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2008/11/30

タイトルの言葉は教師時代にさんざん言われた言葉だ。

教師だった頃、性格的になめられやすいこともあって、授業がまともに成立しないことが多かった。
授業中の私語(それもひそひそ話ではなく、席が離れている生徒同士が会話したこともあった)、居眠り、漫画読みは日常茶飯事、時には飲食、立ち歩き等をする生徒がいて授業の雰囲気ではなくなったし、第一私語がうるさくて声が後ろまで通らなかった。
授業を受けたい生徒は前の方に集まっていた。

もちろん注意はしたし、少しでも授業に入り込めるよう作業的なことを取り入れたり、いろいろ対策は練ったがうまくいかなかった。
それに対して同情してくれた同僚の先生もいたが、教頭先生や何人かの先生が「わかりやすく入り込みやすい授業をするば生徒はついてくる、努力するべきだ!」と説教をした。

新任教師一年目の時は新任研修というのがあったとき同様の状況に追い込まれている新任教師も多いことを知った。そのとき言われたことも、「授業で勝負」だった。

当時はそのことに反発する気持ちもあった。
私はそんなにひどい授業をしているつもりはない、聞く姿勢のない生徒が悪いんだ、あるいは私に威厳がないことが問題なんだと。
しかも、教師には公務分掌(生徒指導部、進路指導部のような係)や出席簿管理、内申書作成などの授業以外の仕事が結構あり、教師同士の人間関係をよくするためには授業以上にそれらをうまくこなすことが必要だった。

が、久しぶりに大学生になって授業(大学では講義というべきだが)を受ける立場に戻ったとき、先生家業は惹きつけることのできる授業(講義)をすることが一番大事なんだ、と悟った次第である。反面教師からも、模範になるような教師からもそのことを学んだ。もし、私が教師に戻ることがあったなら一皮向けたいい教師になることができるだろう。
まずは、反面教師の例から

生化学のM先生
知っていることを全部急いで話そうとする、思いつきで話をする、板書がごちゃごちゃで読みにくい。
「真理(教師時代、真理ちゃんとか真理と呼ばれることも多かった)のことは好きだけど、真理の授業わけわからん」
と教師時代いわれたことがあったが、このM先生も限りなく人はいいのだが講義を聞くのが苦痛だった。

こちらの方はまだご愛嬌ですむが、いささか性質がよくなかったのが同じく生化学のH先生。
減点方式、性悪説をとっていて、講義や実習の態度が悪いと目を付けられて留年させるとの評判だった。
学生の内職や居眠りについてもちくちく文句を言った。
が、肝心のその先生の講義はわかりにくい上、講義に人生訓を混ぜた。
人生訓ではいいことも言っていたのだが、いい講義をして本当の意味で学生思いの教師になってこそその人生訓は生きるのになあ、と心のうちに思ったものだ。
私の教師時代はM先生のような要素も多かったし、H先生のような要素も皆無ではなかったと今は素直に認める。わが教え子達に心のうちでお詫びする次第である。

一方名講義を受けたことも数少なかったがあった。
今回はそれらの講義をここで紹介するとともに、もし再び教職に就く機会があったなら是非彼らのような学生の心に残る講義をしたいと思っている。

法医学のS先生
S先生はテレビにも出ているだけあって話がわかりやすく声も通る。
実際に司法解剖を手がけて、事故死が実は殺人だったことをあばいたり、事故が実は虐待だったことを見つけたり、と司法解剖ではなくてはならない人でもあり、体験から来るその講義には迫力があった。
虐待、DV防止活動にも力を入れている先生でもあり、強い正義感を講義の合間に感じた。
法医学が医師国家試験に出るのはごくわずかであったにもかかわらず、ほとんどの学生が内職をする「臨床総合演習」という講義の中でも誰も内職、居眠りをしていなかったのである。

漢方薬の研究をしていらっしゃる昭和大学のX先生
漢方の陰陽や証については、「わかるようなわからないような」が正直なところではないだろうか。現代医学では治らない病気も多いながらも、積極的に漢方を取り入れようという気になれないのもそこにある。が、この先生は漢方薬がなぜ効くかということに関して科学的な説明をわかりやすくしてくださった。ー腸内細菌はわれわれの体の細胞の10倍の数がいて、その影響をわれわれは忘れがちだ。その細菌が糖を食べることによって漢方薬を効きやすい形にしてくれるそうなのである。そして細菌性状は人によって違い、そのことが効きの違いになるそうなのである。(講義プリントを捨ててしまい詳細をご紹介できないのが残念である)
この先生は大便を詳細に調べて研究されたそうで、心から研究が楽しんでいる様子が講義を通じて伝わってきた。声も聞き取りやすく、内職・居眠りをしている学生は少なかった。私自身は、内職・居眠りをした学生に向かって、「もったいないぞ、聞け!」と叫びたい思いだった。

元学部長の呼吸器の講義
講義をしてくださったときは現役学部長だった。
1年生の臨床医学総論の時1回だけの講義だったが記憶に残っている。
気管が気管支に分かれ、ついに肺胞になる過程を説明してくださったのだが、実にわかりやすかった。
「背を向けて講義したりしると非行化する」
「自由にしていい、なんていうと学生は糸の切れたたこのようになる。きちんと伝えるべきことは伝え、指針を示せば学生もどこへいったらいいかわかるようになるんだ」
と講義中に言ったことが印象的だった。
上記のことについては賛否両論あるだろうが、現代忘れがちなことではないだろうか?

以上3名講義をしてくださった先生方の共通点は以下の通りである。
1.話すことに対して自ら興味をもっていて、日々真剣に取り組んでいる
2.学生に伝えたい情熱がある
3.通る声でゆっくりわかりやすい言葉で話す

人に何か伝える機会が与えられたら、今度は私も彼らのように「聞いてよかった」話ができるようになりたいと願いつつ今回のコラムを終える。

2008/11/30 07:58 | 医学教育 | No Comments

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