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2016/03/10

1997年11月9日、プロレス史上もっとも物議をかもすことになる、ある事件が起きました。
ファンの間では「モントリオール事件(Montreal Screw Job)」として知られる事件です。

映画「レスリング・ウィズ・シャドウズ」は、その一部始終を映像化しています。
元々は時のWWF(WWEの旧称)王者ブレット・“ヒットマン”・ハートのヒューマン・ドキュメンタリーのはずが、この事件が起きたことによって、特別な映画になってしまった作品です。

(▲これ、フルで入ってるっぽいんですけど、大丈夫なのかな?)

意外にもこちらのアニオタ向けWikiがWikipediaよりも親切丁寧に書かれていますので、ご興味のある方は読んでいただくとして、大雑把に言うと、モントリオール事件とは、以下のような事件なのです。

時代は変わる

90年代の半ば、アメリカのプロレス界では、それまでの「ベビーフェイス(善玉)対ヒール(悪役)」という図式が崩れ、WWFではアンチヒーローのストーン・コールド・スティーブ・オースチンが、WCWではnWoというヒール・ユニットが人気を集めていました。

前述のブレット・ハートは、古き良きヒーロータイプのチャンピオンで、この頃にはだんだんと時代から遅れた存在になりつつありました。
しかし、依然として地元カナダでは英雄的存在だったのです。

紆余曲折あったものの、WWFのオーナーであるビンス・マクマホンは、ブレットとの契約を終了することを通告します。ブレットは、それを受けてWCWに移籍を決めました。

しかし、その時点でブレットはWWFチャンピオンでしたので、まさかそのままでの移籍を認めるわけにはいきません
実際、91年にはWCW王者のままのリック・フレアーがベルトを所持したままWWFに移籍して「真の世界王者」ギミックを使っています。
逆に、95年にはWWF女子王者アランドラ・ブレイズが同様にWCWに引き抜かれ、WCWの番組中に女子王座のベルトをゴミ箱に捨てるパフォーマンスをやっています。

これと同じことをまたやられては、たまったもんじゃありません。
当然ビンスは、11月のペイ・パー・ビュー番組「サバイバーシリーズ」でショーン・マイケルズとの試合に負けて王座を置いていくことを要求しました。

しかし、ブレットの契約には、辞める前の1ヵ月については不利な試合結果について拒否できるオプションがついていたのです。
ブレットとマイケルズは前年のレッスルマニアのメインイベントで、アイアンマン・マッチの名勝負を演じた組み合わせですが、プロレス観の違いから折り合いが悪く、控室で殴り合いまでした間柄。
しかも、アメリカでは“アンチ・アメリカ”のヒールを演じていた時期でも、地元カナダではベビーフェイス。ヒーローだったのです。
地元カナダでマイケルズに負けるのは嫌だと、ブレットは負けを拒否しました。

では試合中にマイケルズがブレットを裏切って勝ってしまう……という手もありますが、シュートマッチ(真剣勝負)に関してはブレットの方がずっと上なので、恐らく返り討ちの可能性が高く、リスクが大きすぎます。
かくして試合当日まで話し合いはもつれ込み、「誰かが乱入して無効試合に。翌日の生放送番組の『RAW』で、王座を返上」で話がまとまりました。

観客の前で、テレビカメラの前で、チャンピオンが騙された

しかし、何とビンスはブレットとの約束を履行する気はサラサラなかったのです。

かくして試合当日、一進一退の攻防が演じられた後、マイケルズがブレットにシャープ・シューター(サソリ固め)をかけた瞬間、まさに技をかけたその直後に、レフェリーは即刻ゴングを要請、ブレットの負けを宣告したのです! もちろん、ビンスがそうするように指示をしたのです。

場内は騒然、ブレットも何が起きたかわからない表情であたりを見回します。マイケルズはベルトをつかむと、すぐにリングを離れて控室へ逃げ込みます。
やがてハメられたことに気づくと、リングサイドのビンスに唾を吐きかけ、放送席を破壊。
控室に戻るとマイケルズを詰問しますが、マイケルズは「知らなかった」と弁明(実は知っていたことを後に告白)。
収まらない怒りに駆られてビンスの部屋に入ると、ビンスを殴打します。ブレット自身も手を怪我するほどの一撃でした。

この試合を最後に、ブレットはWWFを去り、競合のWCWに移籍することになりました。

そして11/17、控室でブレットに殴られたアザを左目の下に残したまま、生中継の番組「Raw」で、ブレットを騙したことを認めつつも、インタビュアーのジム・ロスから「ブレットに同情するか」と尋ねられると、こう答えました。

※J SPORTS字幕風
同情? ブレットへの同情などまったくない。まったくだ。
ビジネスの為にならん、ファンにもレスラーにも自分を育てた組織の為にもならん伝統主義者などに同情などせん。
ブレットは自分勝手なことをやり、それを抱えてこれから生きていくのだ。
ブレットは自分自身をハメたのだ。同情などまったくない。

Sympathy? I have no sympathy for Bret, whatsoever. None.
I have no sympathy for someone who is supposed to be a wrestling traditionalist, not doing the right thing for the bussiness that made him, not doing the right thing for the fans and the performers and the organization who helped make him what he is today.
Bret made a very, very selfish decision. Bret’s gonna have to live with that for the rest of his life.
Bret screwed Bret. I have no sympathy whtasoever for Bret.

この一部始終は、上記の「レスリング・ウィズ・シャドウズ」で映画になったのです。
ブレットによるビンス殴打の場面は、撮影を止められたので映ってはいませんが、顔を押さえたビンスの姿を捉えています。

これ以降マイケルズは、ベビーフェイスとして大人気の時期でも、カナダではブーイングと「You screwed Bret!」チャント(※日本の「猪木コール」のような「コール」は、アメリカでは「チャント」と言います)で迎えられていました。

誰が責められるべきなのか

以上が「モントリオール事件」の概要です。

いやはや何とも気が重くなるような事件ですし、ファンとしては心情的にレスラーに同情してしまいます。かつては私自身もブレット寄りの考え方でした。
長年貢献してきたチャンピオンを、公衆の面前で騙し討ちですからね。「ビンスはひどい」と思ってましたよ。

しかし、今では(同情が消えたわけではないものの)正しいのはビンスだと思います。

もしも、ブレットの希望どおりにベルト返上→移籍となっていたら、移籍先のWCWで「WWFでは王座を守りきった。俺がナンバー1だ。だがWCW王座こそ真の王座だ。手に入れるために来たぜ」とか言わされたかもしれません。そうなってしまったら、WWEの面子は丸潰れです。
WCWはWWEよりも上、というストーリーができてしまいます。
そういうリスクは、排除しなければなりません。何より、ブレットが抜けた後もWWEのリングに上がるレスラー達の立場がなくなります。

ビンスは、ブレットを騙すことでWWEを守ったのです。

その後、WWEはさらに過激なストーリー展開に舵を切り、この記事で書いたように、CEOのビンスが自らリングに上がり、汚れ役を引き受けるようになります。
自らビールの海に溺れ、助平面をさらし、股間を蹴られ、小便をもらし、頭を丸坊主にされ、血を流し、カメラ前で泣き……と、CEOにして筆頭株主が自らみっともない役割を果たしたのです。

会社のトップが自ら恥をかいているのに、いくらスターでも、「俺、負けるの嫌だ」とは言えないではありませんか。

そして、後日談

2010年、ビンスとショーン・マイケルズは、実にWWEらしいやり方で、ブレットと和解します。
もちろん、本当の和解は事前に済んでいるのですが、ストーリー上では1月から3月末のレッスルマニア26まで引っ張ったのです。

久々にWWEのリングに姿を現したブレットは、ショーン・マイケルズを呼び出し、色々あったものの、歴史に残る名勝負をやった間柄であることを語り合い、和解しました。
握手し、ハグする2人に万雷の拍手が贈られます。

もう1人和解する必要がある人間がいる、ということで、ブレットはビンスを呼び出します。
やはり握手→ハグに拍手が贈られます。勝者をコールする時のように、ビンスはブレットの手を取り、高く上げた……と思いきや、いきなり急所を蹴り上げたのです!
リングでうずくまるブレットを尻目に悠々と引き上げ、ステージから「ハメてやった」と言い放ちます。

そしてレッスルマニア26に於いて、2人はストリート・ファイト・マッチで再戦することに。反則なし何でもありのルールです。
ブレットは兄弟や現役の弟子タイソン・キッド、デヴィッド・ハート・スミス、姪のナタリアを引き連れて登場。

しかし、リングを取り巻いた家族や仲間の様子が変です。ブレットを見る目が冷たく、しかも距離を置いて立っているではありませんか。口論さえ起きています。
そう、周到なビンスは、彼らを買収した上でこの試合を実現させたのです! 何と悪辣なオーナーでしょうか!

……と思いきや、ブレットはそれを知った上で家族や仲間に買収された振りをさせ、安心したビンスを試合におびき出す作戦だったのです!

「俺をハメたつもりだろうが、俺がお前をハメたんだ!」
ブレットのセリフに、ビンスは速攻で逃げ出そうとするも、ハート一族に捕まってボッコボコにされます。
ラストは、ブレットが立ち上がることもできないビンスの急所を踏みつけた挙句のシャープ・シューターに捕らえ、ビンスは泣き叫びながらマットを叩いてギブアップの意思表示。
ブレットは10数年ぶりに復讐を果たし、めでたしめでたし!

……この時ビンスは既に60代の半ばですから、老人への集団リンチじゃん、とも思えますが、これは恐らくかつて騙したブレットへの、ビンスなりの“禊”だったのではないかと思われます。

会社を守るためとはいえ、10年以上WWEに尽くしてきた男を裏切ったのです。ビンスも人の子、実はずっと申し訳なく思っていて、あえて徹底的な復讐を受けるストーリーを選んだのではないかと。

そして、和解を果たしたブレットは今でも時々リングに上がって、スピーチをしたり、寸劇に加わったりと、いい関係に戻ったようです。
めでたしめでたし。

2016/03/10 10:53 | 全般, 見方 | No Comments

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