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2010/09/03

大変ご無沙汰しておりました。百姓になりたい、川口です。

とても暑い夏、でしたね。
この谷間でも連日34度を超える猛暑の日々でした。
梅雨明け以来、未だに殆ど雨も落ちて来ない、畑の野菜達にとってはとても厳しい日々が続いています。

幸いにして、田にはご先祖様たちが作って下さった溜池から充分な水が降りて来ているので、稲たちは順調に育ってくれています。

この調子ならば、今年もこの辺り一帯は豊作が期待できそうです。

さて、私の夏の一日は以下のような日々でした。

朝、まだ谷間に日が差し込まない間に朝露を踏みながら田に向かいます。
まず、畦の周りを点検します。もぐらなどが空けた穴から水が漏れたりしていないか確認する為です。

異常が無いのを確認したら、畦(アゼ)で草履を脱いで、田に入ります。

夏の間、私は田には素足で入っています。

朝夕の、ひんやりとした田の水に足を入れるときの感覚はとても心地のよいものです。

田に入ったら、稲の株の間をかき分けつつ、一条(スジ)毎に稲の株一つ一つを調べながら草を刈ってゆきます。

稲の株の周りに稗(ヒエ)などの雑草が張り付いて根を張っていないか、一株一株を丁寧に調べ、張り付いている草は抜き取って、他方、株の間に生えている草は刈ってはその場に敷いてゆきます。

とても時間のかかる、根気を要する作業です。
午前中の数時間の間に5-6条も出来れば上出来でしょうか…。

私の今年の田の場合、一条に50株ほどの稲を植えていて、その条が100条ほどもありますから、急いでやってみたところで一日、二日では終わりません。しかも、一通りの草刈りが終わる頃には、最初に刈った草はまた伸びていますから、再び、一から同じ作業を繰り返さねばなりません。殆どギリシア神話のシジフォスに与えられた罰のようです。

一株づつ、点検しては草を刈り、ただ黙々と身体を動かし続けていきます。

次第に高くなって来る太陽の日差しに背中が焼かれてゆきます。時折、田の表を渉ってくる風が一層心地良く感じられます。稲の間で身体を動かすたびに蛙やゲンゴロウ、バッタ、蜘蛛、トンボなどの小動物達が周りを忙しなく行き来し、空中ではしきりにツバメ達が餌を追って飛び回っています。そんな森羅万象の生命の気配に充たされつつも、ただ黙々と草を刈っていると、次第に頭の中も空っぽになって行きます。

何だか、お経を唱えたり、瞑想したりしているみたいな感覚です。

私はかつては山歩きなどもしていましたが、長い登りを歩いている感じに似ているような気もします。

それでも、日が高くなる10時を過ぎる頃には、もうとても作業を続けていられなくなって、家に逃げ帰ります。

朝の6時頃から作業を始めても、意外にあっという間に過ぎてゆく時間です。

水を浴びて汗を流し、ご飯を食べ終わる頃には温度も上がり、吹き込む風も熱風に感じられるようになります。そうなったら、もうなるべく床の上、低いところでゴロゴロしているに限ります。本などを読んで過すのですが、暑さと、波のように訪れる眠気とで、なにやら目覚めているのか夢の中にいるのか定かでない長い午後のひとときです。

ようやくすっかり日が傾き、谷間の西の山の端に達する頃になったら、ようやく身体を起こし、再び田に出かけます。

そして、朝と同じように草を刈ります。
夕方には、朝ほどの時間はありません。
日が落ちて暗くなると活動を始める虫達に刺される前には退散します。

再び水を浴びて、夕暮れの風にあたっていると昼間の熱の火照りが静かに拭われて行きます。

後は、食事をして寝床に入るだけ・・・。そして、再び次の暑い日が始まるのです。

私の百姓的な夏の日々は、来る日も来る日も、こんな風にあっと言う間に過ぎ去って行きました。

永遠に続くかのようでありながら、同時に陽炎のように、儚く過ぎた日々でした。

まだまだ暑い日々は続いていますが、今はもう稲の穂が出始めました。穂が出て花が咲き始めたら、稲の受粉の妨げにならないように、田には入れません。

ですから、あの永遠に続くかのような夏の日々も終わり。
想い出となりました。

なんだか、懐かしいような不思議な心持ちで、しばしの休息を楽しんでいます。

2010/09/03 06:31 | お米作り | 1 Comment

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