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2012/09/07

字幕って語尾が「を」(または「を?」)で終わっていることが時々あります。字数的な制約から「どうしてもそうなっちゃうのよね」という場合も、確かにあります。

たとえば、とある旅客機内でCAが乗客に「新聞を?(お読みになりますか?)」「コーヒーを?(お飲みになりますか?)」なんて状況にしましょう。

これ、両方とも「いかがですか?」でもよかったりします。新聞でも雑誌でもコーヒーでもお茶でも、CAが乗客に話しかけているという雰囲気を出しているだけならば。

でも「新聞を?」は4文字。「いかがですか?」は7文字。「を?」最強です。でもコーヒーに関しては「コーヒーを?」でも6文字。「いかがですか?」(7文字)から「か」を取って「いかがです?」にすれば6文字。同点。

さらに「新聞を?」と言われた乗客が新聞を受け取った場合は、元から「どうぞ」にしてしまう方法もあります。3文字。「どうぞ」の勝ち。

まあ、「色々あるぞ」と言いたいだけなのですが、「を」で終わる会話というのは、字幕以外ではそれほど多くありません。

字幕の「を」に影響されて、「を」(または「を?」)で終わる表現が使われることもありますし、全否定する気は僕もありません。僕自身も字幕の原稿を書いていて時々使います。

では次の場合どうでしょうか。

「奴らがいないか確認を」

これは

「奴らがいないか確認だ」

ではダメでしょうか…。

話した人が女性なら「を」の方がいいかもしれないけど、それなら

「奴らがいないか確認よ」

の方が合うかもしれない。

「を」が語尾にくると字数を減らせる事が多いのですが、上記の「確認を」「確認だ」のような場合は字数は関係ないわけです。

制約の多い字幕なので、とにかくできるだけ多くの表現を考えてみる事が大事じゃないかと思います。もしかすると語尾を「を」にするのは字幕翻訳家の職業病かもしれません(笑)。でも、それなら病気を自覚して対処すればいいだけで、この職業病は軽症でしょう。

いずれにせよ字幕を作っている人間として、上記のような字幕に出くわすと「この字幕作ってる人、1文字1文字考えながら原稿作っていなさそうだなぁ。脚本書いてる人は1語1語、言葉を選んで原稿を作っているだろうにね」と思う事があります。

2011/02/19

 

新車があります。公開。様々な角度から評価されます。以上。

 
で、この新車を泥沼に落とします。引き上げます。泥だらけです。でも新車です。そのままの状態で、それを新車として「様々な角度から評価」するでしょうか?恐らく洗車してから見るでしょう。

 
こういう事なんだと思います。字幕って。

 
新車(=外国語の映画)があって、それが泥沼に落ちる。それを引き上げて洗車したものが字幕版。ピッカピカの新車に戻すのは不可能。いくらきれいにできても完全に元の状態には戻りません。

それでも必死に元の状態に近づける。まずホースで水をじゃんじゃんかけて、全体を大ざっぱにきれいにして、それからタオルやブラシや掃除機を使い、綿棒を使い…。と、細かく掃除していく。でもどこか見落としがあり泥の塊が残っていたり、全体的にくすんだ色になっていたり、どうしても完全に元の状態には戻らない。

字幕についてはこれまでも色々思う事を書いてきましたが、最近は、こんなふうに思います。

2011/01/18

日本の映画界では洋画離れ、字幕離れがよく話題になります。理由はそれなりに分析されていますし、対策も考えられたりしています。

でも決定打はない。まあ、当然です。映画館に映画を見に行く習慣が全くない人に、いくら「映画は映画館で見るのが一番」と言ったってしょうがない。行ってさえくれれば「また何か見たいな」と思う可能性が出てきますが、問題は恐らくそれ以前の状態でしょう。

そこで話題作りをする。レッドカーペットイベントに舞台挨拶。これも対策のうちでしょう。テレビやネットでその模様が流れれば「あ~、話題になってるんだ」と認知はする。でも、そう思った人が映画館に足を運ぶ確率が上がるというほどでもない。こうしたイベントは実際に行く人、行った人にはインパクトが強いわけですが、行けない人、行かない人には芸能ニュースの小ネタになるだけです。

そこで考えました。知的好奇心をくすぐる作戦です。字幕版を2種類作って同じシネコンの中でA版とB版の字幕で上映する。A版は従来の字幕でB版は字数増量気味だけど、A版では泣く泣く落としてしまった情報を入れる。要するにA版は1秒=4文字目安の字幕、B版は1秒=5~6文字目安といった具合ですが、1回見ている人が見る字幕であれば、それでも追えるのではないでしょうか。(「やあ」「おはよう」といった字幕は文字数を増やす必要はないわけで、あくまで泣く泣く落とした情報を詰め込むわけです。)場合によってはさらに情報増量版のC版まで作って上映する。(C版は無茶かな…)

実際、A版だけしか見ない人の方が多いでしょう。映画はリピーターを生みにくい商品です。時間をかけて、お金を払って、物理的には何も残らない商品だから仕方ありません。特に「時間をかける」というのが現代では大変になります。

だからこそ「時間をかけて」見に来てくれる人を大切にする。映画の場合、「大切にする」というのは「楽しんでもらう」ことです。A版を見て「楽しかった」という人の中に「それで終わり」ではなく「また見たい」という人も出てきます。そういう人達が2回目に見るのにちょうどいい字幕版がB版です。

この場合、字幕をフィルムに焼き付けず、演劇のようにLEDで表示する方式をついでに考えればコストを節約できるでしょう。吹替え版を何種類も作るのは大変ですが、字幕ならそれほどかかりません。

リピーター割引をしてもいいでしょう。こうしてA版とB版を見ると、同じ作品1つでもムリなく、より深く理解できる映画鑑賞になります。DVDやブルーレイでも字幕を2バージョン入れるのは簡単だし。

単なるアイデアですが、実行不可能でもないだろうし、こうした「話題作り」の方が知的好奇心をくすぐるものではないかと思ったりします。

こんな話をすると「お前の字幕、いつも欲張りすぎだから、こんな事を言ってるんだろ」と言われるかな。でも、やってみたっていいんじゃない?ただメディア露出を増やす話題作りより、ひとまずは話題になるだろうし。

この件は、「スニークプレビュー」とか「explicitとclean」といったキーワードにつながるのですが、今回は、ひとまずここまでにします。

2010/12/15

訳していて使い分けに迷う事の1つが漢数字と算用数字。僕はあまり迷いませんが、その理由を説明しておきましょう。偉そうに言うとバカにされそうですが、昔は字幕翻訳の学校で講師もしていたので、いいでしょう。

一番は一番か1番か。

答えは両方です。では、どういう場合に一番で、どういう場合に1番か。

競馬のレース結果が字幕になっている場合を考えましょう。
1着、2着、3着、4着、5着、6着、7着…。

一着、二着、三着、四着、五着、六着、七着…。

これは字幕の場合、算用数字が合います。

賞金や払戻金は算用数字を使うだろうし、こういう話の場合は算用数字。

まあ、乱暴にまとめてしまうと数字がいっぱい出てくる話の場合は、算用数字を基本にする方がいいという事です。それからよく聞くのが、「数えられる数字は算用数字」という説明です。これは正しいですが、少し乱暴すぎます。その理由を説明します。

漢数字が合うのはどういう場合でしょうか?

「浮気は1回だけですか?」

これは表現として別に問題はありませんし、文脈によって使います。

ただ口語としては基本的に「浮気は一度だけですか?」になると思います。「一度だけの過ち」と「1回だけの過ち」を比べると、「一度だけ」の方が口語的だと思います。この場合の「1」はoneやonceではなくonlyなので、じつは表現に数字が入っているだけで数えるためのものではないからです。

「浮気は一度だけですか?」

「いいえ、何度も」

この場合は数の問題ではなく単数か複数かの問題になり、数えられる数字と見なさなくていいでしょう。

「浮気は一度だけですか?」

「いいえ、5度」

この場合は数えられる数字になりますが、「度」に算用数字が合わないので「回」にします。

「浮気は1回だけですか?」

「いいえ、5回」

この他、一、二、三までは漢字が合う事も多く、「仏の顔も三度まで」とか「四苦八苦」とか「三日坊主」とか「僕の十八番」とか、熟語や慣用句になっている場合も当然漢字がいいでしょう。

では、最初の一番と1番の見分け方に戻ります。

原語が最上級的な表現の場合は、多くの場合「一番」が合います。「最も」にも置き換えられるような表現の場合です。「僕の一番の友達」(「僕の親友」でもよさそうですが)は、「僕の1番の友達」にすると何か変です。もちろん、変なセリフで「僕の2番の友達」や「33番の友達」などが続いて出てくるようなら「1番の友達」もアリでしょう。

基本としては「最も」に置き換えても通じる話なら「一番」を選ぶという事です。「一番昔からの友達」といった場合もです。

では、この↓場合はどう考えればいいでしょう?

「護身のため殴りました」

「一度ではダメで」

「二度目でやっと倒れました」

この場合は数えられます。算用数字もあり得ます。でも「1度」や「2度」は、やはり好きではありません。そこで「1回」「2回」にするのも1つの方法です。

ただし、この場合の「一度」は、じつは「最初」に置き換えようと思えば置き換えられます。「二度目」も同様に「次」に置き換えられる文脈です。こうした話の場合、3回目や4回目もあるかもしれません。その場合は1回、2回でいいと思います。ただ、多くの場合は原語でも「何度も」になるでしょうし、字幕の中で一度や二度でとまるなら、数えられるけど、「最初」「次」と見なして漢数字のままでいいと僕は思います。

これはあくまで僕の考えですし、書ききれていない例外もあるはずですが、字幕翻訳のこうした具体的な考え方はネットに限らず情報が少ないので、何かの参考になるか、建設的な議論に繋がればいいと思います。

変な表現ですが、字幕は眼で聞く文字ですから、字幕として一番(=最も)しっくりくる文字を選びたいと思います。

ちなみに、「これはどう考える?」という質問がある人は気軽にコメントなりメールで連絡して下さい。返事は遅くなるかもしれないけど、他の人が見て一緒に考えても良い事ですし。

2010/12/06

これは「First floor!」の訳です。イギリス英語。イギリスの警察が出てくるドラマの1シーンです。

イギリスでは日本で言う1階の事をグラウンドフロアと言い、2階の事をファーストフロアと言います。なぜこうなるのか考えると、それなりに答えも出ます。1階は地上階、グラウンドの床。フロアが存在しなくてもグラウンドだけで成立します。2階はフロアが人工的に作られていないと存在しません。フロアが物理的に不可欠な最初の階がFirst floor(2階)になるわけです。さらに欧米では家に入った後も靴を履いていて大丈夫なので、グラウンドフロアーはグラウンドのうち。1階上に上がると、そこは最初の床=ファーストフロアなので2階がファーストフロアと考えるのもありでしょう。もちろん2つめの床=セカンドフロアは3階です。

でも、やはりどうも日本語の感覚でいくと2階はセカンドフロアにしてほしいと思ったり。だって2階建ての家にセカンドフロアがなくなっちゃいます。そのため2階建ての家ではアップステアーズとダウンステアーズという区別の仕方をするわけです。

計算する時も1階上がって2階、1階下がって地下1階ですから、地上階は0階であるべきで、グラウンドフロアを0階と考えるのが正しくなります。1階を1階にしていると0階がなくなり、地下の計算がヘンな感じになります。

だからFirst floor!と叫ぶセリフは「2階だ!」になっちゃうのですが、なんか誤訳っぽく見えるのでイヤです。でも、もちろん合ってますけど。その証拠に、隣の家の屋根の上側が窓から半分見えていたりします。そうした映像の中の情報からも「このFirst floorは間違いなく2階だ」なんて確認しながら訳すわけです。

ちなみにfloorを使わない方法もあります。LEVEL。駐車場などで、よくこの表現を目にします。これだとFirst level=1階。Second levelは2階。地下の最初のLEVELはBasement1。やはりこの方がシンプルな気がします。10階建てのビルはLEVEL10まである。それだけですから。

こうした表現の違いは他にも長さや距離や重さなど色々あります。異文化のものは分かりずらかったりしますが、その成り立ちの歴史を知ると一気に分かりやすくなったりするものですよね。(と、言うだけ言って、歴史は大して知らないけどさ。)

2010/12/01

ビーチバレー FIVBワールドツアー 2010 ハイライト

半年近く翻訳し続けてきたビーチバレー・ワールドツアーですが、男子はダルハウザーとロジャーズのアメリカペアの優勝。女子はラリッサとジュリアナのブラジルペアの優勝で幕を閉じました。

正直言って、バレーボールは苦手なのでこれほど試合に注目したのは初めてでしたが、屋内バレーより遥かにハードなスポーツだと感じました。6人でコートを守るのと2人で守るのとでは大違いですし、砂場で裸足なのと屋内のコートでシューズを履いているのとでも大違いです。

ビーチバレーの方が肉弾戦のような感じで、汗を感じます。天候に左右されるという弱点はありますが、コートの準備は屋内よりも手軽でしょうし、こちらの方が市民権を得てもおかしくなさそうな気がします。

ただ、2対2での戦いで体格の差が大きいと、それだけで戦力の差が出るので身長でクラス分けをしてもいいんじゃない?と、素人としては思い切り無責任に思ったりもしました。

ちなみに獲得賞金は優勝した男子ペアで38万7千ドル(83円換算で3200万円少し)。女子は35万ドル超(同、約2900万円)。プロスポーツの中でもかなりハードな部類に入る気がしますがペアでの賞金ですから、山分けするとその半額。スポンサー料など他にも収入があるとしても、案外少ないのかなと思います。いわゆるメジャースポーツだと億単位の数字がポンポン飛び出してくるわけだし。

でも夢を追い、世界を巡る彼ら、彼女達の笑顔は輝いています。「好きなスポーツをやって食えるんだから幸せだ」という気持ちが毎回伝わってきました。ファンとの距離も近く、何というか庶民のヒーローって感じです。

来年も放送があるかどうかは未定だそうですが、皆の活躍、そして今回は一度も番組には出てこなかった日本勢の活躍があれば、また来年も…。

という事で、ここで締めたいわけですが、またやってしまいました。誤訳。

#19の放送でドイツペアのサラ・ゴラーとローラ・ルドウィグの取材の時です。ルドウィグのコメントを「サラとは7歳の時からペアを組んでいて、嫌いな人と組むなんて考えられない」と訳しました。実際は「サラとは7年前からペアを~」でした。

なぜ間違えたかと言うと…。各国の選手のコメントを織り交ぜる番組だったので、母国語で話している選手は英語の吹き替えになっている場合も多かったのですが、彼女は自ら英語でコメントしていました。彼女は英語でこう言いました。「Sara is my only partner. We are together since 7 years and I can’t imagine to have a partner at my side I don’t like…。」この中の「since 7 years」が問題なわけです。英語はスクリプト通りのものです。これをちゃんと聞き直してみると「since…7 years NOW. And I can’t…」と言っていました。いわゆる正しい英語からすると文法的に間違っているわけですが、言いたい事は伝わります。「彼女と組んで、もう7年になるわ」というだけの事で、「7歳の時から~」なら「since 7 years OLD」になるはずです。より正確には「since I was 7 years old」でしょう。

ルドウィグが14歳で7年前に7歳だったらよかったのですが、彼女は24歳。ネットで調べても、やはり7年前から組んでいるというのが正しい事も判明しました。

それで#21の放送時(ツアー終了後の総集編)に同じコメントが使われた時には「7年前からペアを~」に直しました。気になってしまった人がいたら申し訳ありません。( #19は編集の都合上、直せないはず。許して下さい。すみませんm(_ _)m )

2010/11/17

jacket_xyz.jpg @allcinema
Crimewave(1985) @IMDB

「スパイダーマン」シリーズのサム・ライミ監督の2作目。脚本は彼とコーエン兄弟。カッ飛ばしてくれます。このソフトですが、制作会社が倒産した結果、ネガが行方不明になってしまっているそうです。先日書いた「死刑執行人もまた死す」は配給会社の倒産時、フィルムだけは処分されないようにと、当時の社長が懸命に守ったため今もフィルム上映の機会があります。ネガが行方不明というのはかなり深刻ですが、とにかくソフト化できた事は、やはり歓迎すべき事でしょう。

この作品はホラーチックなスクリューボールコメディとでもいうか、展開がハチャメチャな奇想天外な物語です。それを楽しく見られるのは、細かく書き込まれた脚本があってこそです。

たとえば死刑直前の主人公が無実を訴え、事件当夜の回想に場面転換する彼のセリフ。

事件があった日
僕は通りの向かいで

夫妻の家に
監視カメラを設置してた

ここでは「事件があった日」で時間を特定させ、「通りの向かい」で彼が勤める会社と働いている現場の位置関係を特定し、さらに「夫妻の家」の場所の位置関係も伝え、後に頻繁に使われる小道具である「監視カメラ」の存在を強調しています。

この2枚の字幕を出せる時間は合わせて7秒。どの情報も作品の中では意味のある部品です。

どれか1つ情報を落としてよければ字幕にするのが簡単になりますが、脚本がガッチリ組まれているので、残念ながらそうはいきません。(それでも「アパート」を「家」にしたり、文字数は減らしていたりします。)

様々な登場人物の動きを分かりやすくするために、この作品の背景の位置関係をさりげなく観客に伝え、監視カメラに至っては、回想場面の最初で主人公が映り具合を調整している機械そのものなので、セリフが場面転換のキーワードにもなっています。

ここでジレンマが生まれます。情報を1つか2つ落としてしまって文字数を減らし、雰囲気でストーリーが分かるようにするか、少し読むのが大変でも、原語の情報を全て観客に伝えるか。

このジレンマは字幕翻訳をしていて常に付きまとうものですが、答えも常に1つです。できるだけ多くの原語の情報を伝えるために字幕はあるのです。登場人物の個性を出す言い回しを考えるのは二の次。必要な情報を伝えられて、それでも余力がある場合に加えるニュアンスです。

特に脚本がしっかり書けている作品の場合、余力はほとんどなくなってしまいます。ただ、それでも脚本自体のよさが伝われば、結果的によりオリジナルに近い作品鑑賞になり、楽しめます。

と、色々偉そうに書いているのは理屈で、実際にそれを実践するのは大変なのですが、洋画離れ、字幕離れが進んでいる今、考えるべき事の1つだと思います。

字幕を読むのは面倒だとか疲れるというのは、たしかにあります。読んでいる事を意識させない字幕を目指すわけですが、やっぱり読むのは面倒。それなら、せめて面倒な事をした、疲れる事をしただけの価値のある情報を伝えるべきです。面倒で疲れるのに中途半端な情報しか入ってこないという事で字幕の立場が弱くなるのだと僕は思います。

DVD発売日: 2009/08/21

2010/11/15

これはある作品で見た字幕です。作品名は伏せますが、状況を説明すると…。

場所は都会の大病院のとあるフロア。不穏な事件が発生しています。この危機と闘う男が呼ばれました。彼に助けを求めた医師がいます。今は事態が悪化し、助けを求めた医師が男に言います。

   「あんたの講釈は聞き飽きた。警察を呼ぶ」

   「それはマズい。警察が来ると事態はさらに悪化する」

   「あんたは頼りにならない」

(A)「俺を雇ったからには協力しろ」

(B)「床の掃除からだ」

   「手術室の階だ。患者はいない」

   「ならいい」

緊張が高まっているところです。なぜ急に床の掃除をするのでしょうか?

(B)は誤訳です。

(A)と(B)2つのセリフの英語はこうです。
Now, you hired me to do a job, why don’t you run with me?(A)

The first thing you can do is clear this floor.(B)

(B)は「この階を無人にしろ」が正解です。

緊張が高まっているところで観客の頭は「?」になるか、ズッコケるかどっちかですが、この字幕は実在します。(説明のため少しアレンジしてますが。)少し言うと、これは80年代にリリースされたビデオにあった字幕です。翻訳者のクレジットがないので誰の訳なのかも分かりません。おおらかな時代だったわけですね。

クライマックスに突入する直前、思い切り緊張すべき局面でも:

「動力室を整頓しろ」

「床の掃除と患者を避難だ」

なんて言ってます。整頓も掃除も避難も「clear」です。

これで緊張が爆笑に変わります。めでたしめでたし…。

自分だってどんな誤訳をしているか分かったもんじゃないですが(怖)

2010/10/26

BON JOVI:WHEN WE WERE BEAUTIFUL @IMDB

2010/11/04(木) 22:00-23:30@フジテレビNext
2010/11/12(金) 20:30-21:55

ニューヨークのトライベッカ映画祭で2009年4月にプレミア上映されたドキュメンタリーです(約80分で字幕1000枚弱)。去年の今頃リリースされた彼らの11枚目のオリジナル・アルバム“サ・サークル”のCD+DVD版にも収録されていますが、今回のOA版の字幕は全面的にリマスターしてあります。というか、厳密に言うと発売ソフトの字幕はOA用の字幕をほとんど完成させてから見たので、ゼロから全部訳した字幕になっています。

これを訳していて、僕は改めて彼らの魅力を発見した気がします。彼らは25年以上バンド活動をしています。ジョン・ボン・ジョヴィ(イタリア系)、デヴィッド・ブライアン(ユダヤ系)、リッチー・サンボラ(ポーランド&イタリア系)、ティコ・トーレス(キューバ系)。彼らの絆の強さ。そして「成功」という怪物との闘い方。バンド内でのいざこざもあったようですが、メンバーチェンジ自体は少なく、元メンバーも円満に脱退しています。最近、“ゴッドファーザー”を見直したり、去年は“バラキ”の翻訳をしたせいか、なんだか彼らは素晴らしいファミリーだと感じました。

ここからは字幕の話になりますが、まず発売版の字幕。残念ながらこれは海外産の日本語字幕で、2秒で15文字出てきたり、それが10秒のうちに5枚も出入りしたり、逆に1枚の字幕が10秒近く出っ放しになったり、すごい事になっていました。(とは言っても、全編の字幕がそうであるというわけでもなく、この字幕があるおかげで話は分かるようになっている、くらいにはなっています。)

ちなみに、この発売版のCD+DVDソフトのスリーブの裏面には、こう書かれています。「本ボーナスDVDは、日本語字幕も含め、全てオリジナル・マスターに基づいています。一部、誤表記及び不適切な表現等がございますが、あらかじめご了承下さい。」

難解な文章です。【全てオリジナル・マスターに基づいている】と、なぜ誤表記があるのか?なぜ不適切な表現等があるのか?日本語字幕に対する理解の余りない人が海外で作っているからなのですが、それにしたって【不適切な表現】くらいチェックできるだろ?と思ったり…。

そもそも海外産の日本語字幕がどうして生まれるのか。という事を疑問に思う人も多いでしょう。大手のレーベルやスタジオは世界を1つの市場と捉え、世界共通のマスターを1つ作って、それを各国のパッケージに包んで売る場合があります。日本では12月発売なのにアメリカでは10月発売だったりもします。マスターを1つ作る場合、一番早い発売日に間に合うように全ての「部品」の制作スケジュールが組まれます。制作開始から日本の発売日まで半年あっても、実際の現場では1ヵ月しか作業期間がない場合もあります。

その結果、世界共通のマスターを作っている地域の近辺で日本語字幕をチャチャッと作って、それをそのまま「部品」の1つとして収録する。という流れになっていきます。世界共通のマスターには日本語だけでなく、フランス語、イタリア語、ドイツ語、中国語、タイ語…とかたくさんの言語の字幕が入ります。

この「部品」の1つとしての日本語字幕が作られるプロセスは、おそらく、文字通り「部品」の扱いです。その根拠の1つが、英語のテロップが画面に出ている時の日本語字幕の出し方です。日本で日本語字幕を作る場合は右タテか左タテの字幕を出して、その英語のテロップを避けます。これが技術的にも物理的にも可能なのに、海外産の日本語字幕に「タテ」は少ないです。(僕自身は、見た事がなく、もしかして、実際にないかもしれません。)タテ書きで表記できる言語は少ないので、英語のテロップを避ける出し方として、通常は画面の一番上辺りに字幕を出すのです。要するに日本語字幕は海外での制作の場合、特別扱いされる事なく、タテに出すような加工は行なわれません。「部品」の1つとして他の言語と平等に同列です。

それにしても、「不適切な表現」はチェックできないわけ?と思う人もいるでしょう。制作期間もそれなりにあるだろうし、いくら時間がなくても、それくらいメールでのやり取りでもチェックできるでしょ?と。

1秒で10文字読ませようとする字幕がジャンジャン出てきたり、句読点が普通に入っていたり、どこの国の漢字か分からないような漢字が入っていたり、直さなければならない要素が多すぎて手が回らない事も考えられます。

海外のスタッフが時間切れになるまで原稿を見せず、そのまま収録されてしまう事もあるのかもしれません。

僕の経験と知識から想像できるパターンは、それなりに色々ありますが、いわゆる「普通」の字幕を見慣れている人が見ると違和感を感じる事ばかりの海外産の日本語字幕が多い事は確かです。

問題の1つは、英語からフランス語やドイツ語やイタリア語への翻訳と、日本語への翻訳が同列に扱われている事ですが、日本語字幕を頼りに作品を見る人にとって、これは不幸な事です。

音楽ソフトの場合、いわゆる輸入盤に対して国内盤は歌詞カードや対訳や解説が追加されるものです。字幕も同じレベルで、しっかりしたものが入っていると、買う側は思うでしょう。それが上記のような事情から違和感がありまくる字幕が収録される事があるわけです。(歌詞カード、対訳、解説などは全て紙で、字幕は映像です。)

日本の発売側の人達も、「これではいかん」と思っている人が多いようですが、それでもそのまま出てしまう字幕が多いようです。結局、これは字幕の制作費よりも制作スケジュールの都合が大きく影響している気がしますが、とにかく国内盤を買う日本のユーザーを失望させる結果になる事が多いわけです。

こんな事情をこうして書くと、僕の仕事が減るでしょうが、それでも割高の国内盤を買う日本のユーザーには、知る権利がある事だと思います。そして実際問題として、僕のような自由な立場の人間しか、こういう事は書けないので、書いておきます。

ここで、ボン・ジョヴィの“ザ・サークル~デラックス・エディション~”のスリーブ裏面の文章に戻ります。「本ボーナスDVDは、日本語字幕も含め、全てオリジナル・マスターに基づいています。一部、誤表記及び不適切な表現等がございますが、あらかじめご了承下さい。」これは日本側の関係者の良心だと僕は思います。簡単に直せるような違和感のある日本語が入っていても、それを直す事ができない立場にいるジレンマ。ユーザーから見れば、彼らは同じ発売元の人間です。できる事といえば、「この状況で出すしかなくて申し訳ない」と、購入者に詫びる事だけでしょう。でも、いわゆる「お詫び」や「訂正」を最初から入れて出すと「それなら最初から直せ」と言われるので、それもできず…。という結果の苦肉の策なのではないかと推察します。

日本語というのは本当に特殊な言語です。ルビを付けられる言語は多くありません。無知なのか、僕は他には知りません。ひらがな、カタカナ、漢字、ロ-マを混在させても字幕が成立するという意味でも、他の言語の字幕と比べてはるかに奥深いものがあります。「字幕は文化だ」と言うと大げさでしょうが、日本語字幕には日本語という言語固有の細やかな工夫が凝縮されます。海外で日本語字幕を作る時、他の「部品」よりも丁寧に作る必要があるのだと、海外で日本語字幕を作っている人に認識してもらいたいものです。

「こう言うのは簡単で、実際にそれをやるのは大変なんだ」という反論も聞こえてくる気がします。でも、大変だからと言って黙っていると、いつまでも状況は改善しないから書いちゃいます。

現場でジレンマを抱えている人には、この文章は不愉快かもしれませんが、少しでも突破口を作らないと、「悪貨は良貨を駆逐する」という事になる気がして、僕は不安です。

…また長くなりましたが、ボン・ジョヴィのドキュメンタリー。ファンではない人も、よかったら見て下さい。スターの「人」としての側面を垣間見られる作品です。

2010/10/06

1990年10月27日(土)。翻訳:落合寿和というクレジット(実際はローマ字でした)が初めて電波に乗りました。番組は土曜深夜のテレビ朝日系の映画の情報番組「ハロー!ムービーズ」(吉田照美&戸川純コンビの頃)でした。20年前の今頃は、この番組の仕込みで大変でした。これに加えてWOWOWの試験放送開始特番「1億人の映画マラソン」(だったよね?正式なタイトル)の海外取材の素材の翻訳、スチルなどの素材集め等々。22歳だったあの頃と今を比べると何が違うのか?年だ…。中身はほとんど成長していない(大汗)。

この1年近く前の大学在学中に喜多郎の海外ツアーの資料の翻訳をやった事はありました。それから大学を出て、最初の就職先はコンピュータのレンタル会社でしたが、新卒で就職したばかりの4月にラジオの文化放送が翻訳部門を新規に始めるという事で在宅翻訳者を募集していて、それのトライアルを受けて最年少で合格しました。まだ新人研修中だった僕は、その文化放送からの仕事の量に圧倒され(週末1回で給料1ヵ月分くらい、仕事をした事もありました)、社会人になって半年でフリーになって、その10月を迎えていました。

話を「ハロー!ムービーズ」に戻すと、僕がちょうど仕事を始めた頃、「パシフィック・ハイツ」という20世紀FOX配給の作品がアメリカで公開される前くらいで、そのEPKの最後に「ホーム・アローン」の予告が入っていました。番組のディレクターとEPK素材を最初から最後まで見て面白い部分を抜き出し、そこだけ翻訳するのですが、毎週30分の番組で見る素材は、おおざっぱに言って10本くらい。20分から1時間くらい、作品によって長さは様々でしたが、だいたい毎週3時間から5時間分くらいの素材をディレクターと見て、そこから使うかもしれない場面やインタビューを30分くらい抜き出して、放送では15分くらい使う感じでした。(ちなみに、この作業を今やったら丁寧すぎて製作費がなくなります。さらに来日スターや監督の独自インタビューも製作費からENGを出して撮り、それも訳していましたから。)

話が逸れましたが、その「ホーム・アローン」はアメリカでも劇場公開される前(アメリカ公開は1990年11月)でした。でも予告が余りにも楽しかったので、同席していた番組ディレクターに『(メインの「パシフィック・ハイツ」は置いといても)これはぜひ入れましょう!』と言って、その予告を訳しておきました。それがたしか僕の翻訳担当2回目のOAの中の新作紹介で使われたのですが、結果的にアメリカでの公開時期と重なりました。当時はインターネットは普及していなかったので「ホーム・アローン」の情報をいち早く紹介したのが、この番組という事になりました。(とはいっても、早すぎて誰も注目していなかったから、目立ったわけでも何でもなかったわけですが。)

そういえば、この頃は本当に情報が限られていたので、僕は毎週アメリカのVARIETY誌を読み、番組のプロダクションに届いた英語版のプレスキットの翻訳もしていました。これに「1億人の映画マラソン」の仕込みが同時進行で、さらにその素材スチル集めもやっていたので、ずっと自宅の作業場にこもりっきりの今とは違い、ずっと家に帰れない状態が多かったのを思い出します。『石原プロ行って「黒部の太陽」のスチル貰ってきて』とか、いわゆるADの仕事もやっていたのです。

でもやはり翻訳がメインの仕事で、「ハロー!ムービーズ」では独自取材でのインタビューもさせてもらい、「プリティ・ウーマン」で来日したリチャード・ギアや「トータル・リコール」のアーノルド・シュワルツェネッガーの取材に行かせてもらいました。(まあ、取材と言っても、10分程度、ありがちな質問をするだけでしたが。)

そうするうちにWOWOWの試験放送が1990年11月30日に始まり、やっと翻訳家かADか分からない立場から解放されたら、今度はTBSの報道局で外信ディレクターをやる事になりました。それが1991年4月に放送が始まった、今でいうと朝ズバの前半の時間帯の「ニュースコール」です。その準備として91年の2月にはCBSイブニングニュースの原稿チェックを手伝ったり、同時にレコード会社からCDの対訳の仕事を受けたりもしていました。「ニュースコール」のキャスターは、僕が担当した曜日は柴田秀一アナと山岡三子キャスターで、別の曜日では松原耕二アナと小笠原保子アナでした。最近も皆テレビで顔を見ますが、あんまり老けない。

と思っていたら、この前、「ニュースコール」の同窓会に行ったら「お前こそ全然老けてない」と言われ、成長のなさを露呈したりもしましたが…(汗)

ちょっと時間がないので、過去話はここまでにして、もう1つの本題「爆音映画祭@横浜」。(←このサイト、開いた後、ちょっと間をおいてデカい音が出ます。気をつけて)

そういえば、ここで「コラム」を書き始めて今回が100回目のエントリーになるのですが、それもキリがいい数字だ。

で、これまでに紹介してきた「カルティキ/悪魔の人喰い生物」と「地獄の門」と「ビヨンド」が、うちの近所の横浜は黄金町のジャック&ベティという映画館で上映されます。「カルティキ」は爆音上映ではないようですが、僕も大きなスクリーンで見たいな。たぶん行っている余裕はないけど(涙)

 
 カルティキ/悪魔の人喰い生物
 10月23日(土)15:10-16:23
 10月25日(月)13:30-14:43

 地獄の門
 10月27日(水)20:10-21:42

 ビヨンド
 10月28日(木)19:55-21:22

時間割がやたら厳密なのが面白いですが、行けそうな人は行ってみて下さい。

それにしても僕のデビュー20周年記念上映(勝手に言ってるだけね)、「地獄の門」ですよ。恐るべし…(笑)

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