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2012/04/22

ネンブツダイイエ~、関係ない写真です。

初めて長男が小三にして海釣りした成果です。

ネンブツダイだけど…(^.^;)

 

 

 

今回は、いっこうに「はかどらない」歴史探訪方面を ちょいと横へ置いといて

家紋から コマの歴史を ひたすらに 探っていきまする。

 

まず、家紋というのは、実に色々な模様と、その成立のいわれがあって、

様々な方面からも研究されていて、

事典もたくさん刊行しているから、見ていて面白いし、いいなと思っていました。

 

我が家の父 源氏太郎の家紋は 五三の桐

母 このみの家紋は梅

 

みなさんも 親戚の結婚であるとか

墓参りの際に 見る事があるでしょうから

 

あながち 遠い話題ではありませんね

 

しかし

家紋が 武家系列の 由来なのか

他の成り立ちによるものなのか なんて

専門書でも 読まない限り わかるもんではありません

 

私は祖母から 武家の由来だとは聞いていましたけど

詳しくはありませんので 以下は WEB上で公開されている

専門誌から 参照していきます

 

独楽の紋の話です

まず こちらから 「独楽」紋の 画像をごらんいただければ 有り難いです

http://books.google.co.jp/books?id=9_D6dNY4AlMC&lpg=PA29&ots=6joxxOuZeO&dq=%E5%AE%B6%E7%B4%8B%20%E7%8B%AC%E6%A5%BD%20%E9%87%8C%E6%9D%91&hl=ja&pg=PA29#v=onepage&q&f=true

 

二種類の独楽が 描いてあります

まず 木下独楽という記述がある方ですが

その独楽の形を見てみると

実に 「愛媛のちょんがけ」、「熊本のちょんかけ」によく似ている事がわかりました。

 

もう一つは 杭のようなかたちのものです。これは、欧州でもアメリカでも、

ムチ独楽という、止まりかけたら紐で叩いて回す独楽です。

 

家紋の独楽は もう一種類あります。

これは ケンカ独楽と紐の模様です。これは今でも柄としてわかりやすいので

着物のおしゃれ紋としても 使われています。

 

さて、「木下」独楽の話を、したいと思います。

「木下」とは、なんでしょうか。

 

豊臣秀吉が、木下藤吉郎という名前であったことを、思い出していただきたい。

木下というのは、秀吉のことであります。

そして、秀吉の配下に

娯楽を仕事としている 武家で言うところの「御伽衆」にあたる人々が

多くいたのです。

 

そして、海外へも攻め入っている秀吉は、多くの海外からの品を

自国へ持ち帰ったり、もちろん人においては、無理やり日本に連れてこられた人も

いたそうなので、相当な影響力です。

 

そんなわけで、権力者に気に入られると、側において芸を披露したり、

国から移って旅をして、新しい土地に城を作ったりすれば、

そこまで一緒に付いて行って

新しい遊びや 文化に触れて きっと生きていたに違いないと思うのです。

 

海外から持ち帰った珍しいものは、きっとその芸を象徴する

紋章として

家紋として

その家柄を示す役割を与えられて

後の世に 秀吉の功績を 輝かしく伝える為の 手段としても

残されているはずなのです。

 

私の今いる 愛媛県で ちょんがけ独楽という遊びがある事を 最近お話し始めましたが

 

実は この 家紋・紋章になった 木下独楽こそが

その ちょんがけ、ちょんかけ独楽を あらわした柄ではないだろうか ということを

私は思っています。

 

曲独楽には「風車」という芸が あるのですが

口伝えの伝承として 昔の名古屋城のふすま絵には

その風車そっくりそのままの 演技の描写を描いた市中風景画があったそうです。

大きな茶会を開いたり、御伽衆を引き立てたり、

 

かくも、この太閤秀吉という方、

 

今になっても その力の強さは 続いているというところですね。

 

もう少し、探りたい話です。

 

子供の参観日と 内子町の地域の区長当番が重なって

眠い中の原稿です。

文章がわやわやなのを、御許しくださんせ。

 


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