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2014/12/23

前回 ネットでの 情報の伝わり方について

父 源氏太郎の芸名と同じツイッターアカウントの発見でびっくりした事を 書きました

…で

私が住んでいるのは 山であり 標高で言うと294Mくらいの地域に住んでいます

築100年くらいの農家を改装しながら 壊れかけた所を修理しつつ住んでいるのです

…で

愛媛だけではなく たぶん 全国の地方では同じだと思いますが

少子化で

普段 手に入る情報は 地域の役立ち情報と 大きな国際報道 そして 政治の話題など…

… 経済的に 影響が大きな事柄は 話題になるけれど

それ以外に 人が考えている事について いつも何となく気になっているものが きちんと当たり前に
伝わっているかどうか…

…というのは…

テレビ放送が始まってから いつも 色々見てきたのに

住んでいるところによって その情報の摂取の量と質が 変わっている…???

これは 今まで あまり考えた事がなかったので

最近 経済的に 世の中がきびしくなってきて 特に感じているんですね

ううむ

…でね

経済的に 大変な時代でも

言わなきゃならない事を伝えたいという 気持ちを 強く伝えている人が 出てきたなあという実感が

最近 ありますのですよ!

これに気がついたのは

愛媛の放送局がラジオで放送していた 深夜枠の番組でした

そうです

そして その番組を夜中に起きて聴かなくても PODCASTで配信されていて

地域や時間の制約無く 自分が興味ある事柄を知ることが出来るのは 本当に役に立つな~

… 物事を 知りたい 自分がどのように考えるのか 判断したい…

そういう事は とても重要です

ラジオと同じように 誰でも使いこなせるように 技術が発達してくれたらいいと考えました

2014/12/09

驚いた 

実の娘の私が驚いた

父 源氏太郎といえば 2014年12月9日現在 年令は85歳であり

デジタル アナログ 含め 機械関連の取り扱いは 持っているギターのアンプ位であり

プライベートでも テレビのデジタルへの変更も ご近所の旧知の電気屋さんがやってくださる…

そういう程度であるので

まさか

源氏太郎という ツイッターのアカウントがあるなんて

まったく驚いた

もちろん 父とは 全く無関係であり

このツイッターのアカウント自体

2010年に取得して以来 つぶやきはたったの5件

誰かの気まぐれの取得に違いないのだけれど

気持ち悪い事このうえ無い!!!!!!

皆様も お気をつけあれ

同姓同名の方との ご自分との違いを 果たして デジタル上のデータは どこまで信頼できる物として証明ができるというのでしょうか

…では また

2014/04/28

NHKスペシャル 調査報告 女性たちの貧困 ~”新たな連鎖”の衝撃~

昨日 あまりにびっくりしたので この件について 書いてみます

2014.1.27 にNHKのクローズアップ現代で「あしたが見えない」

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3458_all.html

同様に 女性がどうしても 生活するにあたって 困窮する経済状態から脱するために

風俗店での労働を選択する人や 住居を持たない生活 など 人の暮らしを考える場合に

通常の暮らしとは リズムが著しく違う組み立てを選ぶ

 

その実例を示されて

驚愕しております

 

私が東京を離れてから10数年が経過しました

愛媛県の山間部で生活しておりますが

 

確かに 金銭的には困窮状態に近いのですよ (^^;)

 

しかし 人同士の つながりの深さの 仕組みそのものが この例とは ものすごく違う…

 

同様に なぜ 最も困っている状況の人が 国の支援などから もれてしまうのか

 

これって とても悲しい事です

 

この 個人の 生き方や 暮らしの違いについて 制度がまったく機能していない事を意味しているし

 

日本は 近代の経済発展の時の基準を 全国共通として しっかり作ったから

硬直的な対応しか できなくなっているという事でしょうか

 

これは 古典という 芸能の枠組みと 大衆芸の 自由さとの関係にもよく似ています

人の奔放さは まったく 形を越えていきます

 

ですが

生きていくということ

この状態に どう対応するのか 芸能の場合と違って 生存の権利に直結している件ですから

どうにかしてもらいたいと思うばかりです

2014/02/19

曲独楽三増巳也宜蘭衣紋流し

曲独楽三増巳也宜蘭衣紋流し

曲独楽を演じる時に気にするのは

どういう場所・会場でコマを扱うのか

ということです

大ざっぱに書いていけば ローマのコロッセオみたいな感じなのか

お祭りの仮設舞台か

はたまた(この言い方 広川太一郎さんの「ムーミン」スノーク風を希望)

きちんと座って見られる屋内会場の大きな公会堂クラスなのか

それとも 寄席のような客席のお互いの居心地相乗効果バツグンの300名様会場なのか…

あるいは アットホームな個人経営店かお宅のリビングでのパーティーだろうか

それを気にするわけであります

とある「芸に理解の非常に深いお方」と 

曲独楽の普及のことについて ご意見を聞くことができました

マジックの海外と日本の歴史について くわしい方なのです

一時期 曲独楽はマジック ← ← ← 日本で言うと 手妻(てづま)です

との合同公演を 今で言う シルクド○レイユの元祖みたいな方式で公演していた時代があります

私もたびたび こちらJunkStageさんの「言わずば回れ」コラム 曲独楽江戸時代カテゴリで

少し書いてきましたが

この方の調べたデータを元にした記事もあるのです

さて

そういうことで現在のショーも 様々な公演をご覧の方ですから

滅多にないこの機会に

曲独楽の海外を視野に入れた 普及のご意見を聞かせていただくことができました 

今まで私も すごく迷っていたのですけれども

私的に 結論が 出たので ここで申し上げておきます

曲独楽は 日本人が 手放すべき文化伝達方式ではない

そういうことです

閉鎖的になるなということで お叱りを受けることもあるでしょうが

ここは 私が 石頭に ガッチリ固めた持論を展開させていただきます

曲独楽が 過去 海外との交流の歴史の中で

なぜ 洋式の娯楽の浸透や 戦争や地震などの文化的危機を乗り越えて残っているか

日本の国土の大半を占める 山林・木材の利用と共生の歴史と文化が

それを支えているのだということです

そして それを充分に理解して 育っている私たち表現する側が

物事と 表現する人との美しい均衡を芸として

舞台上でご覧頂き

色々な思いを感じてくださる観客の皆さんと

表現する側も 共感と発見と出会いを得られる 

至上の至福の場所に立っているのだということです

シルクド○レイユという公演の事を ちょっと書かせていただきましたけど

死亡事故が起きるということは そういう内容なのですね(怖)

かなり はっきり申し上げると

命の危険を要求される公演内容ということは

果たして 演じる側は 何の特があるのでしょうかね

欲求のみに こたえると こういう結果が待っています

かつて ロシアで 日露戦争直前からその最中に

日本の曲独楽と手妻の芸人が一族で公演していた時代に

地元ロシアでの芸人とトラブルになり

演じる時に使う命綱に切り込みを入れられた話や

現地での仕事を得るため 日本の芸人が命をかけた演技をして

勝ち残り獲得したサーカスの話が伝わっています

その当時と まるで事情が変わっていませんね

TVのバラエティーでの危険演出もこういう話と関係があります

そのようなことをOKする人が出る悲惨な状態を

私たちの先輩芸人が嘆いて その結果として良くする為の活動をしています

そのために 日本の芸能家団体をたちあげて 協力しています

私も協会員です

海外の劣悪な演出優先の傾向には 危機感が大アリです!!!!!!!!!!!!

おかしな傾向だと思いますが

日本の宣伝が大々的だと なお更 気がつく人は 少ないでしょうね

芸術的なことって

そういうことでしょうか?

抑圧された人の感情の昇華された表現として 芸術はあるはずだと思いたいです

曲独楽は 手放さない

2014/02/06

今日 注目の会見があり 私は今 フラッシュのアラシを目撃しつつ 考えている

何が本質的に 不快なことなのか

さて

学問を基にして音楽を作っている人が 不遇な環境にあって

それを上回る ゲームの音楽制作者の経済的優位性のことだろうか

☆ 人が作ったものを自分の作品としてYouTube配信するとか

☆ どこかで見かけた絵を勝手に拝借してイラストに加工してしまうとか

人間は どんなふうに これから 自分たちの文化を操作していこうとするんだろう

今までと同じ ただの三面記事として 考えてもいいんだろうか

今後 どういうふうに 生きていくことと まわりの出来事を配置していくのか

家族ができたり

ご近所に仲良しが増えたり

お世話になる人が まったく思わぬ時に 幸運とともに舞い立つことだってある

そういうことは どんな自分の「性分」との 兼ね合いなのか

ひとりひとり

もちろん私も

とことん考える必要があるに違いない

時間と 
身の回りの環境は

自分が全力で整備して

力の限り 己の目標とする一点を目指せ

そういうことを 子どもに言える親でいたいと思う

そう思った

弓張り曲独楽三増巳也内子町

弓張り曲独楽三増巳也内子町

2014/01/31

私が東京から10年前に移住している 愛媛でも 山の地域が多い この内子町ですが

最近 温かいなと思う日が増えてきました

ここ数年 暖かな冬が多かったので 我が家と店かわせみで使っている 薪ストーブ用の薪も 少なめに用意していましたが

今年は思ったよりも寒かったから 今になって 叔父にお願いして 焚き付けの木材を探して補充しています

ところで

IT や スマートフォンが 多くの利用者の指示をゲットしたおかげで 

ちょっと 驚きの光景が

私の住むあたりの山間部でも 最近繰り広げられています 

それは あちこちに突然建設される 電波塔・鉄塔です

これは 全国にあまねく経済効果を波及せねばという誰かのプレゼントなのでしょうか?

調べてみると

NT○とか a○とか sof○bank とか そういうとこのものらしいのです

そう Wi^fi や LTE の回線が とぎれないための重要なものらしく

あっというまに 周りの山にニョキニョキ数本立てられています

住民ではおそらく高速通信を使うだろうというのは 我が家を入れても10軒に満たない地区です

それで その 高速通信の恩恵に どこまでこの地区が預かれるのか調べてみると

1社だけが その最先端の端末向けの 回線用鉄塔を設置している様子です

でもって もっと調べてみたら ある日

nt○の回線セールスの人が かわせみのある 町並み保存地区にも 「光回線工事開始」するというオススメをしに回っているのです

どんどんこういうことが 変化のきっかけとして発生する都市部と違って

山間部や 小さい観光地などは 「何のことやらわからん」新しい物事は 結構小さいことがきっかけで 始まるものなんでしょう

全体の大きな変わり方と 自分のまわりの うんと小さいことは 変化のリズムも別ですね

東京で生活している時 私は子どもの頃から蓄積する財産の身体感覚がずれていくのがわからなくて

オーバーに言えば

判断基準にすべき 自分の体調管理の目安を あやうく 銀行員勤務の頃 完全に他人に任せてしまいそうになり

普通に言うと 銀座にあった 某エステに一回だけ行ったということですが

その体内時計やら 免疫系等の判断基準である 肌のチェック(化粧したらわからん)など

自分だけが持つ判断のたからものは その銀行勤務の時 本当にピンチを一度迎えます

それは このまま 芸人にならずに 結婚したろか    というギャンブルでした

同期や 女子行員の先輩が 次々結婚出産祝いをゲットしていき

私は自分から後に てっきり後輩の女性が入社すると思ってましたけど

3年間全然来ませんでしたので いつも新人のままで 毎年何かの幹事や お祝いを考える係りをやっとりました

こういう お城を攻めるのには まわにの堀を埋めるか水攻めだね 的な会社の雰囲気は 本当にへきえきでしたね~

女性が働くということに まだまだまだまだ あらゆるおしつけや はたらきかけが いろんなところにころがっていた頃でしたね

結局 モロモロ振り切って 芸に向かって まっしぐらに方向を定めたのは

そういうじわじわしたものの存在も 実は意味があったということでしょうね~

アンテナ鉄塔の恩恵は 私の住む地域には まだ3年はかかるみたいですうううううう

私の頭のアンテナは いつもピピピと張っておきたい!!!!!!!!!

2013/11/29
曲独楽師三増巳也おすすめ本

曲独楽師三増巳也おすすめ本

やはり 日本が近代に入って どう 変化してきたのかを本当に知っておくために

この本は 欠かせないと思うので ここで取り上げておきます

Press Thisって 機能が便利なので 使ってみます…

『マンガ蟹工船』を無料公開!! – 白樺文学館 多喜二ライブラリー [TAKIJI LIBRARY].

 

このサイトで 小林多喜二著 『蟹工船』を マンガにして無料公開していて

 

とても わかりやすいので 一度ぜひ ご覧頂きたいです

 

私は 曲独楽師になる決意をして 資金を貯めるために銀行へ就職しました

 

その銀行は 北海道拓殖銀行であり

小林多喜二が 働いていたのも 同じ拓銀なのです

 

私にとっては とても雰囲気が大らかで好きな社風だったのですが

小林多喜二がいた時代は とんでもなく 違うことを 最近 『蟹工船』を 真面目に読んでみて知りました

 

近代化した 日本が 今 「国家の秘密保持・保護の法案」審議・決議について 日々報道がありますが

 

突然降って湧いたわけでも何でもなく

 

その社会の風潮に流されたり 世論でたやすく操作されやすい日本の今の意思決定の経路というのは

教育が きちんと人 ひとりひとりに 腑に落ちる・身にしみる 如く身に着けていないということを 浮き彫りにしています

 

国と 地域と 住んでいる場所の環境 そして 家族の気持ちの通わせ具合

その関連が ぜんぜんしっかりしていないと思うのは 私だけではないはずです

 

自分に問いかけてみて

反省しながら 注意深く考えて物事を見て 先輩から 意見を拝聴し 健康で 協力しながら 違う文化も考えも

どうしたら いいのかを 話し合っていくこと

 

84歳の父 48歳の私 親子の芸人で 今まで仕事してきて

いろんな後悔もありますが

時代と 人と 関わりあってこそ この仕事の環境はあるのですから

真摯に向き合う姿勢を 持ち続けて 仕事は娯楽・お笑いという部類に属するのですが

真面目に世の動きを 考えていきたいなと 思っています

 

先日 故 牧伸二 前東京演芸協会会長の 「お別れ会」が 開催されました

牧伸二さんお別れの会 青空球児ら出席/芸能速報/デイリースポーツ online.

ケーシー高峰先生 三遊亭円歌師 小松政夫さん … 多くのゆかりの方が来られていたと 父 源氏太郎から昨日聞きました

さすがに 80歳代は 父 源氏太郎 円歌師…もう少ない長寿芸人でございますが

ずいぶん話がはずんだそうです

会も 盛会に終わったということ…

 

でも やはり残念なのは 思わぬ形で 亡くなってしまわれたこと

 

年を重ねて 身体が思うように動かなくなるのは 当たり前の事ですから

父 源氏太郎の心境は こうです

「だって じじいなんだから そのマンマだよ~」

こういう 裸の感覚を 私も これから 身につけていこうと頑張るのみ…

 

ところで

 

…『蟹工船』では 「搾取」が テーマとして 話の一部を作っていますけど

読んでいて ピリッと効いてきたのは

領土とそこで金を生むモノの取り合いを いつでも誰かがやっていて

駆り出される現場で動く人が 耳と口をふさぐ形で働いて そこへ資金の流れを作っているというシステム

近代化の事だけでは 終わっていなくて

 

疑いを持たない大衆の登場が そういう昔の怪物を 今でも飼っている日本を見ちゃうことです

 

…て 事で

今回の締めくくりは

NO NUKES えひめ.

2013.12.1 松山で 「伊方原発を無くそう・サヨナラ原発集会」があります!

大きな動きにしていきたい活動なので

応援していきます

http://www.ikata-tomeru.jp/wp-content/uploads/2013/11/131119webshasindd.jpg

2013/11/14
kyokugomamiya手入れ

kyokugomamiya手入れ

曲独楽の 手入れをしながら

毎回必ずすることは

心棒の磨きと 曲がっているかどうかのチェックです

 

なかば 儀式か 無意識になっているのです

 

いつも必ず 流れとして体に覚えこむことというのは

そういうことは 緊張する現場に係わると

どういう場面でも

皆さんすることと思いますけど

 

自分がストレスを受けた経験と

それを 越えた体験があるからこそ

生まれる流れですね

 

最近の レストランの メニュー 表示と 内容が 著しく違うという事柄が 話題になりましたが

 

どういうことなのでしょうか

 

ニュースにまでなって 消費者庁の偉い人まで出てきてコメントしたりして

 

もう止まらないんじゃないのって 思ってしまいます

 

 

ここには いろんなことが入っているから

いつまでたっても スッキリしない話題になっている…

 

日本語の表し方

日本の都市部の考え方

農産物生産地の 経済的事情

行政の方の上から目線

放送局の慣例表現・何でも縮めて言う、キツイコメントが来るとそれに合わせちゃう風潮

もちろん

経営の側と調理担当者がぜんぜん一緒に活動できない環境にある…という大企業が

今回舞台なのですが…

 

消費するということ以外に 農業生産側とまったく接点が無いのは

どう考えても 本当は一番危ないことなんじゃないかと

 

私は思っちゃいます

 

危険この上ない…

 

電気を作っていたのが あの

原子力発電所…

 

自分たちの体を作っているのは

 

…果たして 何なのか?

 

どこからきて

どうやって ここまで運ばれているのか?

 

実に 不思議だと思いませんか?

 

土地に そのまま 種をまいて

健康にまったく悪影響なく

発芽した作物を食べられるということは

 

本当に 実は

まれな事なんじゃないのかと

 

最近思うようになりました

 

 

だって

私が小学生の頃 1960年~1970年頃は

できたものが

どこから来て

誰がどういう風に運んでいるのか

 

ほとんどのことが ちゃんとわかっていたということです

 

劇的に手に取るものが変わっていったのが

たぶん1970年代も後半の頃…

 

私の肌感覚で言うので とてもわかりにくくてすいませんが…(^^;)

住んでいる駅の前に お菓子屋のチェーン店ができた

駅の反対側に ファミリーレストランが開店した

隣の駅に マクドOルドができた

仲良かった肉屋が閉店した

幼馴染の魚屋が貸アパートになった

PTAの運動で通学路にあった貸し本屋と

駄菓子屋と映画館が無くなった

 

小さい町は こういう風に変わっていきました

劇的に変化するのが

国営の鉄道 国鉄の民営化の頃です

※当時の事が 少しわかる記事は以下

http://www.asahi.com/articles/TKY201310190256.html#

 

私の住んでいた地域には 大きな国鉄職員向けのマンションがあり

数百世帯が住んでいました

マンションは環状七号線にあって

中学校はそのすぐ隣に建っているという良い条件の場所にありましたから

私の同級生は国鉄職員が結構多かった

 

この地域はそのマンションがあったことで

にぎやかだったのだということは

私自身子ども過ぎて わかるまで時間がかかったし

実際に8年前頃 中学校が 統廃合で無くなってから実感が湧くことになりました

本来 そこで生まれた私の世代が

そこに住んでいたならば

学校は変わらずあっただろうし

店を継ぐ子もいただろうと思います

 

商店街がほとんど店を閉めたことで

今の雰囲気が出来上がったということ…それは

住んでいる人がもう東京都内でも高齢者の割合が高い現状

そして 借家に住んで家賃を払っている人が大半で

私のように

親が離れた場所にいるという人が本当に多いということです

 

(我が家の場合;父が現役の芸人で元気でやりたいうちは愛媛に迎えることが幸せとは思わないので当分「遠距離見守り隊」ということです…)

 

食べ物の事で言っても

親がずいぶん野原でとれる食べ物を 子どもの頃に教えてくれたので

大人になってからも 苦労することが無い現状は感謝が尽きません

 

特に

都市部の生活が日常風景になっていると

自然物と人工物の区別のつけ方に

 

普段 自然物に囲まれている人と比べて

大変な違いがあるという事実に気がついて

 

そこから

基準として持っている「味」「色の感覚」「体の基礎体力」などが

ぜんぜんかみ合わないことにも

実際にその変化をまざまざと体験して理解することになりましたので

勉強はするものだと思いました

 

 

誰でも当てはまることですが

 

自分の経済状況が悪くなることには

協力的になれるはずはありませんよね…

 

この偽装するということには

それがぴったりとはまり込んでいて 取れることがありません

 

経済的にとても驚くような変わり方を数十年ごとに見せるけられている私たち

消費する側にとっては

もう 「好き」と「嫌い」しか 選択肢が残っていませんから

こういう風に 「頼るべき何か」を

大きな「信頼関係」という姿で提示されれば

そこに身を置くしか

都市部で生活する側としては無いのですから

こういう「軽い裏切り」は

やはり「不快」につながって

結果 「バッシング状態」を生んでいくんでしょうね…

 

これからも 続きそうで

なんとも情けないですね

 

しかし

食べ物を作るということは おいてきぼりです!

国産の食料がどれだけ手をかけて

体力と そこの人の知恵の恩恵を受けているのかについては

まったく語られることはありません!

 

ジャOーズのタレントをイベントに派遣したとか

Oみます芸人としてそこに住んでるからとか

そういうことではまったく接点が生まれませんので

所詮は

大きなタレント事務所の利益と大きな流通機構の宣伝なのであり

個人として言えない事が増えますし

自分の意見を言ったら所属事務所をはずされる恐怖と隣り合わせの活動です

気の毒ですが 大きな会社に所属するということは そういうことなのです

 

この「B級グルメ」「B-1グランプリ」というイベントと

「郷土料理」「地場産」という表現の相反する言い方には ものすごい違和感があります

 

地元に住んでいる側 子どもたちの授業には 「郷土料理」で紹介し

地場産料理を開発する「○○甲子園」みたいなことができたりしています

同じ食べ物でも大きな会社に出してもらうと

「B級グルメ」で 販売しています

 

なんなんでしょう

節操がありませんが

容認しているのです

…上から目線の大きな会社やシステムに対する不信

農村の疲弊は今に始まったことではないからです

日本は歴史的に農村の搾取でどの地域も戦争や飢饉、天災を切り抜けてきていますから 無理もないのです!

 

だって第二次大戦のあとからですよ!

ほんの数十年弱しか 自由な環境で経済活動が成り立っていないということです

企業の中の環境だって 同じなのだということです

「ムラ」的経営や政治

自治のことも全部一緒です

 

日本はまだ

地域の活力の残り火で

切り抜けられてきたから

今まで大丈夫だったに過ぎないのです!

日本の人が農林水産業から離れていったら

国土を活用する人がいなくなったら

国土が荒れるのは目に見えています

 

会社の仕事を好きでしなかったら

転勤も嫌いになるし

成績悪くて降格されたら会社の敵対会社に情報を流したりするかもしれないでしょ

だって大きな会社だから 多少評判落ちたって大した業績悪化にはならないから

自分がもうかったらいいもん…自分がスッキリしたら構わないじゃん…

 

どっちも同じですね

 

まあ 今の地域のことに関係あることを書くならば…

里山という綺麗な言葉には 隠れているイメージがあります

 

山のや 谷に住んでいる人

数百年…そこで長く暮らしています…

ほとんどがそうです

 

しかし

生活の手段として新しく拓けた 「道の駅」

その姿はどうでしょうか…

 

(※皆さんに知っていただきたいのは

私が取り上げている話に出てくる物事を直接糾弾して悪く言うつもりはないということですけども

語らずにいるのも見ている私には 大変なストレスですので

JunkStageさんの コラム上ではきちんと言わせていただくのです)

 

なぜ

 

生産している側のほうが

経済的に圧倒的に弱くなってしまっているのか!?

 

道の駅の成立の事情は

各地域でぜんぜん違います

 

私の住む 愛媛県の内子町の地域では

「限界集落」になりつつある場所がたくさんあるので

その苦心して作ったものが

地域の道の駅としてあるはずでした

 

しかし

 

多くの道の駅が

 

「観光用」としての顔を押し出しすぎて

本当にしなければならない

地域を良くする為の活動と無縁の雑事が増えている悲しさは

いったいなんでしょうか

 

お客さんを呼ばなければ

(都市部で流行しているものと同じものを作ろう)

(デザインがいい包装紙はどこで買ったらいいのかしら…大学にコーディネートを頼んでみよう)

何かしなくては

(イベントをしてくれる会社を知ってる町に行って紹介してもらおう)

 

…そうじゃないでしょう…と私は思うのです

 

自分の体を動かして汗をかいてみてから考えなくちゃいけないのに体が冷えるからといってコタツに入って運動しないようなものです

 

そういう誰かの利害だけでできているような 閉鎖的な環境を見ていると

子どもに間違ったことを教えてしまいそうな恐怖を感じます

 

どうしたらいいのか わからなくて 本当にストレスがたまったことがあったのですが

わかったことは

自分のすることに責任を持つということでした

だから 私も責任を持って行動して 間違っていたら きちんと正して謝るということを

当たり前に繰り返していこうと考えます

 

少なくとも

外食する時は きちんと考えて マナーを身に着けながら高めていきたいですよね…

 

誰だって 叩かれて痛い思いをしなければ

本当に腑に落ちて活動する責任を実感することは出来ません!

…それまでに 願わくば 基礎的な地域の人の力が失われないように 祈るばかりです