JunkStageをご覧の皆様、こんばんは。
いつもJunkStageをご訪問いただき、ありがとうございます。
「夜にゴリラの哭く森で」執筆中のライター、人類学者の・森屋林さんですが、博士論文執筆、および私事多忙のため、いましばらく休載とさせていただきます。
再開は4月初旬の予定です。
連載を楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ございませんが、再開をお楽しみにお待ちくださいますよう、お願い申しあげます。
(JunkStage編集部)
JunkStageをご覧の皆様、こんばんは。
いつもJunkStageをご訪問いただき、ありがとうございます。
「夜にゴリラの哭く森で」執筆中のライター、人類学者の・森屋林さんですが、現在論文執筆中のため、暫くお休みを頂戴いたします。
再開は2010年1月中旬予定です。
連載を楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ございませんが、再開をお楽しみにお待ちくださいますよう、お願い申しあげます。
(JunkStage編集部)
今、これを書いている時点で、うちの大学は文化祭の最中みたいですね。どうやらライブをやっているらしく、研究室まで音が聞こえてきます。うるさくて仕事の支障をきたします。
どうも森屋です。
今回は久々にガボンのことについて短めに書きましょうか。このガボンという国の大きな特徴の一つとなっているのは、国土の11%を占める13の国立公園です。これは先代のオマール・ボンゴ大統領が、2002年にヨハネスブルクで開催された「地球サミット」の際に宣言し、実現したものです。有名なのは中部にあるロペ国立公園と南西部のロアンゴ国立公園でしょう。
ロペ国立公園はガボンの中で最も早く、たしか1946年に保護区に指定され、2007年には世界遺産に指定されました。自然景観だけでなく、鉄器時代の遺構やら岩絵やらがあるらしいです。
ロアンゴは国立公園になる前はイゲラとプチロアンゴという二つ保護区だったのですが、これが統合されてロアンゴ国立公園となりました。
この二つの国立公園はエコツーリズムが導入されており、一定の成功をおさめているからですね。特にロアンゴでは波乗りするカバやウミガメの産卵が見られるということで人気が高いようですね。森屋はビタイチ行ったことがありませんが。
この他にもホエールウォッチングを行っているマユンバ国立公園や、我々が調査しているムカラバ国立公園の近隣の森、その他の国立公園でもエコツーリズムへも取り組みがされていますが、その全てが上手くいっているとは言いがたいようですね。
ガボンにもNGOが沢山あるのですが、そのNGOが実質、政治家の票集めの組織になっている場合あったり、お金を集めるための組織になっている場合があったりするので、環境の保護自体が主な目的に必ずしもなっていないような場合もあるようです。
次回は森屋が研究している場所で調査にあたり、どのように近隣の村の人たちとつきあっているかを書こうかなとおもいますよ。今回の駄文はその前振りみたいなものです。
この一ヶ月、ひたすら論文の再構成をしていました。1週間、家に帰れていません。もう前回なにを書いたのか完全に忘れています。たしか、研究になんの意味があるのかということを今回は書く予定だったはずです。
お久しぶりです、森屋です。
研究の「意義」を語る際に問題になるのは、ひとによって求める「意義」が違うということです。例えば、学問の世界にいてよく尋ねられるのは、この研究の社会的意義はなにかというようなことです。つまり、どんな風に社会の役にたつのかということです。もっと直接的に言えば、その研究はどのような形でお金を生むのかいう質問ですね。
しかし、「理学は虚学、工学は実学」と云われるように、理学というのは基本的にどの研究も基礎研究なので、直接的に社会の役に立つ研究はほとんどないです。クウォークが6個あるとなんなんだと。いくつあろうが生活の役にたつことはないし、直接的にはビタイチお金はかせげませんね。
勿論、基礎研究の進歩がなければその上に乗っかっている応用的な研究も進歩しないわけですから、基礎研究がまったくお金を生み出さないわけではありませんが。
さて、前々回お話しした通り、森屋の研究はゴリラの食べ物、遊動の二本立てなのですが、この研究が社会の役に立つようなことは多分お酒の席で少し話題する以外では、未来永劫ないでしょう。では研究とは無駄なことなのでしょうか。
上に書いたような意味ではまさしく無駄だと思います。もし森屋が「その研究がなんの役に立つのだ?」と尋ねられたら、その答えとしては、「なんの役にも立ちません。」しかないでしょう。
では、なんで森屋はこんな研究をしているのでしょうか?
それは「面白いから」です。誤解をおそれずに言えば、TVゲームやら草野球やらといった趣味をやっているときに楽しいと思うのと変わりません。面白ければ意味があると言い換えてもよいでしょう。
別に他意があるわけではないですが(本当に否定しているわけではないですよ)、Junk Stageの存在もそうなんじゃないですかね?別にJunk Stageがなくてもだれも困りませんし。でも、Junk Stageを見て面白いと思う人は一定数いるのでしょうし、やっているスタッフも楽しいのだと思います。それでよくないですか?なんの問題もないですよね?
森屋の研究分野はサル類を比較対象としてヒトの進化の道筋を明らかにし、ヒトとはどんな動物なのかを考察する学問です。森屋の先輩にあたるT先生曰く「壮大な自分探し」だそうです。いい得て妙ですね。
5/4にも書きましたが、他者の観察を通して自分を省みるといことが人類学の基本的な姿勢だと森屋は考えます。森屋の場合ですと、ゴリラを観察していると、「こいつらはなんでこんなことするんかいな?」と違和感を抱くことが研究のスタートになりますし、その疑問からゴリラとヒトの相違点、共通点を見つけ出していく作業が単純に面白いのです。
この疑問が自分のなかで解決したときは、スポーツで試合に勝ったときに得られる達成感に似た達成感がありますね。さらに、1つの問題が解決したら2つ分からないことができる道理で、人間はどれだけ早く走れるかというのと同じように、ゴールがありません。このゴールがないということが、研究者が研究を続けている理由なのでしょう。
今回はイマイチまとまりがよくありませんね。
あんな予告をしなきゃよかったですね。
次回のupは多分11/16です。ネタは未定です。
先日、バイトの関係で市内の女子高にいったのですが、女子高生は人っ子一人いませんでした。どうやら、女子高生とは神話の中の生き物らしいですね。
ここ数日、マラリアで寝込んでいました。
次にアフリカに行くまでこれ以上発症しないようにしないと薬が底をついているので死ぬかも分かりません。
発症後、部屋で「咳をしても一人」的な状態の中、薬の副作用に悩まされながら「Tangled up in blue」なんかを聞いていたら、もうどうでもよい気分になりました。
そんなさびしい森屋です。
前回の予告では、森屋の研究になんの意味があるのかが今回のテーマです、と書きましたが、折角マラリアになったので、マラリアについて書こうかと思います。
と言っても、医学、疫学的なことについては森屋の専門ではないですし、よく分からないことばかりなので、多くは語らないことにして、罹患するとどんな症状におそわれるかということを中心に書こうとおもいます。これからマラリアが流行している国や地域に行かれる予定がある方は参考にしていただければと思います。
マラリアはハマダラカ(Anopheles spp.)によって媒介されるマラリア原虫によって引き起こされる病気で、 所謂「瘧」です。森屋は日本でよく「うつすな」とか「近寄るな」と言われますが、飛沫、経口、粘膜感染はしません。
先日あじっつさんから頂いたコメントへの返答にも書いたのですが、マラリアの予防接種というものは現在ありません。予防薬はありますが、森屋は利用していません(詳しくは「旅の前に 1」
のコメント欄を読んで下さい)。
ですから、マラリアを予防するにはいかにして蚊に刺されないかを考える必要があります。
これをしておけば完璧という方法はないので、いくつもの予防手段を講じるのが良いと思います。長袖を着る、蚊取り線香をつける、蚊帳を吊る、虫除けスプレーをするなどの手段を複数行えば、一つ一つの予防の効果は小さくても、全体としての予防効果は高いと思います。
マラリアを発症すると40
度前後の熱がでます。人によりますが、頭痛がでる場合もあるようです。森屋も頭痛をおこすのですが、熱がでることよりも頭痛の方が辛いです。マラリアで頭痛がする場合は全く起き上がることができません。
何回かマラリアをやっていると、熱が高くなる前に「来たな」と分かるようになります。森屋の場合は皮膚がぴりぴりと痺れるような感覚がして、節々が痛みます。これだと、風邪と変わらないような気もしますが、風邪とは違い、咳などの所謂、風邪の諸症状がないので、大体、分かるわけです。
「弱みにつけこむ風の神」ではありませんが、マラリアも体が疲れたときや、精神的にまいっているときに出るようです。今回、森屋は仕事が一段落してほっとしたところで発症しました。
森屋は風邪やインフルエンザでは基本的に薬を飲みませんが、マラリアは放っておけば死ぬ可能性がかなりあるので、このときばかりは薬を飲みます。多分、現在、一番効果がある薬は「Coartem(コアルテム)」ではないでしょうか。たしか中国のヨモギかなにかからできた薬だったと思いますが。新しい薬なのでほぼ、これでマラリアは治ると思います。
今回、森屋は手持ちのCoartemが切れていたので、「Qunimax(キニマックス)」を使いました。こちらはキニーネ製剤で、副作用が強いのであまり使いたくはなかったのですが、背に腹はかえられません。今回も目眩やら耳鳴りやらの副作用に悩まされましたが。ちなみにキニーネは苦み成分としてトニックウォーターに入っていることで有名です。実際、Qunimaxを飲んだ後だとなにを食べても口の中が苦いです。昔、ダイエット用に「ギムネマ茶」が流行った時期がありましたが、あんな感じですね。森屋家の御台所もこのお茶を飲んでいましたが、全く効果は現れませんでしたね。
数年前にガボンでマラリアになったときはQunimaxを飲んで胃腸がおかしくなったのか、薬も食べ物も全て吐き戻してしまい、10日間ずっとマラリアが治らず死を意識したことがありました。あれはホントに死んだと思いました。ポカリスエット飲んでも吐きましたからね。
マラリアは肝臓がやられるので、元々お酒に弱い人がかかると、その後お酒が飲めなくなることがあるみたいですね。森屋も少し弱くなったなと思うことがあります。ただの歳のせいかもしれませんが(最近、こどもに呼びかけられるときは8割方「おじちゃん」になりました)。
マラリアは確かに恐ろしい病気ではありますが、慣れてしまえばインフルエンザのようなものですし、落ち着いて適切に対処すればそうそう重篤な状態になるものではないと思います。ただ、発症した際にマラリアである可能性に気がつかないと、日本で罹った場合、原因不明になる可能性があるので、マラリアが流行している国や地域に行かれる予定のある方はそこに注意して頂ければとおもいます。
ただ基本的には医者に行ってきちんと治すのが良いとおもいます。ただ、隔離病棟入れられるという話もありますが。
森屋の場合は隔離させようがされまいが、見舞いに来る人など絶無なので関係ありませんがね。そんな森屋はもうすぐ三十路です。
次回(10/4)
は森屋の研究の意義のようなことを書かせてもらいます。
先日は青山の方で、JunkStageの公演がありましたね。見に行かれた方もおられるでしょう。森屋も行きましたよ。 次の日に。 いや、会場に行ったらなんか暗いんですよ。時間は間違っていなかったはずなんですけど、とりあえず人気がまったくないんですね。入り口の所にはロープが張ってありますしね。なにかこのシークレットライブ的なものなのかしらと思ってですね、裏に回ってみたりしたんですが、まったく入り口らしいものが見当たらないんですよ。 ここで森屋も落ち着かなければいけないなと思いましてね。煙草を一本、喫んでですね、パンフレットを開いたんですよ。そうしたらね、書いてあったんですよ。 開催日は前日だと。 3日ほど遅くなりました。森屋です。 あじっつさん、コメントのレスポンスが遅れて申し訳ありませんでした。 今日は「遊動」についてお話させて頂くつもりです。「遊動」という単語はあまり聞き慣れないとおもいますが、「遊牧」なら皆さん聞いたことがあるでしょう。ご案内の通り「遊牧」とは、一つの場所に定住せず (季節的な定住地を持っている場合が多いですが)、移動しながら行う牧畜の形態を指しますが、これとほぼ同じ意味です。ただ、遊牧とは異なり、家畜ではないですので「遊動」と呼ばれるわけです。 さて、ゴリラが1日に動いたルートを線として地図に落としたものを1日の遊動ルートと呼びます。多くの場合、このルートを1ヶ月や1年単位でまとめて遊動域と呼びます。 さて、この遊動域ですが、ほかの動物でよく言われる「縄張り」とは多少、意味が異なります。縄張りの場合、同種の他個体もしくは他のグループに対して排他的な占有地域のことを指しますが、ゴリラの場合、そのような縄張りをもっていないんですね。つまり、別のゴリラのグループが同じ場所を利用することが可能なのです。そいった事情からゴリラの動く場所は「縄張り」ではなく「遊動域」と呼ばれるわけです。 なぜ、ゴリラが「縄張り」を持たないかについて、最も説得力のある説明はゴリラの食べ物にその原因を求めるものです。例えば、マウンテンゴリラは草や葉っぱばかりを一年中食べていますし、ニシローランドゴリラは果実を多く食べますが、果実の少ない時期には、葉っぱだけでも十分に生きていくことが可能です。その代わり一日中何か食べていますが。木の葉っぱや草(多くの場合ショウガ科やクズウコン科の草)についてはどこにでも一年中あるものですから、基本的に縄張りを設けてその食物資源を守る必要がない。ゆえに、縄張りを持つ必要がないということです。 さらに、ゴリラはブルドーザのように周りの草を食い尽くすように遊動しますから、一度、利用した場所はまた新しい草が生えてくるまで使えません。結果として利用する範囲は広くなり、縄張りを維持するのが難しくなるわけです。 さて、森屋が研究の対象としているのはニシローランドゴリラですが、この亜種は先日も少し書きましたが、マウンテンゴリラとは異なり季節的に果実を多く食べるのですね。果実というのは葉っぱや草とは違って、絨毯状に分布するものではありません。ある一定の空間にある時期だけ集中して存在し、一カ所で手に入る量は多くはありません。結果として、果実のなっている木を渡り歩くように遊動することになるので、果実を食べる時期は長い距離をあるくことになります。逆に、果実が少なく、葉や草ばかりを食べている時期にはほとんど動きません。 どれくらい違うかと言えば、森屋が取ったデータで1日の遊動距離がもっとも長かった日は約6km動きましたが、一番少ない日では、357mしか移動しませんでした。時間的にも集中しているわけで、場所は同じでも時期を間違えると目当ての果実は食べられないわけです。冬に西瓜畑に行っても西瓜が手に入らないのと同じ理屈です。 ですから、遊動距離だけでなく、季節によって利用する場所もまた異なるわけです。森屋の研究しているゴリラの場合は、果実が多い時期には一次林(人の手が入っていない場所)を多く利用し、果実の少ない時期には二次林(人の手が入っている場所)で草ばっかり食べていることが多いようです。これは森の果実生産量に対応しているようですね。また、二次林は一次林と比べて、植物種の多様性も貧弱ですから、果実の多い時期はいろんな果実が手に入る一次林を利用することが多いのだと思います。 この研究の場合、一日中ゴリラのケツを追いかけてGPSで場所を特定していくという作業なので、時間がかかります。追いかける場合は当然、歩きですから、果実が少ない時期の方がルートの特定は非常に楽ですね。また、果実が少ない時期には、消化の為の昼寝の時間が長いので、こちらの体力的にも非常に助かります。大体11から2時頃まで眠っていますからね。ただ、この時期は薮の中にいることが多いのでゴリラの観察は非常にむずかしくなります。行動のデータをとるのは難しい時期ですね。もう少し近くで見えるようになると違うのでしょうが。 現在の森屋の研究は先回の「食性」と今回の「遊動」が二本柱になっています。まとめると、ゴリラの尻を追いかけ回しながらうんこを拾うのが森屋の研究です。そんな研究になんの意味があるのか?それはまた次回(9/20更新予定)。 最後に、Junk Stageの関係者の皆様(特に桃生さん、照山さん)公演に行けずに申し訳ありません。空間的には間違っていませんでしたが、時間的には大間違いでした。
この前、友人の女性と夕食を食べに、よく行く焼き鳥屋に行ったら、店長さんに「女性と二人でいらっしゃるのは初めてですね」とでっかい声で言われました。店長さん、放っておいてください。
お久しぶりです。森屋です。
ここ数ヶ月は、博士論文の準備で、他のことにあまり気が回らず、完全に放置してしまいました。どうもすいません。
今回は若干、ビロウな話ですので、そういった話の嫌いな方は読まないでください。また、食事中の方は食事が終わってから読んでください。苦情は森屋ではなく、Junk stageのほうへよろしくお願いします。
前回は「旅の前に1」を書いたので、今回は「2」を書こうと思っていたのですが、フィールドの上司のblogとネタがかぶってしまうという事態になったので、このネタの続きはほとぼりが冷めたころに書こうと思います。
というわけで、今回は、実際に森屋がどのようにして研究を進めているのかをご説明したいとおもいます。基本的に森屋が研究しているのは、ゴリラの食性、つまりゴリラが何を食べているのかということです。マウンテンゴリラは高地に住んでいるので、一年中、草ばっかり食べているのですが、森屋が研究しているニシローランドゴリラは所謂、熱帯雨林に生息しているので、果実をかなり食べます。果実には当然、旬というものがあります。1年のうちのどの時期に、どんな果実をたべているのか、また果実がない時期には何を食べているのかを調べるのが課題です。
さて、ゴリラを朝から晩まで、ずっと観察することができるならば、何を食べているかは簡単に分かるのですが、あまりゴリラがヒトに慣れていない場合、ほとんど観察することができません。このような観察が容易ではない中、大型の哺乳類の食性を調べる際に利用される方法が、「糞分析法」です。こうやって書くと、若干、偉そうな方法に見えますが、要はうんこを使って研究するわけです。
この方法は名前の通り、ゴリラの糞の中から見つかる食物を同定することで、ゴリラの食性を調べる方法です。ゴリラが見えないのにどうやってゴリラの糞だと分かるのかと言いますと、ゴリラの糞には大きな特徴が二つあります。一つ目は形です。ゴリラの糞は三角おむすび形(ちょうど、コンビニにおにぎりみたいな形ですね、大きさも)をしていて、一目でそれと分かります。木の上から落ちた糞で形が崩れていることがありますが、この場合はもう一つの特徴である臭いを嗅ぐと大体、分かります。ゴリラは後腸発酵生物と呼ばれる動物の仲間で、盲腸にバクテリアを飼っていて、このバクテリアが食べ物を(特に葉っぱや草)を分解して、消化しにくい食べ物を消化しやすくしています。このために、ゴリラの糞は発酵臭がするのです。その分、チンパンジーやヒトに比べて臭くはないですね。牛の反芻のようなものですが、牛は胃でこれを行っているので前胃発酵生物と呼ばれています。
糞を見つけたら、一個ずつ別のジップロックに入れてフィールドステーション(キャンプですね)に持って帰ります。これを幅1mmのメッシュに入れて、糞の実質(うんこの部分ね)を洗い流します。メッシュは料理用の篩が便利です。お菓子をつくるときにベーキングパウダーなんかをふるうあれですね。
その後、一つ一つの糞のなかから見つかった種や果実の皮なんかをたよりに種(しゅ、です)を同定することで、どの時期にどの果実をよく食べているかといったことがわかるわけです。司法解剖みたいなことをやっているわけですね。
この研究は、文科省の科学研究費助成金で行われているので、皆様の税金が使われているわけです。つまり、森屋は皆様の税金でアフリカくんだりまでゴリラのうんこを拾いに行っているというわけです。
次回(9/6更新予定)は森屋がやっているもう一つの研究「ゴリラの遊動」についてご説明させて頂きます。ではまた。
どうも森屋です。投稿していた論文がまた返ってきたのですが、もう一度直せとのこと。もう許してくれないかしら。明日、W杯の最終予選で日本はウズベキスタンと試合をするようですね。森屋はそれほど興味がないので知りませんでしたが、次勝つとW杯出場がきまるらしいですね。明日はアフリカ予選の試合もありまして、ガボンはトーゴとの一戦です(多分、アウェー)。この試合にもし勝つか引き分ければ初出場が見えてきそうです。あまり期待しないで応援することにします。さて、「家に帰るまでが遠足です」なんという使い古された言葉がありますが(ここで書くこと自体が恥ずかしいような言葉ですが)、我々の仕事に関しては、現地に行く前から仕事が始まっています。現地についた後、滞りなく仕事ができるように日本いくつか済ませておかなくてはならないことがあるのです。VISAをとるなんていうのは海外に行ったことがある方はご経験があると思いますが、アフリカの大部分の地域ではVISAとは別にイエローカードというものが入国の際に必要になります。これは黄熱病の予防接種の証明書で、名前の通り黄色のカードです。少しずつアフリカでも必要のない国が増えているようですが、ガボンはまだ必要です。この予防接種はたしか十年有効で森屋は初めてうけたのが5年前なので、後5年経ったら、もう一度接種しなければなりません。面倒くさいのが黄熱病は検疫所まで行かないと接種できないのと、結構、値段が高いことです。京都に住んでいると、大阪検疫所か高槻の予防接種センターまで行かなければなりません。値段は8,530円。収入印紙で支払った記憶があります。脱線しますが、あのお役所での収入印紙での支払いってどうにかならないのですかね。大体、同じ建物の別の階で収入印紙を買ってそれで支払うことになるんですが、それだったらお金で払わせて、後で収入印紙を張っといてくれたらいいのにと思います。なんか無駄に仕事を増やしていませんか?閑話休題。絶対に必要というわけではありませんが、受けておいた方が良い予防接種もありまして、A型肝炎、破傷風、狂犬病の三つは大体、みんな受けていきます。森屋は狂犬病の予防接種を受けていませんが。A型肝炎は食べ物から感染しますし、破傷風は傷から感染するのでこれは病院にすぐにいけないキャンプの生活をする上ではほぼ必須といってもよいと思います。狂犬病に関しては優先度は他より下がりますが受けておいた方が良いには間違いありません。これまで発症後に回復したのは確か6例のみで、発症したらほぼ100%死にます。確かこの6例も、発症前にワクチンを接種していたはずです。なんか自分で書いていて怖くなってきたので、次に行くときにはちゃんと打とう思います。ちなみに森屋は初めて黄熱病の予防接種を受けた日の夜に40度以上の熱をだして倒れたて死にかけたという経験があります。あやうくE号千円券の人ように死ぬところでした。アフリカに行ったこともないのに。長くなりそうなので、続きはまた今度。今回は病気編ということで。次はそれ以外の準備について書きましょうか。
四月って思いの外、忙しいですね。更新をさぼってしまってホントに申し訳ないです。この前、自己記録を更新した森屋です(体重が)。
こんな記事は誰も読んでないだろうと思っていましたが、どうやら多少は読んでくれる人がいるみたいなので、もう少しがんばらなくてはなりませんね。適当なことは書けなくなってしまいました。いやこれまで嘘を書いていたわけではないですが。
この記事を書いていて、いつも困るのが最初にガボンを訪れた頃はすべてが珍しかったはずなのだけど、最近は当たり前のことになってしまって、なにがどんな風に珍しかったのかが分からなくなってしまうんですね。
多分、みなさんも似たような経験があると思うのですが、進学したり、新しい職場に入った頃は何となくそこの独特の雰囲気に違和感のようなものを感じていたのに、時間がたつとその環境にどっぷりと浸かってしまって、何の疑問も感じなくなってしまうものです。
このような、その社会の外にいる人間には変だと思われるけど、内部にいる人間にはあまりにも当然なのでなにが変なのかがわからない、もしくは分かっていても上手く説明できないというようなことをなんと呼ぶのかといえば、「文化」です。
つまり「文化」とはなにか特別なことではなくて、あたりまえのことが「文化」なのだと森屋は考えています。「文化」が違うということは当たり前のことが違うということです。
例えば、ご飯を箸で食べたり、家に入るときに靴を脱ぐのは当たり前だと感じがちですが、万人にとって当たり前のことではないのです。逆にホテルで部屋に入ったときに、靴を脱ぐ場所がないとなにか落ち着かない気持ちになりますね。森屋は初めてユニットバスを見たときの衝撃が忘れられません(だって、体をキレイにするところと体から・・・(以下略))。最も一緒にしてはいけないものがユニットになっていると思えてなりません。
このような、ちょっとした(もしくは大きな)生活の違和感を他者(それを当たり前と感じている任意のだれか)に感じたとき、我々は異「文化」に触れているのではないでしょうか。
人類学は他者を対象にする分野ですから、多くの場合こういった違和感が研究のスタートになります。森屋の場合は「文化」ではないのですが、「なんでこのゴリラはこんなことをしとるんやろ」ということがスタートになります。このような疑問は同時に、「では自分はなぜ同じようにしないのか」という問いと等価であると思えます。
西洋では食事の際にナイフとフォークを使いますが、インド方面では右手で食べますし、日本では箸を使いますね。日本食を食べている時にナイフとフォークを使って食べていたらアホかと思われますし、手でご飯をいじったらはり倒されると思います。多分、みなさん子供のころに一度くらい両親に「食べ物であそぶな」とかなんとか言われてはり倒された記憶があると思います。逆に、東、東南アジア以外の地域で箸を使うとまずい場合もあるでしょう。
ちなみに森屋は一度、「インドではこうやって食べる」と両親に抗弁を試みましたが、「ここは日本だ」などと言われて結局、二度はり倒されました。とんでもない親と言わざるを得ません。
自分で書いておきながら、なぜ食事の様式に文化によって差異が生ずるかという問いの答えを森屋は知りませんが、他者に問いを発することは同時に自分に問いを発することになると言えますし、異「文化」を通すことで自「文化」を顧みる、つまり当たり前のことを当たり前ではなくすることで自分が背負う「文化」を理解することができるのだと思います。それは同時に自分を理解することにつながると言えるでしょう。
これからは他人の家に行って出された麦茶に砂糖が入っていてもその家にとっては当たり前なのですから、文句を言わず黙って飲み干したいと思います。
お久しぶりです、森屋です。年度末で突然、忙しくなり一ヶ月近く更新できませんでした。まことに申し訳ないです。
昨日は鴨川で花見をしたのですが、桜はまだ三〜五分咲きというところで、しかもこの寒い中、外で酒を飲んでいるのは我々だけでした。しかし、あまりの寒さに全く酔いが回らず、森屋はその後ひとりで飲み直しにいきました。昨日、葵橋の近くで寒いと文句をいいながら酒を飲んでいる集団を見た方がいたらそれは我々です。
さて、前回は雨期の話を書いたので、今日は乾期の話を。
前回も書いたように乾期はほとんど雨が降らないのですが常に曇っていて、比較的、寒いです。朝の気温は16度くらいでしょうか。低血圧の森屋にとってはかなり辛い時期です。雨量は1mm以下から30mm/月くらいでしょうか。朝夕の冷え込み以外は過ごしやすいといって良いと思いますが、この時期はなんと言ってもダニが森の中に大量発生する時期でもあります。
何種類かのダニがいるのですが、これにかまれると本当に痛い。しかも柔らかいところばっかりかむんですよ。一番よく咬まれるのは脇の下ですが、それ以外にも足の指の間、腰回り、果てはxxxxやxxxまでかまれる始末(伏せ字の箇所は脳内保管でお願いします)。特にxxxをかまれるとですね、テントにこもってピンセットか毛抜きでとることになるのですが、このときの情けなさといったら、ちょっと筆舌に尽くしがたい。洞窟で調子に乗って宝箱を開けまくっていたらミミックが出て来てザラキで一発アウトのときくらい情けない。
ご存知の方もいると思いますが、ダニなので小さすぎて指で潰そうとしても潰すことができません。潰すときは、爪と爪で押しつぶすと「プチッ」つぶれるのですが、当然動くのでつめに誘導し、止めをさすまでには根気、スピード、精確性が求められます。そんなに大層なものではないですが。
もう一つ、この時期は雨が降らないので、森の中の川は枯れ果てます。そうなると踏査途中での水の補給ができません。こうなると毎朝、ちゃんと水を用意しないと、丸一日、水なしで過ごすことになるので本当に大変です。森屋は汗かきなので、1.5l入る水筒を使っていますがこれが今度は重いのです。当然、重量も1.5kgプラス水筒の重さになりますので、多少、気になるくらいの重さになります。この時期は、大きな川からとって来た水を使うので、煮沸して飲むわけですが、煮沸すると水がまずいのであまりいい気分ではないですね。やはり、日本のような冷暖房、ライフライン完備のところは暮らしやすくてよいですね。
次回はできるだけ早くあげようと思います。論文の再投稿も終わりましたし。










