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2016/08/15

m320

きゅうりとナスで馬と牛をつくり、お盆に乗せてベランダに出た。ガラス戸を開けるだけでむあっと熱気に顔を焙られる。これでは立ち寄るにしてもしんどいだろうと、お盆の周りに打ち水をした。

きゅうりの馬とナスの牛。この風習を教えてくれたのは母方の祖父だった。両親は僕が夏休みに入ると同時に田舎で過ごすよう段取りしていたが、それは僕にとっても願ったりで、小学校も高学年になれば自分で荷造りしてその日を楽しみにするくらいだった。じいちゃんちでは塾はないしカブトムシは取り放題。茹でトウモロコシやスイカなど毎日のようにおやつは出たし、テレビは自分の見たいものを優先して見せてくれた。見ることが出来ないのは、お盆の期間だけだった。

祖父にとって、お盆は神聖な期間だったのかもしれない。ことさらに衣服を改めることはしなかったが、なまぐさものを避けて毎日新しい蝋燭を灯した。位牌に供えられた膳には三食すべてに豆腐がついた。「どうして」と聞いたら、祖父はふっと遠い目をした。

「兄さんが好きだったからな」

位牌に並べられた写真の中で、いっとう若い男の人。それが戦死した祖父の兄だと、僕はいつ知ったのだろう。そして、その兄の妻だった女性が祖母だと知ったのは。

「よくある話だったんだよ、あのときは」

祖母はそう言い、あんたはよく似てるねと髪をなでてくれた。そういう祖母を、祖父はだまって見つめていた。

 

学生のうちはよかったが、卒業後は祖父の家から遠のいた。就職してからは盆休みもなく、家に帰るのでさえ正月にあるかないかだ。そのうち家取りである叔父が祖父母をひきとり、自分の自宅近くの施設に入れたと母から聞いた。そのうち会いにいかなくてはと思ううち、まず祖母が死に、後を追うようにして祖父も死んだ。立て続けの葬式で見た祖父母の写真は長い年月を経たものだけがもつ確かさがあって、あの子供のころの夏の日をくっきりと思いださせた。

祖父母の家は、母と叔父との話し合いの結果、取り壊すことになったらしい。どちらもそれぞれこの家からは遠い場所に住んでいるし、維持するのも難しいということなのだそうだ。僕だけのわがままで残しておけるものではないという分別はあった。もちろん、寂しくはあったけれど。

掃除を手伝いにいって、一泊だけ一人寝させてもらった。小さいころから散々眠った畳の部屋は、しっとりと夏の気配を滲ませてひやっこかった。

そのときの報酬に、僕は写真を一枚貰って来た。モノクロの写真だ。大真面目な顔で映っている紋付の若い男、その隣で微笑んでいる白無垢姿の女性、そして二人の後ろに立って笑っている男。これが祖父の兄と、祖母と、祖父の在りし日の姿だった。

 

打ち水を済ませると、少しだけ夏の暑さが和らいだ。

もちろん本宅は位牌のある叔父の家なのだろうけれど、なんとなく僕はこちらにも祖父母はよってくれるような気がしている。そのために馬や牛は三頭ずつ用意してあるのだ。もちろん陰膳にはきちんと豆腐と、祖父のすきなトウモロコシと祖母のためにスイカを一切れつけてある。

帰り道でもいいから寄ってくれることを期待しつつ、僕ははじめてお盆を迎える。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2016/08/15 10:30 | flora world  | No Comments

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