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2015/04/28

こんにちは。根本齒科室の根本です。

さすがにダラダラした内容になってきたので、項を分けました。
私が気に入っていたA歯科医院(仮称)。今見るとずいぶんと古臭い所もあります。
清潔感はありますが、待合室とトイレが狭い。ユニットごとの仕切りがない。ITがほぼ導入されていない。etc

さすがに自分が経営者でも、そのような医院を新しく作ろうとかは思えません。
でも、自分が通うとなった場合に、それだからダメ、という訳でもないんですよね。

◆ 初回いきなり待たされて・・・

30分ですよ…!!

ちなみに(最近はややグダグダなところもあるが)いままで根本齒科室では、計画診療の重要性や時間契約の意義にかんがみ、「患者様を待たせない」ということを重視してやってきました。
キャンセルなどで空き時間ができたりしてしまうと痛手だし、出しきれないストレスもたまるんですが、それが誠意だと思っていました。

それは、患者様にとって待たされることは、とても嫌で辛いことだと考えていたからです。

A歯科医院は、当然ながら人気店で、院長だけで1時間に最低4人、多いと6人くらい入っています。受付の方からアポ帳を見せていただきました。ラーメン屋や内科医からしたら非常に少なく感じる人数ですが、歯医者でこれは真面目にやったら限界のレベルかもしれません。
もちろん治療順の前後入れ替えや、長短のばらつきがあるので、まあ5分10分は理解できますが、初回いきなり30分も待たされました。

もし自分が自院でこんな状況だったら、お待たせしている患者様のことが気が気でなく、イライラしてしまっていたでしょう。
しかし、不思議なものです。
そのときはいろいろな昔の駆け出しの頃の思い出などに浸って待っている間に10分15分はすぐすぎてしまい、残りの時間も「ツムツム」や「シムズフリープレイ」などで時間をつぶしていたらあっという間でした(でも毎回30分待ちは困りますけど)。

30分待たされてみて、意外だったのは、以前自分が待たされる立場で想像していた感情とはかなり異なっていたことです。


もちろん、後ろの予定が詰まっているときは別だ。たとえば3時半に予約で、4時に歯医者を出られれば4時半に○○に間に合う、などという所で30分も待たされるのでは、キレるか「次回に変更にしてくれ」ということになる。そこはケースバイケースだ。

しかし、そうでもない場合は、歯医者で待たされるのは、変な意味、意外と大丈夫でした。待たされた本人が言うのだから間違いありません。

なぜ予想していたほどイラつかないのか?

◆ 最も大切なものは信頼感

それは、当たり前ですが、先に出てきた「信頼感」です。
あえて言えば「正当性より信頼感」と言ってしまっても良いでしょう。

逆に歯医者とか個人商店にありがちなのは、「信頼感より正当性」のたぐいです。散々セミナーやスタディーグループに参加し、あれこれ臨床(治療)の主義やスタイルにこだわり、それはいいのですが、ともすればその路線に沿わない患者様にきつく当たってしまったり「うちでは○○はやらない方針だ」などと冷たいことを言い放ってしまったりする例もよく聞きます。
そしてそれが正しいとか筋が通っているとか合理的なマーケティング手法(逆選別)のひとつであるとか思いがちです。

まあ、あれだけ大金をかけて箱モノを構えて商売をするんですから、こだわりの2つ3つは出てきて当たり前と言っては当たり前ではあります。
しかし度が過ぎると、人間疎外になってしまいます。客商売のくくりで考えても本末転倒です。


逆に言うと、人間は正しいと分かっていることでも受け入れられない。いわゆる歴史「認識」問題がそうだが、どうしても各々が自分の信じたいものを信じてしまうようだ。もともと歴史と歴史認識はまったく違う概念で、歴史は多分ひとつしかないんだろうが、歴史認識はそれこそヒト(客体)の数だけあるので、論じても無理だと私は思う。だからこそ、国民教育は悲観的かつ硬直的であるべきでなく、楽観的かつ多様な価値観を許容する素地を涵養したいものだ

明らかに考え方が自分の理念とはほど遠いと思われる患者様にも、自分が正しいとい思われることを伝えなければいけません。
それが歯医者の仕事の大きい部分でもあります。

逆説的ですが、そのためには最初はその間違った考えかたごとその人を受け入れてあげないとだめなのだろうと思います。
そのうちに接触回数も増え、信頼関係ができてくると、「先生におまかせします」的な発言が増えてくるものです。
そうなって初めていろいろ申し上げたいことが受け入れられてくるようになる。
まぁ、人間も(私を含めて)ある意味ややこしいどうぶつです。

◆ 自分自身の課題として感じたこと

一度診察を受けて、待合室から診療室をのぞき、先生やスタッフの動き、「客あしらい」の流れなどを見て、思いました。
「自分はまだ全然出し切れてない」

信頼関係が大事だというのは、先に書いたとおりです。
「自分が大事に、誠実に対処される」
そう思えるからこそ、患者側も少々のことは目をつぶれるものです。

でも逆に考えると、今までの自分が、割と瑣末なところにこだわるあまり、イラつかなくてもいい所で勝手にイラついたりしていて、逆に無駄が多く効率を損なっており、「出しきれない」原因になっていたのではないか?と、かなり反省させられました。

院内新聞の2015年1月号にも書きましたが、医院側と患者様側でお互いに不測の事態を許容しあうとどうしても予約の時間は厳密にならずに、待ち時間が生じやすくなります。一見不親切に見えるかもしれませんが、さきほどの「正当性より信頼感」という大言壮語に照らせば、むしろこちらのほうがより人間的で信頼感を持ちやすいスタイルなのかもしれない。

まさか自分がこんな風な考えに至るとは、1年前はつゆほども思っていませんでした。

【今回のまとめ】

「正当性よりも信頼感」だと、自分が歯医者で待たされてみて分かった

2015/04/28 06:23 | 歯科の臨床的っぽいこと | No Comments

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