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2017/11/21

和製英語だらけのプロレス技

和製英語、よくありますよね。ナイター(英語ではnight game)とかガソリンスタンド(英語ではgas station)とか。
さらに、テンションとかセレブリティとか、英語と微妙に意味合いが異なる使われ方をしている言葉を入れると、私たちはかなりの和製英語を使っています。

意外なことに、アメリカのエンターテインメントをまんま輸入したはずのプロレスでも、実は非常に多くの和製英語が氾濫しているのです。
日本でも、プロレス技の名前はほとんど英語ではあるのですが、実はけっこうな割合で、英語ではなくカタカナ語だったりするんですよ、これが。

ラリアット


スタン・ハンセンが創始者のこの技、今ではプロレスの代表的な技のひとつで、世界中どこでも、1興行で最低1回は出てくる技です。
が、アメリカでは基本「lariat」とは言いません。「clothesline」が一般的な名称なんですよ、実は。

直訳は「物干しロープ」で、物干しロープに首を引っ掛けて転んでしまうことが由来とのことです。
ちなみに、スタン・ハンセンはアメリカではスタン・“ザ・ラリアット”・ハンセンなので、元はニックネームなんですかね。
なおここ数年は、日本のプロレスに詳しいアナウンサーが敢えて「lariat」と呼んだり、わざと日本語発音で「rariattoooooooo!!」とか言ったりしますが、マニア受けを狙っただけだと思われ、一般名詞としてはあくまでclotheslineなのです。

スープレックス


プロレスの神様カール・ゴッチ曰く「スープレックスと呼んでいいのはジャーマン・スープレックスだけ」だそうですが、実況を聞いている限り、自分が後ろに倒れながら頭越しに投げる技は、全部「suplex」と呼ばれています。

たとえばバックドロップは「back suplex」、

ブレーンバスターは「vertical suplex」、

フロント・スープレックスは「belly to belly suplex」、

サイド・スープレックスは「gutwrench suplex」


ですが、そんな区別をしないで単にsuplexと言われる場合がほとんどです。
(Wikipedia風に言うと“独自研究”ですが)下図Aのような投げ方をする技がsuplex、Bのような投げ方をする技がdrop、と言われているようです。

図A

図B

ロック様の「Samoan Drop」ですね。
サモア系のレスラーしか使わない技です。サモア人はムチャクチャ強いので、おそらく他の人種が使うと殺されるのでしょう。

なお、日本では“雪崩式”と言われる、トップロープからの投げ技は、「superplex」と言います。

 

コブラツイスト


ディック・ハットンが開発し、日本ではあのアントニオ猪木が使い手だったこの技、これも和製英語で、アメリカでは「abdominal stretch」と言います。
確かに、「cobra twist」と書いてみると、何となく珍妙な気がします。用法的にはどうかわかりませんが、少なくともプロレス技の英語名としてはおかしいような……

ローリング・クラッチ・ホールド


日本語で回転エビ固めということが多いとは思いますが、上記の横文字も使われます。
が、アメリカで「rolling clutch hold」と言っているのを聞いたことがありません。
何と「sunset flip」と言うんですよ。

古くからのファンにとっては、サンセット・フリップと言えば、マイティ井上が前宙して背中から相手の上に落ちる技が浮かぶと思いますが、それは「senton」。日本では「セントーン」と言うとジャンプして素直に背中から相手の上に落ちる技のことですが、アメリカではケツから相手の上から落ちる技は、みんな「senton」です。
※スペイン語「sentón」が元で、「尻餅」のことみたいです。

ショルダー・スルー

プロレスならではの技で、走ってくる相手を空中に跳ね上げ、後ろに落とす技です。
これを食らった時のリック・フレアーのリアクションが素晴らしいのですが、それはまた別の機会に。

これは「back body drop」と言います。「後ろ身体落とし」何のひねりもありませんね。

エルボースマッシュ


左手で相手の首を取り、下から回した右腕で相手の顎をカチ上げるこの技、ドリー・ファンク・ジュニアなんかが得意にしていました。
これがなぜか「European uppercut」。ヨーロッパのレスラーがよく使ってたからだそうです。

フライング・ボディ・シザース・ドロップ


走って正面から飛び上がって、脚で相手の胴を挟み込み、そのまま押し潰す技です。
これが何と「Lou Thesz press」。ルー・テーズさんがオリジナルなんですね。

各種キック

キック全般はもちろんkickですが、日本とはその中身が異なります。

boot


こういう正面から蹴るキックは、bootと言います。
ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンのファンの皆様は「bootleg」(非公式な音源から作られる海賊盤)の略語を連想する向きもあるかもしれませんが、無関係です。

super kick


何がスーパーなのかはわかりませんが。
いわゆる後ろ蹴りです。日本ではトラース・キックなんて言いますが、英語にはそれに該当する言葉がなく、語源不明だそうです。

heel kick


こうした飛び後ろ回し蹴りを日本ではニール・キックと呼びますが、恐らく最初に訳した人が読み間違えたのではないかと。
聞いて間違えるとは思えませんが、「n」と「h」は、字が下手な人が書くと似てますしね。

sharp shooter


滑舌の悪さで有名な長州力の得意技サソリ固めのことです。

ただし、シャープ・シューターの方が一般的になったのには変わった経緯があります。
元々は、WCW(WWEと真っ向勝負した唯一のガチ競合)のトップスターだったスティング(notミュージシャン)が、サソリ固めを英訳した「scorpion death lock」として使っていました。

同じ技をWWEのブレット・ハートも使ったのですが、差別化のためかシャープ・シューターと名前を変更。他のレスラーが使っても、WWEではあくまでシャープ・シューターという名称を貫きました。その後、WCWはWWEに買収されてしまったので、名前もシャープ・シューターしか残らなかった、というわけです。

スティングが後にWWEのリングに上がった時は「scorpion death lock」を使用しましたが、その頃には一般名称が「シャープ…」で、スティング用の特殊な名前が「スコーピオン…」という状態になっていたのです。
なお、WWEは公式に動画を制作し、「sharp shooterの本家は、長州力のscorpion death lockだ」と認めています

というわけで、プロレス英語の道は奥が深いのであります。

2017/10/31

ご無沙汰してしまいました。
変にまとまった投稿をしようとするあまり、実は書きかけばかり何本も溜まっている状態です。
面目ありません。そんな期待もされてないか。

それでも、間隔が空いてしまうのはよくない気がしてきたので、ちょっと1本あたりは短くても投稿しようかなと。
今回はその第1弾です。
えー、今後、必ず更新頻度が上がることを保証するものではありません。

 

さて、プロレスに詳しくない人でも、「技をかけるという言い方は、普通にご存知でしょう。
そう、「技」は「かける」ものなんです。

で、この「かける」、英語で何というかご存知ですか?

伝統的には、「apply」なんですよ、これが。
他動詞だと、「応用する」「当てはめる」「一生懸命やる」「(薬を)塗る」「用いる」……と、広い範囲をカバーする言葉です。
日本語の「かける」も、たいがい範囲が広い言葉ですが、「apply」も負けてません。

エド・“ストラングラー”・ルイスの古い技術書なんかにも、「Applying wrist lock」なんてキャプションがついてました。

で、WWEの番組を見ていると、「deliver」も使われていることがわかります。
「Delivered Styles Clash to Kevin Owens!!」という感じで。
辞書を引くと、「届ける」「配達する」「提供する」「達成する」……とある中で、「(打撃などを)与える」という意味もあるようです。

ニュアンスとしては、「apply」が「かける」、「deliver」が「くらわせる」ってところでしょうかね? 知らんけど。

そして、いつの頃からは判然としませんが、短い技の名前の場合、まんま技名が動詞として使われるのも、よく聞くようになりました。

「RKOをかけた」が「RKOed」とか、「彼にペディグリーをかける」が「Pedigree him」とか。

「検索しろ」が「Google it」になるのと同じなんでしょうが、日本語でも「ググる」になるくらい一般的ならわかるんですが、こういう特定業界だけの名詞も、動詞になったりするんですね。

こんなん書いてきて、英語できる人にとっては当たり前だったら恥ずかしいけど、生まれてこのかた日本人で、日本語ネイティブ極まりないオジサンの、キュートな努力をほほえましく見守ってください、

2017/01/09

少々遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

昨年の1月に開始した本コラムですが、不定期ながら1年間続けることができました。今後もネタだけは豊富にありますので、鋭意続行する所存でございます。
今後とも、変わらぬご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

さて、1月。
プロレスファン的には、1月と言えば1月4日に毎年開催される新日本プロレスの東京ドームを連想する向きも多いことでしょう。メインのオカダ・カズチカ×ケニー・オメガの試合は確かに素晴らしかったと思います。
しかし!我々WWEファンにとっては、何と言っても1月は「ロイヤルランブル」です!

「ロイヤルランブル」とは、ペイ・パー・ビュー(PPV)大会の名称でありつつ、非常に特徴ある試合形式の名称でもあります。
イベントとしては、レッスルマニア、サマースラム、サバイバーシリーズと並び、WWEの“4大PPV”のひとつです。
例年1月下旬に開催され、今年2017年は30回目の記念すべき大会となります。そして、例年は1万〜2万人キャパの会場が選ばれるところ、今回は7万人を収容するテキサスのアラモドームでの開催。これはプロレス界最大のイベントであるレッスルマニアに匹敵する規模です。

最大の呼び物になるのが、そのまんま「ロイヤル・ランブル・マッチ」。30人(2011年だけ40人でした)のスーパースターが参加する一種のバトルロイヤルなのですが、ちょっとしたアレンジで、単なるバトルロイヤルとは一線を画しているのです。

ご存知の方も多いでしょうが、バトルロイヤルはプロレスの試合形式のひとつです。自分以外は全員が敵で、最後に勝ち残ったレスラーが優勝者となる形式です。
アメリカでのバトルロイヤルは、通常“オーバー・ザ・トップロープ・ルール”が適用され、トップロープ越しに場外に落ちて、床に足がついたら負けになります。うっかり落ちても負けは負けです。
これにより、格上のレスラーが勝つとは限らない展開が可能になり、最後まで展開が読めない試合形式になるのです。

これに加え、ロイヤルランブルでは“時間差入場”という工夫がされています。これが最大の特徴となっています。最初は2人のレスラーで試合が開始され、以後、2分間隔で1人ずつ入場して試合に加わっていくのです。

▼WWEによるロイヤルランブル2017の予告編

「時間差で入場する」たったこれだけの工夫で、多くの盛り上がりが演出できるんです。
たとえば……

次に誰が出てくるかというワクワク感を演出

出場者は、試合開始まで全員は発表されません。また、原則として入場順も非公開です。会場のスクリーンには次のレスラーが出てくるまでのタイマーが表示されますので、会場はカウントダウンの大合唱となり、テーマ曲がかかった時にはドカーンと盛り上がるわけです。

サプライズ登場の舞台に

長期欠場していたレスラーの復帰や、新しいレスラーの初登場などの舞台として使われることが多く、これまた爆発的に盛り上がります。
2010年には、負傷欠場していたエッジが終盤で突然復帰した挙げ句、優勝をかっさらい、爆発的な盛り上がりでした。
昨年2016年には、つい21日前に新日本プロレスの東京ドーム大会に出ていたAJスタイルズが登場、ファンを驚かせています。

試合がダレない

ロイヤルランブルは、2分おきに30人が登場するわけなので、試合時間は確実に1時間を超えます。入場が28回で、それだけで56分ですからね。
それだけの長丁場を、同じメンバーでダレずに試合をするには、それはそれは高いスキルが必要になります。
しかし、2分ずつ時間差入場すれば、2分に1回は必ず見せ場が作れますので、レスラーのスキルに頼らなくでも、長尺の試合が成立するわけです。

参戦する人の幅が広げられる

前項のように出番が短時間で済むので、プロレスラーでなくても参加できる余地があります。
過去には、フットボーラーやバスケットボール選手が参戦したこともありますし、引退した元レスラーや、女子プロレスラーも出てきました。
当然そういう人は、体力的・技術的に普通のプロレスの試合をすることができません。しかし、ちょっと出て行ってすぐに落とされてしまう分には、何とかなるわけです。
そうしたアトラクションも可能な試合形式なのです。

 

さて、そんなロイヤルランブル、かつてはWWE王座が賭けられたりしてたのですが、ここしばらくは優勝者に与えられる権利は統一されています。
すなわち、春の大祭典レッスルマニアのメインイベントの出る権利です。ロイヤルランブルの優勝者は、無条件にレッスルマニアの最後の試合に出ることができるのです。
ほとんどの場合、レッスルマニアのメインイベントは最高峰王座のタイトルマッチですから、WWE世界王座あるいはWWEユニバーサル王座に挑戦することになります。
プロレス業界最大のイベントで、主人公のひとりになる者が、ここで決まるんですよ、これが!

ロイヤルランブルは1月30日(現地時間29日)です。下の動画をご覧いただくとわかるように、初めての人が何となく見ても、メチャクチャ楽しめるのがロイヤルランブルです。
日本でも、WWEネットワークでご覧になれます。初月無料ですので、ご興味のある方はぜひお仲間に(勝手ステマ。お金はもらってません。何ならください)。

▼ロイヤルランブル転落シーン100連続

2016/11/30

日本のプロレス団体は、ほとんどが自前でレスラーを育てます。
実績あるアスリートを入れる場合もありますが、基本的には体力テストをパスした素人を、団体が育てて一人前にするのが一般的です。
新卒の学生を採用して、研修やOJTで一人前に育てる日本企業と同じですね。
プロレス団体の場合は、素質ある若者をスカウトして育てる、相撲部屋のあり方を継承しているわけですが、日本企業も職人の徒弟制度や商店の丁稚のやり方を引き継いでいるのかもしれませんね。

一方アメリカでは、学校で専門教育を受けて、そのスキルを背景に企業に就職すると言われています。いや、ホントはよく知りませんけど。
そういう社会だからか、アメリカのプロレス団体のほとんどは、レスラーを育成しません
1950年代あたりまでは、学校や町のレスリングジムで技術を身につけた人が、それ以降は主に引退したプロレスラーが経営するレスリングスクールでプロレスを教わった人がプロレスラーになっていました。
前座で経験を積むのはOJTみたいなものですが、「仕事に就く前に基礎は学んでくる」というのが基本的なスタンスです。

このコラムで毎度取り上げているWWEも、原則としてプロレスラーとしてのスキルを持った者が上がるリングです。
スクール上がり以外にも、他団体で名を上げたレスラーを好条件で引き抜いて、完成品のレスラーによるショーを構成しています。
ショー全体の構成が重要なので、第1試合にデビューしたての無名の若手が試合をすることはなく、最初の試合からメインイベントまで、プロによる完成したショーを目指すのです。
第1試合に世界王座戦が行われることさえ珍しくありません。

しかし、WWEが少し変わっているのは、地方の小さな団体と提携して、「ディペロップメント団体」と位置づけ、スカウトした素人の若者を預けて実践させ、育ったところでWWEのリングに上げるシステムを採用していたところです。
今のベテラン勢の多くは、そうして育成されたレスラー達です。
1980年代半ばからWWEは全米に進出し、各地の弱小団体を次々と解散に追い込んでいましたので、将来の引き抜き元を自ら潰していたわけですよね。
もしそのまま全米を制覇してしまうと、新しいレスラーの供給ルートがなくなってしまいます。
ディペロップメント団体は、そうならないための制度だったのでしょう。

時代は下り、WWEはガッツリ提携していたディペロップメント団体「FCW(フロリダ・チャンピオンシップ・レスリング)」を2012年から完全に自社に組み込み、nextを意味する「NXT」という社内の事業部門としました。

そして、フロリダ州オーランドに自社のトレーニング施設「WWEパフォーマンス・センター」を設立、自社による選手の育成に着手したのです。

パフォーマンスセンターは、世界最高峰のプロレスラー養成施設です。
ありとあらゆるトレーニング器具が完備され、コーチの指導の下に実に豊富なトレーニングができるようになっています。
練習用リングは何と7つ。柔らかいスポンジのマットを詰めた、空中技の練習専用のリングもあります。
しゃべくりの練習ができるブースも複数あり、しゃべる姿を録画してその場で確認できるようになっています。登場でインパクトを与える訓練のため、小型のステージとエントランスまで備えられているのです。

WWE Performance Center

▲WWEパフォーマンスセンター。ローリング・ストーンズを見に行った時、見に行きました!

このパフォーマンスセンターで、他ジャンルの経験を持つアスリートや体力テストをクリアした若者が、元プロレスラーのトレーナー達によって訓練されるのです。
「プロレスのリングで求められるスキル」を徹底的に叩き込まれ、リングに上がるに足るレベルに達したと判断されると、まずはNXTでデビューとなります。
言わば、NXTはWWEの二軍という位置付けです。

サラッと「二軍」と書きましたが、このNXT、いわゆる二軍の域をいささか逸脱しています。

NXTは、基本的にWWEと提携するフルセイル大学のホールでショーが行われ、番組を収録してWWEネットワークのウィークリー番組として放送される形でスタート。今でも基本的なフォーマットは同じです。
しかし、番組の人気が上がってくると、フルセイル大学から飛び出して全米をサーキットするようになり、万単位の観客を集めるペイ・パー・ビューの大会を何度も開くようになっていきました。
そして、米国内にとどまらず、海外にまで遠征するようになり、2016年12月3日には、ついに大阪で来日公演が実現します。

結果的に、WWEが小規模な団体をもう1つ作ったも同然。そうなると、純粋に将来のスターを育成するためだけでなく、団体としての集客力が問われてくるわけです。
やがて、他団体のトップスターを引き抜き、NXTのスターとするのが常態化してきます。

そのスカウト網は世界中に拡がり、当然、日本にもその手は伸びてきます。
プロレスリング・ノアKENTAが、何とハルク・ホーガンがWWE代理人として契約、ヒデオ・イタミとしてデビューしたのを皮切りに、日本人レスラーが特別待遇で招かれます。

フリーの女子プロレスラー華名がASUKA(notシャブ)としてデビュー、破竹の快進撃でNXT女子王者に上り詰めました。
2016年12月1日現在、未だに負けなしの完全別格扱いです。

そして、新日本プロレス中邑真輔は、本名のままデビュー、前王者フィン・ベイラーを破って王座挑戦権を獲得、初挑戦でサモア・ジョーを倒してNXT王座を奪取しました。
デビューからわずか4カ月半での快挙です。
残念ながら11月19日にサモア・ジョーに奪回されましたが、12月上旬の日本→オセアニアのツアーで再度取り戻す予定だとか何とかいうもあります。
いや、だったら12月3日の大阪しかないでしょ!

さて、NXTが特殊な「二軍」というのには、もう1つの理由があります。

それは、「多くの場合、NXT王者が一軍(RAW、SMACK DOWN)に上がると、いきなりトップスター扱い」ということです。
野球なんかだと、よほどの才能がないと、二軍上がりは一軍の下っ端からスタートですよね? が、NXTの場合、スタートからトップなのです。

それは、歴代の王者の現在を見ると、明らかです。

  • 初代 セス・ロリンズ
    レッスルマニアでWWE世界ヘビー級王座奪取。押しも押されもせぬトップスターの1人に。
  • 第2代 ビッグ・E・ラングストン
    一時期NXTとWWE本隊を兼務。NXTではベビーフェイス(善玉)、WWEではヒール(悪役)というユニークな地位にいた。「ビッグE」に改名後、現在ではタッグ王者New Dayのリーダーとしてトークの才能が開花、大人気スターに。
  • 第3代 ボー・ダラス
    “うざい自己啓発系ヒール”としてトップグループに食い込むかに見えたが、イマイチ伸びず。現在では下位グループに。
  • 第4代 エイドリアン・ネヴィル
    日本では「PAC」の名前でジュニアヘビー級の頂点に君臨。IWGPジュニアヘビー級王座にも就く。「ネヴィル」と改名してWWEデビュー後、トップスター中のトップスター、ジョン・シナと互角の勝負をするも、怪我をして以来、中堅どころに落ち着いてしまったか。
    ※「IWGPジュニアヘビー級王座に就いたことはない」というご指摘をいただきました。申し訳ありません。謹んで訂正いたします。
  • 第5代 サミ・ゼイン
    かつては「エル・ジェネリコ」の名前で来日の経験もある、独立系団体のスター。ジョン・シナとの好勝負を演じるも負傷、王座を狙う第2グループあたりで活躍中。
  • 第6代 ケビン・オーエンズ
    WWEデビュー戦でジョン・シナを破るという異例の大抜擢を受け、その後も常にトップグループで活躍、12月1日現在はRAWのトップを意味するWWEユニバーサル王者を保持している。
  • 第7代 フィン・ベイラー
    日本では「プリンス・デヴィット」として、ネヴィルとのライバル関係で人気を博す。IWGPジュニアヘビー級王座も保持していた。
    日本公演でオーエンズを破ってNXT王座を奪取するという異例(PPVやテレビ放送のない興行での王座移動は異例)の王座獲得を果たす。
    WWE一軍デビューからわずか2戦目でセス・ロリンズを撃破してWWEユニバーサル王者になるという破格の扱いを受けるものの、その一戦で肩を負傷して王座を返上、現在欠場中。

以下は現在もNXTに所属しています。

  • 第8代 サモア・ジョー
  • 第9代 中邑真輔
  • 第10代 サモア・ジョー

これで明らかなように、NXT王者経験者は、かなりの確率ですぐに一軍のトップグループに入っています。
我らが中邑真輔は、ベイラーを倒して挑戦権を得ただけでなく、ハウスショー(テレビ放送のない興行)ではオーエンズにも勝っています。
ということは、WWEでの設定上、中邑は「初代と第2代のユニバーサル王者より強い」ということなのです。
であれば、一軍入りしたら、中邑はいきなりトップグループで始まる可能性が高いのです!

※念のためですが、「中邑真輔」ですからね。中村俊輔じゃありませんよ。
ちなみにGoogleで検索すると、「shinsuke nakamura」の方が、「shunsuke nakamura」よりも桁違いに検索結果が多いです。
世界(というかアメリカか)では、中邑真輔の方が上なんです!

「いきなりトップ」なのは、女子も同じです。
現在のRAWおよびSmackdownの女子王者、シャーロットとベッキー・リンチは、2人ともNXTから昇格してすぐにトップグループに入り、語り継がれるような名勝負を何度も繰り返し、頂点を極めたのです。
ということは!現王者ASUKAが昇格したら、いきなりトップグループ間違いありません!

このように、NXTのトップどころは、ほぼそのまま1年後のWWEのトップグループなのです。
単なる二軍ではない、ということはおわかりいただけると思います。

そんなNXT、ついに日本初上陸を果たします。
12月3日、大阪のエディオンアリーナ。私も東京から見に行きます。
まだいい席がちょっと余ってるようなので、ちょろっと買って、見てみませんか?

君たち、エディオンアリーナでボクと握手!

2016/09/19
1980年代の半ば、現在オッサンの私にも、大学生だった時代がありました。
ご多分に漏れずアルバイトなんかもしていたのですが、その中で最も強く記憶しているのが、“リング屋”さんでした。
そう、プロレスのリングの運搬と組み立て、撤収を請け負う仕事です。
今はなき「UWF」という団体、それも「第1次」の方で、何度か手伝わせていただきました。
新日本プロレスとUWFのリング屋を請け負っていた某社の社長の息子が、たまたま大学の同級生だった関係で、声がかかったのです。
リング屋アルバイトを通じて見聞した話だけで何本か書けるのですが、今回はリングの構造について、書きたいと思います。知らないですよね、リングの構造?
フッフッフ、私は知ってます! 何せ荷下しから撤収までの各工程をすべて、少なくとも一度はやりましたからね。
なお、あくまで私が知っているのは「新日本プロレスとUWF」のリングだけです。他団体のリングについては、知ってる範囲で注記します。

リングのつくりかた

リング設営は、まず四隅の鉄柱を置くところから始まります。
この鉄柱、クッソ重いのですが、1人で担がされます。
最近、インディ団体のリング設営の写真を見て、若手レスラーが2人がかりで担いでるのを見たのですが、嘆かわしいことです。レスラーのくせに何と軟弱な……1人で担げよ!
床を傷つけたり全体がずれたりするのを防ぐため、頑丈なゴムのシートを敷き、その上に置かれることになります。
01_steel_post
次に、各辺の真ん中に1つずつと、全体のど真ん中に1つ、マットまでの高さの支柱を計5本立て、それぞれの間を鉄骨で繋ぎます。全体としては田の字型になりますね。
ちなみに全日本プロレスでは、鉄骨ではなく木材を使っているそうです。
柱どうしはケーブルでしっかり固定されます。
02_flames
続いて、厚くて固いを、骨組みの上に並べて敷き詰めます。
03_bourds
この上からマットを敷くのですが、まずは厚いゴム(恐らく鉄柱の下に敷いたのと同じ材質)を敷きます。
04_rubber
その上から2センチ厚くらいのフェルトを敷き詰めます。
何と、マットはこれだけ。敷きながら、「こんなもんで衝撃を吸収できんのかよ?」と思ってました。
推定ですが、投げ技でレスラーがマットに叩きつけられた時の「バン!」という音は、演出的にけっこう重要ですから、分厚いマットで音が消えてしまわないようにしたのではないかと思います。
なお、全日本は板の上に普通の体操で使うマットを敷いていました。まあ、ないよりはいいのでしょう。
05_felt
マット類を弛みなく敷き詰めたら、キャンバスのシートを掛け、下図のようにロープで鉄骨に固定していきます。
シワがよってしまうと、足を取られて負傷する可能性がありますから、この作業はとても重要。
手の空いている者が全員で、1つずつキツく締めていくため、けっこうな時間がかかるのです。
下図の要領で、鉄骨に溶接されたフックにロープで締めていきます。
06_cambus
ロープを3Dで再現するのはめんどうくさいので、省略。
07_cambus
お次はロープです。
ロープといっても、ワイヤーにゴムを被せたものです。WWEでは、ワイヤーは絶対に使わず、繊維のロープだけを使うそうです。
全体が輪のようにつながっているため、1人1本ずつ、肩にかけて運搬するのですが、何せワイヤーですから、とにかく重い!
バイト翌日は肩に食い込んだロープの形にアザになるほどです。
金具で鉄柱にロープを固定して、申し訳程度のカバーを付けます。
なお、ロープがピーンと張るように金具を締めるのは、試合直前。それまでは、やや緩い状態にしておきます。
4つのコーナーにコーナーポストをくくりつけます。
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最後に、エプロンに垂れ幕を掛け、その裏に備品(階段、ビニールテープで補強したビール瓶に水を入れたのをまとめたバケツなど)をしまい、完成です!
ちなみにビール瓶の水を使っているところを見たことがありません。
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この後は売店の設営です。
シリーズ共通パンフに対戦カードのスタンプを押したり、グッズや釣り銭箱を並べたり。
開場後は売店の売り子仕事がありますが、設営が終わったらしばし休憩。
仕出しの弁当を食べて、後は選手が会場入りするまでは自由時間なのです。
本当はいけないらしいのですが、目の前にモノホンのリングがあるのに、大人しくしているわけがありません!
もちろん、プロレスごっこon the本物のリングとなるわけですよ。
さて、それでは、本物のリングに上がったことがないとわからない、プロレスのリングの秘密をお話ししましょう!

 ロープは痛い

プロレスをあまりご存知ない方でも、レスラーがロープに走って、反動で戻る動きには覚えがあると思います。
あれ、プロレスラーは顔色ひとつ変えずにやってますが、ロープに当たるとメッチャ痛いです。
うっかり強めに当たりに行ったら、その場でうずくまりました。
鍛えてるとはいえ、プロレスラーだって本当は痛いはずです。我慢してるんですよ、あれはきっと。

トップロープから見下ろしたリング

リングに上がったら、やはりトップロープに上ってみたくなるのは人情というものです。当然ながら私も上りました。
あのー、スキーなんかで、下から見ると大した斜面に見えなくても、いざ上がって滑ろうとすると、すんごく急な斜面に見えたりすることがありますよね? 大げさでなく、垂直に近いような錯覚をする場合さえあります。
類似の現象は、トップロープの上でも起きました。
もんのすごく高い所に立ってるような印象を受け、リング全体が節分の豆まきの枡くらいに見えるのです。
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誇張抜きで、こんな感じに見えます。
トップロープで立ち上がると、目の高さはマットから3mくらいの高さになりますから、確かに結構な高さではあるのですが、想定を大きく超える恐怖感がありました。
上った時は華麗にダイブしようと思っていましたが、そのままスゴスゴとコーナーから下りましたとさ。

カウントはつらいよ

プロレスごっこのレフェリー役をさせられた時、当然フォールの際にはマットを叩いてカウントするわけですが、あれがね、大変なんですよ。
軽く叩いてると、ゴッツイ先輩たちから「音がちっちぇえ! ちゃんと叩け!」と怒られたので、大きい音がするように叩くと……
叩くと……
痛え! 痛えよ!
薄いとはいえマットがあるので、叩く音は弱まります。その上で、大会場の後ろの席でも聞こえるような音量でマットを叩くのは、なかなかハードルが高いアクションです。
リング屋さんは肉体的にハードなアルバイトなので、バイト翌日は身体のあちこちが痛みました。
全身の筋肉痛、鉄柱やロープが食い込んだ肩のアザ……
確実に言えるのは、レフェリー役による右手の痛みは、全体の2割は占めていました。
あのジョー樋口さんの右手は、厚みが左手の倍近くあり、箸も使えないほどだったと聞いたことがありますが、実感をもって理解できます。

レスラーだけを最低限保護する仕組み

さて、そんな痛みの根源のようなリングではありますが、杉下右京ばりに細かいところが気になる私は、それでも「ダメージを軽減する仕組み」を発見しました。
これは、新日本プロレスと同じリングを使っている場合の話で、他の団体についてはわかりません。
四隅にある鉄柱には、骨組みになる鉄骨をはめるための枠が一体化しています。
ここのところですね。
11_spring
アップにすると、細かい部分の粗が見えますね。実際の鉄柱とちょっと形状が違うのですが、めんどうなのでこのままで。
実は、この中にスプリングがあるのです。
ただし、バネ鋼の直径が5mm以上ありそうな、ものゴッツイやつです。
試しに鉄骨をはめて上から押してみたんですが、ピクリとも動きませんでした。体感で1mm押し込めなかったと思います。
つまり、マット全体が一体化した状態で、鉄柱のバネが衝撃を吸収するようになっているのです。
実際問題、あんな固いバネで、どのくらいの効果があるのかはわかりませんけどね。
なお、こうした整ったリングは日本とアメリカくらいで、ヨーロッパやメキシコなどでは、カチカチだったり、逆にフカフカでジャンプしづらかったり、マットが平らでなかったりと、レスラーがその力を存分に発揮できない場合もあるようです。
プロレスをご覧になるとき、“リングそのもの”に着目してみるのも、また一興です。
今度見るとき、よーく見てみてください。
2016/04/20

前々回、WWE殿堂に「レガシー部門」が設けられた意味について、「感慨深い」と書きました。
プロレスの成り立ちと、WWEのこれまでを考えると、非常に感慨深いのですよ。
今回は、その辺について掘り下げてみようと思います。

Money In The Bank 2015

再三書いているように、プロレスの試合の目的は、対戦相手に勝つことではありません。その試合を通じて、観客を楽しませることです。

するとここに、いささか疑問が生じます。
だとしたら、演劇でもいいではありませんか。肉体的なパフォーマンスなら、シルク・ドゥ・ソレイユみたいなのでも十分に楽しいものです。
アクション映画だって、ストーリーも闘いも見ることができます。

“最初から”そういうものであったとしたら、何も表現としてのハードルが高いプロレスリングである必要はなかったはずです。

プロレスラーに要求されるスキルはたいへんなものです。
頑強な肉体、受け身の技術、レスリング・ムーブ、運動能力、カンペなしで15分以上しゃべれるトーク力、アドリブ能力……これらをすべて身につけて、初めて一流になれるのがプロレスラーです。
アスリート、俳優、司会者などに必要なスキルを、一通り持っていないといけないのです。

もうおわかりでしょうが、プロレスは最初から現在のようなエンターテインメントだったわけではありません。
競技から出発して、非常に特異な進化を遂げてきたため、今のユニークなエンターテインメントの形を作ることができたのではないかと思われます。

※以下、すっげえ大雑把にプロレスの成り立ちを語ります。マニアックな視点からは物足りない部分もありますが、本コラムの目的は歴史検証ではありませんので、ご了承ください。もっとマニアックに知りたい方には、もっと適したサイトや文献を末尾でご紹介いたします。

プロレスの起源については、ネット上では概ね2つの説を巡って論争があります。まあ、論争っつっても、ネットでよくある単なる主張のぶつけ合いですが。

ひとつは、アメリカやヨーロッパの各地で行われていたレスリングがプロ化したものという説。つまり、元々は競技だったものがエンターテインメント化していったという説です。

もうひとつは、“ATショー”と言われる、動物なしのサーカスみたいな旅芸人一座の出し物のひとつであるレスリングショーが進化したものという説です。レスリングのできる旅芸人が、楽しめる試合を見せるショーです。

昔は基本的に前者(競技派)のみが語られており、後者(ATショー派)は比較的近年に言われるようになった印象です。
恐らく、大仁田厚が「プロレスの起源はレスリングじゃなくてサーカスの芸人なんじゃあああ!」的な発言をしたことが、後者の意見が出るきっかけになったように思います。根拠は私の印象です。

ところで、この度レガシー部門受賞者の1人である“鉄人”ルー・テーズは、自伝「Hooker」で、あっけなく両方に起源があるような書き方をしています。

※日本でも「鉄人ルー・テーズ自伝」として流智美氏の訳による本が出ていますが、原著「Hooker」にふんだんに織り込まれた“本当のプロレス”に関する記述が丁寧に除去された、「プロのレスラーとして闘い続けた男の物語」になっており、あまりお勧めできません。テーズ本人の記述に触れたい方は、原著をお勧めします。

テーズの自伝には、プロレスの始まりは概ね「ヨーロッパからの移民を中心に、アメリカ中西部を中心に行われていたレスリング興行が、ATショーと合流したもの」というような感じで書かれています。

※ただし、テーズ自身は「ATショー」という言葉を使っていません。また、キッチリと定義をすると言うより、「こんな感じだったんだよ」と淡々と綴っています。

実際、これがほぼ正解なのではないかと思います。
後述しますが、客前でレスリングショーをやるわけですから、ATショーはレスリング技術の裏付けなしにできるはずがありません。
実際、プロ競技としてレスリングをやっていたレスラーが食うためにATショーの巡業に入ることもあれば、ATショーから競技レスリングに入っていった人もいます。
つまり、両者のプレイヤーは同じだったわけです。

もちろん、レスリング興行の方は、当初は競技として行われていました。
あまり知られていませんが、20世紀の初期までのアメリカでは、レスリングとボクシングは密接な関係にありました。両方を手がけるプロモーターも多く、公的な組織も元々同じ組織だったのです。

※日本でも知られているNWA(National Wrestling Alliance)の前に、もっと公的な別のNWA(National Wrestling Association)があったのですが、それはNBA(National Boxing Association。後のWBA)の一部門だったのです。

そして、両者とも八百長が横行し、マフィアが幅を利かせる世界でした。
ボクシングは安全対策やルールの整備によってスポーツへと向かい、レスリングは真逆に見せる要素を高度化してエンターテインメントに向かったのです。

競技の性質上しかたないことですが、レスリングはコンスタントにおもしろい試合ができません
今のアマチュアレスリングを見ていても、おもしろい試合なんて滅多にありませんよね? あれでも、試合が膠着しないように、常にルールを改正してるんですが、それでもまあ、あんなもんです。

ましてや、膠着を防ぐルールのなかった時代のレスリングで、実力が近い者どうしの試合は、どうしても動きの少ないものになります。
たとえば、エド・“ストラングラー”・ルイス×ジョー・ステッカー(両者ともレガシー部門で殿堂入りしました)の試合は3回の真剣勝負があったそうですが、何とその3試合の合計は11時間にも及ぶとのことで、しかもその大半は“睨み合い”や“組んでからのチャンス伺い”に費やされたそうです。
最後の試合なんか、5時間もかかった挙げ句、引き分けになっちゃったそうで。いくら何でも、これでおもしろいわけがありません

そこで、だいたいの試合時間と結果をあらかじめ決めて、できるだけおもしろい試合をするようにした、ということなのです。
昔は、非公開で試合をして勝った方が客前でも勝つ、というようなこともあったそうです。競技としての建前がありますから、強い方が勝つ、という原則を保っていたんでしょうね。
テーズはその“工夫”を、野球でフェンスを低くして打者有利にしたり、アメフトで投げやすいボールに改良したりするのと同じで、“スポーツを面白くするための工夫”と考えていました。

その結果、プロレスは大衆の鑑賞にも耐えられるようになり、だんだんと人気を回復していきます。
試合を面白く見せるためのノウハウには、ATショーの貢献が無視できません。
現在のアメリカのプロレス界での隠語(レスラーはboys、試合中の合図がcall、見せ場がspot、負け役をまっとうすることをjob、試合地は大都市も田舎も関係なくtown、本当に攻撃することをshootなど)の多くは、ATショーの隠語から来ています
外部に聞かれたくないことを示す「kayfabe」(ケーフェイ)も同様です。観客を楽しませるノウハウが、ATショーからもたらされたことの証左ですね。

元々エンターテインメントであるATショーですが、レスラーどうしのエキシビジョンもやりつつ、観客から挑戦者を募っていました。
しかも、単に「俺に勝てば賞金やるよ」ではなく、「15分間フォールされなかった奴に賞金を払う」というようなやつです。
ほとんどは素人なので、手もなくひねられておしまいだったのですが、テーズの自伝にもあるように移民を中心にレスリング興行は盛んに行われていましたから、時々腕に覚えのある人も挑戦してきます。

そんな時、プロレスラーが使ったのが“hook”という、関節を極めたり首を締めたりするテクニックでした。hookを駆使して腕自慢を片付け、賞金を払うのを免れていたわけです。
実は、そのhookの技術の源流は、日本の柔術らしいのです。この頃すでに日本から柔道家や力士が腕だめしにアメリカに渡っていましたので、彼らからもたらされた技術なのではないかと言われています。
そして、そのhookの技術が受け継がれていたために、後々の歴史に複雑な陰が落ちるのですが、それはまた別の機会に。

人の交流、技術の交流を経て、レスリング興行とATショーは融合していったと考えられます。

そして完全に今のようなプロレスの形ができあがったのか、というと、コトはそんなに単純ではありません。極端な言い方をすれば、プロレスが完全に“スポーツの呪縛”から逃れたのは、1990年代になってからなのです。日本の場合、未だに逃れ切れていないと考えています。

100年くらい前までは、(言葉は悪いですが)“八百長まじりのレスリング”だったプロレスが、現在のような完成されたユニークなエンターテインメントになるまでには、長い年月がかかったのです。

テーズによれば、史上初の“レスラーではない純粋なパフォーマー”が世界王座に就いたのは、第10代王者ウェイン・マンとのことです。1925年のことでした。
あくまで“世界王座についた”のが初めてということですから、その頃にはすでにレスリングができないパフォーマーがリングに上がるようにはなっていたわけです。
しかし、本当に強い王者であるエド・ルイスが(もちろんわざと)パフォーマーに王座を譲ったのは、重い決断があったはずです。競技としての正統性より、業界が食べていけることの方が優先である、と決断したわけです。
これ以降、世界王座はレスラーとパフォーマーの間を行ったり来たりするようになります。

こうなると、純粋なレスリングには戻ることはありません。
当然、レスラーの主な努力はレスリング技術よりもパフォーマンスに注がれていきます。が、エンターテインメントと決めたなら、全部パフォーマーでいいや、とならなかったのが、プロレスのおもしろいところです。

その背景には、プロモーターどうしの争いがあります。その争いは、もちろんガチ、“shoot”です。人はお金が絡むと争うもんですからね。
スポーツの体裁があり、プロモーターとは別の組織が王者を認定している、という構造の中で、自分の子飼いのレスラーがチャンピオンである、ということは、利益の源泉になるわけです。
そうすると、

  • チャンピオンに子飼いのレスラーをぶつけ、真剣勝負で王座を強奪する
  • 子飼いの無名だけど強いレスラー(隠語でポリスマンと呼ばれています)からの制裁を背景に言うことを聞かせる
  • ポリスマンを競合にスパイとして送り込み、スパーリングでチャンピオンを負傷させる

なんてことが行われたのです。

前述のエド・ルイスは、ある日の試合で負けることを承知してリングに上がったにも関わらず、リング上で相手を脅し、勝ってしまったことがあります。
それでもスポーツの体裁がある以上、プロモーターも対戦相手も、契約不履行で訴えるわけにもいきません。泣き寝入りするか、対抗手段に出るかしかないわけです。

その後、公的組織のNWA(Associationの方)とは別に、プロモーターの互助会である新NWAが結成され、王座の取扱にルールを決めたり、チャンピオンに保証金を課したりすることで、一応はそうした暗闘は収まりました。
NWAに逆らうと事実上の失業が待っていますので、そりゃ当然です。

しかし、大きな組織になると派閥争いが起きるのは必然ですから、やがて組織は分裂します。独禁法違反やらもあり、NWAの独占は破れ、全米のテリトリーは大きくは3〜5つに分割されました。

すると、トップどころのレスラーの意見は通りやすくなります。「俺、あんな奴に負けるの嫌だ。じゃあ俺、ここ辞めて○○に移籍するわ」と言えるわけですから。
スポーツの体裁が生きているので、勝ち負けの意味合いが今より重かったんですね。

実際の力のあるレスラーだと、承知した振りをしてリングに上がり、勝っちゃってから他団体に逃げるという手も使えます。
だからなのかはわかりませんが、AWAなんかでは、どんなに人気があっても弱いレスラーはチャンピオンにはなれなかったそうです。
その一方で、まだ互助会形式で維持されていたNWAでは、移籍云々の心配が薄いからか、プロモーター5人の多数決で決まっていたとか。リック・フレアーが、自身のDVDの中で「俺が王者になった時の投票は3対2だった」と証言しています。

ロード・ウォリアーズのDVDを見ていて驚いたのですが、アニマルが「ファビュラス・ワンズに負けろと言われたが断った。結論の出ないままリングに上がり、奴らに“負けるつもりはない”と告げた」と語っていたのです。
もし、ここでファビュラス・ワンズが譲らなかったら、公衆の面前でシュート・マッチになっていたかもしれません。

そんなことが80年代になっても起こっていたんです。
ウォリアーズのケースは、試合結果が決まらないまま本番を迎えてしまったので、ダブルクロス(プロレス界では、裏切りを意味する言葉のうち、これを使うのが一般的です)とまでは言えませんが、エド・ルイスのようなやり方でリングに上がってから結果を覆すのは、まま行われていたようです。

1990年代には、WWEとWCWの2大団体時代になったわけですが、その頃にはプロレスがエンターテインメントであることはかなり認知され、試合上でのダブルクロスはあまり意味がなくなっていました。
とはいえ、競合団体はあるわけなので、モントリオール事件のような事件の要因は常にあったのだと思います。

そしてWWEが自らエンターテインメント宣言を行うことで、プロレスの勝敗は“勝ち負け”ではなく“エンディング”であることが明確にされました。
勝ち負けがレスラーの実績に関係ないことが公になれば、1試合1試合の結果にはこだわる必要がありません。
事実の公表を受け、プロレスはついにエンターテインメントとして完成した。私はそう思っています。

一方で、プロレスはその起源の特異さから90年代までエンターテインメントとしての構造の歪みを抱えて来ました。その未完成さ加減も、プロレスの魅力の一部ではありました。
この時書いたように、WWEは「レスリング」「レスラー」という言葉を葬り去ろうとしました
その理由は定かではありませんが、プロレスの特異な歴史から離れ、完全に独自なエンターテインメント産業として歩んで行こうとしていたのではないかと私は思っています。

しかし今回、WWE Hall Of Fame 2016での“レガシー部門”で、多くの“レスラー”たちを称えました。
これは、“レスリングだった時代”を自らの起源として認め、プロレスの奇妙な歴史を受け入れたことだと解釈しています。
長年のファンとしては、これがWWEの長期的な展望にどう影響するか、注視していきたいと思います。


※参考資料
Hooker Lou Thesz, Kit Bauman 著、J Michael Kenyon, Scott Teal 編

リングサイド プロレスから見えるアメリカ文化の真実 スコット・M・ビークマン 著 鳥見真生 訳 早川書房

The Nature Boy Ric Flair The Definitive Collection

Road Warriors The Life and Death of the Most Dominant Tag-Team in Wrestling History

那嵯涼介の“This is Catch-as-Catch-Can

魔術とリアルが交差する「プロレス怪人伝」

2016/03/31

WWEの番組は、J sportsの日本語字幕版(10日後くらいに放送)にしても、WWEネットワークで見られる番組にせよ、番組中に聞こえてくる言葉は基本オール英語です。

※レッスルマニア32は日本語実況もあります。

私自身は、推定2歳児レベルの英会話力しかないので、WWEネットワークを見る時には、基本的に英語字幕をオンにして、それでも時々一時停止して辞書を引くレベルです。

※英語の字幕はあるので、“読めるけど聞こえない”あなたも安心ですよ。

そんなレベルの私でも、

  • 日本のプロレス的な和製英語と違う言葉
  • 一般的な言葉だけど、プロレス的文脈では意味が異なる言葉
  • ビジネス会話ではまず出てきそうにない言葉

がいくつかあることに気づきます。

このシリーズでは、そんな言葉をプロレス的“出る単として少しずつご紹介したいと思います(出る単だって。トシがバレバレですね)。
まあ、レッスルマニア32も近いし、いいタイミングなのではないかと!

ただし、英語力2歳児なので少しずつのご紹介となりますが、ご容赦いただければ幸いです。10年前は犬と同じくらいだったので、これでも進歩しているのです。
あ、なお、日本語でも音訳された同じ言葉(例:top rope→トップロープ)の場合は取り上げません。

基本用語

まず、日本人が番組を楽しむ上で、押さえておくべき言葉から紹介して参りましょう。

tag

タッグマッチで、リング内のレスラーがコーナーに待機する相棒と手をパチンと合わせて交代するシーンは、プロレスに縁のない方でも一度は見たことがあるでしょう。
あれ、日本では「タッチ」と言いますが、あちらでは「tag」と言います。「trying to tag」とか「Tagged!!」とか「Make a tag」とかいう形で使われてます。

promo

日本でいう“マイクアピール”は、あちらでは“promo”といいます。“宣伝”の意味のようですね。何というか、素直な用語ですね。

chant

「イノキ!イノキ!」という“猪木コール”はご存知だと思います。ああいうのを日本では“コール”と言いますが、英語だと“chant”です。
当たり前っちゃ当たり前なんですが、リズムの取り方も違ってます。
たとえばホーガンに声援を送る時、日本では「ホ・ー・ガン!(4分休符)ホ・ー・ガン!(4分休符)」となりますが、あちらでは「ホー・ガン!ホー・ガン!」と連続します。
レスラーの名前を呼ぶ以外にも、さまざまなチャントがあります。
例えば……

You suck!

悪役に対するチャントです。「おまえ最低!」の意味です。J Sportsの字幕では「最低野郎!」と当てられていますが、カート・アングルだけ「へなちょこ!」という表記です。何でだ。

This is awesome!

主にリングの上で秀逸な攻防が披露された場合に、称賛のチャントが発生します。
直訳すると「これはすごい」ですが、J Sportsの字幕では「これぞ名勝負!」「これぞ名場面!」など、状況に応じて字幕が当てられます。意訳しすぎの気もしますが。

Holy shit!

打って変わって、主に凶器や備品を使って凄いことをやっちゃった時——例えば相手を実況席(なぜか基本的にスペイン語実況席)に叩きつけて破壊したり、2mクラスのハシゴからダイブして攻撃したりと、“エクストリーム”な攻防が凄かった時に起きる称賛チャントです。
直訳すると「聖なるクソ」ですが、字幕では「クソすげえ!」となかなか趣のある訳し方です。

Let’s go xxxx

試合中に(主に)ベビーフェイス(善玉レスラー)を応援する時、単なる連呼では語呂が悪いような場合にLet’s goが付きます。一度チャントしてから、手拍子を“チャッチャッチャチャチャ”と入れるのが通常です。

Let’s go Cena! Cena sucks!

で、ジョン・シナという当代ナンバー1人気のレスラー(何でも年間13億稼ぐとか)は子供と女性に応援され、モテない感じの若い男性に嫌われています。
なので、上記のチャントの前半が黄色い声で、後半が野太い声になります。
会場では「Cena sucks!」と叫ぶ男を子供のファンが睨みつける場面もよく見られ、なかなか楽しめます。なお「Cena sucks」は前述の「You suck」と同意ですが、三人称単数なので「s」が付きます(蛇足)。

ロック様用語

レッスルマニア32では、ザ・ロックことドウェイン・ジョンソンの出番があるそうです。
彼のpromoは最低10分以上カンペなしでしゃべるのが当たり前なのですが、スラングを多用する上に造語を使います。
英語に堪能な方だと却ってわからない言葉があると思うので、ご紹介しましょう。上から目線ですが。

jabroni

元々は、プロレス業界の隠語だとのこと。ロック自身が「この隠語を堂々と番組で使ったのは俺が初めてだ」と語っています。
負け役を演じることをjobといい、負け役ばっかりのレスラーをjobberというのからイタリア語風(?)に転訛した言葉で、“ダメな奴”的な意味のようです。

smackdown

“お仕置き”の意味で、「lay the smackdown hotel!」という用法がもっとも多いです。
これはロックの造語で、その後番組名に採用され、今では辞書にも収録されるようになったという言葉なのです。

arse

assが放送禁止のようなので、代わりに使われる言葉です。
ロックだけが使う言葉ではありませんが、使用頻度は恐らく彼が一番です。

まだまだプロレス的な文脈で出てくる独自の英語はたくさんあります。
が、あんまり一気に紹介しちゃうとネタが切れてしまうので、このへんで。

2016/03/19

レッスルマニア!
プロレスファンなら死ぬまでに一度は生で見たいイベントです。

なぜかLLクールJが紹介するレッスルマニア31(2015年)のオープニングです。けっこうスケールの大きさがよく伝わる映像ですよね。

その規模の巨大さ、内容の濃さ、演出の見事さ、レスラーたちのモチベーションの高さ……どれを取っても、世界一のプロレスイベントと断言できます。

切れ目のない大河(ドタバタ)ドラマであるWWEですが、レッスルマニアで一度大団円を迎えるストーリーが多いのです。
レッスルマニア終了後にレスラーのリストラが行われることが多いのも、それを裏付(以下自粛)

2回目にも書きましたが、「The Forbes Fab 40: The World’s Most Valuable Sports Brands 2015」でも5位に選ばれるのがレッスルマニア。
開催地への経済的インパクトは1億ドルを超えるそうですから、自治体は本気で招致に動きます。開催が決まれば、州知事と市長が記者会見に出るのも通例になっています。

ビンス・マクマホンの“発明”

プロレス史上もっとも偉大なプロモーターであるビンス・マクマホンは、1985年、大きな賭けに出ました。
それまでの全米侵攻戦略で得た金を突っ込み、多彩なゲストを招いたビッグ・イベントを開催し、全米にクローズド・サーキット(ライブ映像を各地の映画館にリアルタイム中継し、有料客に見せる興行)配信するというビジネスモデル=レッスルマニアの開催です。

以前のプロレスではそれに見合うだけの規模のイベントができませんでした。同業者たちも冷笑的で、うまくいくはずがないと公言する者も少なくありませんでした。

しかし、そこで諦めるようなビンスではありません。
MTVとの連携やハルク・ホーガンの戦略的露出で、集客の基盤を作ります。そしてモハメッド・アリやシンディ・ローパーらと交渉し、大枚を張ってゲストとして招くことに成功。
クローズド・サーキットも順調に売れ、それまでのプロレス興行とは桁違いの収益を上げる大成功に導きました。
今日まで毎年欠かさずに開催される“プロレスのワールドシリーズ”は、ビンス・マクマホンの発明なのです。

現在はクローズド・サーキットからペイ・パー・ビュー(番組単位で料金を払うテレビ配信)やWWEネットワークに移行していますが、それまで「会場に集まった観客数×平均単価」だけが売上だったプロレスを「映像ソフト」として再定義し、会場のキャパを大きく超える視聴者を集められるようになったのです。

まさに業界のビジネスモデルを一変させた出来事でした。
ライブ・イベント、その配信方法、過去のイベントのアーカイブの収益化……それを80年代半ばから構想して実行しているのですから、その先見の明たるや、非凡極まりないとしか言えません。

レスラーの夢の舞台

そして、ファンにとって最大のイベントであるレッスルマニアは、そのままレスラーにとっても夢の舞台です。レスラーなら、一度はレッスルマニアに出てみたいと思うはずです。よほどのへそ曲がりでない限りは。
WWEを悪く言うレスラーもいますが、そういう人だって「出てくれ」と言われたら出ると思いますよ。だって、会場だけで8万人、カメラの向こうには百数十万世帯が見ているんですから。それを断ったら、おまえ何のためにプロレスやってんの、って話ですよ。

とくに初めてのレッスルマニア出場は、彼らにとって感激もひとしおのようです。
リアリティ・ショー番組「Total Devas」の一部がYouTubeで公開されていますが、出演者の1人の若きディーバであるペイジちゃんが、感涙にむせぶシーンは、心に迫るものがあります。

プロレスリング・ノアKENTAは、何とハルク・ホーガンが来日して大阪のリングの上で契約するという破格の扱いWWE入りしまし、リングネームをヒデオ・イタミとしました。
残念ながら負傷欠場中の彼が、テレビ放送前の試合「アンドレ・ザ・ジャイアント・メモリアル・バトルロイヤル」に出た時の様子をまとめた映像がこれです。

レッスルマニアというのが彼らにとっていかに夢の舞台であるか、おわかりいただけたかと思います。

何度も自慢して恐縮ですが、マイアミでのレッスルマニア28をWWEの招待で見ることができたのは、生涯忘れられない思い出ですし、ファンとしての誇りでもあります。

wrestlemania XXVIII

残念ながら、32年の歴史を誇るレッスルマニアは、アメリカとカナダでしか行なわれたことがありません。一応、東京ドームも候補会場には常に入っているそうですが、東京都が招聘に動くことがない限り、おそらく万年“候補”でしょう……

ということなら、こちらから出向いて見に行くか、次善の策としてWWEネットワークでの放映をテレビやスマホで見ることになりますが、当然、まずは後者を楽しまれることをお勧めします。
初月無料ですから、今(2016年3月)申し込めば、レッスルマニア32は無料で見られます
解約もカンタンで、有料期間になっても月々わずか9.99ドルです!
※例によって自主ステマです。WWEからは1銭もいただいてません。というか、何ならください。

レッスルマニア32

さあ、そのレッスルマニア32は、テキサス州ダラス(アーリントン)で行われます。現地時間4/3、日本時間4/4の朝から配信開始です。
トリプルH×ローマン・レインズのWWE世界ヘビー級タイトルマッチをはじめ豪華カード目白押しの、4時間にわたる一大イベントですよ!

▼レッスルマニア32予告映像

過去のレッスルマニアの映像がコラージュされて、規模感やワクワク感が伝わるのではないかと思います。
レッスルマニアの観客動員記録を更新するのではないかと言われています。

WrestleMania in 60 Seconds

WWEが自ら、各大会のハイライトを60秒に集約版した動画を、YouTubeに公開しています。レッスルマニア30以降がなぜかないのですが、1〜29は勢揃い。
全部だと多すぎますので、印象的な回だけを駆け足でご紹介します!

レッスルマニア(第1回)

MSGで開催された、記念すべき第1回レッスルマニアです!
モハメッド・アリ、シンディ・ローパー、ビリー・マーチンらをゲストに迎え、メインイベントはハルク・ホーガン、ミスターT(俳優)組×ロディ・パイパー、ポール・オーンドーフ組のタッグマッチでした。

レッスルマニア 2

NY、シカゴ、LAの3会場で同時開催という離れ技。
オープニングはレイ・チャールズの「美しきアメリカ」。オジー・オズボーン、ジョー・フレイジャーをはじめ豪華ゲストが多数参加し、ミスターTはロディ・パイパーとボクシングマッチ、ウィリアム・ペリーらNFLの選手がバトルロイヤルに参戦しました。

レッスルマニア III

ポンティアックのシルバー・ドームに9万人以上を動員、当時の室内動員記録を達成しました。アレサ・フランクリンの「美しきアメリカ」で幕開け。
ランディ・サベージ×リッキー・スティンボートのインターコンチネンタル王座戦が白眉で、今でも史上最高のインタコンチ戦と言われています。
メインはハルク・ホーガン×アンドレ・ザ・ジャイアント。史上初めて、アンドレがピンフォール負けを喫した試合です。

レッスルマニア VI

トロントのスカイドームでの開催。初めてのカナダでのレッスルマニアです。
メインイベントではWWF(WWEの旧称)王座とインターコンチネンタル王座のダブルタイトルマッチで、ハルク・ホーガン×アルティメット・ウォリアーのベビーフェイス(善玉)どうしの珍しい一戦で、ウォリアーが勝利して王座を統一!

レッスルマニア VII

LAでの開催。「美しきアメリカ」はウィリー・ネルソン。アンダーテイカーのレッスルマニアデビュー戦があった大会です。日本からは何と天龍源一郎と北尾光司が出場しました。

レッスルマニア X

切りのいい10回目のレッスルマニアは、原点回帰のMSG開催。「美しきアメリカ」はリトル・リチャードが歌いました。
この日のインターコンチネンタル王座戦ショーン・マイケルズ×レイザー・ラモンのラダー(ハシゴ)マッチは、今でもハイライトシーンがたびたび放映される名勝負でした。

レッスルマニア XII

アナハイムでの開催。メインのWWF王座を賭けたブレット・ハート×ショーン・マイケルズのアイアンマン・マッチ(60分間闘い、奪ったピンフォールが多い方が勝ち)は今でも名勝負の誉れ高い試合でした。

レッスルマニア XIV

ボストンでの開催。日本からはTAKAみちのくが出場しました。
メインのWWF王座戦で、ショーン・マイケルズ×ストーン・コールド・スティーブ・オースチンのWWF王座戦では、マイク・タイソンが特別レフェリーをつとめ、会場を盛り上げました。

レッスルマニア XV

フィラデルフィアでの開催。「美しきアメリカ」担当はボーイズIIメンが務めました。
日本からはTAKAみちのくが連続出場、WWFライトヘビー級王座を防衛
メインはザ・ロック×ストーン・コールド・スティーブ・オースチンの、ノー反則マッチのWWF王座戦。何度見ても飽きない名勝負です。

レッスルマニア 2000

アナハイムでの開催。日本からはTAKAみちのくとフナキが出場しました。
ここで行われた、WWFタッグ王座をかけたトリプル・スレット・ラダーマッチ、ダッドリー・ボーイズ×ハーディー・ボーイズ×エッジ&クリスチャンの試合は激烈な名勝負で、永遠に語り継がれるレベルです。

レッスルマニア X-Seven

ヒューストンでの開催。
トリプルHの入場は、モーターヘッドによる生演奏でした。
前年の三つ巴タッグマッチはTLC戦(Tables Ladders Chairs、テーブルとハシゴと椅子が凶器として使える試合)で再戦となり、これまた素晴らしい勝負となりました。
ビンスは自ら試合に出て、何と息子シェインとのストリート・ファイト・マッチで妻リンダに急所を蹴られて敗戦。
メインでは、ストーン・コールド・スティーブ・オースチンがビンスの助力でザ・ロックを破ってWWF王座を奪取し、悪役転向という結末!

レッスルマニア X8

再びトロントでの開催。
メインはクリス・ジェリコ×トリプルHのWWF統一王座戦ですが、何と言ってもザ・ロック×ハルク・ホーガンの新旧スター対決が白眉でした。睨み合いだけでスカイドームの大観衆を爆発的に盛り上げた、一度は見ておくべき名勝負です。

レッスルマニア XIX

シアトルでの開催。
ビンスはハルク・ホーガンとの両者血だらけのストリート・ファイト・マッチを敢行、ザ・ロックはストーン・コールドとムチャクチャな名勝負を演じ、カート・アングル×ブロック・レスナーのWWE王座戦も好勝負と、見所たっぷりの大会でした。
レスナーはこの試合でシューティング・スター・プレスをしくじって首を負傷、意識がもうろうとしながらも試合を締めました。

レッスルマニア XX

切りのいい20回目、やはり原点回帰のMSG開催。
メインの世界ヘビー級王座戦では、クリス・ベノワがトリプルH、ショーン・マイケルズとのトリプル・スレット・マッチを制して王座を獲得、同日WWE王座を防衛していたエディ・ゲレロと泣きながら抱き合うシーンは感動的でした。
2人とも、日本でワイルド・ペガサス(ベノワ)、ブラック・タイガー(エディ)として活躍していたので、日本人ファンにとって、涙を誘われる名場面。
今見ても、ジーンと来ます。その2人も、もうこの世を去ってしまいました……

レッスルマニア 21

ハリウッド開催。
日本からは何とが参戦し、ビッグ・ショーとの相撲マッチを制しました。
ジョン・シナがJBLからWWE王座を奪取。これがシナのWWE王座初戴冠でした。
初のマネー・イン・ザ・バンク・ラダーマッチ(天井から吊された、いつでも王者に挑戦できる契約書の入ったブリーフケースを奪い合う試合)はここで行われました。

レッスルマニア 23

デトロイトでの開催。20年前と同じく、アレサ・フランクリンが「美しきアメリカ」を歌いました。
ビンスとドナルド・トランプの代理戦(ウマガ×ボビー・ラシュリー)“バトル・オブ・ビリオネア”が行われました。
特別レフェリーのストーン・コールド・スティーブ・オースチンが、トランプに得意技スタナーを食らわせるシーンは、今こそウケるのではないかと。

レッスルマニア XXIV

オーランドでの開催。
何とフロイド・メイウェザーがビッグ・ショーとの体重差3倍の異種格闘技戦を行いました。
リック・フレアーは引退試合でショーン・マイケルズと対戦。何度見ても涙を禁じ得ない名勝負でした。

レッスルマニア XXVI

グレンデールでの開催。
WWE殿堂入りしたアントニオ猪木が顔見せに登場しました。
この記事の“ビンスの禊”が行われたのもこの日です。
ショーン・マイケルズは引退を賭けてアンダーテイカーに挑んで敗れ、引退しました。
当時唯一の日本人スター、ヨシ・タツはテレビ放映前のバトルロイヤルで優勝したものの、今思えばキャリアのピークがこれでした……

レッスルマニア XXVIII

マイアミでの開催。見に行ったぜ!
アンダーテイカー×トリプルHのヘル・イン・ア・セル戦(場外と天井を含め、リング全体を覆った金網の中での試合。もちろん反則なし)は、ベテラン2人の驚異的な名人芸でした。
ザ・ロック×ジョン・シナの新旧スター対決には、フロー・ライダーマシンガン・ケリーがそれぞれの入場前にパフォーマンス。ロックは久々の試合にも関わらず、名人芸を遺憾なく発揮しました。

レッスルマニア 29

ニュージャージー州イースト・ラザフォードでの開催。
アンダーテイカー×CMパンクでは、リヴィング・カラーがパンクのテーマソングを生演奏。
テイカーのレッスルマニア連勝記録は翌年破れるので、連勝記録はこの日の21勝目で終了しました。
トリプルH×ブロック・レスナーのノー反則マッチやザ・ロック×ジョン・シナ再戦と、好勝負連発でした!

今年はリアルタイムで見るぞ!

WWEネットワークっつうもののおかげで、月額課金の範囲内で、リアルタイムでレッスルマニアが見られる環境になったのが、非常に感慨深いです。しみじみします。

というわけで、今年は会社(副業)を休んで、朝からレッスルマニア観戦します。有休の申請も、とっくにしましたよ。
気が向いたら観戦記のひとつも書こうかな……と思ってはいます。

あなたもお仲間になりましょうよ。
何ならレッスルマニアが終わったら、解約しちゃったっていいんだし(営業妨害)。

2016/03/10

1997年11月9日、プロレス史上もっとも物議をかもすことになる、ある事件が起きました。
ファンの間では「モントリオール事件(Montreal Screw Job)」として知られる事件です。

映画「レスリング・ウィズ・シャドウズ」は、その一部始終を映像化しています。
元々は時のWWF(WWEの旧称)王者ブレット・“ヒットマン”・ハートのヒューマン・ドキュメンタリーのはずが、この事件が起きたことによって、特別な映画になってしまった作品です。

(▲これ、フルで入ってるっぽいんですけど、大丈夫なのかな?)

意外にもこちらのアニオタ向けWikiがWikipediaよりも親切丁寧に書かれていますので、ご興味のある方は読んでいただくとして、大雑把に言うと、モントリオール事件とは、以下のような事件なのです。

時代は変わる

90年代の半ば、アメリカのプロレス界では、それまでの「ベビーフェイス(善玉)対ヒール(悪役)」という図式が崩れ、WWFではアンチヒーローのストーン・コールド・スティーブ・オースチンが、WCWではnWoというヒール・ユニットが人気を集めていました。

前述のブレット・ハートは、古き良きヒーロータイプのチャンピオンで、この頃にはだんだんと時代から遅れた存在になりつつありました。
しかし、依然として地元カナダでは英雄的存在だったのです。

紆余曲折あったものの、WWFのオーナーであるビンス・マクマホンは、ブレットとの契約を終了することを通告します。ブレットは、それを受けてWCWに移籍を決めました。

しかし、その時点でブレットはWWFチャンピオンでしたので、まさかそのままでの移籍を認めるわけにはいきません
実際、91年にはWCW王者のままのリック・フレアーがベルトを所持したままWWFに移籍して「真の世界王者」ギミックを使っています。
逆に、95年にはWWF女子王者アランドラ・ブレイズが同様にWCWに引き抜かれ、WCWの番組中に女子王座のベルトをゴミ箱に捨てるパフォーマンスをやっています。

これと同じことをまたやられては、たまったもんじゃありません。
当然ビンスは、11月のペイ・パー・ビュー番組「サバイバーシリーズ」でショーン・マイケルズとの試合に負けて王座を置いていくことを要求しました。

しかし、ブレットの契約には、辞める前の1ヵ月については不利な試合結果について拒否できるオプションがついていたのです。
ブレットとマイケルズは前年のレッスルマニアのメインイベントで、アイアンマン・マッチの名勝負を演じた組み合わせですが、プロレス観の違いから折り合いが悪く、控室で殴り合いまでした間柄。
しかも、アメリカでは“アンチ・アメリカ”のヒールを演じていた時期でも、地元カナダではベビーフェイス。ヒーローだったのです。
地元カナダでマイケルズに負けるのは嫌だと、ブレットは負けを拒否しました。

では試合中にマイケルズがブレットを裏切って勝ってしまう……という手もありますが、シュートマッチ(真剣勝負)に関してはブレットの方がずっと上なので、恐らく返り討ちの可能性が高く、リスクが大きすぎます。
かくして試合当日まで話し合いはもつれ込み、「誰かが乱入して無効試合に。翌日の生放送番組の『RAW』で、王座を返上」で話がまとまりました。

観客の前で、テレビカメラの前で、チャンピオンが騙された

しかし、何とビンスはブレットとの約束を履行する気はサラサラなかったのです。

かくして試合当日、一進一退の攻防が演じられた後、マイケルズがブレットにシャープ・シューター(サソリ固め)をかけた瞬間、まさに技をかけたその直後に、レフェリーは即刻ゴングを要請、ブレットの負けを宣告したのです! もちろん、ビンスがそうするように指示をしたのです。

場内は騒然、ブレットも何が起きたかわからない表情であたりを見回します。マイケルズはベルトをつかむと、すぐにリングを離れて控室へ逃げ込みます。
やがてハメられたことに気づくと、リングサイドのビンスに唾を吐きかけ、放送席を破壊。
控室に戻るとマイケルズを詰問しますが、マイケルズは「知らなかった」と弁明(実は知っていたことを後に告白)。
収まらない怒りに駆られてビンスの部屋に入ると、ビンスを殴打します。ブレット自身も手を怪我するほどの一撃でした。

この試合を最後に、ブレットはWWFを去り、競合のWCWに移籍することになりました。

そして11/17、控室でブレットに殴られたアザを左目の下に残したまま、生中継の番組「Raw」で、ブレットを騙したことを認めつつも、インタビュアーのジム・ロスから「ブレットに同情するか」と尋ねられると、こう答えました。

※J SPORTS字幕風
同情? ブレットへの同情などまったくない。まったくだ。
ビジネスの為にならん、ファンにもレスラーにも自分を育てた組織の為にもならん伝統主義者などに同情などせん。
ブレットは自分勝手なことをやり、それを抱えてこれから生きていくのだ。
ブレットは自分自身をハメたのだ。同情などまったくない。

Sympathy? I have no sympathy for Bret, whatsoever. None.
I have no sympathy for someone who is supposed to be a wrestling traditionalist, not doing the right thing for the bussiness that made him, not doing the right thing for the fans and the performers and the organization who helped make him what he is today.
Bret made a very, very selfish decision. Bret’s gonna have to live with that for the rest of his life.
Bret screwed Bret. I have no sympathy whtasoever for Bret.

この一部始終は、上記の「レスリング・ウィズ・シャドウズ」で映画になったのです。
ブレットによるビンス殴打の場面は、撮影を止められたので映ってはいませんが、顔を押さえたビンスの姿を捉えています。

これ以降マイケルズは、ベビーフェイスとして大人気の時期でも、カナダではブーイングと「You screwed Bret!」チャント(※日本の「猪木コール」のような「コール」は、アメリカでは「チャント」と言います)で迎えられていました。

誰が責められるべきなのか

以上が「モントリオール事件」の概要です。

いやはや何とも気が重くなるような事件ですし、ファンとしては心情的にレスラーに同情してしまいます。かつては私自身もブレット寄りの考え方でした。
長年貢献してきたチャンピオンを、公衆の面前で騙し討ちですからね。「ビンスはひどい」と思ってましたよ。

しかし、今では(同情が消えたわけではないものの)正しいのはビンスだと思います。

もしも、ブレットの希望どおりにベルト返上→移籍となっていたら、移籍先のWCWで「WWFでは王座を守りきった。俺がナンバー1だ。だがWCW王座こそ真の王座だ。手に入れるために来たぜ」とか言わされたかもしれません。そうなってしまったら、WWEの面子は丸潰れです。
WCWはWWEよりも上、というストーリーができてしまいます。
そういうリスクは、排除しなければなりません。何より、ブレットが抜けた後もWWEのリングに上がるレスラー達の立場がなくなります。

ビンスは、ブレットを騙すことでWWEを守ったのです。

その後、WWEはさらに過激なストーリー展開に舵を切り、この記事で書いたように、CEOのビンスが自らリングに上がり、汚れ役を引き受けるようになります。
自らビールの海に溺れ、助平面をさらし、股間を蹴られ、小便をもらし、頭を丸坊主にされ、血を流し、カメラ前で泣き……と、CEOにして筆頭株主が自らみっともない役割を果たしたのです。

会社のトップが自ら恥をかいているのに、いくらスターでも、「俺、負けるの嫌だ」とは言えないではありませんか。

そして、後日談

2010年、ビンスとショーン・マイケルズは、実にWWEらしいやり方で、ブレットと和解します。
もちろん、本当の和解は事前に済んでいるのですが、ストーリー上では1月から3月末のレッスルマニア26まで引っ張ったのです。

久々にWWEのリングに姿を現したブレットは、ショーン・マイケルズを呼び出し、色々あったものの、歴史に残る名勝負をやった間柄であることを語り合い、和解しました。
握手し、ハグする2人に万雷の拍手が贈られます。

もう1人和解する必要がある人間がいる、ということで、ブレットはビンスを呼び出します。
やはり握手→ハグに拍手が贈られます。勝者をコールする時のように、ビンスはブレットの手を取り、高く上げた……と思いきや、いきなり急所を蹴り上げたのです!
リングでうずくまるブレットを尻目に悠々と引き上げ、ステージから「ハメてやった」と言い放ちます。

そしてレッスルマニア26に於いて、2人はストリート・ファイト・マッチで再戦することに。反則なし何でもありのルールです。
ブレットは兄弟や現役の弟子タイソン・キッド、デヴィッド・ハート・スミス、姪のナタリアを引き連れて登場。

しかし、リングを取り巻いた家族や仲間の様子が変です。ブレットを見る目が冷たく、しかも距離を置いて立っているではありませんか。口論さえ起きています。
そう、周到なビンスは、彼らを買収した上でこの試合を実現させたのです! 何と悪辣なオーナーでしょうか!

……と思いきや、ブレットはそれを知った上で家族や仲間に買収された振りをさせ、安心したビンスを試合におびき出す作戦だったのです!

「俺をハメたつもりだろうが、俺がお前をハメたんだ!」
ブレットのセリフに、ビンスは速攻で逃げ出そうとするも、ハート一族に捕まってボッコボコにされます。
ラストは、ブレットが立ち上がることもできないビンスの急所を踏みつけた挙句のシャープ・シューターに捕らえ、ビンスは泣き叫びながらマットを叩いてギブアップの意思表示。
ブレットは10数年ぶりに復讐を果たし、めでたしめでたし!

……この時ビンスは既に60代の半ばですから、老人への集団リンチじゃん、とも思えますが、これは恐らくかつて騙したブレットへの、ビンスなりの“禊”だったのではないかと思われます。

会社を守るためとはいえ、10年以上WWEに尽くしてきた男を裏切ったのです。ビンスも人の子、実はずっと申し訳なく思っていて、あえて徹底的な復讐を受けるストーリーを選んだのではないかと。

そして、和解を果たしたブレットは今でも時々リングに上がって、スピーチをしたり、寸劇に加わったりと、いい関係に戻ったようです。
めでたしめでたし。

2016/01/10

いやいや、すっげえ大上段に構えたタイトルですが、哲学みたいな話をしようというのではありません。
単に、プロレスって何なの?という話を、できるだけ正確に、わかりやすくお話しできればと思います。

「プロレスの試合にはシナリオがある」

世界最大のプロレス興行会社WWE(World Wrestling Entertainment)が株式を上場した際に公にされたことです。2000年のことでした。いわゆるディスクロージャーってやつですね。
プロレスファンにはよく知られたことですが、ファンでない皆様、ご存知でした?

実際にはもっと以前から、CEOのビンス・マクマホンが自ら「スポーツではなく“スポーツ・エンターテインメント”だ」と発言していました。“スポーツ”だとアスレチック・コミッションへの支払やら興行保険が高額になるらしいので、堂々と言ってしまってたようです。
ディスクロージャー以前に公開された実録映画「レスリング・ウィズ・シャドウズ」や「ビヨンド・ザ・マット」などを見ると、WWEの試合前の打ち合わせが、はばかることなく堂々と映されています。
撮影や公開を許可していたということは、元々そんなに隠すつもりはなかったんでしょう。
そんなこんなで、90年代には事実上の公表は済んでいたと考えられます。

単純に考えると、それまでスポーツですよと言ってたのに、実はエンターテインメントでした、と公表されたら、「ふざけんな!」と怒りを買いそうなものですよね。
実際、プロレス業界的には非常に反発を買ったそうです。他のプロモーションは“スポーツ”の建前を貫いていましたからね。

ところが、世間にはすんなり受け入れられました。多少は変な人が怒ったかもしれませんし、ファンは「よく思い切って公表したな」くらいは思ったかも知れません。
しかし、大勢としては難なく受け入れられたばかりか、むしろ人気を拡大したのです。少なくともWWEは。
アメリカでは70年代には「プロレスがスポーツか」という議論は既に終わっており、社会通念として「プロレスはエンターテインメントだ」という認識が定着していたのが大きいと思われます。
例えて言えば、ダース・ベイダーが「実はボク、アナキン・スカイウォーカーだったんです」とカミングアウト、みたいな。ちょっと違うか。

アメリカでは(好きかどうかは別にして)WWEは非常によく知られた存在です。
ペイ・パー・ビュー(以下PPV)のプロバイダーとしては世界最大級で、ローリング・ストーンズの2012年末の公演を世界に配信したのは、WWEなのです。

※個人的には、ローリング・ストーンズのマニアでもあるので、プレスリリースに“Mick Jagger”と“Vince McMahon”の名前が並んだ時、放送されたものを見てラストにストーンズとWWEのロゴが順番に表示された時は、感無量でした。

毎週複数回行われるテレビ向けの興行では常に少なくとも数千人クラスのアリーナが毎週満員になり、PPVともなれば1万人以上の会場が満員。
世界最大のプロレスイベント「レッスルマニア」に至っては、毎年スタジアムに7〜8万人が集まり、PPVは100万世帯以上で見られています。「The Forbes Fab 40: The World’s Most Valuable Sports Brands 2015」では、スーバーボウル、オリンピック、冬季オリンピック、FIFAワールドカップに続いて5位に選出されています。
2016年の「レッスルマニア32」は4月3日にテキサスのAT&Tスタジアムで開催されますが、2015年11月に発売されたチケットは、11月中には一般分は完売。2016年1月時点ではプレミアのついたチケットしか買えません。で、リングサイド(定価2,400ドルくらい)は10,000ドルで取引されています。買えるかっつうの。

レッスルマニア28会場写真

※写真は私が撮影したレッスルマニア28の会場です。そう言えば、この時、現地のおじさんが「アメリカでは、アメフト、野球、バスケが人気で、次がWWEかアイスホッケーだ」と言ってました。上記Forbesの記事は、一般的な感覚でもあるようです。

エンターテインメント宣言の後に人気が上がったのは、恐らくは公表したことでコンテンツをしっかりと作り込めるようになったことが大きいのではないかと思います。
凝ったストーリー展開、ぶっ飛んだギャグ、斬新な試合形式を追求できるようになり、コンテンツとしてのWWEはどんどん進化しました。
スポーツの建前を貫いている頃には、試合とインタビュー(せいぜいドキュメンタリーフィルム)を繰り返すしかありませんでしたが、現実を公表したことで、堂々と遥かにすぐれたエンターテインメントを提供できるようになったのです。

まあ、ちょっとこれを見てくださいよ。前回の記事でもパンツ丸出しで逃げ回る姿をご紹介したビンスCEOが……

リムジンごと爆破ですよ、爆破! これ、プロレス番組の一幕ですからね。いくら抗争してるとはいえ、リムジンごと爆殺するんですからムチャクチャです。
そして、“爆死”したはずのビンスは、しばらくしたら何食わぬ顔でまたテレビに出て来ました
このリムジンの残骸は、時々イベントで展示されています。私も2012年にマイアミで見たのですが、感無量でした。
ビンスが“爆死”したリムジンの残骸

WWEの番組を見ていると、さっきまで観客をクズ呼ばわりしていた悪役レスラーが熱心にボランティア活動をしている様子がフツーに流されますし、不倶戴天の敵の設定の2人が談笑するところもドキュメンタリーではフツーに出てきます。
かなりのWWEのトップスターが自伝やDVDを出してベストセラーになったりしていますが、そこではレスラーやスタッフが普通に“本当のこと”を話しています。

そしてファンは承知の上で、それを楽しむためにテレビをつけ、会場に足を運び、ひいきのレスラーを応援し、リスペクトしているのです。
もちろん、私もそうです。

スポーツの衣を着ていた頃から、プロレスラーは“観客を楽しませること”にプライドを持ち、そのための努力を積んできました。かつてはそれを大っぴらには言えなかったものの、今ではそれを堂々と公言し、その努力をストレートにリングで表現するようになりました。
観客は、彼らのすぐれたパフォーマンスにこそ、声援(悪役にはブーイング)を送っているのです。

そういう状況なので、レスラーに求められるスキルは大きく変わりました。
鑑賞に耐える肉体やパワー、持久力、瞬発力、受け身、基本的なレスリングムーブに加え、リングやバックステージでの寸劇をこなす演技力、リングの上で1人で15分もカンペなしで話す能力まで問われます。観客の反応を見ながら話す内容を変えつつ、伝えなければならない内容を伝えきるアドリブ力も必要です。

にもかかわらず、「プロレスはショーだ」という理由で、“スポーツ”よりも下の存在のように、短絡的に決め込んでしまう人がけっこういます。
そこで、今回は最後に、彼らが「どんな覚悟を持って試合をしているか」を象徴的に語ったエピソードを紹介します。
この言葉を知れば、好き嫌いは別にしても、プロレスを“スポーツ”よりも下に見ることはできなくなるはずです。

ミック・フォーリーというレスラーが、自伝「Have a nice day」に書いた一文です。
ドイツで行われたWCW(WWEの競合団体。WWEに買収されて消滅)の試合で、日本でもおなじみのビッグバン・ベイダーと試合をした彼は、試合中にかなりの大怪我をします。

「他のイベントなら、これで試合中止だ。しかし、俺たちの競技では、この“インチキ”の競技では、ルールはひとつ『ショーは続けなければならない』だ。そして、俺は最善を尽くした。」

※大意。怪我の内容と実際の記述はかなりエグいので、刺激に弱い方はここまでにしておいた方がよろしいかと思います。くわしい経緯と全訳は、ずーっと下に書いておきます。

これがプロレスラーの矜持です。

※なお現在では、厳しい基準でレスラーの安全は厳重に配慮されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※以下、閲覧注意です。

試合中、ミック・フォーリーは首がロープに絡まるアクションを敢行します。試合前にロープの強度を確認して、可能だと踏んでのアクションでした。
ところが、前座の試合に出たレスラーから「ロープが緩い」とクレームがついたため、彼の試合の前に締め直されたロープは、非常に固く張った状態になっていました。
そのため、ロープに絡まったフォーリーの首は、ムチャクチャな強さで締め付けられます。このままでは死ぬ、と強引に首を抜いた際……彼の耳は、ロープの摩擦で切り離されてしまったのです。
そして、それでも彼は、おびただしく血を流したまま、試合を続けたのです。

そして、自伝にこう記述しました。

「他のあらゆるイベントでは、耳が取れることはその時点で試合中止の理由になる。もしもマーク・マグワイヤーがビーンボールを喰らったら、身体の一部を失ってまで1塁に行くことは恐らくないということだ。もしシャキール・オニールが片耳で現れたら、恐らくタンクトップに“ジュース”(訳注:プロレス界の隠語で血の意味)をたらしてファウルラインに行かされることもない。しかし、俺たちの競技では、この“インチキ”の競技では、ルールはひとつ『ショーは続けなければならない』だ。そして、俺は最善を尽くした。」(拙訳。間違ってたらすみません)

※念のため原文

Also at this point, in any other event, a ripped-off ear would probably be cause for a time-out. I mean, if Mark McGwire were beaned out at the plate, he probably wouldn’t jog to first base with missing body part. If Shaquille O’Neal drove the lane and came up an ear short of a pair, he probably wouldn’t go to the foul line with “juice” running down his tank top. But in our sport, the FAKE sport, we have a single rule —— “The show must go on.” And I went on as best I could.

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