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2014/10/14

2014年10月26日
愛媛県立医療技術大学 学園祭に出演します! DSC01198
見た感じは 同じに見える事でも

物事の背景を知ったら 人は心が動く事がありますね

同じに見える という事は すごく幸せなのかもしれませんし

困った事なのかもしれない

心の持ちようだと よく言いますね

本当にそうだなと 昔の人の言葉に 聞き入ってしまいます

ただ単に 物事を伝えたいのか

それとも 考え抜いて 搾り出すみたいに作った言葉だったのかは

時には 言ったり 言葉で書き残した本人でさえも わからなかったりします

ううむ

私にとっては

何でも

同じじゃ無いですね…

独楽の動きに替えて考えてしまうのが私の職業病かもしれませんが

何回曲独楽を扱っても

その一瞬ごとに 出会っているかのようです

先日 知人と 鮎の話になり

徐々に国内の鮎が変化しているんじゃないかという話題になりました

場所も時間的なことも

同じ川の源流で育つ鮎だって 味が違います

川を大事にしてきたおじいちゃんたちの つかまえる鮎は 違う味がします

養殖の味でなく

川の状態も味のうちに入っています

それに 炭火で焼く時の炭もそうです

山の雑木の状態で 良く燃えたり 燃えなかったりしますから

良く出来ている山の炭は 煙があまり出ませんし

焼く場所の大きさに合わせて割る時も

粉々になりにくいです

曲独楽だって 木製品ですし 心棒は日本が誇る 鉄を鍛える見事な技の 鋼鉄製です

木は全部 日本の木です 塗装も漆ですから 日本の風土に根ざしている芸能だという事です

見かけが同じでも 曲独楽を本当に知っている人が作る・回す・演技する… そこで違いが初めて成り立ちます

だけど

インターネット上の 動画からは それがわかりません

本当に 曲独楽を大事にしたい … 私は いつも 思っています

2014/03/29

福井県の縄文時代の貝塚から見つかった漆の木が、これまでで最も古い1万2000年余り前のものだったことが分かり、海外でも有名な日本の漆文化の起源を考えるうえで貴重な発見として注目されています。

…こういうニュースが数年前にありました

 

 

仏教と一緒に大陸から渡ってきました

 

これは教科書で習った記述ですが

 

日本に古来から漆の木が 自生していたのでは…という出土品の話やら

 

もしかしたら 歴史的に自分が習ってきた教科書の話は どんどん書き換えられているんじゃないか…

 

そう思ったので 調べてみることにしました

 

やはり 今の常識は 私の学生時代とはだいぶ変わっている様子です

 

 

 

昔は中国から伝わった

 

そういう安易な説明も減ってきたようですので

 

自分的には しっかり情報を更新して 書いていこうと思います

 

さてさて 刀剣の装飾 つば の工人の技術の伝わり方 人の移動の事を前回書きました

 

今回は 漆と螺鈿の事が気になるので

調べてみました

 

同時代の違う物の動きをみていくのは 他の切り口の発見ができるかもしれないという期待ですが

どちらかというと

刀と 漆や螺鈿について 男性的と女性的というふうに私は今まで勝手に分類していて

一緒の時代であるにもかかわらず ちっとも注目してこなかったのです

 

実際には 持つことで身分を高め 社会には身分の証として そういう装飾をほどこした刀剣は使われるのであって

決して 江戸後期の頃のような 装飾目的で刀を所持する文化と一緒の扱いではなかったのだと

不勉強を嘆くばかりですが

 

その刀の螺鈿技術 象嵌 伝来の話は 国宝の記録を公開している文化庁の国宝公開データページでも

変わっていないので安心しました

 

でも 始めに書いた 漆は どうやら 国内産で あるていど 漆の保存効果を使用していたのでは…と

 

福井県の古墳で発見された漆の木の出土品は

新事実を想起させる興味深いニュースです

 

さて 話を技術の事に絞ります

 

その伝来してきた技術が

自分たちの腕より凄かったら

やはり 習いたいと思いますよね

 

だから 国産であった技術と 輸入の技術を比べて取り入れていく

 

そういう日本の工人の工夫の歴史は

 

いまだに 続いていると言ってもいいでしょうね

 

ですので

独楽は伝来したのではなく 日本独自で発生していて

最先端として 鉄芯の曲独楽は大陸経由で伝来したのか…

その技術者を連れてきて 伝わったのか…

または 何かの工人か文人の趣味か郷土の遊びの形で伝来したのか…

 

そういう事が考えられます

 

正倉院の国宝の螺鈿紫檀五絃琵琶ですが

当初 完全に 装飾品として 国も取り扱っていたけれど

再調査で 楽器使用目的で制作されたようです

 

この時代は 奈良の大仏建立で 大規模な演奏や舞踊があり

たくさんの楽器が必要だったとか

 

楽器の作り自体はわかりませんが

装飾の技術は

高価な大陸輸入のものを使わなくても

最初は輸入の螺鈿技術で学習していた螺鈿工人が

やがて螺鈿の技術を習得し

国内 琉球や南の島にある貝素材で 作ることが可能になったということです

 

日本では 技術を発展させる得意技を 発揮してきた歴史は長いものなのですね~

2014.4初旬 愛媛県内テレビ出演します テレビ愛媛「い~よ!」

2014.4初旬 愛媛県内テレビ出演します テレビ愛媛「い~よ!」

2014/03/28

曲独楽三増巳也小鹿野町木材

曲独楽三増巳也小鹿野町木材

前々回の続きです

※ 曲独楽の材料となる 木材の用意が困難になったという話を ご紹介しました
そして それを調達する為にお世話になった 埼玉県の小鹿野町での話を 今回はさせて頂きます

小鹿野町は 昔から長野と江戸を結ぶ街道として 人の往来が盛んでした

埼玉県の秩父の西に位置している 山あいの町です

交易の品物を運ぶ街道は とても道が整備され 山郷としても

暮らしは豊かだったのではないかと思います

さて 曲独楽の素材探しで

各所 例えば 横浜市の公園で 桜を伐採するから譲ってあげるとか

某所の川の流木を処分するので 持って行ってくれとか

そういう事で 一門の時間調整できるメンバーが

木材を取りに現場まで行くのはいいのですが

切った木を動かすことができないで 大抵そのまま持って帰れず

曲独楽制作の先生のお仲間の貴重な木材を譲り受けられなかったら

本当に無駄足ばかりで

やる気そのものが失せていく毎日が続きました

愛好家の愛は 本物の愛です

とにかく
 
私たち プロの曲独楽師は

製作者と 周囲の協力者の愛で 活動を継続しています

だけど

いつまで そういうありがたい状況は存在するのか不明です

近年

私が小鹿野町でお世話になった皆さんとの出会いのような

そういう話を非常に大切な事として聞いてくださる方が増えてきました

3月の原稿が遅れた理由として

これはちょっと書き添えますが

地元 テレビ愛媛の「い~よ!」という番組に出演が突然決まって

収録と演出 両方ちょっとずつしたためです

曲独楽の保全環境の悪化は これからも最大の問題なので

絶えず取り上げていきますが

私が小鹿野町の山で木を切ってもらう体験をしに行ったこと

それは 本当に良い経験になりました

木を切るのは 命がけで

運ぶのも相当危険な事です

怪我も落命もそこには瞬時に発生し

人間の工夫と体力それと コミュニケーションの力と自然界での限界をまざまざと体験します

写真をしみじみ 当時のものを見返して

本当に木を切る現場に入った事を今実感するんですが

実は

実生活でもまた

山の中でうろうろ

しかも 今度は小学生の兄弟を連れて

我が家の山を探検してしまった私なのでした

これはまた 機会を変えて説明します

とても楽しい話なのです…ハイ

巳也曲独楽投げ2

巳也曲独楽投げ2

2014/02/28

小鹿野で巳也曲独楽材料oganomiyakyokugoma

小鹿野で巳也曲独楽材料oganomiyakyokugoma

ディープな話題が 増えてきました…

私がこの写真の埼玉県の小鹿野町へ うかがったのは 2000年の5月の事です

曲独楽の原材料となる 木材の調達について もうプロ向けの曲独楽制作はムリだと

製作者の先生方に宣言されたのを受けての「調達旅」の何回目かでした

1985年頃 曲独楽の稽古に何とか 曲独楽を手にしなくてはと 探した頃を思い出しています

紋也師からも 女楽師からも そして私の父 源氏太郎を通じて 他の曲独楽の愛好家であったご近所のXおじさんも

みんな口をそろえて その苦労を語ってくれていたので 相当の覚悟が必要な事は

入門前の(曲独楽を意識し始めた) 高校生当時から知っていましたが その打開策については

江戸独楽の復興をされた 広井政昭先生に(今回からもう先生をつけさせて頂きます ご本人が嫌がるので今までして来られなかったけど)

頼る以外に無かったのが 現実でした

特に曲独楽の製作者の 手間と労力そして技術の高さによる精度の良さの評価というのは

曲独楽の演技の内容と 曲独楽師側の必要性との関係が 曲独楽の価格へも影響してしまうので

曲独楽を制作している側の 大きな問題点となったまま昭和の時代の曲独楽の置かれた状況は終わってしまいました

専門的過ぎて お客様に通じにくい話が続きますが ご勘弁ください

私たち曲独楽師を最も愛してくださる「寄席」で 舞踊的な演技を最小にした事もその理由のひとつかもしれません

それを避けてきたのが 三増流の 日舞の要素を取り込んだ美しさを表現する曲独楽ということなのですが

段々 それ自体 “短時間での派手な演出”を 要求される場所が増えるにしたがって 「時間がある時の余芸」風な演出効果になってきて

本来どこに流派の違いがあるのか わかりにくくなっているのが 現在ではないかと思うのです

私は入門してすぐ その違いを叩き込もうと異流派の先生方と お話できる所に行く事にしました

太神楽曲芸協会へ 女楽師が会長の頃(平成10年頃ですね) お願いして加入させて頂き 本当に勉強になりました

太神楽と曲独楽を同時に演じられる先生 柳家小志ん師ととし松師の演じ方と

三増流の違いを納得する事ができたのは 本当に有難かったです

ところで

川崎大師で毎年5月21日に 太神楽曲芸協会の「まり塚まつり」の奉納演芸がありますので 機会があったら皆さんぜひ 行かれてください

曲芸が見られてご利益が頂ける貴重な一日です…

こちらから ご覧ください 

これは 普段 稽古や寄席などで使う 芸の道具を供養する石碑を建立し 芸道の精進を願って川崎大師で行う曲芸師のおまつりです

私の名前も彫っていただいてるので まり塚で探してみてくださいね

さて
その材料の調達の面で 国産の木材の確保が 年々難しくなっていった事は

曲独楽の製作者のストレスになってしまっていて “曲独楽は飾り用と素人さん向けなら作るけどプロへは作らない”

こう宣言されてしまった時期がありました

外国産の安価な木材が当たり前に流通する一方 国産の「用途が少ない建材以外の雑木」は 流通経路から外れて

一切市場に出なくなりました

困ったのは 私たち 曲独楽師です

何とか 使える木材を探して 乾燥 試作 試験 実用 という流れに乗せていかなくては 曲独楽の木材からの完成までの期間は

その木材の置かれた環境と 木材の水分や 密度との均衡により また 木取り(削りだせる面積)の大きさも違うので

完成する曲独楽の大きさや 使える機能からどの演目用なのか選定する期間も 考慮したうえでの 早い調達が必要だったのです

すぐに どこか 木材を選んで 手に出来る場所が無いか 探しました

縁があって 山に入る事を快諾していただいたのが

埼玉県の小鹿野町でした

… 次回へ続きます 

2014/02/19

曲独楽三増巳也宜蘭衣紋流し

曲独楽三増巳也宜蘭衣紋流し

曲独楽を演じる時に気にするのは

どういう場所・会場でコマを扱うのか

ということです

大ざっぱに書いていけば ローマのコロッセオみたいな感じなのか

お祭りの仮設舞台か

はたまた(この言い方 広川太一郎さんの「ムーミン」スノーク風を希望)

きちんと座って見られる屋内会場の大きな公会堂クラスなのか

それとも 寄席のような客席のお互いの居心地相乗効果バツグンの300名様会場なのか…

あるいは アットホームな個人経営店かお宅のリビングでのパーティーだろうか

それを気にするわけであります

とある「芸に理解の非常に深いお方」と 

曲独楽の普及のことについて ご意見を聞くことができました

マジックの海外と日本の歴史について くわしい方なのです

一時期 曲独楽はマジック ← ← ← 日本で言うと 手妻(てづま)です

との合同公演を 今で言う シルクド○レイユの元祖みたいな方式で公演していた時代があります

私もたびたび こちらJunkStageさんの「言わずば回れ」コラム 曲独楽江戸時代カテゴリで

少し書いてきましたが

この方の調べたデータを元にした記事もあるのです

さて

そういうことで現在のショーも 様々な公演をご覧の方ですから

滅多にないこの機会に

曲独楽の海外を視野に入れた 普及のご意見を聞かせていただくことができました 

今まで私も すごく迷っていたのですけれども

私的に 結論が 出たので ここで申し上げておきます

曲独楽は 日本人が 手放すべき文化伝達方式ではない

そういうことです

閉鎖的になるなということで お叱りを受けることもあるでしょうが

ここは 私が 石頭に ガッチリ固めた持論を展開させていただきます

曲独楽が 過去 海外との交流の歴史の中で

なぜ 洋式の娯楽の浸透や 戦争や地震などの文化的危機を乗り越えて残っているか

日本の国土の大半を占める 山林・木材の利用と共生の歴史と文化が

それを支えているのだということです

そして それを充分に理解して 育っている私たち表現する側が

物事と 表現する人との美しい均衡を芸として

舞台上でご覧頂き

色々な思いを感じてくださる観客の皆さんと

表現する側も 共感と発見と出会いを得られる 

至上の至福の場所に立っているのだということです

シルクド○レイユという公演の事を ちょっと書かせていただきましたけど

死亡事故が起きるということは そういう内容なのですね(怖)

かなり はっきり申し上げると

命の危険を要求される公演内容ということは

果たして 演じる側は 何の特があるのでしょうかね

欲求のみに こたえると こういう結果が待っています

かつて ロシアで 日露戦争直前からその最中に

日本の曲独楽と手妻の芸人が一族で公演していた時代に

地元ロシアでの芸人とトラブルになり

演じる時に使う命綱に切り込みを入れられた話や

現地での仕事を得るため 日本の芸人が命をかけた演技をして

勝ち残り獲得したサーカスの話が伝わっています

その当時と まるで事情が変わっていませんね

TVのバラエティーでの危険演出もこういう話と関係があります

そのようなことをOKする人が出る悲惨な状態を

私たちの先輩芸人が嘆いて その結果として良くする為の活動をしています

そのために 日本の芸能家団体をたちあげて 協力しています

私も協会員です

海外の劣悪な演出優先の傾向には 危機感が大アリです!!!!!!!!!!!!

おかしな傾向だと思いますが

日本の宣伝が大々的だと なお更 気がつく人は 少ないでしょうね

芸術的なことって

そういうことでしょうか?

抑圧された人の感情の昇華された表現として 芸術はあるはずだと思いたいです

曲独楽は 手放さない

2013/12/13

私がこの話題の作品を取り上げるのは危機感からです
経済的な旨味がある表現作品は
誰でも見られる自由と
同時に『見ない自由』を主張するべきだと考えるからです
私は自分の子どもに大人になるまで見ないように言ってある作品があります!
その1本がこの『進撃の巨人』…
どこが私の不快感の元か考えました…
まず私の思い込みから感想を書くのでそれこそ私のコラムで不快感を覚える方がいらしたらゴメンナサイね…
作品の内容が読者の反応におもねっているような気がしたこと
ある特定の嗜好にダイレクトに「エサ」を与えるような作品の作り方に非常に違和感があります
やはりアニメを政治に利用する政治家への不快感と同じものです!
大きな企業がスポンサーにつくことは反対です!
ナゼこの内容の作品にスポンサーになる理由があるのか理解不能です…
私の携帯電話に来たダイレクトメールが今回の発端です…
イヤな世の中だなぁ!

2013/12/10

100号を突破して 少々喜んでいたら

120号を書いていることに気がつきませんでした…

 

日ごろの生活態度を 最近見直さなくちゃいけない現実が発生し

(原発反対とか 秘密保護法案の今の決め方に対しての 違和感とか…)

 

…固く考えないで お付き合いクダサイヨ!

 

どこまで 自分という人は 自分の事に責任が持てるのか もう一回考えてみようと思い立ちまして…

 

じゃあ 何が できるのよって事なんですけど あんまり大したことは 期待できない人物でありますから

それでは どういうことを責任持って 生き抜くのか 計画立ててみようということでして…

 

  1. 曲独楽師として 恥ずかしくない芸をすること
  2. 息子たちに 私のささやかな知識を教えておくこと
  3. 時間の無駄使いをしないようにすること

 

という形を おおまかに決めてみましたら

1. と 2. は 出来るだけを尽くせばこれから出来そうですが…

問題は3.です

 

時間の無駄使い…

結構これは 個人差があると思いますが

 

「何事も経験だから 無駄なことは 何も無いじゃないか…」

そういう達観できる方には 頭が下がるので この際は 私的に

いい加減にしないと 家族が迷惑するよ!

という事を基本に 据えていかないと どっちかといえば 「遊芸人」とか 「遊芸渡世人」とか 前世代には 言われていた仕事をする身として

もっと 役に立つ事を 実行していかなくちゃ 人生寂しいよね…という事なのであります

 

第一

誰だって 年をとったら 身体が若い時より動きにくくなるもんですので

早いうちに 自分の残り時間の管理を しっかりしておかないと 後で後悔することが目に見えております

 

2014.1.5に 愛媛県の 内子町にある 大正時代の木造の芝居小屋 『内子座』で 桂小春団治師匠の会に 出演しますので

今 その 舞台用 曲独楽セットを レイアウトしながら 今回の原稿を書いておりますけど

 

残り時間を 何歳まで セットするのか

それから どれをどういう風に 実行へ移していくのか

曲独楽の配置を決めるくらいに はっきりできたらいいんですが

 

次回までに 残り時間の計算をやっておきたいと思います

2013/11/28
曲独楽三増巳也コマ

曲独楽三増巳也コマ

まず 2014年のJunkStageさん・山田雅幸さんの写真年賀状…とてもきれいです!

使わせていただけるとは 嬉しいことですね…

 

さて今回は

曲独楽の事を話すのが とても好きです…が

 

あまりに熱が入ってしまうので

 

人前でお話しするよりも

 

皆さん お読みいただく方の ご都合のつく

 

JunkStage コラムで お目に留まるほうが 読者の方のストレスになりにくいから…

 

今回は この話題で 久しぶりの 思い切り決め付けて進める曲独楽論です…

 

以前から こういう大衆的に支持をしていただいて 長持ちしてきた日本の芸のことを

 

話題にしてきて

 

こと 曲独楽になると その曲独楽自体の 「作られ方」が 私にとっては特別気になることが多く

 

文章でわかりにくいから今回は 「WindowsXP」卒業「Windows7」での“ペンタブレットお絵かきペン筆おろし”兼ねまして

曲独楽 説明図1

曲独楽説明図1

 

 

 

こんなふうに まず 考えていこうと思います

 

この3つの丸は お互いに関係がありますよね

 

どんなものにも 当てはまりますしね…

 

 

 

 

 

 

しかし 曲独楽という芸の 「今の芸能と似た 芸を楽しみとして見る」 という 同じ心理で 「観客」が存在した記録が

 

(毎回取り上げますけど) 京都 四条河原での 見世物

博多から来た 少年の コマの芸 「曲独楽」 初太郎とも市太郎とも 言われていますが この芸人の登場で

私の仕事の 「曲独楽」 の 形が 初めて文字の記録として出てきます

 

おすすめ曲独楽資料三増巳也1

おすすめ曲独楽資料三増巳也1

 

たいして社会的 政治力などと関係がない出来事ですから

本当に 世の中が 地震 飢饉 大火災 一揆など 無い時期

限られた「物好き」の 筆によって この記録は 今日まで残ってきました

 

曲独楽の 歴史の記録ですが 研究者の皆さんのご努力の結果

 

近年 わかりやすい ムック本に近い小説とかも 登場しています

 

もう 数十年前などは 田村正和さんが曲独楽師の役で時代劇を

作ってテレビシリーズがあったりしたから

 

ごく 一部の方には 記憶していただいている芸の種類なのですけども

 

最近 わかりやすい GoogleのBook閲覧でも 「興津要さん」が書かれている本が 閲覧可能です

この本は 江戸の町の描写が 見やすいので 良かったらご参照あれ

以下 出版社のPHP研究所の紹介リンク

http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-57026-6

大江戸商売ばなし | 興津  要 著 | 書籍 | PHP研究所.

山の生活と 町でのにぎわいを どのようにして考えるか

それは 今の時代でも 同じなので

私にはものすごく 興味がある話題です

 

期せずして 曲独楽の歴史を調べていたら

渡来文物の伝わり方とか 子どもの遊び文化 それから 部落差別と放浪芸の関連など

本当に 広範囲のかかわりが 見逃せない物語を次々私の頭の中で作ってしまっているので困っちゃうのです

 

トボトボと (田中コミマサさんなら ポロポロと言う感じです)

コラムに書いているから ますます 蓄積してしまうので

責任あるなあと思ったりしていますが

 

しかし 私が この今生活圏である愛媛の山の中で実感している 山の生活は

その昔なら きっと「こうじゃないか」という 大きく外れない程度で 予測ができているような 自己満足ができます

 

それは 普段 木を切って 運び出して 木の皮をむいたり ツルをよじ登って取って 容器を編んで作ったりしているからだと思います

 

薪ストーブの木を 人から人へ 運ぶ時に いかに 重心を低く 自分たちの息を合わせて体のリズムで木材を手渡しして作業するのか

 

それが 手順よく また 数量多く 豊かに暮らす肝の部分です

 

だからこそ 日本の里山には 相撲や 石を持ち上げることが 神事で伝わっているのだと納得します

 

これが たくさんの燃料を調達し より良い生活を確保するための 地域の強力な経済力でもあったからです

 

実感こそ 大事だなと 思います…

ああ そろそろ 山を降りて 息子を学校から迎えに行かなくては…

今日はこれから 地域の たった5軒になってしまったけど 土地神さまの 収穫感謝の「おこもり」がありますので

この辺で…

 

 

 

2013/11/04
曲独楽サイト巳也

曲独楽サイト巳也

もうだいぶ長いこと そのままになっちゃって…

 

私の 曲独楽のサイトは こういう風に 作ってあります

これを どうにかして わかりやすく 作り変えようと 頑張ることにしました

 

 

当初 このサイトを 作る前に 1998年頃 Aめりかん Oん Lあいん という高額プロバイダで 曲独楽 三増 巳也サイトを運営しておりました

 

 

曲独楽師 三増 巳也 初サイトは 懐かしの SHARP あざやか書院で制作

曲独楽師 三増 巳也 初サイトは 懐かしの SHARP あざやか書院で制作

もっと前に SHA-プ製で ネットサーフィンできるワープロの「書院」という機械があった頃に

(SHA-プさんはペン付がウリでした~ さすがの液晶はきれいでしたね)

一番最初の曲独楽サイトを運営し始め…

 

 

私の サイト運営の 年数は 結構あることに気がつきましたので

この際 整理しておきますと…

 

1992年 本名から 改名襲名披露11月になり 本格的に 曲独楽の歴史と 自分の記録の為に コンテンツをなんとなく ノートに作り始める

 

(アナログのほうが 当時はまだ 安価で便利 そのうえ パソコンは利用者がまだ 私の周りでは 少数過ぎました…)

 

実際に パソコンの活用法を 慣れてる人に聞いて サイトの運営に踏み切れたのは 「地の利」のおかげでもあり…

 

永田町に 国立演芸場という 寄席があるんですが 曲独楽公演後必ず立ち寄る 某所に根城がありまして…

そこには Bんらくの Tたけ Sきほだゆうさん Jよゆうの Iしのさん Kぶきの Nやさん などなどが いらしたりして

色々情報交換させていただき パソコンに超くわしい皆様の助言があればこそ できた所業でございまする…

 

実際に アップできたのは i-Mac ボンダイブルー色 Ver.bの頃 1998年だから

時間かかってるのなんの…

何しろ 商業高校で 「電子計算機」としての コンピューターのプログラミングを 教科書で習ったくらいですので

ぱーそなるこんぴゅーた ともなると 別次元ですよね…

 

勢いでもって ここまで 進んできたのはいいんですが

 

ゴチャゴチャなってきて ブログとコラムとまとめサイトと 交流SNSまで 世の中には登場してきて

 

私も もう きちんとしなくちゃいけない 年頃って(?)ことで…

 

 

さて … どないしよ…

 

それはそうと 楽天イーグルス 優勝おめでとう! … の秋11月です!

 

http://www.rakuteneagles.jp/index2.php

 

 

 

2013/10/31
曲独楽三増巳也内子座a

曲独楽三増巳也内子座a

さて 前回 ニュートリノの 東大宇宙線研究所のリンクを 貼らせていただきました

そうなんです

 

ニュートリノの 何が 曲独楽の どこに 関係があるのか

 

無理やり関連付けて 今回は 持論展開でありまする

 

来年の正月5日

 

めでたく

落語家の中でも かなり 女性ファンが多い 桂 小春団治師の会に

 

内子座で 曲独楽を ご披露させていただくことが 決まりましたので

 

今回 この乱暴な ニュートリノ的曲独楽三増 巳也論を この画像から 説明開始させていただきます…

ある日 わかりにくい宇宙の話が NHKで放送されて

なぞの ニュートリノに 興味があったので

この東大宇宙線研究所サイトへ行って このやさしい説明を読んで

ニュートリノの 物と物とが くっつく きっかけの 役割があるということを

何となく 私なりに そう 理解することにしたのですが

 

曲独楽の どこが?となると

説明が大変なのです

 

今までコラムで 書いてきた内容と 重なる部分があったので

 

文章で書くよりも

図示してみようかしら…と思ったのであります

 

画像の 内子座公演時の 曲独楽の写真と 合わせて

お楽しみいただきたいところなのです…

 

kyokugomamiyanyuutorino

kyokugomamiyanyuutorino

 

 

そうです 画像に入れてみましたが

山の財産である 木を 切り出して

加工して 宗教や 権力を持つ者の 権威付けのために

儀式の道具を作り出すことは とても 一般の人にとっては

昔になればなるほど

技術がまるで 魔法や神様に 直接関係がある 物事に見えていたに

違いないと思います…

 

近代に入ると

生活に利用したり 日常が 安全になれば それが 美しいとか

希少価値 でもって 資産にも変化していくから

本当に 様々な 時代に 形を変えたり 価値を生んだりしてきた歴史…

それが この 曲独楽の 道具と コマ 自体に 現わされている気がします

 

内子町の 観光協会の 宣伝文句に 「木蝋と白壁の町並み」 と 表現したポスターが あったのですが

そういうキャッチコピーのようなものが 私のこの持論には 必要なので

 

この ニュートリノを ぜひ 使いたいと思ったのでした

 

現代の技術的な面で 考えてみても また 興味深いことがあります

 

工業技術 この 曲独楽を作る過程に ろくろを利用した工程は欠かせません

昔は 数人が気を合わせながら リズミカルに手と足で ろくろを動かしていましたが

現在は機械です

(曲独楽のろくろのモーターは 洗濯機のものが一番いいそうで)

手作業のいい面として スピードが調整しやすい点があるのですが

現代は スピードコントローラーを フットペダルで踏んで 調整します

まあ 車の運転で例えるなら ポンピングブレーキって感じで 微妙な加減速をかけながら

手馴れた曲独楽製作者の皆さんは 自在に刃物を木材へ当てて 何ミクロンの削りも楽々とされるのです

 

あまり刃物が研がれていない場合

コマの仕上がりに影響が出ます

木の削れ方が ケバケバになって 刃物で仕上げられず 紙やすりやらサンダーやら ものすごい手間がかかってしまうわけで

仕上げ具合が悪くても おみやげ程度のコマだと 平気で販売している悲惨な姿…  「あ~あ」(^0^;)

 

その 林業と機械工業そして民芸のような生活風景から来るものとの間に

このコマがある…そういう気がします

 

 

だから ニュートリノ…

 

無理かなあ…

 

まあ ニュートリノは もう 置いときましょう…

 

 

コマの発生と動きの共通点は海外でも 同じなのですが

「残り方」の点で 日本は 特筆しなくちゃいけない文化があるんですねえ

 

「寄席」 という大衆芸の演芸場が その受け皿になっています

 

講談 落語 浪曲 太神楽 曲独楽 手妻 音曲 声色 漫才 漫談

 

そういう独特の残り方が 今でも 形を変えずにいられる大きな理由です

 

あ~ 書いてるうちに 私の曲独楽ニュートリノ関連持論が ニュートリノみたいに 拡散していく~!

…てなわけで みなさん ぜひ 視点をちょびっとずらして 寄席へ いらして見てくださいね~

三増 巳也 曲独楽いらすと

三増 巳也 曲独楽いらすと

 

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