2014/03/18

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いま、石垣島にいます。

3年ほど前、たまたま喘息の療養目的で来た島、石垣島。そこになんと今、住んでいます。ほんとにたまたまですが。

読者の皆様はさぞ驚かれることでしょう。この前までオランダで、いまは石垣島?(笑)いったいどこまで自由なんだ・・・と。けれどもここジャンクステージの読者の方であれば、なるほど、とその流れを納得されるかもしれませんね。過去に石垣島について書いた記事、掘り起こすと3本もありました!(1) (2) (3)

ここ石垣島の、とくに島の裏側・米原エリアの神秘的な海と山に惹かれ、取り憑かれてしまった・・・としか言いようがない。いや、今はそうとしか言えません。

療養の時は1ヶ月滞在しました。屋久島から石垣島までの広いエリアで療養地を探していたのですが、たまたま梅雨明していたのが石垣島だったのです。

アレルギーと呼吸器疾患に悩むじぶんの健康にも理想的な土地です。ちょっと喘息気味でも、海で数日泳げば、治ってしまうのですから・・・。(ここはウェットスーツさえあれば、通年シュノーケリングができます。とはいっても、冬場に実際泳いでるのはじぶんひとりだけですが 笑)

そんなこんなでその後も何度か通ううちに、この石垣島のような、海の近くの自然豊かな土地に、アトリエを作る・・・という夢を持つようになりました。

なので、コツコツと貯金もしてきました。しかし、当時は石垣島、アクセスが非常に悪かったのです。フライト代も正規料金だと東京との往復で12万かかった。つまり東京と行ったり来たりする場所としては不適でした。

なので、沖縄本島を含む、他のさまざまな地方も視野に入れました。東京では実家のある千葉を拠点にしていたので、房総半島の古民家も幾つも見に行きました・・・。でも、いまいちご縁のある場所はなかった。

そんな中、ちょうど1年くらい前に石垣島の空港が新しくなり、格安航空会社が参入し、東京や大阪からのアクセスが抜群に良くなった。(正規料金で5万。)実家の両親も健全なので、いまは多少の冒険も可能。

そしてこの土地の方との様々なご縁ができた。

そこで、思いきって部屋を借りてしまいました。3年前、療養で来た時に滞在した部屋です。その時はたまたまここしか空いてなくて、仕方なく来たものでしたが、水が合ったのでしょう。人生何がどうなるかわからないものです。格安物件なので、非常に不便な田舎にあります。しかもヤシ林のジャングルの中にあるので、夜になると周りは真っ暗で、ちょっとコワい。しかし、目の前は蒼い海、後ろは野性味溢れる山。畑も借りられます。

1年中花が咲き乱れ、すべてが香り立つ島なのです。つまり、香りの素材もそこココにたくさん・・・。今週は試しに、畑に雑草として自生するヨモギを蒸留して精油を抽出してみようと思ってます。

じぶんの人生にとって、かなりリスクの大きい変化です。東京と石垣は言わば同じ日本国内、アメリカやヨーロッパに住んだことのある私にしてみれば、ほとんど差はないはずなのですが・・・。

決して楽ではないのです。石垣島は東京から飛行機で3時間半かかります。仕事上、またプライベート上、常に海外と往復せざるをえない私にとっては、体力的にきついものがあります。旅費もバカにならず、生活費を極力抑えて捻出するほどです。

それにここには刺激がありません! 千葉や東京は、さすが大都市だけあって、わたしの文化的欲求を満たす刺激に溢れていました。個性的な人たちとの出会いも多く、クラブで一晩中踊ったりもできるし、週末は飲み会やイベントなどで昼も夜も忙しかった。文化的刺激に満ちたヨーロッパ暮らしが長かった私でも満足できるものでした。しかしココには海と山しかない・・・。

もう、引きこもるしかない、といった場所です(笑)。常にじぶんひとり。じぶんと向き合わざるを得ない。千葉には地縁があったので、二十年ぶりに戻っても何となくじぶんの居場所があった。そんなふうにずっと都会に生き、人に囲まれてきた私にとっては、ちょっとした変化です。でもこの孤独な世界にも、少しずつ慣れてきましたよ。

何より、使命とか天命、運命のようなものに突き動かされている気がしてなりません。じぶんでは抗えない何らかの力が働いている。言葉で説明するのは難しいのですが、引き寄せられてしまった感じなのです。

 夢は、広がります。森の中のアトリエでじぶんの作品制作をしつつ、ちょっとしたギャラリースペースを持って、さらに嗅覚教育的なワークショップもやって・・・香る植物の観光農園みたいのもやりたい。わたしの授業やワークショップを受けたいという人は、世界中にたくさんいます。たまーにですが、インターンで働きたい、という人もちらほら。そんな要望に応える場所がずっと欲しかったのです。

人生久々の賭け事です。より楽しく充実した明日を夢見て・・・おやすみなさい。

2014/02/07


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今日はなんと、女性のみなさんに、「手作りチョコレートで意中の人をノックアウトさせる方法」を伝授いたしましょう(笑)

香りは媚薬ということ、覚えていますか? チョコレートって、天然の媚薬なんです。でもふつうのチョコレートではパワーが足りませんのでご注意。

チョコって何からできてるかご存知ですか? カカオビーンズというナッツからなんです。大きさはアーモンドよりちょっと大きいくらいで、かじるとヒンヤリとした感覚の樹脂分が味わえます。苦味が強いので、それだけで美味しいというわけではありませんが、欧米ではナッツのような健康食品としてポリポリおやつに食べる方もいます。

昨年のバレンタインは、そのカカオビーンズからチョコを作ってみたんです。手作りチョコに密かに想いを託す・・・そんな健気なことを少女時代の私もやったなあ、なんて思い出しながら。

で、わかりました。手作りして想いを託すなら、やっぱりカカオビーンズから、一から作るべきです!

というのも・・・作用がすごいのです。一口食べたら、なんかすごくカラダがポカポカする感じがする。ポワーンとして、不思議なエネルギーが流れる! ・・・ そう、まるで恋しちゃった時のような(笑)

4個以上食べたらもう鼻血が出そうだし、夜も寝れないだろうな、と判断。息子にあげたらなんかわけもなくハイになってしまったので「これはね、オトナの食べ物だから。また明日ね。」と制限したほど(笑)。そのくらい作用の強いチョコレートが出来上がってしまいました。

そういえば、古来より欧米では、チョコレートは「媚薬」として重宝されてきました。脳内にセロトニンとフェニルエチルアミンという興奮作用のあるケミカルを放出するのだそうですから、納得。

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さて。肝心な「媚薬」の作り方をご紹介しましょう。こちらのレシピを参考にしました。ローフードでおなじみの作り方。火をいっさい入れない生チョコです。
http://vegetarian.about.com/od/rawfooddessertrecipes/r/raw-chocolate-truffles.htm

簡単に訳すとですね、デーツとココナッツ・オイルとアガーベ・シロップをフードプロセッサで混ぜ、カカオパウダーと砕いたナッツやドライフルーツを加えるという、いたってシンプルな作り方です。固いチョコがお好みの方は、ココナッツ・オイルの代わりに湯煎したカカオバターを使うといいでしょうね。

私はレシピ通りやらず、カカオビーンズを挽いて粉にするところから始めました。しかし、樹脂分が多いからか、なかなか粉にならないのです。挽くと「シアワセ臭」的な香りが立ち昇り、気分もいいのですが・・・ とにかく、気長な作業。そこで、市販のココアパウダーを少し足してしまいました。(どうりで、レシピには「豆から挽け」とは書いてないわけだ。)

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でもじぶんで挽くことは大事です。ここに最大のポイントがあります。カカオビーンズの効能が最大限に発揮されるのですから・・・。市販のものは粉砕されてから既に何日も何ヶ月も経っているもの。その日に挽いた粉とはパワーがまったく違うのは、おわかりいただけますでしょうか。

挽くときには、ふつうのすり鉢や乳鉢ではなく、ちょっと表面の荒い石製のものがやりやすいですね。

ちなみにバレンタインデーとは、キリスト教牧師バレンタインにちなんだ「愛の記念日」です。むかし兵士の結婚が禁止されていた頃、こっそりと結婚させてあげて殉教した、慈悲ある牧師さんです。

アメリカやヨーロッパでは、男女問わず、意中の人にこっそりバラを送ったりします。バラだけでなく、時に赤い下着だったり、チョコレートだったり、詩だったり・・・要するに何でもいいのですが、その送り主がわからなくて混乱するところが楽しいイベントです。

女子がチョコレートをあげる習慣は日本だけですが、この媚薬的なスイーツを愛の日に強引に結びつけた人は、商売センス抜群ですね。

さて、女性のみなさん。ちょっと変わったチョコレート作りをご紹介しましたが、いかがでしたか? ぜひチャレンジしてみて下さい。なにかサプライズが起こることうけあいです(笑)

2014/02/02


この前も友人に言われたのですが、わたしはわりと常に前向きでハッピーな人間です。不平不満言ったり、誰かを悪く言ったり責めたり、怒ったりすることもあまりなく、そういう意味で自己完結?・・・してるのかもしれませんね。

なんででしょう。そんなことに費やしている時間があるほど人生は長くはないと思っているからかも?

それに、たとえ多少の嫌なことがあったとしても、生命を脅かされることなくヌクヌクと生きていられる今この瞬間って素晴らしいと思うのです。それは、そのように生きたくても生きられない人をたくさん見てきたからかもしれません。

12月のクリスマス直前、オランダから日本に帰って来る機内で体験した、ちょっと泣けるようなお話をしましょう。

トルコ経由で帰国したのですが、アムステルダムからイスタンブールまでの機内で隣りに座ったお洒落な紳士が妙にウキウキとしていました。

「あなたはロシア語をしゃべるのかね?」

といきなり聞いて来るのです。なんだろうこの人、でも変な人ではなさそうだし、と思いながら、

「いえ。オランダ語ならできますが・・・」

「そうですか、旧ロシア圏の方かと思ったからね。」

私はよくハーフに間違われるほど国籍不明の顔立ちをしているから、不思議ではありません。

「ロシア出身なのですか?」

「いえ、旧ロシア圏ですよ。モルドバという国です。オランダに来て以来13年ぶりに、祖国に帰るのです。」

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「そうなんですか! オランダ移民ですか? 13年ぶり・・・ということは、私と同じ年にオランダに来たのですね。」

「あなたもそうですか。でも私は祖国に帰るといっても、片道切符ですよ。昨日まで刑務所にいました。オランダ政府に追い出されたのです。ちょうどクリスマスだし、まあいい機会でしょう。ははは。」

この言葉ですぐに私は、いろいろなことを察しました。

この男性、実はただの移民ではなく、祖国が内戦状態に陥ったときに、命からがらオランダに逃げて来た、いわゆる政治難民であること。

そういう斡旋エージェントに多額のお金を払えるだけの富裕層の出身であること(紳士の話し方、そして身のこなし方からも自明)

政治難民は通常、祖国の状態が改善されたら、オランダ政府から容赦なく追い出される身であること。

それでもなんとか残り続けようと試みたのだろうが、何からの問題があって(本人の仕事や収入の問題、あるいは警察沙汰になったとか)ビザの延長ができなかったであろうこと。

そのため、ビザ無しの状態でオランダに残り続けたため、移民警察に捕まり、強制収容所に入れられたのであろうこと。

おそらく処置が決まる間、半年〜1年くらい刑務所生活を送り、強制送還が決定し、オランダ政府からテンポラリーのパスポートと片道切符が渡されたのであろうこと・・・。

私のようなヌクヌクした身には想像しえない、壁だらけで困難な人生を、この人は歩んで来たに違いません。彼のような政治難民にはオランダではよく出会います。その度に、日本国という平和で経済的に豊かな国に生まれ落ちたことをこれ以上ない幸運だと感じます。

「祖国ではどんな仕事をしていたのですか?」

「警察官です。」

職務上、命を狙われた、ということなのだろうか。

「オランダでの生活は、どうでしたか?」

「素晴らしかったですよ、こんな私でも妻になってくれた女性がいましたからね。」

「そうですか・・・ これから、どうするのですか?」

「ははは、わかりません。どうしましょうね・・・まずは、13年ぶりに友達と家族に会って、それからですね。」

人の恨みは簡単には消えない。いまだに少なからず命の危険はあるはず。そんなところに帰らなければいけないなんて。いくら友達と家族がいるとはいえ、国を捨てた身。いったいそんな人に、帰るところはあるのでしょうか。

彼はイスタンブールから Kiliya という黒海沿岸のウクライナの街に乗り継ぎ、そこから陸路でモルドバに入るとのことでした。

「これからマイナス20度の世界が待っているんですよ、ははは。」

と、シベリアの人がかぶる様なフサフサの帽子を見せてくれました。

そして、イスタンブール空港では成田行きの搭乗口近くまでエスコートしてくれました。昨日まで刑務所にいた身、誰かと話せるだけでウキウキするのでしょうね。終始素敵な笑顔でした。

すでに成田行きの飛行機が出そうだったので、別れ際はちょっと慌ただしく握手とハグ。

「いつもハッピーに生きるのですよ!」

その言葉こそ、私がかけてあげたいくらいなのに・・・でも喉がつまって、何も返せなかった。私は、泣きたい気持ちを抑えて笑顔を作るのに必死でした。

というのも、この人は、もう明日は生きていないかもしれないのです。戻った瞬間、殺されるかもしれない。そういう危うい場所に帰っていくわけで・・・。

成田までの空の旅では、やるせない気持ちが渦巻きました。先進国のパスポートもビザも持っていて、自由に日本とオランダを旅することのできる、恵まれた身である私。どちらに帰っても、追い出されることもないし、命を狙われることもない。むしろ私の身を守ってくれる家族や友人がいる。食べるものにも困らない。じぶんの悩みなんて、ちっぽけなものにも思えてきます。

オランダにいると、世界的な人種差別を身に感じます。出身国が日本というだけで、自然と優遇される。先進国だからです。どんな場面においても、貧しいアフリカやアジアの一国とは全然違う信頼とリスペクトを得ます。私の努力で勝ち取った属性ではないのに・・・。

モルドバのことを調べると、やはりいまだに内戦状態にある国でした。ある民族が独立しようと試みており、事実上の紛争状態にある、と。そしてそのため、モルドバはヨーロッパ圏でも最貧国であるそう。

クリスマスは、ワインを独りしんみりと飲みました。名も聞かず別れてしまった紳士のことを思いながら・・・今頃どうしてるだろう、家族に会えたのかしら? そして、心から祈りました。無事であれ、と。

2014/01/23

そもそも私は「匂いのアーティスト」としてこのジャンクステージのサイトに名を連ねているわけですが、おそらく99%の方は「匂いのアートって、いったいなに???」「それって職業なの?」と思われるのではないでしょうか。

それが正しい反応です。私が勝手にその職業を作ったんですから・・・(笑)

正確にいうと、「Olfactory Art (嗅覚的なアート)」 という英語の既存の言い回しを、「匂いのアート」と訳しただけなんですけどね。つまり、日本にいちばん最初にこの専門領域を紹介したのは、ほぼ間違いなく私でしょうね。というか、そうせざるを得なかった。他ならぬじぶんがやってることだから(笑)

万人になるべくわかりやすいよう、ここでは「匂いのアート」としておきましたが、「Olfactory Art」を正確に訳すならば「嗅覚のアート」になりますね。視覚や聴覚を対象としたアートを私達は「美術」とか「音楽」とか呼んでいるわけですが、その対象を嗅覚にしてみようよ、ってことなんです。

つまり美術でいえば、絵筆やキャンバスを使って表現しますよね。その道具を、匂いにしてみたら・・・? という話です。

嗅覚の要素を美術に取り入れるというのは、とても意外に思われますが、西洋では昔から有名無名のアーティストがいろいろと試みていました。たいていは、オレンジの絵にオレンジの精油で香りをつける、といった感じの「強調系」の使い方でしたけどね。ちょっとこれではひねりがないなあ、と、私は思うわけです。

私が(あるいは嗅覚アートの世界が)世界初の嗅覚アーティストと認めるのは、かのマルセル・デュシャンです。もちろん彼は嗅覚関連以外の作品が主だったので、純粋な嗅覚アーティストと呼べるわけではありませんが・・・展覧会のオープニングでブラジル・コーヒーを煎ってサプライズを演出したり、何てことのないパリの空気を瓶詰めして「パリの香り」として展示したり。匂いを、意外性あるいは混乱を引き起こすために意図的に使ったという点、しかも当時のサロン的な美術界でそんなことをやってのけたという点で、やはりパイオニアだと認めざるを得ません。1910年代の話です。

ここからちょっと専門的な話に入りますが、私の活躍しているフィールド、つまりこれまで私が戦い抜いてきた戦場についてのお話をになります。日本人ながらにして世界的な嗅覚アーティストとして認められるには、それなりの戦いがあったわけで・・・。

デュシャンから100年ほど経た現代。匂いを中心に扱う作家がポツポツと顔を見せ始めたのがここ10〜20年の話です。ノルウェー人のシセル・トラース (Sissel Tolaas)という女性は最も早くから作品を発表しているので、いちばん有名です。その次にくるのは、ベルギー人のペーター・デ・クーペレ(Peter de Coupere)という男性。彼もキャリアが長い。このふたりは、この世界ではとにかくズバ抜けて有名。その次に名前が挙げられるとしたら、私がそこに入ってくるのではないでしょうか。いや、誇張ではなく、ほんとうの話なんですよ(笑) 世代的にも私は彼らよりちょっと下で、キャリアも7年。中堅ですね。

この横に、嗅覚アートの展覧会を企画したり、評論や解説文を書いたりするプロモータ的な役割をするキーマンがいます。カロ・フェルベーク(Caro Verbeek)という、私と同年代の女性です。オランダ・アムステルダム在住。ペーターとカロと私は、なぜかみんなオランダ語圏のご近所さん同士、とても仲良しです。いつも励まし合い、情報交換し合い、人を紹介し合い、このコミュニティをもっと盛り上げようと協力し合っています。ペーターと私は作家同士なので、良きライバルでもあります。

最初に名が出てきたシセルはなぜか、このコミュニティがお嫌いなようで、あろうことか私達を批判罵倒するのです。「あなたは自分のアイディアを真似した」、と。キャリアも長いため、他に似たようなことをやる人が出て来ておもしろくないのでしょうか・・・。

そんな醜い骨肉の争いをするのは、私は好きではありません。たとえ始点が似たようなアイディアであったとしても、形になっていくうちに自ずとその作家のカラーが出てくるものです。この多様性こそが、人間らしさであり、面白みがあるのではないでしょうか。「私が最初にドナウ川の曲を作ったのだから、もう他の誰もドナウ川の曲を作っちゃダメ」という論理はいかがなものか。

人間のイマジネーションの可能性は無限のはずだからです。作品の可能性だって、無限です。アイディアなんて、尽きるはずがない。なので、私は敢えて美大で教えています。シセルとは違います。私は、匂いという素材を蒸留などの手法で物理的に扱うことのできる、めずらしい作家です。学生にも教える技量がある。今のところ「嗅覚アートの授業」を美大で教えているのは世界広しといえどもで私だけではないかと思います。つまり世界初でもあり・・・。その点において、このフィールドからは一目置かれています。

後続を育てるというのは、自分のライバルを増やす事でもあるので、勇気の要ることです。でもじぶんのアイディアの泉を枯らさないようにすればだいじょうぶ。教えることは、じぶんの励みにもなるはず。そう信じています。

カロとペーターと私がオランダ語圏を拠点としていること、そして私がオランダで後継者を育てていること、この2つの要因が重なるため、嗅覚アートが特に活発な国は?と聞かれたら、「オランダ」と答える人も多いかもしれません。

彼らと一緒に、じぶんがその世界を牽引している。その自負はあるので、下手な事はできません。この世界もやはり競争で、人に注目してもらっているうちが華です。なので、私は、戦い続けますよ〜! 自分への戒めのために書いてみました。そうでもしないと、すぐ怠けちゃうんで・・・ いや、やっぱり、世界を相手に戦い、注目し続けてもらうって、そんなに簡単なことではないと実感中。でも息の長い作家でありたいと、今は思っています。皆さんも私に喝を入れてくださいね!

ちょっと今回は難しい話になってしまいました。嗅覚アートのコミュニティをちょっと覗いてみたい方は、仲間が主催してるこちらのポータルサイトを見てみてくださいね。

www.olfactoryart.net

2014/01/14

今年初めての投稿です。今年もみなさんに「おもしろい!」と言っていただけるようなコラムを書き続けていきたい所存です。どうぞよろしくおつきあい下さいませ。

現在、今年予定しているプロジェクトのために、クレオパトラのことを調べております。

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絶世の美女といわれ、世界三大美女の一人に数えられるクレオパトラ。古代エジプト最後の女王です。その美貌を使ってシーザーやアントニウスなどの時の権力者を次々に誘惑したことで有名です。

けれども、古代エジプトの資料に出て来るクレオパトラの横顔などはひじょうに抽象的な子どものような絵で、どこが美女といえるのだろう・・・といった印象。

しかし資料からわかるもうひとつの側面は、美しい声の持ち主で、語学が堪能で、知性豊かな女性だったということ。図書館で有名なアレクサンドリア出身なので、説得力もあります。

身を捧げてでもエジプトの民を救いたいと覚悟したとき、身ひとつで時の権力者たちの懐に飛び込んでいった。その行動力からは、一般的にイメージされる「美女」というより、非常に勇気があり、理性的で、芯の強い女性であったと想像してしまうのは私だけでしょうか。

クレオパトラといえば、バラを敷き詰めたベッドルームにアントニウスを迎えた、などのエピソードが有名であるように、香りをこよなく愛した女性ともいわれています。むしろそのような知性や感性こそが、「美女」と讃えられる要因なのではないかと思うのです。

というのも、世界三大美女のもうひとり、楊貴妃にも似たようなエピソードがあるからです。つまり、美女って、香りを誘惑の道具として駆使する女性のこと・・・?!

うーん。否定はできないかもしれませんね。「美女」という言葉の裏には、有無を言わさぬ磁石のような魅力が仄めかされているわけで、それには姿かたちだけでは不十分なのかもしれません。匂いは、物質であり、鼻の奥に届きます。これほど強力な引力はありませんからね〜(笑)

クレオパトラの場合、「匂い」で鼻の奥に、「声」で耳の奥に魅力を届けてしまうわけですから、ダブルパンチですよね〜。そこに語学力、教養、知性が加われば、もし仮にクレオパトラの見た目が悪かったとしとも、「美女」といえてしまうのではないでしょうか・・・?

私自身は、「声」に関してはまったく自信がありませんね。声も小さいし・・・ 録音して再生したじぶんの声なんて、大嫌い (笑)  Junkstageのライター仲間でもある、シャンソン歌手・鈴木希彩さんのヴォイス・トレーニングなども受けて、じっくり向き合いたい課題です。

でも、「匂い」に関しては、みなさんに自信をもってアドバイスできます!

ひとつ言えることはですね、「香りに酔え」それに尽きます。じぶんがすっかり陶酔できるような香りを見つける努力を怠らず、しかもそれを身にまとっているじぶんにウットリしましょう!ということです。

香水売り場の方のアドバイスはほどほどに聞き、じぶんの感覚中心で香水を選ぶのも良いですね。香りはあくまで道具です。その匂いに身を委ね、どんな状況でも自分の中心にいるようにしましょう。そうすれば自ずと、立ち居振る舞いも自信に溢れ、洗練され、優雅になってきます。

あたかもクレオパトラになったかのように感じましょう・・・ 感じるのはタダですしね (笑)

2013/12/30

ー年をゆっくり振り返りたいと思いつつ、東京では毎晩おもしろいこと続きで出歩いてしまい、まさに今年を象徴するかのような年の瀬を過ごしているmakiです。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

昨晩も一年を総括するかのような一晩でした。今日はちょっとそんな私のパーソナルな夜歩きをについて書いてみます。つまらない話ですが、どうぞおつきあいください。

まず1軒目は、夕方から高井戸でベリーダンスのショー。私の師匠であるノーラさんが出演。

ベリーダンスは昨年の6月から腰痛対策で始め、感性の合うスタジオとその仲間に恵まれ、すっかりハマってしまいました。このコミュニティには、匂いフェチが多いのもあり。。。ベリーダンスをやると、思考も体つきも嗜好も女性らしくなるからでしょうか。

ノーラさんは、日本在住の日本人ながら、ベリーダンスの本場トルコの人気バンドのベリーダンサーを務め、ヨーロッパ中をツアーしている方でもあります。彼女の踊りには、人種を超え、国を超え、伝わるものがあるのです。今年はそんな彼女とトルコも一緒に旅し、たくさんのインスピレーションをシェアしました。

彼女のもとに集まる女性たちのコミュニティも今年はハッキリと形を表し、いまの私の精神的な安らぎはそこにあります。来年3月の春分に向けて、彼女たちと一緒に「匂い+ベリーダンス」のイベントを企画中でもあります。

昨晩のノーラさんのステージ Beni Beni (Niyaz) には、思わず涙してしまいました。美しいものは、あらゆる感情を浄化してくれます。わたしもそんなふうに、踊りで浄化を与えれるようになりたいですね・・・来年の抱負です。

今年はとにかくじぶんの殻を破り続けたー年だった。いちばん大きなできごとは、ステージで踊ったということ! 人前で踊るどころか、カラオケさえ苦手な私。人前で話すということは、仕事上必要だったので今では問題ありませんが、子ども時代は決して自ら手を挙げて発言することはなかったほど。

破っても破っても出てくるエゴというのがあります。それをさらにまた破る。アート活動していても同じなのですが、それを繰り返せば、ノーラさんみたいに心に響く踊りができるようになるのかな・・・なら、繰り返そう、そう思ってます。

こう見てみると、アーティストは、常にじぶんのエゴと戦っているようなものだということがわかります。アートって一見、エゴ丸出しの行為に見えますけどね。逆なのです。じぶんの弱みとか、コンプレックスとか、ネガティブな部分さえも愛しみ、人前に晒すって、そう簡単にできることじゃあありません。それを敢えてやるんですから・・・マゾですよね(笑)

そして2軒目は、流れでノーラさんにひっついて、とある忘年会に。ある映画の制作打ち上げでもありました。初めての方ばかりでしたが、そういう場で呑むのも私の場合は仕事の一環ですから、慣れています(というより、できるようになりました)。キャストのひとりがオーナーを務める、新宿歌舞伎町のとある中華料理屋さんにて。彼は実は、歌舞伎町の黒幕のひとりでもあるのですが・・・(^^)

そんなふうに今年は、これまで想像もしなかったような方向に人間関係が広がっていった年でした。

すると、いろんな発見があります。他人はまさに、自分の鏡。「じぶん」というものは他人を通してしか、確かな形でつかむことができないものですよね。こんなにバカなところあったのか、こんなにかわいいところもあったのか・・・etc etc とにかくこれまでの人間関係では知らなかった自分の一面を知ることになりました。

自分を知るというのは、多かれ少なかれ痛みが伴うものですが、生きているという実感が湧いて来ます。明日への活力も湧いてきます。もちろん東京のような大都会では、その刺激が多すぎて逆にストレスになったりするのかもしれませんけど・・・。

今年は東京で新作を2つも発表したので、当然のことながら、日本に戻って来たんだということを実感し、見直さざるを得なかった。13年も欧州マインドで生きて来た私です。そのため、時に人に迷惑かけたり、傷つけたりもします。ふたたび日本の標準に合わせるのはほんとうに大変な作業で逆カルチャーショックですが、みなさまどうぞよろしくおつきあいくださいませ(笑)

そしてまだまだ夜は続きます。3軒目は、これまたノーラさんにひっついて、Oneness Meeting -縄文と再生- というアート/クラブイベントへ。当然のことながら、オールナイトです。

http://onenesscamp.org/

まったりしたラウンジで、今年の渋谷での展示でご一緒した山川冬樹さんとヨシダダイキチさんの演奏を堪能しました。ホーミーとエレキシタール。宇宙を感じる山川さんのホーミーに、またしても涙・・・。生きていることを素直に感じれるこの瞬間。大好きです。

昨晩はソフトな音楽を奏でてくださいましたが、本来はもっとハードコアなパフォーマンスをする方。同年代なので昔から彼の活動は知っていますが、他にこれほど興味の持てる作家はこの世代にはなかなかいないかもしれません。

別フロアではノーラさんはじめ、ベリーダンサーがステージで踊ったり、ガンガンのテクノが流れたりの普通のクラブ。東京テクノはレベルが高いですから、ドラッグなくても踊って恍惚になれます。

集まっていた人たちはおそらくアーティストやデザイナー、ダンサー、ミュージシャンなど、何らかのクリエイティブな仕事をしている人がほとんどだと思います。私が若かった頃、といってももう20年前ですが、それに比べると東京にはそういう母体数がほんとうに増えましたね! あらためてオバサンになったなあと思います (^^)

お互いに必要とするインスピレーションを持つ者同士が引き寄せられる、そういうふうに世の中はできできると思っています。「気」といってもいい。磁石のように、プラスとマイナスが引き寄せられるように。「気が合う」というのは、そのプラスとマイナスで気が交流する、ということだと思います。そんな磁場が感じられる空間でした。

ちょっと深い話をすると、日常すべてのシーンにおいて、この法則は働いていると思います。親と子、男と女、店員と客、パフォーマーとお客さん、etc etc 。気の量がわずかな場合もあり、大量な場合もある。愛をもって性交中の男女間が、いちばんその量が多いかもしれません。直接体を交わしているわけなので。

アートも、気の交流無しに成り立たないと思ってます。特にパフォーマンスなんて、限られた時間内での芸ですので、お客さんとの瞬間的な気の交流が全て。美術においても、作家がそこに込めた気を鑑賞者が受け取ります。だからアートは、なんとなく好き嫌いの世界であり、きちんとした批判が難しいのです。気は目に見えないし、言葉で表現しにくいから。作家はみんな、お客さんとちょっとずつセックスしてるようなものですね (笑)

わたしは来年、きちんと本を書こうと思ってます。数年前から来ている話ですが、そろそろもっと多くの日本の方にこれまでの私の活動を知って欲しいと思うようになりました。つまり、さらにもっと多くの人とほんのちょっとずつセックスするってことなのかな?(笑)

2013/12/30 04:55 | 未分類 | No Comments
2013/12/13


前回の話 オランダのオープンな風俗界あれこれ にひき続き、世界一オープンな国・オランダのおもしろいお話を提供したいと思います。

オランダ移住当時は、若かったこともあり、新しい体験に貪欲に飛び込んでいきました。しかし、新しい体験てのはたいてい、ちょっとした苦痛を伴うもの。体当たりで学んだことのひとつが、オランダのエロス文化でした。日本とは180度正反対といってもいい。このコラムを読んだあと、みなさんもそう思われるかも知れません。

ある夏の日、友達と、湖に行こうという話になりました。その後結婚することになった彼氏と、その女友達と一緒に。太陽のさんさんと降り注ぐ気持ちのいい日だったので、彼らはなんと「ヌーディスト・ビーチの方にしよう」というではないですか・・・

オランダの湖や海にはたいてい、茂みに隠れたヌーディスト・エリアがあるんです。

もしや彼が、その女友達のヌードを見たい下心からか?! あるいは、彼女が? など、わけのわからないさまざまな思いが頭をよぎりました。もちろんNOと言う事のできないウブな日本人女性だったので(昔はね)、うぅーっとモジモジしながら、さあ着きますよというときに「やっぱり・・・わたしダメっ」と切り出します。ふたりは「あ、それなら普通のビーチに行こう」とケロッとして方向を変えました。

つまり、彼らにとっては、友達同士の間で水着を着ていようと着ていなかろうと、たいして差はない、ということなんですよ! 「ヌード=ありのままの自然の人間の姿」と捉えているんです。なので、オランダには滅多にない開放的な天気の日には、その自然のままの姿で、自然の中で日光浴することは、ひじょうにヘルシーであり、いたってナチュラルな行為だというわけなんです。実際に日常生活をヌードで送っているヌーディスト族も、存在します。

私があまりに動揺していたのをふたりは面白いと思ったようで、女友達が「じゃあ、泳いでヌーディスト・エリアに行ってみようよ。遠くからチラ見できるよ」と誘ってくれました。その神秘の花園はですね、確かに美しい光景でした。中年カップルしかいませんでしたが、フルに恥部を丸出しのぽっちゃりしたおじさんの姿さえも、自然の中に溶け込んでいました。

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(近所の湖の写真。ここはバーベキュー・ゾーンですが、ヌーディスト・エリアはこの左の奥の奥の方にあります。)

ある朝、前述の彼と、友達の家に行きました。その男のところには彼女が遊びにきていたようで、ふたりでほとんど裸の状態でベッドから出て来て「おはよー」って言うんです。いちおう、下着はつけてましたが、目のやり場に困りました。。。

女の子は、胸がふくらむまでは水泳教室でも胸当てをしてなかったりします!(笑)当然小学校でも更衣室は男女一緒。大人になっても、下着をつけていれば(恥部を隠していれば)洋服を着ているのと同等と考えられているようです。

最悪な体験は、サウナに行った時でした。冬に風邪をひいてしまって、その時はバスタブのついていない家に住んでいたので、暖まりたい一心で電話帳でサウナを探してバスを乗り継いで辿りつきました。するとなんと!男女共用で、しかも水着不可ではないですか。

いちおうバスタオルは渡してくれましたが、シャワー浴びたり、スチームサウナに入ったり、プールで泳ぐときなどは、それで体を覆い隠すことはできません。最初にシャワー室で、隣りのフル○○のおじさんがさわやかな笑顔で「ハロー」と言ってくれたときのショック。今でも覚えています(笑)

しかし徐々に、その空間では、タオルで変に身を隠さず、堂々と歩いていた方がいやらしくない気がしてきました。最初の方はぜんぜん落ち着かず、リラックスどころではなかったのですが、最後の方にはすっかりスッポンポンになっていましたよ(笑)

そんなのを重ねていくうちに、私もオランダ的な感覚に慣れていったんですね。ヨガ・スタジオで着替えるときなども、とうぜん更衣室は男女共用なわけで、男性が隣りにいても平気でブラジャーをつけ替えることができるようになりました。

日本に戻った今でも、ときどきその感覚が出て来る事があり(とくに自然いっぱいのキャンプ場などで)気をつけねばなりませぬ(笑)

で、お題の「オランダ的エロス」なのですが・・・、長年住んでも、結局よくわかりませんでした!(笑) 同じ下着姿でも、エロスのスイッチを本人が入れるかどうかで違うということ? みなさんはどう思いますか? 逆に私が聞きたいくらいです(笑)

2013/12/13 02:35 | オランダ | No Comments
2013/11/27

前回は欧米におけるゲイシャ文化への残念な理解度について訥々と述べてしまいましたが、今回はオランダのオープンな性風俗界あれこれをご紹介しましょう。

オランダといえば、レッド・ライト・ディストリクト、いわゆる「飾り窓」が有名ですね。麻薬も合法ですし、性に関してもやはりオープンなイメージがもたれているのではないでしょうか。

実際、アムステルダムの飾り窓は観光スポットとなっています。若くてセクシーなお姉さんからボリューミーなおばさままで、肌の色も白から黒まで様々な方達が、窓際でポーズをとって誘ってらっしゃいます。それぞれが個室で、カーテンが閉まっていれば、来客中。

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(アムステルダムの飾り窓、繁華街からちょっと外れた方)

 

このストリートはわざわざ行かずとも、突然出現するといっても過言ではないくらい、普通の繁華街にあります。観光で家族連れで歩いている人たちも昼間はたくさんいて、なかなかおもしろい画です。日本人にはちょっとダイレクトすぎて、ギョッとしてしまいますけどね。

オランダは公序良俗なプロテスタントの国ですので、社会的地位のある、パートナー持ちあるいは妻子持ちの男性は、こういった風俗にはほとんど行きません。バレたときに、品が疑われ、社会的地位もあやぶまれるのかも。なのでこの手の飾り窓のお客さんは観光客か、独身男性か、船乗りなどの低階層の労働者か・・・そんなところでしょう。

逆に、社会的地位の非常に高いお金持ちの男性であれば、出張などで高級エスコートサービスを頼むという文化があるようです。新聞のいわゆるテレビ欄にあたる部分に、デートクラブ、エスコートクラブ、コールガールなどの広告がぎっちりと並んでいます。普通の国民紙ですけどね。

いつだったか、アイルランドの高級ホテルで人と待ち合わせをしていたら、好奇心旺盛な目をした初老の紳士が近づいてきました。「きみはいくらだね?」と聞くではないですか・・・(笑)
 高級ホテルには、そんな密かなビジネスが展開されているんですね。まさにプリティ・ウーマンの世界です。

これはオランダではありえません。オランダでは売春は合法で、免許制だからです。エイズ対策や身障者対策などの講習をバッチリ受けた女性しかできません。「娼婦業」は女性にとってちゃんとした稼業なのです。保険や福利厚生もしっかりしています。

けれども、やはりドラッグと対になったダークな稼業ではあります。女性もキャリアアップできればいいのですが、落ちぶれるとハードドラッグにハマるのがオチだとか。近所に、政府が運営する娼婦更生施設があり、そういった女性たちをよく見かけるのですが、ジャンキーになった娼婦の姿はいたたまれないです。もうすべて吸い尽くされた感じ。

売春は合法なのだけど、売春宿が合法ではなかった時代があり、違法なビジネスが蔓延したため、あるときから売春宿も合法になりました。合法にするのは、免許制にして、政府がコントロールするためです。

同じように麻薬も、大麻などのソフトドラッグは合法にし、化学系ハードドラッグの取引を辿れるようになっています。(ハードもたいていソフトを隠れ蓑として取引されるので)

港町ロッテルダムには数年前まで、バスターミナルのような売春エリアがありました。車でそこに入るときに警察の検問があります。本物のバスターミナルのように、女性がズラッと立っています。好みの女性を見つけたら、隣りの洗車場みたいなところに車を泊めて、事に及ぶというシステム。

けれども、ここは閉鎖されてしまいました。ターミナル外で無免許の娼婦が安く身売りを始めたり、車内という私空間でドラッグが取引されたり、政府もコントロールしきれなくなったのでしょう。そこで、職にあふれた女性たちが、前述の更生施設にやってきたというわけです。

誰かの日本人観光客の遊行レポートに、こんなことが書いてありました。デートクラブに入ると、昼でも暗くてムードたっぷりのカウンターに女性がずらっと並んでいて、好みの容姿の女性を選んで、ホテルに行く。すると、部屋の灯りがパッとついて、その女性も暗がりのイメージとは違うことも判明。そんな晃晃と照らされた室内で、オープンな雰囲気で事を運ぶのは、落ち着かなくてしょうがなかった・・・といった笑い話。

日本とは真逆ですね。これでは確かに、陰影礼賛的な「ゲイシャ文化」も理解してもらえないわけですよね。

2013/11/27 10:35 | オランダ | 2 Comments
2013/11/09

Event Coverage

先日、アメリカLAにある嗅覚アート専門のギャラリーより連絡があり、私の 「ゲイシャのかほり」一連の作品を是非展示したい、とのことでした。日本のゲイシャ文化は、欧米世界も興味津々。そのため、「ゲイシャ」「香り」このふたつのキーワードだけで、相当な注目を浴びるだろう、と。

Institute for Art and Olfaction -芸術と嗅覚のためのインスティテュート-」は、 嗅覚アートを世界に広めるべく誕生した、世界初の嗅覚アート専門ギャラリーです。寄付により運営される非営利団体で、世界的に名高い嗅覚アーティストや調香師が訪れ、展示やリサーチ活動、ワークショップなどを行っています。

そんな格調高いところが、ゲイシャ関連ですか・・・。やはり大味なアメリカ(笑)。 ヨーロッパだと、もっと現代アートっぽい作品を所望するはず・・・。

それはいいとして、欧米には、「ゲイシャ」を娼婦と同一視するような見方が蔓延していて、眉唾ものです。なぜでしょうね。

まず「ゲイシャ」という単語は、「芸妓」「芸者」「遊女」「花魁」「女郎」ぜんぶを含む、いい加減な単語。日本人であれば、その微妙なズレとか重なりとかをなんとなく知ってるんですけどね。まあ完全にカテゴリ分けできるものでもないのですが、いちおうランクがあり、「遊女」や「女郎」は娼婦に近く、つまり性を売るしか仕方のなかったカテゴリです。「花魁」のようにランクが上がれば上がるほど、唄や舞などの芸、そして色香と風雅を売っていたわけで、性は最後の切り札として取っておけたのです。つまり性の値段をつり上げる手法が、芸であり、色香であり、ということ。

そしてランクが上であればあるほど、現金も手に入るわけで、匂いを商売道具として駆使できました。(以前こちらの記事に詳述しました。)他ならぬ、匂いは消耗品なので、さすがに潤沢にお金がないとできない道楽です。

「伽羅の女」とは、最上級の女に対する代名詞で、郭言葉です。「ゲイシャ」をテーマにした映画SAYURIにも、水揚げのときには枕元に香炉が置いてありました。高級な伽羅を示唆しています。

ちなみに伽羅がどれくらい高いかというとですね、現在鳩居堂などで手に入るのは、1グラム1万5千円くらいからですね。1cm四方の香木です。(私は趣味で、幾つも持ってます・・・ ^^; 貴重すぎて使えません。)

遊郭には、そんな伽羅の香りが満ちていたといいます。それは、接客の時間を線香の本数で計っていたからでしょう。勘定も「お香代」と呼ばれ、「1本分」「2本分」などの優雅な単位の請求だったといいます。(ここに使われるお線香は、実際は伽羅ではなく、沈香だったろうと想像されますが。)

こんな洒落た世界ですから、「ゲイシャ」を「娼婦」と一緒にされては困るのですよね〜。遊郭は、遊びの郭。体を重ねることを「最後のとっておき」とするために、さまざまな色恋の駆け引きがあり、そのプロセスをこそ楽しむ場だったのです。多くの場合、宴会の後はみんなで「雑魚寝」で、ムンムンした空気を楽しむのがオチだったといいます。

こんなふうですから、おそらく最後まで行き着けない気の毒な輩もたくさんいたことでしょう。どんなにお金を持っていても、風雅と粋を知っていて、自分の魅力を駆使できる男でないと、上に行けない世界。この文化は、現代の風俗界にも脈々と受け継がれているはずなのですが、キャバクラやソープなどはそれが必要とされない現金主義の世界なので、お金は持っていても粋を知らない男が増えるという哀しい現代。(笑)

一昔前のスナックやパブには、その色香が残っていた気がします。私の叔母がホステスさん達の衣裳をオートクチュールで作るデザイナーでしたので、そういうお仕事をされている方達を覗きながら育ちました。ある四谷のスナックにもよく連れて行ってもらい(お客さんとしてね)、ママさんにも娘のように可愛がってもらった女子大生でした!(笑)上品な言葉遣いや仕草、高級なベルベットやサテンの生地の感触、そして香水の芳香・・・。そして、笑顔が素敵で、粋で、自信に満ちていて、おしゃべりが楽しいおじさま達・・・そんな大人の世界を垣間見ました。

位の高い「ゲイシャ」は第一義的に 「夢」、「安らぎ」そして「ファンタジー」を売る女だったのです。性はその果てしない向こうに期待されてはいるけど、約束されてはいないもの。日本文化独自の繊細な想像力が前提の粋なコミュニケーションができないと、振られてしまいます。外人さんであればまず、「こんなにお金を積んでるのになぜやらせてくれないんだ」と腹を立てていたでしょう。

香りは、そんな幻想を売るにはもってこいのツールなのです。

そしてこの点において、アートとの接点を感じます。このことを私は展示で、あるいはパフォーマンスで、ダイレクトに伝えたい。深く感じて欲しい。それが、「ゲイシャのかほり」シリーズの原点です。

 

「ゲイシャのかほり」シリーズ

作品:http://www.ueda.nl/index.php?option=com_content&view=category&layout=blog&id=191&Itemid=804&lang=ja

パフォーマンス:https://www.facebook.com/maki.ueda/media_set?set=a.10202118333349994.1073741827.1537755130&type=3

 

2013/10/20

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ちょうど笠原ちかさんのコラム「風嬢だって人である。」の記事「奥が深すぎる大人の世界」http://www.junkstage.com/chica/?p=320   を拝読しまして、ああ、嗅覚もそうだよね、うんうん、と大いにうなずいたのがきっかけで、このような題名のコラムとなってしまいました(笑)。爽やかな日曜朝の散文としてはふさわしくない内容ですが、よろしくおつきあい下さいませ。

アダルトビデオの世界観の広さに、人間というものの深淵さを見ることができる、とおっしゃる笠原さん。まさに、匂いの嗜好も然り。人って、こんな匂いを好きになれるのか・・・とその理不尽さには驚くばかりです。

しかし、匂いの嗜好性には無意識な行動と結びついているところも多く、その無意識の部分を明らかにしようとするのは簡単ではありません。まさに禅の修行。「じぶんはこんな匂いが好き」と意識できる匂いは、その氷山の一角でしかないのです。

性癖の方がよっぽど、自覚しやすいのかもしれません。性は、他人と関わる事で成り立つので、他人が鏡の役割をしてくれているのでしょう。それにアダルトビデオショップに行けば、ずらっとタイトルが並んでいるわけで、そこからなんとなくイメージで惹かれるものを選んでいるうちに段々わかってきますよね。

匂いは、イメージでは伝わりません。物質なのです。分子なのです。物理的に匂いを嗅がないと、それが好きか嫌いかわかりません。なので、経験こそが鍵となります。

その経験が、次の行動(嗜好性)への土台となるわけですが、人間はよくわからない行動でも理屈でじぶんを納得させたがる動物です。匂いが支配している無意識な行動にも、ああだこうだと屁理屈をつけ、匂いのせいではないことにしています。そのじぶんの屁理屈を見抜き、解き明かし、なるべく少なくして生きられたら、楽なんですけどね。これも禅の修行。

香りの世界で仕事する人たちは(私も含め)、ある意味「匂いフェチ」だとは思いますが、特定の匂いに執着するフェチとは違います。匂いなら、じつはなんでもいいのです!(生理的なレベルの反応は別として。)「禅の修行」の対象だから。もしかしたら、われらの性癖もそんな感じかもしれませんね・・・アダルトビデオならどれでもいい、とか。(←少なくとも私はそうですね。笑)まあ、性癖と匂いの嗜好性の根が同じだとしたら、の話ですが・・・。

ちょうど先日、オランダ王立美大で受け持っていた3週間の授業が終わりました。嗅覚アートの基礎を教えた上で、「嗅覚のゲームを作る」という課題を与え、作品を作ってもらいました。最終プレゼンのビデオをこちらにまとめました。

http://youtu.be/QCrTyQy-y8g

生徒ひとりひとりが輝いているでしょう? これには学部の先生たちも「普段の彼らと、違う」と驚きました。学生の中には、レズとかゲイとか少なからずいたのですが(ここはオランダですし)、彼らが特に力を発揮していたのが興味深いです。もしかしたらこの3週間のあいだに、匂いの深淵な世界に触れたことによって、抑圧されていた部分が解き放たれた結果なのかな・・・?

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(写真は、学生達が抽出した香りたち。ひとつはパッションフラワー。もうひとつは、猫の糞。笑)

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