なラジオ中継をしている状態ですし、さすがに港に集まった群衆を「観客」にすると、ちょっとマズいです。(「見物人」ならよかったのに)いずれにせよ、何となく「リングサイド」の中継色が強かったので、アナウンサーによる中継ふうに微調整しました。
そして最後の最後(に近い部分)の1枚です。
(旧版) (新版)
1939年12月17日 日曜日 1939年12月17日
夜9時39分 日曜日の夜遅く
これは1939年の数字が転移して時間に変化してしまったようです。原語を聞く限り、「夜9時39分」という情報はどこにもありませんでした。
この作品の場合、最初から旧版の字幕を使い回すという前提だったので、データが新旧あるため比較が楽で、こうして書き出してみました。これらの修正から分かる事は無数にありますが、「太陽の怪物」やバーブラ・ストライサンドの件からも分かるように、僕自身が間違いのない仕事をする事が、自分にとって一番大事な事だとつくづく思います。
「それなら、こんなにコラム書いてるんじゃねぇよ!」と言われるはずですが、字幕翻訳をしている人間の言葉って、それほどネットで見つからないし、紙媒体でもそれほど多くありません。
僕としては「字幕翻訳といっても色々あって、こうした作業もあるんですよ」という事を一般に伝えておきたいのです。というのも、字幕翻訳というのは減点評価をされやすいものです。それ自体は仕方がない事なのですが、「評価」をする側も、ただ減点して終わりたくないと思っている事が多いわけです。建設的な議論をする場合も「字幕には文字数の制限があってね」から始めないと会話にならない状態で話すより、「こういう場合はこういう例がある」とか「こういう場合は要注意」みたいなデータがあればあるほど字幕の質が上がると思うのです。それが「字幕.com」の目標の1つでもあるので、こうしてコラムを書くのであった。(語尾が変。)
DVD発売日: 2009/08/21
販売元:ジェネオン・ユニバーサル
DVD発売日: 2002/12/20(旧版)
販売元:東北新社
補足:本編も特典も映像の内容はどちらも同じで、特典部分の字幕も新訳になっています。
それから本作の基になった史実の概要は→wikipediaを見てみて下さい。