はじめまして、今回「インターネット時代のスポーツ体験というテーマでコラムを書かせていただくことになりました。
私は学生時代からスポーツが好きで、社会人になってもポータルサイトの運営そして現在のマネジメント会社と一貫してスポーツに携わってきました。もちろん、読者の方の多くは、スポーツは見るほうであったり、やるものである人が大半だと思います。私自身もいちスポーツファンで同じ視点に立ちつつも、立ち位置としては若干ビジネス寄りです。
このコラムでは、スポーツインターネット業界という立場から、どのようにしてインターネットの登場がスポーツのあり方に影響を与えたのか。ビジネス面でそしてこれからスポーツがインターネットを駆使してどう進化していくべきかという点を中心に書いていきたいと思います。
さてさて、そんな初回ですが、まずはその前提として、スポーツの特殊性について語らせてください。どうして人はスポーツに熱狂するのか。そして、どうして私がスポーツが好きなのか。
「スポーツ」というのは特殊な存在だと思います。「ファン」という存在は、冷静に考えると自分とは何の利害関係もない繋がりです。極論を言えば、例えば自分が巨人ファンであると仮定して、巨人が勝ったところで自分には何の影響もないはずです。高橋由伸がホームランを打ったところで、彼の来期の年棒に影響があるぐらいに過ぎません。それにも関わらず、ファンはチームを応援し、それに対して入場料やグッズと言うお金を払い続けるのです。そこには利益を超えた何かがあると見るのが自然な話です。スポーツを見ることで、自分の感情が揺れ動き、応援したチームが優勝したときには涙を出す人もいます。時には見る人に感動を与えて、その人の一生を決めることすらなりえる。それがスポーツの良さだと思うのです。
私自身、一番古く野球の記憶にあるのは地元愛知のナゴヤ球場に父に連れていってもらった記憶です。最初は興味もなかったはずが、次第に選手の名前や特徴などを覚えていき、今は熱狂的な中日ドラゴンズファンになりました。もうファン暦としては20年を超えていますが、ファンでいることで怒ったこともあれば、感動で泣いたことも何度もある。もはや自分の生活の中で「中日ドラゴンズ」というのは一生離れない存在と言えるかもしれません。そして、スポーツの虜となった私は中日をはじめとして名古屋グランパスであったり、スポーツであれば何でも見るようになりました。スポーツの感動の虜になり、それが「スポーツを仕事にしたい」と思った大きな動機だったと思います。
さて、スポーツと言うのは世界中で行われています。スポーツの特殊性のもう1つに「人のこころを1つにする」というものがあります。例えば、アメリカは日本の人口の2倍ぐらいしかないのに、例えばイチローに20億もの年棒が支払われるなど、そのスポーツの市場規模は日本の10倍以上(アメリカは200兆円以上、日本は15兆ぐらいだと言われているr)になっていることに疑問を思った人はいないでしょうか?それがどうしてかというと、アメリカのような人種のるつぼになると、人そのものが持っている「バックボーン」「常識」「興味」といってものがあまりに違いすぎて、共通の話題になるのが「スポーツ」ぐらいだからと言われます。あのアメリカでNFLのスーパーボウルが毎年40%を超える視聴率を記録していることから、それだけの魅力のあるスポーツというのに感動すら覚えます。同じように、オリンピックに世界中が熱狂するのは、それが世界を一つにする力があるからだと私は信じています。
そして、そんなスポーツのあり方も技術の進歩によって変化しつつあります。昔、サッカーのとある欧州のリーグでテレビ中継を導入しようとしたときに各クラブは中継に猛反対したそうです。それは「スポーツ中継をすると、ファンが会場に足を運ばなくなる」からだそうですが、結果的に中継を行ったことで逆にファン数が増えて、観客が増えたばかりか、放映権と言う新しいビジネススキームが生まれたという逸話もあります。そして「インターネット」の登場はそのテレビの導入を超える変化だと思います。
実はインターネットが登場して以降、とてつもない変化が起きているのですが、それはもうインターネットがあることが当たり前になりすぎて、その変化に気づいていない人も多いかもしれません。次の回以降では、インターネットの登場がスポーツに与えている影響とはどんなものかをコラムでつづっていきたいと思います。
これからも、よろしくお願い致します。










