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2018/11/02

1995年10月9日の東京ドームで鳴り響いた曲に度肝を抜かれた時のことを、今でもありありと思い出せます。
曲名は「Mannish Boy」。
シカゴブルースのパイオニアのひとり、マディ・ウォーターズの名曲です。マディを知らない方も、あのローリング・ストーンズがバンド名を彼の曲名から取った、といえば、どんだけの人かはご理解いただけると思います。

なぜ度肝を抜かれたのか。
何と、プロレスラーの入場テーマとして使われたのです。
当時も今も、日本のプロレスラーの入場テーマはエレキギターとシンセと打ち込みのドラムの曲がほとんどで、ギターソロはツインギターがハモるみたいな様式があります。
ぶっちゃけ、ダサい曲が多いというか……

それが、50年代のブルースで、しかも1コードの曲で入場してくるプロレスラーがいるとは!

その「Mannish Boy」に乗って堂々と入場したのは、まだ若手の高山善廣。本編の主人公です。

高山さんのこれまでの実績を年代記的に書くのは、このコラムの芸風ではありません。まあ、Wikipediaをご覧いただければ十分かと。

ただ、これだけは言っておきたい。

高山善廣のキャッチフレーズは「帝王」ですが、まさに彼こそ掛け値なしの日本プロレス界の帝王なのです。

日本プロレス界では、新日本プロレスのIWGP王座、全日本プロレスの三冠王座、プロレスリング・ノアのGHC王座が3大王座と言われています。そのシングルとタッグの王座をすべて獲得したただ1人の男、それが高山善廣なのです。

そう言うと、「プロレスの王座は強さの象徴ではないから云々かんぬん」と言い出す奴がいるのですが、もうね、アホかと。
そりゃ確かにプロレスの王座は本当に勝負に勝ったから取れる、というものではありません。その団体が「こいつをチャンピオンにしよう」と決定して、与えられるものです。
じゃあ、芥川賞はどうなのか? グラミー賞はどうなのか? アカデミー賞はどうなのか?
誰かに与えられた賞は、意味がないの?
ましてや、(普通はないと思うけど)芥川賞と直木賞と本屋大賞を取った作家って、凄くないですか?
高山善廣は、まさにそれなんですよ。

敢えて言っちゃえば、ボクシングや総合格闘技の王座なんて、強ければ取れちゃうでしょうが。
どんなにアホでも、どんなに嫌な奴でも、強ければ取れちゃうのが、スポーツ格闘技の王座です。

しかし、プロレスの王座は違います。

これまでのコラムをお読みいただいた方は、一流のプロレスラーに必要なスキルがいかに多岐にわたり、身につけるのが困難なものか、おわかりいただけると思います。
チャンピオンは、その団体の「主人公」であり、「座長」であり、「センター」なのです。

主要3団体を渡り歩いて、全団体で「こいつが王者にふさわしい」と評価され、実際にベルトを腰に巻いたって、とんでもないことなんですよ。

そして、高山さんは総合格闘技の試合にも積極的に挑戦しました。

残念ながら総合格闘技での試合は4戦して全敗。
しかし、そこでもプロレスラーとしての姿勢を崩しませんでした。
作戦を練って手堅く勝ちに行くような試合は一切しません。真っ正面からぶつかって玉砕

PRIDE 21でのドン・フライとの試合は、その壮絶な殴り合いをご覧になった方も多いのではないでしょうか。
見てください、これを。

このド迫力はプロレスだ格闘技だの枠を超えています。
掛け値なしに、世界中の格闘技ファンに伝説的に語り継がれている名勝負なのです。


私が高山さんと知り合ったのは、2013年でした。

彼が代々木上原で経営していた飲み屋さんにお邪魔した時のことです。
その後、まあ常連と言ってもいいような状態になり、プロレス好きのマーケターのオジサンたちで押しかけては長居していたのですが、いつも高山さんは私たちに同席して、けっこうヤバい話も含めてプロレス談義に付き合ってくれました。
そういう人は私たち以外にもたくさんいたのではないでしょうか。

高山さんとは年も同じで、ローリング・ストーンズの熱狂的なファンという共通点もあり、いつも楽しく話をさせていただきました。
Facebookでも「友達」の1人に加えていただき、メッセージのやり取りもかなりの回数になりました。
WWEの来日公演を見に行くと偶然何度も近くの席になり、高山さんの隣の芸能人が来るはずだった最前列の席に、うちの子を2人座らせてくれたこともあります。

「いつもWWEでしか会わないなあ……」と思ってたんですが、それもそのはずで、日本の団体を見に行く時は、高山さんは試合に出てるんですよね(笑)。

写真は高山さんにうちの娘との写真に応じていただいた時のものです(身内の写真はネットに上げない方針なので、トリミングしてあります)。

というようなことだけでも、いかに高山さんがファンを大事にしてくれるか、よくおわかりいただけると思います。
あんな怖い顔をして、本当に親切な人なのです。
WWEのネットの噂さえ出回っていない話、身体を痛めないトレーニングのしかた、ビッグマッチの感想、ストーンズのローディーがアレした話……いろいろな話をしてくれました。
相手はプロレス界の帝王、こっちは一介のファンですよ

おそらく、こうやってやり取りしたのは私だけではないはずです。かなりの人が高山さんの(陳腐な言い方ですが)神対応を受けているはずなんです。
現代日本のプロレス界で最高の実績を残しているのに、それに驕ることなく、1人1人のファンを大切にする人なんです。

そんな高山さんも、2017年5月4日を最後に、リングに上がっていません
当時参戦していたDDTのリングで頸髄損傷という重傷を負い、首から下が麻痺状態になってしまったからです。
一時は生命の危険さえあったのですが、懸命のリハビリの結果、2018年11月現在では肩のあたりまで感覚が戻ってきているそうです。

2018年8月31日、盟友の鈴木みのる選手が中心になって、ほとんどすべての主だったプロレス団体からプロレスラーが集結し、「TAKAYAMANIA EMPIRE」という興行が行われました。
ほとんどオールスター戦と言ってもいいような興行です。
あれだけのメンバーが集まり、解説を小橋建太や佐々木健介が務め、開場前では多くのプロレスラーや格闘家が募金の呼びかけをしていました。
高山さんの人徳なんでしょうね。

今回の記事は、ぶっちゃけ募金の呼びかけです。
美人の奥様や多くのレスラーの支えがあるとはいえ、頸髄損傷という重傷は、とても治療期間が長いのです。

あなたがプロレスファンであれば、たぶん一度は募金されたことがあるでしょう。
うちの娘も、WWEの会場で本当によくしていただいたので、募金が始まった日に小遣いから募金しました。
でも、おそらくまだまだ足らないんです。また、募金してください。私も続けます。

私は1ファンとして、高山善廣がリングに帰ってくるのを見たいんです。せめて自分の足でリングに上がり、引退の挨拶をして、自分の足でリングを降りるだけでもいい。

あなたがプロレスファンでなくても、1ミリでも感じることがあれば、少額でもかまいません。募金していただけませんか? 100円でも、何なら10円でもいいです。

募金の仕方は、高山さんのオフィシャルブログに案内があります。

厚かましいお願いで恐縮ですが、ご協力を心からお願い申し上げます。

※なお、高山さんの「高」は、本当は「はしごだか」です。今時大丈夫だとは思うのですが、UTFでないと表示できない文字ですので、「高」と表記しています。

2016/02/13

2016年2月9日(現地時間8日)、衝撃的な知らせを目にしました。

元WWE世界ヘビー級チャンピオン、ダニエル・ブライアン引退の知らせです。

以前から、負傷からの回復が遅く、復帰は無理なのではないかという噂はありました。それが現実になってしまったのです。もう、残念なんてもんじゃありません。

いつか当コラムでも取り上げるつもりだったレスラーですが、帰ってくると信じていたので、扱うのはけっこう後かな……などと思っていたのに……
残念ながら、こんなことになってしまったので、今回はブライアンについて書こうと思います。
例によって、正確な細かいところよりも、ダニエル・ブライアンという男がいかに凄いか、という話になります。

Bryan_Ryogoku
※2012年の来日公演で

来歴についてはWikipediaの記事でわかりますし、自伝「Yes!: My Improbable Journey to the Main Event of WrestleMania [Kindle版]」もあります。
自伝は、もちろんストーリー上のキャラクターとしてではなく、生身の人間としての自伝なので、かなり胸に迫る大著で、かつマニア的な視点でも楽しめます。
当然オール英語ですが、Kindle付属の辞書を駆使しながらであれば、(プロレス業界用語さえ気をつければ)英語が苦手でも完読できます。ソースは英語力2歳児相当の俺。

ブライアンは弱冠18歳でプロレスラーとなり、ROHをはじめ熱心なファンに支えられた小さな団体を中心に活躍してきました。WWE入りの前は、マスクマンのアメリカン・ドラゴン、本名のブライアン・ダニエルソンとして、FMW、新日本プロレス、プロレスリング・ノアに何度も来日しています。
独立系団体のシーンでは、若くして評判をしっかり確立していた人物なのです。

しかしブライアンが入った当時、WWEは基本的に他団体をこの世に存在しないかのように扱っていました。従って、これまでのキャリアがいかに凄くても、それはなかったも同然の扱いだったのです。

ブライアンのWWEデビューは、番組「NXT」(今のNXTとは異なり、番組名に過ぎませんでした)で、プロレスのキャリアが自分より短いザ・ミズが“プロ”として付けられた“ルーキー”としてでした。

今では、独立系団体で活躍していたレスラーが、最初から大物扱いでWWEデビューできるようになりましたが、そうなったのは、ブライアンやCMパンクらの活躍が大きかったのではないかと思っています。

 

ファンの支持が最大の武器に

率直に言って、プロレスに興味のない人には、何でこの人がそんなに凄いのか、わからないのではないでしょうか?
何だか髪の毛はボサボサ、顔の半分が山羊ヒゲ、イケメンでもなく、背も高くなく、身体がゴツいわけでもありません。まあ、普通に考えて、人気の出る要素は皆無ですよね?

しかし、彼には“人を惹きつける力”があるんです。何というか、無条件に応援したくなるような。
人相なのか、やられっぷりの良さなのか、我が身を顧みない果敢さなのか、はたまたそのすべてなのか……

これは、引退に際してまとめられた、ブライアンのキャリアを振り返る映像です。WWEデビューから、レッスルマニア30でのトリプルHとの対決を勝ち取るまでがまとめられています。

最後の方に、ブライアンの「YES」Tシャツを着たファン(大半が、仕込みではない本当のファンだそうです)がリングを占拠し、トリプルHに直接対決を、そして勝者がレッスルマニア30のメインイベントに参戦することを要求するシーンがあります。4分20秒くらいですかね。

このシーンこそ、ブライアンのキャリアを象徴しているシーンだと思います。
本当の支持がないと、こんな演出自体が成立しません。支持が弱いレスラーの場合、こんなことをしたらブーイングが起きるでしょう。まさにブライアンでしかできない演出なのです。

通常、WWEに限らず、プロレス団体はスターになると期待されるレスラーを売り出します。そこで期待に応えられるレスラーはごく一部です。そして、本当にスターになれるのは、そのうちの更に一握りなのです。最初から脇役扱いされるのも、珍しいことではありません。

率直に言って、ブライアンは脇役に毛が生えた程度の売り出し方でした。ゴールがインターコンチネンタル王座くらいの扱いかなという印象でしたね。

しかし、彼は小さなチャンスを活かし、観客の支持を集め、会社側の想定をはるかに超えるレスラーになったのです。
真の意味で「みんなのチャンピオン」と言えるのは、ダニエル・ブライアンだけなのではないかと思うのです。

前出の映像の後、レッスルマニア30当日、トリプルHとの直接対決を制して、王者ランディ・オートン、第1挑戦者バティスタの試合に食い込み、トリプル・スレット・マッチに出場する権利を得ます。

そして、メインイベントでついに王座を獲得!

映像から、ものっすごい盛り上がりが伝わってくるかと思います。
この日、アンダーテイカーの連勝記録がストップし、なんとなく会場のムードは悲しげだったのですが、完全に吹き飛ばすような盛り上がりです。

ファンの支持を背景に、業界最大の舞台で、頂点に上り詰める。
ダニエル・ブライアンは、そんなことを実現した、数少ないプロレスラーの1人なのです。

 

ヒール時代に訪れた転機

さかのぼって2011年、Smackdown版マネー・イン・ザ・バンク契約書(いつでも世界ヘビー級王座に挑戦できる権利)を保持していたブライアンは、試合後の乱闘で失神していた王者ビッグ・ショーに対して権利を行使、乗っかるだけで王座を奪取します。

▼その時の模様です。

それまでのストーリーで、ビッグ・ショーは「伸び悩むブライアンを励まし、助ける先輩」的な役割だったので、言わば恩人を裏切る形での戴冠です。この王座奪取は、そのままヒール転向を意味しました。

そして、上に紹介した映像にも出て来た、両手を何度も天に突き上げながら「YES!」と叫ぶ“YESチャント”は、世界王座に就いたのを観客に自慢するためのギミックとして始まったのです。

世界ヘビー級王者として、2012年最大の舞台、レッスルマニア28を迎えます。
見に行ったんですよ、これ。ハイ、自慢です。でへへへ。

Bryan_WM28

で、この試合は第1試合でした。大事なオープニングの試合で、王者として入場するブライアン。
やはりYESチャントをしながらの入場です。
……が、ゴングが鳴っても、当時の彼女役のAJリーにチューとかしてたら、挑戦者シェイマスにブローグキックで蹴っ飛ばされ、わずか18秒で敗れて王座を転落します。

現場では「えええええ!?」的な受け止められ方をしつつ、意外にも「いくらヒールとはいえ、あんな扱いはひどいんじゃないか」的な雰囲気がありました。小さい身体でがんばっているブライアンに対して、この扱いはないだろ!的な。
これが、その後のブライアン人気爆発の火種になったのです。

 

YESムーブメント、はじまる

レッスルマニアに限らず、ペイ・パー・ビューは米国時間の日曜夜に行われます。
そして、月曜夜には毎週「RAW」の生放送があるのですが、世界中からレッスルマニアを見に来た濃い〜ファン連中が、せっかくなので月曜まで滞在して、会場で見ていくわけです。
私も当然、見にいきました。

Bryan_RAW_Arena

開場前だというのに、既にたくさん集まった濃い〜連中が、もうYESチャントを散発的にやっていました。その瞬間を撮っていなかったのが残念ですが……

そんな状態なので、「RAW」が始まってからは、ずーーーーっとYESチャントです。
観客がYESと言わないのは、ヒールが攻撃した時に「No!」と言う時だけでした。

そして、生中継が終わった後、たいてい“ダークマッチ”と呼ばれる、テレビに映らない試合があるのですが、その日のダークマッチにブライアンが出ちゃったのです。

Bryan_RAW

この写真、とてもヒールの入場シーンには見えませんよね? もう、会場内はブライアンしか応援できない雰囲気だったんです。
ブライアンの攻撃に「Yes!」、相手の攻撃に「No!」。6人タッグマッチだったのですが、ブライアンが控えに回ると、「We want Bryan!」チャントが発生する始末です。

悪いことに、結末がブライアンが押さえ込まれての負けだったので、観客は収まりません。

結局、アドリブでブライアンが一席ぶって、何とか興行は締まったのですが……

観客はこの調子。こんなのが町に繰り出したので、会場周辺はYESチャントだらけでした。
横スキップ&YESチャントで道を渡っている馬鹿も、そこらじゅうにいましたよ。

 

その後、YESチャントは思わぬ展開を見せ、

野球にも、

アメフトにも、

アイスホッケーにも波及していきます。
そして、いつしか“YESムーブメント”と言われるようになっていったのです。

率直に言って、このYESムーブメントがウケて、ブライアンの人気が上がったという側面もあるとは思います。が、このムーブメント自体、ブライアン以外に起こすことができたとは思われません。

思えば、YESムーブメントはマイアミのアメリカン・エアライン・アリーナで始まったわけですね。
私は、そこにいた1人になれたことは、いささか誇らしさを感じます。

その後、YESムーブメントを逆用し、ヒール時代にはYESチャントに苛ついてひとり「No!」チャントをやるギミックで会場を盛り上げ、ケインとのWWEタッグ王座獲得などを通じ、常にストーリーを盛り上げつつ、ファンの支持の高さから、なし崩し的にベビーフェイス(善玉)再転向

強豪を次々と倒しながらも、トリプルHはじめ首脳の陰謀で王座への道が徹底的に阻まれるストーリーの末、レッスルマニア30で大団円を迎えるわけです。

翌年にはインターコンチネンタル王座も獲得し、WWEが管理するすべての王座に就く“グランドスラム”を達成しました。

しかし、決して大きくない身体で常に全力で試合をしていた代償は大きく、たびたび怪我に悩まされていました。
近年では脳震盪の脳にもたらす障害が重大であることがわかってきており、ブライアンにもドクターストップがかかってしまいました。これ以上の頭部への衝撃は危険だと判断されたのです。

2016年2月8日の生番組「RAW」で、ブライアンは引退を宣言しました。
ファンの後押しで前進していたことが、本人の口から語られています。

リングサイドの手の届く範囲の観客全員に挨拶し、ステージの仲間に見送られ、リングを去りました。

ありがとう、みんなのチャンピオン、ダニエル・ブライアン。
あなたのキャリアを思うと、このくだらない世の中をもうちょっとがんばって生きていこうと思えます。

 

※WWEネットワークの「Daniel Bryan’s Greatest Moments」で、ブライアンのWWE入団テストマッチから引退まで、キャリアの要所要所の試合が見られます。初月度無料です(自主的ステマ。お金はもらってません)

2016/02/07

90年代のある日の電話にて。

テッド・ターナー(CNNの創業者)「ビンス、私もレスリング・ビジネスをやることにしたよ」
ビンス・マクマホン「そうか、おめでとう。だが、私がやっているのはレスリング・ビジネスではなく、エンターテインメント・ビジネスだ」

ビンセント・ケネディ・マクマホン。WWEのCEOです。
プロレスの歴史が編纂されたら、絶対に欠かすことのできない人物です。
彼こそはプロレス業界のゲーム・チェンジャーで、イノベーターなのです。
ジョブズだのザッカーバーグだの、ビンスに比べたら、単なる小僧です!(言い切った)

IMG_0708

※似顔絵です。iPad版Adobe Sketchで描きました。なかなか上手くいきません。

このコラムの第1回第2回の記事でリンクした動画に共通して出てきたビンス。
これまで紹介した動画では、パンツ丸出しで逃げ回ったり、ビクビクしながらリムジンに乗ったところを爆殺されたりしてましたが、彼こそがプロレスをエンターテインメントとして完成させた人物なのです

ビンスの功績は山ほどありますが、どれを取ってもコラム1回分を費やす価値があります。
そこで今回は、「自ら身体を張った!」というところをご紹介して参ります。

絶対に引き抜かれないのは自分だけ

冒頭でご紹介した電話の会話の後、テッド・ターナーは豊富な資金にものを言わせ、NWA系の多くのプロモーターを傘下に収めて対抗勢力“WCW”を立ち上げ、あっという間にWWF(WWEの旧称)に対抗する勢力に成長します。
しかも、WWFの看板生番組、月曜夜の「Monday Night Raw」の裏番組に、発音がクリソツの「Monday Nitro」をぶつけてきて、両者は熾烈な視聴率争いに突入します。
通称「Monday Night War」の始まりです。

資金が豊富なWCWは、莫大なギャラを提示して、WWFのスターを次々と引き抜きます。ハルク・ホーガンまでが引き抜かれる有様です。
何せ敵は、CNNやカトゥーンネットワークを始め、いくつもの放送局を抱える大資本。いくらプロレス界では敵なしだったビンスでも、本気で金を張り合ったら勝てるわけがありません。

さて、では、何があってもWCWに引き抜かれることがない人間は誰か?

……

そう、ビンス自身です。全員引き抜かれて最後に残るのは、ビンス・マクマホンなのです。

悪のオーナー、Mr.マクマホン

どこかで改めて書きますが、ビンスは、自社のチャンピオンだったブレット・ハートを、ストーリー上ではなく、“本当に”だまして王座を取り上げたことで、ファンからは不評を買っていました。
それを逆手にとって、自らを“悪のオーナー、Mr.マクマホン”として売り出したのです!

ビンス入場時にビジョンに流れる映像です。「No chance in Hell」ですよ、「No chance in Hell」!

アンチヒーローのストーン・コールド・スティーブ・オースチンが人気を集めたのに合わせ、ビンスは自ら労働者を搾取する邪悪な経営者キャラを演じたのです。
ムチャクチャな要求をしてレスラーや従業員を苦しめ、気に入らない奴は片っ端から解雇!
You’re fired!!!」(日本語字幕では「貴様はクビだ!」)は、ビンスのキメ台詞のひとつです。日本では(2016年2月時点)アメリカ大統領候補の1人、ドナルド・トランプのキメ台詞と報じられてましたが、本家はビンスです。真似すんじゃねえよ、変な髪型のくせに。

これが、身体を張るということだ!

では、ビンスがいかに身体を張っているか、動画で見ていきましょう。時系列はあんまり気にせず並べてありますので、マニアの方はつっこまないでください。

ストーン・コールド、ついにビンスに直接手を挙げます。しかも得意技スタナーも炸裂。挙げ句の果てに放送禁止ハンドサインを両手で!

ビンスのカッチョイイ車に、ストーン・コールドがセメントを流し込んで破壊。ビンスの顔芸に注目です。

リングサイドでトラックに乗りつけたストーン・コールドが、リングにいるビンス、息子シェイン、悪役だったザ・ロックに向けてビールを噴射! あわてふためいてクロールするビンスのリアクションが秀逸です。

ストーン・コールドの行動はエスカレート。ビンスを拉致し、銃を突きつけて脅します。
ついに引き金が引かれた時、オモチャであったことが判明するのですが、恐怖のあまり、ビンスの股間のあたりに……4:00あたりです。

そして、何度もストーン・コールドに叩きのめされているうちに、ビンスはついにブチ切れて自らリングで闘うことを宣言! 何と、50歳を過ぎてからのプロレスデビューですよ。

元々身体を鍛えてはいたようですが、さらにハードなトレーニングを積んで、リングに上がってしまいます。
ここから、本当にビンスの“身体を張るCEO”としての日々が始まります。
WCWに勝利を収めた後も、身体を張り続けたのです。

息子シェインと対決。家族総出で大乱闘です。
ここに出てくる家族は、妻リンダ、息子シェイン、娘ステファニーの3人とも、本当の家族です。プロレスでありがちな、リングの上だけの家族ではありません。
妻に急所を蹴られ、娘は息子にビンタをかまし、息子は父親を血だるまに。この家族の狂気が伝わる映像です。

ドナルド・トランプとの“バトル・オブ・ビリオネアズ”です。お互いに代理のレスラーを立てて試合をさせ、負けた方が頭を丸めるという勝負です。
当時からトランプの髪型は珍妙ですね。
案の定、ビンスの代理ウマガがトランプの代理ボビー・ラシュリーに敗れ、1:50あたりから強制剃髪されます。
ストーン・コールドが特別レフェリーとして絡み、ビンスを暴行する定番シーンも。

ストーン・コールドが引退した後も、折に触れてはリングに上がり、身体を張り続けます。

何とアンダーテイカーとBuried Alive Match。ジュース(プロレス業界用語で流血)までこなします。

素行不良のオートンにクビを宣告しようとして暴行されます。
顔面ストンピング、パントとも、けっこうハードに当たってます。

乱戦の中、ビッグ・ショーに殴られて昏倒。

CMパンクと試合。その後、CMパンクが自分の結婚式の最中に解雇の電話を受けたことを思うと、味わい深いですね。
最後の方では、ビンスの顔が傷だらけです。

ブロック・レスナーからF5を食らいます。この時、本当に腰を負傷したとか。

ビンスの名場面50連発!

世界中の上場企業のCEOのうち、ここまでやる人がいるでしょうか? 絶対にいませんね。
こうやってCEO自ら率先して身体を張って、血を流し、汚れ役を引き受ける会社が、いったいどこにあるのか。
ただひとつ、WWEだけは、こういうCEOに率いられている会社なのです。

そんなビンスも今や70歳。試合をすることもなくなり、番組に登場する機会も減りました。
しかし、今でも身体を鍛え、時々リングに上がって悪役を演じ、ベビーフェイスに殴られ続けています。
御年70歳にして「マッスル&フィットネス」誌の表紙を飾れるCEO、それがビンス・マクマホンなのです。これが尊敬せずにいられるでしょうか!?

MnF_vince

ほら、ジョブズだのザッカーバーグだの、小僧でしょ?

2016/01/25

究極”という言葉が広く一般に使われ出したのは、「美味しんぼ」あたりで使われてからですかね?

Macプリインストールの辞書を引くと、

① ある物事を推し進めて最後に到達するところ。究竟。「―の目的」
② 物事を最後まできわめること。

ということでした。あんまり軽々しく使う言葉ではなさそうです。

プロレスはエンターテインメント、と何度も書いてきましたが、エンターテイン=“楽しませる”というのは簡単なことではありません。
喜ばせる、怒らせる、笑わせる、悲しませる、スッキリさせる、感動させる、唸らせる、考えさせる……これらすべてを含んだものが、プロレスの場合の“楽しませる”なのです。

そのために、プロレスラーは身体を鍛え、訓練を受け、考え抜いて役割を全うします。
ある人はカリスマ性を売りに、ある人はやられっぷりの良さを売りに、ある人はアクロバティックな飛び技を売りに、ある人は卓越したしゃべりを売りに……あらゆる手を尽くして、ガッツリ観客を満足させようとするのです。

で、ですね、もしも、もしもですよ、“その人がいるだけで、観客が満足する”なんてレスラーがいたら、まさに“究極”だと思いませんか?
存在そのものがエンターテインメント、そんなレスラーがいたら……

い る ん で す !

“究極のプロレスラー”と、私が勝手に認定するのが、ジ・アンダーテイカー(The Undertaker)その人です。
208cm(6フィート10インチ)、135.6kg(299パウンド)の巨大な男で、長年WWEを支えてきた人です。

私のプロフィール写真も、この人にインスパイア()されたものでございます。
このコラムの目的は“くわしい説明”ではなく、“いかにプロレスが楽しいかを伝えること”ですので、詳細は上記リンク先やウィキペディアの記事でも見ていただくとして、“アンダーテイカーがいかに凄いか”だけを書かせていただきます。

Undertaker
※似顔絵です。

キャラクターの迷走を凌駕する“存在感”

不世出のスターである彼も、一朝一夕に“究極”に達したわけではありません。
はるか昔、アンダーテイカーになる前、“パニッシャー・ダイス・モーガン”というリングネームで新日本プロレスに来たことがあるんですが、その時は、残念ながら鳴かず飛ばずでした。私も「ダメじゃん、こいつ」と思ったような。

1990年、WWE(当時WWF)でアンダーテイカーのキャラを与えられてから、彼の躍進は始まります。
アンダーテイカーとはまんま葬儀屋の意なのですが、日本で紹介される時は(まんまだとカッコ悪いからか)“墓堀人”となります。
当時は怪奇派のレスラーはたくさんいました。恐らく、最初は彼もそういうレスラーたちの1人に過ぎなかったのではないかと思います。

キャラ設定の粗さにも、それが表れていると思います。
まず、“葬儀屋”なのに死人キャラ。そして、一言も話さないキャラクターでした。
また、(もう死んでるから)痛みを感じないという訳のわからない設定だったので、殴られても蹴られても投げられても、表情はまったく変わりません。本当は痛いこともあったでしょうに。
マットに叩きつけられて横たわっても、何事もなかったように上半身をムクッと起こすギミックは、今でも“ここぞ”というところで使われています。

そういうテキトーな設定にも関わらず、彼は頭角を現します。
数ある怪奇派レスラーでは終わらないだけの能力を持っていたのです。
WWEデビュー翌年の91年には、レッスルマニアに初出場してジミー・スヌーカに勝利。これを契機に、その後のレッスルマニア連勝記録がスタートします。
同年、何とハルク・ホーガンを破ってWWF世界ヘビー級王座を獲得。短期政権で終わったものの、これは当時としては異例の戴冠劇でした。

同時期に出てきたレスラーの中で頭ひとつ抜けつつも、設定はころころ変わっていきました。

骨壺からのエネルギーで動く設定、“異父弟”のケイン登場、なぜか稲妻を操れる設定、姿を消したり現れたりする設定が加わるのですが、いつの間にか痛みを感じない設定はなくなりました。
しまいには、大型バイクに乗って、革ジャン+バンダナ+ブーツの不良中年“アメリカン・バッド・アス”キャラに。何でも本人が怪奇キャラが嫌になり、普段のまんまの自分をギミックにしたのだとか。

しばらくすると、結局は葬儀屋キャラに戻るという、何だかわからない状態で、これは設定が迷走したと言ってもいいのではないかと。

しかし、ファンは一貫して(ヒール時代も)アンダーテイカーを支持し、現在に至っても絶大な人気を誇っています。
つまり、キャラの変化に関係なく、“アンダーテイカーそのもの”が支持されているのです。

 

アンダーテイカーの凄さは、次元が違う

では、アンダーテイカーの何がそんなに凄いのか。

  • 巨体にもかかわらず素速く動ける身体能力。
  • リング内からトップロープのずっと上を飛び越えられる瞬発力。
  • 特長ある決め技の数々。
  • 動きの緩急、静と動の組み合わせの妙。
  • 長丁場の試合の組み立てもうまく、30分以上試合をしても、終始飽きさせない上手さ。

こんなのはごく一部です。言い出したら終わらないくらい凄いところはありますよ。
しかし、彼の本当の凄さは、こうしたこととは違う次元にあるのです。

アンダーテイカーが本当に素晴らしいのは、

“出てくるだけで凄い”

これに尽きます。

出てくるだけ、ただいるだけでも凄いんです!

それが、彼を他のあまたのスーパースターと隔てているです。
最初の方で書いた“その人がいるだけで、観客が満足する”を体現しているのなんて、アンダーテイカー以外にはいないのです。

会場が暗転すると同時に鐘の音が鳴り響くだけで、場内の盛り上がりは速攻でMAXになります。
ある意味、“出てくる前から”観客の心を掴んでしまうわけですから、“出てくるだけ”という表現は正確ではないかもしれません。

まあ、ちょっとこの動画を見てくださいよ。

鐘の音が鳴ってから試合のゴングまで、長いと5分以上かかりますが、観客の目はその間アンダーテイカーに釘付け
私も、アンダーテイカーの入場は、毎度毎度同じなのに、ジッと見入ってしまいます。

前回も書いたように、入場シーンはレスラーにとってすこぶる重要です。誰もが色々な工夫をこらして、盛り上げようと努力するものです。

が、アンダーテイカーは、基本、“ゆっくり歩いて、たまに白目をむく”だけ。
たったこれだけしかやらないのに、数千人から数万人の耳目を自分だけに集中させることができるんです。

よく、「武道の極意は“闘わずして勝つこと”」なんて言いますよね?
プロレス的には、“試合をしなくても盛り上げること”が極意なのではないかと。
アンダーテイカーがその“極意”に到達したということは、間違いないと思っております。

 

The winning streak was over

そして、先ほどサラッと「レッスルマニア連勝記録」と書きましたが、初レッスルマニアのジミー・スヌーカ戦を皮切りに、2014年のレッスルマニア30でブロック・レスナーに敗れるまで、何と21連勝の結果を残しています。

2回目に書いたように、試合結果はあらかじめ決まってはいます。
が、とにかく2013年までは、レッスルマニアで負けていないのは、アンダーテイカーだけだったのです。

恐らく何年か経ってから、誰かがアンダーテイカーがレッスルマニアで負けていないことに気づいて、それをギミックに変えたのではないかと邪推してるんですが、とにかく、彼の連勝記録はレッスルマニアのひとつの売りになったのです。
COOのポール・レヴェスク(リングネームは“トリプルH”)曰く、「アンダーテイカーの連勝記録が興味を引くので、カードも決まらないうちからチケットが売れる」とか。

何でもレスナーに負けて連勝記録を終わらせたのは、アンダーテイカー自らの希望だそうです。
これはインパクトのある試合結果ですから、リークを防ぐため、経営陣と本人たち以外のほとんどの人間に伏せられており、何とレフェリーまで知らされていなかったとのことです。
なので、アンダーテイカーが負けたのを見たレスラーたちも驚いたくらいですから、観客の驚きたるやたいへんなものでした。

我が家でも、子供たちと3人で見ていたのですが、カウントが3つ入った瞬間、一斉に「ええええっ!?」と叫び声が上がりました。もちろん、私も同様でした、
会場のビジョンに映った「21-1」(21勝1敗の意)の数字を見ても、現実のこととは思えない。
そのレベルの衝撃だったのです。

私はもちろん、子供たちもプロレスがエンターテインメントであることは百も承知です。
しかし、事前に結末を知らなければ、衝撃的な結末はやっぱり衝撃なんですよ。
上でご紹介した観客以外にも多くの人が衝撃を受けたようです。お時間のある時にでも、「undertaker winning streak end reaction」で動画検索してみてください。すっごいリアクションが山ほど見られます。

翌2015年のレッスルマニア31ではブレイ・ワイアットを相手に勝利しましたが、連勝記録そのものは終わってしまいました。
彼が自ら望んで連勝記録を終わらせた、という事実は重いのです。

長年WWEを、いや、世界のプロレス業界を牽引してきた男が、いよいよ引退を本気で考えているのではないかという気がしてならないのです。

2016年4月3日、ダラス(アーリントン)で行われるレッスルマニア32。
史上最大の観客数が見込まれており、しかもアンダーテイカーの地元テキサスでの開催です。
ここで彼は引退するのではないかと、ファンの間では憶測されています。
しかし、本日現在まともなチケットは入手不可能です。
WWEネットワークで見るしかないのか……(勝手ステマ。お金はもらってません)

ファンの1人として、しっかり見届けたいと思います。