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2014/02/19

曲独楽三増巳也宜蘭衣紋流し

曲独楽三増巳也宜蘭衣紋流し

曲独楽を演じる時に気にするのは

どういう場所・会場でコマを扱うのか

ということです

大ざっぱに書いていけば ローマのコロッセオみたいな感じなのか

お祭りの仮設舞台か

はたまた(この言い方 広川太一郎さんの「ムーミン」スノーク風を希望)

きちんと座って見られる屋内会場の大きな公会堂クラスなのか

それとも 寄席のような客席のお互いの居心地相乗効果バツグンの300名様会場なのか…

あるいは アットホームな個人経営店かお宅のリビングでのパーティーだろうか

それを気にするわけであります

とある「芸に理解の非常に深いお方」と 

曲独楽の普及のことについて ご意見を聞くことができました

マジックの海外と日本の歴史について くわしい方なのです

一時期 曲独楽はマジック ← ← ← 日本で言うと 手妻(てづま)です

との合同公演を 今で言う シルクド○レイユの元祖みたいな方式で公演していた時代があります

私もたびたび こちらJunkStageさんの「言わずば回れ」コラム 曲独楽江戸時代カテゴリで

少し書いてきましたが

この方の調べたデータを元にした記事もあるのです

さて

そういうことで現在のショーも 様々な公演をご覧の方ですから

滅多にないこの機会に

曲独楽の海外を視野に入れた 普及のご意見を聞かせていただくことができました 

今まで私も すごく迷っていたのですけれども

私的に 結論が 出たので ここで申し上げておきます

曲独楽は 日本人が 手放すべき文化伝達方式ではない

そういうことです

閉鎖的になるなということで お叱りを受けることもあるでしょうが

ここは 私が 石頭に ガッチリ固めた持論を展開させていただきます

曲独楽が 過去 海外との交流の歴史の中で

なぜ 洋式の娯楽の浸透や 戦争や地震などの文化的危機を乗り越えて残っているか

日本の国土の大半を占める 山林・木材の利用と共生の歴史と文化が

それを支えているのだということです

そして それを充分に理解して 育っている私たち表現する側が

物事と 表現する人との美しい均衡を芸として

舞台上でご覧頂き

色々な思いを感じてくださる観客の皆さんと

表現する側も 共感と発見と出会いを得られる 

至上の至福の場所に立っているのだということです

シルクド○レイユという公演の事を ちょっと書かせていただきましたけど

死亡事故が起きるということは そういう内容なのですね(怖)

かなり はっきり申し上げると

命の危険を要求される公演内容ということは

果たして 演じる側は 何の特があるのでしょうかね

欲求のみに こたえると こういう結果が待っています

かつて ロシアで 日露戦争直前からその最中に

日本の曲独楽と手妻の芸人が一族で公演していた時代に

地元ロシアでの芸人とトラブルになり

演じる時に使う命綱に切り込みを入れられた話や

現地での仕事を得るため 日本の芸人が命をかけた演技をして

勝ち残り獲得したサーカスの話が伝わっています

その当時と まるで事情が変わっていませんね

TVのバラエティーでの危険演出もこういう話と関係があります

そのようなことをOKする人が出る悲惨な状態を

私たちの先輩芸人が嘆いて その結果として良くする為の活動をしています

そのために 日本の芸能家団体をたちあげて 協力しています

私も協会員です

海外の劣悪な演出優先の傾向には 危機感が大アリです!!!!!!!!!!!!

おかしな傾向だと思いますが

日本の宣伝が大々的だと なお更 気がつく人は 少ないでしょうね

芸術的なことって

そういうことでしょうか?

抑圧された人の感情の昇華された表現として 芸術はあるはずだと思いたいです

曲独楽は 手放さない


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