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2014/12/24

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先日、東京より私のアトリエにたくさんの取材陣がいらっしゃいました。

メディアは、R25コロカル離島経済新聞Ritokei、など。

石垣島の片田舎にあるわたしのアトリエに、
これほどの取材陣が寄ってくださることになるとは!
しかもアトリエを構えて、まだ3ヶ月なのに。

もともとメディア運の強い私ですが(笑)、
なんで?なんで?と探ってみると、
こんな流れが背景にあったようです。

日本には400以上の離島があり、
それぞれに育まれてきた文化風土があるにもかかわらず、
中央集権の進むばかりの昨今、
この状態は危機的ともいえます。

そんな中、
離島の経済から日本の未来を真剣に考える、
「離島経済新聞 ritokei」というフリーペーパーがあります。
けっこうお洒落な新聞です。

彼らが注目したのは、クリエイティブ・パワー。
つまり危機的な離島経済に、
クリエイターやアーティスト達が積極的に関わる事が、
島の活性化につながるのではないかといった視点。

その事例として石垣島が挙げられたんです。
400以上の離島から選ばれた石垣島。

ではなぜ石垣島?という点なんですが、
やはり東京・大阪からのアクセスが抜群に良いという理由があげられるそうです。

事実、良いですね。
東京との往復は、さすがに安くはないですけど・・・(涙)。

そして、シマンチュ(島人)、ナイチャー(移住者)問わず、
クリエイターは多い島です。

さて、クリエイターといったときに、具体的にどんな仕事をさすのかというと、
伝統を守る目的の焼き物や織物などの伝統工芸よりはむしろ、
それをベースとした新しい表現やプロダクトの方をさします。

昨年、石垣市の率先で、
「クリエイティブ・フラッグ」
http://creativeflag.com/category/creater
というプロジェクトが作られました。

石垣島一押しのクリエイターがここにデータベース化され、
彼らの石垣発の作品が、代官山の「石垣ショップ」に並んだりと、
石垣の経済に還元されるという仕組みです。
私も11月から参加しています。

クリエイティブ・フラッグと離島経済新聞社の取材ツアーは、
夜は勉強会に懇親会。
昼はアトリエツアー&取材といった、
中身の濃い交流会となりました。

このアトリエツアーに、私のアトリエを組み込んでいただきました。

沖縄らしい昔ながらの瓦屋根の家と納屋。
そこで何ができるか夢見る(いや、妄想する)日々を、
取材陣のみなさまと共有しました。

日常が日常になると、
視点がローカルに落ちまくってしまいます。
引きこもって制作できる良い環境ではあるのですが・・・

離島経済から日本の未来を真剣に考えてらっしゃる今回のみなさんと、
ところ離れていても、
視点は常に同じラインに立っていたいなあと
あらためて思いました。

石垣島でのクリエイティブな活動をもっと盛んにして、
ネットワークを作ることで、
「クリエイティブ・ツーリズム」といった
ただの観光資源ではない、
未来にも受け継がれるべき「文化」ともなるようなもの。
そんなものを築いていこうという動きです。

そこに自分ももっと、自主的に関わっていきたいな〜と、改めて思いました。
じぶんのできる範疇で、ひとつひとつ始めたいですね。

2014/11/17

雨の降り始めの匂いってありますよね。

ふわっと香り立つ、土の香り。

先日ワークショップで石垣島の土の香りを蒸留しました。ロッテルダム市アートセンターからコミッションを受けていた、ここ1年がかりの「土の香りプロジェクト」の集大成でした。

雨の匂いは、専門用語で「ペトリコール Petrichor」というそうです。雨が降らない日照りの間に、植物が土中に放出する油分が、雨により蒸発して匂いを発するのだとか。「石の匂い」を意味し、オーストラリア連邦科学産業研究機構の鉱物学者Isabel Joy BearとR. G. Thomasが1964年にネイチャーに発表した、論文の中で作られた造語です。

また、雨上がりの匂いは「ゲオスミン geosmin」がその原因とか。土のツーンとした香りです。「大地の臭い」を意味し、下水道から発生するカビ臭の原因物質です。
藍藻や放線菌、特にストレプトマイセス属などの微生物によって産生され、それらが死んだときに放出されます。コイやナマズなど水底に住む淡水魚が持つ泥臭いにおいのもとでもあります。

みなさんはどちらの香りが好きですか?

2014/05/18

写真

 

 

石垣島の畑にはヨモギが自生しており、取っても取っても生えて来る。このヨモギの良い利用法、何かないだろうか・・・と、遊びでよく蒸留実験をしています。

その香りでおぼろげに思い出すのは、祖母です。おそらく私は幼少の頃より、札幌の祖母の庭で、ミントなどのハーブに触れていたのだろうと思います。小学生のころには、ポプリの調合を趣味としていたくらいですから・・・。

祖母は北海道北見の出身です。いわゆるオホーツク海の沿岸。すぐそこが樺太や北方領土です。北見はむかし、ハッカ油の生産で栄えたエリアでした。祖母の家も農家だったと聞いているので、きっとハッカとは切っても切れない縁だったのではと想像されます。

ハッカとは、いわゆるミントのことです。ペパーミントのような香りの和種ハッカが、北見の一大産業でした。よくむかし、ハッカ飴など食べませんでした? 虫さされにハッカ油を塗ったり。

大人になってから何度かこの地域を車で廻って旅をし、よく祖母の妹さんを訪ねました。果てしなく続く大地。果てしなく続く畑。それ以外何もないところだけど、そこはにむかし、世界最大のハッカ油の蒸留所があった。大正から1960年くらいまでの話です。合成香料の出現によりやがて、北見のハッカ産業は衰退していきました。

いま思えば私の祖母は、農家の出とは思えないくらい、とてもハイカラで、発想が突飛な女性でした。

祖母の庭にはナスタチュームが植えてありました。ナスタチュームはハーブの一種で、オレンジ色の食べられる花を咲かせます。祖母はそれを華やかにサラダに添えていました。夏に遊びに行くと、大人にはメロンにウィスキーをかけて、子どもにはフルーツパンチを振る舞っていました。そして秋には葡萄の棚から、葡萄の取り放題・・・

大正の人なのに、農家の出身なのに、なんてハイカラなんだろうと思います。北見のハッカ全盛時代に、ミント畑であの香りを嗅いで育ったからではないかしら? なんてのは私の勝手な想像ですが。

北見とミントは、香りがその地域の産業を変えた一例ですが、なんと香りが日本の歴史を変えた例もあります。樟脳です。樟脳はクスノキから蒸留して採取したもので、むかしタンスの中に入れて虫除けとして使われていました。

薩摩藩は藩主導で樟脳を生産し、オランダVOC経由でヨーロッパに輸出し、莫大な富を得ました。そのお金で、軍艦や兵器を買ったのです。その武力により大政奉還が実現した流れは、みなさんよくご存知のことと思います。樟脳も同じく、合成香料の出現で衰退の途をたどってしまいましたが・・・。

香りがこのように、その地域の産業となる。象徴となる。そうあって欲しいと思うし、じぶんもなにか貢献できないだろうかとよく考えてます。

参考:北見ハッカ通商
蒸溜方法など、とてもマニアックな記述があります。その道の方、必見!
http://www.hakka.be/

 

 

 

2014/04/30

4月の遠征の旅から石垣島に戻り、ホッとしているところです。

石垣→ 東京 → デリー → カンナウジ → デリー → シンガポール → 東京 → 石垣

といった長旅。もちろんそれぞれの場所でストップして何件も仕事していたので時間がかかったわけですが、いちばんの目的地であるカンナウジから石垣の家まで4日の帰路でした。

(カンナウジに行った目的に関しては、前回の投稿をお読みください)

カンナウジじたいは香油の街ですが、インドでも最貧地域にあります。折しも選挙中。治安が非常に悪く、銃を携えた男たち(平民)がウロウロしているような状況でした。人種差別の激しいエリアで、ついこのあいだも8万人のムスリムが虐殺された地域。男尊女卑もひどく、レイプは犯罪ではなく、日常茶飯事。

いままで世界各地、ひとりで旅してきましたが、ここまで身の危険を冒す旅は初めてです。観光だったら絶対に避けるべきですが、仕事なので仕方がなく、死は多少覚悟しました。いやこれは本当に大げさではなく、まさにワイルド・ウエストの中をタクシーをハイヤーして移動するわけですが、ひとりだけ白人(日本人は東洋人とはいえ、肌が白いし金持ちなので、インドでは「白人」の中に入るようです)、しかも女、しかも現地語のできない外国からの旅行客、そんなオオカミの中の羊はあまりおりませぬ。選挙中のテンションが私に向けられたときにはもちろん何があってもおかしくはないわけです。もちろん観光客などひとりも来ない地域です ^^;

電車で移動しても、タクシーで移動しても、そこここで銃を携えた血気盛んな若い男どもの平民軍団に遭遇するわけです。それをなるべく避けるようにして移動しました。仕事先以外はホテルからもまったく外出できませんでした。

こんな危険な状況の中、同行してくれたパートナー達に、とにかく感謝しています。滞在は7日間の予定でしたが、そもそも女性が仕事なんてできるような土地ではなかったため(女性の社会進出はゼロなので、私が何か質問したり、交渉ごとをしたり、というのが許されない)、最低限の目的を達成したら、さっさとデリーに戻って来てしまいました。

もう銃は見たくありませんね。それに、もうしばらく旅行はしたくありません(笑)車に鍵もかけない石垣島の平和さをしみじみと味わっています・・・

それほど希少な体験をしながら訪れた香油工房。折しも薔薇のシーズンで、薔薇の香油を蒸留しているところでした。ここだけは別世界でしたね。同行者のおじいさんの伝手で、すべてのプロセスを写真に収めさせていただきましたが、これも長年厳しく守られている秘伝なので、貴重な記録です。

「土の香油」の作り方、学びました。あとは、実践するのみです。そのプロセスはまた別途ご報告しますね。

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2013/12/30

ー年をゆっくり振り返りたいと思いつつ、東京では毎晩おもしろいこと続きで出歩いてしまい、まさに今年を象徴するかのような年の瀬を過ごしているmakiです。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

昨晩も一年を総括するかのような一晩でした。今日はちょっとそんな私のパーソナルな夜歩きをについて書いてみます。つまらない話ですが、どうぞおつきあいください。

まず1軒目は、夕方から高井戸でベリーダンスのショー。私の師匠であるノーラさんが出演。

ベリーダンスは昨年の6月から腰痛対策で始め、感性の合うスタジオとその仲間に恵まれ、すっかりハマってしまいました。このコミュニティには、匂いフェチが多いのもあり。。。ベリーダンスをやると、思考も体つきも嗜好も女性らしくなるからでしょうか。

ノーラさんは、日本在住の日本人ながら、ベリーダンスの本場トルコの人気バンドのベリーダンサーを務め、ヨーロッパ中をツアーしている方でもあります。彼女の踊りには、人種を超え、国を超え、伝わるものがあるのです。今年はそんな彼女とトルコも一緒に旅し、たくさんのインスピレーションをシェアしました。

彼女のもとに集まる女性たちのコミュニティも今年はハッキリと形を表し、いまの私の精神的な安らぎはそこにあります。来年3月の春分に向けて、彼女たちと一緒に「匂い+ベリーダンス」のイベントを企画中でもあります。

昨晩のノーラさんのステージ Beni Beni (Niyaz) には、思わず涙してしまいました。美しいものは、あらゆる感情を浄化してくれます。わたしもそんなふうに、踊りで浄化を与えれるようになりたいですね・・・来年の抱負です。

今年はとにかくじぶんの殻を破り続けたー年だった。いちばん大きなできごとは、ステージで踊ったということ! 人前で踊るどころか、カラオケさえ苦手な私。人前で話すということは、仕事上必要だったので今では問題ありませんが、子ども時代は決して自ら手を挙げて発言することはなかったほど。

破っても破っても出てくるエゴというのがあります。それをさらにまた破る。アート活動していても同じなのですが、それを繰り返せば、ノーラさんみたいに心に響く踊りができるようになるのかな・・・なら、繰り返そう、そう思ってます。

こう見てみると、アーティストは、常にじぶんのエゴと戦っているようなものだということがわかります。アートって一見、エゴ丸出しの行為に見えますけどね。逆なのです。じぶんの弱みとか、コンプレックスとか、ネガティブな部分さえも愛しみ、人前に晒すって、そう簡単にできることじゃあありません。それを敢えてやるんですから・・・マゾですよね(笑)

そして2軒目は、流れでノーラさんにひっついて、とある忘年会に。ある映画の制作打ち上げでもありました。初めての方ばかりでしたが、そういう場で呑むのも私の場合は仕事の一環ですから、慣れています(というより、できるようになりました)。キャストのひとりがオーナーを務める、新宿歌舞伎町のとある中華料理屋さんにて。彼は実は、歌舞伎町の黒幕のひとりでもあるのですが・・・(^^)

そんなふうに今年は、これまで想像もしなかったような方向に人間関係が広がっていった年でした。

すると、いろんな発見があります。他人はまさに、自分の鏡。「じぶん」というものは他人を通してしか、確かな形でつかむことができないものですよね。こんなにバカなところあったのか、こんなにかわいいところもあったのか・・・etc etc とにかくこれまでの人間関係では知らなかった自分の一面を知ることになりました。

自分を知るというのは、多かれ少なかれ痛みが伴うものですが、生きているという実感が湧いて来ます。明日への活力も湧いてきます。もちろん東京のような大都会では、その刺激が多すぎて逆にストレスになったりするのかもしれませんけど・・・。

今年は東京で新作を2つも発表したので、当然のことながら、日本に戻って来たんだということを実感し、見直さざるを得なかった。13年も欧州マインドで生きて来た私です。そのため、時に人に迷惑かけたり、傷つけたりもします。ふたたび日本の標準に合わせるのはほんとうに大変な作業で逆カルチャーショックですが、みなさまどうぞよろしくおつきあいくださいませ(笑)

そしてまだまだ夜は続きます。3軒目は、これまたノーラさんにひっついて、Oneness Meeting -縄文と再生- というアート/クラブイベントへ。当然のことながら、オールナイトです。

http://onenesscamp.org/

まったりしたラウンジで、今年の渋谷での展示でご一緒した山川冬樹さんとヨシダダイキチさんの演奏を堪能しました。ホーミーとエレキシタール。宇宙を感じる山川さんのホーミーに、またしても涙・・・。生きていることを素直に感じれるこの瞬間。大好きです。

昨晩はソフトな音楽を奏でてくださいましたが、本来はもっとハードコアなパフォーマンスをする方。同年代なので昔から彼の活動は知っていますが、他にこれほど興味の持てる作家はこの世代にはなかなかいないかもしれません。

別フロアではノーラさんはじめ、ベリーダンサーがステージで踊ったり、ガンガンのテクノが流れたりの普通のクラブ。東京テクノはレベルが高いですから、ドラッグなくても踊って恍惚になれます。

集まっていた人たちはおそらくアーティストやデザイナー、ダンサー、ミュージシャンなど、何らかのクリエイティブな仕事をしている人がほとんどだと思います。私が若かった頃、といってももう20年前ですが、それに比べると東京にはそういう母体数がほんとうに増えましたね! あらためてオバサンになったなあと思います (^^)

お互いに必要とするインスピレーションを持つ者同士が引き寄せられる、そういうふうに世の中はできできると思っています。「気」といってもいい。磁石のように、プラスとマイナスが引き寄せられるように。「気が合う」というのは、そのプラスとマイナスで気が交流する、ということだと思います。そんな磁場が感じられる空間でした。

ちょっと深い話をすると、日常すべてのシーンにおいて、この法則は働いていると思います。親と子、男と女、店員と客、パフォーマーとお客さん、etc etc 。気の量がわずかな場合もあり、大量な場合もある。愛をもって性交中の男女間が、いちばんその量が多いかもしれません。直接体を交わしているわけなので。

アートも、気の交流無しに成り立たないと思ってます。特にパフォーマンスなんて、限られた時間内での芸ですので、お客さんとの瞬間的な気の交流が全て。美術においても、作家がそこに込めた気を鑑賞者が受け取ります。だからアートは、なんとなく好き嫌いの世界であり、きちんとした批判が難しいのです。気は目に見えないし、言葉で表現しにくいから。作家はみんな、お客さんとちょっとずつセックスしてるようなものですね (笑)

わたしは来年、きちんと本を書こうと思ってます。数年前から来ている話ですが、そろそろもっと多くの日本の方にこれまでの私の活動を知って欲しいと思うようになりました。つまり、さらにもっと多くの人とほんのちょっとずつセックスするってことなのかな?(笑)

2013/09/21

先週水曜日に渋谷でオープニングを迎えた「嗅覚のための迷路 vol.1」。

嗅覚のための迷路は、数年前からずっと作りたいとは思っていました。鼻でナビゲーションするための空間を、作品としてこれまでいくつか作って来たので、当然の流れともいえます。

もともとわたしたちの嗅覚は、犬と違って、空間ナビゲーションとしては頼りないものです。だからこそ、迷路でもっと混乱してもらおう!そんな意地悪で楽しい構想なんです。

そんなところに、渋谷の新しいアートスペースであるアツコバルーからのお話しが。20年来の仲のキュレーターからのお話でしたので、とても嬉しかったです。

そこは、予算も限られてるけれども、モチベーション高い人たちが集まっているギャラリーです。一緒に空間をシェアした他2人の作家にも興味があったので、喜んで仕事させていただきました。ヨーロッパでやってきた経験から言えることは、予算が潤沢にある立派な場所でなくても、スタッフのモチベーションが高ければ、充実感や達成感が高いということ。

作家だって、人間です。見てくれる人や応援してくれる人がいるからこそ、新しい物を作れるのです。いつもながら展覧会での発表は、体の芯から何かを絞り出すような感じで、けっこうヘトヘトになります。今回も鍼治療に行ってしまったほど。

でも作品をみんなが楽しんでくれる、新たな発見をしてくれる、それで感激してくれる、その感想を伝えてくれる。そんなことだけでアーティストという人種は生きていけるのです(笑)。

しかし震災があったときは、さすがにアートなんて生命の危機の前にひれ伏すしかないのだろうかと悩みました。

けれどもやはり、人は水や食べ物だけで生きていけるわけではない。救助する人もいる。水や食糧を運ぶ人もいる。そんな中で、アーティストの使命とは、私なりの回答は「美をもって、感動や、楽しさ、そして生きる歓びを提供すること」。人が生きるには、希望や精神性の豊かさが必要です。希望を見いだしにくい混沌とした世界にこそ、一筋の光を照らす者が必要です。(詳しくはジャンクステージ5周年記念誌にこのテーマをもっと突っ込んだ文章を寄稿しましたので、ご覧下さい。)

このアツコバルーという場所も、アツコ・バルーさんが同じ想いをもって、「震災後の東京に生きる今・ココの感覚をシェアするために」と考えて作った場所です。すばらしいパトロネージです。

あるゲストが「匂いは儚い、刹那的な現象。だからこそ印象に残る。」と述べてくださいました。確かに私の作品に残せるものがあるとすれば、みなさんの記憶の中にのみ。ぜひ「いま、ここ」の瞬間を感じてください。

展示は29日(日)まで。

アツコバルー
http://l-amusee.com/atsukobarouh/