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2015/07/09

先日、アメリカ連邦最高裁において「同性婚を禁止する事は、違憲(アメリカ合衆国憲法に違反する)である」とする判決が出ました。
この事は、アメリカ全土で同性婚を可とする事を意味しており、日本でも大きく報道されました。

レインボーサポートネットにも、気が早い方々から、結婚手続の問い合わせが相次ぎました。

『結婚すること』は権利であり、誰にでも等しく備わっている基本的な人権であるとするこの立場は、結婚を「制度」として見がちな我々日本人にとって、ある意味、新鮮なものに映るかもしれません。

そして、結婚することが基本的人権であるなら、同性愛者は、当然に同性と結婚し得るということになるわけです。

制度として、結婚という枠にハマることで、様々な権利義務を発生させるという『戸籍制度』的な発想ではなく、愛する人を人生の伴侶とすることのできる権利としての結婚は、常に一人一人の個人の幸福追求を目的とした権利を保証するものとして考える事ができます。

だとするなら、結婚する相手を選ぶ事は、それぞれの自由であり、例え同性を結婚相手としようとも、それを制限する事は許されないという論法が成り立ちます。

意地悪な人…、いや、先進的な人?は、結婚が個人の権利であるなら、①子供(幼少者)との結婚 ②一夫多妻制or多夫一妻制 ③動物との結婚 ④二次元の相手との結婚 なども認められるべきではないかという主張をすることが考えられます。

これに対しては、結婚は双方で有効に合意する事が必要であるので、①・③・④はその要件を満たしません。そもそも結婚とは何かということを、当事者同士が理解する必要があるからです。

②に関しては、人権の観点からすると、アリですね。もちろん、政策的観点で否定する国は多いでしょう。

我が国でも結婚に対する考え方が、個人の『権利』として捉えられるようになれば、同性婚が認められるようになるでしょう。

個人主義・契約主義に根付く欧米の結婚観は、我が国の結婚観の根本とは相容れないと考える人も少なくありません。

そうした結婚観の違いが、いわゆる多様性として受け入れ始められているのが、現在の日本の状況であると思います。

昨今『嫌婚』という言葉が登場し、そもそも結婚を嫌って、独身の人生を送ることを好む人が増えているといいます。
このことには、様々な背景があるのでしょうが、人生を共に過ごしたいと思うパートナーが出来たのに、結婚しようとは思わないというのは、何だか寂しい気もします。

セクシュアリティに関係なく、我が国の『結婚』をめぐる人々の価値観・考え方は、大きく変化しつつあるようです。

結婚が、嫌で面倒な制度といった捉え方ではなく、権利として誰もが自分の幸せのために持つ権利だということを、肌身で感じる事が出来るような時が来ることを願うばかりです。

2015/05/09

渋谷区の同性パートナー条例が成立しました。

その後の反応について、当事者の皆さんから様々な意見をお聞きしましたので、そのご紹介です。

・条例ができたことは嬉しい。これを機会に、LGBTの権利が拡大していくことを望む。

・まるで同性婚が認められたかのような誤った反応をする人が増えている事に懸念を覚える。公正証書による手続が必要など、かなりハードルの高い条例で、当事者には使いにくく、使ったところで(証明書を発行してもらったところで)その効果は大したものではない。実用的ではない。

・LGBTに関心が集まっているが、嫌悪感をあからさまに露わにする人もいて、ちょっと怖い。そっとしておいてくれてもいいのでは?

・渋谷区だけでなく、全国的に類似の条例が制定され、やがて国会でも法律として制定して欲しい。

・制度自体には賛成だが、個人的には利用することはない。ハードルが高すぎる。

・パートナーのいないゲイやビアンの肩身が狭くなる。

・既婚でゲイの僕らには、かなり背徳心を煽られます。

・まだパートナーはいないけど、人生の目標が出来ました。

・双方の夫公認のビアンカップルだけど、既婚者でも利用できるのかな?

・良い事だと思う。でも、自分は一生無縁だと思う。制度があっても利用する予定なし。

・法的な権利を与えられるものでないので、無意味だ。

ここ2ヵ月ほどで私が接した皆さんの反応は、概ねこんな感じでした。

実際に利用するという人には、私自身はまだお会いした事がありません。

今回の条例自体には賛同するが、自分自身が利用する予定は今のところないという人がほとんどでした。

同性でパートナーを探すこと自体が大変であるのと、そのパートナーと結婚に近いような関係を公正証書で手続しないといけないので、そこまでのハードルをクリアするという当事者がまだ少ないのが現状でしょう。

この条例が、LGBTの権利擁護に関する本格的な議論の発端になったのは事実です。

今、地方議会や国会において、議員たちの超党派の勉強会や研究会が出来つつあります。

同性パートナーシップ制度が法制化される日は、案外そう遠くない未来なのかもしれません。

2015/02/12

渋谷区が同性パートナーのカップルに対して、結婚証明書に類似したパートナーシップ証明書の発行を検討しているというニュースが速報されました。

正確には、条例案を検討中とのことで、正式に制度としてスタートするには、区議会で可決成立しなければなりません。

ただ、この制度は、法的な男女の結婚のように、夫婦としての法律上の権利義務を規定するものではなく、法的拘束力は無いということに注意が必要です。

それでも、こうした制度を導入しようとする背景には、同性カップルが、住居の賃貸借契約の際に不利な扱いをされたり、医療機関での療養看護について、家族同様の扱いをしてもらえなかったりする不利益を少しでも解消しようということによります。

東京といえば、2020年のオリンピックを控え、世界中からの注目度は、しばらく上昇の一途でしょう。

そうした中で、欧米先進国に浸透しつつある同性婚制度に類似の制度を創設することは、東京の「ユニバーサルシティ化」をより強く印象つけるメッセージ性も有していると言えるのではないでしょうか。

今回の証明書発行を受けるには、パートナー間で任意後見契約を締結していることを条件とするようです。

同性パートナーがお互いの万が一の際に備えて、財産管理や療養看護のために任意後見契約を締結するということを踏まえての要件で、実態に即した大変良い取扱であると評価できます。

任意後見契約は公正証書で行わなければならず、一定の法的手続を行っている事を証明書の要件とするとこで、証明書の乱発を防ぐことができます。

欧米の同性婚制度も、いきなりそうした制度が誕生したわけではなく、今回のような法的拘束力のない制度からスタートしたものもあります。

『風穴をあける』快挙となるのか否か?

3月の渋谷区議会に注目が集まります。

LGBTの人口が比較的多いと思われる都市部を中心に、こうした制度の導入を検討する機運は確実に高まることでしょう。

2014/11/04

皆さんは、役所と言われる所に行く機会は、普段どの程度あるでしょうか?

住民票や戸籍謄本、収入証明や納税証明、印鑑証明書の交付を受けるためなら、何度か行かれたことはあるでしょう。

新しい生活を始める際や現状に大きな変化があった際に、役所で様々な手続きが必要になってきます。

そもそも、自分自身に関して、役所で最初にする手続きは何かご存知でしょうか?

それは、出生届です。

もちろん、生まれて間もない自分が役所に提出することは出来ないので、親族等の誰かがそれを届け出てくれることになります。

この出生届から、戸籍への記載がなされ、役所の帳簿(現在では電子データ)に載り、一生管理されていくわけです。

ちなみに、出生届は、医師等が作成する出生証明書と一体になっています。死亡の際の死亡届は、同じように、医師等が作成する死亡診断書と一体になっています。

出生届に始まり、死亡届に終わる、この役所での個人情報管理のやり方は、戸籍制度が出来た明治時代から変わらない方式です。

戸籍や世帯を単位とした「家」単位での管理のやり方は、LGBTの皆さんにとって、壁であり、悩みの種でもありました。

しかし近年、続柄を「長男」とか「二女」という記載を、一部の証明書で「子」という表示に改める等、性別や性的指向に対する先入観を持たせないような配慮がされるようになっています。

以前の記事にも書いたように、嫡出子(結婚した夫婦の間の子供)と非嫡出子(法律上の結婚をしていない夫婦の間の子供)の相続分差別が撤廃される等、戸籍の表示上の区別による実際上の差益が無くなりつつあります。

この先、ずっと先かもしれませんが、同性婚が法制化された場合、出生届の性別欄が無くなる日が来るのかもしれません。

もしそうなったら、行政手続上、どういうことで支障が出てくるのでしょうか?

本人確認への影響? 母子家庭への補助? 寡婦への助成? 

性別とは、果たして、行政手続上で区別されておくべきものなのでしょうか?

真の男女共同参画社会が到来した時、戸籍や住民票に男女の別を記載する意味が問われるかもしれません。

出生届における男女の別は、同じ用紙の半分に記載されている出生証明書の男女の別を踏襲します。

その男女の別は、赤ちゃんに男性器が付いているのか、女性器が付いているのかの別であり、その区別で人生が影響されるような社会になってはいけないはずです。

男性らしさや女性らしさは内心の問題で、誰かから押し付けらるものでも、レッテルを貼られるものでもありません。

セクシュアルマイノリティの権利を考えるとき、男女の性差の諸問題を看過していては、不十分な議論になってしまいます。

我が国のセクシュアルマイノリティの権利は、男女が平等な権利を本当に享受するようになって初めて、実質的に保証されると言っても過言ではないでしょう。

2014/09/05

今回は中橋と香川さん(仮名・34歳女性)との対談です。

中「香川さんとは同性婚制度をめぐって、かつて激論を交わした事がありましたが、それをまた再現しようと思いまして、今回はご協力をお願いしました」

香「お手柔らかにお願いします(笑)」

中「こちらこそ(笑) まず、香川さんの素性から教えて頂けますか?」

香「素性ですか?(笑) まず、セクシャルマイノリティではありません。専業主婦です。子供が二人います。夫は会社員です。ごく平凡な家庭の一般市民です」

中「ありがとうございます。さて、香川さんは、同性婚制度に反対の立場でしたね。今でも意見は変わりませんか?」

香「はい。変わりません」

中「同性婚制度に反対する理由を教えて下さい」

香「まず、子供の教育に良くないと思います。家族観が歪んでしまうと思うのです。同性婚をする人が増えたら、少子化に拍車がかかるでしょうし、極端な事を言うと、国が滅びませんか?」

中「家族観が歪んでしまうというのは、香川さんの考える家族観のことですよね。多様な家族の在り方が認められても良いのではないかと私は思いますよ。同性婚をする人が増えたとしても、それを選択するのはそもそも同性愛者の皆さんですから、少子化と結び付けるのはおかしいと思います」

香「多様な家族の在り方って何ですか?家族というのは、父親と母親と子供で構成されるものではないですか?」

中「例えば、シングルマザーやシングルファザーの家庭、ゲイカップルやビアンカップルの家庭なども家族と呼んでも良いのではないかということです」

香「そういう家庭があるのも理解はできます。でも、基本は、両親と子供で構成されるべきだと思います。その基本形を尊重する事が、法律的にも重要なはずです」

中「なぜ、基本形にこだわるのですか?」

香「様々な家族の在り方というのは、結局、無秩序な家族観につながって、家族という概念自体を破壊してしまいかねない気がします。だからこそ、基本形である両親プラス子供という形を大切にし、そういう古来からの家族観を法的にも保護する必要があるのです」

中「両親プラス子供という家族形態が基本であるということには異議はありません。でも、それ以外の家族形態との法的格差を設ける必要はあるのでしょうか?香川さんが心配している無秩序な家族観というのは、あまりにも突飛な考えではないですか?」

香「私から言わせると、ゲイカップルやビアンカップルを夫婦として認めて、法的な家族として認めろという主張の方が突飛ですよ。家族というのはやはり、子供を産み育てるという側面が大きいと思うのです。だから、両親プラス子供が基本形なわけで、子供を持つ可能性が低い人たちの集団を家族として法的に保護する意味はありますか?」

中「現在では生殖医療が発達して、ゲイカップルやビアンカップルが必ずしも子供を持てないとは限りませんよ」

香「そういう先端医療を利用すれば可能かもしれませんが、大切なのは、自然な状態で子供を持てることだと思うのです」

中「香川さんは、自然な状態で子供が持てるカップルでなければ家族と認められないというわけですか?」

香「法的な保護に値する家族には当たらないとするのが妥当だと思います」

中「その考え方だと、家族の価値は子供の有無、あるいは自然に子供を持てる可能性の有無にあるというわけですか?」

香「法的に保護する家族の価値としては、そうだと言えますね」

中「それは何故ですか?」

香「国家にとっては、次世代をきちんと産み育てていくことがとても重要だと思うのです。だからこそ、その機能を果たすべき家族は法的に保護されるべきだし、それ以外の家族は法的な保護の価値までは無いと思います」

中「まとめると、同性婚制度は、子供を産み育てる基本的な家族とはかけ離れた家族像だから、制度自体を法的に保障する必要まではないだろうということですか?」

香「はい。別に、同性カップルの存在自体を否定する気はありません。でも、法的に夫婦と認めて、家族として法的に保護するまでの必要性を感じません」

中「香川さんの言う必要性とは、国や大多数の異性愛者の人たちにとっての必要性であって、当事者の気持ちは全く無視されています。セクシャルマイノリティ当事者が同性婚制度の導入を切望しているのであれば、そこに必要性が生じるのであって、その必要性の内容について吟味すべきです」

香「そもそも家族とは何か?という意見の対立だと思いますよ。私は、家族というのは、子供を産み育てる最少構成単位だと思っています。だからこそ、法制度上の保護を受ける事ができるという見方です」

中「そうですね。家族の定義についての対立かもしれませんね。この溝は埋められないのかもしれませんが、結局のところ、法改正には国会の審議を経る必要があるので、政治的にそういう機運になり得るかという事が全てです」

香「それに当事者の皆さんが本当に同性婚制度の導入を望んでいるのかという点も知りたいですね」

中「その点には同意しますね。だからこそ、当事者の側から法改正に向けた政治的なアピールがされないと、世論に訴えるきっかけすらできませんね」

香「欧米で同性婚制度が導入されつつあるからといって、日本も同じようになるとは限らないと思います。家族観について、私と同じように考える人は多いと思いますよ」

中「そうですね。私もすぐにそういう機運の高まりは無いだろうと思っています。しかし、多様な家族の在り方について、社会はもっと寛容になるべきだと思いますし、そうすることが国益にも適うと思っています。今回はありがとうございました。またいつか続きをお願いしたいと思います(笑)」

香「またいつでも戦います(笑)」

2014/07/25

今日は、中橋とLGBTライフ研究会で中心的な役割をしておられる、片桐さん(仮名・38歳)との対談です。

中「LGBTライフ研究会での活動内容を教えて下さい」

片「その名の通り、LGBT当事者が人生を豊かにするためのあらゆることを研究しようという趣旨で活動しています。でも、ここ2年くらいは成果物を発表するのが楽しくて、そのためにメンバーが情報を持ち寄り、あ~でもない、こ~でもないと議論しています」

中「成果物というのは、レポート的なものを通信販売しているのですよね?」

片「私たち的には、『マニュアル』と呼んでいます。一つ完成させたら、次はどんなマニュアルを作って世に出そうかと、その議論が楽しかったりします。作成する苦労は半端ではないのですが、完成させたら、達成感から、その苦労を忘れちゃうんですよ(苦笑)」

中「最初は、友情結婚のマニュアルでしたね。反響はどうでしたか?」

片「とても良かったんです。今でも一番押しの商品です。我ながら自信作ですから」

中「他はどうですか?」

片「中橋さんにも助言を頂きながら、LGBT向けのエンディングノートを作りましたよね。でもあれ、売れないので反響もないんですよ。いいものなのに・・・」

中「売れてないのですね。。ちょっと残念です」

片「スイマセン。私たちは、自分たちの研究の成果を発表する目的で、ネット配信会社に協力してもらって、PDFダウンロードという形式で販売してもらっているのですが、全然宣伝してないのですよ。だから、こうして取材してもらって、中橋さんが記事にしてくれたら宣伝効果は絶大かと」

中「いえいえ。謝らなくても大丈夫ですよ。営利目的の活動ではないですからね。それと、対談記事を掲載しますけど、絶大な宣伝効果は全く期待しないで下さい(焦)」

片「今は、LGBTが直面する課題を、一つずつ、自分でクリアーしてもらえるように、課題ごとのマニュアルを充実して、LGBTライフのバイブルにしてもらいたいという思いを強くしています」

中「情報を収集し、それをまとめて、問題点を分析し、解決法を書籍で提案しているわけですよね。そういう活動を通して、LGBTに関する様々な制度的問題点などが明らかになるのではないですか?」

片「そうですね。人として、ただ幸せな人生を送っていきたいだけなのに、人生の大切な部分でLGBTはやはり差別的な扱いを社会から受けてしまっています」

中「最新のマニュアルは、遺言書だそうですね」

片「はい。自分で遺言書が書けるようなマニュアルを作成しました。同性カップルは法的に相続人になれませんから、遺言でパートナーに遺産がいくようにできますからね」

中「私は、公正証書遺言を勧めているのですが、自筆での遺言書が良いと?」

片「確かに公正証書は、公証役場で作成されるから、内容に法律的な間違いがある心配とか、保管上の問題が無いことは理解しています。でも、公証役場に行かないと作れないでしょう。それが問題なのです」

中「つまり、自分ひとりで、誰の関与も無く作成したいということですか?」

片「そうそう。紙とペンがあれば、それだけで作れるじゃないですか。あとは、遺言書を作成するための法律的なルールを知らないといけない。だから、そのためのマニュアルを作ったんです」

中「気持ちはわかりますが、法的な安全や、死後に家庭裁判所での検認の手間を省くこと、遺言書の紛失や改ざんの危険性を考えると、私は公正証書をお勧めしますね。公証人に会わなければなりませんが、守秘義務もある立場の方々ですから」

片「わかりますよ。公正証書が理想です。それはわかっています。でも、それでも、自分のセクシャリティをカミングアウトすることになるかもしれないというリスクを負いたくないというのが大多数の当事者の意見だと思いますよ。公正証書だと、証人も2人以上必要ですよね」

中「確かに、公証人・証人2名には少なくとも、自分の遺言の内容は知られてしまいますね」

片「例えば、中橋さんに依頼して公正証書で遺言を作成したら、公証役場との折衝や証人の調達もして下さって、作成当日に1回だけ公証役場に本人が行けばよいというのは、ある程度気軽で良いとは思います。でも、誰にも知られずに、あっ、パートナーに知ってもらっても良いという場合もあるかもしれませんが、それでも、自分のセクシャリティの秘密は守られるので、そこを重視したいんです」

中「なるほどねぇ。公正証書でも、秘密は十分守られると思いますが、知られてしまう相手が数人出てくるのは避けられませんね。それが嫌だから、自分で作る遺言書の方が良いということですね」

片「はい。もちろん、自分で作ることのリスクはあると思いますが、とりあえずは、それで良いと思うんです。もしかしたら、将来、別のパートナーを見つけるかもしれないし(爆)」

中「まぁ、有り得るんでしょうねぇ(笑) だったら、一応の保険的に、自筆で遺言書を作っておこうとなるわけですね」

片「そういうこともあり得るという事です」

中「わかりました。今日は、当事者の方が、遺言書の作成に対してどのように考えておられるかを知れてよかったです。今後とも研究会の活動頑張って下さいね」

片「はい。ありがとうございました」

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2014/07/11

7月になり、レインボーサポートネットには、遺言書に関する問い合わせが増えてきました。

毎年、夏が近づいてくるにつれ、相談件数自体が増える傾向にありますが、近年はパートナーとの関係を法的な婚姻関係(結婚)に近づけるための手段として、遺言書の作成をされるカップルが増えてきました。

数年前までは、「同性婚のような法律的な関係を築くにはどうしたら良いですか?」というご相談が大半でしたが、昨年あたりからは、具体的に遺言書の作成をしたいので手続きをお願いしたいという問い合わせが増えています。

これは、同性カップルの多くが、どちらかの死後に、自分の財産をパートナーに安全に遺すには、遺言書の作成が必須であるということをきちんと認識してくれた結果だと思います。

国内で活発になってきた同性カップルの権利擁護運動や啓発活動の結果が、当事者の皆さんに確実に浸透してきたのでしょう。

同性カップルが、マンションや一戸建てを購入する際、共同でローンが組めないので、片方の名義&ローンで購入し、その方が不慮の事故や病気で死亡した場合に備えて、パートナーの住居を守るために、遺言書でその不動産などを遺贈(遺産を与えること)するように書いておくのです。

遺言書は全て自筆で作成する自筆証書遺言という方法もありますが、死後に家庭裁判所で手続が必要であったりと、遺されたパートナーに負担をかける部分が大きいので、公正証書で遺言を遺し(公正証書遺言)、死後の手続がスムーズかつ迅速にできるようにしておくのです。

遺言書は『最後のラブレター』と呼ばれています。

大切な人の余生を守ってあげるために。。同性カップルには必須の手続です。

同性婚制度や同性パートナーシップ制度によって、同性パートナーに遺産相続の権利が認められる日が来るまで、レインボーサポートネットの遺言書作成支援は続きます。

2013/12/27

早いもので今年もあと数日で終わりですね。

今年1年の「レインボーサポートネット」への相談状況を振り返ってみると、家族関係に関するご相談が多い1年でありました。

最高裁の「非嫡出子の相続分を嫡出子と同じくする判断」や「性同一性障害で女性から男性へ性別変更した方を父親と認める判断」に関する報道が大きくされたおかげもあるかもしれません。

『家族』というものの定義について、法的に揺れに揺れた1年でしたが、LGBTにとって、この家族定義の議論は、大変大きな関心をもってみるべきものであります。

日本は著しい少子化のために、従来の家族定義のままだと、少子化に歯止めをかけることができない恐れがあります。

多種多様な家族定義を認めることは、生殖医療の更なる発展を促すと共に、その利用の機会を増やし、新しい家族観によって、そこに迎え入れられるべき子供達の存在をおおいに肯定するものです。

旧来の保守的な家族観が間違っているわけでは決してありません。その家族観を基本としながらも、当事者の自由な選択によって、現代の生殖医療や将来の生殖医療が可能にするであろう子孫のもうけ方に光を当てる必要があるのです。

「子」を欲しいと願う誰もが、親としての義務を適正に果たすことを条件に、新しい家族を構成する自由を享受できる社会にすることで、我が国の少子化による国力低下を少しでも防ぐことができるのではないでしょうか?

具体的には、

  1. 生殖医療により誕生した子供の母性や父性を、生物学的観点からだけで判断せず、当該医療の受診者とそのパートナーを父母とすることを認める。(先の性同一性障害により性別変更した方の場合や、代理母や卵子提供によって誕生した子供の問題を解消できる)
  2. 同性婚制度を認め、生殖医療により子供が誕生した場合には、父又は母が2人存在するという状況を認める。(例えば、男性パートナー同士の子供の場合には、父が二人いる家庭となる)
  3. 特別養子縁組の制度について、その要件を緩和し、法的な実親効果の発生を促進していく。

このように提言すると、家族観というのは、個人の価値観での判断が許されるものではなく、国家や国民の総意により形成されるものであるという主張をされる方がおられます。

確かに、立法を要するという面では、個人の価値観だけで判断されるものではありませんが、内心における観念としては、憲法によっても保障されているとおり、完全に自由なものです。

選択肢を狭めることは批判されるべきものであると考えますが、多様な選択肢を創設すること自体には何ら罪はないはずです。

必要な時に、必要な人たちがそれを選べるという状況を創り出すことは、自由で民主的な社会の象徴とも言えるでしょう。

我が国の将来を考えた時に、少ない人数で、限られた選択肢の中で窮屈に生きていく社会よりも、個人の自由が保障された中で、様々な発想をもった人たちが、お互いの自己実現のための人生の追及を、数多ある選択肢の中から選びながら行っていく社会の方がどれほど魅力的でしょう。

旧来の家族観と、生殖医療やLGBTの存在を前提とした新しい家族観を対立構造にしては絶対にいけません。

それぞれ認めて、その選択に関しては、国民一人一人に委ねられるような社会にしていくことが、これからは大切なのです。

そして、その判断の基準について、国民一人一人が自分でしっかりと観念できるように、様々な価値観の養生を、子供の頃から適切に教育していくことが重要なのです。

2013/12/13

先日、最高裁判所が、、性同一性障害で戸籍の性別を変えた夫が、第三者から精子の提供を受けて妻が出産した子供を、法律上の夫婦の子と認める判決を出しました。

こう書いた時点で、「何のこっちゃ?」と思われる方がおられるかもしれないので、噛み砕いて説明すると、生まれた時の体の性別が女性だった人が、性同一性障害であったため、男性に性転換し、戸籍も女性から男性へ変更し、その後、女性と結婚して夫婦になり、妻である女性が、第三者から精子提供を受ける形で(夫は、生まれた時の体の性別は女性であるため、精子を作る肉体的能力がないため)、妊娠出産し、その子の戸籍上の父親を夫とすることを、最高裁判所が認めたという判決です。

この裁判は、①家庭裁判所、②高等裁判所の2つの裁判所では、父親になりたいという夫の主張は認められず、三審制の再度の砦である、最高裁判所で、それまでの裁判所の判断を覆す大逆転により、夫の主張が認められたのです。

この裁判にはいくつかの論点がありますが、中でも「生物学上、父親とはなり得ない人を法律上の父親と認めることの可否」という点が大きな部分です。

つまり、法は、父親の要件をどのように規定しているのか?ということですが、ダイレクトにそれを細かく規定しているわけではないのです。

今回の最高裁の判断では、民法772条の「妻が婚姻中懐胎した子は、夫の子と推定する」という条文を、そのまま文理解釈したとも言えます。

性同一性障害特例法が制定施行された時点で、今回のような問題は十分想定できたことです。

今年は、非嫡出子(結婚していない男女の間に生まれた子供)の相続分を、嫡出子(結婚している夫婦の間の子供)と同一にするという最高裁の判決も出ており、家族関係をめぐる法律の大きな転換点の年だったと言えます。

今回の判決文によれば、現代社会による家族関係の多様化に配慮しているという側面が読み取れます。

国が、家族の枠組みを一方的に決めるのではなく、国民自身が築く家族関係に、一定のゆとりを持たせたと考えることもできるでしょう。

似たようなケースに、非配偶者間人工授精(AID)というものがあり、不妊症などで自分の精子を使用して妻を妊娠させることができない場合に、第三者からの精子提供で子供をもうけ、その子の父親として戸籍上は記載されるという運用が長年されてきました。

ただこの場合でも、子供が成長して、真実を知った時、実の父親(精子提供者)を知りたいと希望したケースが少なからず報告されています。

また、もし、精子提供者が、自分が実の父親であるとして、戸籍訂正をするように訴訟を起こした場合は、どのような判断がされるのでしょうか?

さらに、代理母を用いて、子供をもうけた場合に、母親としての戸籍記載の問題は、本件とはどう区別されるのでしょうか?

法律が定める親子関係は、現在の生殖医療には全く追いついていません。

抜本的な家族法体系の見直し、改正が一刻も早く望まれます。

2013/11/15

夫と離婚して、子供を引き取り、女性パートナーとお付き合いしているというビアンさんたちがいらっしゃいます。

中には、子持ちのビアン同士(カップルを含む)で、同居している場合もあります。

どうして男性との結婚歴があるのにビアンなのか?と思われる方もおられるかもしれませんが、結婚をせざるを得なかったビアンの女性は多くいますし、厳密にはバイセクシャル的な要素を多く持っているビアンさんがいるのが現実です。

子持ちのビアンさんの相談で多いのが、子供の養育費に関して、別れた夫に払わせたいというものです。

離婚する際は、とにかく離婚届に印鑑を押してもらうのが精いっぱいで、養育費などの諸条件については決めていなかったというのです。

離婚した事後に、養育費や慰謝料、財産分与などの諸条件を話し合うことは可能ですが、やはり離婚する際に事前に取り決めておくことが重要です。

手順的には、離婚条件を協議する⇒協議で決めた内容を書面にする(離婚協議書の作成)・公正証書で作成するなら、なお良し⇒離婚届を提出⇒離婚成立 という流れがベストでしょう。

調停や裁判にせずに、話し合い(協議)で離婚をするなら、上記の手順を踏むと、後から養育費を元夫に支払ってもらうために苦労する必要はないのです。

養育費は、例え離婚していても、親として子供の養育のために負担しなければならないものです。「最後のパンの1切れまで」というように、親子関係の断ちえない強い絆を根本理念としています。

離婚をスムーズにするために、養育費の請求等を最初からあきらめている女性が多くいるのに驚かされます。

養育費の請求は、子供の権利であると言えます。堂々と、我が子の権利を主張して欲しいのです。

離婚当初は、養育費がなくてもやっていけると思っていても、子供が成長するにつれて、経済的に困窮するケースも見受けられます。

子供を持つセクシャルマイノリティが、親としての責任をきちんと果たして、子供に必要以上の経済的・精神的負担をかけることなく、健全な育成ができるように願って止みません。

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