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2011/07/27

今月3日…夫の母が急逝しました。
まだ73歳。
現在の日本女性の平均寿命から考えると明らかに早すぎる死です。

40代半ばから高血圧の持病を抱え、
60代後半からは心臓を悪くし、何度か入退院を繰り返しましたが
それでも何とか元気でいてくれた義母でした。

しかし今回、義母が倒れたと知らされた時は様子が違いました。
搬送された病院先で既に意識不明とのこと。
電話を貰った時は既に夜中で、私と息子は就寝中でしたが
取るものも取りあえず病院に駆けつけました。

医師の説明では、左脳にこぶし大の出血が見られ
意識を回復するのは極めて難しいとのこと。。
ベッドに横たわる義母は人工呼吸器を装着され
かろうじて心臓が動いている状態でした。

ついこないだ義母と話した時は元気そうだったのに、どうして…

私の頭の中は混乱し、まるで現実感がなく、幻でも見るかのように
ただ呆然と義母を見つめることしか出来ませんでした。

私が夫と結婚したのは丁度10年前。

結婚に至るまでも、そしてこの10年間も
決してスムーズに事が運んだわけではありません。
どこの家庭でも大なり小なりあるかもしれませんが
私たち夫婦にも何度か危機が訪れたことがあります。

そんな中、私の唯一の味方になってくれたのが義母でした。

夫の実家は歩いて10分足らずの場所と言うこともあり
そんな時、義母は家に来てくれて私の話しを真剣に聞いてくれました。
それだけで私の心はすっかり軽くなり
何とか頑張ろう…と言う気になれたものです。

そしてカラーセラピーの仕事を始める時も
義母が一番に協力してくれました。

当時まだ幼稚園の年中だった息子を義母が預かってくれたお陰で
私は安心して講座やワークショップに集中する事が出来たわけです。

義母の支えなくして私がカラーセラピストを続けることは不可能でした。

義母が他界してまだ一ヶ月経っていないと言うこともあり、
未だ現実感が湧かず、自分自身と向き合う事が中々出来ません。

ここ暫くは正直コラムを書く気持ちにも中々なれず…
それどころかパソコンさえ開く気にもなれず…
今の私には自分の夢や希望といった欲求が殆どない状態です。

今はただ義母という支えを失くして揺らいでいる基盤を元に戻す為に
毎日の生活をしっかりとこなすことが重要なのかもしれません。

「虹色の魔法」の最初のコラムにも書きましたが
人間の欲求や成長には階段を登るように順番があります。
まずは第一チャクラの赤の基盤作りをしっかりしてこそ
次のステップに安心して進めるわけです。

義母の死を通して、何を学び何に気付かされるのか…
今私は身を持って体験しているところです。

11:29 | 未分類 | 義母の死 はコメントを受け付けていません
2011/05/20

心ここにあらずの時、その心は一体何処に行っているのでしょうか。

未来について悩んでる時は、未来へ。
過去について悔んでいる時は、過去へ。
恋愛や人間関係でで苦しんでいる時は、その相手の元へ。

このように心はいとも簡単に時空を超えて何処へでも行くことが出来ます。
ポジティブな気持ちで未来に想いを馳せるのとは違って
心ここにあらずの時はどちらかと言うとネガティブな状態の時が多いようです。

その証拠に心ここにあらずの時は
あり得ないようなケアレスミスを犯したり
ちょっとしたトラブルに巻き込まれたり
集中力が散漫になり仕事や勉強が捗りません。

肉体面に於いては、心が留守になっている状態なので
風邪を引きやすかったり、疲れが取れなかったり
怪我をしやすかったりします。

心ここにあらずの時は所謂地に足が着いていません。
身体と心が一致していないので、現実感がなくいつもふわふわと
宙を浮いたような感覚で、外に出るよりも家の中で過ごす事を好みます。

ではこういう時にどうすれば良いのでしょうか。

カラーセラピー的に言うとこういう時は「赤」がかなり不足している状態です。
赤には「行動、情熱、地に足を着ける」等がありますが
ここでいきなり赤を身につけたり、身の周りに置くと
逆にエネルギーを吸い取られることにもなりかねません。
それだけ「赤」と言う色にはパワーがあるのです。

こういう時は赤と言う色に拘らず、同じ効果を持つ行動に出るのがベターです。

例えば

散歩に出て自然に触れてみる(鳥のさえずりや風を感じてみる)
大きな木を抱きしめてみる(木はルートチャクラのシンボルでもあります)
裸足で過ごしてみる(出来れば地面を歩いてみる)。
軽い運動をして身体を動かしてみる(肉体を意識する)。

これらの行動を取ることにより、何処かへふらついていた心が
しっかりと自分の中の帰るべき場所に納まり
身体と心と精神が三位一体となって
自分自身をしっかり味わうことが出来るようになるでしょう。

そしてこの三つ(肉体、心、精神)がしっかり手を繋ぎ合うことにより
今この瞬間を生きることが可能になるのです。

11:38 | 未分類 | 心ここにあらずの時 はコメントを受け付けていません
2011/04/18

どうでもいいことなのにスルー出来ず、
いつまでもその出来事や言われたことについて考え続けたり
ちょっとした一言に過敏に反応して傷ついてしまう…
そんなことってありませんか?

敏感=いわゆる感受性が強いと言うことでもあるので
芸術方面では必要な要素でもあるのですが
問題なのは敏感に反応するあまり
自分自身の心身を傷つけてしまうと言う点です。

数年前に「鈍感力」と言う本が流行りましたが
一見マイナスに思われている「鈍感」と言う言葉の中に
実は幸せに生きる為のヒントが隠されている…
と言う事実に気付いた方も多くいらっしゃるのでは…と思います。

私たちが普段悩み苦しむ内容の中には
実は悩まなくても良い事柄と言うのが多く含まれています。

例えば極端な話ですが…

「あなたってバカよね」

と友人から言われた時に
殆どの人が自分を否定されたと思って傷つくことでしょう。

ある人は咄嗟に「自分はバカじゃないんだ!」と
声を荒げてその友人に反抗して大喧嘩に発展するかもしれませんし
またある人は直接反抗出来ない代わりに
心の中でいつまでもその言葉を反芻し友人を恨み続けるかもしれません。

いずれにしても
その友人の言葉に捕らわれ過ぎて
自分自身の心身を必要以上に傷つけている事は確かです。

しかし鈍感力がある人は
友人から「バカよね」と言われても
華麗にスルー出来ることが出来るわけです。
その言葉で自分自身の誇りを傷つけられることは決してありません。

何故ならその人には本当の自信があるからであり、
自分ときちんと調和出来ているからなのです。

自分の一番の味方は自分以外にあり得ません。
究極に言えば、世界中の人が自分を否定したとしても
自分が自分自身を肯定し受け入れていれば
何も怖いものはないのです。

逆も然りで
世界中の人がどんなに自分を肯定してくれても
その人が自分を否定し続けていれば
ハートは閉ざされ、傷つき、次第に身体も病んで行くでしょう。。

一番重要なのは
敏感になるべき部分と鈍感になるべき部分の見極めだと思います。

敏感になるべきところで鈍感になったり
鈍感になるべきところで敏感になると
一気に歯車が狂い出し、せっかくの流れが堰き止められてしまいます。

敏感と鈍感のバランスを取ることにより
これまでの悩みや苦しみが半減し
幸せが増大することは間違いないと思います。

03:13 | 未分類 | 敏感と鈍感のバランス はコメントを受け付けていません
2011/03/31

誰しもが、心が折れそうな時があると思います。
仕事が上手く行かなかったり、人間関係のいざこざだったり、失恋したり…etc…
要因は人それぞれで、誰かと比べられるものではないのでしょうが

『今確かに自分は傷ついて心が悲鳴をあげている。。』

こんな時にまず一番大切なのは
心が折れていると言う事実に対し、自分自身が目を逸らさずに受け入れる事です。

私は大丈夫。
こんなことくらいで泣いたりなんかしない。

等と下手に強がらない事がとても重要なのです。

だからと言って、自分の弱さを急に吐露出来る人は少ないでしょう。
何故なら弱さを見せる事=相手に否定される(嫌われる)かもしれない
という図式が殆どの人に刷り込まれているからです。

どんな時も弱音を吐かずに強くいること。
ポジティブシンキングで苦難を乗り越えること。
マリア様のようにいつも寛容で優しく他人を受け入れること。

私たちは小さい頃から、親や教師を含め周りの人たちから
このように刷り込みをされて育って来ました。

逆に

弱音を吐いてもいいんだよ。
ネガティブな感情を持っても大丈夫なんだよ。
時には悪魔のように嫉妬したり怒ってもいいんだよ。

そんなことを言ってくれる人は
そうそう周りにいないような気がします

私自身、上記の言葉を受け入れる事によって
人は本当に優しく強くなれると確信しているので
カラーセラピストとしてクライアント始め友人等には
そのような言葉掛けをしているのですが
自分自身にはまだ許せていないのが現状なのです。

こんな事を書くと
偉そうにカラーセラピーのコラムなんか書いていて
何の説得力もないわ…と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

でも
これが本当の私なのです。

私は今
とても弱くて、どうしていいか分からなくて、右往左往していて
心が折れそうな状態です。

こういう時に
カラーセラピストとしてアドバイスをするとしたら
「赤」は絶対に勧めません。
何故なら赤には「頑張りなさい」と言う大きなメッセージがあるからです。

心が折れている時に頑張る必要なんてありません。
これは今被災されている方たちにも言えることだと思います。

こんな時に必要な色は「ベビーピンク」。
赤ちゃんのように思い切り頼って甘えていいのです。

そして心のエネルギーが満タンに近づきそうになったら
赤のパワーで頑張って行動に移して行けばいいのだと思います。

07:05 | 未分類 | 心が折れそうな時 はコメントを受け付けていません
2011/03/14

東北地方太平洋沖地震におきまして
被災された皆さまには心よりお見舞い申し上げるとともに
犠牲になられた方とご遺族の皆さまに対し深くお悔やみ申し上げます。

先週金曜日のありふれた午後。
500年に一度と言われる大地震が日本を襲うと誰が想像したでしょうか。

昨日と同じように今日も明日も来るはず…
私たちは当たり前のようにそう信じています。
それが一瞬の出来事で根こそぎ奪われてしまう。
言葉ではとても言い表せない衝撃だと思います。

時間の経過と共に被害の大きさが生々しく報道され
被災されている方々の苦しさや悲しみがTVに映し出されるのを見て
私は何も出来ない悔しさともどかしさで胸が締め付けられる思いで一杯です。

どうかこれ以上被害が拡大しませんように。
どうか被災された方々が一日も早く普通の生活に戻れますように。
そして笑顔が戻りますように。

何も出来ない私は祈るしかないのです。

会ったこともない人たちなのに、とても他人事とは思えない感情が
胸の奥から溢れて来て止めることが出来ません。

不思議なのですが
こういう究極の状況に於いて
私は「一体感」を感じずにはいられません。

一体感は喜びや嬉しさと言うポジティブな感情だけではなく
苦しみや悲しさを通して感じることも出来るのです。

これは私に限ったことではなく、コラムを読んでいる皆さんもそうでしょうし
震災を知った世界中の人たちも同じ気持ちかもしれません。
その証拠に世界中から祈りのメッセージがぞくぞくと日本に届けられています。

これらを見ていると
祈りとは決して気休めなどではなく
本当に力があるのだと感じずにはいられません。
祈りを通して世界中の人々の気持ちが一つになろうとしているのです。

私たち人間は
国を超え、宗教を超え、一つに繋がっている存在(ワンネス)なのだと言うことを
祈りによって感じることが出来るのです。

だからきっと
この世界中の祈りの力が
被災された人たちの心に
何か変化をもたらす事が出来ると
私は信じています。

http://news.livedoor.com/article/detail/5409856/

08:01 | 未分類 | 祈りの力 はコメントを受け付けていません
2011/02/17

私は普段右脳をとても大事にしているのですが、
講座を行ったりコラムを書く時にはどうしても左脳の力が必要です。
気持ちや思考をいかに分かりやすく説明したり理路整然と文章に表すことが出来るか。
この作業はとてもエネルギーが要るので、
私の場合終了後は一切左脳を使いたくなくなります。
そしてぼーっと音楽を聴いたりDVDを観たりして
左脳のスイッチをオフにしてしまうのです。

ここで左脳と右脳の役割を大まかに説明したいと思います。

左脳→分析、言語、計算、論理的構成、観念構成、意識的
右脳→直感、感性、感受性、空間処理、総合判断、無意識
(※カラーセラピーでは左脳は黄色、右脳は青として表されます)

面白いのは左脳の黄色と右脳の青を混ぜると緑になると言うこと。
緑には「バランス」と言うキーワードがあるのですが、
左脳と右脳のバランスをいかに保つかが色んな意味で重要なのです。

左脳だけに頼ると、頭でっかちで独断的な判断になり
右脳だけに頼ると、思い込みの激しい独りよがりな判断になります。

そこで最近左脳ばかり使っているなぁ…と感じた時には
青の補色を使って内面に向きあったり、音楽を聴くなどして
感性を磨くコトで右脳を活性化させ左脳とのバランスを取り、
逆に右脳ばっかり使ってるなぁ…と感じた時には
黄色の補色を使って理性的に分析することにより左脳を活性化させ
肥大化した右脳とのバランスを取ることが出来るわけです。

やはり何事にもバランスが大事。

最近の私はかなり右脳が活発だったので
そろそろ左脳(黄色)でバランスを取る時期なのかもしれません。

09:08 | 未分類 | 左脳と右脳のバランス はコメントを受け付けていません
2011/02/07

ここ数年「妄想する」と言う言葉をあちこちで見聞きするようになりました。
そこでふと思ったのですが、何故想像ではなく妄想と使ってしまうのか、
この二つの言葉の違いは一体何なのか、せっかくなので考えてみるコトにしました。

まずYahoo辞書で想像を調べてみると

実際には経験していない事柄などを推し量ること。また、現実には存在しない事柄を心の中に思い描くこと。

とあります。

私たちは想像と言う言葉をよくイメージと言う言葉に置き換えて表現しますが
「イメージングで願望を達成する」と言う方法があるように
現実には存在しない事柄でありながら実はとても現実的で
地に足のついた内容である事が多いようです。

例えば
○進学したい大学に自分が通っているところを想像する。
○欲しい車に既に乗っているところを想像する。

等願望実現として使用することもあれば

○こういう態度を取ったら彼女が傷つくことが想像出来るから止めておく。
○イライラしながら運転したら事故に繋がるかもしれないと想像して冷静になる。

等、他人の気持ちを推し量ったり、未来の予測としても使います。

これをカラーセラピー的に考えると
想像とは『赤の行動力』に基づいた非常に現実的な行為なのです。
願望達成にしても他人の気持ちにしても未来予測にしても
実際の自分の行動と多いに関係してくる訳です。

次に妄想を調べてみると

1 根拠もなくあれこれと想像すること。また、その想像。2 とらわれの心によって、真実でないものを真実であると誤って考えること。また、その誤った考え。妄念。邪念。

3 根拠のないありえない内容であるにもかかわらず確信をもち、事実や論理によって訂正することができない主観的な信念。

とあります。

想像との大きな違いは、まず「根拠がない」という部分。
想像は根拠と言う現実に即しているのに対して妄想にはそれがないのです。
また2、3にもあるように、かなり独りよがりで歪んだ内容が多いので、
「誇大妄想」「被害妄想」と言う言葉があるように、度が過ぎると
他人に迷惑をかけたり、社会生活を送ることさえ難しくなってくるのです。
しかし妄想に捕らわれている人はそれが真実だと思い込んでいるので
どんなに他人が諭しても聞き入れずに拒否します。
ストーカーなどはその典型的な例だと言えるでしょう。

カラーセラピー的に言うと
妄想は紫がマイナスかつ過剰に出ることによって引き起こされるようです。
紫のプラスののキーワードには「精神性の高さ、スピリチュアル、感性の鋭さ」等
精神や魂の部分に関する内容が主なのですが、これがマイナスになると
「地に足がつかない、現実逃避、妄想癖、行動が伴わない」等
視野が極端に狭まり、独自の偏った世界観に陥っていくのです。
ある種の新興宗教集団を想い浮かべて頂ければ分かりやすいかもしれません。

以上のように想像と妄想では実はこんなに違いがあるのですね。。

普段お遊び感覚で「妄想」と使っている分には全く構わないのですが
度を過ぎるとこのような危険性も孕んでいるということをお忘れなく…。

01:55 | 未分類 | 想像と妄想 はコメントを受け付けていません
2011/01/25

外側から定義づけられているもの…

私の名前。
日本人。
女性。
大人。
長女。
O型。
天秤座。
母。
妻。
長男の嫁。
PTA役員。
カラーセラピスト。

内側から否定的に定義づけられているもの…

スポーツが苦手。
アウトドアが苦手。
理数系が苦手。
ジーンズが似合わない。
原色が似合わない。
ショートヘアが似合わない。
ノーと言えない。
優柔不断。
堪え性が無い。
気が強い。
保守的。

等など…

「私って○○○なのよね」
と無意識のうちに自分を定義づけていることを
一枚一枚薄皮を剥ぐようにして取り除いた先に
本当の自分自身が現れるのだと思います。

カラーセラピーというツールを通して
クライアントだけではなく自分自身の固定観念を取り除いて行くことが
私のライフワークなのかもしれません。

02:36 | 未分類 | 自分を定義づけるものからの解放 はコメントを受け付けていません
2011/01/05

Junk Stageのスタッフの皆さま、並びに読者の皆さま
明けましておめでとうございます。
今年も「虹色の魔法」をどうぞよろしくお願い致します。

早速ですが…

本屋さんに行くと必ずと言っていいほど「なりたい自分になる方法」
みたいなタイトルの本が並んでいますよね。
他にも「自分の夢を叶える方法」「ステキなパートナーを引き寄せる方法」
等など、自己実現本は未だに人気があるようです。
数年前に流行った「ザ・シークレット」も引き寄せの法則の秘密を明かした本として
当時とても話題になりました。SATC1の映画にも出てきたほどです。

よく願い事を紙に書いて目に付くところに貼っておくといい、とか
寝る前にイメージングして潜在意識に刻みつけるといい…等と言いますが
確かにこの方法で夢を実現させることは可能でしょう。

ただ私がここで問題にしたいのは、夢が叶う方法ではなく
どんな夢を叶えたいと思うか…その内容についてなのです。

例えば「ハワイに別荘を持つ」「高級外車に乗る」「大きな家を建てる」等など
それらが決して悪い訳ではないのですが、その夢を決めたのは他の誰でもない
自分の「自我」なわけです。
自我と言うのはエゴにも置き換えられますが、自分の頭で考え出したものです。
つまり「思考」からやって来たものなんですね。

思考は自分のコアな部分(魂)が本当に望むものを分かっていません。
ですので、イメージング法でハワイに別荘を持つことが出来たとしても
親子関係や夫婦関係が悪くなったり、或いは健康が損なわれたり
トータル的に見れば何か釈然としないことが多いのです。
そこで満たされないものを補うために思考は次々と
自己実現と言う名の欲求を絶えずその人に与え続けます。
億万長者になっても、地位や名誉が手に入っても
どこか満たされない空虚感を抱えている人が少なくないのは
以上のように思考から来る欲求に支配されているからです。

では本当の自己実現とは何なのでしょう。

実はそれは経験や固定観念や既成概念を取り払ったところにしか存在しません。
つまり本当の自己実現とは過去でも未来でもなく「今」しか出来ないことなのです。
それはイメージングなどする必要はなく、
今やるべきことことに心を込めるだけでいいのです。
日常の習慣化した行動パターンも心を込めるだけで自己実現になりますし
それが積み重なると、気付いた時にはハワイの別荘や高級外車よりも
その時の自分に本当に相応しいものが手に入っているでしょう。

自分の中にあるコアな部分は人生の羅針盤のようなものです。
それは遥か昔から存在する偉大なる知恵なのです。
思考が望む願い事や理想や目標よりも
本来自分自身が進むべき場所へと間違いなく導いてくれるはずです。

07:55 | 未分類 | 本当の自己実現 はコメントを受け付けていません
2010/12/15

昨日、youtubeのお気入りを思い出の曲でまとめてみました。

稲垣潤一、鈴木雅之、池田聡、久保田利伸、ユーミン…等
殆どが男性ボーカリストなのですが、彼らにはある共通点があるコトに気付きました。

そう。。

「女々しい歌を歌わせたら天下一品!!」なのです。

女々しいと言う言葉は適切じゃないかもしれませんし
それどころか差別用語とフェミニストの方々にお叱りを受けるかも^^;
(タイトルの「男らしさ」もそうですが…)
でも女々しいが一番しっくり来るので今回は敢えて使わせて頂きます。

女々しい男性は女性から嫌われるナンバー1らしいですが
実は私、ある条件付きであれば女々しい男性って大好きなんですよね。

その条件とは、その女々しさを表に出さず男らしく我慢するコト…なのですが
内側では激しく燃えるような想いを抱え、切なさと苦しさでのたうちまわり
自分の中の女々しさと葛藤しながらも、表面上ではそれを決して見せず
ストイックに我慢している…という何とも複雑な男心に
私は異常なまでに色気と魅力を感じてしまうのであります(笑)

私のお気に入りの曲は全てそういう葛藤を歌った男心なのですが
これは決して直接相手には言わない(言えない)気持ちなんですよね。
だからこそ価値があるし、重みがあるのですが…。

思い出の曲を聴いていると、当時の記憶が一瞬にして蘇り
その時の空気や匂いまでリアルに思い出せるから不思議です。

若かったせいもあり、傷つけたり、気付かなかったり、見えなかったり
いくつかの過ちもあったり…その上好きな人の気持ちが中々掴めず
悩んでいた私にこれらの曲は彼の気持ちを代弁してくれているように感じました。

私は基本的に過去にも未来にも興味がなく今を大事にするタイプなので
あの時にああしていたら…というIFの気持ちは全くないのですが
時々はこうやって秘密の宝箱を覗いて
瑞々しい感情を味わうのもいいのかな…なんて思っています。

07:44 | 未分類 | 男らしさと女々しさ はコメントを受け付けていません

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