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2010/05/12

谷間の自然は、筍(タケノコ)尽くしの日々が終わろうとする頃には、間を置かずに新たなめぐみを提供してくれます。5月の連休の頃、この谷間では虎杖(イタドリ)、蕗などと共に、蕨(ワラビ)が旬を迎えていました。

今年は、そんな谷間を多くの友人、客人の皆さまが訪れて下さり、山菜採りとお料理を存分に楽しんで下さいました。

我が家から徒歩で直ぐの谷筋を少し入った所にある休耕田では、太さといい、長さといい、間違いなく、「一級品」のワラビが、ほんの10分程で両手で も掴みきれない程収穫できます。蕨程ではありませんが、蕗(フキ)や虎杖(イタドリ)なども収穫できます。

写真は更に昇った山の斜面での光景。薇(ゼンマイ)や蕨(ワラビ)が茂っています。

5月の光の下、里山で山菜採り

5月の光の下、爽やかな風を受けながら里山に分け入って山菜を摘んで歩く。素晴らしい一刻です。山菜は眼(脳)が慣れて見つけられるようになるまで人によっては時間が掛かることもありますが、蕨などはしばらく根気良く探していれば必ず見つけられるようになります。一度見つかるようになったら、誰もがしばらくは夢中になるようです。縄文時代の記憶を取り戻すのでしょうかね・笑?

山で収穫した山菜は、持ち帰り次第、早速調理します。

一般に、山菜はどれも下準備が大変で、特にアク抜きが面倒だと思われ勝ちです。かく言う私も、かつては、重曹を使ってみたり、木灰をお願いして譲って頂いたりして手間隙かけてアク抜きしておりました。

が、今では蕨や薇のようなアクの強い山菜であっても、基本的に水から煮てしばらく湯掻いて置いておく、それだけです。採り立ての山菜ならばそれだけで充分なのです。(都会で手に入る山菜はどんなに新鮮なものでも収穫後、数日間経っていますので重曹や木灰でアク抜きが必要です。)

採れ立ての蕨(ワラビ)を水から茹でて煮立つ頃には部屋一杯になんとも言えない良い香りが拡がります。歯応えが残るように茹で過ぎない様に。

蕗は沸騰したお湯でさっと葉ごと湯掻いて水にあげ皮を剥きます。鮮やかなエメラルドグリーンと独特の素晴らしい香りが堪らないですね。

虎杖(イタドリ)は生のままで皮を剥けばそのまま食べられ、調理もできます。こちらの特徴は酸味。

今回、皆でこの採れ立ての山菜で一緒に作ったお料理で人気があったのはパスタ。

トマトソースと合わせて、もしくはやはり収穫してきた野蒜(ノビル)とオリーブオイルのソースでシンプルな塩味で。 本当に都会ではどんなにお金を積んでも手に入れられない素晴らしい美味しさ、まさに、「宝物」です!

願わくば、この「宝物」を手にする歓びと、里山の自然への感謝の気持ちを、訪れて下さる皆さんと共に、いつまでも忘れることなく、味わい続けることができますように!

P.S.

里山の山や畑は、どんなに荒れて放置されているように見える場所であっても、必ず持ち主の方がいらっしゃる「人様の土地」です。決して無断で立ち入ることはなさらないでください。

2010/05/12 12:03 | 食べる | 2 Comments

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[…] « 初夏のめぐみと田畑での「百姓」仕事 | Home | 田に水が入る頃 » 2010/06/01 谷間の宝物(続) mixi check Tweet 既に2度も書いた「谷間の宝物」、山菜についてですが、この辺りの地元の皆さんにとっては如何なるものなのか?と申しますと、実は、殆ど見向きもされずに放置されている存在なのです。私が山菜採りに興じている姿を見ても、あぁ、あの人、また採っているよ、よくもまぁ、物好きな…、という感じなのですね。もっと山奥の田舎に参りますと、農産物直売所などで山菜を販売し収入にしている方々も多くいらっしゃるので事情は異なるのでしょうけれど、この辺りは中途半端な田舎で直売所のような施設はありません。したがって、採集するのはお金に換える為ではなく、自分たちで食べるか、親戚などに分ける為、ということになります。山菜界の王者、「たらの芽」や、出始めの頃の女王、「筍」などの一般にかなり良いお値段で流通している類はやはりステータスがあり、それなりに採る方々がいらっしゃいます。が、他の山菜類、特に土筆、蕨(わらび)、薇(ぜんまい)、イタドリ、蕗、といった、比較的流通に乗らない、もしくは、乗っていてもそれ程高価なお値段は付かないもの達は極めて冷遇されています。ですから、私が蕨(わらび)を採らせていただいているお礼にと、休耕畑の持ち主のお宅にアク抜きした蕨ひと束をお持ちした際には、「私たちはもう蕨など食べたいと思わないのですよ。あく抜きも、料理も面倒でしょう?それに、蕨をたくさん食べたら癌になる、とテレビで言ってましたから・・・。あなたも余り食べない方が良いでしょう。」(標準語に翻訳済みです。)などと仰られて、丁重にお返し戴く始末。当初、この経験は、私にとって大いにショックだったものです。だって、こんなに美味しいものを食べずに捨て置くなんて、どーして!?!都会ではどんなに食べたくてもこんなに新鮮で美味しいものは手に入らない、将に「宝物」なのですよ!?!都会で暮らしていた私がこの「宝物」、山菜の美味しさを知ったのは、山歩きや山スキー(というかクロスカントリースキーみたいなスキーなんですが)が好きで、春先の山菜を食べさせて頂く機会に恵まれていたからですが、一度、この美味しさを知ってしまったら中々忘れられるものではありません。だから、仕事が忙しくて週末の山行にも行けなかった頃(そんな時代もあったのです・笑)には、東京で山菜の鮮烈な味と香りを懐かしんでため息を吐いていたものです。今のように、毎日のように自分で摘んだものを戴けるなどというのは、正しく夢のような贅沢なのに・・・。 […]

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