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2012/08/06

近所の小さな動物園で移動水族館をやってきた。結果的には大成功だった。

以前、とある子ども美術館でエラソウに講演をした時、動物園の職員Kさんと出会う機会があってそこで意気投合して話が進み、実現したイベントである。Kさんは情熱的な熱血人で、生き物への優しさを持ち合わせた方で、こちらもコーフンしてすぐに「やりましょう!すぐやりましょう!今やりましょう!」ということになった。

で、具体的に何をやるかっつーと、海のない市の小さな動物園に小さな水族館から海の生き物を持って行き、お客さんに触れ合ってもらう。逆に、次は動物園のない市の小さな水族館に動物園から動物を持って来てもらい、お客さんに触れ合ってもらう、というものだ。

サメ、エイ、ヤドカリ、カニ、ヒトデ、ウニ、ナマコなどなどをトラックに載せて持っていく。

実際やろう!っと言ったはいいが、場所ややり方はいろいろ問題があって、メールで何度もやり取りしたり、お互い現地に出向いて打ち合わせをしたりで、忙しかったが動物園の方々はみんなイイ人たちばかりで、知り合いになれるのが嬉しかった。

動物園の飼育員というと職人気質で、動物とは話せるが人間と話すことはまずない、常に冷静沈着、怒らすとチンパンジー的に奇声を発する、リンゴの皮をむくのが早くてうまい、などなどの諸問題を抱えた人々だと勝手に思い込んでいたが、出会ってみるとみんな優しくて生き物思いですぐに仲良くなれた。

向こうも、水族館の人というのはいつも口がコイ的にパクパクしていて視野が魚眼で、エラで呼吸して、乾燥に弱く、水質の急変で簡単に死ぬ人、と思っていたようだが、ウチのスタッフはそんなんじゃないぞ。毎日事務所でカキ氷をかいていて、その日のアシカショーの担当をあみだくじで決める人々なのだ。

                                           

ウチが動物園に出向くのが先攻で、後攻として秋に動物園が来てくれる。先攻だから楽だ、と安心して出向いたら多くのスタッフさんが配置についてくれて大勢で準備を手伝ってくれた。おぉ、すまぬすまぬ、、、といいつつほとんどの準備をしてもらった。すまぬすまぬと言いつつ始めると、参加者の数をカウントしてくれたり、マイクを用意してくれたり、とお手伝いがハンパなく、すまぬすまぬと申し訳ない感じ。昼には弁当もお茶つきで出してもらって、大変なおもてなしに、ウマイウマイと弁当を食った。いつもは屋外で、そこで勝手に準備して勝手にやって勝手に帰って、というテメェが呼んでおきながらの勝手にやってスタイルで扱われることが多いのに、今回はエアコンの効いた広い部屋で万全の体制でやれた。

大盛況で終えることが出来た。

いつも近所でやると、カニをつかんでどこかに誘拐したり、ヒトデを手裏剣にして忍者になったり、サメのしっぽを持って振り回したりする悪い子がほとんどで、…殴ってやろう、本気で殴ってやろう、コメカミのあたりがいいか、後頭部がいいか、いや、平手でほっぺたにいくか、、、っと悩むことが多いが、みんなお行儀がよくてしっかり生き物と激しく交わって、400人くらいが親子もろとも大満足で楽しんでくれた。

動物園の担当者の方も、こんなに盛り上ったのは予想外!っと予想外に喜んでくれてよかった。

今月もう一回、動物園に出向いて、秋には水族館に動物園が来る。十分な準備をして、おもてなしをしなければ。。。弁当は何を出してあげたらいいだろうか。

2012/07/03

夏休みでお客さんがたくさん来る前に、人工呼吸とかの方法をおさらいしてヒトナツのアバンチュールを過ごそうぜ!ということになった。アバンチュールって何だ?

美人が倒れたらすみやかに口付けができるように、ヒバゴン的オバサンがブッ倒れたら、すみやかにその辺のヒトに、オイ、オマエ、ヤレッ!と人工呼吸の指示ができるようになっておこう!っということで、職員全員に参加できるものは収集がかかり、本日お忙しい中、市内の消防署へ行ってきた。

人工呼吸や心肺蘇生などは、自動車免許を取るときに講習を受けた以来、何年もやっていなかった。小学校の時、水産試験場のイベントで少年海洋教室に行ったときもやらされた。

                                     

消防署のおねぇさんの指示に従って、いろいろと講習を受け、実技。呼吸の確認や、周りの人への手助けのお願い、正しい心臓マッサージの方法など、順序と方法があり、なかなか難しいもんだ。

心肺停止から3分もすると脳細胞の酸素不足になり、脳がダメになってしまうらしい。カップラーメンができると脳はすでに弱っていてラーメンは食えなくなるという残念な時間感覚。伸びてブヨブヨになったカップ麺ほどまずいものはない。急がねばならんのだ。

大切なのは、その場に居合わせた人がしっかり落ち着いて処置にあたること、とにかく早く状況を把握して心臓マッサージをすることだそうだ。周りの人に指示をして救急車を呼んでもらったり、補助してもらったりを要請する。

「誰か!手伝って!」っと言うと、日本人は誰も手伝わないんだそうな。「おい、オマエ!手伝え!」っとはっきり指定してしまったほうがいいという。日本人は「誰か!」といわれると突如として「誰かがやるだろう」という無責任なその他大勢モードに突入するらしい。そうだろうなぁ。

後輩が電車の中で倒れた人に遭遇した時は、みんな横目で見ているだけで誰も処置にあたろうとしなかったということを聞いた。日本はこーいうとこ冷たいね。まぁ外国だとさらにチャンスと見られてサイフとかを持っていかれるかもしれんけど。

                       

消防署のオネーサンの指示に従って、実際、心臓停止くん人形で実技してみる。なかなか緊張するもんだ。

目をつぶっている無表情の心臓停止くん人形は、ただただ上を向いて頑固たる無表情をつらぬいているが、これが実際の人間だったらどうだろうか、とリアルに想像するとプチパニックになる。実際では慌ててしまって順序や、やり方を忘れてしまいそうだ。冷静にならないといけない。館長なんかはみんなに見つめられる中での人形実技にさえ軽くパニクッテいたもの。もしオレが倒れたら、この人は近くにいてほしくないものだ、と思った。

30回胸に体重をかけて押して、その後2回口から息を吹き込む。場合によっては、胸に体重をかけて30回も押すので、老人などは胸の骨が折れてしまうらしい。それでも心肺蘇生優先で処置を行う。

 

続いて、AEDっつうもんもやった。AEDは心肺が停止する時の心臓の痙攣を止めるための機械ということを初めて知った。心臓が痙攣していると、本来の心臓の役割の血液循環もしないままムダに体内に残っている少ない酸素を消費してしまい、いけないのだそうだ。

AEDは箱を開けると、電子お姉さんの声で方法を順番に言ってくれる。お湯が沸きました!とかETCカードが入ったままですぅ!とかいう機会はウザイと思っていて、機械のクセにしゃべるな!と思うのですが、AEDほど喋ってくれてありがたいメカはない。もぉどんどん話して下さい!バカなワタシにやり方を詳しく1から話して下さい!っという気分だ。

AEDは胸毛が多い人の場合、むしると電気が走りやすくなり効果的ということを知った。人の胸毛をむしる、という場面にはそう遭遇できるものではないので、なんだか興味深い。胸毛をイキオイよくむしったら、痛さで心臓が復活するんじゃないか?

夏休みはお客さんが多いので、熱中症もあるし、いろいろあってはならないハプニングがあるかもしれない。いつになくしっかり勉強して覚えた。使う機会がないのが一番ですけどね。

 

2012/04/18

最近すごく良くて、みなさんにぜひオススメしたい映画を見つけましてね、

「タイタニック」

ってご存知ですか?

                    

っとまぁ、どこかの漫才師(←おれ結構ファンですきなんだよね)のような始まりですが、タイタニックの3Dを見てきた。いい映画っすね。

タイタニックが上映されたのはボクは大学か高校生の頃だったと思う。トゲトゲシイ生活を送っていた多感なころだったので、こんな恋愛モノ見てたまるか!と思って映画館には見に行かなかったことを覚えている。一緒に見に行く相手もいなかったことを思い出す(涙)

タイタニックを見たのはずっと後のレンタルが始まってから。当時はまだDVDではなく2本組みのビデオをレンタルしてきて見た気がする。実はボクらグループは本家「タイタニック」よりも先に友人のS君がどこからか闇のルートで入手した「パイパニック」のほうを楽しみに見ていた気がする…、いや、多感な時期だったからね。。。

んで、3Dでやってるっつーもんだから昨日行ってきたっつーわけです。メガネをかけて。デカプリオが好青年で、相手のネエチャンも美人だった。

若い頃よりオノレは成長しているので、いろいろな目でタイタニックを見れて、昔とは違うぞ、昨日の我は今日の我にあらず、みたいな気分になった。よくできた映画ですね。上から目線ですまないが、良い演出だね。

見終わった後、自分が船に乗っていて、沈没して寒くて冷たい海に放り出されたらどうするか、という話しになった。同行者は、怖いし苦しいから早く死にたいと言った。同行者は海が好きで、元水泳選手なのに、海で泳ぐのはゼッタイキライ。海は足が付かなくて怖いからだそうだ。

わかる気がする。タイタニックの演出に一役かっているのが、海の広大さと怖さです。広くて深い海を前にして一人の人間など何もできない。

水族館での水槽の見せ方(魅せ方)で注目なのはこの海の広大さがある。と師匠に教わった。

(写真:たぶんアクアマリンふくしまの水槽)大きな水槽にドデン、と魚を泳がすスタイルから本格的に海をココロにぶつけて感じさせるスタイルを本格的に使用したのは神奈川の新江ノ島水族館の相模湾水槽だと思う。

(写真:新江ノ島水族館の水槽)

初めて見たとき、その深さ(実際にはそれほど深くない)や怖さ(実際にはそんなに怖くない)や、そう感じさせる技法に思考回路が止まり、しばらくボーっ眺めていた。

この水槽のコンセプトやネライはまさにその通りで海の怖さを知らしめるような水槽。深くて底が見えない海(川もそうだよね、淵とか。)っつーのは下に海坊主やカッパなどのモノノケ魑魅魍魎物体が潜んでいて、足をつかまれたら終わり、という感情に恐れオノノク。そのような恐れなどから神話が生まれアミニズムの文化が生まれるのだという。

(写真:アクアマリンふくしま)

海の偉大さ、怖さ、神秘、美しさを感じさせる水槽ってのは人々を魅了し惹きつけます。

(写真:サンシャイン水族館)

これを作る最高級の技法や知恵をもっているのは我々の師匠なので、門下生達はその技を伝授してもらうのに必死です。これを「水塊」という。「水塊」を感じる水槽は、人々を魅了し、心にメッセージを伝えることができるベストオブ水槽。

(写真:八景島)

海を感じさせる水槽ってのは写真のような大きな水槽が基本なので、ボクは今、100~300リットルくらいの小さな水槽で海や水の世界をバスバス感じさせられる水槽を作るにはどうすればいいか、てことを毎日考えて館内をフラフラしています。お客さんから見たらヒマで歩いている飼育員にしか見えんでしょうけど、悩んで考えているのだ。

「タテジマキンチャクダイはサンゴ礁付近に生息し、幼魚と成魚ではその体色が著しく異なります」

という水族館の感じ方よりも、

「うぉ!すげぇ!キレイだなぁ、みんな楽しそうに泳いでる、おれも泳ぎたいナァ、水泳始めようかな、あんなふうに泳げたら気分いいよね、よし、明日からいろいろがんばろ!」

って思える水族館のほうがいいでしょ?そこには水を様々な感覚で感じさせる水槽マジックが必要なのです。そのマジックやトリックをいっぱい身につけて、人々を釘付けにする水槽が作りたい、と日々考えている所在であります候。

 

そんなことをタイタニックを見て思った。いや、ちゃんと映画の感想もあるよ。いや~映画ってホントにいいもんですね。サイナラ、サイナラ、サイナラ~。

2011/09/08

ヤラレタ。ついにヤラレタ。

今日の朝(これを「今朝(けさ)という、どーでもいいけど)、オタリア(アシカの仲間でチリからの刺客)に噛まれちゃいました。なかなか痛ぇよ。飼育動物に噛まれるのは6年ぶり2回目。なかなかコーフンした。

1回目はアシカのオスに「テメェのサインは判りずれぇよ!」ということで噛み付かれた。このときはボクは最高のディフェンスで足をホイ!と避けて回避したが、おしくもアシカの歯がジーパンに食い込み、それを左右に振られたからボクの体はよろめき、アッ!という間に腰からクルブシまでエドウィンのジーパンが音を立てて破れてしまい、パンツが丸見えになった。

ボクはMではないので、Sでもないけど、痛いのはキライ。

今度のオタリアは噛まれるのかナァ、痛いだろうナァ、困ったナァと思っていた最近、三重県の水族館の尊敬する方から

「なぁに、そんなのちょっと体に穴が開く程度だと思えばいいんだよ」

という魔法のアドバイスをいただき、そーか、体にちょっと穴があくだけか、そーいえば耳でも鼻でもオシリでも人間にはそこかしこに穴が開いているものだ☆一つや二つ穴が増えてもいいか、と思ってしまっていた。その方は、その昔、初めて日本にやってきたオタリアに数え切れないほど噛まれ、ラッコにも噛まれ、ピラニアには指を食いちぎられかけた方だ。カマキリに噛まれただけで逆上するボクとは天と地のレベル。今も残る手の傷跡を見せてもらったこともある。

なので、今日はフッ切れて、朝からオタリア獣舎に入り、ゴシゴシと元気にブラシで部屋を洗って、フンを洗い流したり水を換えたりした。その間、オタちゃんはおとなしかったので、すこしキモチがゆるんでしまったのかもしれない。

その後のエサも檻の中に入って直接的にあげた。やや余裕で「よーし、ヨーシ!かわいいねぇ~!」などとムツゴロウさん的笑顔でエサをあげたのだった。

オタちゃんはボクが持っているバケツの中にエサがある、もらえる、ということを認識したようで(頭がいい)、バケツについてくるようになったのね。

だからやや広い檻の中で動いて「ホイ、こっちだよ~」「ハイ、今度はコッチにおいで~」などと誘導して、付いてきたらエサをあげる、ということを初めてしてみたのだった。

初めの数回は、付いてきた。ボクは嬉しくなってしまい、ますますムツゴロウ方面に急速に心情が動き笑顔で、コッチですよ~おいで~、を繰り返してしまったのだ。それがいけなかった。初めてのことなので、数回で止めておけばよかったのだ。そこには彼女のペースを無視した自分がいた。

初めてそんなことをして、しかもそれを繰り返すボクに、オタちゃんは不安と怒りをお持ちになったようで、いきなり噛み付いてきたのだった。

<噛み付いたら即座に怒って叱る>

ということはいつも頭に叩き込んでおいたので、大きな声を出して足でグイッ!と彼女を押して威嚇し返してやった。我ながらこれは素早い対応ができた。ここで時間を食ってしまったり、こちらが逆にオビエテしまったり、エサをほっぽって逃げ出してしまったりすると、立場的に相手のほうが有利に動いて逆効果になるようだ。

怒られたオタちゃんはかなり驚いたようでドドドっと後ずさりして、不安げにこちらを見ていた。ボクはそれを意図的に無視する感じで檻の中から出た。残りのエサは抜きにした。

噛まれた足は穴ぼこは開かなかったが、軽く擦りむけてその周りに青アザができた。軽い打撲のような感じ。かなり力があったし、彼女の攻撃の速さのほうが早くてうまく攻撃をよけるディフェンスはできなかったが、マトモには喰らわなかったので不幸中の幸いだがね♪

次のエサの時間までの間、アイツは今部屋の中で反省しているのだろうか?次のエサやりで心を入れかえてくれているだろうか?もしくは根に持って奇襲反撃に来るのだろうか?などいろいろ考えた。

飼育員にとって、担当動物に噛まれると、そもそもの傷の痛みよりも、噛まれたこと、噛んできたこと自体への精神的なショックの傷の方が大きい。

1度噛まれると、考えないようにしてもやはりココロのどこかにこびりついて

「次も噛まれるのではないだろうか」

という思いに襲われ、今度は本格的に噛まれるんじゃないだろうか、頚動脈を噛まれたら…などと考え出し、それは恐怖に変わる。しかし、それを相手に感づかれるのは良くないし、ヒトとしてのプライドも一応あるじゃん?

次のエサの時は、順調だったが、時間が経つにつれなんだか不満そうな顔で明らかにイラついた態度や顔をしてきたので、速やかに檻を出た。

まだまだお互いわかりあえずに苦労している。向こうは向こうでかなり怖いし不安なんだろうなぁ。

本当に早く仲良くなりたい。

2011/07/06

太った。カゼもひいた。悔しい。

そんな合間を縫って、映画・パイレーツ・オブ・カリビアンを観てきた。チーズinハンバーグと、冷やし中華を半分食ってから、映画館に滑り込み風になだれ込んで、キャラメルポップコーンを食いながら観た。今思うと、だから太るんだろな。

最近わが食生活に若干の疑問と後悔を覚えることが多い。人はこうやっていろんなことを後悔してあきらめて、しだいにオヤジ化していくのだろうか。

映画館はレイトショーで安くて、しかも貸切だった。

パイレーツ~は、シリーズ何作目かで、途中からタコ入道みたいなオッサンが出てきたり、恋愛が絡んだりで、もはやカリビアンでもなんでもなくなってきている気がするけれど、、、

しかしウマイ!!物語の話(ストーリーね)はクルクルパーのボクには良く理解できないところもあるが、出てくるキャラや、その完成度が高くって世界観を作っているのがうまいなぁ、と思って思わずコーフンして観てしまった。

今回は「人魚」が出てきた。これが演出と言うかキャラが良くてね。世界観が出てて。

う~ん、ちくしょう!!コンニャロッ!!っと思いましたね。キー!!とか言って叫んでキチガイのように映画館を5、6周全力疾走したくなりました。

この映画の人魚は人食いで、凶悪、でも普段は美人、体の3分の2が魚という設定。この映画の人魚はこれでなければいけなかったのだ!

通常タイプの人魚のように、海に浮かんだ岩の上によじ登って、笑顔でハープを弾いているのではダメだし、下半身2分の1魚・おっぱいが見えているわオホホ、でもダメなのだ。あの映画のあの情景ででてくる人魚はあの人魚が最高なのだ。

泳ぎ方やその時の海の様子も世界観を演出しており、う~ん、コンニャロ、やってくれるじゃんかよぉ、と思いましたわさ。光の差し込む感じや、海の色、情景や個体数(人魚の数ね)、おぼれるオッサンたちの声の度合いや表現など、いろんな条件や工夫がないと完成しないものなんだろうなぁ。

前の作品でも、顔がサメだったり、ヤドカリだったり、ヒトデやフジツボがくっついた海産物人間オジサンたちがでてきて暴れまわったが、よくあんなキャラ思いつくナァ。

ワシも水中を演出して創造しなきゃいけない職業柄、あぁゆーの観るとコーフンすると同時にイキドーリみたいなものを感じて、ライバル視した瞬間に敗北を痛感して、どーにも忙しい感情をさまよったあげくに、結局すごいなぁ、っという普通の人の感想になって布団に入って寝てしまう。

何かが感じられる!!っていう水槽を作っているのは、神奈川県の新江ノ島水族館にある相模湾の大水槽で、これは世界観や海の凄さ、深さや怖さが感じられる(見える、じゃなくて感じられる、ってとこが大事なんだよな)。

この水槽以外で、他に海の神秘のスゴイ世界観の水槽っていうのは思い返しても見たことがないが、それは単にボクが水族館にあまり行っていないからかもしれない。沖縄の美ら海水族館の大きな水槽も海!!みたいですごいが、デカイ水の入った箱です、って言う冷静な感情を少し感じてしまって、江ノ島のほうが個人的には好きです。

世界観を作る、っていうのは結構大変な作業で、これが操れると魅力あるものがバンバン作れるんだけどなぁと思うのです。もっと勉強せねばナァ。反省。

2011/06/22

こー見えても、市が出している広報誌に何年も連載を持っており、毎月原稿を書いている。

始めた当初は水族は無限だ!と、ドンドコドンドコ書いてはバンバン担当編集課へ送ってどんなもんじゃいと言っていたが、何年も書いているとさすがに書くことが乏しくなってきて最近、原稿の締め切りを守ったためしがない。

今このコラムを書いている前も、逃避行動したり、美女に電話して助けを求めたり、ツタヤに行ったりして苦しみつつも、1週間遅れでやっと書いたところなのよ。

連載を始めた初っ端は市役所の担当者がOさんという方♂で、顔も知らん会ったこともない人だったのに、毎回原稿は赤ペンの修正だらけで戻ってきて、最終的に出来上がった原稿はもはやオレが書いた形跡や記憶は木っ端微塵になくなっており、Oさんが書いたものではないか?と思うほどお役所的な堅苦しい文章になっていた。

その後何度も電話越しに言い争いが起こり、ある月、オレは全てネコのことを書いて原稿を送ってやったら、すぐさま電話が来て即殺された。

そんなOさんだが、今では水族館が所属する課のオエライさんになっており、昔、原稿を書いていた身と校正していた身という間柄から今ではすっかり仲良くなって、あの時はスマンかった、とお互い和解して、なんでもお願いを聞いてくれる神のような方になった。

その後の担当者はUさん♀で、アザラシの親分のような顔をしたオバサンだった。

(締め切りを守らないと叩きのめされそうだ)

と、確信したのを覚えている。しかし、当時のボクは遊びほうけていて締め切りを破った。

締め切りというのは1回破ってしまえば、なんてことはないものでそれから何度も締め切りを破った。

館長にチクられた。ある日館長に呼ばれてしっかり原稿を書くように、と雷を落とされた。おのれアザラシババァめ!!と市役所にサバでもぶつけに行こうと思ったが、社会人なので止めておいた。

その後、現在担当してくれているOさんになった。Oさんのステキなところはまず、担当になってすぐにこちらが行く前に挨拶に来てくれた。小柄で笑顔がステキ」なマジメそうな方で、

(締め切りを守らなくてもゆるしてくれそう…)

と思った。しかしこういう優しい人は怒らせたら全てが終わるんだ、ということを経験的に知っていた。そのため締め切りを毎回破って原稿を送る時に、一緒に謝罪文やご機嫌を良くする文章を添えて送った。

そうするとOさんは大丈夫!今月中に出してくれれば全然間に合いますから☆

な~んて返信してくれる。時には、今回の原稿かなり良かったです!とか読者である市民の感想なども添えて返信してくれたりした。

こうなるとバカは調子に乗って毎回毎月中旬の締め切りを無視して月末に出すようになった。しかしOさんが担当になって、文体に幅が出た。堅苦しくないほうがいいと言ってくれ、これまでの規制の厳しい原稿から少し解放されて、脱線文章も割りとすんなり通るようになった。

そうなると、以前よりも人気が出て読者市民の声で毎回連載が楽しみとか、あのコラムだけ見ていてあとはツマランから見ていない、とか親子で読んでいる、とかウレシイ声が多くなった。

かなり人気のコーナーになった。しかし、時を同じくして、運悪く3ヶ月に一回、市内の博物館と科学館と合同で出しているメールマガジンのエッセイも引き受けてしまい、ホームページに書いているスタッフ日誌、ジャンクステージ、など、書くものダラケで、ワタクシはネタに苦しんで毎回書けずに床に転がってウガァウガァとわめくようになっていた。意図的に締め切りを破っていた頃が懐かしく、今では結果的に締め切りを破ってしまっている状態だ。

ボクの場合、ネタと書き始めだけ頭に浮かんでしまえば、ダァァァァ~!!っと取り付かれたように数分で書いてしまうのだが(だから誤字脱字が多い)、それが頭に浮かばないといつまで経っても書けない。市広報の連載は、水族館の出来事、とテーマが決まっているので、それ以外のことは書けないので脱線も難しい。そー毎日ハプニングが起こるわけではないのだ。

これからはチョット頭を集中して毎日仕事をして、書けそうなネタに出会ったらすぐメモするかスグに書き始めてしまうようにしたい。そうだよね、初めからそうすればいいんだよね。今度は締め切り前に書いてだしてやるぅ!待ってろよ、担当のOさん!!

2011/06/13

先週はだれにでも平等に7日間さずかっていると言われている1週間といわれるもののうち1日半しか働いておらず、あそびほうけて、もとい、自分を磨く行動をしていた。さぞかし職場の皆さんは怒っていることだろう。

つい先日の土曜日は東京で恒例の中村元さんの超水族館ナイトに行ってきて、翌日の朝一番の新幹線で帰って12日は昼から出勤で竹島水族館55周年記念大お菓子投げ大会をした。その他、今日は職員会議があって、その周辺の喜び悲しみ事項も書きたい。書く事だらけなのだ。

ま、この辺のことはもう少し経ってから書くね。しかし、市の広報誌の原稿も締め切りが過ぎていて、こちらはどーゆーわけかいつまで経っても書けぬ。。。グルジイヨォ~。。。

先週の頭から、「琉球産ハブ類における毒成分の分析とその利用およびマングースへの応用」という卒論研究テーマで沖縄へ行っていた(あ、信じちゃいけないよ、ただ遊びに行っただけ)

3泊4日、飛行機・レンタカー・ホテル代(朝食付き)込みで2万5千円であった。

バカ安くて、もしかしたら、床に穴があいていて下が見えてしまうようなオンボロセスナ機で飛ぶ前にパイロットが十字を切って飛んだり、フィリピン経由機内泊だったり、レンタカーはリアカーではないか、とか、ホテルは橋の下とかにあるダンボールでできた部屋ではないか、とか不安だったけど、大丈夫そうだったので、もう5千円足して、出発は朝一番の飛行機、帰りは最終便に変更して、まるっと4日間沖縄を満喫した。

スカイマークという最近の飛行機らしくて、安心快適ナヤミムヨーをお約束する飛行だった。スバラシイ。CAのお姉ちゃんもキレイだった。

日本人に生まれたからには、沖縄と北海道と富士山の山頂には行っておかねばならんと常々考えていたけど、まだ沖縄しか達成されていない。

ビッツに乗って「美ら海水族館」へ真っ先に行った。はいさ~い!!と、ジンベエザメが3つも走り回って笑顔で迎えてくれたので、こちらも笑顔でめんそーれ。と言ったが、個人的には想像したよりも案外小さな水槽でもっと大きな水槽かと思った(1.5倍くらい)。即座にオレはこのデカ水槽の欠点を発見してしまって、悔しいからずっと美ら海水族館内で欠点をわめいていたのだが、今は教えてあげない。いまさら遅いが、あの水槽をもっと活かすことはワタクシにはできた。もう水槽は出来上がっているので遅いけど。

それに美ら海水族館よりも優れていることは我が水族館にも無数にあった。

ただ悔しかっただけだろうに、あの水槽は水量7500トンだぞ、キサマの水族館の全ての水槽の水量はどれくらいだと思っているんだ、たしか100トンくらいじゃなかったか?負け惜しみばかりホザいておるじゃないぞ、ですか、

はい。

その後、国際通りで琉球料理を完全制覇して満腹死にしたり、ハイサイオジサンを踊って笑い死にしたり、いくつかの有名な橋を渡って綺麗な海を見て感動死したり、万座毛やいくつかの岬をハシゴして絶叫死にしたり、洞窟探検ツアーに参加して圧巻死したり、斉場御嶽で神聖死にしたり、海が一望できる高台のカフェで再度満腹悶絶死したり、女性器の名の付いた公園でランニングをしていたオッサンに記念写真を撮ってもらいハズカシ死にしたり、グラスボートや海中展望台からいつも水族館で見ている魚たちを天然の状態でみてコーフン死にしたり、首里城で琉球の歴史の勉強をしたくなくて死んだフリしたり、とにかく大満足大満喫をして一時的に死んだり生き返ったりを繰り返して忙しかった。

ちょうど沖縄に着いたら梅雨明けして4日間天気も良くて、総合的に見て満足死できた。

具志堅やキロロといった沖縄の有名人には会えなかった。ビギンにも会えなかった。ジャガー渡久地くらいには会えるだろうと思っていたが、そもそも、ジャガー渡久地をよく知らない。したがって当然、われらが安室なみえちゃんにも会えなかった。会えたのはオヤビッチャ(魚)とオカヤドカリだけだった。両サイドさとうびき畑の細い道路で轢かれ死にしているハブには出会った。

タイミング悪く「花」や「ハイサイおじさん」を歌っている有名な喜納昌吉さんにも会えなかった。ただしそのお姉さんには会ったし、一緒に歌った。

料理はブタの耳からヤギ汁まで一通り何でもモリモリ食ってどれも美味しかった。驚異的に海が見渡せるカフェのくるくまというところで食ったランチは、全日本今までに食ったランチ勝手に選手権というものがあるとしたら(勝手にだから勝手にやればいいのだが)、上位必至の悶絶的うまさだった。

満足死のまま、東京の水族館ナイトへと向かったのだった。

次回へ続く。。。

2011/04/02

新年度が始まった。

我々にとっては、1月1日よりも、4月1日のほうが「年が変わった」感があって、なんだか気合が入る。メラメラ燃えるものを感じる。ウキウキする。これからの1年にワクワクする。恋の予感もする。いや、しない。

いろいろ体制が変わって、館長が定年のため退職なされて、副館長が館長になった。次の館長はおれだと思っていたのに、非常に残念・無念・まぁ当然?だ。

そして新しいスタッフが入ってきて、なかなかやる気に満ちたイイ子。5万人に1人いるかいないか、と言われている「伝説のスーパー水族館人」になれるかどうか、は我々の育て方と彼女のセンス次第。

水族館の人というのは総じて生き物の育て方は習得していても、ヒトの育て方はカラッキシだよ三級品の一休さん状態ということが多いので、気をつけねばならん。イイ水族館人に育って欲しいナァ。

人事も変わって、ぼくは平民から飼育展示の副主任になった。世間から見たらスピード出世だけど、なんとも無念で、館長でなければ副館長でもなく、主任でもない。副主任。しょべぇ。

副のついた主任。学校で言ったら表面的には舎弟だが、ウラでは校長の座を狙って日々花壇の手入れをしている教頭、というイメージ。

副委員長、副議長、副業、復讐、腹痛、服役、と「ふく」の付くものはあまりいいものがない。副が付いて唯一優秀なのは、カレーに合うフクジンヅケくらいなものであろうに。

そして、本来主任に上がる方が副主任残留で、ボクも副主任に上がったため、主任空位の副主任2人という形になった。本当は副主任を飛び越えて主任になるつもりだったけど、力不足だった。ガツが足りなかった。反省。

しかし、副主任が2人という、これにはボクシング暫定王者のようでメラメラ燃えるものがある。通常、ボクシングでは王者が空位の場合、統一王者決定戦である。減量も順調、スパーリング100ラウンド以上消化、KO勝ちしてやるぜ、負ける気がしねえぜ。(なんのこっちゃ)

今までは、やりたいことができなかったり、理不尽な理由でことごとく却下されたりして、結構くすぶって、校舎の裏でうんこ座りをしてタバコを吸ってツバを吐いている様なことが多かったが、一応役職が付いたので自由度が広がった。下の子たちにいろいろ自由に活発に働いてもらいたい。

しかし、じゃぁボクはカメレオンを飼う!とかワタシはゾウの研究をする!とか言われても困るので、統一目標は決めた。みんな登る山の目指す頂上が同じなら、どんな登り方どんな道で登ってもOKとしたい。ただし楽するヤツはゆるさんぞぉ。

これからは、飼育<展示という考えを色濃くしていきたいナァと思っています。このコラムでもよく書いているように水族館のシゴトと言うのは実は飼育は大前提で、本当の仕事は「展示をして伝える」ということです。そのため、下級生の子たちにそれを意識した仕事をしてもらえるようにしていきたいです。

例えば、極端な話し、どこかの店屋さんで服の展示をしたいけどどうやったらいいのでしょ?まんじゅうを売りたいけどどうやって並べて売ったらいい?と言う時でも、ホイホイ~と行って、展示技術や手法を使って、ショーケースにうまい展示が出来ちゃうくらいの技術をみんなに持たせたい。飼育員なのでそれはムリです、というのではなく、展示担当なので、やってみましょうか?という返事ができるようにしたい。

生き物の飼育は覚えれば誰でも出来る。いまコレを読んでいるアナタでも、やる気があれば可能です。イルカやアシカのショーも可能です。しかし、展示は飼育よりも技術や勉強がないとできないものだと思います。

これからの水族館はうまく飼育するというのはもはや時代遅れで、うまく展示していかにお客さんに伝えるか、です。そのためにうまく飼育するのは大前提です。水槽からいかにお客さんを笑顔や幸せにして何かを感じて得てもらえるか、だと思います。

そして、今年度の入館者数が目標値を下回ったら、

「男性職員は全員ボーズ」

という公約も作ったのだ!

毎日ダラダラ仕事をしていてもしょうがないので、気合を入れるためにスタッフの戸舘くんと提案して通した。職員内だけでの決め事だと、達成できなかった時に言い訳するヒトが出ると困るので、正式公約として「公表」した。ホームページにも掲載したし、マスコミリリースもする。

表面的には副主任だけど「ウラ番長」目指して働きまくるので、そこんとこヨロシク!っという感じです。

2011/03/21

今回の震災でウチの大学の学生が亡くなったと聞きました。この子は4月から水族館への就職が決まっていたようです。

直接的にはこの子と少しメールをしてアドバイスをした位で、深く関わることはなかったですが、ボクの先輩とは密に連絡を取り合っていたらしく、かなりやる気があって、水族館へ就職が決まったことを喜んでおり、熱意もあった子だったようです。

彼の思いや熱意は津波の中に消えてしまいました。とても悲しく、苦しく思います。

日本に100ちょっとある水族館への就職は、欠員が出なければ求人が出なく、年に多くても全国で数十人、少なければ数人です。それに対して大学・専門学校・高校などから就職希望の若い子たちは数え切れないくらいいいます。

水族館へ就職できるのは、ありとあらゆるものすごい努力が必要で、努力した子のみが得ることができるものです。ボクも、学生の時相当努力したし、就職が決まった時は一人下宿で泣いて、そのまま内定通知を握り締めて学校へ走って行き、応援してくれていた先生に抱きついた。そのまま泣きながら両親に電話をした。両親も泣いて喜んだ。

津波で亡くなってしまった子がどれだけ、これまで努力してきたことか。内定が決まった時どれだけ嬉しかっただろう。4月から水族館で働けることをどれだけ待ちわびて、期待と不安の中胸を躍らせて過ごしていただろう。彼の両親や周りの応援してくれた方々はどんな思いだだっただろう。

そんなことを考えると、涙が出てきます。ものすごく、くやしいだろうに。せっかくつかんで、動き出そうとしていた夢だったのにね。くやしいね。

ボクらの大学は、水族館界ではそれほど有名ではなく、頭も優秀なほうではないので、卒業者で水族館職員になれる子は少なく、先輩もボクもウチの大学出身者が水族館界に増えて、活躍することをいつも期待しているし、やる気のある子を応援しています。全面的に応援するし、相談にも乗っています。これは同じ大学でなくても、情熱のある子ならみんなそうします。

うちの大学は、土地柄、ソボクで優しくて、素直で、いろんな経験を積んだ努力家が多いです。北里大学から水族館へ入れると、ボクらは自分のことのように喜びます。素直な子で優しくて、水族館魂を持った子がたくさん業界に入って欲しいものです。

その反面、ボクは生半可な気持ちや中途半端な考えの子には、ものすごく冷たく当たります。ふざけた子、ナメていると判断した子には、きっぱり素質がないよ、迷惑だから、他のことを探したほうがいい、というようなことを言います。努力しない子、志のない子は水族館界には要らない。

彼の思いを忘れずに、前を向いて努力していきたいです。水族館業界の若い子たちは、今、自分が置かれている立場やありがたさを今一度考見つめ直して、気持ちを引き締めて、努力しましょう。また、水族館飼育員を希望している子たちは、自分が今どれだけ努力をしているか、水族館職員を目指せる器であるのか、もし就職できたら何のためにどんなことをどんな風にやってどうしたいのか、などよく考え、その上で死に物狂いで努力してください。そのためのサポートはします。

水族館は日常を離れて笑顔になれる夢の場所です。水槽を通して多くの人を幸せにするのが我々の使命です。

2011/03/13

○おたる水族館・・・問題なし
○鴨川…本日休館、明日より通常営業
○アクアマリンふくしま…建物2階まで全てが浸水し一部の水槽に破損、館内に取り残された従業員は今朝帰路に着かれた 、電気ストップのため魚類には被害が多いもよう

○マリンピア松島水族館…一部施設浸水、一部の動物に被害有り

○大洗水族館…駐車場に浸水有り 、停電のため自家発電

○和歌山…イルカ、いけすの個体が一部死亡?逃走?

○八景島シーパラダイス…一部破損、水漏れあるものの大丈夫そう

○しものせき海響館…全面的に問題なし

○なかがわ水遊園…ひび割れ、物が倒れたりはあるものの大丈夫

○九十九里うみきらら…問題なし

○鳥羽水族館…大きな被害なく大丈夫

○伊豆三津シーパラダイス…大丈夫

各地報告、状況確認サイト:

上田一生さんのブログよりhttp://www.penguin-ueda.com/topics/2542

ブログ水族館http://blogs.yahoo.co.jp/kapaguy/MYBLOG/yblog.html

るたお水族館http://sensuibaka.exblog.jp/

被災地に一刻も早く通常の笑顔が戻ることをお祈りいたします。

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