Home > flora world 番外編

2013/12/23

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「すいません、ラジオ、切ってもらえませんか」

気のいい人だったのか、タクシーの運転手はすぐにスイッチを切ってくれた。なのにモヤモヤした気持ちが急激に全身を支配していくのがわかった。パーソナリティに罪はない。彼女はただ、年中行事としてのそれに触れただけなのだ。わかっているのにどうしても過敏に反応してしまう自分が情けなくて悲しくて、ため息をついて窓の外を見る。クリスマスが近づくこの時期は、まだ夕方だというのに煌くようなイルミネーションと幸せそうなカップル達が街を埋め尽くしているみたいだった。

 

――クリスマスは会えないと、最初からわかっていた。
アメリカと、日本。飛行機に乗れば半日足らずで行き来することはできるけれど、お互い仕事を抱えている。向こうはホリディにも関わらず独り身を理由に休日出勤で、私もまた年末納期の案件を抱えている身だ。その分年末にはたくさん会おうねと約束したのはついこの間のことだったのに、こらえ性がなくなったのか、目の奥が熱くなった。
彼に逢いたくてたまらないのに。一分一秒でもそばにいたいのに。
そう思うと、呆れたような彼の笑顔がまぶたに浮かんだ。

 

最初は完璧過ぎる人だと思っていた。外資のエリート。立ち居振る舞いもスマートで、女のあしらいにも慣れていて、不自由していない人だと一目見てわかった。だから、必死でアタックした。好きになったのは私のほうで、彼が欲しくて、色仕掛けでもなんでも全部やった。安い女だと思われても良かった。犬のように私は懐き、彼も絆されるようにして付き合ってくれた。彼女にしてくれると言ってくれたとき、私はその言葉を言わせたのだと自覚していた。それぐらい、彼は私には不釣合いな男だった。少なくとも、スペックとしては。

今はもちろん、彼が完璧――いわゆる女が望む完璧さを備えていないことぐらいはわかる。家事は全然できないし、ネアカなようで根暗だし、実はナイーブで子供のようなところだってあるし。でもそれがなんだというのだ。私は彼が好きだ。付き合ってもらえている間は、彼が隣にいることを許してくれる間は、そばにいたいと思った。できる限りその時間を引き伸ばしたくて、子供のように駄々も捏ねた。だから、彼がわたしに見せてくれる一番多い表情は呆れたような顔ばかりだった。「よくもまあお熱が続くね。」それでもほんのり甘いその顔が、私はとても好きだった。

 

街中がクリスマス一色で、カップルばかりで、でも、彼は日本にいない。私もアメリカにはいけない。仕事はきちんとしよう、とそれは無言の了解で、だからこそ必死で毎日働いているのだ。くだらないクレームにも頭を下げ、お茶を入れ、書類を作って。彼はきっともっと程度の高い仕事をしているのだと思うといくらでも頑張れた。近づきたいと思って、必死で。

手の中で、携帯が震えた。

着信したのは彼からの、帰国予定日を知らせるメールだった。最後に付け加えられた、「早く会いたい」の言葉が嘘みたいに嬉しかった。
私は想像する。年末の街を一緒に歩いているところを。今街を歩いているどのカップルより幸せな顔で歩いているだろう自分のことを。そしてそれを見る彼の呆れたような顔を思えば、クリスマスだって乗り切れるような気がしていた。
年末まで、あと少し。
車窓を流れる景色をさっきよりも落ち着いた気持ちで眺める。現金だけれど、今、この瞬間は誰よりも私が幸せだと思った。
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*今回の画像は「Photolibrary」さまからお借りしました。

 

2011/03/24

 

時間だけは誰に対しても平等だと、どこかで聞いたことがある。
たくさんのひとを喪って、たくさんのものを無くした日から10日が経った。私の周りに限って言えば、水が出なかったり電気がなかったりという不便はあるものの、まわりはそれを跳ね返すような活気に満ちていた。無から有を生み出すような、無茶を可能にするような、やけっぱちの元気があふれていた。
どうしようもない辛さをそれで隠そうとするように、みんな声を張り上げて生きている。
もちろん、それは決して悪いことではないのだけれど。

おばあちゃん、と呼ぶと祖母は不思議な顔で私をみる。
お手玉を上手に操る祖母はもう半分彼岸の人で、今のこの暮らしを別段何とも思っていないらしい。テレビに映るニュースも人事のように眺め、心配し、そうしてお手玉を繰る手つきは緩めない。昔取った杵柄はなんとやらで、今日はちりめん模様を3つ、上手に宙に転がしている。
「おばあちゃんがな、若かったころ、やっぱり、こんな地震があったな。大きかったなあ」
ぽん、ぽん、とリズミカルに舞うお手玉の向こうで、キャスターが悲壮な顔で被害者の数を読み上げていく。その中に私の叔父でありこの家の親族につらなる人が含まれていることを、祖母が知らないことを幸福なことだと思う。
「でもなあ、その時も、みんな、助けて、くれたなあ」
その恩が返せないのだと、祖母は少し悔しそうな声になった。リズムが崩れ、お手玉があやうく軌道を外れそうになる。開けてはならないと戒められた窓の向こうに照る光にそって、祖母の横顔は柔らかい輪郭を取り戻す。
「おれもなあ、この歳になるとなあ、思うことがたくさんあるんだ」
祖母の思うこと。恩をかえせないこと、恩があること、祖父のこと、生きていること、私がまだ未婚であること、それらは全て地震とは無関係に、ただし祖母の時間の中では連綿と続く悩みであるらしい。
「もう、お彼岸も過ぎたのにな」
今のところは墓参に行けないことを一番つらそうに云い、放り投げるのをやめた小さなお手玉を見つめていた。

炊き出しの列に並び、給水の列に並び、ガソリンスタンドに並び、ぬかるんだ道をポリタンクを下げて歩く。
並ぶことはほとんど私にとって日常の一部になっている。割れた地面を避けて通るのも上手くなった。空いている店を探すのも得意になった。その中には花屋もある。お彼岸用の花は、このところの寒波の影響でまだ小さな蕾だった。

時間だけは誰に対しても平等だと、どこかで聞いたことがある。
いつか過去の話として、この悲しい狂騒の日々を祖母のように語れたらいいと思う。

2011/03/13

あ、と思ったときは揺れていた。倒れそうな本棚を抑えていて、誰かの悲鳴で机の下に隠れた。昔船に乗った時のことを思い出した。そんな場合ではないのに、ぐらぐらと不安定な足元が妙に懐かしい記憶と繋がった。ドンドンと叩くような音を立てて机が凹んだ。
揺れが収まった時、立ち上がった視界はまさに悲惨の一言だった。あらゆる棚が倒れ、ガラスが割れ、揺れのせいで開いた扉から汚れた水がせり上がってきていた。嘘だ、と思った。だってこんなのあるはずがない。こういうのはニュースで見る画面だ、とぼんやり思った。呆けている間も揺れは続いて、そのおかげで私はやっと我に返った。最低限の片づけをし、家族の元へ戻って、次に知人と連絡をとりあう。電話は通じないので携帯のメールが命だった。それすら通じない人もいて、生きているのか、生きていて、と返事のない携帯を握りしめてひたすら水の確保に走り回った。

初めて知ったことではないけれど、こういうときはいろんな人がいるものだと思う。何も言わない人。かくす人。デマを流す人。扇動されて、身動きが取れなくなっている人……。
だから、しっかりした情報をくれる人、井戸水を汲ませてくれる人、ガスボンベを貸そうかと申しでてくれる人のありがたさが、ものすごく分かりやすく有難かった。

給水所で、知らない人と立ち話をする。
どこそこが大変だとか、誰誰が避難所にいるとか。噂だけれど一人でいるよりよっぽど良かった。4時間もの間の立ち話で知らない人は知っている人になった。お互いのポリタンクに水を詰め、気をつけてねと声を掛け合って別れた。
スーパーの中も戦争みたいだった。兵士みたいに厳しい顔をした店員さんが走りまわって列の最後の一人のために食べ物を確保してくれた。いつも茶髪で無言でレジを打つ愛想の悪いオニーチャン、としか呼びようのない青年も、真面目な顔でレジに並ぶ人に声を掛けていた。こんなに買って怒られるかなと思ったら、「あんたんとこ家族おおいみたいっすから気をつけて」なんて言ってくれてびっくりした。

夜中、ひとりきりで携帯の小さな窓からインターネットの中継を見た。
中継先の東京の夜景はひどく静かだった。ネオンがないだけで、この街はこんなに静かなのかと思った。暗いのに明るかった。ひとつひとつの家の中に、沢山の人の祈りが透けて見える気がした。
ありがとう。
その向こうの人達に届かない声だと知りながら、私はその灯りを受け取った。
届け、届け、私はここで生きてるよ、と心の底から祈りながら。

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私事ですが、東北地方太平洋沖地震で被災し、沢山の方から今なお沢山の情報と励ましのメールを頂いております。本当にありがとうございます。
同地震にて不幸にもお亡くなりになくなった方々やそのご親族、ご友人の皆様に心よりご冥福をお祈り申し上げます。
まだ安否が確認できない方も沢山いらっしゃいますが、どうぞ私の受け取ったように、みなさんから沢山の灯りを届けてください。物資や情報と同様に、被災者は笑いや喜びに餓えています。皆さんにできることを、現地の方々は求めています。

2007/12/31

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大体師走というのは名前からして忙しそうだが、彼女も例にもれず早起きした。
起き出してすぐ、壁にかけられたカレンダーの、最後の一枚を破る。
「31」という大きなゴシック体が、べりべりっと勢いよく音を立てた。
彼女は大きく微笑んで、その数字を丸めてごみ箱に捨てる。
その豪快な音が示す喜びを、彼もきっとまだ知らない。

大掛かりな掃除は昨日のうちにしてしまっている。彼女はよく晴れた空を見て、思いついて布団を干した。清潔な朝の空気が二組の羽根布団を撫でていく。
おせち料理の算段もついていた。出来合いのおせちでは飽き足らず、数の子を用意し黒豆を煮て田作りも作った。一人暮らしの癖に、彼女手を抜かなかった。同僚にからかわれながらも12月に入ってから料理を習い築地に足しげく出かけ、手の届く範囲で一番いい材料を使っている。特に2の重をまるごと埋めた栗きんとんは自信作だった。
正月はいつ来てもいいくらい、準備は整っている。
よし。
冷蔵庫のなかを確かめ布団を取り込むと、彼女は手早く身繕いして空港に向かった。

彼女の彼はインドにいる。
今年のお土産はなにかな、と彼女は冷たい風の吹くデッキで思った。眼下には忙しげに立ち回る人々と、だだっぴろい滑走路があるばかりだ。
彼は日本の商社に勤めているのだが、なまじ英語が出来たので海外ばかり飛び回っている。日本にいるのは年に1月ばかりだろうか。去年はマトリョーシカ、一昨年はチャイナドレス、その前は確か1mもあるチーズでそのさらに前はカンガルーのぬいぐるみだった。
まったく、彼のお土産ってばかげている。
そう思って、彼女は小さく噴出した。それを楽しみに1年をまつ自分のことが、どこかかわいいような気がした。

「寂しい想いさせて、ごめんな」

去年の正月3日、彼はそう言ってインドへ旅立っていった。
寂しさを紛らわそうと、約束もひとつした。それは一緒にいくことを拒んだ彼女が答えを出すまでの期間だったし、彼のほうでも日本で仕事ができる見通しが立つ年月だった。

罅割れたアナウンスが流れ、デッキにいる人たちが徐々に室内に戻っていく。
おおきな銀色の機体がゆっくりと眼前に迫り、彼女も微笑んでゲートに向かった。
今年で、約束した日からちょうど5年になる。
こんなふうに彼を待ち彼のお土産を楽しみにしてきた時間も、今日で最後だ。

目を凝らす彼女の前に、やがて彼の姿が見えた。
彼は大きく手をふり、彼女に向かって何か差し出した。それはとても小さいものであったけれど、照明の光を受けてきらりきらりと銀色に反射している。
大きな荷物を引きずるようにそれを掲げてくる彼に、彼女は反射的に走り出していた。人波に揉まれながらも息を切らせてきた彼女を、彼は照れたように抱きとめた。

「ただいま」
「おかえり」

5年経っても一緒にいられたら、結婚しよう。
その約束が、ちいさな指輪になって彼の手のひらできらめいている。

*今回の画像は「Coco」さまからお借りしました。