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2012/02/05

 

 

芸人として 最初は父 源氏太郎のかばん持ちで同行 その時の話画伯 巳也

日Oテレビの某バラエティーで

今は画伯としても通しているタレントの方の生番組だったが

本人が遅刻 にもかかわらず ゲストの父と あと数人を待たせたまま

自分の物まねだけ 数十分演じた

終わったのは 多分番組終了まで 5分もなかっただろう

父はあまりの失礼な態度に 芸をせず黙って帰った

 

私は その時 テレビ担当側タレントと

芸人が相容れない現実の一部始終を見たのだった

 

後日談がある

どういうわけか その画伯とは5年ほどあとに ヘンなタイミングで遭遇した

 

私の曲独楽を製作してくださるI先生の本業は壁画家だからアトリエが大きい

その大きな作品を制作するために7代目神田明神の氏子で チャキチャキ江戸っ子先生は

竹の山付きの大きな 湯河原の新築へ 移住したのである

 

画伯がFテレビの旅取材でたまたま私の友人の料理店に行き

店頭で見かけた竹の子が

曲独楽製作待ち時間に I先生の庭で 私が掘り出した 土付き新鮮竹の子

取材の話題が少なかったらしく 敷地で竹の子を掘らせてくれと 切望されたけど

I先生に代わって 私が父の敵討ちで 断って差し上げた

 

画伯で仕事して某地では美術館まで持つ タレントの方と

正真正銘の美術家だけど

曲独楽製作中で 木屑除け作業服の I先生との

あまりにも均衡のとれないワンショットを想像すると

あの時断って良かったなと 今でも思う

 

芸を育てる栄養は 色んな味がする

2012/02/05 01:41 | 巳也芸談, 生き方 | No Comments

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