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2016/01/10

いやいや、すっげえ大上段に構えたタイトルですが、哲学みたいな話をしようというのではありません。
単に、プロレスって何なの?という話を、できるだけ正確に、わかりやすくお話しできればと思います。

「プロレスの試合にはシナリオがある」

世界最大のプロレス興行会社WWE(World Wrestling Entertainment)が株式を上場した際に公にされたことです。2000年のことでした。いわゆるディスクロージャーってやつですね。
プロレスファンにはよく知られたことですが、ファンでない皆様、ご存知でした?

実際にはもっと以前から、CEOのビンス・マクマホンが自ら「スポーツではなく“スポーツ・エンターテインメント”だ」と発言していました。“スポーツ”だとアスレチック・コミッションへの支払やら興行保険が高額になるらしいので、堂々と言ってしまってたようです。
ディスクロージャー以前に公開された実録映画「レスリング・ウィズ・シャドウズ」や「ビヨンド・ザ・マット」などを見ると、WWEの試合前の打ち合わせが、はばかることなく堂々と映されています。
撮影や公開を許可していたということは、元々そんなに隠すつもりはなかったんでしょう。
そんなこんなで、90年代には事実上の公表は済んでいたと考えられます。

単純に考えると、それまでスポーツですよと言ってたのに、実はエンターテインメントでした、と公表されたら、「ふざけんな!」と怒りを買いそうなものですよね。
実際、プロレス業界的には非常に反発を買ったそうです。他のプロモーションは“スポーツ”の建前を貫いていましたからね。

ところが、世間にはすんなり受け入れられました。多少は変な人が怒ったかもしれませんし、ファンは「よく思い切って公表したな」くらいは思ったかも知れません。
しかし、大勢としては難なく受け入れられたばかりか、むしろ人気を拡大したのです。少なくともWWEは。
アメリカでは70年代には「プロレスがスポーツか」という議論は既に終わっており、社会通念として「プロレスはエンターテインメントだ」という認識が定着していたのが大きいと思われます。
例えて言えば、ダース・ベイダーが「実はボク、アナキン・スカイウォーカーだったんです」とカミングアウト、みたいな。ちょっと違うか。

アメリカでは(好きかどうかは別にして)WWEは非常によく知られた存在です。
ペイ・パー・ビュー(以下PPV)のプロバイダーとしては世界最大級で、ローリング・ストーンズの2012年末の公演を世界に配信したのは、WWEなのです。

※個人的には、ローリング・ストーンズのマニアでもあるので、プレスリリースに“Mick Jagger”と“Vince McMahon”の名前が並んだ時、放送されたものを見てラストにストーンズとWWEのロゴが順番に表示された時は、感無量でした。

毎週複数回行われるテレビ向けの興行では常に少なくとも数千人クラスのアリーナが毎週満員になり、PPVともなれば1万人以上の会場が満員。
世界最大のプロレスイベント「レッスルマニア」に至っては、毎年スタジアムに7〜8万人が集まり、PPVは100万世帯以上で見られています。「The Forbes Fab 40: The World’s Most Valuable Sports Brands 2015」では、スーバーボウル、オリンピック、冬季オリンピック、FIFAワールドカップに続いて5位に選出されています。
2016年の「レッスルマニア32」は4月3日にテキサスのAT&Tスタジアムで開催されますが、2015年11月に発売されたチケットは、11月中には一般分は完売。2016年1月時点ではプレミアのついたチケットしか買えません。で、リングサイド(定価2,400ドルくらい)は10,000ドルで取引されています。買えるかっつうの。

レッスルマニア28会場写真

※写真は私が撮影したレッスルマニア28の会場です。そう言えば、この時、現地のおじさんが「アメリカでは、アメフト、野球、バスケが人気で、次がWWEかアイスホッケーだ」と言ってました。上記Forbesの記事は、一般的な感覚でもあるようです。

エンターテインメント宣言の後に人気が上がったのは、恐らくは公表したことでコンテンツをしっかりと作り込めるようになったことが大きいのではないかと思います。
凝ったストーリー展開、ぶっ飛んだギャグ、斬新な試合形式を追求できるようになり、コンテンツとしてのWWEはどんどん進化しました。
スポーツの建前を貫いている頃には、試合とインタビュー(せいぜいドキュメンタリーフィルム)を繰り返すしかありませんでしたが、現実を公表したことで、堂々と遥かにすぐれたエンターテインメントを提供できるようになったのです。

まあ、ちょっとこれを見てくださいよ。前回の記事でもパンツ丸出しで逃げ回る姿をご紹介したビンスCEOが……

リムジンごと爆破ですよ、爆破! これ、プロレス番組の一幕ですからね。いくら抗争してるとはいえ、リムジンごと爆殺するんですからムチャクチャです。
そして、“爆死”したはずのビンスは、しばらくしたら何食わぬ顔でまたテレビに出て来ました
このリムジンの残骸は、時々イベントで展示されています。私も2012年にマイアミで見たのですが、感無量でした。
ビンスが“爆死”したリムジンの残骸

WWEの番組を見ていると、さっきまで観客をクズ呼ばわりしていた悪役レスラーが熱心にボランティア活動をしている様子がフツーに流されますし、不倶戴天の敵の設定の2人が談笑するところもドキュメンタリーではフツーに出てきます。
かなりのWWEのトップスターが自伝やDVDを出してベストセラーになったりしていますが、そこではレスラーやスタッフが普通に“本当のこと”を話しています。

そしてファンは承知の上で、それを楽しむためにテレビをつけ、会場に足を運び、ひいきのレスラーを応援し、リスペクトしているのです。
もちろん、私もそうです。

スポーツの衣を着ていた頃から、プロレスラーは“観客を楽しませること”にプライドを持ち、そのための努力を積んできました。かつてはそれを大っぴらには言えなかったものの、今ではそれを堂々と公言し、その努力をストレートにリングで表現するようになりました。
観客は、彼らのすぐれたパフォーマンスにこそ、声援(悪役にはブーイング)を送っているのです。

そういう状況なので、レスラーに求められるスキルは大きく変わりました。
鑑賞に耐える肉体やパワー、持久力、瞬発力、受け身、基本的なレスリングムーブに加え、リングやバックステージでの寸劇をこなす演技力、リングの上で1人で15分もカンペなしで話す能力まで問われます。観客の反応を見ながら話す内容を変えつつ、伝えなければならない内容を伝えきるアドリブ力も必要です。

にもかかわらず、「プロレスはショーだ」という理由で、“スポーツ”よりも下の存在のように、短絡的に決め込んでしまう人がけっこういます。
そこで、今回は最後に、彼らが「どんな覚悟を持って試合をしているか」を象徴的に語ったエピソードを紹介します。
この言葉を知れば、好き嫌いは別にしても、プロレスを“スポーツ”よりも下に見ることはできなくなるはずです。

ミック・フォーリーというレスラーが、自伝「Have a nice day」に書いた一文です。
ドイツで行われたWCW(WWEの競合団体。WWEに買収されて消滅)の試合で、日本でもおなじみのビッグバン・ベイダーと試合をした彼は、試合中にかなりの大怪我をします。

「他のイベントなら、これで試合中止だ。しかし、俺たちの競技では、この“インチキ”の競技では、ルールはひとつ『ショーは続けなければならない』だ。そして、俺は最善を尽くした。」

※大意。怪我の内容と実際の記述はかなりエグいので、刺激に弱い方はここまでにしておいた方がよろしいかと思います。くわしい経緯と全訳は、ずーっと下に書いておきます。

これがプロレスラーの矜持です。

※なお現在では、厳しい基準でレスラーの安全は厳重に配慮されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※以下、閲覧注意です。

試合中、ミック・フォーリーは首がロープに絡まるアクションを敢行します。試合前にロープの強度を確認して、可能だと踏んでのアクションでした。
ところが、前座の試合に出たレスラーから「ロープが緩い」とクレームがついたため、彼の試合の前に締め直されたロープは、非常に固く張った状態になっていました。
そのため、ロープに絡まったフォーリーの首は、ムチャクチャな強さで締め付けられます。このままでは死ぬ、と強引に首を抜いた際……彼の耳は、ロープの摩擦で切り離されてしまったのです。
そして、それでも彼は、おびただしく血を流したまま、試合を続けたのです。

そして、自伝にこう記述しました。

「他のあらゆるイベントでは、耳が取れることはその時点で試合中止の理由になる。もしもマーク・マグワイヤーがビーンボールを喰らったら、身体の一部を失ってまで1塁に行くことは恐らくないということだ。もしシャキール・オニールが片耳で現れたら、恐らくタンクトップに“ジュース”(訳注:プロレス界の隠語で血の意味)をたらしてファウルラインに行かされることもない。しかし、俺たちの競技では、この“インチキ”の競技では、ルールはひとつ『ショーは続けなければならない』だ。そして、俺は最善を尽くした。」(拙訳。間違ってたらすみません)

※念のため原文

Also at this point, in any other event, a ripped-off ear would probably be cause for a time-out. I mean, if Mark McGwire were beaned out at the plate, he probably wouldn’t jog to first base with missing body part. If Shaquille O’Neal drove the lane and came up an ear short of a pair, he probably wouldn’t go to the foul line with “juice” running down his tank top. But in our sport, the FAKE sport, we have a single rule —— “The show must go on.” And I went on as best I could.

2016/01/10 05:53 | 全般 | No Comments

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