2014/09/06

ながらく 掲載ができなくて もうしわけないです

 

息子たちの相撲大会参加やら 私の熱中症体験で

嵐のような 8月となりました

 

結局のところ

 

PCの環境をまた 変更しておりまして

 

公式WEBサイトの更新よりも 新しいPCを使いやすくする作業にかまけておりました

 

言い訳が続きますが

 

このWordPress を JunkStageさんで使わせてもらっているので

次回きちんと作るのを この WordPress上に 載せてみようかなどと考えた挙句

 

すっかり 連載でなく 短載状態となっておりました

 

こりゃ 困ったもんだ

 

ごめんなさいね

 

http://uchikokawasemi.wordpress.com/

 

2014/07/26

今回はまずこちらから

内子の町並み – 内子町公式ホームページ.

このクリーム色の漆喰が特徴の 愛媛県 内子町の町並み保存地区の建物…

漆喰というと

白いイメージがあると思いますが

内子町のは クリーム色です

内子町 かわせみ 漆喰

内子町 かわせみ 漆喰

この漆喰というのは 何回か取り上げましたが

内子町の山と 周囲にある 石灰岩の鉱脈から産出される

石灰が原材料です

 

ですから 近代的な建築物の基礎を成す

コンクリートの 材料でもあります

 

良質な大量の石灰岩のある所には

コンクリート会社が存在するのです

 

内子町にも ありますので

昔から近代へのバトンは上手に渡されている地域という事です

 

近代の建物が 昔の建築と入れ替わってしまった場所はとても多いので

こういう昔からの建物を見ていると やはり 時間の経過を 感じます

 

自分たちの 店ですけれど

先人から預かった場所なので 大切だなと思います

 

個人で 建物の維持管理をしながら 営業しているので

やはり 少し大変な面もあります

 

漆喰の壁は ちょっと 湿気がある日が続けば 湿り気を含みます

これは 今の暑い時期になると とても涼しい建物となりますが

知らずに 壁を手でなで回すと 漆喰がはがれて落下します

 

観光地というのは 未知の物を楽しむ旅も 含まれますから

もちろん そういう事も 承知しているのですが

修復するには 許可が要るので 大変なのです

かわせみ も 国の建物保存地区に建っているので

その手続きをしなくてはならないからです

 

観光で ささっと歩く人が大半になっている今

とても 説明なんか聞いている余裕さえない時間のツアーの場合

内子町の大半の土地が 山間部で構成されていて

内子町並みは ほんの一部である点など

ほとんど 興味が起こるはずも無く

 

一層 町を歩く人と 住んでいる人との接点が無くなっています

 

接点を持とうと 一生懸命慣れない事をしてしまうと

これが結構また 大変です

 

一生懸命には 良い面 大変な面がありますから

 

そういう無理を あまり 繰り返す事がない 平常での接し方を

今までと変わらない形を

これからも 続けられるほうが

いいのじゃないのかと 考えています

 

さて 漆喰の持つ しっとりした風合い

これがなかなかいい…

 

低い300M標高ですが 山間部に住んでいる私たちは

自宅も漆喰ですので

屋内はとても 涼しいです

 

しっとりしているという事は

砂っぽいものを 吸着する感じがあるので

呼吸がとても しやすい感じです

 

木に囲まれているので

一層そういう感覚になりますが

内子町並みまで 車で降りていくと

空気の質が 緑中心から 街中のものへ 途中で変わるのがわかります

湿度と 気温が違う感じです

 

標高差がだいたい200Mくらいの所を 上がったり降りたりしているので

こういう感じがするのですけども

歩いていたら 半日かかる距離です

昔だったら どんな風かなと 時々考えます

 

お遍路さんは きっと色んな考えを生んできたのだろうなと 思います

 

蝉時雨 足裏熱い 遍路道

2014/07/26 06:21 | 生き方 | No Comments
2014/07/07

このところ 実に重大な 我が家のイベントがあり

これにかかりっきりになっている

 

本当に体力が必要だなと感じる事なので

とても PCに向かって原稿を打ち込むのにも 精神力が必要になっている

 

正直な話し 作業をするのは 私ではなく 家人であり

私の担当は 見極めと 作業後のコメントくらいであるけれど

 

相当 すごい経験であるし 家族のこれからの知識として 大切な体験である

 

息子たちを学校から迎えに 町まで降りるので 今回は 短いコラムですが

落ち着いたら画像がアップできるはずですので

ちょっと 現状のご報告まで

2014/07/07 04:37 | 生き方 | No Comments
2014/07/02

すみません

 

ここ1ヶ月というもの

すっかりPCに向かう目的がしっかり持てず

ついに JunkStageコラムを自主的に休憩してしまいました

 

本来ならば 生真面目な性格の(嘘です) 私には こういう大冒険はできないものですが

 

今回は少しばかり 考えがまとまらない状態にあったため このようなコラム休載の形になってしまいました

 

さて 今回は マジメに まとめる事を考えてみたいと思います

 

物事を日常で処理し続けている場合

例えば 本当に無意識に行っている 朝起きる 身づくろいをする 食事を作るまたは 歯を磨くなども含むわけですが

物事というのは とても たくさんあります

 

真剣にまとめちゃったら 人間はきっと うまいこと 生きられないんじゃないのか

 

そう思います

 

でも 本当は 暮らしぶりを 真剣に捉え直すことこそ

実は 生きていくうえでの最良の知恵につながるきっかけなんじゃないかなと

思っています

 

ですので

ある程度 意識して 日々の事を まとめたらどうか

そう今回は まとめてみたいと考えます

 

意識をするという事ですが

 

自分が何を基準にして これで良し という身体の環境を作るかという事で

快適かどうかということと プラス 気分が良くなるための 自分へのご褒美が どれだけ あるかということで

統一してみたいと思います

 

意識して 朝 快適プラス 自分へのご褒美を どれだけ ゲットできるか

まず 朝寝具の中で 目覚めた時に

「今日 どんだけ自分へ良い意識を植え付けるか」

こ難しい こんな表現じゃなくてもいいです

 

「今日 気になっている ○○の ○○を 試してみよう」

 

○の中には 大好きなものを入れることです

 

そして すかさず もうひとつを添えます

「できなかったら 出来なかった時の自分のストレスが どんな風に変化するのか観察しよう」

 

…とまあ

子供の頃の夏休みの自由研究を思い起こしてください

 

昆虫採集の時の 虫網と 虫かごに興奮した人は この例えでOK

そうじゃない人は ごめん

 

1日 こんな課題を朝立てて 動くでしょ

思い出した人は 一日のまとめが とりあえず 主題が決まっているから

○○ について 今日自分が どんな風に行動 もしくは 考えたか

それを考えればいいわけですね

 

思い出さなかったら また 他の日に試せばいいのです

 

で これをやってみると

単純な 無意識の行動の事も

意識する練習ができます

 

なので

一度ぜひ

身体を動かす日常の暮らし方について

レポートを作ってみるのも すごく面白いんじゃないのかなと考えました

 

私?

 

面倒くさいから イヤです

2014/07/02 04:15 | 生き方 | No Comments
2014/05/31

QUEEN 来日公演の 武道館で ステージパフォーマンスを初めて見た中学生の頃から

フレディ・マーキュリーを敬愛し ブライアン・メイのギターに心酔し ロジャー・テイラーのドラムに感動し ジョン・ディーコンのベースに乗せられて数十年…

 

エイズで亡くなったフレディですが

 

享年46歳

亡くなるにはもったいなく 若かったなあ…

 

どういうタイミングかは わからないけれど

ちょっとしたきっかけで 度々 QUEENの曲が流行する事がありますね

 

私が好きな曲は ボヘミアンラプソディー

ジェラシー

ライアー

オウガバトル

ムスターファ

ブライトンロック

ウィーアーザチャンピオンなどなど

 

息子たちを学校まで送る自家用車内で でっかい声で歌いながら行くので

二人とも いつの間にか QUEEN の曲を覚えてファンになっていました

 

QUEENの音楽をまだ知らないけれど興味があるという方は

ぜひ歌詞を注意深くお聞きになる事をおすすめします

 

それから 俗っぽいスキャンダルが話題にされる事もあるけれど

本当の姿なんて 全部曲に叩き込んであるんだから 作品を聞いてチョウダイ

 

作品を作る作業に 全エネルギーを注ぎ込んだら 後には抜け殻が残るのよね

 

 

作品の製作者は 体力気力において 前半生の作品と後半のものは 結構違いが出ますが

一生が非常に短い人は それがありません

フレディーのように46歳 短命で亡くなる人

特に 想定外の生涯である場合

死を見つめる作品が出来上がるのは 仕方ない事ですが

もし あと 数十年生きたら

 

おそらく 後半生の作品は もっと違う形を想定していたであろうから

そういう仮想作品の方向性を 考えるのは 私だけでしょうかね…?

 

 

 

 

2014/05/31 09:17 | 生き方 | No Comments
2014/05/30

今月は本格的な言い訳からスタートします

 

ちょっと 最近は 様々な事が ありまして まとめてコラムを月末に出すような状態が続き

 

すみましぇ~ん

 

今回は

日々の暮らしぶりが変わると どんなふうに 考え方が変化していくかな~という事を

私の気持ちの変身ぶりを見ながら メッタ切りします

 

 

まず

表題に 書きましたが 2003年から 私は生まれた町の東京都豊島区南長崎をあとに

愛媛県の内子町大瀬南地区へ移住しました

 

実際には 曲独楽の公演が妊娠8ヶ月まで続きましたから

2002年から行ったり来たりを繰り返した期間を除き 毎日の暮らしを大瀬南で始めたのが2003年2月

…まあ 何年かは 目安なので どうでもいいですが…

 

移住してから 10年が経過している事になります

 

その 最近の 社会の変化と (そんな偉そうな事じゃないけど)

あまり関係なくなった暮らし方を始めている私は

 

家族に密着している生活が中心となっております

 

…状況の説明はこの辺で終了

 

さて 暮らしぶりが 変化して10年という事で

どういう変化が 発生してきたか

だいたい3つあると考えます

 

1.仕事内容で言えば

 

東京都豊島区南長崎の頃は 3代目紋也師の稽古場や 曲独楽製作者の先生や仲間に協力を頂いての協力関係が中心であった形から

技術維持と新芸の企画開発曲独楽師生活へシフトチェンジしているわけです

やり方としては 身の回りにある物事を取り込んで曲独楽に練りこむのは変わりが無いとして

日常の仕事のやり方的には 寄席での全体的なバランスの中の1演目としてピリリとする役割を短時間で切り上げるのが曲独楽師ですが

 

現在は 企画ものの対応を真ん中に置いて 大道具的な所からもう一回見直す必要が出てきていますので

以前より時間がかかるものには ちゃんと 時間をかけて きちんと作る面白さに没頭できる点がすごく充実感があります

 

2.暮らしの面では

 

大瀬南地区の私がいる所は日当たりが抜群の地区なので

燦燦とした太陽と一緒の生活です

 

10年いると どういう天候があるのか 古老の知恵などで伝授して頂いた地元天気予報を活用しています

以前より 洗濯のコントロール力が向上しました

このあたり … というか 語源はどこからなのか 見当がつきませんが

天気雨や突然降る雨の事を さだち といいます

だいたい 徳島県や九州などにも この言い方はあるようです

 

その さだちのある なし それがわからないと 洗濯物を干すのに 困る地域なのです

だいたい 5月末から7月にかけて

朝快晴でも さだちがあると

洗濯物を干して出かけると ビシャビシャになるので

主婦としては失格なのだそうです

 

こんな風に 住んでみないと絶対わからない事に どう対処するか 女性は特に 嫁入りの場所が遠いと

コレに結構困るんですね

 

夫婦のケンカの元になりますね

ところで その夫婦のケンカについても 良い面がある事がわかりました

 

お互いに どこまで怒れるか 時間がわかるようになるとか

怒りのツボや 仲直りの法則が予測できるようになるんですね

こりゃ 相当面白いです

日常の暮らしから出るひずみの対応を 体力に任せてケンカにできるのも 若いうちだけだったりして

「来るぞ」

が 予測できるようになると なかなか ケンカのストレート方式まで発展しませんね

 

 

こういう事に 時間がかけられるようになるのが 本当に面白いです

 

…こんな風に 変化していきます

最近では

ケンカになっていたのが 愚痴のレベルで終わってしまう事が増えました

中年の見事ないやらしさに突入したのが 自分でもわかります

 

3.新感覚を楽しむ

変化があったのは

特にこの面だと思います

 

当然ですが 東京都の 借家の住民だと ほとんど庭の楽しみはありません

でも この愛媛の大瀬南地区に来て以来

自分が庭師になったんじゃないかと 錯覚する事が増えています

 

死にかけた草花を再生するのが こんなに面白いとは気がつきませんでした

 

夫は天から私を都会人だと扱っていましたが

母は鹿児島の山の出身ですし 私も幼児の頃から 道の草を食用にして下ごしらえを手伝って来たので

その面では 東京人とは言えません

 

のびるの食べ方を逆に教えてあげましたし

夫が捨てた木を10本以上再生してるので

最近では質問されてます

 

かわせみの中庭を 機会があったら見てください

以前働いてくれていた 今は陶芸家の宮内さんが 苔を移植してくれてたのですが

放置していたので無くなっていました

でも今は 剪定と草取りと土の入れ替えで苔が復活してきました

 

こんな風に 新しい楽しみも次々発見しています

 

庭はものすごく色々な事を教えてくれます

 

待ってみる事

よく見ること

覚えておく事

 

体感することを 大事に扱う事

 

身体の感覚を生かして 自分なりの判断が自信になります

反省も 全身で受け止められるので サッパリしています

 

これが 愛媛 大瀬南へ移住して10年の今 3つの 変わった点です

2014/04/30
内子町旭館幸福の黄色いハンカチ上映会

内子町旭館幸福の黄色いハンカチ上映会

いかがでしょう
みなさんは 映画館での印象がある映画作品と
我が家での鑑賞体験
どちらがより 自分の思いに深く残っていますか?

 

この 大正時代に作られた愛媛県内子町にある 旭館ですが

とても 面白くって 一度訪れた方はほとんど

中でぜひ 映画が実際に見てみたいとおっしゃいます

建物はちょっと キッチュな造り(ぜひ実際にご覧ください) が 当時のユーモアを感じさせて 魅力的です

そして老朽化している旭館を壊さずに 持ち主の一人である 森文醸造の森社長さんが 保存運動を熱心にした結果

2013.12.24のクリスマスプレゼント

めでたく 国の有形文化財として指定されました

今年 そのお祝いのアコースティックギターコンサートを 3月に開催しました

私息子を二人連れて行きましたがとてもいい雰囲気でした 谷本光さんのブログは以下にご紹介

http://blogs.yahoo.co.jp/tanimotohikaru/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=3

ユニークな方で 演奏旅行の面白エピソードは 小2次男のツボに入りまくり 爆笑でした

 

さて

 

今回は 森社長さんが 大の高倉健さんファンということで この作品を上映するそうです

倍賞千恵子さん 桃井かおりさん 武田鉄矢さん 存在感が すごいですね

 

私はこの作品をテレビでしか見ていませんので

たぶん 上映当時 あのラストの感動を映画館で見た方は 旭館での35ミリフィルム上映で 追体験されることでしょうね…

 

ううむ

若い方にも 35ミリフィルムでの映画館上映で ご覧頂きたいです

いいですよ~

 

この旭館上映会のご紹介を 第一回からさせて頂いておりますが

本当に評判が高くて

次回の上映も秋10月頃と 決まっています

しかも 木下恵介作品とのことで 感動の3作品同時上映だそうですぞ

 

また 追って情報をお知らせさせていただきますね~!!!

 

2014/04/30 11:25 | 旭館 | No Comments
2014/04/30

旅の話を考えていたら

仕事以外で 旅に行った話を思い出したので

今回はプライベート旅の話です

 

(あ … それと 小学館の 「和楽」6月号に 夫のかわせみの料理が載ります)

 

…旅です…

どうしても結婚してからは 旅に出る事が少なくなりましたので

独身時代の話ですが

 

社会人になった頃 都立第四商業高校後 北海道拓殖銀行入行ですので 銀行OL時代の話です

 

まあ 当時 『半沢直樹』ほぼ同期 花のバブル世代と呼ばれる時代感たっぷりの時期

銀行はどこの地域も忙しかったのです

この頃は まだ お札を手で数えていました(今は自動計測器にかけます)

今はどう変わったのかわかりませんが 振込みなど 当時はIBMの電算機を使って業務をしてました

機械がよく壊れちゃって 修理に来てもらったりして いろいろ忙しい理由はありましたが…

さて

最初の海外旅行は 高校の一番の友人グループの中の一人

ガルマ(初代ガンダムのキャラからの愛称)との二人旅でした

 

ガルマちゃんは女子です

 

同じような趣味を持っていたので… アニメ マンガ テレビの嗜好が似てましたし

特技?には 血を見ても平気というヘンな共通点もありました

 

(血を見ても平気なガルマちゃんは のちに 医療関連業に就職し社内結婚ました)

 

旅をする時には よほど気が合っていないと わがままが出るので よくケンカになりますが

私たちはまったくそれが無く 仲良しで海外旅行に出発

初めてなので 珍しいツアーに参加しよう!という事で

当時 まだ 海外旅行先としては 若者がまったく訪れない 中国 北京・桂林・上海のツアーを選択しました

本当に 若い人が誰も居ないツアーって 何ともいえない雰囲気ですよね…

 

ご経験ある方いらっしゃると思いますが…

 

ツアーの内容自体 まったく あわてない 時間設定で 故宮や 桂林の川くだりも超余裕の時間がありましたから

なお更 ゆーーーーーーっくりした旅をさせてもらいました

添乗員さんがベテランの60代少し前の方で 何でも知っていて 調達まで色々してくれるありがたい方でしたし

帰りに お客さんから相当感謝された様子だったのが印象に残っています

添乗員もいい仕事だなと思いました

今の旅行はたぶん テンコモリの日程をこなす 超過密旅行ではないかと思うのです

先日 知人が台湾に行き

九分でぎゅうぎゅうにされ 見学をした話を聞き

そのあまりの差にびっくりしたのですが

 

私が仕事で台湾の九分に行ったのは三回ありますが1998から2002年までに昼・夜・昼の時間帯で訪れました

どの滞在でも そういう思いをした事がありませんので 本当に驚きました

旅をする理由の 買い物や有名な場所に行く事だけに 着目しすぎると こういうぎゅうぎゅうでも 文句が言えないみたいですね…

日本の団体旅行の没個性について 海外の方からの印象の悪さを聞いたことがあったので もうやだな~と思います

 

 

…で 2回目は またもやガルマちゃんと二人で エジプトツアーに行きました

8日間のツアーですが 飛行機にほぼ1日乗るので実際は6日程度でしたが

 

イスラムの世界に カルチャーショックを受け 勉強させていただくツアーでした

 

同じツアーの若い女性客にプロポーズしてきた現地ガイドさんの ラクダ1000頭あげるから結婚してくださいには 驚きましたが…

 

全般的に ヨーロッパの方が昔からバカンスで滞在する歴史が長いということで

東洋人はほとんど 新参者としての扱いでした

 

印象に残っているのは とある ナイル川沿いの優美な休憩ポイントにバスで到着した時の事です

 

100Mほど離れた場所に 北欧の方かと思われる 色の白い皆さんがデッキチェアでくつろぐ姿が見えました

いいなあと思って そちらに行こうとすると 現地の方に制止されました

「ジャパニーズ ノー!」

 

お?ナンだって?

って感じですが どうやら 私たち日本人ツアー客は 歓迎されない場所の様子で

こちらのガイドさんの案内に従って ファルッカという帆掛け舟に乗るナイル川下りに 大人しく乗り込みましたが

あとで ずいぶん腹がたった覚えがあります

 

人種差別というか そこまでいかないまでも いわれの無い不快感を感じました~

 

でも エジプトの貧富の差には 驚きの連続でしたので

本当に苦労して生活している様子が伝わってきてしまって

もう ただ ピラミッドや遺跡好きのみの興味本位で旅に出るのはやめようとつくづく思いました

だって ピラミッドや アブシンベル神殿など周囲では 子供から 「バクシーシ!(ほどこし)バクシーシ!バクシーシ!」と囲まれたりして

こんなにどうしたらいいのか困る光景に あちこちで合うと 自分が働く事の意味自体を よく考えないと

国際競争に突入して いろいろな差を金銭に換算した結果のバブル時代

生き方の基準を自分の親やその前からの経験で築いているのに

全部を塗り替えちゃった人もいたようですので 今ならそう言えるんですが

当時はぜんぜん わかりませんでしたので

楽しもうとツアーに参加したのに 悩みを持ち帰ったみたいで

本当に それから 海外旅行に行きたくなくなりました

 

その後 最後にしようともう一度 今度は 違う仲良し女子メンバー三人と ローマ、パリ、マドリードのツアーに参加して…

今度は みんなのわがままがぶつかる経験をして

団体旅行の困り事…最初のローマで ナポリ観光をオプション申し込みしたのに現地で断られたという 残念な経験がきっかけですが

Kんきツーリストさんの不手際ですが 謝ってくれなかったのが ショック!

社会人として 大きなツアー会社のそういう対応って どういう態度をするべきか 当時は判りませんでしたから 泣き寝入り…

(今ならクレームをガンガン寄せるはずですね…)

 

もうおかげで 次に行った場所パリでは みんな わがままの暴走~!

フリータイムの使い方でもめました!

 

ベルサイユまで行きたい人と イヤだという私と友人 二つに分かれてしまって

軽~いケンカ状態でツアーなかばを気まずく過ごしました

 

結局 ゆっくりと 公園でのんびり半日パリの鳩においしいパン屋さんのパンくずなど投げ与えたり

有名なカフェで ご当地の常連叔父さんと談笑したりして 結構楽しく仲直りできました

 

この経験で わかったのは 余裕が無いのは とかく 人間にとって 争いを生んじゃうんだなというつまらない事でしたが

旅に出るのは 自分のわがままを お金で解消する そういう都合をぶつけるのは やめるべきだと 私は考えました

人とのつながりを 大切にする 仕事を選んでいるのに そういう態度そのものに 嫌悪があるのです

でも 本当に勉強になった事は事実でした

それからというもの

私にとって 旅は 余裕と同義語です

GWですので… みなさん 楽しい旅を!

2014/04/30 10:53 | 生き方 | No Comments
2014/04/30

思わない事で とてもイヤな感情を抱え込む…

それは 凄く心の負担になりますし 毎日の暮らし方にも直結します

今回は そういう「気持ち」の話です

 

A. つらい経験が 原因となった時と

B.自分の失敗が元になる場合では

ずいぶん傷つき具合が違う事がわかりました 

 

(自分の場合ですが)

 

A.本当につらい経験の場合 やりきれない感情となって 心の深い部分に蓄積されます

 

B.自分の失敗が原因だと その後の行動自体に直接関係が出てきます

 

間接的には生まれたときから 直接的には芸人として 芸に関わって生きてきましたので そのABが表面的に現れるのは

私の場合 日常の態度の方に出ておりますが

曲独楽の舞台にも 場面構成や演出を考える基礎の部分の骨組みと関係が出ます

 

 

Aは人の生き方の理想に関係するくらい 重たいことなので なかなか変更が利きません

Bの方で調整をする事が日々の生きる糧にもつながって これは どうやら 生きがいというプラスイメージを持つものにチェンジが可能なようです

 

色々な失敗談がどなたにもあり

その失敗は とても心にひびくものです

 

私にも失敗談があります

 

温厚な紋也師(3世)のお怒りを買った事…

本当によくおぼえています

今でもあの時の苦い苦い思いは忘れていません

 

細かい失礼は ものすごくたくさんありますので省略…

 

入門後 初めての海外公演がN.Yという(1993年)ラッキーな私

有頂天状態の私の曲独楽の舞台上での取り扱い方は とてもザクザク荒っぽいものでした

 

その海外公演で ご一緒した方のパーティーがホテルで開催されましたので

紋也師に呼ばれて 曲独楽公演の後見として一緒に出演しました

 

変わらない美しさと気品ある 紋也師の曲独楽の風格と

横に居させていただく 新参者の私では 天地の違いがあり

舞台上ではそれがまた お客様にはお楽しみとなっていましたから

公演も それはそれは楽しくさせて頂く事が出来ました

 

問題は その後です

 

ああ 書いていくのが つらいですねえ

 

連載を休みたいくらいイヤ…

(^^;)失敗とは そういうマイナス効果たっぷりですなあ

 

私の有頂天が なくなったのは この経験が元です

 

お客様である方 仮に iさんとします

 

iさんから 後日 紋也師あてに 郵便物が送られてきました

 

私の所に 師匠から電話があり 「すぐ来られるかい?」

 

紋也師のお宅は 当時 すごく粋な 新宿区納戸町でした

神楽坂と隣り合わせの地域で

裏千家の東京事務所や 勅使河原映画監督のお宅など すぐご近所で

当時の日本ハム上田監督や 女優FじMなみさんや 志ん朝師…お歴々がいらっしゃったのです

 

急いで紋也師宅へ伺うと

 

珍しく 怒られました

「おまえさんは 慌て物なんだよ」

 

今でも よく 口のある部分から この時の事を思うと 苦いものが染み出てくるんですが…

今日も出ました おお 胃にこたえる

 

そう

小道具を 演技終了後 控え室に忘れて

iさんが 公演の感謝の言葉を添えて 私の小道具を送ってくださったのでした

 

本当に 本当に

寝られないほど 苦い感情が生まれて

この時 私は思ったのでした

 

二度とするまい

 

たったこれだけの話ですが

 

曲独楽の小道具は 替えが利きません

個人の身体の特長によって その道具も違うので

忘れたから貸してもらうとか

お店で買ってきて間に合わせる

 

そんな道具では無いからです

 

特に 入門当時 私の為に

紋也師が 直接ご自分の手で 作ってくださった小道具で

とんでもなく貴重な品でしたから

本当に 申し訳なく

 

ものすごく落ち込んだのでした

しかし この経験こそ

道具に対するこだわりを生むきっかけであり

その後の舞台構成の考え方の基礎の基礎となり

どういう風に 曲独楽を取り扱いたいかという 自分の理想をはっきり形にするという 責任の取り方を考える最初の出来事でした

 

貴重な体験でした

 

2014/04/28

NHKスペシャル 調査報告 女性たちの貧困 ~”新たな連鎖”の衝撃~

昨日 あまりにびっくりしたので この件について 書いてみます

2014.1.27 にNHKのクローズアップ現代で「あしたが見えない」

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3458_all.html

同様に 女性がどうしても 生活するにあたって 困窮する経済状態から脱するために

風俗店での労働を選択する人や 住居を持たない生活 など 人の暮らしを考える場合に

通常の暮らしとは リズムが著しく違う組み立てを選ぶ

 

その実例を示されて

驚愕しております

 

私が東京を離れてから10数年が経過しました

愛媛県の山間部で生活しておりますが

 

確かに 金銭的には困窮状態に近いのですよ (^^;)

 

しかし 人同士の つながりの深さの 仕組みそのものが この例とは ものすごく違う…

 

同様に なぜ 最も困っている状況の人が 国の支援などから もれてしまうのか

 

これって とても悲しい事です

 

この 個人の 生き方や 暮らしの違いについて 制度がまったく機能していない事を意味しているし

 

日本は 近代の経済発展の時の基準を 全国共通として しっかり作ったから

硬直的な対応しか できなくなっているという事でしょうか

 

これは 古典という 芸能の枠組みと 大衆芸の 自由さとの関係にもよく似ています

人の奔放さは まったく 形を越えていきます

 

ですが

生きていくということ

この状態に どう対応するのか 芸能の場合と違って 生存の権利に直結している件ですから

どうにかしてもらいたいと思うばかりです

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