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2012/02/02

こちら JunkStageさんに 起稿させていただいて 3ヶ月がたった

とにかく 言いたくなった事を つらつらと

書き連ねてきてしまったわけだ…

ですが よく自分の原稿を再読していくと

何が本当にお伝えしたくて書いているのか

単なるつぶやきのツイッター程度の事しか 見えてこない…

所詮 私も程度140文字レベルの文章表現しかできないのだと痛感

そのごまめの歯軋りにも似た 原稿内容から取り上げるべきエッセンスとは

ほんのミトコンドリア程度にも満たない

けれど 過去 人の苦しみの中にこそ 芸の根源は存在している事

その感覚を身近に感じているかどうかと言う事を 話題にするならば

私はそれだけを 誇っていこうと思っています

こんなにも 電子化が進んで

ネット上で 私たち 芸に興味を持つ者がごく少しの労力で

あらゆる情報の糸口を手繰る事はできるようになりました

だけど

安易に 芸の その技術にだけ着目されて大衆に認知を受けても

私は苦笑いするだけです

曲独楽のことについて

私は三増紋也師匠から 習いました

この曲独楽の維持の事について

相当の経済力を持たなければ

弟子の育成が不可能である事

これは 曲独楽師だけじゃありませんが

今や 日本で芸に関わる人

また 働く人 すべてが 大変な時代なわけで

世界大戦の前後 みんな苦労して

日本の風土と自分達らしさを積み上げてきているのに

まるで 何も持っていないかのような 貧しい感覚をなぜ感じるのか

感覚をよみがえらせて

邪魔なものを捨てて手に入れるべきは

輝く自分と 周りの愛する人の幸せな顔だと

東京から移住して9年になる今

本当に思います

物が多いと

自分が見えない

物に囲まれていると

いつも

選ぶ事をつきつけられ

無意識下に襲ってくる放送のような言葉の群れに

深く考える癖を奪われていく不快感の心には

今や そういう大切な事をすら

真剣に話す家族との時間も奪われて気がつけないでいる

私が住んでいた東京の池袋駅界隈では

始終どこかの企業の宣伝が相当うるさく聞こえていたかというと

そうではありません

少なくとも

私が幼稚園に行っていた頃はまだ

池袋構内にでさえ

箱車に乗った 傷痍軍人の記憶があったり

駅前での政治演説が そういう放送に邪魔される事は

まったく無かった時代があったのです

どうしてこんなに

変わっていった事

その違和感について

考えられないのか

私はそれが理解できないから

東京を出てきたんだなと 思っています

多数の幸せが

少数の幸せを

押しつぶす世の中であってはならないと

私は考えているからです

インフルエンザが流行中

息子の学校が学級閉鎖を伝えてきました

皆さんも体調には充分気をつけてくださいね

2012/02/02 01:55 | 生き方 | No Comments