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2010/11/15

これはある作品で見た字幕です。作品名は伏せますが、状況を説明すると…。

場所は都会の大病院のとあるフロア。不穏な事件が発生しています。この危機と闘う男が呼ばれました。彼に助けを求めた医師がいます。今は事態が悪化し、助けを求めた医師が男に言います。

   「あんたの講釈は聞き飽きた。警察を呼ぶ」

   「それはマズい。警察が来ると事態はさらに悪化する」

   「あんたは頼りにならない」

(A)「俺を雇ったからには協力しろ」

(B)「床の掃除からだ」

   「手術室の階だ。患者はいない」

   「ならいい」

緊張が高まっているところです。なぜ急に床の掃除をするのでしょうか?

(B)は誤訳です。

(A)と(B)2つのセリフの英語はこうです。
Now, you hired me to do a job, why don’t you run with me?(A)

The first thing you can do is clear this floor.(B)

(B)は「この階を無人にしろ」が正解です。

緊張が高まっているところで観客の頭は「?」になるか、ズッコケるかどっちかですが、この字幕は実在します。(説明のため少しアレンジしてますが。)少し言うと、これは80年代にリリースされたビデオにあった字幕です。翻訳者のクレジットがないので誰の訳なのかも分かりません。おおらかな時代だったわけですね。

クライマックスに突入する直前、思い切り緊張すべき局面でも:

「動力室を整頓しろ」

「床の掃除と患者を避難だ」

なんて言ってます。整頓も掃除も避難も「clear」です。

これで緊張が爆笑に変わります。めでたしめでたし…。

自分だってどんな誤訳をしているか分かったもんじゃないですが(怖)

2010/10/26

BON JOVI:WHEN WE WERE BEAUTIFUL @IMDB

2010/11/04(木) 22:00-23:30@フジテレビNext
2010/11/12(金) 20:30-21:55

ニューヨークのトライベッカ映画祭で2009年4月にプレミア上映されたドキュメンタリーです(約80分で字幕1000枚弱)。去年の今頃リリースされた彼らの11枚目のオリジナル・アルバム“サ・サークル”のCD+DVD版にも収録されていますが、今回のOA版の字幕は全面的にリマスターしてあります。というか、厳密に言うと発売ソフトの字幕はOA用の字幕をほとんど完成させてから見たので、ゼロから全部訳した字幕になっています。

これを訳していて、僕は改めて彼らの魅力を発見した気がします。彼らは25年以上バンド活動をしています。ジョン・ボン・ジョヴィ(イタリア系)、デヴィッド・ブライアン(ユダヤ系)、リッチー・サンボラ(ポーランド&イタリア系)、ティコ・トーレス(キューバ系)。彼らの絆の強さ。そして「成功」という怪物との闘い方。バンド内でのいざこざもあったようですが、メンバーチェンジ自体は少なく、元メンバーも円満に脱退しています。最近、“ゴッドファーザー”を見直したり、去年は“バラキ”の翻訳をしたせいか、なんだか彼らは素晴らしいファミリーだと感じました。

ここからは字幕の話になりますが、まず発売版の字幕。残念ながらこれは海外産の日本語字幕で、2秒で15文字出てきたり、それが10秒のうちに5枚も出入りしたり、逆に1枚の字幕が10秒近く出っ放しになったり、すごい事になっていました。(とは言っても、全編の字幕がそうであるというわけでもなく、この字幕があるおかげで話は分かるようになっている、くらいにはなっています。)

ちなみに、この発売版のCD+DVDソフトのスリーブの裏面には、こう書かれています。「本ボーナスDVDは、日本語字幕も含め、全てオリジナル・マスターに基づいています。一部、誤表記及び不適切な表現等がございますが、あらかじめご了承下さい。」

難解な文章です。【全てオリジナル・マスターに基づいている】と、なぜ誤表記があるのか?なぜ不適切な表現等があるのか?日本語字幕に対する理解の余りない人が海外で作っているからなのですが、それにしたって【不適切な表現】くらいチェックできるだろ?と思ったり…。

そもそも海外産の日本語字幕がどうして生まれるのか。という事を疑問に思う人も多いでしょう。大手のレーベルやスタジオは世界を1つの市場と捉え、世界共通のマスターを1つ作って、それを各国のパッケージに包んで売る場合があります。日本では12月発売なのにアメリカでは10月発売だったりもします。マスターを1つ作る場合、一番早い発売日に間に合うように全ての「部品」の制作スケジュールが組まれます。制作開始から日本の発売日まで半年あっても、実際の現場では1ヵ月しか作業期間がない場合もあります。

その結果、世界共通のマスターを作っている地域の近辺で日本語字幕をチャチャッと作って、それをそのまま「部品」の1つとして収録する。という流れになっていきます。世界共通のマスターには日本語だけでなく、フランス語、イタリア語、ドイツ語、中国語、タイ語…とかたくさんの言語の字幕が入ります。

この「部品」の1つとしての日本語字幕が作られるプロセスは、おそらく、文字通り「部品」の扱いです。その根拠の1つが、英語のテロップが画面に出ている時の日本語字幕の出し方です。日本で日本語字幕を作る場合は右タテか左タテの字幕を出して、その英語のテロップを避けます。これが技術的にも物理的にも可能なのに、海外産の日本語字幕に「タテ」は少ないです。(僕自身は、見た事がなく、もしかして、実際にないかもしれません。)タテ書きで表記できる言語は少ないので、英語のテロップを避ける出し方として、通常は画面の一番上辺りに字幕を出すのです。要するに日本語字幕は海外での制作の場合、特別扱いされる事なく、タテに出すような加工は行なわれません。「部品」の1つとして他の言語と平等に同列です。

それにしても、「不適切な表現」はチェックできないわけ?と思う人もいるでしょう。制作期間もそれなりにあるだろうし、いくら時間がなくても、それくらいメールでのやり取りでもチェックできるでしょ?と。

1秒で10文字読ませようとする字幕がジャンジャン出てきたり、句読点が普通に入っていたり、どこの国の漢字か分からないような漢字が入っていたり、直さなければならない要素が多すぎて手が回らない事も考えられます。

海外のスタッフが時間切れになるまで原稿を見せず、そのまま収録されてしまう事もあるのかもしれません。

僕の経験と知識から想像できるパターンは、それなりに色々ありますが、いわゆる「普通」の字幕を見慣れている人が見ると違和感を感じる事ばかりの海外産の日本語字幕が多い事は確かです。

問題の1つは、英語からフランス語やドイツ語やイタリア語への翻訳と、日本語への翻訳が同列に扱われている事ですが、日本語字幕を頼りに作品を見る人にとって、これは不幸な事です。

音楽ソフトの場合、いわゆる輸入盤に対して国内盤は歌詞カードや対訳や解説が追加されるものです。字幕も同じレベルで、しっかりしたものが入っていると、買う側は思うでしょう。それが上記のような事情から違和感がありまくる字幕が収録される事があるわけです。(歌詞カード、対訳、解説などは全て紙で、字幕は映像です。)

日本の発売側の人達も、「これではいかん」と思っている人が多いようですが、それでもそのまま出てしまう字幕が多いようです。結局、これは字幕の制作費よりも制作スケジュールの都合が大きく影響している気がしますが、とにかく国内盤を買う日本のユーザーを失望させる結果になる事が多いわけです。

こんな事情をこうして書くと、僕の仕事が減るでしょうが、それでも割高の国内盤を買う日本のユーザーには、知る権利がある事だと思います。そして実際問題として、僕のような自由な立場の人間しか、こういう事は書けないので、書いておきます。

ここで、ボン・ジョヴィの“ザ・サークル~デラックス・エディション~”のスリーブ裏面の文章に戻ります。「本ボーナスDVDは、日本語字幕も含め、全てオリジナル・マスターに基づいています。一部、誤表記及び不適切な表現等がございますが、あらかじめご了承下さい。」これは日本側の関係者の良心だと僕は思います。簡単に直せるような違和感のある日本語が入っていても、それを直す事ができない立場にいるジレンマ。ユーザーから見れば、彼らは同じ発売元の人間です。できる事といえば、「この状況で出すしかなくて申し訳ない」と、購入者に詫びる事だけでしょう。でも、いわゆる「お詫び」や「訂正」を最初から入れて出すと「それなら最初から直せ」と言われるので、それもできず…。という結果の苦肉の策なのではないかと推察します。

日本語というのは本当に特殊な言語です。ルビを付けられる言語は多くありません。無知なのか、僕は他には知りません。ひらがな、カタカナ、漢字、ロ-マを混在させても字幕が成立するという意味でも、他の言語の字幕と比べてはるかに奥深いものがあります。「字幕は文化だ」と言うと大げさでしょうが、日本語字幕には日本語という言語固有の細やかな工夫が凝縮されます。海外で日本語字幕を作る時、他の「部品」よりも丁寧に作る必要があるのだと、海外で日本語字幕を作っている人に認識してもらいたいものです。

「こう言うのは簡単で、実際にそれをやるのは大変なんだ」という反論も聞こえてくる気がします。でも、大変だからと言って黙っていると、いつまでも状況は改善しないから書いちゃいます。

現場でジレンマを抱えている人には、この文章は不愉快かもしれませんが、少しでも突破口を作らないと、「悪貨は良貨を駆逐する」という事になる気がして、僕は不安です。

…また長くなりましたが、ボン・ジョヴィのドキュメンタリー。ファンではない人も、よかったら見て下さい。スターの「人」としての側面を垣間見られる作品です。

2010/10/06

1990年10月27日(土)。翻訳:落合寿和というクレジット(実際はローマ字でした)が初めて電波に乗りました。番組は土曜深夜のテレビ朝日系の映画の情報番組「ハロー!ムービーズ」(吉田照美&戸川純コンビの頃)でした。20年前の今頃は、この番組の仕込みで大変でした。これに加えてWOWOWの試験放送開始特番「1億人の映画マラソン」(だったよね?正式なタイトル)の海外取材の素材の翻訳、スチルなどの素材集め等々。22歳だったあの頃と今を比べると何が違うのか?年だ…。中身はほとんど成長していない(大汗)。

この1年近く前の大学在学中に喜多郎の海外ツアーの資料の翻訳をやった事はありました。それから大学を出て、最初の就職先はコンピュータのレンタル会社でしたが、新卒で就職したばかりの4月にラジオの文化放送が翻訳部門を新規に始めるという事で在宅翻訳者を募集していて、それのトライアルを受けて最年少で合格しました。まだ新人研修中だった僕は、その文化放送からの仕事の量に圧倒され(週末1回で給料1ヵ月分くらい、仕事をした事もありました)、社会人になって半年でフリーになって、その10月を迎えていました。

話を「ハロー!ムービーズ」に戻すと、僕がちょうど仕事を始めた頃、「パシフィック・ハイツ」という20世紀FOX配給の作品がアメリカで公開される前くらいで、そのEPKの最後に「ホーム・アローン」の予告が入っていました。番組のディレクターとEPK素材を最初から最後まで見て面白い部分を抜き出し、そこだけ翻訳するのですが、毎週30分の番組で見る素材は、おおざっぱに言って10本くらい。20分から1時間くらい、作品によって長さは様々でしたが、だいたい毎週3時間から5時間分くらいの素材をディレクターと見て、そこから使うかもしれない場面やインタビューを30分くらい抜き出して、放送では15分くらい使う感じでした。(ちなみに、この作業を今やったら丁寧すぎて製作費がなくなります。さらに来日スターや監督の独自インタビューも製作費からENGを出して撮り、それも訳していましたから。)

話が逸れましたが、その「ホーム・アローン」はアメリカでも劇場公開される前(アメリカ公開は1990年11月)でした。でも予告が余りにも楽しかったので、同席していた番組ディレクターに『(メインの「パシフィック・ハイツ」は置いといても)これはぜひ入れましょう!』と言って、その予告を訳しておきました。それがたしか僕の翻訳担当2回目のOAの中の新作紹介で使われたのですが、結果的にアメリカでの公開時期と重なりました。当時はインターネットは普及していなかったので「ホーム・アローン」の情報をいち早く紹介したのが、この番組という事になりました。(とはいっても、早すぎて誰も注目していなかったから、目立ったわけでも何でもなかったわけですが。)

そういえば、この頃は本当に情報が限られていたので、僕は毎週アメリカのVARIETY誌を読み、番組のプロダクションに届いた英語版のプレスキットの翻訳もしていました。これに「1億人の映画マラソン」の仕込みが同時進行で、さらにその素材スチル集めもやっていたので、ずっと自宅の作業場にこもりっきりの今とは違い、ずっと家に帰れない状態が多かったのを思い出します。『石原プロ行って「黒部の太陽」のスチル貰ってきて』とか、いわゆるADの仕事もやっていたのです。

でもやはり翻訳がメインの仕事で、「ハロー!ムービーズ」では独自取材でのインタビューもさせてもらい、「プリティ・ウーマン」で来日したリチャード・ギアや「トータル・リコール」のアーノルド・シュワルツェネッガーの取材に行かせてもらいました。(まあ、取材と言っても、10分程度、ありがちな質問をするだけでしたが。)

そうするうちにWOWOWの試験放送が1990年11月30日に始まり、やっと翻訳家かADか分からない立場から解放されたら、今度はTBSの報道局で外信ディレクターをやる事になりました。それが1991年4月に放送が始まった、今でいうと朝ズバの前半の時間帯の「ニュースコール」です。その準備として91年の2月にはCBSイブニングニュースの原稿チェックを手伝ったり、同時にレコード会社からCDの対訳の仕事を受けたりもしていました。「ニュースコール」のキャスターは、僕が担当した曜日は柴田秀一アナと山岡三子キャスターで、別の曜日では松原耕二アナと小笠原保子アナでした。最近も皆テレビで顔を見ますが、あんまり老けない。

と思っていたら、この前、「ニュースコール」の同窓会に行ったら「お前こそ全然老けてない」と言われ、成長のなさを露呈したりもしましたが…(汗)

ちょっと時間がないので、過去話はここまでにして、もう1つの本題「爆音映画祭@横浜」。(←このサイト、開いた後、ちょっと間をおいてデカい音が出ます。気をつけて)

そういえば、ここで「コラム」を書き始めて今回が100回目のエントリーになるのですが、それもキリがいい数字だ。

で、これまでに紹介してきた「カルティキ/悪魔の人喰い生物」と「地獄の門」と「ビヨンド」が、うちの近所の横浜は黄金町のジャック&ベティという映画館で上映されます。「カルティキ」は爆音上映ではないようですが、僕も大きなスクリーンで見たいな。たぶん行っている余裕はないけど(涙)

 
 カルティキ/悪魔の人喰い生物
 10月23日(土)15:10-16:23
 10月25日(月)13:30-14:43

 地獄の門
 10月27日(水)20:10-21:42

 ビヨンド
 10月28日(木)19:55-21:22

時間割がやたら厳密なのが面白いですが、行けそうな人は行ってみて下さい。

それにしても僕のデビュー20周年記念上映(勝手に言ってるだけね)、「地獄の門」ですよ。恐るべし…(笑)

2010/09/15

poss_j_s35.jpg @allcinema
POSSESSION(1981) @IMDB

【狂おしいまでの愛が、異形の怪物を生んだ。】
これは今回のDVDリリースに書かれたキャッチコピー。

【私は、とり憑かれた女。】
こちらが公開当時のもの。

これはポーランド出身の監督がフランスと西ドイツ資本を得てベルリンで撮った作品です。セリフは英語。(ごく一部フランス語。)主演はフランスでは「その名を知らない人はいない」(知り合いのフランス人談)大女優イザベル・アジャーニ。共演はブレイク前(というか「デッドカーム」や「ジュラシックパーク」で知名度を上げる前)の若きサム・ニール。2人とも全てを脱ぎ捨てての大熱演を見せます。この作品でアジャーニは1981年のカンヌ映画祭最優秀主演女優賞とセザールでも最優秀主演女優賞を獲っています。

この作品、リリース前の今度の週末にカナザワ映画祭で上映が決まりました。
2010/9/19(日)13:50-16:00位@金沢21世紀美術館シアター21

さて、物語は…。

これが語りたくないし、語る自信がないんです。その理由は1つ。公開当時の解釈と余りにも違うのです。

こうした旧作を翻訳する場合、ストーリーを先に知ろうとallcinemaを見たり、ネットで情報収集します。

この作品の場合、ほとんどが「すごい気迫」だけど「あれは何なの?」「結局何が言いたいの?」という意見。

という事で、どんな作品なのかと思いつつ翻訳を始めました。う~ん、確かに最初から無機質な世界の日常が描かれ、「この人はどういう仕事なの?」、「エキストラは雇えなかったの?」(これは演出上の都合であり、狙いもありどうでもいい話ですが)とか、色々思います。愛の不毛も感じます。だんだん話が激しくなります。あ、出た!「何だこいつ?」…。

と、色々あるのですが、「すごい気迫」は分かるものの「あれは何なの?」に関しては、かなり手掛かりが描かれています。「結局何が言いたいの?」に関しては同感でもありますが、「あれは何なの?」に対する手掛かりがあると、もっと突っ込んだ解釈を観客もできるはず…。

なぜ日本では、この作品が気迫だけのワケが分からない映画として受け止められたのか。カンヌやセザールの選考者は、気迫に押されてワケが分からないまま彼女に賞を贈ったのか…。

気になってしまった僕は結局、公開時のパンフレットも入手して全部読みました。…。「あれは何なの?」の解釈をあいまいにしたままの監督論とか女優論が並んでいて、どうも釈然としません。

ちなみに、英語の映画データベースIMDBのコメントを見ると90近いコメントがあって、その中には僕と同じ解釈をしている人もいます。

この作品は解釈を観客に任せる部分が大きく、日本での劇場公開時には見落とされていたポイントが明確になっても、まだまだ他に発見はあるだろうし、色々な解釈ができる部分もたくさんあります。

が、分かるところまで分からなくなるようになった話を見て「ワケが分からない」とか「ワケが分からないけど、いい」とか言っても、何か違う気がします。

結局、気になって仕方ないので、以前の字幕版も見直してみました。(翻訳を始める前に一度見ましたが、自分で訳し終わった後、どこから印象が変わるのか気になったので、改めて見たのです。)

とにかく説明しようとするとネタバレし、それでは作品を見る楽しみを大きく減らしてしまうので、ここでは回りくどい書き方ばかりになりますが、何とかして説明してみます。

“HE”は“IT”であり、中盤での“HE”は“not finished”だった。キーワードは「完成」。異形の怪物は完成し、その真の姿を最後に見せる。としか思えないのですが…。

①(中盤のセリフ)
まだ途中なのよ        → まだ未完成なの
He’s still unfinished, you know.

②(終盤のセリフ)
恋人を見せたくて来たの    → あなたに見せたくて
                              完成したわ
I wanted to show it to you.
It is finished now.

①も②も(話している相手は違いますが)アジャーニのセリフです。左側がビデオ版の字幕(書体の感じと乗り具合からして、フィルムの字幕をそのまま使っているようです。)で、右側が今回のDVDの字幕です。

過去に、この作品を見たのにワケが分からなかった人は、ここまで読んで「!」と思うかもしれません。

ちなみに①の方の“unfinished”という表現から性的なニュアンスを感じる可能性はないのか気になったので、これも確認しました。結局、知り合いのアメリカ人は「ない」と断言しました。さらに終盤にfinishedがあり、呼応するセリフです。その上、「恋人」という言葉は元のセリフにはないニュアンスです。字幕のちょっとした違いで分かる部分が分かりにくくなる事は多いですが、たいていは話の一部に関してであって、ここまで話全体の印象を変えてしまうのは珍しいのかと思いますが、とにかく前にこの作品を見たけどワケが分からなかった人は、ぜひお勧めのタイトルです。愛の深さ、それは美しくもあり、恐ろしくもある。んじゃない?

とにかく、公開当時に比べると話がとても明快になってしまった(といっても漠然とした話なんですが)ので、自分でも不安になり、フランス語版のスクリプトもあったので、上記のような重要な部分はフランス語からも訳してみました。それでも結局、今回の字幕に落ち着いてしまったので、たぶん劇場公開当時のキャッチコピー自体、誤解があるのでしょう。彼女、「とり憑かれた」のではなく「生み出した」のですから…。

違ってたらごめんなさい!これでリリースですから!

DVD発売日: 2010/9/24

2010/05/23

薔薇の貴婦人(1984)LA VENEXIANA

最近、仕事中に細かくメモしながら丁寧に書く余裕がなく、前回に続いて前にやったイタリア映画。

16世紀の水の都ヴェネチアを舞台にした恋の駆け引き。「わが青春のフロレンス」のマウロ・ボロニーニ監督の1984年作品です。音楽も「わが青春のフロレンス」のエンニオ・モリコーネ。主人公の若者にショーン・コネリーの息子、ジェイソン・コネリー、魅惑の貴婦人にラウラ・アントネッリ。美しい古都を背景に展開する大人の恋。まさにイタリアという感じです。

この作品は何度かソフト化されています。

JVCエンタテインメントからのリリース(DVD発売日: 2001/12/21)
レントラックジャパンからのリリース(DVD発売日: 2004/08/27)

この2回は僕の字幕なのは把握していますが、先日、SPO(DVD発売日: 2010/01/01)からリリースされたソフトは新訳なのかどうか分かりません。自分の仕事が残っているのか残っていないのか、どんどん分からなくなる。皆、クレジット入れようよ~。

2010/05/01

東京公演を再開したブルーマン・グループ。残念ながら、いまだに生のステージは見ていないので比較できないのですが、彼らの映像作品も楽しいです。以前2作品字幕を作ったものがあるので紹介しておきます。(生のステージを見られるのはいつだろう…涙)

ハウ・トゥ・ビー・ア・メガスター・ライヴ!
CD+DVD発売日 (2008/6/25)

ザ・コンプレックス・ロック・ツアー・ライヴ
DVD発売日: 2007/10/24

「ザ・コンプレックス・ロック・ツアー・ライヴ」の方は翻訳したのが2003年12月でした。(最初の発売日はたぶん2004年の初めです。)日本で彼らがブレイクする前で「ブルーマン」ではなく「ブルー・マン」が、どちらかというと一般的な表記でした。「ハウ・トゥ・ビー・ア・メガスター・ライヴ!」の発売時には日本公演が始動していたはずですが、公式表記がまだ「ブルー・マン」でした。今は「ブルーマン」になっていますが、こうした表記も時と共に変化するものです。

いわゆる音引き(“ー”です)も、ついたりつかなかったり。たとえば「メロディ」や「パーティ」。「地下室のメロディー」(1963)、「恐怖のメロディ(1971)」、「小さな恋のメロディ」(1974)、「パーティ」(1968)<大好きなピーター・セラーズ主演>など、どちらがよい悪いというものでもないと思います。アニメ作品は音引きがあるほうが若干多い気がします。(個人的にはメロディとパーティに関しては、melodyやpartyの“y”の部分が“ィ”に含まれている感じがするので音引き無しが好きです。)

音引きの話を始めると、まだまだ色々あって、特にコンピュータ関連の音引きは落ちまくりです。コンピューター、プリンター、コンパイラー、ルーター、ホルダーなどなど。ホルダーは意味的にも近いフォルダに圧倒されて、どちらかというとホルダーがいい話でもフォルダになっていたり…。どれもこれも時代の変化ですね。

それから固有名詞。スタンリー・キューブリックあたりは有名でしょうか。スタンリーはスタンレーでもよいし、キューブリックは60年代まではカブリック表記が多く、キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」になると、主演のマルコム・マクドウェルも表記に揺らぎがありました。マルコムがマルカムあり。マクドウェルもマクダウェルあり。どれも元々がアルファベット表記のものをカタカナにするので限界があるので、どれでもいいと個人的には思います。カタカナで読んでいる人がその人物や物を特定できればいいわけですから。ただ、アルファベット表記をそのままカタカナにすると発音と離れてしまう場合(キューブリック監督もそうだったりしますが)があります。たとえば「ボーン・アイデンティティー」(あ、音引きがある)の監督ダグ・リーマンはDoug Limanなのですが、このLimanを(少なくともこの人の場合)、周囲の人たちはライマンと表記できる音で発音します。

そんな中でややこしいのがジェリー・ルイスとジェリーリー・ルイス。表記の揺らぎはないですが、ジェリー・ルイスはコメディアン。ジェリー・リー・ルイスはミュージシャン。これも知っている人には当然の話ですが、知らなかったり、どちらか1人だけ知っていたりすると場合によっては話がチンプンカンプン。

ものすごく脱線しましたが、「ブルー・マン」は今は「ブルーマン」になっています。

2010/04/07

senkanspee.jpg

ホフマン物語」、「血を吸うカメラ」に続き、これもマイケル・パウエル(とエメリック・プレスバーガーの共同)監督作品です。前の2本は最新リリースの訳者が誰か分からないのですが、こちらは最新リリース版が僕の作った字幕です。以前、東北新社からリリースされていたDVDソフトがあり、今回のリリースでも旧版の字幕を使う予定でした。しかし最終的には全面リニューアル版になりました。

全面リニューアルになっていった理由としては、まず、軍隊の上下関係にメリハリをつけ直す事。そして戦艦名のカタカナ表記の修正。それから人名表記、と、修正していくうちに、全体的に新訳になってしまったわけです。

変更点を何点か書き出しておきます。

まず冒頭の英文テロップに対する字幕が
旧版では↓

                    この映画の製作にあたり
                    多くの人々の協力を頂いた

                    特に次の方々には 名を
                    挙げて感謝の意を表したい

の2枚でした。

新訳では↓

                    映画製作には多くの人の
                    協力が不可欠だが――

                    本作は特に多くの人達の
                    協力を得て完成した

                    全員に謝意を表するには
                    本編以上の時間がかかる

                    しかし次の人々には特に
                    謝意を表したい

の4枚になりました。(全体として20秒ほど表示できるので、4枚になってもムリなく読めます。)

次に艦船名の表記の変更(左が新訳で右が旧訳)
エイジャックス  (エジャックス)
エクセター  (エクシター)
アドミラル・シェーア (アドミラル・シーア)
ドイッチェラント (ドイッチェランド)
アルトマルク  (アルトマーク)
商船タコマ  (商船)
これは主観の問題もありますし、新訳自体もwikipediaに見られる表記とは違います。

以下は表記は1種類ですが、字幕として出る回数が変わりました。
アシュリー  (0→2)
タイロア  (0→2)
ニュートン・ビーチ (1→3)
ハンツマン  (1→3)
トレバニオン  (2→5)
ドリック・スター (3→4)
アキリーズ  (8→11)
アフリカ・シェル (8→10)
カンバーランド  (5→5)
クレメント  (3→2)
ほとんどが艦船の名前です。これは事実に基づいた映画で、人名も多く出てきます。捕虜となりドイツの戦艦に収容される連合国側の兵士達が多いのですが、彼らは「どの船に乗っていた誰々」と自己紹介する事が多く、それを活かせたので、活かしました。

そして語句の修正。
「救護班 ブリッジに」 → 「救護班 艦橋に」
「デッキに火災が」 → 「甲板に火災が」
「B隊は?」 → 「B班は?」
「船尾司令塔を見てくる」 → 「後部指揮所を見てくる」
「副長を船尾に」 → 「副長を艦尾に」
「全速を出せ」 → 「最大戦速だ」
「徹底砲撃だ」 → 「砲撃を絶やすな」
「弾薬用昇降機から火が」 → 「揚弾筒から火が」
「船尾を向けろ」 → 「艦尾を向けろ」
この部分は僕自身、最初から意識できるのは「船」と「艦」、「ブリッジ」と「デッキ」程度なので、詳しい人に監修してもらいました。専門用語が多いと何でも難しい表現になるかというと、そうでもないものです。

それから人名ではラジオのアナウンサーと商船の船長。(旧→新)
マイク(3回)→マイク・ファウラー(マイク=7回+マイク・ファウラー=5回)
ドーブ船長→ダブ船長(Captain Dove)

最後に、戦艦シュペーの動きをラジオ中継するアナウンサー、ファウラーの言葉。

(旧版)                      (新版)
モンテビデオから               モンテビデオの
お送りしてます                 マイク・ファウラーです

戦艦シュペー  停泊延長許可        シュペーは停泊延長を
との噂もあります                認められたのでしょうか

(中略)

街中の一人残らずが               全市民が――
戦いを見んと

海辺のリングサイドへ            海辺のリングサイドに
                           集まったようです

浜辺も屋根の上も                浜辺も屋根の上も
観客でびっしりです              群衆でびっしりです

(中略)

不気味だ  何が始まるのか          戦艦が止まりました 不気味です

夕陽をあびて                   夕陽を浴びて
ランチが戦艦を離れ               ランチが戦艦を離れ

商船へ向かっています             タコマに向かいます

人がいっぱい乗ってる               人が大勢乗っています

動きは逐一追えるが              動きは見えますが
何が起こるかは分かりません        この先は分かりません

マイク・ファウラーはアメリカのラジオ局の特派員。テレビ中継がなかった時代に「現場からマイク・ファウラーがお送りします」的なラジオ中継をしている状態ですし、さすがに港に集まった群衆を「観客」にすると、ちょっとマズいです。(「見物人」ならよかったのに)いずれにせよ、何となく「リングサイド」の中継色が強かったので、アナウンサーによる中継ふうに微調整しました。

そして最後の最後(に近い部分)の1枚です。

(旧版)                (新版)
1939年12月17日 日曜日    1939年12月17日
夜9時39分            日曜日の夜遅く

これは1939年の数字が転移して時間に変化してしまったようです。原語を聞く限り、「夜9時39分」という情報はどこにもありませんでした。

この作品の場合、最初から旧版の字幕を使い回すという前提だったので、データが新旧あるため比較が楽で、こうして書き出してみました。これらの修正から分かる事は無数にありますが、「太陽の怪物」やバーブラ・ストライサンドの件からも分かるように、僕自身が間違いのない仕事をする事が、自分にとって一番大事な事だとつくづく思います。

「それなら、こんなにコラム書いてるんじゃねぇよ!」と言われるはずですが、字幕翻訳をしている人間の言葉って、それほどネットで見つからないし、紙媒体でもそれほど多くありません。

僕としては「字幕翻訳といっても色々あって、こうした作業もあるんですよ」という事を一般に伝えておきたいのです。というのも、字幕翻訳というのは減点評価をされやすいものです。それ自体は仕方がない事なのですが、「評価」をする側も、ただ減点して終わりたくないと思っている事が多いわけです。建設的な議論をする場合も「字幕には文字数の制限があってね」から始めないと会話にならない状態で話すより、「こういう場合はこういう例がある」とか「こういう場合は要注意」みたいなデータがあればあるほど字幕の質が上がると思うのです。それが「字幕.com」の目標の1つでもあるので、こうしてコラムを書くのであった。(語尾が変。)

DVD発売日: 2009/08/21
販売元:ジェネオン・ユニバーサル

DVD発売日: 2002/12/20(旧版)
販売元:東北新社

補足:本編も特典も映像の内容はどちらも同じで、特典部分の字幕も新訳になっています。

それから本作の基になった史実の概要は→wikipediaを見てみて下さい。

2010/04/01

落合寿和から落合和寿になりました!

というのはウソです。

というのもウソです。本当に改名しました。以前書いた「ザ・クレイジーズ」と「センチネル」は同じスティングレイからの発売ですが、そこから先日、連絡がありました。「すみません!改名してください!」。「え?そんな無茶な」。「いや、もうしちゃいました!しましょう!」。「は?」。

 という事で、改名しました。パッケージの翻訳者の表記が誤植で、寿和ではなく和寿になっているのです。そう言われて、手元にあるサンプルのパッケージを見ると、あら本当に間違ってます。スティングレイの方でも、「いずれ何か機会があったらネット上で訂正するけれど、作っちゃった分は訂正不可能。ごめ~ん!」という事でした。なので本当は改名していませんが強制改名になってしまった作品が2つになりました~。

「それにしても、名前を間違えるってさ~」と思ってはみたものの、思い出しました。以前、僕自身が「英語字幕」と入れるべきところに「日本語字幕」と入れてしまった事があります。「さすがにこんなの誰でも気づくでしょ?」と思うでしょうし、自分でもそう思いますが、その時は誰も気づかず、最後の最後になって、少なくとも5人か6人くらいが見た後に、僕自身が気づいて訂正できました。こうしたクレジットって翻訳する文章とは違う上に最後に来るので、気が抜けていて見ないんですよね…。自分の名前なのに。

 それにしても、こんなレベルの間違いをしていると、「お前の翻訳大丈夫なのか?」と突っ込まれそう(笑)

2010/03/27

え?これって翻訳が必要なところあったっけ?これも、一応、ありました。

映画ではなくコミック版の裏表紙です。

 orikins.jpg

(C)Tetsuya Takeda, Kenichiroh Takai 1991 

原作の武田鉄矢氏が描いた“Orikin Country Club”という架空のゴルフコースの説明を英訳しただけですが。第一巻は1991年1月1日初版第1刷発行になっているので、作業は1990年の秋だった事になります。この英訳は知り合いのアメリカ人夫婦(ヘザーの家族ではなく)に頼りながら作業した事を覚えています。最終的に六巻まで発売され、6冊全ての裏表紙の英訳を行ないました。

この時、武田氏のメモが説明調で、それを訳した英文も説明調になりました。相談したアメリカ人夫婦には「英語でゴルフコースを説明する看板があるとしたら、もっと簡潔な表現になるはずだ。」と言われ、簡潔に訳す事もしてみたのですが、そうすると説明したい情報が全部落ちる事になります。そこで結論としては、「架空とはいえ日本のコースであり、英語で説明しているとはいえ、日本語での説明の英訳である」という考えで、説明調の英文を残す訳として仕上げました。その結果として「日本的な英文になっているけれど、文法的に変ではない英文」になっています。

この裏表紙では「日本的」という事の処理はそれほど難しくありませんでしたが、日本語のセリフに英語の字幕を付ける時、意外なところで注意が必要です。

たとえば「先生」や「先輩」。(「教授」は別です。)“スター・ウォーズ”ではルークがヨーダをMaster Yodaと呼んだりしますが、普通の小学校や中学や高校で子供達が「○○先生」と呼ぶ場合、英語では「Mr.○○」とか「Ms.○○」と呼びます。もちろん家での親子の会話なら「your teacher」とか「the teacher」になる場合もあり「teacher」という単語が「先生」を意味するのは確かなのですが、学校内で先生に対して子供が「先生!」と呼ぶ場面で、その訳が「Teacher!」になる事は、普通ありません。「先輩」や「後輩」も同じで、ファーストネームで呼び合う文化に、この概念は入ってきません。もちろん説明的なセリフで「彼は私の1つ先輩で」みたいな表現があれば、「He is a year ahead of me in school.」で成立しますが、廊下で先輩を見た後輩が「先輩!」と呼び掛けるとしたら、ファーストネームで呼ぶのが自然です。

こうした文化的な違いを自然に他の言語に置き換えられるかどうかで、字幕翻訳の場合は自然さが大きく違ってきます。字幕で情報は伝わっても「なんだか表現が不自然」という結果になる場合が多々あります。僕自身、英語字幕を作っている時、最近はほとんどなくなりましたが、以前の作品ではそうした不自然さが残っているものがあります。(青いね。)

ここで少し目先を変えて「タコライス」。30年前の人が「タコライス」と聞いたら(沖縄の人は分からないですが)、タコが入った炊き込みご飯を連想したかもしれません。最近では、タコスの具が乗った丼物を連想する人が多いでしょう。他の文化が混ざったものが新しい文化に単語レベルで浸透すると、その単語は新しい文化でも使えるものになります。「先輩」や「先生」も、英語圏で一般化すれば、英語字幕の中でも使えるものになるはずです。(以前、「ベスト・キッド」で「先生」が多用されて、少し市民権を得ましたが一般に浸透するには至りませんでした。)

2010/02/06

The Stones In The Park

1969年7月5日、ローリング・ストーンズがロンドンのハイドパークで25万人を動員して行なった歴史的ライヴです。その終盤、ライヴの直前に他界したブライアン・ジョーンズに捧げる詩をミック・ジャガーが朗読します。この詩の翻訳は複数存在します。最低でも4種類見つけました。(え、ヒマな奴?)そうかも…汗。

その一部を少しだけ書き出しました。

コロムビアミュージックエンタテインメント(DVD&VHS)版 発売日:2002/12/11
彼は死んだのでも 眠ったのでもない
人生という夢から醒め――
無益な争いを続ける我々を 現実の世界に残した
狂気の中で刃をふるう我々を
無益な現実に残した
我々こそ死した者
日々 我々は不安と 悲しみに閉ざされ――
寒々とした希望に 呑み込まれる

★1980年9月初版の新潮文庫から「シェリー詩集」(訳:上田和夫氏)
かれは死んではいない  かれは眠ってはいない――
かれは生の夢からめざめたのだ――
激しい夢想におぼれ  幻影とむなしいたたかいをつづけ
我れを忘れて狂ったように  魂の刃(やいば)で
傷つくことのない無を撃つのはわれら――
その私らこそが  納骨堂のしかばねのごとく朽ちていくのだ。

★最新のリマスター版、エイベックス・トラックス(DVD)版 発売日:2006/07/05
彼は死んでないし 眠ってもいない
生命の幻想から 目覚めたのだ
混乱し無益な争いを 続けてるのは我々のほうだ
我を忘れ 存在しない物を 魂のナイフで突き刺してる
我々は死体のように朽ちて
日々 恐れと悲しみに むしばまれていくのだ

★たぶん字幕としては最初のバージョン、クラウンレコード発売(VHS&LD)版 発売日:不明
彼は死んではいない 彼は眠ってはいない
人生の夢から醒めたのだ 狂おしい夢幻に我を忘れ
幻影を抱いて無益な争いをする 僕ら  霊の刃(やいば)をもち
狂ったように恍惚として 傷つけようもない虚空を切り
納骨堂の 死体のように朽ち果てる

この4種類です。コロムビア版は意訳し過ぎのような気もしますが、僕の訳です。新潮文庫とクラウンレコード版は、僕の訳以前に出回っていた訳。エイヴェックス版は僕の訳も出回った後の訳です。

どれも少しずつ違うので、「原文はどうなってるのかな?」と興味を持つ人もいるかもしれませんが、ここでは、少し面白いネジれ現象について書きたいと思います。

4種類の訳があるけれど、訳者が分かるのは2種類だけ。コロムビア版と新潮文庫版だけなのです。他の2種類は訳者不明です。

少しややこしい話ですが、あるブログで僕のこの訳が引用されていました。そしてパッケージ画像にリンク先も貼ってあったのですが、パッケージ画像とリンク先の商品はエイヴェックスのものでした。これだと引用した訳を見られない事になってしまいます。どれがよくて、どれが悪いという話ではなく、どの訳がどこに収録されているのか全然分からないというのは困ったものです。

以前訳した作品がソフト化される時や、他の会社から再発売される時、そのソフトの訳が新訳なのか以前の訳なのか、僕にも分からないという例は、実際多いです。

改めて連絡が来る事ももちろんありますし、再発売にあたって訳の見直しを頼まれる事もあります。新訳を作る場合は前の訳を作った人に連絡しないケースも当然あるでしょう。

ここで困ってしまうのは訳者が不明の場合です。その訳を使いたくても使えない事になりかねません。この周辺事情を話し始めるとキリがないのですが、一番簡単なのはパッケージに訳者名を印刷する事です。そして作品の終わりで画面上にも出す事です。どちらも理由は簡単。まず、購入前にはパッケージしか見られないから。そして、購入後やレンタルの場合はパッケージが手元になかったり、場合によっては紛失する場合もあるからです。

たとえば文豪ドストエフスキーの「白夜」の翻訳がA社とB社から出ているとします。A社の訳が好きでA社のを買う人もいるだろうし、B社を選ぶ人もいるでしょう。本の場合、表紙に訳者の名前があれば、本が分解して読めなくならない限り、たいていA社のものかB社のものか区別できます。しかし映像作品の場合はパッケージが映像本体と離れるケースも多々ある(購入したソフトの場合でも、見る段階では映像は再生機の中で、手元にはパッケージしかありませんし)ので、映像上とパッケージ上の両方に訳者名を出すのがいいのです。

食品の品質表示も、この何十年かを振り返ると大きく変化しています。昔は数行だった表示が今では数十行という例も多いです。映像(ビデオ)ソフトの字幕の場合は訳者名を入れるだけか、監修者名を併記するか、その程度です。やればいいだけの事なのですが、業界全体としての統一が中々取れません。

もっとも、この「業界」を映画、音楽、ドキュメンタリー、スポーツ等々、色々な分野があるから大変。とか、英語、韓国語、中国語、フランス語等々、言語によっても出す会社が色々あるから大変と考えれば納得もいきますが、「字幕業界」という「業界」の側から各方面に働きかければ、変化は始まるはずだと思うんですが…。この「字幕業界」の動きは謎めいたものがあります。

いずれにせよユーザーの側から見たら、訳者が誰かというのはそれほど重要な要素ではないでしょう。単に普通に訳されていれば誰が訳そうと、どうでもいいですから。むしろ「リマスター版」で画質や音質が向上しているという事の方が重要な要素になるはずです。でも、字幕で生活している僕のような人間にとってはかなり重要なのです。

こんな事を言っていると目立ちたがり屋っぽいですが誰か言わないと変わっていかないし、実際、言っていれば変わり得ますから。

それにしてもミック・ジャガー、この前の「ロックの殿堂25周年記念ライブ」でもカッコよかったですが、若い頃の彼もいいです。彼という存在そのものが、時代の象徴の1つだと思います。

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