マウスだと思って動かしたら、隣に置いてあったケータイだった、ってこと、よくあるよね。水族館員のこばやしです。
最近、ウチの水族館に専門学校から実習生が来ていた。数年前から実習生を受け入れている。専門学校生が多く、なんと!水族館に入るために勉強する専門学校(学科・コース)があるのだ!学校側から見たら、水族館就職勉強?でビジネスになってしまうのがすごい。しかも全国に何箇所もあって1つの場所に生徒が何十人もいるそうだ。
水族館って人気がある。みんな憧れの職業です(言い切り)。このまま水族館の映画やドラマが製作上映されて、雑誌でイケメン飼育員特集!とか組まれたりして、水族館の人は美容師のようにモテモテになると、婚活中の誰かさんとしては、非常にありがたい。。。
ウチの後後輩たちも水族館を目指す専門学校出身だ。そんな学校で2年も何を勉強しているのだろう?と思い、以前、彼らに「何を勉強させられるの?」と聞いたことがある。
「う~ん、よくわかんないッスけど…、まぁそんな対した事じゃないッスよ」
だって。そういえば、筆者も大学の時は水産学部だったが、結局何を勉強したのか具体的にははっきり言えんもの。。。卒論研究なんて、卒業間近まで自分が何の目的・結果を求めてその研究をしているのか(させられているのか)よくわからなかった。。。
結局、水族館に入るのは「運」も大きい。ま、運も実力のうちじゃ!
で、そんな後輩の一人が退職することになった。なんか他にやりたいことがあって、バイクで日本を旅するそうだ。筆者的には結構育ててきた有望株の後輩だったので残念に思えたけど、バイクで旅に出たい!とトキメク後輩(21歳)の後先考えないココロイキはエライ!と思えた。しかし、結果的に、水族館よりバイク旅を選ばしてしまったのは、いい職場(というかやりがいのアル仕事や環境)を提供してあげられなかったと思え、先輩としては申し訳なく感じた。
そんなことのために今まで目指してやっと手に入れた水族館の仕事を辞めるなんてバカげている!と怒った人もいたが、まぁそんなの本人の意思だからどうすることもできん。
で、そんな後輩達が、魚のエサ用のアサリを剥きながら先輩も交えて実習生とそんな話しをしていたそうだ。
「いろいろ後先考えずやれるのは若いうちだけ!」
と言うような話だったらしい。
すると、それを聞いた実習生は「じゃ、実習なんかタラタラしてる場合じゃねぇ」と思ったらしく、次の日から実習に来なくなってしまった(笑)なんて純粋かつ実行力のあるヤツなんだ…。すげぇ。
しかし、実習したいと申し込んで来たのに、突然「おれ、こんなことしてる場合じゃねぇ」と辞めてしまったので、実習を受け入れた上層部は大激怒したらしい。その後、実習生は申し訳なさそうに事情を説明したらしいが、激怒言葉の嵐を浴びせられたらしい。それを聞いていた後輩は、言いすぎだ!と激怒したらしい。
っと、いう話を後から聞いた。っというのは、その間、筆者はずっとアシカと戯れていたからだ。ここのところ、ヤツはサボリまくってショーは散々だったが、最近、仲直りして、お互いリズムを合わせて、なかなかいいショーが出来ているのだ♪
で、話は戻るが、まぁ、いろいろ思いつきでスッ飛んで行けるのは若い年齢の特権だし強みだと思う。どんどんやるべきでしょうに。それでどんどん失敗したり激怒されたりして、その中でいろいろ経験して覚えて成長すればいいよね。若いといっても子どもじゃないんだから、やってはいけないことのリミッター(明らかな犯罪とか、人をひどく傷つけたりとか)がある程度わかるだろうし、それさえ守ればいいんだわ。ニュースを見ていると、それがわからんやつが結構多い気もするが。。。
逆にそういうバカズを踏まずにスムーズに「おりこうさん」で大人になってしまうほうが、後々問題な気がする。
筆者も大学の頃は、釣りにハマって、大事な授業よりも渓流でマス釣りを選んだり水族館以外のことは不良化していた。
しかし、上層部のオッサンもそれを少しくらいわかってやるのもオッサンの役目じゃないかと思う。後輩の話しを聞くと、そんなカケラもない一方的な激怒だったという。おっさん、若い子の芽をつぶしちゃいかんだろう。若い子よりも大人なんだから怒り方考えなきゃ。。。
若い子のやる気や突進力っていうのは、時としてオッサンの保守的な経験値をはるかに上回る力を発揮できると思う。全国には専門学校があるほど水族館にやる気やトキメキを持っている子たちがいるので、オッサンはその子たちとうまく仕事をすべきだ。
って、こんなこと言ってる、わしゃぁ、オヤジか!?
まだまだ若いでぇ~!やる気満々モリモリやさかいに!(なぜか関西弁)
ジャンクの筆者の紹介写真には、後ろ姿のワタクシとアシカが立ち上がって壁に持たれて写っているのだが、そうなのである!わたしゃぁアシカのお兄さんなんだよ。知ってた?
魚の話しとか、どうでもいい意味意図不明謎文章とかばかり書いているので、なかなかそんな雰囲気は感じ取れないかもしれないが、毎日ショーにだって出ている。ナメンナヨ。
しかし、筆者が毎日関わっているにもかかわらず、アシカについてあまり述べないのは、めんどくさいというのがあるんだけれど、別に声を大にして述べることもそれほどない、というのもある。はっきり言ってしまうと、ワタクシにとってアシカ系の水族館のアイドルたちよりも、魚系の(展示)のほうが何倍か「熱い」のである。
だいたいアシカなんて、イヌとかわらんよ。水族館でしか見れないからみんな「おぉ~」とか「うへぇ~」とか言うだけで、あれが首輪をつけて夕方の公園なんかをオババと一緒に頻繁に歩いていたら、それはそれで民たちには普通の風景として感じるでしょうに。
芸の教え方もイヌとさほど変わらない。だから、言ってしまえばショーのお兄さんお姉さんなんて全然エラくないし、かっこよくないよ。あなたがもし、お子さんをお持ちであれば、子どもを育てるほうがたぶん100倍すごい。
魚はスグ死ぬ。アシカなんかより飼うのは難しいのである。
しかし矛盾してしまうが、同じように魚だって、実は家で金魚が飼えるヒトであれば、特別なものを除いては、誰にでも飼える。ましてや、飼育員というのは、仕事として1日中そこで管理できるのである。設備だってそれなりだし。
日中仕事していて朝晩しか金魚の世話ができていないのに、家の金魚は元気です、というヒトのほうが100倍エライ。
こうーいうことを書くと、そんなことはない!!我々は頑張っている!!オマエなんかにはわからないだけだ、ばかもん!死ね!!とか関係者に言われそうですが、まぁ水族館において、最も尊敬すべき、一般ピーポーではできないスゴイ&エライ仕事というのは、ちゃんとあるのだけれど、それは最後で♪(ほ~ら、最後まで読みたくなった、今回のコラムは長いぞぉ~)。
で、ここから、書くぞ、久々のアシカ話。
最近、ウチのアシカさんはショーをサボってしまう。ショーをするからアシカショーなのであって、ショーをしなければ困ってしまう。だいたい、途中でスキを見てプールに逃げ込み、それからあがってこなくなる、という状態で、小学校の先生が体育でプールをやると、2時間目は算数なのにやりたくないからプールから生徒がいつまでも出ようとしない、という状況および感情・怒りがよくわかる。
アシカはプールから出てこないのでショーは途中中断になってしまう。お客さんに謝るのはアシカではなく、オレだ!!←コレが困る。。。
大きな水族館だと、何頭もアシカがいて、調子が悪ければコイツはやめてコッチで行こう!とか普段2頭出るところを1頭でやろう、もしくは意図的に2頭出して、1頭がサボることでウケを取ろう!とか出来るのだが、我が弱小水族館ではそれはできず、全て1頭のアシカにかかっている。1頭のアシカが1回20分ほどのショーを1日4回こなす。
もぉ、ステージに出る前はアシカに対して敬語である。「たのみますから、ここはひとつ、最後までやってください。エサ多めにあげますから!ね、ね、お願いします!」
そりゃ1日に4回も、自分がアシカであれば間違いなくサボるかグレるであろう。アシカだって生き物だからロボットのように毎日毎日同じように、しっかり種目をこなしたりするのは大変である。毎日毎日なんてタイヤキであっても、鉄板の上で嫌になっちゃうよ、と歌で歌っているではないか。
アシカだっていい年こいて毎日、輪投げやら鼻にボールを落とさずに乗せたりしているのは嫌気がさしているのかもしれない。
アシカがサボってプールからどうやっても上がってこなくなると、筆者はいつも上記のことを言うのだが、そうすると結構お客さんは納得してくれる。あぁ、アシカだってやりたくない時もあるよね、と。
問題は、お客さんに謝って、ショーが途中で終わった後である。今、自分の目の前でサボってプールに浮いてこちらを見ている黒いヤツをどうしてやろうか。。。しかし、ヤツはわかっているのである。ショーが途中でも終わった、と思うと、今までの頑固たる態度が急変して、ス~ッとプールから上がってきて、自分で家に帰ってしまう。
アシカとお兄さんの間では「種目をこなせばエサをあげる」という契約を交わしているので、途中ボイコットは契約違反である。そのため、エサはあげない。しかし、1回くらいエサがもらえなくとも、野生では何日もエサが食えないときもあろうアシカにとってはそんなにダメージはない。次にしっかりやればいいのだ。
このシステムを覚えてくれば、アシカも「あぁ、やらねばエサをもらえんからなぁ」と思うらしく、ショーをやるようになる。しかし、少しすると、その上を行くのである。つまり「ある程度エサを食ってお腹が少し満たされたら途中でボイコットする」。。。
頭のいいアシカとは常に知恵比べである。
アシカが言うことを聞かないから、ということで簡単に殴ったり蹴ったり、ということは現在の水族館では、ほぼない。筆者もそりゃ、やりたくない時だってあるよ、ということで、意図的に噛み付いてきた時以外は、そういうことはしてない。
しかし、昔から親にも先生にも、よほどか悪いことをした時、バンバンとブン殴られて育ってきた筆者としては、あまりにもアシカがサボる時、ココは気持ちを入れ替えて反省してもらうために1発…と思うことがある。しかし、問題はアシカには言葉が通じないことである。筆者が殴られた時は言葉とコブシの連鎖によって反省したと思うのだ。1発叩いて、言葉の通じないアシカが反省するのだろうか。そしてどれだけその痛みと自分がしたことについての反省と悔やみが続くものか、記憶はどこまであるのか。
っていうか、そう思うと、だいたいが、アシカだってイルカだって、ショーなんかしたくないのである。好き好んで種目を覚えてショーをやる動物なんて、そいつはかなり自分を捨てている。たぶん嬉しそうにショーをやっているように見えてしまうのは、ショーをやる環境というなかに慣れて?しまって、その中での「楽しみ」での楽しい、なのだろうと思うことがある。わかりやすく言うと、ショーという生活の「井戸」の中のアシカという「蛙」である。
そう思うと、かわいそうでならない。しかし、現在の水族館では、ショーは凄まじい力を持っていて、水族館にとって、大きな必要な要素である。ウチの水族館もアシカショーがなければ入館者も減り、お客さんの満足度も減るだろう。
こういうことがあるので、アシカのお兄さんでありながら、あまりアシカのことは書かないのであるが、ショー以外の形でショーと同等かそれ以上のレベルの満足度や動物の素晴らしさを伝える方法が見出せれば、筆者はショーなんて簡単にやめて確実にそちらを選ぶ。しかし、なかなかないのが現状であろう。
しかし、それを見出すのが水族館人にとって一番エライ要素「展示力」である。
アシカのお兄さんも魚を飼う飼育員も偉くないが、それらを上手に展示してヒトの心に訴えることができる水族館人は文句なしにエライ。
だからアザラシでもりあがった旭山動物園は手法は水族館的だが、エライと思う。
「超水族館ナイト」が終わって次の日、マンガ喫茶を8時に出た。新橋は出勤サラリーマンだらけで、スーツ姿の波の中で我々チビッコ水族館人は、あまりにも不自然だった。
夜は酔いどれサラリーマンのだらしない町という印象があったけど、朝はシャッキリして日本のマジメな会社員の町だった。サラリーマンに混じって朝マックしたあと、新橋を脱出し、山手線に乗って首都圏の水族館に向かった。せっかく東京にきたので、そのまま帰るのはもったいないので2日目は水族館を巡って帰ることにした。
開館と同時に水族館へ入るのは初めてだった。しかし、かといって特に得をすることはなかった。昔は結構楽しい水族館の印象があったけれど、なにか少し力がなくてアシカショーを見て次の目的地へ。
ナントカ線に乗って、中華街へ向かった。実は中華街にも水族館があるのだよ。よしもとがやっている水族館で、こちらはなかなか面白かった。水槽にクイズがあって、結構楽しみながら魚を眺めることができる。しかし、なぜか入るときにコインを渡されて、水族館の途中でオロナミンCを飲まされるという、なんとも不可解で謎のシステムがあった。自販機にはオロナミンCしかなく、筆者も来る途中に100%のブドウジュースを飲んできたけど、途中でオロナミンCを飲んだ。
中華街は月曜でも込み合っていた。中華街で昼飯を食べようと思ったけれど、我慢できずに来る途中の駅で安い立ち食いウドン390円を食べてしまったことをこの世の終わり級にひどく後悔した。悔しいので「チャンピオンの店」で中華まんをお土産で買った。今度はユックリお店とかを研究してから美女とかを連れて来ようとココロに誓った。
なんだか、水族館のヒトが水族館を見るのは当たり前の気がしてきて、逆に違う施設(動物園~博物館科学館~美術館などなど)を見たほうがなんだか楽しいし、勉強になる気がした。水族館と言うのはまぁ、たいてい結局、どこへ行っても水槽の中に魚が泳いでおる所なんだわ。
時間があったらそこからさらに江ノ島へ行き、新江ノ島水族館(オススメ水族館だよ)を見ようと昨日の深夜のマンガ喫茶でインターネットをしながら企んでいたのだが、時間的に少しムリそうだったので次回にして、新百合ヶ丘にある有名な熱帯魚屋に行って見ることにした。
行く途中、首都圏から神奈川の中華街に行く途中、目黒で降りて「寄生虫博物館」に行けたナァと気づき、失敗こいた。
で、熱帯魚屋。この店は雑誌などでもよく見るし、店員が雑誌に原稿を寄稿していたりするなかなかイキオイのある店だった。駅から歩いて5分ほどだったが、場所がわからず駅前の交番で聞くと、警官がありえないくらい親切に教えてくれたのでビックリした。どーせ面倒くさそうに、クソオヤジがいい加減な口調で教えてくれるのだろうと思って、こちらもそれを想定しての初めから反抗的目つきで戦い?に臨んでいったのに、そのあまりに紳士的な警官の態度に逆に少しヒルンデしまった。序盤からの攻防戦だと思ったのに、なんだアレは。
警官の言うとおりにマジメに歩いたらスグに熱帯魚屋があった。なぜ筆者がわざわざ熱帯魚屋に行ったかと言うと、この店、かねてからこのコラムにも書いたり、ずっと挑戦し続けている「スラウェシ・シュリンプ」を国内で初めて入荷させた店であり、日本に(というか、観賞魚雑誌でオタッキーたちに)紹介した店であるからである。
有名な観賞魚店に入る時の胸騒ぎは水族館に入るときのワクワク感と変わらない。
スラウェシエビはきちんと何種類も販売されており、筆者がこれまでに見てきたものとは状態がはるかに違って、明らかに元気がよさそうだった。元気なヤツは、絶えず腕(手)が高速で動いているのだ。筆者がいつも地元の熱帯魚屋から取り寄せていたヤツラは手は動いてなくて、それどころか体も動かず、放心状態だったのだ。そんなエビたちを見て「コイツラ、明日死のうかな、って思ってない?明らかに状態いいとは言えないよね」と地元の店員と話していたのだが、やっぱり、思ったとおり状態はよくなかったのだ。
この店のエビたちはよく動き、健康そのものだった。また、販売水槽の中で既に繁殖しているようで、小さな子どもも見ることができた。
初めて日本に紹介して飼育レポートを書いた店員さんを捕まえて、話を聞いた。この店は問屋を通さず、インドネシアから直輸入をしてるため、状態がよいのだそうだ。問屋でコレまでと違う環境や水に入りワンクッション置かれ、さらにそこから掬われて、車に揺られて地方の店に送られるのは1センチほどの小さなエビにとって、やはり相当ダメージが大きいようだ。
また、現地ではメチャンコ熱いので、水が熱くなりすぎないようにエビを梱包した箱の中に氷が一緒に入れられる。しかし、コレがひとたび真冬の日本に着くと逆効果で、寒い気候なのにさらに冷たくしていることになる。店に着いたエビの箱を開けると、熱帯性のエビなのに水はかなり冷たいそうである。
このエビを飼うにはやはり、状態のいいものを選んで飼うのが一番の方法だとわかった。で、安かったので15匹買った。重たいのはイヤなので、小さめに袋に入れてもらい、持っていた中華街で買ったお土産の中華まんの袋に一緒に入れて、愛知の家まで帰った。たぶん新幹線に乗ったスラウェシのエビは彼らが初めてであろう。
やはり、思ったとおりで、自宅の水槽に入れてもエビたちはすこぶる状態がよくて問題なさそうである。なにも考えずに、元気に暮らす小さな極美エビを眺めているのが、ワタクシ、今、一番幸せで個人的に贅沢な時間。
21日、ワタクシは東京にいた。
以前、深海魚を何でも食べちゃう挑戦的なお話をお台場でしたのだが、今回は行儀よく座って聞く側で、師匠の中村元さんがゲストとともにスゴイお話をするトークライブイベント「超水族館ナイト」があるのである。
時間があったので、お台場と言えばショッピングモールがあって、デートスポットである。ビーナスフォートというところで時間を潰した。カップル多いぜ、やっぱり。ボクがトークライブをしたときも興味を持ってくださり、あいにく海外出張で来れなかった、このコラムの番長をしているSさんを誘えばよかった。
ボクは人間観察が好きなので、メインストリートの向こうから、勝手に楽しげに歩いてくるカップル達にココロの中でエントリー№を付けて観察していた。いろいろなカップルがいてなかなか面白い。時間が近くなったので会場へ行くために外へ出ると、少年達が体の左右にゴムを付けてトランポリンの上を何メートルも飛び跳ねていた。
そこから100歩ぐらい歩いて会場である東京カルチャーカルチャーへ付くと、おなじみの仲間たちと対面。最近の自分達の動物園水族館の近況話しで盛り上る。
会場は満員だった。動物園水族館関係者がちらほらで、ワクワク顔の一般の方がほとんど。食事しながらゆったり楽しんでいる人もいれば、食事に夢中で聞いていない人もいるし、食事なんかせずに終始メモを取っている青年もいるし、なんだか種類分類がよくわからないご婦人とかもいて、様々で、どんな方でも楽しい時間が過ごせるのだ。
毎回水族館のスゴイ話を怒涛のイキオイで大放出しているのですが、今回は「イルカ」の話だった。実はワタクシ、水族館人でありながら、イルカは全く興味がなくて、どっちかというとキライの部類だった。
あのヒトを小バカにしたような絶対的自信に満ちた顔や、すぐプールへ逃げること、不自然な感じすらする作り物のような洗練された座薬型ボディが好きになれなかった。だいたい、オレ、泳ぐの苦手だし、あんなニヒルな目をしたやつと楽しく泳ぐことはムリだろうし、負けは決定している。
だから今回正直、遠いし金ないし行くのを迷ったのですが、中村師匠のお話で損をしたことは一回もないし、勉強になることメジロオシなので新幹線にのってやってきた。
話を聞いてみると、イルカというのはやっぱり頭がよくて、洗練された座薬型体型はそれなりに、生きるための必要な人間を越えたものなんだなあと思った。チョットイルカが好きになった。
このジャンクステージにもイルカと泳ぐスバラシイ女性がいるが、それは凄いことだなぁと改めて思った。
後半は名古屋港水族館の館長さんがゲストで現れて、昔、ピラニア級の危険レベルと言われ恐れられていたシャチを初めて飼う為に接触したときのことや川に住む貴重なイルカの話などを中村さんと軽快に話された。
実は名古屋港水族館は筆者の水族館と近所で、1時間くらいで行ける。ライバルである。しかし、規模やイメージ的にクワガタとコバエくらいの違いがあるため、ワタクシが勝手にライバル視・敵視してみているだけだが。個人的には今後チョット、さらに気をつけて動向をチェックしたいところなのだ。
1年ほど前に千葉の水族館から新しく名古屋港に就任されたゲストの館長は笑顔がステキでその、笑顔の奥に「ワタシ、生き物大好き」という思いが溢れんばかりに見えた。
手前から、絶妙司会のテリー伊藤さん、我らの中村元師匠、一番奥が名古屋港水族館・祖一館長。
トークはとても引き込まれる・惹きつけられるものがあり、あっという間に終わってしまった。楽しかった。イルカもスゴイやつだ。
そのあと、2次会があり、地方や関東圏から集まった水族館・動物園の若い子たちと楽しくお話しをした。水族館で働きたくて猛烈に喘いでいる方々もいた。
2次会が終わると我々にとってはメイン的時間でもある3次会「チビッコ動物園・水族館長会議」が始まる!
この会議(笑)は、水族館ナイトを聞きにお台場に全国各地から集結した若い(チビッコ)動物園・水族館人たちが2次会が終わって参加者も解散した後、中村さんを拉致して囲んで楽しい話をするという、いわば水族館ナイト後の「貸切」水族館ナイトである。
実は水族館ナイトはナイトというくらいだから、夜の6時半から行われ、2次会が終わると結構いい時間になってしまう。すると地方から出てきた水族館人たちは当然、帰ることが出来なくなってしまう。しかし、にも関わらず、地方からの若い水族館人は「水族館ナイトで話を聞く」ということに重要なピントを合わせて来ているので、ナイトが終わったその後のことはあまり考えていないのである。
つまり、泊まる場所も予定もないのである。基本的にどうにかなる、そのうち朝が来る、と思っている。
中村さんを囲んで夜中まで、いろいろな話で盛り上った。どんな話をしたかは、、、教えてあげないよ、むはははは。ヤバイくらいに濃くて充実していてレベルがあがる贅沢で貴重な時間である。動物園水族館人は生き物が相手で、なかなか融通が利かない仕事なので、なかなかその日に休みがとれず、みんなが皆、集まれるわけではないが、今回は8人。トドをかき分けながら北海道からやってくるものもいる。
今回のチビッコ動物園水族館長会議はいつにも増して盛り上がり、重大スクープも発覚したりして、中村さんもご機嫌で楽しそうに笑っていたし、嬉しかった♪ そしてお互い刺激しあったり、中村さんから貴重な話を聞いて自分達のレベルも上がる。
3時に解散となった。
さて、ここあらが問題で、我々は泊まる場所がないのである。ホテルを予約しているわけでもなく、どこにホテルがあるのかもわからず、第一、ホテルは高いのでハナから対象外である。とまるなら安いカプセルホテルだが、そんなに都合よくあるもんじゃない。当然、その時間は電車もないので、、、かといってタクシーなんぞには乗らんという反抗精神もある。都心のS水族館の子たちは帰ったが、残りの6名は寝る場所を求めてウロタエル。この状態は目隠しされてヒレを縛られたイルカよりも無様な様子である。
カラオケ屋に入り、朝までイルカ、もしくはマンガ喫茶に入り朝までイルカ、藤原ノリカ、ということになった。チビッコ園館長会議も盛大に盛り上ったし、疲れている方々も多かったし、すぐに忘れてしまうので、今回学んだ膨大なことを、ユックリ自分の世界に入って頭の中で整理して今後に役立てるようにしたい、ということもあり、マンガ喫茶に入った。
今日のことを思い返して、改めて内容の濃かったことと、水族館ナイトがお台場であることによって全国から定期的に若いイキオイのある動物園水族館人たちが集まれるヨロコビをかみ締めて仮眠すると、あっと言う間に朝が来た。
朝の新橋は忙しく出勤で動き回るサラリーマンたちの波が所狭しと流れ周り、その中で、マンガ喫茶を出て、また呆然と立ち尽くしたり、サラリーマンの波をみだすようにフラフラする眠たげな若い動物園水族館人はあまりにも不釣合いであった。
だいぶ前回のコラムから間があいてしまった。実は、一生を遊んで暮らそうと一攫千金を求めてロシアの荒海にカニ漁に行っていたのです(おーい、信じるなよ~)。
いや実は、ロタウイルスとやらに感染して強烈な胃腸風邪、市内で開催された10キロマラソンに出たため連日連夜トレーニングでダウンしてパソコンから遠ざかったりとかしてました。
で、話は変わり、本日のコラム本題なのですが、ワタクシの祖父は深海の遠洋漁業の漁師をしていた。愛知県の港から出港して、遠い時は四国の沖まで、約1週間強の間、漁をしてくる。
漁から祖父が帰ってくると、だいたい「お土産」という漁獲物の分け前があって、ワタクシは毎回、帰ってきた祖父のアグラの中に入って、一緒に採れた深海の生き物を眺めたり、指で突付いたりするのが好きだった。ヘンナ形をした真っ赤な深海魚や水圧の差で目や内臓が飛び出た魚、やたら長いハサミのザリガニの親分のようなエビや透き通るような神秘の緑色の目玉をしたメヒカリなどが「お土産」だった。
ある日、祖父が「こ~んなでっかいカニを持って来てやろうか!?」と手をメイッパイ広げながら幼少のワタクシに行った。もちろん、当時から生き物が好きだったワタクシは「見たい!!」と言った。
こ~んなでっかいカニ、を祖父が持って来てくれたときのことは今でも覚えている。筆者は祖母と母と3人で、祖父が帰ってきた港まで迎えに行った。長く過酷な労働で疲れきった顔の祖父だったが、船のイケスから巨大なクモのようなカニを取り出して自慢げに持って来てくれた。
それが世界最大のカニ「タカアシガニ」だった。
まだ活きていて、うごめく巨大クモガニのその姿は、始めて見た幼少の筆者にとって少し怖かった記憶がある。
その夜、皆で食べた。凄く美味かった。
その後、少しして祖父は老齢のため船を下り、引退した。
筆者は職業柄、漁師と付き合いが多いので、先日、漁師に頼んで、この「タカアシガニ」を食用で分けてもらった。水族館でも展示しているのでよく見ているが、今回は食用。コイツをもう一度、祖父と食べたい、と思ったからだ。
「ヘイケなんて、やっとかめぶりだなぁ~」と祖父はものすごく嬉しそうだった。漁師はタカアシガニのことを「ヘイケ」と呼ぶ。
祖父は嬉しそうにビールと一緒にヘイケを食べ、筆者がアグラの中で聞いていた昔と同じように漁師の苦労話やエピソードを話してくれた。味は昔と同じように美味かった。
深海の漁師たちにとって寒い冬場は漁の最盛期となる。夏は禁漁のため休みである。寒い夜、祖父が凄く嫌そうな顔で言葉少なく出港の為、港へ向かう姿を筆者は小さい時、よく祖母と手をつないで見送っていた。
寒い冬に冷たい海で働く祖父の手や耳はシモヤケやアカギレで腫れていたのを覚えている。
冬は最盛期なので、1週間後の朝方に帰ってきても、少し寝て、その日の夜には休む暇なく、スグにまた出港して行った。
漁師達の重労働は想像を絶していて、そのあたりは「しょうえい」さんのコラムにも書いてあると思います。
筆者らの地域の深海漁師たちは40時間労働なども頻繁にあり、立ったまま気絶することや、海が大荒れで「あぁ、これでいよいよ、もぉ死んでしまうかもしれない」と思うことも何度もあるそうです。波が凄くて、右も左も見ると波の壁、ということもあるそうです。台風に向かって出港して操業、台風に追われながら帰ってくることもある。
帰港の連絡が入り、展示用の魚を受け取りに夜中に港に行くときでも、帰ってきた漁師達は言葉少なく、皆疲れきった様子のことが多い。
食卓に上がる魚はそんな漁師さんたちの凄まじい努力やある意味戦いのような仕事で採れたものたちである。大切に食べて欲しいですね。そして近年、魚の数の減少も叫ばれています。マグロが気軽に食べられない日が来るかもしれませんし、我々の子どもや孫の時代には魚が食べられなくなることも十分考えられるといわれています。
ドラゴンボールを集めに旅に出ようか検討しています。こばやしです。
さて、昔は飼育員と言うと、ジメジメした暗ぼったい展示裏で黙々と魚の世話をしている物好きな物体というイメージだったのですが、最近ではイルカやアシカなど華やかなショーが行われていたり、魚でも展示が工夫され発展してきたり、お客さんにガイドしたりしていて、もはや「ジメジメ黙々人間」というイメージはなく、普段の日常から離れた世界・仕事場で働くお兄さん、数多くの生き物の命をあずかっているスーパーマンのような存在にもなってきた(のだ!)。
とにかく昔に比べて飼育員はお客さんの前に出ることが多くなった。だから、これからの飼育員は、ただ魚が好きなだけでは当然ボツなのである。
人前に出ることが多くなると注意しなければいけないのは、容姿です。無精ヒゲとかネグセとかは展示裏ではたいしたことないが展示側(お客さん観覧サイド)では×ですよね。これからの飼育員はイケメンでないといかんのである。
筆者らの水族館では特に汚れやすい足元の「長靴」に注意を呼びかけている。汚いとお客さんに失礼。汚れてきたら台所周りや、コゲ付いた鍋やヤカンを洗う研磨スポンジでこすって洗う。
ところで、世の中には「勝負○○」というものがありますよね。
勝負時
勝負服
勝負下着
とか。これらは、ここぞ!という時に気合を入れて挑むためのものだ、ということを勝負下着の件で大人になって知りました。勝負下着、なんて何て挑発的および魅力的な言葉なんでしょう。誰が考えたんだか。なかなかセンスあると思う。まぁ、たくさん持っていて鼻息を荒くして得意げになっているヒトほど逆にそういったものを着用する機会が少ない、というウワサもある。
そんな話はいいんですが(そっち系の話なら何行でもイケルぞ)、勝負の時、というのは水族館でもあって、別に水族館でいやらしいプレイをするのではなく、お客さんの前で何かをする時というのは、ありがたいことに筆者は結構あって、そういう時は勝負の場面で気合を入れている。
で、作ったのよ。ジャ~ン!!
「勝負長靴」。
といっても、オシャレ?な黄色の長靴にマジックで魚の絵を描いただけなんですが、土日のお客さんが多いときやアシカショーの時、イベントや企画を行ったり、館外(学校や保育園など)へお出かけする時などは履くようにしました。
結構人気。保育園に行くと、この勝負長靴と「水族帽子」で結構人気者になれる♪
水族館へ行ったら、飼育員の長靴にも注目ですね。これで顔も性格もよければ勝負下着に遭遇する機会も多いだろうに…、無念だ…。。。
いや、違~うっ!!顔も性格もいいわい!!よろしくどうぞ。
自作の水族帽子の紹介、前回からかなり間が開いてしまったが、第4弾である。
チンナナゴが割合、簡単な作業だったため筆者の中では不完全燃焼な感があり、もっとおもしろくて手の込んだものを作ってやりたい、という気持ちがあった。これを作った当時、まだまだニモ人気は絶頂で「コレ、かなりイケル!!」と作成中に確信したものだった。
しかしイソギンチャクのパーツ(これを触手という)を1つ1つ手縫いで作っていき、帽子に縫い付けていく作業がなんとも単調かつ手のかかる作業で、苦しかった。
<DATE>
製作時間:2ヶ月半くらいだったか…
材料:小学校体育用赤白帽子、フェルト布(黄・白・オレンジ)、ぬいぐるみ用の目、糸
(すべて100円ショップで調達)
制作費:500円
その他:手縫い。赤白帽からイソギンチャクが生えており、その上で2匹のカクレクマノミ(ニモ)が戯れている。
円錐型のいくつものパーツを赤白帽に縫い付けていくというイソギンチャクの製作作業にかなりの時間がかかり、何度もココロが折れそうになった。
かぶるには若干の勇気、そして恥を捨てることが必要。その変わりに注目・笑い・親しみなどを容易に手に入れることが出来る。
保育園などで使うと、たちまち人気で、すぐに奪い取られてしまい、みんなでかぶって先生に写真を撮ってもらっていた。
どうでもいいことばかり書いていると怒られてしまうので、久しぶりに皆さんの知識が潤うようにマジメにイイ文章を書いて、週間ジャンクステージに載るのを目指します。
さて(何がさて、なんだろうか!?)、ワタクシは大学時代、水族館に入るための勉強はコレまでの生涯の中で一番一生懸命に勉強していたつもりなのだが、それ以外の授業はあまりマジメではなく、川で釣りをしたり、海に潜ってアワビを密猟したりしていた(←時効ね)
今思うと、いろいろな勉強をしっかりしておいたほうが水族館人にとって、いろいろな経験や知識になって、今頃はもっとスーパーなオトコになっていただろうに、と思うが、まぁ川や海で遊んだのも貴重な勉強になったのだよっ!
しかし、大学4年生にもなると厳しくなって遊ばせてくれなくなった。それぞれテーマを持ってゼミに入り、研究じみたことをしなければならなかった。筆者は、魚の病気を治してあげたかったので、川や海へ行くのをやめて、魚の病気に関する研究室へ入った。
そこで行ったのは、月に一回、魚から採血してその中に含まれる「免疫細胞(後述)」を調べる、と言うものだった。遊べなくなるかと思ったけど、年間を通して月に一回、欠かさずサンプリングするだけなので、月に一回以外の日は、、、結局遊べた。しかも実験で使った魚を研究室の屋上で燻製にする、という新たな遊びのテーマも加わった。
さて、免疫細胞、免疫(めんえき)、というのは、要するに、自分の体が病気になるのを防ぐ仕組みのことである。カッコヨク言うと、自己が非自己から自らを守る仕組み、である。つまり自分以外のものは触るな!近寄るな!という機構。
極端な話し、例えば、向こうから気持ち悪いオッサンがアナタに近寄ってくるとする。そうすると、アナタはギエェ~!!キモイ!来るな!!と避けるでしょう。これは一種の免疫であり、非自己である物体(オッサン)を自己(自分の近く)から排除する作用なのである。体にヘンなものが付いたときに振り払うのも大きく言えば免疫なのね。
筆者が大学時代にやった(やらされた?)実験では、魚のしっぽの付け根から注射器で血を採り(コレが難易度高い)この血をガラス板に薄く伸ばして乾燥、観察しやすいように青紫色に染色したあと顕微鏡で見る、ということをしていた。
体の中に自分のもの以外のもの<病気の菌、よーするに風邪のウイルスとか>が入ると、血液中に存在している「免疫細胞」が、すかさずやっつけてくれるのである。例えば、空気中に病原菌とうのは凄まじく存在していて、あなたがたった今吸った空気の中にもたぶん含まれている。それでも、あなたが風邪を引かないのは、体の中で免疫細胞が菌を撃退してくれているからである。これが免疫で、つまり、今現在も免疫作用はあなたの体の中で行われている。
免疫細胞にはいろいろ種類があって、菌を直接攻撃するものや、攻撃したものが招集をかけてそれを聞いて助っ人的に集まってくるものたち、一度体内に入った菌を記憶して、次に入ってきたときに素早い対処で撃退できるもの(インフルなどのワクチンは弱らせた菌を体に注射して、この免疫細胞の働きを利用している)などいろいろあるのだ(と、いうことを学校で習った)。
これが聞いたことあるかも~、と思うかもしれないが、マクロファージとかリンパ球とかいうやつである。
わかりづらくて申し訳ないが、これが学生時代にやったニジマスの免疫細胞である(丸の中)。白血球ともいう。丸の中以外の米粒のような無数にある物体は赤血球(酸素を体中に送り届ける役目)である。
で、この仕組みや細胞は、ヒトも魚も同じである!(と、いうことを学校で習った)
魚もヒトも、免疫細胞の活躍により、常日頃から病気にならずに済んでいるのである(ということを学校で習った)。
しかし、健康管理(魚→飼育管理)が悪かったりして、体が弱っている時や、体内に入ったウイルスなどが免疫細胞より強い勢力の場合、免疫細胞はこの事態を抑えられずに体内で菌が増えてしまうことになる。そうすると風邪や病気になった、ということになる(と、学校で習った)。
意図的に病気にした魚の血液中には免疫細胞がやはり多く見られた。
免疫細胞の一つのリンパ球に関しては体の中の胸腺という器官で作られているらしく、年をとってくると、どうやらこの胸腺が萎縮してきて、効力が弱まってきてしまうらしい。老人が風邪を引いて致命的になってしまうのはこのためらしい。
ということで、我々がいつも風邪を引かないのは、日々、知らない間にも、体の中でいつもいつも戦ってくれている免疫細胞のおかげである!ええぃ!頭が高い!!感謝しろぉ!!
で、魚もヒトもその仕組みは同じなのである。
前々回、というか去年やんか、打倒ニモ(カクレクマノミ)として探した魚『ジョーフィッシュ』ですが、展示リリースすると、狙い通りの人気♪
イエローヘッド・ジョーフィッシュ 海賊で有名なカリブ海出身。
下の段にニモが入っていて、上の段の水槽にジョーを入れて展示してあるが、お客さんは初めはやはりニモ!ニモ!言っているが、その次に上の段の水槽を見て、トキメイテいる。今日は水槽前でお客さんと魚を観察していると、「ニモよりステキ~!」という声が聞けたのでワタクシ、上機嫌であるの。ムフフ。
ジョーフィッシュのみどころは、なんと言ってもせわしなく巣穴を作る人間くさい動きや、作った巣穴から顔だけ出してこちらを伺う様子、そして危険がないと上半身を穴から出し、観覧者の顔が迫るとビックリして素早く穴に入ったり、その時に崩れた巣穴をまたせわしなく修復したりといった動きである。
普通の魚は水槽生活に慣れると、観覧者であるお客さんを無視して自由に生活するものが多いのだが、ジョーたちは我々以上に水槽の中から人間を観察しています。
その姿もかわいくて、魚たちもこちらを観察しているので「目が合う」のです!小さな魚と正面から目が合う、という感覚はハートを掴みます。
カクレクマノミに勝って人気を奪え、ジョーよ!
ダラダラしていたら新しい年になって10日以上も経ってしもうた。
そんな時、夜に地元の漁師からケータイに電話が来た。
「10時ごろ帰港するから、頼んだよ!」
とのこと。。。「頼んだよ」とは=「魚があるから取りに来い」ということ。つまり水族館の展示用の魚を採ってきてくれた、ということ!
冬は深海魚のシーズンで、地元漁師さんの協力で貴重な深海魚が結構水族館にやってくる。漁師さんにとっては市場へ出せない水族館展示用の魚はゴミなのだが、水族館が「欲しい!」というとわざわざ船にイケスを作って活かして持って来てくれる。ありがたいことだ。それを安価で水族館が買う。元々はゴミで捨ててしまう魚が、船の隅にオケを置いて活かして持ってくるだけで、少ないがお金になるのは漁師にとってもチョットした小遣い稼ぎになる。ウィンウィンだ。
しかし、魚やエビ、カニなど、一刻も早く水族館の水槽に移してケアしないといけない。いつまでも漁師の船の上の小さなオケの中ではやはりムリがある。
そのため、ケータイ番号を教えておき、電話してもらい帰港時間に合わせて受け取りに行くのである。
んが、しかし、漁師さんは海上でギリギリまで漁をして、市場が始まる時間の前にあわせて帰ってくる。市場が朝の3時ごろから。水揚げや陳列の準備があるのでその前の真夜中に帰ってくるのである。電話が来るのはだいたい夜中なのだ。。。コレガ、キツイネン。。。
早ければ今回のように10時ごろなのだが、大抵、電話が来るのはベッドに入って眠りに着いた12時ごろ。。。せっかく寝たのに、、、電話で起こされる。。。漁師が「いいのが採れたぞ!早く来い!死んじゃうぞ!」と誘惑する。心の中で「早く受け取りに行かないと!」という天使と「今日はいいじゃない、寝ちゃおうよ」という悪魔が戦いをする。
「う~ん!もぉ!」という苦しいイキオイ的な気合を入れてベッドから起き上がり、漁港へ向かうのである。で、漁港へ行っても船が遅れてまだ帰ってきてなかったり、船があるときはまず、生き物を受け取る前に、漁獲物を入れる箱を並べたりする手伝いをさせられる時もアル。。。しかしそんな時は「コレ、持ってけぇ!」とおいしそうな「お土産のお魚」をたんまりいただけることもある。
そして、活かしてきてもらった深海生物を運搬用の容器に入れ替えて、急いで水族館へ運ぶ。そして慎重に水槽へ移して片付けをして終了。家に帰るとき、すでに空が明るい時もある。そこから数時間寝て、出勤。寝不足で仕事なんかできるわけねぇし。。。
しかし、漁師さんたちがすごく気さくで協力してくれるので助かる。おれの採って来た魚が水族館で展示される!という優越感もあるようだ。最近では、やたら変な魚をわざと採って来て筆者らに渡すのを楽しみにしている漁師もいる。








