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2019/02/10

こんにちは。根本齒科室の根本です。

「本年もよろしくお願いいたします。」とご挨拶しようと思ったら、もうこんなになってしまいました。

それにしても、12月~1月は、院の経営的に非常にごちゃごちゃしていて、そちらで手いっぱいでした。
慢性的な人手不足に悩んでいたと思いきや、逆に人員の過剰配置が起きてしまい、泣く泣く一部のスタッフに頭を下げて退職していただく、などという前代未聞の事態に陥り、非常に強いストレスに苛まれました。

経営者として自分はどうなんだろう?
なかなか思うように行かないマネジメントに歯がゆい思いをかみしめながら過ごしており、コラムどころではありませんでした。

やっと院内が落ち着いてきました。

以前から「街医者の目から見た歯の取り扱いの注意点」みたいなものを残してみたい、と思っていました。それについて少し書いてみたいと思います。

◆ 歯医者として残しておきたいこと

「街医者の目から見た」というくらいですから、主に診療中に感じたことをまとめた形を想定しています。

自分の中には、そうではない形で感じた想定もいろいろあります。
代表的なのを一つ上げると、1回コラムを書いたことがありましたが、生死と歯科についてです。

『死後の世界と歯科疾患』

もう6年半前にもなるんですね。
でも忘れないようにage直ししておきます。
死ねばむし歯や歯周病なんてすぐになくなるのに!
いつも思っています。

物質や肉体って、不便でもあり、便利でもある。たとえば

 勉強しないといけない
 片づけや掃除をしないといけない
 嫌いな物も食べないといけない
 時間通りに行動しないといけない
 稼ぐべきお金は稼ぎ払うお金は払わないといけない
 etc

いろいろ脈絡なさそうなことを多々並べてみました。
これらが全部、生死でいう『生』の部分でつながっているんですね。

たとえば勝手に何の勉強もしないとなると、事務作業ができない大人になってしまいます。
でもその人がそんなまずい人かどうか、外から見ても分かりませんよね。
履歴書や口では何と言えても、実際にやらせてみるとできない。
これでは、社会で信頼を失ってしまいます。

この、外から見ても分からない、という点がポイントです。

これがあの世になると、お互いの考えがお互いにバレバレです。
分かる分からないどころの話ではありません。

A『あ、Bさんはあんまり頑張らない奴だ』
B『あ、Aさんは詮索好きで、気に入らないなあ』

筒抜けです。

逆に考えると、肉体や言語を介在した間接的な関係性って、便利なのかもしれません。
ウソや腹芸もそう簡単にはバレませんし、優等生やリア充を演じることも割と簡単です。

でも言語を用いて学習しないと学べないとか、上に書いた面倒なことにいちいち汗を流さないといけないというのは不便です。
不便ですがその分自分が鍛えられます。

◆ 死ぬ準備

こんなことを考えていると、はやく『死ぬ準備』をしておかないと、死んだ後が大変なことになる、と焦る気持ちでいっぱいになってきます。

それは財産分与とか診療所をどうするとかということではなく、自分の内面のことです。

この世とあの世の違いを分けまえて理解し、それを踏まえて、あちらの世界でも戸惑わないようにしないとと考えると、まず大事なことは

 ①建て前と本音をなるべく近づける

ことです。そのためには

 ②本音をなるべく建て前に近づけておく

心のトレーニングが常日頃から大事です。
口先だけ表向きを取り繕って、心の中はまっ黒・・・
そんな人があの世に行ったら、まさに地獄です。

 他人を恨まない
 ウソはなるべくつかない
  付加的なウソ「ないことを言う」はつかない
  「あることを言わない」は正直経営上たまにあります。。
 なるべく穏やかでポジティブな気持ちを保つ
 無理のない範囲で他人や周囲への気遣いを忘れない

何が正しくて何がまちがっているかは分かりませんが、あの世の唯一最大のデメリットである
『お互いの気持ちが筒抜け』
な状態で恥ずかしくなく、かつ窮屈でなくするにはどんな感じか、というのが基準です。
今のうちに練習しておくしかありません。

それが私の言う『死ぬ準備』です。

◆ 歯の意味~対内的な支え

6年半前は、歯は人生の記録装置と書きました。
では歯が人生の中で担う役割とはなんでしょう?

もちろん第一義には食(咀嚼)です。
見た目の印象もあります。
人によっては夜間の歯ぎしりくいしばりをすることで脳内のストレスを発散することもあります。
また、貧乏ゆすり代わりにカチカチ噛んだり、歯でリズムを取ったり遊び道具にも早変わりです。
「マウスピースドーピング」という言葉もありますが、グッとかみしめると体に力が入ります。
人によっては、咬み合わせがずれていたりすると姿勢がずれたり健康に影響があると言います。
(私は歯と歯を数ミリくらい開けておく下顎安静位が人間の自然なあり方だと思っているので行き過ぎた咬合理論には懐疑的な面もあります)

そう思うと、ひとつのイメージがわいてきます。

肉体を持った人間や動物は、対外的にはおもに四肢で体を支えたり、食物や物を把持したりします。
一方、対内的には、歯でバランスを取ったり踏ん張ったり、食をつかさどったりします。

ですから、四肢に匹敵する対内的な支えの中心が歯ではないかと思います。
手足と歯以外に、随意筋というと、若干表情筋などもありますが、代表的なのは『括約筋』になってしまいます。
いわゆる大や小をガマンする、アレです。。
それも大事ではありますが、これが人間の対内的な支えの中心かというと、大いに違和感があります。

このように、『対内的な支えの中心』という観点から歯を見直すと、扱いが変わるのではないでしょうか?
口のこの位置の上下に、馬蹄形に露出した硬組織が向き合って並んでいるのがなぜ良いのかは、なかなか説明が難しいと思いますし私も分かりません。

でも、とくに若い方ほど、対内的な支えという観点から歯や顎口腔系の意義をとらえなおし、意識を向けなおすことをお勧めしたいと思います。

中年以降になってくると、やっぱり「治らない」系の歯科疾患も増えてきてしまいますので。
そうなってからでは、こんな話も心に響かなくなってしまいます。

【今回のまとめ】

歯の取説(仮題)という小冊子を残しておこうと思っています。その前に

2019/02/10 01:09 | 歯科の臨床的っぽいこと | No Comments

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