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2019/07/11

(横浜シネマリンさんの看板)

たいがい話が脱線しまくり、ちょっと気を抜くと時間も押してしまうトークイベントを大阪と横浜で開催します。字幕を作る時は1文字ずつ「あ~でもない、こ~でもない」と試行錯誤しつつ、じっくり考えるのですが話すとなると…。準備はするんですが、どうしても脱線してしまって。空気を読むというか、読まないというか、その場で反応がいいと感じると、そっちに話がいったりして…。

まずは今週末、大阪から。第七藝術劇場での「サスペリア」7月12日(金)19:35~の終映後のトーク(21時半位~22時位)。
http://www.nanagei.com/movie/data/1363.html

そして7月13日(土)に天六のブックカフェバー、ワイルドバンチでは14時~16時に「映画の字幕ナビ」出版記念トーク。
http://www.cinepre.biz/archives/25150

続いて同じ会場で17時~19時の予定で「サスペリア」の感想を語り合おうというイベントに登壇します。
http://www.cinepre.biz/archives/25164

そして来週末には横浜シネマリンで7月20日(土)に「サスペリア」(20時10分~)の終映後22時位から22時半位。(こちらは終了時間が少し遅いです…)
https://cinemarine.co.jp/suspiria/

「サスペリア」、「ダリオ・アルジェント監督」、「字幕」、「映画の字幕ナビ」、「桜坂劇場」、「ガチバーン映画祭」といったキーワードを中心に、イベントごとにテーマを分けて話していきます。(でも、それぞれ脱線しつつキーワードがクロスオーバーしていってしまうのかもしれません)

全ての会場で「映画の字幕ナビ」にサインします。お近くの方、時間に都合のつく方、よかったらぜひ!

2019/07/04

2011年12月21日発売

8年近く前に翻訳したソフトです。昨年秋に公開された「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒット以降、人気急上昇したタイトルです。クイーンの素顔に迫るイギリスBBC製作のドキュメンタリーに加え、初来日の様子を収めた映像等々、4時間以上に及ぶ映像集になっています。ただ、日本語字幕が入っているのはリンク先にある国内盤DVDのみで、輸入盤やブルーレイがあった場合、それには日本語字幕が入っていないはずなので注意して下さい。音楽関係のソフトですがドキュメンタリーが中心なので字幕がある方が分かりやすいと思います。

宣伝はここまで。この後はお詫びです。

このソフトの本編であるドキュメンタリー部分を以前WOWOWで放映したのですが、それを録画していた視聴者の方から誤訳の指摘を受けました。正確には、その放映を見た視聴者の方がWOWOWのカスタマーセンターに連絡し、その内容が同局のプロデューサーに伝わり、そのプロデューサーがこちらに連絡してくれたという流れです。

『日本版DVDの字幕には複数誤訳があります。そのうち2カ所は、最悪の場合、世間のフレディ観を左右しかねない間違いです。』

1つは21分くらいのところ:
マネージャーの発言 “(Freddie)wasn’t out to the band”
誤【彼はバンドに集中していなかった】
正【彼はバンドにカミングアウトしていなかった】

参考までに、この次の字幕は【性的志向に悩んでいたんだ】でした。上の訳でもマネージャーの談話としては通じてしまうところがタチの悪い誤訳です。確かに「性的志向に悩んでいた彼はバンドにもカミングアウトしていなかった」とマネージャーが回想する方が自然ですね。

2つめは84分くらいのところ:
フレディの発言(シングル「ボヘミアン・ラプソディ」について)
“Either it goes out in its entirety, or not at all”
誤【永遠に残るか消滅するかだ】
正【曲全体でなければ出さない】

これはentiretyをeternityと思い違いをした誤訳です。

発売済みのDVDを直す事は現実的には難しいので、せめてここで説明しておきたいと思います。こうした誤訳が分かった場合、正誤表を入れる等したいところですがそれも難しいものです。ただ将来、ソフトが再プレスされる事があれば字幕自体を修正する機会があるはずです。もちろんこちらからも販売元の担当者にもこの件を伝えます。とにかく今はここで告白しておきたいと思います。

「映画の字幕ナビ」にも自分で書いていますが、こうした誤訳はどうにかして無くしたいものです。そう願い、それを意識して作業していてもこうして誤訳があるまま世に出てしまう…。字幕に限らず翻訳というものはマイナス評価になるしかない面が大きいものではありますが、現実として世に出てしまう誤訳はあるものです。ただ、今はこうしてネットで世界に情報を発信することができます。これを「正誤表」の代わりにさせて下さいとまでは言いませんが、何もしないよりマシでしょう。翻訳の仕事をしている当事者である僕がこう提案してしまうと甘えていると言われるでしょうが、こうした誤訳のデータベースを作れたらとも思います。そうすれば次に訂正できる機会があるコンテンツは、その時に訂正できる可能性が上がるから。「それなら自分でデータベースを作れ」と言われるかもしれません。それもやりたいところですが、残念ながら本業の翻訳をこなすのが精一杯です。これも本に書いていますが、字幕は翻訳家だけで完成させるものでもなく、チェックする人もいます。その意味でこうした指摘を受けた場合、ここに書いているように翻訳家自身が1人で表に立って詫びるというのも、場合によっては正しくない気もします。それでも今回のようにそれを知ってしまった場合、やはりこうして書くしかないと思っています。こうした誤訳を「無くす」のではなく「減らす」ために。そして、それが世に出た後の場合、次の機会に「訂正する」ために。問題提起というか、議論の出発点というか…。

いずれにせよ、特にクイーンのファンの皆さん、誤訳が入ってしまって申し訳ありませんでした。これをWOWOWに指摘してくれた方には感謝します。この方は「ソフトの訂正はムリだとしてもWOWOWで今後、またこれを放送する機会があったら直してほしい」という思いで連絡して下さったそうです。ありがとうございました。

今後も精進します。

2019/02/20


字幕というキーワードから色々な事を書いていますが、この度、これまでネットにアップしてきた文章を基に、全面的に加筆改訂した本を2月25日に発売します。第一章は僕が翻訳家になるまでを時系列で綴ったプロフィール的な章になっていますが、第二章以降は1ページから数ページの読み切りの文章が多く、ちょっとした時間に読み進めやすい構成にしてあります。映画にも字幕にも興味がない人でも楽しめるようになっていると思います。全国の書店で購入・注文可能です。よかったら手に取ってみて下さい。もちろんネットでの購入も可能です。
発売元公式サイト→「映画の字幕ナビ」(2019/2/25発売)

2012/09/07

字幕って語尾が「を」(または「を?」)で終わっていることが時々あります。字数的な制約から「どうしてもそうなっちゃうのよね」という場合も、確かにあります。

たとえば、とある旅客機内でCAが乗客に「新聞を?(お読みになりますか?)」「コーヒーを?(お飲みになりますか?)」なんて状況にしましょう。

これ、両方とも「いかがですか?」でもよかったりします。新聞でも雑誌でもコーヒーでもお茶でも、CAが乗客に話しかけているという雰囲気を出しているだけならば。

でも「新聞を?」は4文字。「いかがですか?」は7文字。「を?」最強です。でもコーヒーに関しては「コーヒーを?」でも6文字。「いかがですか?」(7文字)から「か」を取って「いかがです?」にすれば6文字。同点。

さらに「新聞を?」と言われた乗客が新聞を受け取った場合は、元から「どうぞ」にしてしまう方法もあります。3文字。「どうぞ」の勝ち。

まあ、「色々あるぞ」と言いたいだけなのですが、「を」で終わる会話というのは、字幕以外ではそれほど多くありません。

字幕の「を」に影響されて、「を」(または「を?」)で終わる表現が使われることもありますし、全否定する気は僕もありません。僕自身も字幕の原稿を書いていて時々使います。

では次の場合どうでしょうか。

「奴らがいないか確認を」

これは

「奴らがいないか確認だ」

ではダメでしょうか…。

話した人が女性なら「を」の方がいいかもしれないけど、それなら

「奴らがいないか確認よ」

の方が合うかもしれない。

「を」が語尾にくると字数を減らせる事が多いのですが、上記の「確認を」「確認だ」のような場合は字数は関係ないわけです。

制約の多い字幕なので、とにかくできるだけ多くの表現を考えてみる事が大事じゃないかと思います。もしかすると語尾を「を」にするのは字幕翻訳家の職業病かもしれません(笑)。でも、それなら病気を自覚して対処すればいいだけで、この職業病は軽症でしょう。

いずれにせよ字幕を作っている人間として、上記のような字幕に出くわすと「この字幕作ってる人、1文字1文字考えながら原稿作っていなさそうだなぁ。脚本書いてる人は1語1語、言葉を選んで原稿を作っているだろうにね」と思う事があります。

2011/02/19

 

新車があります。公開。様々な角度から評価されます。以上。

 
で、この新車を泥沼に落とします。引き上げます。泥だらけです。でも新車です。そのままの状態で、それを新車として「様々な角度から評価」するでしょうか?恐らく洗車してから見るでしょう。

 
こういう事なんだと思います。字幕って。

 
新車(=外国語の映画)があって、それが泥沼に落ちる。それを引き上げて洗車したものが字幕版。ピッカピカの新車に戻すのは不可能。いくらきれいにできても完全に元の状態には戻りません。

それでも必死に元の状態に近づける。まずホースで水をじゃんじゃんかけて、全体を大ざっぱにきれいにして、それからタオルやブラシや掃除機を使い、綿棒を使い…。と、細かく掃除していく。でもどこか見落としがあり泥の塊が残っていたり、全体的にくすんだ色になっていたり、どうしても完全に元の状態には戻らない。

字幕についてはこれまでも色々思う事を書いてきましたが、最近は、こんなふうに思います。

2011/01/18

日本の映画界では洋画離れ、字幕離れがよく話題になります。理由はそれなりに分析されていますし、対策も考えられたりしています。

でも決定打はない。まあ、当然です。映画館に映画を見に行く習慣が全くない人に、いくら「映画は映画館で見るのが一番」と言ったってしょうがない。行ってさえくれれば「また何か見たいな」と思う可能性が出てきますが、問題は恐らくそれ以前の状態でしょう。

そこで話題作りをする。レッドカーペットイベントに舞台挨拶。これも対策のうちでしょう。テレビやネットでその模様が流れれば「あ~、話題になってるんだ」と認知はする。でも、そう思った人が映画館に足を運ぶ確率が上がるというほどでもない。こうしたイベントは実際に行く人、行った人にはインパクトが強いわけですが、行けない人、行かない人には芸能ニュースの小ネタになるだけです。

そこで考えました。知的好奇心をくすぐる作戦です。字幕版を2種類作って同じシネコンの中でA版とB版の字幕で上映する。A版は従来の字幕でB版は字数増量気味だけど、A版では泣く泣く落としてしまった情報を入れる。要するにA版は1秒=4文字目安の字幕、B版は1秒=5~6文字目安といった具合ですが、1回見ている人が見る字幕であれば、それでも追えるのではないでしょうか。(「やあ」「おはよう」といった字幕は文字数を増やす必要はないわけで、あくまで泣く泣く落とした情報を詰め込むわけです。)場合によってはさらに情報増量版のC版まで作って上映する。(C版は無茶かな…)

実際、A版だけしか見ない人の方が多いでしょう。映画はリピーターを生みにくい商品です。時間をかけて、お金を払って、物理的には何も残らない商品だから仕方ありません。特に「時間をかける」というのが現代では大変になります。

だからこそ「時間をかけて」見に来てくれる人を大切にする。映画の場合、「大切にする」というのは「楽しんでもらう」ことです。A版を見て「楽しかった」という人の中に「それで終わり」ではなく「また見たい」という人も出てきます。そういう人達が2回目に見るのにちょうどいい字幕版がB版です。

この場合、字幕をフィルムに焼き付けず、演劇のようにLEDで表示する方式をついでに考えればコストを節約できるでしょう。吹替え版を何種類も作るのは大変ですが、字幕ならそれほどかかりません。

リピーター割引をしてもいいでしょう。こうしてA版とB版を見ると、同じ作品1つでもムリなく、より深く理解できる映画鑑賞になります。DVDやブルーレイでも字幕を2バージョン入れるのは簡単だし。

単なるアイデアですが、実行不可能でもないだろうし、こうした「話題作り」の方が知的好奇心をくすぐるものではないかと思ったりします。

こんな話をすると「お前の字幕、いつも欲張りすぎだから、こんな事を言ってるんだろ」と言われるかな。でも、やってみたっていいんじゃない?ただメディア露出を増やす話題作りより、ひとまずは話題になるだろうし。

この件は、「スニークプレビュー」とか「explicitとclean」といったキーワードにつながるのですが、今回は、ひとまずここまでにします。

2010/12/15

訳していて使い分けに迷う事の1つが漢数字と算用数字。僕はあまり迷いませんが、その理由を説明しておきましょう。偉そうに言うとバカにされそうですが、昔は字幕翻訳の学校で講師もしていたので、いいでしょう。

一番は一番か1番か。

答えは両方です。では、どういう場合に一番で、どういう場合に1番か。

競馬のレース結果が字幕になっている場合を考えましょう。
1着、2着、3着、4着、5着、6着、7着…。

一着、二着、三着、四着、五着、六着、七着…。

これは字幕の場合、算用数字が合います。

賞金や払戻金は算用数字を使うだろうし、こういう話の場合は算用数字。

まあ、乱暴にまとめてしまうと数字がいっぱい出てくる話の場合は、算用数字を基本にする方がいいという事です。それからよく聞くのが、「数えられる数字は算用数字」という説明です。これは正しいですが、少し乱暴すぎます。その理由を説明します。

漢数字が合うのはどういう場合でしょうか?

「浮気は1回だけですか?」

これは表現として別に問題はありませんし、文脈によって使います。

ただ口語としては基本的に「浮気は一度だけですか?」になると思います。「一度だけの過ち」と「1回だけの過ち」を比べると、「一度だけ」の方が口語的だと思います。この場合の「1」はoneやonceではなくonlyなので、じつは表現に数字が入っているだけで数えるためのものではないからです。

「浮気は一度だけですか?」

「いいえ、何度も」

この場合は数の問題ではなく単数か複数かの問題になり、数えられる数字と見なさなくていいでしょう。

「浮気は一度だけですか?」

「いいえ、5度」

この場合は数えられる数字になりますが、「度」に算用数字が合わないので「回」にします。

「浮気は1回だけですか?」

「いいえ、5回」

この他、一、二、三までは漢字が合う事も多く、「仏の顔も三度まで」とか「四苦八苦」とか「三日坊主」とか「僕の十八番」とか、熟語や慣用句になっている場合も当然漢字がいいでしょう。

では、最初の一番と1番の見分け方に戻ります。

原語が最上級的な表現の場合は、多くの場合「一番」が合います。「最も」にも置き換えられるような表現の場合です。「僕の一番の友達」(「僕の親友」でもよさそうですが)は、「僕の1番の友達」にすると何か変です。もちろん、変なセリフで「僕の2番の友達」や「33番の友達」などが続いて出てくるようなら「1番の友達」もアリでしょう。

基本としては「最も」に置き換えても通じる話なら「一番」を選ぶという事です。「一番昔からの友達」といった場合もです。

では、この↓場合はどう考えればいいでしょう?

「護身のため殴りました」

「一度ではダメで」

「二度目でやっと倒れました」

この場合は数えられます。算用数字もあり得ます。でも「1度」や「2度」は、やはり好きではありません。そこで「1回」「2回」にするのも1つの方法です。

ただし、この場合の「一度」は、じつは「最初」に置き換えようと思えば置き換えられます。「二度目」も同様に「次」に置き換えられる文脈です。こうした話の場合、3回目や4回目もあるかもしれません。その場合は1回、2回でいいと思います。ただ、多くの場合は原語でも「何度も」になるでしょうし、字幕の中で一度や二度でとまるなら、数えられるけど、「最初」「次」と見なして漢数字のままでいいと僕は思います。

これはあくまで僕の考えですし、書ききれていない例外もあるはずですが、字幕翻訳のこうした具体的な考え方はネットに限らず情報が少ないので、何かの参考になるか、建設的な議論に繋がればいいと思います。

変な表現ですが、字幕は眼で聞く文字ですから、字幕として一番(=最も)しっくりくる文字を選びたいと思います。

ちなみに、「これはどう考える?」という質問がある人は気軽にコメントなりメールで連絡して下さい。返事は遅くなるかもしれないけど、他の人が見て一緒に考えても良い事ですし。

2010/12/06

これは「First floor!」の訳です。イギリス英語。イギリスの警察が出てくるドラマの1シーンです。

イギリスでは日本で言う1階の事をグラウンドフロアと言い、2階の事をファーストフロアと言います。なぜこうなるのか考えると、それなりに答えも出ます。1階は地上階、グラウンドの床。フロアが存在しなくてもグラウンドだけで成立します。2階はフロアが人工的に作られていないと存在しません。フロアが物理的に不可欠な最初の階がFirst floor(2階)になるわけです。さらに欧米では家に入った後も靴を履いていて大丈夫なので、グラウンドフロアーはグラウンドのうち。1階上に上がると、そこは最初の床=ファーストフロアなので2階がファーストフロアと考えるのもありでしょう。もちろん2つめの床=セカンドフロアは3階です。

でも、やはりどうも日本語の感覚でいくと2階はセカンドフロアにしてほしいと思ったり。だって2階建ての家にセカンドフロアがなくなっちゃいます。そのため2階建ての家ではアップステアーズとダウンステアーズという区別の仕方をするわけです。

計算する時も1階上がって2階、1階下がって地下1階ですから、地上階は0階であるべきで、グラウンドフロアを0階と考えるのが正しくなります。1階を1階にしていると0階がなくなり、地下の計算がヘンな感じになります。

だからFirst floor!と叫ぶセリフは「2階だ!」になっちゃうのですが、なんか誤訳っぽく見えるのでイヤです。でも、もちろん合ってますけど。その証拠に、隣の家の屋根の上側が窓から半分見えていたりします。そうした映像の中の情報からも「このFirst floorは間違いなく2階だ」なんて確認しながら訳すわけです。

ちなみにfloorを使わない方法もあります。LEVEL。駐車場などで、よくこの表現を目にします。これだとFirst level=1階。Second levelは2階。地下の最初のLEVELはBasement1。やはりこの方がシンプルな気がします。10階建てのビルはLEVEL10まである。それだけですから。

こうした表現の違いは他にも長さや距離や重さなど色々あります。異文化のものは分かりずらかったりしますが、その成り立ちの歴史を知ると一気に分かりやすくなったりするものですよね。(と、言うだけ言って、歴史は大して知らないけどさ。)

2010/12/01

ビーチバレー FIVBワールドツアー 2010 ハイライト

半年近く翻訳し続けてきたビーチバレー・ワールドツアーですが、男子はダルハウザーとロジャーズのアメリカペアの優勝。女子はラリッサとジュリアナのブラジルペアの優勝で幕を閉じました。

正直言って、バレーボールは苦手なのでこれほど試合に注目したのは初めてでしたが、屋内バレーより遥かにハードなスポーツだと感じました。6人でコートを守るのと2人で守るのとでは大違いですし、砂場で裸足なのと屋内のコートでシューズを履いているのとでも大違いです。

ビーチバレーの方が肉弾戦のような感じで、汗を感じます。天候に左右されるという弱点はありますが、コートの準備は屋内よりも手軽でしょうし、こちらの方が市民権を得てもおかしくなさそうな気がします。

ただ、2対2での戦いで体格の差が大きいと、それだけで戦力の差が出るので身長でクラス分けをしてもいいんじゃない?と、素人としては思い切り無責任に思ったりもしました。

ちなみに獲得賞金は優勝した男子ペアで38万7千ドル(83円換算で3200万円少し)。女子は35万ドル超(同、約2900万円)。プロスポーツの中でもかなりハードな部類に入る気がしますがペアでの賞金ですから、山分けするとその半額。スポンサー料など他にも収入があるとしても、案外少ないのかなと思います。いわゆるメジャースポーツだと億単位の数字がポンポン飛び出してくるわけだし。

でも夢を追い、世界を巡る彼ら、彼女達の笑顔は輝いています。「好きなスポーツをやって食えるんだから幸せだ」という気持ちが毎回伝わってきました。ファンとの距離も近く、何というか庶民のヒーローって感じです。

来年も放送があるかどうかは未定だそうですが、皆の活躍、そして今回は一度も番組には出てこなかった日本勢の活躍があれば、また来年も…。

という事で、ここで締めたいわけですが、またやってしまいました。誤訳。

#19の放送でドイツペアのサラ・ゴラーとローラ・ルドウィグの取材の時です。ルドウィグのコメントを「サラとは7歳の時からペアを組んでいて、嫌いな人と組むなんて考えられない」と訳しました。実際は「サラとは7年前からペアを~」でした。

なぜ間違えたかと言うと…。各国の選手のコメントを織り交ぜる番組だったので、母国語で話している選手は英語の吹き替えになっている場合も多かったのですが、彼女は自ら英語でコメントしていました。彼女は英語でこう言いました。「Sara is my only partner. We are together since 7 years and I can’t imagine to have a partner at my side I don’t like…。」この中の「since 7 years」が問題なわけです。英語はスクリプト通りのものです。これをちゃんと聞き直してみると「since…7 years NOW. And I can’t…」と言っていました。いわゆる正しい英語からすると文法的に間違っているわけですが、言いたい事は伝わります。「彼女と組んで、もう7年になるわ」というだけの事で、「7歳の時から~」なら「since 7 years OLD」になるはずです。より正確には「since I was 7 years old」でしょう。

ルドウィグが14歳で7年前に7歳だったらよかったのですが、彼女は24歳。ネットで調べても、やはり7年前から組んでいるというのが正しい事も判明しました。

それで#21の放送時(ツアー終了後の総集編)に同じコメントが使われた時には「7年前からペアを~」に直しました。気になってしまった人がいたら申し訳ありません。( #19は編集の都合上、直せないはず。許して下さい。すみませんm(_ _)m )

2010/11/17

jacket_xyz.jpg @allcinema
Crimewave(1985) @IMDB

「スパイダーマン」シリーズのサム・ライミ監督の2作目。脚本は彼とコーエン兄弟。カッ飛ばしてくれます。このソフトですが、制作会社が倒産した結果、ネガが行方不明になってしまっているそうです。先日書いた「死刑執行人もまた死す」は配給会社の倒産時、フィルムだけは処分されないようにと、当時の社長が懸命に守ったため今もフィルム上映の機会があります。ネガが行方不明というのはかなり深刻ですが、とにかくソフト化できた事は、やはり歓迎すべき事でしょう。

この作品はホラーチックなスクリューボールコメディとでもいうか、展開がハチャメチャな奇想天外な物語です。それを楽しく見られるのは、細かく書き込まれた脚本があってこそです。

たとえば死刑直前の主人公が無実を訴え、事件当夜の回想に場面転換する彼のセリフ。

事件があった日
僕は通りの向かいで

夫妻の家に
監視カメラを設置してた

ここでは「事件があった日」で時間を特定させ、「通りの向かい」で彼が勤める会社と働いている現場の位置関係を特定し、さらに「夫妻の家」の場所の位置関係も伝え、後に頻繁に使われる小道具である「監視カメラ」の存在を強調しています。

この2枚の字幕を出せる時間は合わせて7秒。どの情報も作品の中では意味のある部品です。

どれか1つ情報を落としてよければ字幕にするのが簡単になりますが、脚本がガッチリ組まれているので、残念ながらそうはいきません。(それでも「アパート」を「家」にしたり、文字数は減らしていたりします。)

様々な登場人物の動きを分かりやすくするために、この作品の背景の位置関係をさりげなく観客に伝え、監視カメラに至っては、回想場面の最初で主人公が映り具合を調整している機械そのものなので、セリフが場面転換のキーワードにもなっています。

ここでジレンマが生まれます。情報を1つか2つ落としてしまって文字数を減らし、雰囲気でストーリーが分かるようにするか、少し読むのが大変でも、原語の情報を全て観客に伝えるか。

このジレンマは字幕翻訳をしていて常に付きまとうものですが、答えも常に1つです。できるだけ多くの原語の情報を伝えるために字幕はあるのです。登場人物の個性を出す言い回しを考えるのは二の次。必要な情報を伝えられて、それでも余力がある場合に加えるニュアンスです。

特に脚本がしっかり書けている作品の場合、余力はほとんどなくなってしまいます。ただ、それでも脚本自体のよさが伝われば、結果的によりオリジナルに近い作品鑑賞になり、楽しめます。

と、色々偉そうに書いているのは理屈で、実際にそれを実践するのは大変なのですが、洋画離れ、字幕離れが進んでいる今、考えるべき事の1つだと思います。

字幕を読むのは面倒だとか疲れるというのは、たしかにあります。読んでいる事を意識させない字幕を目指すわけですが、やっぱり読むのは面倒。それなら、せめて面倒な事をした、疲れる事をしただけの価値のある情報を伝えるべきです。面倒で疲れるのに中途半端な情報しか入ってこないという事で字幕の立場が弱くなるのだと僕は思います。

DVD発売日: 2009/08/21

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