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何度か書いたように、医学生にとって春休みは唯一のレジャー期間である。
試験のことを気にしなくて済むこの期間、学生はこのときとばかりに羽を伸ばす。
長期海外旅行に旅立つ人も少なくない。
が、5年生から6年生になる春休みではそうもいかない。就職活動の一環として研修病院候補を絞らなければならないからだ。
マッチングシステムで書いたように、学生と病院がそれぞれ行きたい病院、採りたい学生の順位をコンピューターに登録し、あとはアルゴリズムによってどこの病院に誰が行くかが決まる。
希望病院に登録するには学生はその病院の採用試験を受けなければならないわけだが、どの病院を受験するかについては、口コミや病院合同説明会等で情報を集め、実際に見学や実習をしてその病院があっているかどうか見当をつけてからにしたほうがいいと言われている。
またよほどへまなことをしない限り、「見学や実習に来る≒その病院で働きたいという意思が強い」とみなされ、採用に有利に働くのだ。
ところが人気病院は見学希望者が多く、2週間前~1月前までに見学の予約をしなければならない。在学証明書や推薦状が必要なところもある。
懸命な学生は学年末試験の合間に抜かりなく、病院見学の予約をするが、計画性のない私は試験が終わってからしばらくぼーっとし、春休みも半ばになってようやく病院見学の計画を立てたため、新学期に入ってからも病院見学をするはめに陥ってしまったのだった。
それでも春休みは筑波大学、名古屋大学、中部労災病院、医科歯科大学、新学期に入ってからは自治医科大学、世界キリスト教病院(仮名)、国際医療センターと多くの病院に見学・実習に行った。
今回はその世界キリスト教病院(仮名)実習のお話。
世界キリスト教病院は、1、2を争う有名研修病院。
私がその病院に興味を持ったのは、1日50枚の心電図を読み取る訓練をさせるというくだりだった。このことに象徴されるように、この病院で研修するとスパルタだが力がつくとのこと、ぜひともここで研修したいと思ったものだった。
が、この病院に入るためには推薦が必要だったり、実習の時採点されたりすると聞いて、気が利かなく、「受け」のよくない自分には無理だとあきらめたものである。
それでも世界キリスト教病院がどんなことろか興味があったので、実習に行くのは自由だとばかりに、申し込むことにした。
志望科を決めて申し込まなければならなかったが、循環器、呼吸器といったメジャーな科には興味がわかなかったので、心療内科を第一希望、緩和ケア科を第二希望とした。
世界キリスト教病院が提示してきた見学先は緩和ケア科だった。
私の育った時代は、末期の人にも型どおり検査、抗ガン剤を繰り返していて、看護婦さんが「可哀想だと思うが医者の命令で仕方がない」と言っているのを聞いていた。当時ホスピスなるものはなかったか少なくても存在を私は知らなかった。
自分が医学部を最初に志したきっかけは、「治療で苦しめるのではなく、もっと自然治癒力を生かした医療をおこないたい。また死が避けられないときは木が枯れるように自然に死なせてあげたい」というものだった。
というわけで、ホスピスは私が理想としている医療の後半部をある程度具体化している存在といえる。 世界キリスト教病院見学の際、希望科の一つに緩和ケア病棟を選んだのは、そのような理由による。
ところで、「ある程度」と記したのは、緩和ケア科(≒ホスピス)にもペインコントロールして悪く言えば死を待つ、というようなマニアル医療を感じていたからだった。
よって、緩和ケア科に見学先が決まったとき、最初に思ったことは希望がかなったというより、「3日間も、かったるいな」ということだった。
が、少なくとも緩和ケア科は「かったるい」くはなかった。
癌の末期の人には身体的にも、精神的にも色々なことが起こりうるわけで、考えさせられることが多かった。
急に意識障害に陥ったと思ったらただの低血糖だったこともあった。
また終末期になると家族関係も吹き出してきて医療者も巻き込まれる。ほほえましいものもあれば、ちょっと待ってくれ(愛人関係のもつれ等)ということもある。
ホスピスという性質上、なるべく患者さんの希望を叶える方向で検討していくのをいいことに無茶な要求をする患者、家族もいる。 たとえば、まだ本当の末期に入っていない奥さんの意識をなくさせてくれとしつこく希望した夫婦もいた。
指導してくれた医師の1人に
「ホスピスって静かなところだというイメージが変わった。」と私が言うとたいそう共感してくださり、
「こうして来たことで縁が出来たことが一番大きいと思いますよ。将来緩和ケア病棟を立ち上げようと思うとき研修に来ることもできるしね。」
と言ったがそういう日が来るかもしれない。
実際この病院には、緩和ケア病棟を立ち上げるために二人の医師が派遣されてきていたのである。
そうそう、おもしろいエピソードを二つあげよう。
一つは、緩和ケア病棟では、布製の折りたたみ椅子を肩にかけて回診することである。
患者さんの目線で診るためなのだが、股関節変形症という持病を持つ自分にとって、この習慣は大いに助かったものである。
二つ目、有名研修病院である世界キリスト教病院ではあるが、アメニティーはきわめて貧弱であった。研修医室はなく、ロッカールームもない。着替えはお手洗いの中で済ませよ、ということであった。
病院見学は疲れるがやってみた方がいい。
講義を聞く以上のことが学べる上、物見遊山もできる。
実際にこの病院の見学の後、隣のタワーの展望レストランに夫を呼んで、夜景を見ながらディナーをしゃれこんだのである。
あけましておめでとうございます。
8月末からJunkStageに1ライターとして参加させていただいていますが、早いもので今回で18個目の記事となります。支えてくださったスタッフの方々、私の文を読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。
実は、新年の最初の記事は1月6日に書こうと最初から決めていました。
何故って?
1月6日は私の誕生日なんです。
××回目の誕生日、これだけ誕生日を重ねるとさまざまな誕生日を迎えてきました。
高校を卒業するまでは、母の手料理で祖母、両親、妹弟がともに祝ってくれた誕生日が多かったですね。一度だけ、小学校で誕生日に招待するのがはやっていて、私も同級生を招いて誕生日会をやった記憶があります。
一人暮らしになってからは、自室で誕生日を迎えた感想や抱負を一人黙々日記につづったことが多かったですね。一度私の熱心なファンの男の子から誕生日カードが送られてきて、しかも帰省先まで訪ねてこられて困惑したこともありました。
正直言ってどうしても好きになれない人だったのですが、弟からは、
「真理ちゃんがあれ以上望むのは贅沢だよ、結婚してあげたら?」
とからかわれたものでした。
結婚してからは、自らレストランに予約を入れ「今日が私の誕生日だよ」と半ば強制的に誕生日をお祝いさせてましたね。
医学部に入って、解剖実習や試験で大学の近くに住む必要ができて別居してからは、内省的な誕生日に逆もどり。若い大学生が誕生日プレゼントを交換している環境にあって、自虐的にドミノピザを注文したものでした。ドミノピザは誕生日プレゼントをつけてくれるからね。そんな中で4年生のときに、若いクラスメートが誕生会をしてくれたのには感激したものです。フルーツゼリートッピングの誕生ケーキも持ってきてくれて、しかも2匹の子牛のシューキーパーを誕生日プレゼントにいただきました。
様々な年代の人が学ぶ医学生でもやはり40代以上は少数派。誕生日を祝えてもらったのは私だけかもしれないと、ありがたく思っております。
そして2年前の2007年の1月6日、私は誕生日を某市民病院の寮で迎えたのでした。
医学生は、「マッチングシステム」 http://www.junkstage.com/mari/?p=4
で書いたように、行きたい病院を順位を付けてコンピューターに登録して、10月半ばのコンピューターによる発表を待つわけですが、その際多くの医学生は 病院見学→採用試験を受ける→マッチングに登録する、という手順をとります。
いいといわれる病院でも自分にあっている病院かどうかを見極める必要があるというこちら側の理由と、見学にくることが採用試験を受ける条件だったり、見学に行くことで採用にあたって大きなプラス材料になることが多いという病院側の理由もあって、病院見学は不可欠なわけです。
小さな病院だとすぐに見学に行けますが、人気の高い病院だと1ヶ月、2週間以上前に申し込む必要があるので、学生は定期試験の合間に見学を申し込み長期休暇を利用して見学に行くことが多いのです。
ところが、知っている病院すべてを見学することは不可能なので見学する病院を絞るわけですが、そのための事前情報はかなり乏しく、口コミ、宣伝、有名病院だけネット等でさぐったり、レジナビフェアのような合同説明会(真夏にスーツでゆりかもめに乗る 参照)を利用したりするが、これというシステマチックなものはないので、ゆきあたりばったりになりがちなのです。面倒になって、「母校でいいや」という学生も少なくありません。筆者は「ゆううつな木曜日」や「あっ名前がない」の記事で書いたようなことがあり、どうしても母校を脱出したくて、なんと総計20個の病院見学をしたのでした。(就職活動と別に訪問した病院を入れると26個になります。) それなのに研修先が母校の付属病院に決まってしまったのだから、皮肉なものです。
もしかしたらJunkStageに執筆するための神様のご配剤でしょうか。
話題を戻すと、某市民病院へはドクターズマガジン の宣伝文句、
「駆け出しの頃に必要なのは手技を含めてできるだけ経験を積む事だと思いますが、ここではたくさんの手技が経験できます。」
に惹かれてのことだったのです。
40の手習いならず、39歳のときに運転免許を取ったあと、1年間で1万8千キロ走りました。
高速、山道、都心の幹線、人通りの多い細い道、と困難なところに挑戦して走りました。
そのときの体験で、免許は取った後が大事で、最初の頃に自分の手で出来るだけいろいろなことを体験する必要があるのではないかと思ったのでした。
風邪、怪我、慢性病、救急処置等、何でも一通りできる所謂便利な町医者さんを目指している自分にとって研修医時代に色々な体験を積ませてくれる病院に行きたいと思っていました。
たくさんの手技が経験できるという 某市民病院こそ、求めている病院かも知れないとわくわくする思いでした。さっそく電話をし、1月5日、6日見学を予約したのでした。
新幹線に乗って、ローカル線に乗り換えて、更にバスに乗ってやっとたどり着いたのですが、所要時間は3時間ちょっとでした。
思ったほど遠くない、しかも病院はぴかぴかで綺麗、初任給37万円、寮費2万円で寮は病院の敷地内にあり、綺麗である。
しかも、研修医達はフレンドリーで親子ほど年が違う私に対して貯め口を利くほど。
一瞬、ここに決めた!
と思ったのですが、結局は行きませんでした。
その理由は 、研修医でも経験できる≒誰もやれない とわかったからです。
例えば、研修担当のトップのお医者さんが、マニュアルを見ながら看護師さんに教えてもらいながら、内視鏡検査をしていたのです。それを見てちょっとぞっとしてしまったのでした。
一方、これを書きながら、学生実習とたいして変わりない研修医生活、25万の給与で寮費5万3千円、という母校の付属病院を思うと、某市民病院でもよかったかな、という気持ちもちらりとわいているのです。
2007年10月18日、午後2時。
パソコンにIDとパスワードを入れ、次の画面が出てくるのを待つ。
えっ、、、
出てきた文字はいくつか空想した文字のいずれでもなかった。
T大学付属病院臨床研修プログラム
私は去年、今年とそれぞれ7つ病院を受け、8つと10個の研修プログラムに登録した。(ひとつの病院で複数個のプログラムのプログラムがあることがあるので、こういう計算が成り立つ。詳しくはマッチングシステムhttp://www.junkstage.com/mari/?p=4 参考のこと)
去年の登録ではT大付属病院は第7希望だったのだ。
年齢が他の学生より多く、左足が悪く、しかも留年経験あり。
こういう条件の悪い私がすんなり競争率の高い研修病院にマッチするとは思えなかったが、しかしー。7/8とは・・・。
最低第4志望にしたN大学付属病院や第6志望のJ医大付属病院では私をとってくれると思ったのである。N大学では、募集人員>応募者数である上、面接の時に「あなたの生き方を応援したいと思います」と言われたのだった。もっとも、N大学ではたとえ定員割れの状態であっても取りたい学生しか取らないといううわさがあったし、N大学の研修担当のトップの教授が私の年齢を知って、
「ここでは週一確実に当直があるので無理だと思いますよ。僕だってもう(その先生が私よりひとつ年下だったのだ)もうしんどいもの。当直のない病院をお探しになることをお勧めします。」と言ったので、やっぱりうわさは本当だったのだと納得した次第であった。が、当直のない病院なんてあるのかーというところだが・・・・。
もっと意外だったのはJ医大だった。J医大は大学病院にしては人気が高く、定員60名のところ第一希望だけで65名いたので冷静に考えれば当然とは言えた。
ただし、面接の時に
「亀田と渓仁会(ここは少人数教育、英語教育を取り入れているところで人気が高い)を受けたと言うことですが、第一志望をどこにしましたか?」
と聞かれたので、正直に?
「まだ考えているところです。」
と答えた。
すると
「是非うちを第一志望にしてくださいね。」
とにっこりしてくれたのだった。
私もにっこりと
「はい」
と言ったのだ。
「これで、一つ確実に確保ね。」と思ったのだが・・・。
あーあ、裏切られたなと筋違いなことを思ったのだが、圧迫面接されるよりいいか、と割り切ることにした。
ところで就職活動中に圧迫面接をされたことは一度もない。公務員系の病院で履歴の穴を若干聞かれたのみだった。
Junkstageのstaffの方に、「就職浪人された方はどのように進路を考えるのですか?」と聞かれたが、よほど人気病院ばかり選ばない限り、ほとんどの人はどこかの病院にマッチする。
全体としては大幅に、募集人員>応募者 なのでマッチしなかった学生も2次募集でどこかの病院に決まるし、決まらなかったら母校の付属病院が優しく迎え入れてくれる。
つまり、就職率100%なのである。入るときも、入学してからも常に落ちる恐怖にさらされ、いやな人間関係にも耐えて実習をこなしていかなければならない医学部生活だが、この点は他の学部の人がうらやましがるところであろう。
そうはいっても医学部を出て、医師国家試験に通っても医者にならない人は若干存在する。
家がお金持ちであるケースも多いわけで自分で事業を立ち上げるケースもあったり、予備校講師をしたり、医学関係の出版社に勤める等が主な道である。
変り種では東大の医学部在学中、株に興味を持って証券会社に行ってしまった人もいるとか。
医学部再受験生が多い昨今だが、逆の人も若干いるわけで、むしろ健全なことかもしれない。
が、大多数は就職率100%に乗って研修医生活に入るのである。
来年の勤務先が決まりました。
医学生の就職先(医師国家試験合格後は研修医となるので、正確には研修先)は、直接学生と病院との間で決まるのではなく、医師臨床研修協議会が作ったアルゴリズムによって決められる。詳しくは、前の投稿記事「マッチングシステム」を参照のこと。
前回書いたように、7個の病院、10プログラムも応募したので、どこに決まるかはくじ引きをするような気分。実は16日の午後2時に発表だったのですが、17日に予備校の試験があったので、予備校の試験が終わってから開くことにした。
医師国家試験や卒業試験と違って、予備校の試験が悪くても実際上困ることは何もないのだが、予備校の試験ごとにその単元の勉強をしていくと、来月半ば位までには内科、外科、公衆衛生をほぼ目をとおすことができるので、今年は予備校の試験を利用して勉強することにしたのだ。今回のテストはアレルギー、膠原病、感染症、毒物の範囲。去年感染症については問題集を1ページも解いていないのだった。研修病院についてはいつでも見ることが出来るので、とりあえずは試験優先。
そしてそれは大正解だった。
研修先の病院は、
母校の内科重点プログラム
この内科重点プログラムについては、7月18日に厚生労働省から大学病院にがぎり、「地域医療に影響がある分野」に限り定員の枠内で、現在の研修内容の取り決めを弾力化し、特定の診療科に集中して臨床トレーニングを行う「特別プログラム」の策定を認める、という通達が出されたのに対し、急きょ作成したもの。
具体的には、今まで内科の各科を1ヶ月ずつ回っていたのを2ヶ月かけて実習するという内容のもので母校の採用試験の最中に聞かされました。
母校の研修はポリクリ(学生実習のことを業界用語でこう呼ぶ。原義はポリクリニックだそうだ)に毛の生えたようなものでしかないという噂もあったので、義理で試験は受けるけれど、実際に研修するのはパスしたい、と思っていた。が、このプログラムがあるのなら一応登録してあげてもいいかな、と不遜なことを思ったわけでー。
実際に希望順位を出すときにも迷いに迷ったわけだが、中間公表を見てこの重点プログラムの競争率が高そうだと知って、
8位:母校の内科重点プログラム
9位:T大学病院
10位:母校の普通の内科コース
としたわけです。
こうした理由は、母校の先生に対する義理と母校の近所の友人に対する義理を果たす意味もあって、本音は上位に書いた競争率の高い病院に入れなければ、T大付属病院に行こうと思っていたし、内科重点プログラムの方は競争率が高そうなので私は落とされるだろうと踏んでいた訳でした。
が、ふたをあけてみたらヒットしていたわけでー。
がががーん
母校は、設備も良く、きれいな外来棟があり、風邪腹痛などの日常的な病気から難病まで症例が多く 集まる上、教授は足の悪い私が歩いていると走ってきて、ドアを開けて待ってくれるほどに優しい。
にも関わらず、行きたくない色々な理由があったわけで、結果の大きさに頭をかかえている状態です。
ちなみにコンピュータが出したこの結果には従う義務があり、決まった研修病院に行かないと罰則があるわけです。
ちなみに母校の付属病院は毎年定員割れする。
医師不足を反映して、全国を合計すると、募集人数>研修希望者 逆に定員が埋まる病院は人気病院ということになる。
だから母校の付属病院は平均的なのだが、上記のようによい条件を抱えているにかかわらず、人気がない理由を私なりにあげると
1.研修内容が学生実習の延長であり、手技(内視鏡、オペ縫合等)知識が身につきにくい。
2.研修医の人数が多いので同じように上記の問題がある。
3. 給料が安い。
が、今年は6コースのうち3コースがフルマッチ(定員が埋まったということ)、定員に満たないところでもマイナス1,2という大健闘。
その理由は3の理由が改善されたからである。
基本給が、17万→19万→25万と一気に上昇。
17万だと東京の物価高を思うと本当にかつかつの生活しかできないわけでー。
25万なら何とか生活できるかな、といった感じだものね。
マッチングシステムで、医学生は給料よりも研修内容を重視する、と書いたわけだが程度問題。
かすみを食べて生きてるわけでないのでー。
給料値上げ効果、母校にとっては抜群だったようで。
お台場に行ったのは初めてだが、レインボーブリッジを見るのはもう5回目であった。
そのうち1回は血便が出たという母を連れて有明の癌センターに連れて行ったのであるが(幸い異常なしでした)、あと3回はレジナビフェアーのため国際展示場に行った時である。
レジナビとは、レジデントナビゲーションの略で、レジデント≒研修医になるためのナビゲーションフェアーというわけである。このレジナビフェアには、全国各地からの病院から研修担当または人事・総務の方とレジデントが来て医学生相手に研修内容の宣伝をするのである。つまり、医学生相手の合同就職説明会である。
医学生にとっても、病院にとってもこのシステムはありがたい。
医学生が臨床研修をするための病院を探すにあたっては口コミ、本、雑誌、大学の掲示板等を参考にするが、これはという病院については足を運んで見学や実習に行く。
が、見学や実習にあたって病院によっては一月以上前に申し込まなければならず、しかも土日祭日は避けなければならないので、見学に行くことのできる病院数には限りがあるわけだ。
私のように熱心に病院見学をし過ぎて、肝心の国家試験に落ちるというようなケースもあるわけで、医学生は過密なスケジュールの中、病院見学の日程をひねり出す。
よって、まとめてたくさんの病院が説明に来てくれるこのファアは一度に多くの病院の説明を聞くことができるので大助かりなのである。
一方病院の方も一日でたくさんの学生相手に説明ができるので大助かりであろう。
ところで、ここでも格差社会が存在し、人気のある病院には行列が出来、定員割れしている病院では呼び込みをしているのである。
地の利、ネームバリューというのはある程度人気に影響するが意外なことに給料はよほど安くて困るというところ以外ほとんど考慮されない。一番人気が高いのは、研修医教育がしっかりしていて、そこで研修をすれば力がつく病院である。
その点医学生は真面目な人種なのである。
最初の年には、そういう人気病院には入れてもらえないだろうと大学病院を主に回った。大学病院は研修医の人数が多すぎて手技(手術補助、挿管、注射等)が経験できない、給料が一般の病院より安い等で人気がない。
ネームバリューを重んじて東大付属病院のところに並ぶと、東大の横にブースを構えていたX県から
「おねえちゃん、おねえちゃん東大もいいけどX大もいいよ。ちょっと寄ってかない?ほら、みかんあげるよ。」
とX大教授は私にみかんをにぎらせたのである。
義理堅い私は、「X県って過ごしやすそうなところですよね。」とおあいそすら言ってお話を聞いてパンフレットをいただいた。
ところでこのX大は研修医が少ないので、研修医を全員教授宅に呼んでご馳走するといううわさもあった。
が、人が集まらないのにはわけがあり、あるブログでX大の研修医が、「学生実習の時となんら変わらないことしかしておらず、こんなことで2年後に一人前の医者になれるのだろうか。」とぼやいていた。
逆に沖縄中部、佐久総合病院等、いい研修をやっているところには、不便な地域にかかわらず人は集まる。
話をもとに戻そう。
こうやって義理堅い私は毎年レジナビフェアに出て、行きたい病院の説明も、呼び込みされた病院の説明もみんな聞く。
帰りにはパンフレットで一杯になるので、宅急便で送ってもらうことになる。
レジナビフェアは毎年7月の終わりに行われる。
就職活動なので、一斉にスーツを着てゆりかもめに乗るわけである。
お台場のそばを通りながら汗をふきふき展示場に向かっていた。
今年はそれから一ヵ月後、ゆりかもめではなく、車でお台場へと行きレインボーブリッジも通った。真夏にスーツでゆりかもめに向かう旅、今回で最後にしたい。
昨日KO大学病院の臨床研修医採用試験を受けてきた。
と書くと、「内定が出るといいね。」と言う反応が返ってくるが、採用・不採用の返事をもらえるわけではなく、場合によってはこのKO大学病院が私を採用にしたのか、不採用にしたのかわからないのである。
というのは、このKO大学病院が私を採用とか不採用と決めるのではなく、一旦コンピューターに採用したい学生の順位を付けてコンピューターに登録するのである。倍率の高い病院では、順位を付けてもらえない学生(つまり不採用になった学生)が存在する。学生の方でも、行きたい病院の順番を付けてコンピューターに登録するのである。あとはコンピューターのアルゴリズムに従って処理され、行き先が決まるのである。つまり学生も病院側もできることは順位を付けて登録するまでで、あとは神のみぞ、いやコンピューターのみが知るわけである。
これをマッチングシステムという。つまり、コンピューターによる医学生と病院のお見合いシステムなのである。
マッチングに順位登録するためには、病院の採用試験を受けることが必要条件である。つまり、私の場合はKO大学病院も順位登録する候補だったので受験したわけである。逆に採用試験を受けても行きたくなければ登録しないことは可能である。
ところで、このシステムは病院の採用試験が全部終わる前に稼働し、今年は登録は8月28日から受け付け、9月11日中間公表、10月2日の午後2時に登録変更を締め切る。そして運命の発表は10月16日なのである。
さきほど、中間公表を見てきた。私が受験した病院は7個。(多い方である。平均登録数は3.48だそうである。)、希望登録したプログラム数は10個である。
「えっ受験した病院が7個で、希望プログラム数10ってどういうこと?」と不思議に思うでしょうね。説明しましょう。
昨日受験したKO大学を例にとると、プログラムA,B,C,Dの4種類があって、Aプログラムは1年目をKO大学病院で、2年目を協力型病院といってKOと提携した病院で研修する。Bプログラムは1年目を協力型病院で、2年目をKO大学病院で研修、Cプログラムは2年間KOで、Dプログラムは1年目はKO大学、2年目にTO大学で研修するという。このように複数の研修プログラムを呈示している病院も少なくない。
私は、KO大学病院では上記のうちB,C,Dを登録し、母校の大学病院の方も普通のプログラムの他内科重点プログラムの2つのプログラムを登録したので合計10個になったのだった。
順位の付け方に関しては、心の中の順番にするのが一番よく、本当はA病院を第一志望にしたいが競争率が高いのでB病院を第一志望にする、という駆け引きは一切必要なし。A病院にマッチしない状態からB病院に回っても、B病院にマッチする確率はB病院を第一志望にしたときとなんら変わらないのだ。ーコメントがあれば、アルゴリズムについて説明しますが面倒なので今回は割愛します。
にもかかわらず、私は順位付けに悩んでいます。
1位登録の病院は決まっているのだが、そこは競争率が高くマッチする確率は低い。
現実問題として、年齢が高く足が悪く、しかも今年医師国家試験に落ちた私を拾ってくれる病院は定員割れしたところになる可能性が高い。つまり実質的な順位付けはは定員割れしそうな病院のどれを上位にもっていくか、という問題に絞られるのである。
が、定員割れをするということは人気がないということで、それにはわけがあるわけで、何かしら不満があるのだ。(もちろん、人気の高い病院でも100%を満たすことはないのだが・・・)
例えば大学病院は一般に採用人数が多く、学生実習の学生も病棟に入るので病棟の人口密度が高くなる。そういうところで充分な臨床経験ができるかどうか、という疑問が残る。一方、1,2名しかとらない病院では経験はできるかもしれないが、場合によっては指導体制ができてなかったりする。指導体制ができていても病院の規模が小さいと設備が乏しく、症例(経験できる病気の数)が少ないという問題がある。要は何を取るかである。
正直なところ、適正人数、良い指導体制、豊富な症例数がある病院を希望しているよくばりな私は(それが全部満たされている病院を第一志望にしたが、倍率は第一志望者だけで2倍である。)、そのうちのどれをとるのか優先順位を付けられずにいるのだ。
さあて、私がマッチする病院、すなわち来年の4月から働く病院はどこになるのだろうか。お楽しみに。










