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2007/12/31

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大体師走というのは名前からして忙しそうだが、彼女も例にもれず早起きした。
起き出してすぐ、壁にかけられたカレンダーの、最後の一枚を破る。
「31」という大きなゴシック体が、べりべりっと勢いよく音を立てた。
彼女は大きく微笑んで、その数字を丸めてごみ箱に捨てる。
その豪快な音が示す喜びを、彼もきっとまだ知らない。

大掛かりな掃除は昨日のうちにしてしまっている。彼女はよく晴れた空を見て、思いついて布団を干した。清潔な朝の空気が二組の羽根布団を撫でていく。
おせち料理の算段もついていた。出来合いのおせちでは飽き足らず、数の子を用意し黒豆を煮て田作りも作った。一人暮らしの癖に、彼女手を抜かなかった。同僚にからかわれながらも12月に入ってから料理を習い築地に足しげく出かけ、手の届く範囲で一番いい材料を使っている。特に2の重をまるごと埋めた栗きんとんは自信作だった。
正月はいつ来てもいいくらい、準備は整っている。
よし。
冷蔵庫のなかを確かめ布団を取り込むと、彼女は手早く身繕いして空港に向かった。

彼女の彼はインドにいる。
今年のお土産はなにかな、と彼女は冷たい風の吹くデッキで思った。眼下には忙しげに立ち回る人々と、だだっぴろい滑走路があるばかりだ。
彼は日本の商社に勤めているのだが、なまじ英語が出来たので海外ばかり飛び回っている。日本にいるのは年に1月ばかりだろうか。去年はマトリョーシカ、一昨年はチャイナドレス、その前は確か1mもあるチーズでそのさらに前はカンガルーのぬいぐるみだった。
まったく、彼のお土産ってばかげている。
そう思って、彼女は小さく噴出した。それを楽しみに1年をまつ自分のことが、どこかかわいいような気がした。

「寂しい想いさせて、ごめんな」

去年の正月3日、彼はそう言ってインドへ旅立っていった。
寂しさを紛らわそうと、約束もひとつした。それは一緒にいくことを拒んだ彼女が答えを出すまでの期間だったし、彼のほうでも日本で仕事ができる見通しが立つ年月だった。

罅割れたアナウンスが流れ、デッキにいる人たちが徐々に室内に戻っていく。
おおきな銀色の機体がゆっくりと眼前に迫り、彼女も微笑んでゲートに向かった。
今年で、約束した日からちょうど5年になる。
こんなふうに彼を待ち彼のお土産を楽しみにしてきた時間も、今日で最後だ。

目を凝らす彼女の前に、やがて彼の姿が見えた。
彼は大きく手をふり、彼女に向かって何か差し出した。それはとても小さいものであったけれど、照明の光を受けてきらりきらりと銀色に反射している。
大きな荷物を引きずるようにそれを掲げてくる彼に、彼女は反射的に走り出していた。人波に揉まれながらも息を切らせてきた彼女を、彼は照れたように抱きとめた。

「ただいま」
「おかえり」

5年経っても一緒にいられたら、結婚しよう。
その約束が、ちいさな指輪になって彼の手のひらできらめいている。

*今回の画像は「Coco」さまからお借りしました。

2007/12/31 12:00 | flora world , flora world 番外編 | No Comments

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