« | Home | »

2013/05/12

数日前から女性手帳という単語を目にする機会が多かったが、ちょっと調べてみたらたしかに香ばしい内容だった。

知らない人のために説明しておくと、内閣府の少子化危機突破タスクフォースが5月下旬にも政府へ導入を提案する“女性手帳”は、10代以降の女性を対象に、身体のメカニズムや将来設計について啓発するもの。
“30歳半ばまでの妊娠・出産を推奨し、結婚や出産を人生の中に組み込む重要性を啓発する”らしい。
少子化の要因の一つとされる晩婚・晩産化に歯止めをかける狙いがあるという。

少子化の原因は、妊娠・出産について女性が知識不足であるためと、他ならぬ政府が公言する日本は、すでにディストピアだ。

ディストピアはユートピア(理想郷)の対義語で、一見すると平等で秩序正しく、貧困や紛争も無い理想的な社会が、徹底的な管理・統制の敷かれた見せかけの自由、あるいは人としての尊厳や人間性がどこかで否定された状態で成立するさまを意味する。
典型的なパターンのひとつが、強制的に人口を調整ないし維持する必要があり、市民の家族計画、さらには恋愛・性行為や妊娠・出産など、人類の繁殖にまつわる部分までが管理される社会である。
これ以上の説明は必要ないだろう。

女性が妊娠・出産をしていない、あるいはしないのは、いったいどうしてだろう。

もちろん、一概には答えられない部分がある。
医学生兼ライターというふれこみでものをかく仕事をしていると、女性のからだの悩みについての記事作成依頼や取材はすごく多い。出版業界の主なターゲットは20〜30代の女性だから、これは当然といえば当然で、僕の存在価値はそのあたりにある。
記事の反響やインタビュアーのリアクションから思うに、知らない人はけっこう知らない。それは事実だ。

一方で、この手のライフイベントを保留している、あるいはそもそも選択しない女性には、プランとリスクを天秤にかけたうえで、主体的に人生を設計している場合も多いだろう。
そのような女性に対しては、知らないからそうしないんでしょ、みたいな横やりは余計なお世話だし、女性手帳に関する話題があちこちで炎上しているのも頷ける。

正しい知識を提供することそれ自体はなにも間違ったことではない。それが政府による啓発となるとうさんくささが漂うが、ゆるぎない首相の信念だというのならそれはそれでよい。
女性手帳のさきゆきがここまで不安視されているのは、発想の根本、つまり女性が妊娠・出産しないのは女性(だけ)に知識がないから、というスタートの気色悪さが理由ではないか。

内閣府が2011年にまとめた“少子化に関する国際意識調査報告書”から、若年層が出産を“個人の選択としてしたくない”というよりも、むしろ“外的要因から諦めている”傾向が明らかになったはずだ。
また、同調査においては、“結婚したら自分自身の子どもは必ずもつべき”と考える人の割合も比較的高かった。
政権が変わって、そんなことは、すっかり忘れ去られてしまったのだろうか。

ディストピア文学のはしりはH・G・ウェルズの『タイム・マシン』であるが、対となるユートピアの概念そのものも、現代の感覚に照らせば多分に全体主義的・管理主義的であるとする立場もある。
理想すらあやふやなままで、僕たちはどこに進んでいくのだろうか。

僕は医師が政治的活動をするべきではないと考えているが、少なくとも社会的役割を果たすべきであるとは思う。今回であれば、女性のみに手帳を配るのではなく、より広く一般的に、妊娠・出産についての知識を啓蒙できればいい。

医師兼ライターというありかたに、一定の意義を見いだしたニュースでもあった。

2013/05/12 04:30 | コラム | No Comments

Trackback URL
Comment & Trackback
Comments are closed.
No comments.