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2013/06/17

ちらりと腕時計に視線を走らせて、マコトさんは物憂げに立ちあがった。手元のガイドブックに栞を挟み、あとでこのホテルに電話しておこうと頭の隅にメモを取る。ペットホテル有と書いてあるが、マコトさんはそれらの施設がピンキリであることを知っている。小さなケージの中に愛猫を閉じ込めておくなんて言語道断だ。このホテルはどうだろうか。ちゃんと手作りの猫用フードを用意し部屋で一緒に過ごせるだろうか。マコトさんの旅先の選定基準は、常に愛猫ありきである。

背後でじゃれあっている舞夢ちゃんとうる実ちゃんに「お先」と声をかけ、マコトさんはフロアに出る。葵さんが座ってスマホをいじっているのが見えたので、待機テーブルではなくカウンターの方に向かう。一応ライバルという立場なので、マコトさんはあまり葵さんと慣れ合わないように心がけているのだ。

「おはよう。今日もすてきですね」

店長がグラスを拭きながら声を掛けてくる。ありがとうとマコトさんは返す。スツールに座って足を組むと長いドレスがよく映えた。

「今年の出来はどうですか」
「いまいち。雨が少ないからかな、上手に漬からないの」

ため息をついてマコトさんは答える。何の話をしているかというとぬか漬けである。どこからどう見てもクールビューティ、この店のナンバー嬢のマコトさんの趣味はぬか床いじりと猫いじりで、最近はそこに恋人という趣味が出来た。勿論最後のはお店には内緒である。

語学留学がしたいと思い夜の仕事に入って数年、少しだけマコトさんはこの仕事に飽きてきている。マコトさんは基本的に飽きっぽい。飽きないのは猫とぬか床だけだ。恋人もいつまで続くか分からない。留学にしてもインドやらアフリカやらアメリカやらところころ志望先が変わるので、今のところ実現する見込みはない。仕方がないので旅にはでるが、かなんちゃんあたりにはもう行く気がないことはばれていそうな気がする。

それでも辞めないでいるのは、この仕事は可愛い女の子に囲まれることが出来るからである。ママはそういうマコトさんの気性を分かっているので、やばいと思うと直ぐに女の子を宛がってくれる。最近はうる実ちゃんが入店したのでややモチベーションを持ち直した。

「おっはようごじゃいまーす!」

ひときわ元気な声でめめちゃんが入ってくる。信金の制服のままである。職場からまっすぐここに来るなんてこの子も変っているよなあ、と思いながらおはようと挨拶を返し、マコトさんはまた店長に向きなおった。

「来週さ、お休みとっていい?」
「かまいませんよ」

ありがとうと言いながら、マコトさんは店長の顔をぼんやり眺める。日本人なんだろうが東南アジアにいても馴染みそうだしイラン人と言われても納得しそうだ。この店はママの趣味なのか変人が多いが、一番変なのは店長だとマコトさんはひそかに考える。普通休むと言ったら止めないか? 仮にも私はナンバーなんだぞ、とマコトさんは思うわけである。でも休みたいのは事実なので、マコトさんは本音を隠してありがとうと笑っておく。

そのためには今日もしっかり稼がなくてはなるまい。

猫と過ごすヨーロッパ一週間のために、マコトさんは携帯に視線を落としてお客様にメールを打ち出した。

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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん

2013/06/17 06:30 | ClubJunkStage連動企画/夜に咲く花 | No Comments

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