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2011/11/30

時の経つのは早いですね。もう12月になろうとしています。ようやく稲刈りを終えてほんの少しだけホッとしている百姓になりたい、川口です。

今年の冬は暖かい日が続き、例年ならば疾うに黄金色になっているはずの荒神様の銀杏の葉も11月の半ば過ぎまでまだ緑色、霜も遅れていました。
本来ならお米には数回霜に当ってもらってから刈りいれるのが理想です。寒気に触れた稲は、最後の力を振り絞るようにありったけの養分を実に送り込んで枯れてゆくからです。霜にあたったお米はそれだけ大きく甘味も増すことになる訳です。

刈り獲った稲は稲架にかけて天日干しします。天日干しも美味しいお米になってもらう為にはとても大切な作業です。刈り取られ干されている間にも、その稲の葉、茎からは最後まで子孫を残してくれるお米へと養分が送られ続けるからです。

近代機械農業のコンバインによる刈入れでは、刈入れと同時に実を稲わらと分離(脱穀)させてしまいます。ですからこの最後の親から子への栄養伝達、熟成過程が行われません。更に、脱穀したそのお米はすぐに乾燥機に入れられて、高温の熱風で乾燥されます。高温にあたって酵素が変質した籾米はもう芽を出すことが出来ない、謂わば、「死んだ」お米になってしまいます。そして、早ければ翌日にはもう籾殻も外され(籾摺りされて)、玄米として出荷、貯蔵されます。玄米になったお米は急速に酸化、劣化して往きますから、品質を保つ為に冷温貯蔵庫で保管されます。それでも、ゆっくり天日乾燥させた籾米をそのまま貯蔵したお米に比べるとどうしても劣化せざるを得ません。

収穫後の作業がこのように自動化され、作業時間が短縮されるようになったことは、農家の方々にとっての作業負担の多寡だけに着目するなら大いに素晴らしいことになりますが、殊、「美味しいお米を手にする」ことを第一義とする上では、このような方法は決して最良ではありません。

更に、コンバインや乾燥機、大型の籾摺り機などの大型農業機械の製作、維持、そしてそれを使った収穫作業や冷温貯蔵に投入され費やされる資源、エネルギーは膨大なものとなっているのです。

わたくしが実践している自然農の収穫作業に使う道具は鋸鎌(のこぎりがま)一本だけ。後はすべて身体だけを使った手作業ですから、時間はかかりますが投入されるエネルギーは極僅か。お腹を減らした私が食べるご飯があればよい。天日乾燥もお日様と風が頼り、稲架(はざ)も山から伐った木や竹などのやがては自然に還る素材だけで足りるのです。

そして何よりも、それが最高に美味しいお米を手にする為の「最善の手段」なのです。

やはり、お米はゆっくり天日でじっくり低温乾燥、熟成させ、籾を付けたままの状態、即ち、種を播けば再び立派な稲に生長する力を内包したままの状態で保存、そして、食べる直前に籾摺り、精米をする、それ以上の方法はありません。

もちろん、とっても、とっても、時間と手間はかかるのですけれども。

という訳で、ようやく稲刈りを終えたものの、これから始まる脱穀、唐箕掛けの再び気が遠くなるような作業を想うと、ちょっぴり、怖気づいている私なのです。

2011/11/30 11:59 | お米作り | No Comments

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