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2016/01/11

m307

駅からの帰宅路に、小さな商店街がある。いかにも昔ながらという感じの鄙びた街並みなのだけれど、それだけにファンも多いらしい。夕方はかなりの人出で、総菜屋など威勢の良い呼び込みの声も飛び交って賑わっている――ということを、わたしはつい最近知った。

理由は簡単で、それまで通る時間帯が遅かったからだ。夜の10時を廻ってからの様子しか知らなかったので最初は面喰ったが、慣れてくるとここで買い物をすることも増えた。何しろ帰り道の途中であるし、弁当屋や八百屋、肉屋も軒を連ねている。
大型スーパーとは勝手が違うけれど、帰りがけに声を掛けてもらうと馴染みになったような気がして気安くなった。

そういう店のひとつに、饅頭屋がある。年配の老夫婦二人で切り盛りしているのか、売り切れご免の店で置いてあるのは「田舎まんじゅう」と書いてある一品だけだ。夕方に通るとたいてい一つ二つしか残っていないので、甘いものが好きな私は閉店時間に間に合えば残り物を全て買って帰るようになっている。店主のほうでも分かっていて、最近は少しおまけしてくれるようになった。これも小さい店ならでは、という感じがして嬉しい。

「今日は早いんだね」
「年始だからね。今日はさすがに結構残ってるなあ」

まだご飯時前だからね、と店番の老婆はケースを覗き込んで答えてくれた。この商店街の利用客は18時前後がピークだから、それに合わせて用意しているのだろう。ふたつ包んでもらってから、ふと前から気になっていたことを尋ねた。

「そういえば、この田舎まんじゅうの田舎って、どこ?」
「富山だよ。おじいさんの田舎がそこだから」

間髪入れずに答えがあった。会計して、ほんのり暖かい包みを受け取る。ここのまんじゅうのいいところは冷めても美味しいところなのだけれど、作りたてというのはまた格別だ。

「そっか。東京の人のいう田舎ってどこだろうと思ってた」
「お客さんこっちの人じゃないの?」
「うん。秋田」

そうか、とお婆さんはいい、黙ってケースからもう一つ渡してくれた。いいの? と目で聞くと頷く。なんでも息子さんが転勤でいま秋田にいるらしい。おじいさんは富山の出身であること、和菓子の修行もそちらでしたことなど、お婆さんははきはきした江戸弁で教えてくれた。

「だから、同郷のよしみってやつだね。内緒だよ」
「うん」
「あんたも頑張りなさいよ」

うん、と釣り込まれるように返事をして、私は店を出た。掌の上ではみでた一つがほかほかと温い。フィルムをはがしてぱくつくと、餡のしっとりした甘味が口の中に広がった。
頑張ろうかな。
何を、ということもなく思いながら、私はだんだん暗くなってきた家路をたどる。頑張ることはいくらでもある。仕事でも、部屋で待っているだろう結婚したばかりの相手とのことも。

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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

2016/01/11 10:27 | flora world  | No Comments

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