こんな記事書いてる人がうらやましい。
自分は最近殺伐とした記事しか書いていないのでいろいろ裏でがんばっている。
夏フェスの代表と言われるのは、比較的歴史が長いフジロック(7月の最終週の金土日に行われる。今年は8月にまたがった)、サマーソニック(以下サマソニ、8月第2週土日に行われる。去年は特別に3日間だった)、ロックインジャパンフェス(以下RIJ,8月第1週くらいの金土日に行われる)
知っている人は知っていると思うけれど、フジロックよりもサマソニの方が自分の生活に合っていると思っている。基本的に「見たい人がいるフェスに行く」が信条であって、フジロックに見たい人が殺到したらフジロック、サマソニにいたらサマソニ、という意外とドライなことをしている。最低な年は午後6時くらいで帰宅したことがある(確か05年のサマソニ。見たい人が後半にまったくいなかった)
自分は最近のフジロック信仰にうんざりしている。フジロックが嫌いなわけではない。だって行ったことあるもん。しかしときどき「フジロック批判するなら3日および4日行ってから言え」とか「フジロックは3日行かないとダメだ」という意見を見ると、ますますそういう人たちも含めてフジロックが嫌いになりそうになる。
何度も言うけれどフジロックは嫌いじゃない。日帰りで行ったことがあるくらいには好きだ。ステージの内容はだいたい毎年確認して心の中でエアフジロックを開催している。
しかし必要以上にエコを訴えられたりするのがフジロックで本当に腹が立つ。いやごみの分別とかポイ捨てしないの当たり前っていうのを批判するつもりはゼロだしそれを言うなっていうこともないよ?でも、それがサイコーっていう言い方とか、フジロックがすべてだと思ってる人や、夏フェスが全てだとか、そのために生きているという人と、わたしはどうしても同化できないし、共感は感じられない。
くどいようだけれど自分は今年のフジロックに行っていないし、もともとフジロックに行きたくてサマソニに行ったという経緯があるからこそ、どうしても書かずにはいられなくなった。
まず前提条件として知っていてほしいのが、私の卒業した大学は、他大学よりも遅い7月末~八月頭にかけて期末考査が行われるため、仮にフジロックに全日程行くとしたら、4月の時点でそれを想定した時間割を組まなくてはならないし、場合によっては非常に重要で落とせば留年という授業を切らないと行けない場合もあった。
したがって自分はどうがんばってもフジロックに大学の間行くことはできなかった。友達が行っていても行けなかった。
もうひとつ、ご存じの人は多いだろうが、フジロックに行くにはかなりの金が要る。わたしは東京人で新潟に知り合いはいないので宿泊が必要だし、移動に金もかかる。宿泊は全日程参加するなら最低2泊は必要だ。外で寝て過ごすという方法もあるが、雨も降るのでテントを張らないとそれは不可能だろう。仮にテントを張って過ごすとしても、テントエリアの料金も必要だし、テントそのものも買わないと行けないし、いろいろ設備が必要だ。あと長靴とか上着とか、そうした自分の設備のようなものもいろいろ必要で、どんなに節約しても、7万円くらいは必要だった。
当時アルバイトをしていたしがない学生だった自分にとっては、とてもじゃないが7万円はぽんと出せる額ではなかった。おそらく多くの人間にとってそうだろうと思う。
4日休みを取ることも簡単ではないと思う。特に社会人にとっては厳しいしばりだ。毎年フジロックに行くため会社をやめたとかいう話をどこかから聞く。そこまでして現実社会から逃走しなくてはならないのか?いやわたしだって逃走したい。でもそこまでしないといけないのだろうか・・・
フジロックの何が気に入らないって、とにかく余裕のある人間でないといけないということだ。しかし個人的にはそういう余裕というのは、もともとロックが持っているひりひりした感情や、反骨精神とは真逆にあるものだと思う。
しかも、フジロックは、現代社会人が日常から脱走する場を提供するイベントとして、きちんとビジネス化されている。個人的にはそれも納得いかない。
そりゃ、みんなで作る雰囲気がすばらしいもので、それを好んで来ている人がいることも分かっている。でも、それは、そこに来る資格のある人間だからこそできていることで、現実社会にはあまりにもかけ離れている。
なんていうのかな、有閑ブルジョワジーの遊び場というか。
もちろんフジロックのためだけに生きているような人がいることも知っている。そういう人は決してブルジョワではない、という批判は理解できる。しかし、それはもはやすでにブルジョワによって作られた空気に憧れているだけにすぎない。
だから私はあまりフジロックが好きではない。
(続く)
子どものいない自分には語りにくい話だけれども、どうしても語らざるを得ない。
児童虐待 最多4万4000件 昨年度相談 宮崎県や福岡市急増 厚労省調査
2010年7月29日 00:04
全国の児童相談所が2009年度に相談を受けた児童虐待の件数は4万4210件(速報値)で、08年度を1546件上回り、過去最高を更新したことが28日、厚生労働省の集計で分かった。1990年度の集計開始から19年連続の増加。九州は70件(約2%)増の計3354件で、福岡市(495件)は増加数が153件(約45%)と最多。長崎県は88件(約31%)減の197件で減少率が全国で最大だった。集計対象は、通報や相談を受けて児童相談所が虐待と判断し、一時保護や家庭訪問などをした事例。都道府県と独自に児童相談所を持つ政令市など計20市をまとめた。
九州の各県、政令市別では、佐賀県119件(9%増)▽熊本県354件(9%減)▽大分県546件(5%増)▽宮崎県365件(27%増)▽鹿児島県113件(16%減)▽北九州市316件(16%減)-だった。
福岡市は09年度、虐待によって子ども6人が死亡。虐待への関心が高まったことから、通告が増加したとみられる。27%増の宮崎県も「虐待の認識が浸透したため」と増加要因を分析している。
減少率が大きかった長崎県は、大幅増(89件)を記録した08年度からの揺り戻しに加え、児童虐待に対応する「要保護児童対策地域協議会」が09年度で全市町村に出そろったため、同県は「地域で虐待が早期発見され、児童相談所に通告するまでの重篤なケースが防げているのではないか」と分析している。
厚労省は併せて、虐待によって子どもが死亡した事例の検証結果の第6次報告を発表し、08年度は64件67人が死亡したと明らかにした。犠牲者のうち半数以上の39人(約59%)が0歳児だった。64件中、児童相談所がかかわっていた事例は7件(約11%)あった。
=2010/07/29付 西日本新聞朝刊=
虐待はもはや個人の問題ではなくなっている。誰かの性格でやるとか、心に闇があるとか、そういう一般的な話ではないように思う。
自分の人生を振り返ってみると、両親は彼らの人生を犠牲にして私を育ててくれたように思う。そしてそれは彼らの人生できっと最良の選択だったのだろうが、わたしの中では非常に荷が重いことになっている。
色々な歌を歌うEMINEMだけれども、娘の溺愛っぷりは有名だ。一時期には出すアルバムに娘宛の曲を入れていたこともある。
子どもを持つ、ということは、自分の人生を次世代に引き渡していくことでもあると思う。そしてその決意がない人は、子どもを生むことは難しい。
何が子どもを痛めつけることに向かわせるのだろう?子どもがいる人は「自分の思い通りになることもないから殴りたくなるときもあるよ」と言っていた。でも何もない部屋に放置したり、殴り殺したりすることはしていない。わたしも母親にぶたれたことはある。でも殴り殺されはせずに25歳まで生きている。
個人の問題、と言えば終わりだけれども、それだけではないもっと深淵な問題があるような気がする。小さなことで言えば、もっと気軽に預けられるようなところが必要だという話になる。もちろん子どもが虐待されないような環境を作る、という意味で。早く気付ける環境を構築せよ、という話もよく聞く。また、児童相談所に早く言え、という傾向もある。でも、何か育てる側に、何か大きな問題があるのではないだろうか。そここそ、社会で考えるべき問題ではないのだろうか。親が裁判でごめんなさい、といって終わる話ではないはずだ。
最近の日本では「お母さんありがとう」とか「家族は大切」というメッセージソングが売れがちな傾向にある。でも、EMINEMのHailie’s songは、子どもの母親である妻に対しては敵対心を見せながら、子どもには愛を注ぐというやり方をとっている。
個人名を冠したこの曲は、決して一般的なメッセージソングにはなり得ない。あくまでも「Marshall Mathers」(EMINEMの本名)が自分の娘にあてた曲にすぎない。曲の中にもどう考えても個人的事情(ツアーで出ずっぱりとか)としか思えないことが盛り込まれている。しかし、「俺」「おかあさん」「家族」という抽象化されたことばを使うよりもずっと強く、娘を思う気持ちや守りたいという気持ちが伝わってくる。
EMINEMというスターを取り巻く状況は、パパラッチや狂信的なファン、過酷な仕事など、一般人よりもプレッシャーの重いことが多いだろう。しかしその中でも娘だけはなんとかしたい、きちんと育てたいと考えている人がいる。たとえ「下品」と言われ、いろんな議員にやり玉にされても、こうやって子どもを育てる気概のある人もいるんだよ。だから、簡単に子どもを殺したり、放置したりしないで。周りにも問題があるのはよく分かっているけれど、きっと子どもを助ける方法は、役所に行くなり、児童相談所に相談するなり、何かあるはずだ。そもそも、さまざまな情報が、本当に欲しい人に行っていない。生活保護の話にしても、保育所の話にしても・・・。そこが大きな問題だね。
もちろん、社会の側に問題はある。けれども、子どもはその後育って行くもので、モノやゲームの中の存在ではないから、大切にしてほしいと思う。
ミドリカワ書房書きたかった!
すごい好きで、昔高校の仲間との飲み会をすっとばしてライブ行ったよ!
◎階段下で放火、逃げ道ふさぐ?
=家族は2階で就寝=
―中3少女、3人死傷・兵庫県警―
兵庫県宝塚市の民家で9日未明、ブラジル国籍の家族3人が死傷した放火事件で、逮捕された中学3年の長女(15)と友人で同級生の女子生徒(14)は、2階で就寝中だった家族の逃げ道をふさぐような形で、階段下に置いた毛布に火を付けていたことが10日、県警への取材で分かった。長女は「家族の中で独りぼっちだった」と供述。同級生も自分の家族関係で悩みを抱えていたといい、県警少年捜査課と宝塚署は、長女らが家族を殺害する目的で放火したとみて、動機の解明を進めている。同課などは同日午前、2人を殺人容疑などで神戸地検に送検した。
県警によると、2人は9日午前2時半ごろ、長女宅を放火し、長女の家族3人を殺害しようとした疑いが持たれている。2人は1階から2階に通じる階段の壁にバーベキュー用のゼリー状着火剤を塗った上、階段下に置いた毛布に火を付けたという。母親(31)と義父(39)、小学4年の次女(9)は出火時、2階の部屋で寝ていた。火災後、3人は消防隊員に救出されたが、母親は死亡、義父と次女は重体となっている。
2人は約20分後、近くの同級生宅に歩いて行き、それぞれが包丁を持ちながら、食用油をまいて火を付けようとしたという。その際、2人が同級生の兄(16)を起こしたといい、兄は様子がおかしいことから母親に知らせ、母親が警察に通報した。2人が持っていた包丁は、長女宅から持ち出したものだったという。(了)
時事通信社より引用
長女はブラジル人ということでいじめられていたらしいから、外国籍だったことが無関係だったとは思わないけれど、基本的には家族の話だと思うんだよね。ほかのニュースみたら同級生も再婚家庭だったらしい。たぶんこの長女の子が同級生と出会わなければ事件は起こらなかった気がする。想像だけど。どんな犯罪も1人で起こすのは、とても心に負担のかかること(別に2人だからこころの負担が軽いと言いたいわけではない)。どちらかと言えば再婚した相手と血のつながらない子供の問題だと思う。
別に家族の形なんてそれぞれだし、昔も書いたけど基本は広義で利害共有体だと考えているので、離婚家庭が悪いとは言いたくない。ただ、忘れてほしくないのは、本来子どもも子孫繁栄のための「利」だということ。再婚同士でも、義理の親や兄弟とうまく行っている人を知っているので、軽々しく再婚すんなとか問題だとか言うつもりはない。ただどんなときも子供の利益を考えて結婚してほしいと思う。常に子供が納得するようにしてほしい。子供に親という認識があれば、離婚した元夫または元妻も親。結婚するからには、子供を育てる事も含めて了解してすることが必要だ。
あと、家族の問題って「社会的」ではないと思われがちだけれど本当にそうだろうか?私は違うと思う。でも、家族の問題を社会的に、特にこうした問題を社会的に論じるのは非常に難しいと思う。心の問題に落とし込むのもおかしいけれど、結局心の問題になってしまうのか?それとも、離婚と結婚の問題を論じた方がいいのか?一体何を論じれば根本的な問題解決になるのか、今の私には理解できない。
この曲は、「それぞれに真実がある」という、娘に父親が「パパとママは別れることになった」と告げる歌の続編。その歌詞はパパには好きな人がいるしお前だって知ってるだろうこの前紹介したひとだよと、何と父親が「愛人」の存在を打ち明けるところから始まっている
パパみたいのと付き合っちゃダメだよ
お前は綺麗だから心配だな
何を言ったって無駄かもしれないけれど
お前には俺の血が流れてんだ
ママと別れたって俺たちは親子だから
一生俺はお前のパパだからな
と父親が告げる
そしてお父さんがいなくなってからの「お前」を書いたのが「続・それぞれに真実がある」。
パパがいなくなってもうすぐ一年になる
私はこの1年でずいぶん汚れたな
友達に連れられ夜の街に出ては
低能な男たちに抱かれまくった
こんな私みたらパパはどう思うだろう
<略>
名字が変わって何もかも狂った
前の名字のほうがかっこよかった
どうして親と子どもはなかなか切り離すことができないんだろう。わたしはそれは経済的投資に基づくものと思っているけれど、それだけでは語れない、語り尽くせないものがある。
ミドリカワ書房はもともとこういう社会的問題にずばり切り込んだ情景を歌詞に入れてくる人でホントかっこいいんだよなあ。他にも名曲がいっぱいあるんだけれど、正直続けて聞くとおなかいっぱいになるというか、辛くなるよね・・・。
脱線から始まるがすまん、わたしは野球賭博の何がいけないかさっぱり理解できない。
まあいつかこれも書きたいな。
お~いお茶新俳句大賞:都城の元日田さん最高賞 /宮崎
飲料メーカー、伊藤園(東京)の第21回「お~いお茶新俳句大賞」で、都城市の会社員、元日田(がんにちだ)唯さん(18)=小林市堤出身=の作品「風薫るこの町出ればさぁ大人」が最高賞の文部科学大臣賞に選ばれた。応募165万7098作品の頂点。6日、同市総合文化ホールで表彰式があり、元日田さんは「小学生のころから時々、俳句のようなものは作っていたが自信はなかった。賞金がうれしい」とちゃめっ気いっぱいに話した。元日田さんの作品を含む入賞2000句は8月以降、伊藤園の飲料「お~いお茶」のパッケージなどに順次、掲載される。元日田さんは今春、県立飯野高校(えびの市)を卒業し、都城市で働いている。作品は卒業を前に、親元を離れて社会人の第一歩を踏み出そうと決意した気持ちを詠んだ。俳人の金子兜太さんら8人が審査した。【木元六男】(毎日)
個人的にはあんまり世相を表している感じがしなくて、一般的すぎてつまらない。
ときどき萌え方向の話とかが佳作とかに選ばれててそのほうが面白い。
ちょっと前にはこんな話も
「ぼくゴリラ」の短歌で市長賞2009年01月19日(朝日新聞)
山武市出身の歌人で小説家の伊藤左千夫(1864~1913)をしのび、短歌に親しむことを目的にした第57回左千夫短歌大会(同市主催)が18日、同市殿台の成東文化会館のぎくプラザで開かれた。小中高校生と一般の各部で作品を募集し、今回は過去最多の2987の応募があった。高校生の部ではゴリラの孤独を表現した県立成東高校2年菱木俊輔君(17)の作品が市長賞に輝いた。「ぼくゴリラ ウホホイウッホ ウホホホホ ウッホホウッホ ウホホホホーイ」昨年春、千葉市内の動物園でゴリラを見て、「ゴリラも人と同じように孤独なのではないかと感じた」そうで、その孤独感を表現したかったという。ゴリラのイメージを文字で表すなら「ウ」と「ホ」だったので、そのふたつでまとめるようにした。書き始めて30分ほどで完成したという。選者の田井安曇さん(78)は「素手でつかんだ本音を歌っているユニークないい歌だ」と評価する。国語の授業でつくり、応募した。入賞の知らせを聞いた時は「まさか、と思った。先生は何かの間違いかと思ったそうで、友人からも奇跡だといわれた」。バレーボール部員で、得意科目は数学と国語。短歌は「これからも何かの機会があれば作るかもしれない」と話していた。大会では各部での入賞作品が表彰された。田井さんは「小中学生にも新鮮な感覚の作品があり、左千夫も喜んでいるでしょう」と話していた。(高木和男)
短歌も俳句も結構好き。ときどきとつぜん百人一首ネタを出して引かれることがある程度には好き。基本的に文学がやっぱり好きなんだと思う。それと同じ文脈でラップが好き。ラップの歌詞を読み始めると普通の文章はつまらなくなるので読まなくなる。ぼくゴリラの話は漫画の1フレーズを取ったやつらしくてそれはそれで賞になっちゃたのは笑える。わたしの友人も昔ピンクスパイダーの歌詞書いて文集に載っちゃった人がいる。結局何でも評価されたもの勝ちっていうところはあるけれど、それで本当にいいのかという疑問はある。こういうのってたまたま出たものが評価されることが多くて、選ばれた側が驚くこともしばしば。
前も書いたかもしれないけれど、スチャダラパー好きになったの「ドコンパクトディスク」からなんですよ。最近。小沢健二の「LIFE」が好きじゃないのと同じで、決してオモロラップ時代好きじゃないですよ。わたしはラップが好きなんです。内容も面白いだけのってあんまり好きじゃない。ところがスチャダラパーの最近のは本当にすごいですよ(前も言ったけど)。この曲は彼らの作り方が垣間見られる曲で、シンコが作った曲を何度も3人で聞いて、方向性を決めて、ことばを考えていくという方法が見られる。少し前本人たちが言っているのを聴いたのだけれど、「今夜はブギーバックは何も言っていない」と言っていた。たぶん小沢健二あってこその曲(小沢健二とBOSEは本当に仲がよかったみたいだし、今も仲いいみたい)としか本人たちは思っていないようだ。
ラップってやっぱりフロウとか、流れとか、リズムになっているかとかもとても大切。意味だけじゃない。でも、その意味って本当に聞いてもらっているかとか、作っている側はかなり疑問な部分もあるのだと思う。この頃のスチャダラパーは結構売れていたころ(なはず)なのだけれど、その中でもいろいろと葛藤をかかえてたんじゃないかなあと思わせる節がある。
シンコがクリエイトするビートは
オマエの目の前のステレオを本来の姿に呼び戻すに違いない
ああまったく同感だ
しかし何千万回聴いたかも分からないループの谷間に流れるせせらぎには
みんな気付くのだろうか
腰にくるようセットされたさまざまな声や言葉の行方は
走る車の中からみたこの通りのように・・・
承知の上だ 寒くない冬などない
深い闇の中空に向かい目的地忘れもう少しこの通りを歩いてみよう
ああいいとも
もうこのフレーズすごいね。クリエイターの悩みの部分を全部凝縮して表していると思うね。
いろいろなものは走る車からみた通りのように過ぎ去っていくのだけれど、でも一つ一つには大変な苦労や悩みやなんやらがある。でもそういう苦労のもとに生み出されたものが全て評価されるわけではない。タイミングと運にかかっていることがほとんど。音楽業界であれば売り上げにもつながるかどうかは、完全に運にかかる部分があるだろう。そういう社会全体の「評価」と「努力」の差や、人からのレスポンスと自分の思い入れとのギャップに気がついたときのむなしさは結構ある。それでも、もうすこし続けてみたいという可能性にかける気持ちを表す名曲だ。
関係ない話から入りますけれど、K’naanが今更Wavin’ Flagで評価されている件について。去年から目を付けていた私を誰か褒めてくれ。南アフリカW杯万歳。もちろんサマソニで見に行くよ!!!!!!!K’naan万歳!!!!!!http://www.junkstage.com/music/reika/?p=52(注:この記事は昨年の4月のものです)
あとUffieもCD発売直前になって評価されている件。そしてKeshaとの類似性(というかパクリ疑惑。Keshaがパクったって言われてる。CDデビューは今年だけどUffieが有名になったのは2006年、わたしが大学生だった頃だから!!!!!!Keshaが先とか言ってる人はすっこんでください。ずーっとCD発売を全裸待機で待ってたんですから!!!!!)http://www.junkstage.com/music/reika/?p=61(この記事去年の9月)
エリザベスと結婚してたのがフライデーに出てて話題になってたけど、籍入れたかはともかくとして、彼女をパートナーとしてたのは周知の事実ですよ・・・数年前から。ニュースを引用する気にもなれない、くだらなすぎて。
13年ぶりのライブツアーが1月に発表されたときは、オリコン、ナタリー、ro69と言った音楽サイトを賑わせたのは記憶に新しいですよね?みなさま。このサイトもすごいアクセス数を稼いだので、わたしが一番びっくりしました。まあチケットが届いたときは驚いたよね・・・思い出の場所で行われるライブで最前列を引き当ててしまったのだからしかもその日忙しくて直前まで行けるかどうか分からなくて、行けるって確証を持ったのが開場3時間前。そして開場に到着したのが15分前。もうこの仕事やめたいね。余裕を持って休みたいです。だって数ヶ月前から行くのだけは決まってたんだから。
私はLIFE時代の曲がそんなに好きではなかった。あんなハッピーな曲は嘘だ。もうこのブログを結構見ている人は知ってるだろうけれどハッピーばんざーいっていう曲はテクノ以外認めない(わたしのなかで定められた法律のため)。ポップソングは暗さがあってなんぼ。大衆音楽であるからには必須。本当に自分の世界に向き合ったら自分の具体的な闇と向き合うしかないのだから。そのことを前提としていない音楽は聴いてわかる。LIFE期の曲は、人気があったけれども、薄っぺらい感じがした。
勝手な妄想だけれど、小沢健二自身、「特別」な時期の「特別」な曲が評価されて、商品として一人歩きしていく状況に辟易していたのかもしれないと思う。2006年の「私が好きになった小沢健二」は、就職活動にうんざりして、社会の中の一つの歯車になること、それに流されて嫌な気持ちになって泣きそうになっている自分自身を嫌悪しているという状況、でも長いスパンで生きていくためには絶対就職しなければいけないという自らの追い込みなど、すべてに対して「本質を睨んで強かに生きろ」というメッセージを伝えてくれた人間だった。相当衝動的な人間なので、すぐにかなり危険な精神状態になりやすいのだが、そうした自分と付き合うためにどうすればいいかという方法も学びつつある20代前半のころ。
今回のツアーは、2006年ごろから小沢健二にはまった身としては興味は持っていたけれど、すごく懐疑的だった(好きなアーティストに対して「懐疑的」とか言ってしまう自分のめんどくささにもあきれるけど)。で、見た結論。すっげーーーーーーーよかった!!!!!!!まだツアーが続いているので詳細を書くとネタバレになるので省略するけれど、わたしは彼(とそのバンドメンバー)が見えたとき、感極まって泣いた。約5年前に初めて小沢健二の文字を見たとき、こんなことになるとは思っていなかった。
Ecology of everyday lifeの帯の文章は何度でも書く。
おそろしい仕組みをつくって人びとをいじめていた者たちと、「仕方がないよ、そういう仕組みなんだから」と従いつづけていた者たちは、ある日、とつぜん町の中が騒がしくなったかと思うと、次の日には、かならずパンツ一丁で逃げまどうことになるのでした。灰色は、その歴史を、なるべく人びとに見せないようにしていました。それは、あまりにも大きな、楽しさとか、喜びとか、希望とか、優しさとか、おもしろさを、人びとに与えてしまうからでした。
途中で何度か、小沢健二自身が書いたと思われる詩のようなものが読み上げられる。それらはすべて、現在の社会を、身近なところから冷静に見つめていて、問題がどこにあるかということを世代問わずに伝わるような言い方で取り上げた。一部歌詞も変えて歌い直されたLIFE期の曲は、詩の中に置かれると、人間賛歌となっていた。昔は恋愛関係などを「全部OK」としていた小沢健二を表していたものが、文脈によってまったく違う意味を持ったものに変わったのだ。彼は「大衆音楽であることを誇りに思います」と言った。日本の音楽は、カラオケで歌えるようなものが「大衆音楽」として喜ばれる。もっともそうした役割を担っているのはLIFE期のものだ。今更どうしてLIFE?という思いはかなり強かったけれども、曲の持つ役割を考えると、資本主義への「したたかさ」を表すためには最適だった。このライブを一生懸命練った小沢健二の気持ちや、LIFEを歌う意味や、日本に戻ってきた彼の気持ちやらなんやらを勝手に妄想して、また私は泣いた。勝手な妄想だけれど泣けた。
自分の人生の中で最も計算違いのことがあるとすれば
それは今現在マスコミで働いていることだ
本当は国連で働きたかった
けれども募集要項を見たときの気持ち悪さと絶望的な気持ちが今でも忘れられない
「修士号」「NPOや公的機関での実務経験」実務って何?
これ以上教育機関にお金を払えないのに「修士号」??
疑問だらけだったそのとき読んでいた小沢健二の本にあった「なんだか気持ちのいいことばかり言って、本当のことを見ようとしない」という本質をついた簡単な言葉は、年を取る度に守りに入りすぎる自分を振り返るきっかけにもなった
そして「強かな気持ちを持ったまま就職してもいいんじゃないか」という気持ちにさせてくれた小沢健二がいなかったら。わたしがあの日小沢健二のCDを手に取らなかったら。一番流行っていた頃に一度も聞いたことなかった私が、小沢健二のライブに行くことができる日が来るなど考えていなかった。そして私にもう一度自分を見つめ直す機会をくれてありがとう。小沢さん。
前に一度TASAKAのことを書いているので、わたしがKAGAMIも好きなことは予想できるであろう
KAGAMIは次の次くらいにtiger trackで書こうと思っていた
KAGAMIは1976年生まれの有名なDJだ
電気グルーヴのサポートやディスコツインズとしてTASAKAとともにCDを出していた
海外のレイヴでも活躍していた
マジで日本のテクノにおける大きな損失ですよ
単独では大阪に来たのを08に1回見ただけだったけれど、すごい面白くて惹きつけられた
ちなみにTASAKAも自分の記憶に強烈にやきつけられており、いつかディスコツインズで見たいなあと思っていた
それは叶わぬ夢となった
昔TASAKAを取り上げた時に書いたかもしれないけれど、KAGAMIはパーティトラックを書かせたら一番だったんじゃないだろうか
どうしてかわからないけれども
KAGAMIの書く曲やリミックスする曲を聴くとテンションがあがった
歌謡曲とかも華麗にミックスしてしまうのは不思議でもあったけれども
電子音楽が好きだからこそできることだったのだろう
どれだけ電子機器から出ていく音を、楽しく、鮮やかに聞かせ、人を踊らせるかということに焦点をあてていたように思う
天国でもDJしていてください
わたしはもともとヒップホップが好きだった人間で、その背景としてのトラック作成に興味を持ち、テクノが好きになったという経緯がある
だからこそ、ヒップホップからテクノに流れたというTASAKAの経歴が気になって、ひいては彼らのユニットDISCO TWINSが好きになった
そして相方のKAGAMIにもとても興味があった
10代でデビューして、世界中で曲がかけめぐって、あこがれだった電気グルーヴのサポートをしたという
それはある意味シンデレラボーイの物語だった
Tiger Trackという曲は、フロッグネーション(当時)の佐藤大らによって作られたアニメ「エウレカセブン」の挿入歌でもある
ほかのテクノの名曲と同じように
簡単にメロディーを追える感じの曲ではない
あのカーニバルのようなノリのよさはどこから出てくるのか想像もつかない
深夜の地下クラブで聞くのにぴったりな音楽だった
そしてその音楽がもう聴けなくなることが、まだ信じられない
日が昇り朝がやってくるように
また彼の音楽が聴けるような気がしてならない
ちなみにわたしはKAGAMIの訃報を担当した
自分の会社からKAGAMIの訃報さえも出ないなんてあり得ないと思ったから、出した
でも、本社と出稿を相談したとき、「うーんいらないんじゃないの」と言われたのだ
世界的なDJがなくなったことは、社会的な価値は低いのだろうか
わたしにはよくわからない
何を以てマスコミが「公平」「中立」「社会的」というのか
レディ-・ガガ、すげえ売れてるな・・・前も言ったけど。
半裸(というかほとんど全裸)の格好がツアーの写真になっていたり、テレビに出るときの服装が宇宙人みたいだったり(個人的感想)、とにかく刺激的な服装や行動が好きな人なんだなあと思う。ぶっちゃけグウェン・ステファーニ(アメリカのバンドNo Doubtの人でソロでも有名な人)と服装の空気はかなり似てたけど。
ビートルズからの影響を公言するところなんかはあの人に似てると思うんだよね。というか、私はレディーガガを見ると必ずあの人を思い出してしまう。
沢尻エリカ、離婚に向け弁護士依頼へ
2010年5月1日 朝日新聞
女優沢尻エリカ(24)が夫の高城剛氏(45)との離婚に向け、近く弁護士を依頼することが4月30日、分かった。高城氏との交渉を沢尻の兄が務めるとの情報もあったが、今後は正式に代理人を立てて交渉を進める意向だ。関係者は「少なくともゴールデンウイーク明けまでは、何も進展しないでしょう」と話している。今後2人で会う予定は現時点ではなく、30日に日本を離れた高城氏はメディア露出をやめると宣言しており、今後は水面下で離婚交渉が進むとみられる。(了)
沢尻エリカが結構好きだ。別に演技とか大して知らない。とりあえず彼女が出ていた映画できちんと見たのは「天使の卵」。すごく繊細な演技をする人だと思い、自分と対して年齢の変わらない人がここまでやるのはすごいと単純に感動した。
でも、歌をやってるときの沢尻エリカって、思わず笑っちゃうようなことが多い。レッド・ツエッペリンからの影響を公言したり、沢尻エリカとは別人と言ってみたり。そしてメディアにはいろいろ言われながらも大げさなパフォーマンスで応えてみせる。
レディーガガはバイセクシャルであることを公言して、彼女たちの仲間であることをアピールした。メディアには奇抜な格好で出てくる。本当は黒髪なのに、ブロンドにして金属を顔に貼ってみたりする。リミックスアルバムの写真はほぼ全裸。メディアを巧妙に操り、賛否両論を巻き起こすーーーほら、沢尻さんと似てるでしょう。
どこか無理している感がぬぐえないのだけれど、その破天荒さが若年層に受け入れられているというのが共通している。
Poker Faceは昨年の夏から日本だけでなく世界を駆け巡った。Lady Gaga自身も駆け巡った。パフォーマンス中に倒れたこともあるらしい。最近の姿を見ていると、極限まで商品化されているなあと思う。
沢尻エリカもそうでしょう。あの人は女優だけれど、CMなどで彼女のビジュアルは商品になっている。商品としての契約違反があったから事務所を解雇された。彼女自身の目指す商品の方向性と事務所の商品の方向性が異なっていたのだ。
Poker Faceの歌詞はゲームと恋愛を重ねたようなものだ。ゲームのポーカーと「ポーカーフェイス」の意味合いと語呂を楽しんだものと言える。そんな歌詞も含めてきっとみんな楽しんでいるのだ。
わたしは決して彼女が好きでも嫌いでもない。しかし、過剰なパフォーマンスを見る度に、日本のマスコミを賑わせる沢尻エリカを思い出す。同時に、商品化され、まったくあらがわずに乗りこなそうとする人間の強かさを感じる。
1年前の5月2日は、いろいろなところに出かけ、いろいろな人に会った日だった。今でも忘れない。すんzりう゛ぇrさんに会って、居酒屋に入った瞬間に、会社からのメールで「忌野清志郎さんが死去した」と入ってきたことを。
清志郎さん命日、盟友ら感謝歌う
2010年05月01日(朝日新聞)
昨年亡くなったロックシンガー忌野清志郎さんの命日の2日、川崎町での恒例の野外音楽イベント「アラバキ・ロック・フェスティバル」(1~2日)で、親交のあった著名ミュージシャンらが忌野さんの名曲を歌い、感謝の意を伝えるライブが開かれる。
参加するのは、RCサクセション時代からの盟友である仲井戸麗市さんをはじめ、泉谷しげるさん、奥田民生さん、宮沢和史さん(THE BOOM)、東京スカパラダイスオーケストラなど。
今年で10年を迎えるアラバキに忌野さんは過去3回出演している。フェスを運営する菅真良さんは「当日は一周忌に当たるが、関係する方々と話し合って追悼ライブとはせず、デビュー40周年を迎える忌野さんに気持ちを伝える企画にした」。ライブは2日午後7時半から。当日券あり。公式ホームページは(http://arabaki.com/10_home.php)。
わたしは今25歳なので、清志郎氏のことを詳しく知っているわけではないし、特別好きなわけでもない。それでも、彼のたどってきた軌跡を聞くと、やっぱりすごいなあと思う。
一番好き、というかよく聞くのは、知人からもらったCDの中に入っていた「激しい雨」だと思う。一番有名なのはたぶん「雨上がりの夜空に」だと思うけれど、結局一番好きなのはやっぱり激しい雨だった。
人間が誰かを好きになるには、やはりタイミングとか、日常生活がベースにあると思う。きっとわたしも、両親と同じくらいの年齢で、思春期に清志郎氏を聞いていたら、熱狂的に好きになったかもしれない。幸か不幸か、わたしが思春期に「出会ってしまった」のはEMINEMだった。
もうひとつ、わたしが人間を好きになる条件としていつもあげているのが「自分のできないことができる人」だ。これは恋愛だけじゃなくて一般的な意味でも当てはまる。逆に自分と同じことしかしていない人は一瞬好きになってもすぐ嫌いになる。所謂ないものねだりにあたる。
同じような観点で清志郎に憧れていた人間は多いのではないか。
会社に賃金でつながれて、逃れたいのに逃れられない、だって将来のこともあるし。でも、本当は逃げたい。
もっと大きな声で思っていることを言いたい、でもそんなに単純に声を出せない。ストレートに思っていることを言いたいのに言えない。
そんな人たちの声を代わりに吸い取ったわけではないけれども、まるで代弁者になったかのように謳っていたのだろう、清志郎は。レコード会社とのトラブルを含めて、神格化される理由は分かる。若い人だけではなく年上の人間にも愛された理由も分かる。
清志郎自身は自分の思っていたことを歌っただけだろう。でもそれが同時に、多くの人=社会の声を反映するものになったのはすごい。
激しい雨、という曲は、個人世界と社会の関係のミニチュアの様だ。
季節外れの激しい雨が降ってる
たたきつける風が泣き叫んでる
この部分は明らかに「個人」の目から見える風景と、その感情。
海は街を飲み込んでますます荒れ狂ってる
築き上げた文明が音を立てて崩れてる
でも視点はここで大きく後ろに引いて、社会を見るものとなっていく。ミクロの視点からマクロの視点への転換だ。
こんな調子で、この曲の視点は、ミクロに行ったり、マクロに行ったりする。それが揺れ動く人間の感情や、社会との関係にそっくりなのだ。
おまえは覚えてるかい?世界がここにあるのを
「個人は社会の鏡であり、社会は人間の鏡である」と言ったのは、私の大学時代の指導教授だが、どうしても、自分の目の前を取り囲む個人的な事柄の移り変わりが激しいと、鳥瞰的な視点を失いがちになってしまう。そんなことを思い出させる一言がこれだ。
きっと清志郎氏にはもっとたくさんの名曲があると思う。しかし私にとっては、彼の魅力を思い知らされた強烈な曲として、「激しい雨」が一番忘れられないものとなっている。
向こうでもめちゃくちゃやっていてください。
さあ大昔ばかり取り上げていたこのブログが久しぶりに最近の音楽を取り上げるようになりましたよ!w
忙しいながらもソラニンを見に行ったんですよ。宮崎あおい主演の。わざわざ仕事帰りの通り道で寄って。しかもその後ある送別会のため(送られるのは自分でした)に髪を染めに行くというメチャクチャスケジュールの中で。
子どもがなりたい職業 人気ランキング 小学生は「野球選手」「ケーキ屋さん・パティシエ」
2010.4.22 15:00(産経新聞)Benesse教育研究開発センターが実施した『第2回子ども生活実態基本調査(2009(平成21)年8~10月/対象:日本の小学4年生~高校2年生(計1万3,797名))』の調査報告の4回目です。今回は、「なりたい職業」について、第1回調査(2004(平成16)年)と比較しながら、子どもたちの声を中心に紹介していきます。
なりたい職業が「ある」子どもが減少。特に高校生で激減
今回の調査結果では、将来なりたい職業が「ある」と回答した子どもが、5年前より減少。小学生63.4%→58.1%、中学生62.0%→54.2%、高校生66.8%→50.6%と、特に高校生の落ち込みが目立つことから、ここ数年の経済状況・雇用状況を反映している可能性も考えられます。
調査監修の武内清先生(上智大学名誉教授)は、「経済不況は大学進学率や『夢ではなく現実志向』という学校でのキャリア教育、青少年の安定志向やエコ(省エネ)志向を促進し、『自分のやりたいことにこだわるより、状況に応じて進学や就職に柔軟に対応する』という将来展望を抱かせるようになったと考えます」とコメント。
また、ある中学校の先生からは「なりたい職業がないことは、必ずしも悪いことではない。今の段階ではいろんなことに興味を持ち経験をして、少しずつ自分をレベルアップさせ、その中で職業について考え選択していってもいい」というお話も。なりたい職業が「ある」子どもが減ったことは、必ずしも悪いという解釈にはならないということです。
子どもたちにインタビューしてみると、ネットやテレビから得られるさまざまな情報や、学校でのキャリア教育(職場体験など)をとおして、職業についてたくさんの情報をもったうえで判断している様子がうかがえました。
●小学生のころは電車の運転手になりたかった。でも、テレビで運転手の仕事に密着している番組を見て、何百人もの命を預かる仕事なんだと、その厳しさに気付いてやめた。(高1男)
● 中学生のとき幼稚園に職業体験に行った。想像以上にハードな仕事で大変だった。今は特になりたい職業は決まっていない。(高2女)
職業に関する多様な情報が入ってくる環境にあるだけに、やる前から仕事の厳しさが見えて、断念するケースが多いのも事実のようです。今の子どもたちがひとつにこだわるより、状況に合わせて、自分に合った現実的な将来像をあれこれ考えるのは自然の成り行きとも言えそうです。
では、子どもたちは具体的にどのような職業になりたいと思っているのでしょうか。ランキングを作ってみると、
男子のなりたい職業は、小・中学生ともに1位「野球選手」、2位「サッカー選手」。高校生になるとかなり現実的になり、1位「学校の先生」、2位「公務員」。
女子は、小学生の1位が「ケーキ屋さん・パティシエ」、2位が「保育士・幼稚園の先生」。中・高校生の1位はともに「保育士・幼稚園の先生」ですが、中学生の2位が「芸能人」であるのに対して、高校生の2位は「学校の先生」と現実的に。2004(平成16)年と比べ、全体に「芸能人」の人気が高まっているものの、男女ともに高校生になると安定した職業を志望する傾向は変わりませんでした。
◎ ここで、高校生のグループインタビューで聞かれた、現在の夢にたどりつくまでの経緯をご紹介します。
● 中学生のときは漠然としていたが、高校で柔道を始め、整体に行くようになってから、身体をメンテナンスする仕事はおもしろそうだと思った。スポーツが好きだが、自分がやるより、支えていく仕事がいいと今は思っている。(高2男)
●小学生ぐらいまでは、お花屋さん、パン屋さんなど、何かを見て「いいな」と思うと、そのたびに夢が変わっていた。中学生ぐらいで考え方が変わった。今は、現実的なことを考えて、旅行や英語が好きなので旅行代理店など、旅に関わる仕事を考えている。本当は、音楽関連の仕事がしたいけど、そういうところは大変だと思うので……。(高2女)
●小さいころの夢は総理大臣などだった。世間を知って、自分ができることを考えるようになり、今はコンサートの音響を担当するPAになりたい。(高2女)
自分の興味や趣味がはっきりしている子は、それにつながる職種にあこがれているようです。その一方で、親のちょっとした言葉や価値観、働く姿から影響を受けていることも推察できます。グループインタビューで聞かれた声をご紹介します。
●失業したくないので不況に関係ない公務員がいい。お母さんから、公務員なら産休もあるし、職場復帰もできるのでいい、と言われたことがある。(中3女)
●父は自分で会社を作った。自分も社長になって、社員をまとめて背負えるぐらいのでかい人になりたい。(高2男)
●宇宙飛行士など大きい夢ばかり持っていたけど、母が薬剤師をやっていたので、薬剤師もいいなと思った。それが最初の具体的な夢。(高2女)親から影響を受けている子どもたちですが、こうした将来の夢について、親と話すかどうか聞きました。
●自分からは話したくない。なれないんじゃないの、とか言われそうなので。(小5女)
●好きな風にやりなさい、と言われる。(高2女)
●母は自分がやりたいことなら何でもいいと言ってくれる。父は頑固で、反対されそうなので話していない。でも、高3になって大学を決めるあたりで話そうと思う。お金も出してもらわないといけないので。(高2男)特に小学生からは「話してもいいけど、きっかけがない」(小5女)と同様の声が多く聞かれました。子どもの職業観は親の影響を多少なりとも受けるだけに、「夢のような話」と否定したり聞き流したりするのではなく、夢を具現化する方法について親子で話し合ってみては。学校でのキャリア教育とともに、毎日の生活の中で職業について考える機会を共に持つことで、子どもの未来も広がるのではないでしょうか。
多くの情報に触れ、大人の働く姿を観察し、迷いつつ真剣に柔軟に将来を考えていると言えます。そうやって、子どもたち自身が見つけた夢は、一時的でも、非現実的に見えても、その子の心の有りようやモノの見方、社会の見方などの、成長のサインとしても捉えることができるのではないでしょうか。ぜひとも、興味を持って子どもの夢に耳を傾けたいものです。
一方で、多くの情報が手に入り現実志向になりがちなため、夢を見る前に、夢をあきらめてしまうことも考えられます。親や周りの大人たちからの適切なアドバイスやサポートが、より一層重要な時代だとも言えそうです。
(提供:Benesse教育情報サイト・一部略)
「ソラニン」は、音楽(バンド)に対する夢を諦めきれない男性と、OLとしての自分の生活に不満を持っていた女子のカップルを描いた作品。原作は浅野いにお。映画では宮崎あおいが主演。劇中音楽はストレイテナーのホリエアツシが担当、テーマソングはアジカンが担当。
まあ本来ならばそっちの劇中音楽を取り上げるべきなのかもしれないけれど、わたしはすでに人気の地位を不動のものにしたバンド(アジカンとか、ストレイテナーとか)が作った曲よりも、同年代の歌い手でもっとも新しいジャンル(=ヒップホップ)が作った曲にこの映画を投影した。
わたしは今25歳なのだけれど、計算すると主人公たちは23とか24で、たぶん環ROYも同じくらいの年齢で、宮崎あおい(出演者。わたしの1歳下)も同じ年くらい。社会人になって夢の幅が狭くなってきた時代だ。もちろん職業選択するときもそうなのだけれど、何回も「これでいいのか」と自分に問い続ける。現実が見えてくればくるほど選択肢は狭くなってきて、夢は見ないようになる。でも夢を見たいから、悩む。
わたしは自分より年下の人の気持ちは理解できることが多い。しかし、社会人で年上の人の気持ちは理解できない、というか理解したくない。少し前まで自分より数歳年上の人と毎日話していたのだけれど、そのときはなんだか苦しかった。わたしよりずっとず優秀で賢くて、繊細な人だったのだけれど、その人のサラリーマンとしての苦悩(ってものを知るほど親しかったわけではないが。あくまでも片鱗)に触れる度に、将来の自分の姿を垣間見るようで複雑な気分になった。
時間の流れに逆行 不可能
アインシュタインやダヴィンチでも無理
時間の流れ通り進むのは
俺でも君でも誰でも可能
そこで楽しくなる未来
切り開けるのは自分以外いない
エジソンが偉い人なんて事より常識
あのときああしてればどうなる?
わたしはこれまでどんな人生を捨てて、何を選び取って来たの?
夢を見続けながら育った大人が現実に急に戻されると、ソラニンの主人公たちのように「顧客管理とかをするために生まれてきたんじゃないわけじゃん?」と思ってしまうわけだ。わたしなんかでいえば「くだらねえ逮捕案件執筆するために生まれてきたわけではないわけじゃん?」と思ってしまうわけだ。
記者は自由に生きている。それは思う。しかしそれはよく調教された自由だ。人をくだらねえ既存法律の枠組みで生きさせるため、そして規律にがんじがらめにさせるための記事ばっかりこの世には氾濫している。さまざまな人の目を通しているからということもあるが、記者の書く記事はその程度のものだ。自分の記事もそうだと思う。
記者はサラリーマンだ。自分で人の要望をくみ取って計画を立てることが求められるサラリーマンだ。
大抵の人がそうであると信じたいのだが、これまでの人生はどうやったら他人と自分のためとすることができるのだろう、といつも考えている。記者という職業はあまりにもそれをかなえられない仕事だと感じることが多い。現実的な夢を見る子供たちは、それだけ順調に人生設計ができるのか?わたしのように、何度も後悔するようなことなく生きられるのか?
いつかやってやるぜって
にぎったこぶしはポケットの中
遠くなる 遠くなる
だけど
ひきよせる
YES BREAK BOY IN THE DREAM
夢はどんどん遠くなる。夢への一本道からは外れてしまった。だけどどこかで引き寄せることができると信じている、そんな夢を見たい社会人たちの世界。ルーティンの中で毒素(=ソラニンというジャガイモの芽にある毒)を日に日に溜めてしまうけれども、それは決して悪いことではない。どこかで幸せになれるし、どこかで夢を見る。夢を追いかけたって間違いじゃない。
人生は多くの取捨選択で成り立っている。ところが自分の中には「自分の取捨選択はいつも間違っている」という認識がある。今の職業だってそうかもしれない。小さい頃は本当に自分の可能性は冗談じゃなく無限にあった。小さな中学生ぐらいからの取捨選択は、どんどん大きくなっていって、気がつけばたとえば宇宙飛行士だとか、医師だとかにはなれなくなってしまった。大学生になれば、ますます選択肢は狭まっていた。あるとき大量の広報資料を整理しながらふと前出の同業者に話したことがある。
「自分が何を選んで、何を捨てたかを考えると、とてもむなしくなるんです」
「おまえが選んだのはスペイン語じゃなかったのか」
と言われた。実際そうなのかもしれない。映画の中の主人公の台詞を引用しよう。(ただしうろ覚え)
「あるバンドの音楽を聴いたとき、すっげー感動して、ギターを持ったとき、自分の世界が無限に広がったように感じたんだ」
わたしにとってそれは外国語であった。
「イギリスで出会った女の子と英語で話したとき、すっげー感動して、外国語を話しているとき、自分の世界が無限に広がったように感じたんだ」
しかし社会人になれば、「無限」など存在せず「有限」であることを知り、どんな世界にも限界が見えてしまう。その中でどうやって折り合いをつけていくのか?
今20代半ばの人間(自分含む)が直面している問題はそれだ。選択肢が中途半端に多く、また、何もかも商品化され道が固定化されている現代では、折り合いをつけることが困難だ。商品化の言い訳には「夢へ向かって!」という希望をあおり立てる文句ばかり描かれるものだから、余計に折り合いがつけにくくなる。でも生きなくちゃ。生きていかないと何も始まらないし終わらないんだ。
そんな舞台背景や夢に対する思い全部ひっくるめて、ソラニンの歌の中で使われている曲よりも、この環ROYの曲の方が背景に沿っているなと思った次第でございます。
あとどうでもいいけど、主人公の1人、種田が自分の彼女のことを「めいこさん」て呼ぶのにめちゃくちゃ萌えましたね。わたしも呼ばれたい。下の名前でさん付けとか昔嫌いだったけれど彼氏にされたら喜びにむせび泣くね。昔付き合ってた人にもそう呼ばれてたし男友達にさえ下の名前で呼ばれるの未だに興奮するしな(通達済み)。上の名前<<<<下の名前。昔ある同業者(男)にこの経緯を説明して下の名前で呼ばせようとしたら「じゃあ絶対呼んでやらない」って言われて結局上の名前で呼び捨てにされていました。
いや別に桜見るのは好きですよ。
大阪、神戸で桜満開 花見日和は6日まで
2010.4.4 21:13
近畿地方は4日、朝から好天に恵まれ、大阪では最高気温が18・9度まで上がり、4月中旬並みの陽気となった。桜も一気に満開となり、大阪管区気象台は同日、大阪城西の丸庭園(大阪市中央区)の標本木が昨年より2日早く満開になったと発表。各地の桜の名所は終日、花見客でにぎわった。
「日本さくら名所100選」に名を連ねる兵庫県西宮市の夙川公園でも、夙川沿いに2キロ以上続く約1600本が満開に。訪れた家族連れや若者らのグループは、散策したり桜の木の下で弁当を広げるなど、思い思いに楽しんでいた。
同気象台によると6日ごろまでは気温が高く、花見日和が続くという。
<産経より>
こんなふうに桜の名所の写真がウェブで掲載されたり、ネット出るごとに、やっぱ日本人て桜好きなんだなあって思う。いっぱい植えてあるし、こうやってニュースにも取り上げられるしね?そりゃ好きにもなるってもんだと思うんですよ。好きにさせられてるとも言うかもしれない。アーモンドだってそっくりな花つけるのに・・・
(アーモンドは日本での栽培が難しいらしいですが)
まあ去年アーモンド祭りにまで行って仕事化した自分は花が好きですよ。そもそも昔は植物学者とかになろうとしてたし。今でも金が許すんだったらそういう道に進みたいよね・・・
そんな風潮に真っ向から立ち向かう
「さくらなんか大嫌い!」
という知る人ぞ知るすんzりう゛ぇrPさんが作った曲です。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3390388
花は好きでも、実は桜の季節はあまり好きではない。だって別れの季節だし。春は人が変わる。場所が異動することが寂しいのではない。これまで支えてくれた人たちと離れることが、寂しくて、悲しくて、怖いのだ。
何が怖いって、自分が新しいことを始めなくてはいけないことと、前やっていたことから離れることによって、逆に自分の仕事が相対化されて、クソさがにじみ出ることが嫌なのだ。
個人的には、春が幸せな雰囲気で取り上げられがちなのは、逆に不安定すぎる春の空気を飛ばすためだと思っているんですが違いますか。
さくらなんか大嫌い
僕をひとりにしてしまうから。
みんなそうじゃないのか。
本当は桜なんか、春なんか、別れの時期だから、大嫌いだ。
やたらととりあげられる桜への熱狂っぷりは、なぜか悲しい。
花は好きだ。四季折々の花すべてが好きだ。
でも、人と別れなくてはならない春は、そして慣れた場を離れなければならない春は、大嫌い。
いつだって、自分の居場所を見つけることが一番難しい。
自分の居場所がないと知った時の絶望感や、不安感。
春というのは、その気持ちと戦わなければならない、とても辛い時期に思える。
でも一方で、ニュースとかではやたらと明るさが取り上げられて、さらにつらくなってしまう。
こんなところに助けを求めるのは間違っていると思うのだけれど、ニュースに逆行して「桜なんか大嫌い」と歌われると、わたしは逆に救われる気分になる。きっと、そう思っている、不安な新年度をスタートさせる人間は、わたしだけではないはずだ。










