Home > ClubJunkStage連動企画/夜に咲く花

2013/06/22

扉を出ていく葵さんの背を見送って、スージーママはおもむろにくきくきと肩を鳴らした。

さて今日はどうしようかしら。

自分の定位置であるカウンターの中に入って、ママは店内を眺め渡した。ようやく手に入れた自分の城は、最近まあまあ満足のいく形になってきた。女の子も黒服たちも自分で選んだのだから当然のこと可愛いし、みんな陰ひなたなく働いてくれている。自分のサポートには気心の知れた凪子さんがついているし、お金周りは店長がきちんと管理してくれている。だからママは心穏やかに好きな酒を呑んで、好きな話をしていれば一日が穏やかに過ぎていく。

着物が板についてきて、ママとして周囲に接することも慣れた。会社勤めをしていたころが夢みたいにママは毎日が楽しくて仕方ない。時差のせいで時間を問わず掛かってくる電話を受け、ひっきりなしに入るメールをちぎっては投げ、くたくたになって布団にもぐるあの日々をときどきママは懐かしい記憶として思いだす。
あと、結婚していた時のことも。

現在は独身のママは、恋人がたくさんいる。お店では秘密だけれど男の子たちは全員ママの恋人だし、というか可愛いツバメちゃんたちで、ママが疲れていると察するとさっと寄ってきて甘いお酒を注いでくれる。唯一の例外が小間使いなのだけど、あの子は秋葉原で拾ったのだから他の黒服と一緒にしてはかわいそうというものだ。

「ただいま戻りました―」

噂をすれば影。そういえばさっき店長がお酒の買い出しを頼んでいたっけと思いだし、ママは笑顔で品物を受け取る。機嫌がいいのでお釣りの500円を小間使いにあげてボトルを確かめ棚に並べた。ああそうだ、このお酒はあの人が好きな銘柄だ。甘酸っぱい恋の記憶を思い出し、ママは知らないうちに笑っている。

「あの、どうかしましたか」
「どうもしない。ねえ、」

もうすぐ七夕が来るのよと言ったら、案の定小間使いはきょとんとした顔をした。

「はあ、それがどうしましたか」
「鈍いわねえ。七夕って言ったら年に一回願いがかなう日じゃないの」

ママはどこか夢見るような瞳で顔を輝かせる。隣で含めるように頬笑む凪子さんの視線を感じ、小間使いもやっと得心する。ママは昔ものすごく好きだった人がいて、その人を待つためにこの店を始めたそうだ。この話はママの十八番で、酔うと必ず口にする。

「その人、来るといいですね」

だから小間使いはいつものとおり、同じ言葉を口にする。口にしながら、来るといいな、とほんの少し本気で思う。なにしろ七夕なのだ。願いを掛ければ叶うと云うその日くらい、

夢が現実になってもいいではないか?

開店を控え、お店には気を利かした店長がメロウな曲調のシャンソンを流す。それを知らずに口ずさんで、ママはもうじき叶う夢を楽しみに待っている。(連作/夜に咲く花 おしまい)

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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん

2013/06/21

葵さんは手元の時計に視線を落とした。あと30分で店を出なくてはならない。今日はミーティングがあるから一度店には出てきたが、このあと同伴の予定が入っている。さっきのメールでは近くまで来ていると云う話だった。ありがたいことだと葵さんは痛感する。

シングルで子育てをするのは生半可な覚悟ではできないと思っていた。昼間は馬喰横山で経理の仕事をしているが、それだけではとても首が回らない。今年四歳になる息子には片親の苦労をさせたくないと考える葵さんは、だから夜の仕事に飛び込んだ。息子は葵さんにとって無制限の愛の注ぎ手であり、恋人である。ママは浮気しないからね、そう指きりげんまんをすると息子は葵さんに向かってにっこり笑う、「ママ頑張って!」天使のような表情でそう言われては張り切らざるを得ない。

幸いなことにお店にもお客さんにも恵まれて、葵さんはこの店のナンバーワンだ。

「というわけで七夕にはちょっと変わったイベントをやりたいと思うの」

ママの言葉に新しモノ好きのめめちゃんが顔を輝かせる。葵さんが思うにこの店は既に大概変わっているのだが、その中でも群を抜いて変人――もちろんこれは褒め言葉――のママの思い付きは大抵突飛もないことばかりだ。七夕にイベントをやる、だから指名ノルマを引き上げる、これは理解できる発想だ。しかし今までもそうならなかったし今回も同じだろうと葵さんは少しだけ頬を緩ませる。

「とりあえず葵には絵を描いてもらうから」

案の定予想の斜め上の指名が来た。葵さんはとりあえず頷いたが、それが変わったイベントの目玉になるのは正直微妙だった。そんなに下手か、私の絵は。

葵さんは絵が下手である。あり体に行ってド下手である。息子ですら判別できない生命体を描いてしまう、これは酔った葵さんの悪癖だ。しかし葵さんとしてはそこまでじゃないと思っているので憮然としてしまうのである。舞夢ちゃんだってお世辞にもうまくないのに、この店では葵さんの絵がド下手というのは常連の間では定説になりつつあるらしい。

「だから葵ちゃんはよく飲んで頂戴ね」

凪子さんからも駄目押しが来て、葵さんは内心がっくり項垂れる。隣ではかなんちゃんとうる実ちゃんが「酔った葵さんは最強だから」と褒めているんだかなんだか良く分からない言葉を交わしているが筒抜けだ。まったく。ママはそんな葵さんの内心に頓着することなく、キャストの女の子たちに細かく課題を与えている。舞夢ちゃんにはバレエ、うる実ちゃんには歌。めめちゃんにはお札の早数え、かなんちゃんにはマイナス五歳肌。最後のは正直どうなのと思ったが、自分よりはある意味ましだろうと思って葵さんは口をつぐむ。

「というわけだから、皆頑張って集客するように」

重々しいママの言葉でミーティングはひとまずお開きとなり、女の子たちはそれぞれ持ち場に散って行く。黒服くんたちがそれを追いかけて、指名の予定を尋ねて回る。葵さんは新婚ほやほやの黒服くんの幸福そうな笑顔に予定を告げ、ハンドバックを持って立ちあがった。脳裏に浮かぶのは愛しい愛しい息子の顔だ。

ナンバーワンの顔になって、葵さんは扉を開ける。ママ頑張ってくるからね、と心の中で発破を掛けて。

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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん

2013/06/20

「どうしたんですか?」

歌い終えて、ちょっとぼうっとしていたのだろう。うる実ちゃんは黒服さんの心配そうな声に現実に引き戻された。この黒服さんも歌を歌う。ジャンルは違えど歌が好きなことは同じで、ママの興が乗ると歌ってよとせがまれることもある。黒服さんは凪子さんの三味線で、うる実ちゃんはアカペラで。酔っぱらいの拍手はちっとも揃ってないがあったかくて、ときどきうる実ちゃんは歌が歌える環境に自分がいることを嬉しく思う。

昔から歌は好きだった。女優になりたいと思ったのも、最初は歌が歌えるかもしれないと思ったからだ。今は同居しているプロデューサーに歌と演技を見てもらっているが、なかなか芽が出る気配はない。プロデューサーに声を掛けられた時はさすが東京だと思ったが、やはり現実はそう甘くない。けれどそれは北海道にいたころから漠然と思ってはいたことだったので、うる実ちゃんはちっともめげず、今日も元気に出勤している。

それに東京には地元の自分を知る人は誰もいない。

なまじ旧家に生まれ、ちょっと擦れてしまったりもしてうる実ちゃんは一度夢を諦めた。歌なんてどうでもいいと思ったことも多少はあった。でも、今は違う。何しろこの店では自分の唄を喜んで聞いてくれる人がいて、踊ってくれる人がいるのだから。

最初にママにこの店に連れてこられた時、うる実ちゃんはお客さんだった。キャバクラともクラブともスナックとも違うこの店は、女の子が一人で遊びに来ていたり、なんだかすごく偉そうな感じの人が子供みたいにはしゃいでいたりする。しかもなぜか小間使い(男)までいる。変な店、と思った。でも変じゃなくて、なんだか妙にあったかくて楽しい店だと思った。

だから、うる実ちゃんはここで働くことにした。

レッスンがあるから、毎日は出られない。そう言ったらヘルプでいいよとあっさり許可され、うる実ちゃんは不定期でこの店を手伝いに来る。それ以外にも暇が出来るとふらっと来る。来ればそれなりに働かされもするものの、妙な客はいないので安心だ。

「ミーティングするので集合お願いします」

さっきとは別の黒服くんが声を掛けて回っている。この黒服くんは実は馬主らしいと噂だ。若くてイケメンで気遣いも出来るとお姉さんからの評判も上々で、日舞の名取の噂があるもう一人の黒服さんとこの店の女性客の人気を二分している。そういえば小間使いさんの姿を今日はまだ見ていない。買い出しにでも行ったのだろうか?

店長は無言でグラスを拭き続けている。隣でママがのんびりと集まってくる女の子を眺めている。葵さんやマコトさんはちょっとぴりっとして、めめちゃんは早くも反省モード、舞夢ちゃんとかなんちゃんはいつもと全然変わらない。毎月一回のこのミーティングでは売り上げ目標やイベントの時期が発表になるので普通ならもう少し前のめりになりそうなものだけれど、この店はそうならない。その辺もうる実ちゃんがこの店を気に入っている理由の一つだ。

「皆知ってると思うけど、来月は七夕があります」

ママが重々しく口を開く。隣で凪子さんがおっとりと笑う。なにかまた楽しいことが始まると思って、うる実ちゃんもドキドキしながら知らないうちに目を輝かせた。

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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん

2013/06/19

着換えを終えてロッカーからポーチを取りだし、かなんちゃんは化粧台に向かう。そろそろ急がないといけない時間であることは分かっているが、もともとそんなことを気にする性格ではない。のんびりとファンデーションをはたき、チークを入れ、ビューラーで睫毛をあげる。鏡の中に映った自分の顔を仔細に点検し、よし、とかなんちゃんは立ち上がる。

かなんちゃんは実はまごうかたなきお嬢様である。都内の一等地に実家を持ち、幕末志士のご先祖を持つ彼女はだから働く必要が全くない。つまり暇を持て余しているわけで、それを“お兄様”の一人に愚痴ったらこの店を紹介されたと云う仕儀である。

フロアに出ると、かなんちゃんは葵さんの隣にすとんと座る。この店のナンバーワンにも物おじをしない彼女は、営業メールに勤しむ葵さんの指先の動きをじっと見て、その美しい白い指に施されたネイルアートを鑑賞する。葵さんはいつも綺麗にしていらっしゃる、そう思うわけである。葵さんの指先をチェックするのはかなんちゃんのひそかな趣味だ。実は葵さんはそれを若干不気味に思っているのだが、そんなことはかなんちゃんにとっては瑣事にすぎない。

「今日もすてきなアートですね」
「……ありがとう?」

おっとりと会話を交わし、それからかなんちゃんはゆったりと店内を見回す。開店前のこの時間はどこか忙しないような、それでいて楽しいことを待っているとき特有の狂騒感に溢れている。それはかなんちゃんにとってここでしか味わえない貴重な時間だ。うる実ちゃんのアリアに合わせて舞夢ちゃんが踊っているのを眺め、ママが仕入れ票とにらめっこしているのを眺め、黒服さんたちがソファの掃除をしているのを見て、最後にマコトさんがひらひらと手を振っているのに気づく。かなんちゃんは立ちあがって傍に行き、やはり遠慮なく隣に座る。

「今日もよく化けたねえ」
「まあ、失礼な。かなんは永遠の22歳です」

親しいもの同士の軽口をたたき、かなんちゃんは口を尖らせる。公称年齢22歳、でも実はもう少し上だということを知っているのはこの店ではマコトさんだけである。けれどマコトさんはにっこり笑い、そうだねと肯定する。それから、かなんちゃんの携帯についている目新しい、不思議な形のストラップに視線を止める。

「なにそれ。また変なの貰ったのね?」
「ええ。公園で日向ぼこりをしていたら、知らないおじいさんに頂きました」

ついでにこのお店も紹介しておきました、とかなんちゃんはストラップを掲げて笑う。アメーバのような宇宙人のような形をしたストラップに限らず、かなんちゃんはよくどうでもいいようなガタクタを貰ってくるので有名だ。物には不自由していないだろうに、マコトさんはこの子の変わっている部分がそういう妙なものを引き寄せるのかなと思う。お金の価値を知りたいからと一人暮らしを始めた高円寺のマンションにはきちんとそれ専用の棚があり、異彩を放っていたのもマコトさんの記憶には新しい。

「そのおじいさん、来るといいね」
「そうですね」

それこそ日向ぼっこの会話のように、二人はどこか世間離れした言葉を交わす。

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※この連作は「ClubJunkStage」との連動企画です。登場人物は全て実在のスタッフ・ライターをベースにスギ・タクミさんが設定したキャラクターに基づきます。→ClubJunkStage公式ページ http://www.facebook.com/#!/ClubJunkStage(只今ご予約受付中です!) ※イメージフフラワー選定&写真提供 上村恵理さん

2013/06/18

ばたん、と勢いよく戸を閉めてからめめちゃんは反省した。更衣室の中にはびっくりした顔の舞夢ちゃんとうる実ちゃんがいて、反射的にごめんなさいと謝ると二人はにこっと挨拶をくれてそれぞれの着換えを再開した。あああああ。またやっちゃった、とめめちゃんはセルフ反省会に突入する。信金の制服のままで。あたしってなんでこうなのいつもこうなの!? ロッカーにがんがん頭をぶつけながらの反省会はいつ見ても痛そうだと周囲の気の毒そうな視線を誘う。とはいえ二人は慣れているので放置する。遅れて入ってきたかなんちゃんだけが、ちょっと目を丸くしてめめちゃんの後ろを静かに通る。

「おはようかなんちゃん。今お取り込み中だから、気を付けてね」
「めめちゃん、またなんですか? お店始まってないのに、懲りないんですねぇ」

背後の会話が耳に痛い。

めめちゃんはれっきとしたOLである。愛知から出てきて短大を卒業して信金に勤めた、ここまでは良かった。お給料もまあまあで有休もちゃんと取れたし職場では持ち前の明るさで同僚やお客様の受けもいい。「めめちゃんの顔見れば寿命が延びる気がするわ」なんて言われたりもして、ああこの仕事って天職だわと満足していたのだ、めめちゃんは。

変わったのは去年の誕生日からだった。めでたい日だからと羽目をはずして連れて行かれたホストクラブでめめちゃんは恋に落ちてしまった。相手はホストの悠然だった。万事固く、真面目なめめちゃんは、隣に座った悠然の整った横顔とその割に頼りない感じの肩の線にころりと参ってしまって、その翌日にはフロムエー片手に夜の街を徘徊していた。思いきりの良さは自分の長所だとめめちゃんは信じている。

めめちゃんは考えた。信金の給料では悠然に会うには足りなすぎる。会えないことはないけれど悠然の好きななんちゃらパリとかなんちゃらシャトーという名前のお酒を入れてあげられない。そうかつまりあたしは夜の仕事をすればいいんだな!

めめちゃんは猛然と面接を受けまくり、そしてことごとく受かり、その全てを一週間以内で首になった。夜の仕事に馴染むには、めめちゃんの明るさはちょっと眩しすぎるのだった。もしかしたら味噌かつを押しまくったのもよくなかったのかもしれない。めめちゃんの好物は都内ではあまりお目に掛かれず、同伴をねだられるたびに矢場とんをプッシュしまくっていた。いやもしかしたら質問攻めにしたせいか。お客さん普段なにしてるのどこで呑んでるのなんちゃらパリってどんな味? 戸惑い気味のお客さんの表情をめめちゃんは実はあまり覚えていない。

それでも首になるたび落ち込んでは一人で大反省会を繰り広げ、道路に頭をぶつけてのたうちまわっているところをママに拾われためめちゃんは、今のところこの店では首にならずに済んでいる。

「めめちゃん、忙しいところすいません。ドレスを取りたいので少しどいて頂けます?」
「かなんちゃん! 申し訳ない今どけますっ」

瞬時にずさっと離れ、場所を開ける。かなんちゃんは丁寧に頭を下げて着換えを始める。確かにもうそろそろ開店が近い。めめちゃんは反省会の余韻を引きずりながら、それでも瞬時に頭を切り替えて制服を脱いだ。とりあえずはお仕事だ。軽いノックのあとで実は馬主という噂の黒服くんがあと三十分ですよと告げていく。

よしっ、とめめちゃんは自分の頬をぺちんとはたく。いまは仕事!

「がんばるぞう!」

急に大声をあげためめちゃんを、かなんちゃんは隣で面白そうに眺め、そうですねと笑った。

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2013/06/17

ちらりと腕時計に視線を走らせて、マコトさんは物憂げに立ちあがった。手元のガイドブックに栞を挟み、あとでこのホテルに電話しておこうと頭の隅にメモを取る。ペットホテル有と書いてあるが、マコトさんはそれらの施設がピンキリであることを知っている。小さなケージの中に愛猫を閉じ込めておくなんて言語道断だ。このホテルはどうだろうか。ちゃんと手作りの猫用フードを用意し部屋で一緒に過ごせるだろうか。マコトさんの旅先の選定基準は、常に愛猫ありきである。

背後でじゃれあっている舞夢ちゃんとうる実ちゃんに「お先」と声をかけ、マコトさんはフロアに出る。葵さんが座ってスマホをいじっているのが見えたので、待機テーブルではなくカウンターの方に向かう。一応ライバルという立場なので、マコトさんはあまり葵さんと慣れ合わないように心がけているのだ。

「おはよう。今日もすてきですね」

店長がグラスを拭きながら声を掛けてくる。ありがとうとマコトさんは返す。スツールに座って足を組むと長いドレスがよく映えた。

「今年の出来はどうですか」
「いまいち。雨が少ないからかな、上手に漬からないの」

ため息をついてマコトさんは答える。何の話をしているかというとぬか漬けである。どこからどう見てもクールビューティ、この店のナンバー嬢のマコトさんの趣味はぬか床いじりと猫いじりで、最近はそこに恋人という趣味が出来た。勿論最後のはお店には内緒である。

語学留学がしたいと思い夜の仕事に入って数年、少しだけマコトさんはこの仕事に飽きてきている。マコトさんは基本的に飽きっぽい。飽きないのは猫とぬか床だけだ。恋人もいつまで続くか分からない。留学にしてもインドやらアフリカやらアメリカやらところころ志望先が変わるので、今のところ実現する見込みはない。仕方がないので旅にはでるが、かなんちゃんあたりにはもう行く気がないことはばれていそうな気がする。

それでも辞めないでいるのは、この仕事は可愛い女の子に囲まれることが出来るからである。ママはそういうマコトさんの気性を分かっているので、やばいと思うと直ぐに女の子を宛がってくれる。最近はうる実ちゃんが入店したのでややモチベーションを持ち直した。

「おっはようごじゃいまーす!」

ひときわ元気な声でめめちゃんが入ってくる。信金の制服のままである。職場からまっすぐここに来るなんてこの子も変っているよなあ、と思いながらおはようと挨拶を返し、マコトさんはまた店長に向きなおった。

「来週さ、お休みとっていい?」
「かまいませんよ」

ありがとうと言いながら、マコトさんは店長の顔をぼんやり眺める。日本人なんだろうが東南アジアにいても馴染みそうだしイラン人と言われても納得しそうだ。この店はママの趣味なのか変人が多いが、一番変なのは店長だとマコトさんはひそかに考える。普通休むと言ったら止めないか? 仮にも私はナンバーなんだぞ、とマコトさんは思うわけである。でも休みたいのは事実なので、マコトさんは本音を隠してありがとうと笑っておく。

そのためには今日もしっかり稼がなくてはなるまい。

猫と過ごすヨーロッパ一週間のために、マコトさんは携帯に視線を落としてお客様にメールを打ち出した。

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2013/06/16

この階段の踊り場から見る空は、いつも夜だ。

手すりをバー代わりにして、舞夢ちゃんはくるくる回りながら考える。さっきのレッスンで注意されたこと、今日来店するはずのお客様のこと、明日の予定。考えることはいっぱいあるが思い悩むことはしない。悩んでもどうにもならないことは絶対どうにもならないし、明日は絶対今日よりいい日だと舞夢ちゃんは信じている。

ターンを華麗に決めて、舞夢ちゃんは階段を駆け上がる。走ってはいけない、踊っても駄目と先日ママに注意されたことをちらっと思いだす。いつでもどこでも跳ねたくなる脚と、踊りたくてうずうずする身体は場所をあんまり選ばない。お店の中ではせめてしとやかに振る舞おうと思いはするが、舞夢ちゃんはその決意を5秒で忘れ、お店のドアを元気よく開ける。

「おはようございまーす!」

夕方にも遅い時間だけれど、この仕事の挨拶はいつでも「おはようございます」だ。バレエの教室と同じ。舞夢ちゃんは実はそこも気に入っている。

更衣室には先に来ていたマコトさんがいて、鏡に向かってお化粧をしていた。机の上には読みかけのガイドブックが伏せてあって、また旅行にいくのかなあと思う。この店のナンバー嬢だというのに、ほいほいマコトさんは旅に出ていて、舞夢ちゃんはそれがちょっと羨ましい。

舞夢ちゃんにとっては、東京が既に旅先みたいなものだった。一念発起して、ようやくようやく辿りついた街だった。

当たり前といえば当たり前のことではあるが、地元の秋田から見れば恵比寿は大都会だった。人通りは途切れないし、車も多いし、夜はネオンで燦々と明るい。農協で働いていた時は定時で上がるともう外は暗かった。免許を持たない舞夢ちゃんは徒歩で職場に通っていて、薄暗い路を踊りながら戻ったものだった。カエルの合唱をBGMにして。

バレリーナになりたい。東京に出て、バレエの学校に通いたい。

小さなころからむくむくと育てていた野望を胸に上京してきたのは2年ほど前だ。目当ての教室に潜り込めたのはいいものの、貯金はたちまちのうちに尽きた。東京の家賃のなんて高いこと! それでなくてもバレエはお金が掛かるのだ。レッスンの月謝はもとより、いい舞台が来れば見に行きたくなるし発表会には揃いで衣裳を揃えなくてはならない。そういう心弾む出費に舞夢ちゃんは糸目をつけなかった。融通のきくシフトだからと最初はファーストフード店でバイトしていたが、微妙に欠ける金銭感覚のせいですぐに首が回らなくなったのは当然のことだろう。それを飲み屋で愚痴ったら、「うちで働けば」と隣に座っていたお姉さんが声を掛けてくれ、それがスージーママだった。踊ることしか頭にない舞夢ちゃんは、それであっさりマックを辞めた。聞けばその店にはオペラが歌えるホステスも日舞が出来る黒服もいるというではないか。

渡りに船と飛び込んだ世界は、しかしそう甘くない。

けれど舞夢ちゃんは失望をしたことがない。何しろ自分は今毎日踊ることが出来るのだ。この分ではいつか、そう、例えば108歳くらいまでには、プリマに選ばれちゃったりするのではないか?

「きゃー!」

嬉しくなってしまい、舞夢ちゃんは興奮のままに踊り出す。狭い控室にふわりとドレスの裾が舞う。いつか夢に見たオデット姫のチュチュみたいに白いドレスは舞夢ちゃんのお気に入りだ。くるくると回る舞夢ちゃんの後ろにあるドアを開けて、うる実ちゃんがおはようございますと入ってくる。

「また踊ってるんですか? 危ないですよぉ」
「ごめんなさい!気をつけますー!」

舞夢ちゃんは踊りながら、元気よく心にもない返事を返す。わたしは今日も幸せだ、そんな気持ちが全身から零れている。そんな舞夢ちゃんを見て、マコトさんとうる実ちゃんが苦笑を交わし合う。ClubJunkStageは、今日も平和だ。

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2013/06/15

凪子さんの朝は、ウォーキングから始まる。

夜はロングドレスにピンヒールを履く小さな足をスニーカーに包み、凪子さんはずんずん歩く。朝といっても凪子さんの感覚の朝は第三者にとっては昼で、陽射しもそれなりに強くて、代謝のいい凪子さんの背にはすぐにぷつぷつと汗が浮いてくる。

本日の凪子さんの目的地は、スージーママの家である。

多分まだ寝ているだろう、と思いながら凪子さんは自宅のある三軒茶屋から国道沿いに進路を取り、池尻大橋にあるスーパーで簡単に買い物をし、スーパーの袋を片手に下げて颯爽と歩く。袋の中身はサラダ菜とスプラウト、バナナ、それから林檎にヨーグルト。昔からスージーはこれが好きだった。そんなことを思い出しながら、少しだけ凪子さんは頬を緩める。

凪子さんとママの付き合いは長い。

夜の世界から足を洗って10年経つのに、そしてそれと同時に疎遠にもなりつつあったのに、スージーママは電話口で「明日逢えない?」と凪子さんに告げた。気負いもてらいも時間の流れさえすっとばした誘いに凪子さんは反射的に待ち合わせ場所を尋ねていた。懐かしかったからではなくて、単純に会いたいと思ったからだった。

渋谷にあるスージーママのマンションに辿りつき、凪子さんはちょっと考えてからインターフォンを鳴らした。返答なし。やっぱり寝てるか、そう思いながら合鍵を使って中に入る。玄関口には男物の靴はなかった。昨日べろべろに酔っていたママをタクシーに押し込んだものの不安もあった凪子さんは、まっすぐ帰った印をみてほっとする。

冷蔵庫にスーパーで買った食材を入れ、クローゼットから自分の着換えを引き出して、凪子さんはシャワーを浴びる。勝って知ったる他人の家でさっぱりして身支度すると、コーヒーメーカーのスイッチを入れ、凪子さんはサラダを作る。そのうちにごそごそと音がして、まだ半分眠たそうなスージーママが起きだしてくるという寸法だ。

「おはよう。……今何時?」
「おはよう。まだ2時だからゆっくりしていていいわよ」

2時半に起こしてくれと頼んでいたのはママの方で、だから凪子さんは穏やかに言いながらママの前に林檎を入れたヨーグルトを出してやる。有難くそれを食べながら、ママはキッチンに立つ凪子さんの後ろ姿をなんとなく眺めてスタイルがいいなあと思う。凪子は昔ポールダンスをしていたそうだ。すらりとした背に無駄な肉はついておらず、その代わりに柔らかな包容力を身に纏うようになった友人を同僚として迎えたのは正解だったとママは一人自画自賛した。

「お店、どうするの。七夕に何かしたいって言ってたでしょ」
「うん」

ママは頷く。七夕と言えばこの業界ではどこもイベントを行うが、うちの店はどうしようかと昨日話していたのを凪子さんは覚えていたらしい。店長はやる気があるんだかないんだかという顔でどっちでもいいんじゃないですかと言っていたが、さてどうしたものだろうか。

「正直ね、うちのお店の子たちって変に飾らないほうが良いと思うのよね」
「そうね。みんなちょっと……面白いものね?」

変わっていて、という言葉の代わりを口にして凪子さんは頬笑む。ママの店、ClubJunkStage のホステスは一風変わった経歴の子たちばかりで、彼女たちは全員ママがスカウトないし拾ってきた女の子である。だからママは結局のところ彼女たちに少し甘い。もちろん、過度に甘やかしはしないけれども。

目を細めて葵がマコトがと話しだすママをみて、凪子さんはゆっくりとコーヒーを啜る。
二人の朝は、こんな風にして過ぎていく。
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