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2012/02/17

お早ようインフルエンザによる長男の学年閉鎖と

次男の感染のおかげで休みが続いた

 

地元のレンタルビデオ屋さんが繁盛したかもしれない

 

我が家は12本借りた

 

その中に 「お早よう」 小津安二郎監督作品があった

私は以前 NHKBSのテレビ放送で 見たので多少憶えていた 

前回見たときは 気が付かなかった事が 今回わかった

中心の話題はまず テレビがない家の話だったけれど

電話も さほど 活用されていなかったようで

ご近所の噂話の広がり方とか

若い人の恋心の描写に

今ほど 電力を消費しつつ 人同士の交流をしている時代は無いのじゃないかと思った

一人一人の心の行方というのは、いつの時代も同じと思っていたけれど、

この「お早よう」を見ていたら

そうとも言えないことに気が付いた

私の子供の頃の記憶と

微妙に同時代の風景を見られた「お早よう」だけれど

同じ週に公開された続編の呼び水としてテレビ放映された「三丁目の夕日」

この作品と 時代設定がほとんど同じではないか

「お早よう」は昭和34年公開

 

「三丁目の夕日」の宣伝コピーに

昭和33年

「携帯もパソコンもテレビもなかったのに

どうしてあんなに楽しかったのだろう。」

とあって、

画像処理の多い画面に 目まいを感じた私には

その感覚は見事に働かなかった

 

 

両方を見終わって もう数週間が経つけれど

もし 同じように

並行して見て

何とも納得いかない感じがするのは 私だけでは無いと思う

 

私にとってこの違和感は

江戸の芸の雰囲気を探し求めたり

先祖の生きていた時代の人の心を探る動機に関係する

 

芸として 私のコマの曲芸曲独楽や

手品マジック手妻

そして太神楽曲芸アクロバットジャグリング

このような事を考える時

 

一般的に 一番目に付いた事を話題にするのが 普通のお客さんの反応であり

技術にこだわるのが 愛好家

 

専業の芸人はといえば

自分達の表現の根の部分を いかにお客さんに ご理解いただいているか

そのわずかな心の交流の機会として与えられる

舞台での演技中に どうしたら心を配っていられるかという事

私の 芸を見ている人に わかってもらいたい事は

ここで書いたら わかってしまうから 書けないけれど

私にとって とても大事な事柄なのだ

 

ところで 技術の鍛錬自体は さほど難しい事ではなく

専業芸人であるならば 当然出来なくてはならない

だから 技術は あえていえば

すぐに愛好家の餌食になる運命なので

多少現代のような 電力を駆使した文化中心の志向で構わぬという

大衆の登場においては

この絶好の機会を 逃すはずは無く

YOUTUBE ニコニコ どこへ行っても 無法状態に陥っている感がある

 

アメリカ式でいいというならば 著作権を行使し

法律規制となる

でも ここは日本だから

 

あくまで 自己規制

本人の理性に任せられている

 

でも どういうわけか

そういう事をしている人に限って

気が付いていないのが

私は悲しく思う

 

かつて 小津安二郎監督が「お早よう」を製作した頃のように

専業と 愛好家の 明らかな区別を

一般大衆がマナーとして 自慢しあっていた昭和30年代

 

テレビの大衆化で

国民総白痴化(「お早よう」での台詞から)が 現実に始まった昭和40年代

 

舞台演劇寄席芸能が 経営で苦しんだ 昭和50年代

 

経済空洞化バブルによる 海外文化の流入と 無抵抗だった大衆文化への打撃の

昭和60年から平成ヒトケタ

 

そして 納得がいかないのは

大衆文化に正当な評価と 問題点の分析をすることなく進む今の補助 助成制度

 

根本的に 解決しなくてはならない点を無視し

橋下大阪市長にNOと言われるまで

慣習のように何処の予算も 心を置いたまま施行されてしまい

一向に後継者だけでなく 現役専業側の 本当の実力を引き出すことなく飼い殺していく

 

気が付かないシステムに なっている事が 問題なのであって

私は そこをどうにかして 改善の方向へ 差し向けていきたいと思う

 

善き効果として こんな利点がある

 

純粋に 己の技術を探求できる 愛好家の熱心さは 専業芸人の心を豊かにし

専業芸人の それぞれの思いの丈を垣間見たお客さんが 発奮して時代を豊かにする

 

また それを 提供できるメディアや 寄席席亭 芸能社 プロデューサーは

寄り添って 共に歩いていて欲しい存在だから

 

いつの時代も 専業芸人の言葉には どうか 注意を向けていてもらいたいと思う

 

電力利用の伝達文化には ほとんど経済的ルールのみで突進しているけれど

テレビ登場の昭和30年代には

怖い先輩が大勢居て

昭和50年代まで 健在だった

 

そろそろテレビ関係の御大もお考え頂きたいのは

各世代の各界の交流の場の提供 

 

地方局の活用を考え 地域ごとに交代で開催するメディアイベントを常時すること

 

今のままでは 都市と地方の交流は 限界だし

フェアじゃない

 

地方から何でも奪い去らず 都市はダイエットするべきだ

放っといたら 機能不全が目に見える

 

電力をカットして 家族と話し

自分を求めてくれる者と 豊かな心を育て

時間をかけて 自分の為に何かして

本を読み

美しいものを見定める力を蓄えて欲しいと思う

 

 過剰も 疑心暗鬼も無い

 

一日の終わりに 満ち足りて健康的に眠り 朝陽を空腹で迎える

 

私が東京都豊島区から愛媛県内子町に移住した体験は ちょっと言葉にはしにくいけれど

物事の順番を 季節のように整え直して

今その作業を二人の息子から 教えてもらっています

 

ひとつひとつ。

 

 

 

 

 

 

2012/02/17 01:22 | 曲独楽、巳也の演技のまわりの事 | No Comments

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