2010/04/24

おそらくアラビア語のフレーズでも一番よく知られているのが

「インシャアッラー」

でしょう。

直訳すれば、「神のご意思があるのならば」。

何かしようとするとき、何かを約束しようとするとき、人々は「インシャアッラー」を必ず付け加えます。

本来の意味は、「人間が最善を尽くしても、最終的に物事を決めて助けて下さるのは偉大なる神(アッラー)であり、小さな存在である人間ではない」=裏を返せば「人間としてできることは全て尽くさなければならない」という自戒です。日本語にある一番近い表現を探せば、「人事を尽くして天命を待つ」になるかと思います。深いですねえ、美しいですねえ。

さて、イエメン。

何しろ敬虔なるイスラム教国ですから、老若男女「インシャアッラー」を連発します。しかしながら、多くの場合、「人事を尽くして」というところがすっぽり抜け落ちてしまい 「まー神様が望んだようにしかならんのだから、しゃーないし」という部分が強調されている気がします、とても強く。「約束守れなくても怒らないでね」という予防線を張られてる感がびしびし伝わってきます。

そんな社会なので、「インシャアッラー」言われると、正直かなり不安です。

以下に実際の会話例(+それに対する心の反応)を紹介します。

「明日朝9時集合ね。遅れるなよ」

「インシャアッラー」

(・・・多分来ないな)

「紛争はいつ停戦になるのだろう」

「インシャアッラー」

(だめだ、絶対終わんない)

「ああ、どうして俺は結婚できないんだろう」

「 インシャアッラー」

(ずばりの指摘を避けるための高等テクニックです)

(タクシーにて)「そこ右に曲がって」

「インシャアッラー」

(角曲がるくらい神様抜きでできるやろ!!)

とまあ、初めのうちはその責任放棄っぷりに憤慨していたのですが、

何しろイエメンにどっぷり2年以上済んでいることもあり、日本語における「よろしくお願いします」に匹敵する、とりあえずそれ言っとけば丸く収まってしまうマジカルフレーズでもあるため、

いつの間にかインシャアッラー連発している自分がそこに存在しているわけです

「まさ、このレポート明日まで」

「インシャアッラー」

日本の家族から「あんた外国でふらふらしてないで早く結婚しなさいよ」とプレッシャーをかけられても、

「インシャアッラー」

で済ませられるので非常に便利です。

あんまり連発すると信頼と友達を無くすような気がしないでもないのですが、それもインシャアッラーでしょう。

そして「幸福のアラビアだより」、これからはもっとこまめに記事を更新できるのでしょうか?

「インシャアッラー」

と思わず言ってしまったあなたは、幸福のアラビアの住人合格です。

2010/04/24 07:24 | 未分類 | 1 Comment
2010/03/29

政府と反政府部族間で起こっていた紛争はとりあえず停戦合意に至り、戦闘は停止。

とはいっても難民キャンプに住んでいた国内避難民全員がいきなり自分たちの故郷に帰り始めるわけではなく、現地は安全か、自分の家が破壊されずにちゃんと残っているか、知り合いを通して情報を集めたり、まだまだキャンプ生活が続く模様。

ここにいたほうが住居、食糧、水、医療、そしてもちろん教育!と最低限の物資や社会サービスが提供されるので、もともと貧しいうえ戦火でボロボロになっているだろう自分の村にすぐ戻りたくないのが人情だろう。それに、何年にも渡って繰り返されてきた紛争で、停戦、平和というものが全く信用されていない。

そして、戦争が終わり、人々が希望を胸に移動を始まると、決まってそれを待ちかまえている悪魔がいる。

Landmine = 地雷

イエメンも例に洩れず、紛争の度に地雷がばら撒かれ、人の記憶が薄れるころに人の手足を奪っていく。

そして

4歳の男の子が、避難民キャンプ内で地雷の被害に遭った。

父親と一緒に、はるか北部の故郷の家の様子を見に出かけ、キャンプに帰ってくる途中、平べったい金属片を見つけ、キャンプでおもちゃにして遊んでいるうちに爆発した。幸いにして、地雷がしけっていたのか、重症には至らず手足を失うこともなかったが、病院テントを見舞うと、ベッドと点滴の他は何もない暑苦しい病室で、一 点をぼんやりと見つめていた。地雷を踏んだ細い左脚全部が包帯に巻かれて痛々しい。

もうすぐ家に帰れるんだ!多分そんな希望でうきうきしてはずだ。

ユニセフや他の支援団体が、地雷および不発弾についてキャンプ内で注意警報を出し、キャンペーンを始める矢先の出来事だった。

直ちにマサ特選おもちゃセットをプレゼントしたが、やっぱり目はどこかここではない場所を見つめたままだ。 考えてみれば、おもちゃだと思って拾ったもののせいで、彼はこんな場所にいるのだ。

傷が癒えたらユニセフの幼稚園に遊びに来さすように母親にお願いして、病院テントを辞去する。安全な遊び場と、友達。心のほうの傷のケアはうちらの担当だ。

帰り道、自然と足元に目が向く。

みなさんもどうぞお気をつけて。

2010/03/29 07:28 | 未分類 | No Comments
2010/02/20

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この子はイスマイル(4歳)。

キャンプ内で始まった幼稚園プログラムに参加してた一人なんだけど、先生のいうことは聞かないわ、おもちゃを独占するわ、女の子にはちょっかい出すわの、相当なワルガキだったので、「イスマイル、ちょっとこっち来い!」と他の男の子たちと外に連れ出して本気サッカーで個別指導してやりました。全力でスポーツさせてエネルギーを正しく発散させるのが、どこにいても青少年活動の基本です(自分にとっては)。4年前までは青年海外協力隊で、こういうワルガキ(男児)30人相手の仕事だったので、余裕です。

イスマイル、いきなり東洋人の大人が現れて怒られるわ、サッカーさせられるはで若干ビビってたけど、いい経験になったことでしょう。避難民キャンプといえど容赦しません。

炎天下、水も十分にあるわけではないのでやりすぎには要注意ですが。

再会が楽しみです。

こういう子どもとの、固有名詞の出会いがあるから面白いんです。

2010/02/20 06:42 | 未分類 | No Comments
2010/01/31

ハイチ地震被災者への国際規模の緊急支援が展開されている一方で、

地球の裏側のイエメン北部の武力紛争もいまだ継続中で、10万人単位の国内避難民が安全を求めて毎日毎日キャンプに集まっています。いつまで続くのでしょう。先が見えません。

明日から、また北部の避難民キャンプにいってきます。できれば現地からインサイドストーリーと写真をアップしたいと思います。水曜日に戻ります。

5時起きなのでもう寝ます。

ではいってきまーす。

まさ

2010/01/31 05:55 | 未分類 | No Comments
2010/01/18

皆様、遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。イエメンのまさです。

ずいぶん長いことご無沙汰してしまいごめんなさい。ご存じのように、イエメンを巡る国際情勢がここ1、2か月で騒がしくなったこと、そして私自身もユニセフとの契約のことが揉めて、そもそもイエメンにいられるかが微妙な状態だったこともあり、ずっと更新が滞っておりました。

最近での日本でのイエメン報道の過熱ぶりもあり、みなさんにもご心配いただきましたが、イエメン、少なくとも首都では平和が続いており、私も至って元気です!ユニセフも通常通り営業しております!そして、契約もすったもんだあったものの少なくとも6月まで更新され、「幸福のアラビア便り」もしばらくは継続できそうな運びです!(更新がんばります)。

ただ報道の通り、いくつかの地方では政府によるアルカイダグループの掃討作戦も動き始めているようで、それに対する反動=テロの可能性があるので十分気をつけたいと思います(どうやって気をつけてよいかはわかりませんが)。昨年から始まった北部の武力紛争も継続中で、今年も避難民キャンプへの緊急支援が仕事の大部分になりそうです。オバマにも睨まれちゃったイエメン!転落国家がけっぷちのイエメン!

そして2010年、イエメンにとって、中東、世界情勢も巻き込んでもっとも大きなターニングポイントになる年になることは間違いないでしょう。それがどんな結果を生むことになるのか。幸福と興奮のイエメンの現場から今年もお伝えしていければと思います。

そして私個人にとっても、イエメンでの3年目、最後の年です。 残りの時間を意識して、一日一日をここにいる人達と、自分がイエメンで残すべきものをかたち造っていきたいものです。

いきなりですが、今年の目標を一文字であらわすと、「現」。思っていること、やりたいこと、伝えたいことを、恐れずにできる限りまっすぐ、残すことなく表現、具現して、共有していきたいと感じるようになりました。きっとそれが、何か、小さいけど確かな変化につながってくれるのではないかと思うのです。

とりあえず、もっと頻繁に記事を載せていこうと思うので、コメント、叱咤激励のほどよろしくお願いいたします。

それでは2010年が皆さんにとってもどうぞ楽しく、実り多き年でありますように !

イエメンのサナアより、

まさ

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2010/01/18 06:09 | 未分類 | No Comments
2009/11/28

お久しぶりです。首都サナア(標高2,300m)は朝晩はすっかり冷え込むようになりました。

先日イエメンで発生した誘拐事件。日本でも大々的なニュースになったようですが、「邦人・教育関係者・首都近郊」というキーワードがヒットしたせいか、わたくしも多くの人にご心配いただきました。 ともあれ無事に解決されてほっとしました。

こう言うと身も蓋もありませんが、イエメンでは外国人をターゲットにした誘拐がよく起こります。今年に入ってからも、オランダ人、ドイツ人、今回の日本人、他にもいたかもしれません。

日本のニュースでも詳しく解説されていたようですが、誘拐の目的の多くが危害を加えることではなく、ある部族が中央政府に対して要求を通すための交渉のカードとして人質をとることにあります。

目的としては、今回のように「収監されている身内を解放しろ」というケースが多いのですが、他にも「うちの村に病院と学校を建てろ」、「電気をひいてくれ」などなど、開発から取り残された貧困地域の切実な叫びだったりもします。

外国人を保護できないことは政府としては対外的に大きな恥をかくことになるので、早期解決のために多くの場合、犯行側に譲歩してなんらかのメリットをもたらす。なので「お、これはいい手だ」とばかりに外国人誘拐という手口が定番化してしまっているわけです。別に人質に恨みがあるわけではないので、危害を加えないのはもちろん、「巻き込んじゃってすみませんねえ」くらいの低姿勢でいい扱いをされることが多いらしいです。今年5月くらいに誘拐されたオランダ人夫婦は解放後に新聞のインタビューで、「部屋も食事も、山の景色も素晴らしかった。もうちょっと拘束されててもよかった」というコメントを残しています。

イエメンで起きる外国人誘拐事件の90%くらいはこのケースです。

残りの10%はなにか。

これは全くの別モノで、ずばり外国人を 「殺る」こと自体が目的です。

そもそも身代金や政府との交渉のカード目当てではなく、外国勢力を敵視しそれを排除することをジハード(聖戦)とみなす一部の集団で、多くの場合アルカイダと関係しているといわれます。連れ去られたら最後、帰ってこれません。その場で有無を言わさず殺害するケースも多いのでこれはもう誘拐とはいえないかもしれませんが、数自体は多くはないものの近年目立って増えてきています。といっても、これは政府の支配が及ばない地域に限られているので、そこを避けているかぎり心配ありません。

それから、誘拐に関して忘れてはいけないのが、イエメンでは子どものトラフィッキング(人身売買)がまだ多く存在しているということ。貧困地域の子どもが言葉巧みに騙されてサウジアラビアや他の湾岸諸国に連れていかれるケースが後を絶ちません。ユニセフもその防止および保護に取り組んでいます。

このようにイエメンは様々なパターンの誘拐がまかり通っている国です。が、考えてみるとどれもが「貧困」という根を張っていて、それがいびつに絡み合って、そのはけ口を求めて地表に出て来ている。そんな気がします。

でもだからこそ、焦らず、絶望せず、できれば誘拐もされずに日々の仕事を積み上げて行くことが、長いけど確実な解決への道のりなのかもしれません。

2009/11/28 05:52 | 未分類 | No Comments
2009/10/16

  Al-Mazlak Camp 1

Al-Mazlak Camp 4

  Al-Mazlak Camp 2   20091011mazlak-camp-059s.JPG  Al-Mazlak Camp 7

Al-Mazlak Camp 5

イエメン北部、紛争を逃れて何十キロも移動し、サウジアラビアとの国境地帯にあるマズラックに辿り着いた国内避難民(IDP) 。マズラックキャンプには、約1000世帯、7,000人のIDPが集まり支援を必要としている。うち子どもは推測2,100人。

2009/10/16 01:38 | 未分類 | 2 Comments
2009/10/11

イエメン北部のサアダ州で8月から始まった紛争は泥沼化し、現在までに15万人ものが民間人が住む場所を戦火に奪われ、国内避難民(internally displaced people)として、移動しながらの生活を余儀なくされている。

なんの利害もない市民が、家族をばらばらにされる。子どもは家や友達や学校を失って、そしてそこにあるはずだった子どもの時間を奪われる。子どもの時間は、その瞬間だけのものだ。それを戦火から逃げ惑った体験でうめられたとしたら?

どう責任をとれるのでしょう?

政府も、反政府も、裏から糸を引きながら代理戦争をさせている国も最低だ。

明日から、というかあと4時間後くらいに国内避難民キャンプの一つに向けて出発します。現在、唯一アクセスが可能やキャンプで、一万人くらいの人が入っているから、ちょっとしたコミュニティになってきているとのこと。ユニセフや他の援助機関が協力して、避難民用の住居テント、水、食糧など必要最低限のニーズを満たすための支援を展開しています。ユニセフ教育チームとしては、キャンプの中にテントを立てて、とりあえずの学校や、子どもが安心して遊べるための場所を確保しにいきます。

この2か月ほど、ずっと調達に奔走してきたテントや、子ども用の学校用品、ノートやクレヨン、ボールやらぬいぐるみやらがいよいよ動員されて、”Back to School” バック・トゥ・スクール(学校に戻ろうぜ) プロジェクトが始動します。

そうだ、リツさんからもらった梅干しをもっていこう。

2009/10/11 06:07 | 未分類 | No Comments
2009/10/03

Yu & Guide Girl in BeitBouth

こんにちは、相変わらず紛争が続くイエメンより、まさです。

さて、知っている人も多いかと思いますが・・・・なんとユウさん、リツさん、ガイドの立花さんがはるばるイエメンにまで来てくれました!!

イエメンでのラマダン(断食月)明けのイード休みと、日本のシルバーウィークがぴったり重なってくれた偶然のおかげで実現したこの企画。今まで文章と写真を通してしか知らなかった人達(ユウさんとは一度会ったけど)と実際に会うことの面映さ。しかもイエメンで・・・・!

考えてみると、完全に仕事から離れて、イエメンに日本からの友人を迎えるのは2007年12月の赴任以来初めてのことでした(普通は来ないからね~)。

滞 在中の詳細はユウさん、リツさんにお任せすることにしますが、彼らが来てくれたことで、自分にとってもイエメン再発見の旅になりました。やっぱり長く住ん でいることで、純粋にこの国の社会や文化を知ろうとする好奇心が鈍摩してたし、一緒に行動したのはホームの首都サナアだけだったにも関わらず、初めて訪れた場所、 初めて知った事実がたくさんありました。

二人と歩きながら、そして記事を読みながら 「おおっ、イエメンてこんな国やったんや!」の連続でした。これからも彼らの目線で捉えたイエメンを読んで体験していくことが、一読者として楽しみです。
赴任してからもうすぐ2年が経ちますが、まだまだ知らないことが多すぎる。痛感します。

せっかく、今、この国にいるんだから、もっと見ないと、もっと知らないと、吸収しないと。

リツさん、ユウさんのおかげでその思いを新たにできました。どうもありがとう。

旅の長さやテーマは違うけど、僕のイエメンでの旅はまだまだ続きそうです。

Yu&Litsu&Masa

2009/10/03 05:50 | 未分類 | No Comments
2009/08/24

日本ではニュースになっていないかも知れませんが

イエメン北部のサアダで7月から続いている、反政府勢力と政府軍の武力紛争は激化の一途をたどり、多数の犠牲者と国内避難民(Internal Displaced Person:IDP)が発生している。

ユニセフを含む国連機関や人道支援団体が、水、食料、衛生、キャンプの設置などに奔走しているものの、紛争地へのアクセスは常に困難で、誰より支援を必要としている、そしてこの瞬間も危険から逃れるために移動を続けている、避難民に追いつくことができないでいる。

紛争時の支援も、あるいは戦争に似ているかも知れない。

日々、刻々と変化する状況。錯綜する情報。一斉に動きはじめる資金と物資の調達。現場と本部の温度差。政治の思惑。各団体の面子。殺気だつオフィス。

現場に出るのは熟練の緊急支援専門のスタッフだ。それも政府から許可が下りるのを待ち続け、滞在も数日だけだ。ひよっこがおいそれと出かけられるところではない。

首都でできるのは、しなければならないのはきっちりと最新の情報を追いかけ、組織内で、そして他の援助機関と支援プランを日々更新し、実施の調整を裏方で支えること。

そして、毎日、避難民の数や移動を地図上でトレースしていると、行ったこともない場所でも、会ったことがない人たちでもなんとなく自分の生活とリンクして感じるようになってくる(錯覚には違いない)。

雨が降っても、シェルターのない避難民はさぞ寒いだろうな、風邪ひいたらやばいな、とか、

ラマダン(断食月)が始まっても、避難民はまさか断食してないよな、その前に食べるものあるかな、とか。

そして自分がサナア(首都)で当たり前に享受している普段の生活が、不思議な架空に思えてくることがある。たとえば、冷蔵庫の中の食べ物、お湯、車、ベッド、レストラン、聴きたいときに聴ける音楽。

その全部が、積み重なった条件と、偶然の連鎖の上になりたっている。

明日、サナアで紛争が起これば、日常のすべてが消滅する。

多分起こらないけど、あり得ないことではない。あり得る。 そしてそれを取り戻すには気が遠くなるような時間とエネルギーがかかるし、多くの場合、取り返しはつかない。

「平和」は空気みたいに無条件で、そこにあるものじゃない。

脆いものだから、儚いものだから

必死で希求して、必死で守ろうとしないと

saada-maps.JPG

・・・・とりあえずユウさんのシャハラ(今回紛争地の近く)行きは諦めてもらおう。。。。

2009/08/24 02:16 | 未分類 | No Comments

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