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2013/03/28

春分を過ぎました、 田畑では麦の緑が眼にも鮮やか。梅の花が散り始め、木瓜が咲きました。桃の花ももうすぐ開きそう。 間もなく桜の季節、春爛漫を迎えつつある谷間より、久しぶりのご挨拶です。

ご無沙汰しておりました。百姓を目指して丸五年を過ごそうとしています。 川口巽次郎です。

昨秋にお迎えしたJunkstageの皆さんとの想い出も最早、春霞のかなたに朧に浮かぶばかり。 でも、しつこく書かせて頂きます。

yuuさんが書いて下さっていましたが、皆さん、夕食の準備が終わった頃には将に「疲れ切って」いました。 直接の原因は、以下の3つです。

1) お米の籾摺り

この件については、既に先回書かせて頂きました。改めてYuuさんから頂いた写真をアップしておきました。しつこいですが、とても現代日本の光景だとは想えません(笑) ぜひご覧ください。

2) お魚の調理

最初のお買い物編で当日仕入れた魚についてはご紹介しました。が、この仕込み、大変に手間のかかるものなのですね。

そして、

3) 竈の火の番

当日の夜ご飯のメイン料理は、蟹と鶏でしたが、この2品は共に庭の竈で皆さんに火の番をして調理して頂きました。いまどき、キャンプでも無いのに、もしくは、キャンプであったとしても、野外で薪炊きで調理をする、というのは珍しいですよね。

という事で、今日はお魚について。

こちらでご紹介した通り、仕入れた魚は全て海から揚がったままの状態、というか、殆どが調理する時まで活きてます。 都会の魚屋さんの店頭や、スーパーの鮮魚売り場でパックされて並んでいる魚たちとは全くの別物なのです。

当然ながら、鱗もついているし、鰓も内臓もついている。

勿論、そんな素材だからこそ美味しく頂けるのですが、実は、瀬戸内の魚には大きな特徴があります。

それは、大きくない、というか、小さい!という事です。

当日のメニューからお魚料理を振り返ってみましょう。

1) お刺身(サヨリ、コチ、カレイ、スズキ、チヌ) 2) ネブトと小蝦の唐揚げ: 3) 小蝦と南瓜のサラダ: 4) 釜茹で渡り蟹:

4) の蟹については下拵えは要りません。釜で茹でる。以上です。

が、他のものは結構手間が懸るのです。

先ず、2) のネブトと小蝦。

ネブトの正式名は、「テンジクダイ」。岡山県東部では「イシモチ」とも呼ばれる小魚です。(関東でイシモチと呼ばれる魚ははるか大型の別物、瀬戸内ではグチと呼ばれます。)実は沖縄の珊瑚礁で無数に群れている姿が有名なのと同じ種類のお魚です。

このネブト、どれ位のサイズかと申しますと、小さいのは小指の先位、大きくても精々親指の先程度のものです。 まぁ、唐揚げにしたら1人で10匹程度は軽く食べてしまいますので、当日の10名分は軽く100匹を超えていたと想います。

先ずはその100匹以上のネブト君たちの鱗を綺麗に洗って外してから、一匹ずつ、頭を外します。「イシモチ」という別名が示す通り、ネブトの頭の骨は非常に硬く、食べ難い為です。胸鰭の辺りを摘まんで身体の1/3位の大きさの頭を引っ張ってちぎりとります。

これ、お魚係りになった皆さんにやって頂きました。

言うは易しですが、結構難しい。取り組んで下さったお嬢さんから、「え、私、これ無理!身が壊れちゃう。」という聲が漏れたのを聴いたような覚えがあります。

でも、100匹以上、きっちり頭を外して頂きました。

次は小蝦。 瀬戸内では1年を通じて実に様々なサイズ、種類、名称の小蝦を食べます。 この日の蝦はまぁ、小さい方でしたね…。どれ位小さいかというと、大きくても小指位のサイズでした。

小蝦の唐揚げは頭ごと丸ごと全部揚げて食べられますので特に下拵えはありません。嬉しい事です。

が、サラダの方は、茹でた蝦の頭を外して殻を剥いてから使います。 こちらも、まぁ、お一人5匹は軽いという感じですので、50匹以上は、剥いて頂きました。

言うは易しですが、これも結構チマチマとして難しい作業です。取り組んで下さったお嬢さんから、「え、私、これ無理!剥けないで身が壊れちゃう。」と呟いていたのを聴いたような覚えがあります。

でも、50匹以上、きっちり殻を剥いて頂きました。

そして、お刺身。

サヨリ5本に、コチ3本、カレイ、スズキ、チヌ。

実は、わたくしもお刺身用にこんなに沢山の種類のお魚を用意したくは無かったのです。 が、何故かその朝の市場には小型の魚ばかりで人数分を纏めて取れる大きな魚がいなかった・・・。 コチやスズキ、チヌは1枚で10人前のお刺身が採れる程のサイズにもなりますが、この日のものはどれも小さかった。

それで仕方なく数を増やすしかなかったのです。

しかも、買い物から戻ってから、皆さんの到着までに下拵えをしておく時間が無かった為、私が卸した身から小骨を抜いてお刺身にする工程は全て皆さんにお任せする事となってしまったのでした。

合計、20枚以上ものわたくしが卸した切り身をお刺身にひいて盛り付けて頂きました。

上記の作業を全てやって下さったお魚係りだった方々、あなた方は本当に素晴らしいです。 あなた方は、間違いなく、どこに行っても、どんな時代が来ても、生き伸びて行ける方だと想います!(笑)

でも、やっぱり、「これ、絶対無理。私がやると身が壊れる。」という呟きも聴こえた覚えが…(笑)

何もそんな小さな魚を食べなくても…、と想われる方も多いと想います。かつて東京で暮らしていた頃のわたくしも間違い無くそう想っていたでしょう。

しかし。。。、

実は、瀬戸内の魚の美味しさの神髄はこうした小魚、雑魚にこそあるのです。

有名な「ママカリ」も実はそんな雑魚の一つなのですが、私が特に凄いなぁ、と想うのは「ギギ」です。

「ギギ」は「ヒイラギ」と呼ばれる魚ですが、精々体長5cm程度の薄い菱形のお魚で、しかも、殆ど身らしい身が付いていません。お醤油で煮付けるのが一番ですが、そのまぁ、薄っぺらで小さい事といったらありません。その薄く小さいお頭付きを1枚だけお皿に乗せて戴くのが基本です。尖ったお箸の先でチマチマチマチマと身を突いては有るか無しかの身を解し、チョビチョビと摘まんでは口に運びして頂きます。身を解して食べてしまったら、これまた小さな骨を上下裏表しゃぶって間に残っている僅かな身までを舐め尽くします。小さな身体に似合わず、実に旨味の濃いお魚なのです。

純粋な量的には、ギギ1枚を食べ尽くすのと、鮭の切り身の「一口分」とで殆ど変りがありません。

ところが、そんなギギ1枚が、鮭の切り身「一切れ分」を遥かに超える美味と満足感とを与えてくれるのです。

「ギギ」を戴くと、食べるという事の奥の深さを想わずにはいられません。

瀬戸内に移って来た当初は、わたくしも勿論そんな事は想像も付きませんから、どうして、瀬戸内の魚というのは調理にも食べるのにも、こんなに面倒臭い小魚ばかりなのだろう?と想っていた事でしたが、今は、小魚にこそ本当の美味しさがあるのだ、と想うようになっています。

ですから、皆さんをお迎えした当日、偶々市場に調理のし易い大型の魚が無かったのは、そんな、瀬戸内の真実を東京からのお客様達に伝えたいと想った瀬戸内の神様たちのお計らいだったのかもしれないな…、と今振り返りつつ想うのです。

2012/11/12

いつの間にか、立冬を過ぎました、
荒神様の銀杏も黄金色、私の田の稲もすっかり黄金色です。
早生種からすこしづつ進めて来た稲刈りも今週中には終わります。
あっという間の4年目のお米作り。まだまだ食卓にあがるまでには手が懸りますが、それでも確かな実りを手にしてほっとしている百姓見習いの川口巽次郎です。

先週末、そんな谷間に、嬉しいお客様をお迎えしました。
Junkstageのライターの皆さん、8名様が秋の合宿と称してお越しになったのです。
その際の顛末は、yuuさんを始め、いくつかのコラムでご紹介下さっております、

そこで、私も、お迎えした側の視点から、その愉しかった時間を何回かに分けてここに記録させて頂こうと想います。

先ずはお買い物編。

ランチ作り体験で10名様以上のお客様に里山暮らし体験をして頂いた事は何度かありますが、泊まり掛けで来て戴いたのは初めての事です。折角の機会ですし、お魚の美味しくなる季節でもありますので、早朝から自転車で買い出しに出掛けました。

一番近くの市場ではないのですが、敢えてお気に入りの海沿いの魚市場まで、自転車で往復2時間以上の道のりをものともせずに参りました。

以前書きましたが、流石に毎日これでは身が持ちませんが、月に一度も無い事ですから、十二分に愉しめるサイクリングです。幸いお天気も良く、峠を越えて下りにかかる頃には丁度目の前に日が昇って来て、霧の間に差し込むオレンジ色の光がなんとも美しく輝いておりました。

海沿いの道に出ると、多島美の美しい波も穏やかな瀬戸内海が拡がり、吹く風も爽やかです。

市場に着くと、そこには既に沢山の人が溢れていました。祝日の朝ですからね。

次々とトロ箱に詰まった蟹や蝦が獲り合うように売れていってしまうので、買い負けないように頑張りました。お刺身用の中大型魚がやや品薄でしたが、それでも、皆飛び切り新鮮な魚を仕入れる事が出来ました。

こんな感じです。

お刺身用: ハネ(鱸)、チヌ(黒鯛)、鰈、鯒(コチ)、細魚(サヨリ

 


唐揚げ用: 中エビ、ネブト(天竺ダイ)


そして、瀬戸内で珍重されるワタリガニです。

豪勢です。

ちなみに、この魚たちは皆主に定置網で漁ったものです。

定置網というのは、瀬戸内でもこの辺りで特によく見られる漁法です。

その名の示す通り、魚を採る網そのものは決まった場所にいつも設置されていて動かしません。沿岸から見ると、海の上に棹が何本か規則的に立てられてその棹に沿って網が張られています。わざわざ舟や人が引っ張って網を動かさなくてもお月様の力でとどまることなく日々繰り返される潮の干満によって魚が勝手に入って来てくれる、そんな聴くだに素晴らしい漁法なのです。

先ず、潮が満ちると陸近くの浅瀬で大量に発生するプランクトンを求めて小魚たちが寄せ集まって来ます。
すると、続いて中大型の魚たちがその小魚たちの後を追って集まります。
潮が満ちている間の浅瀬は謂わば魚たちのダイニングルームなのですね。

やがて、潮がひき始める頃になると宴を終えた魚たちが沖へと戻って行きます。が、この帰り道に待ち構えているのが、上記の定置網。

岸に向かって長く伸びた網にぶつかった魚たちはその網に沿って沖へと泳ぎ、自然にその先に円く張られた網の中に誘導されます。そして、出口を見失ってその網の中をぐるぐると回遊しているうちにやがて漁師さん達がやってきて掬い上げられる、という寸法です。

この定置網には特に出口を塞ぐ蓋らしきものはありませんので、実は一旦は円い網の中に誘導された魚たちもその7割程はそのまま外へと泳ぎ出て行ってしまうものなのだそうです。

3割ほどの、私のようにのんびりした(というよりも有体に謂えば間の抜けた)お魚たちだけが網の中である事を特に気にも留めずにぐるぐると廻っている内に、漁師さんに掬い上げられる、ということになるのだそうです。

我が同類ながら、実に何とも間が抜けているというか、のんびりとしたお話ですよね?

でも、そんな風にして漁られた魚はどれもその季節に旬を迎えたものばかり。しかも、満腹で幸せの絶頂状態、ストレスも受けていない最高の状態で水から揚がってくるのですから、これ以上に美味しいものは望めない、という素晴らしいお魚たちな訳です。

こうして仕入れたとびきり新鮮な瀬戸内のめぐみを皆さんと一緒に調理して戴いた訳ですが、その模様は第二回以降に詳述させて頂きます。

ところで、市場で魚を仕入れる愉しみはそのとびきりの品質と安さだけではありません。(ちなみにお値段はこれだけ大量でも1人分は諭吉さんを越えない程度なのですから驚きですが。)
更には、今回のように大人数分の仕入れになると、色々なオマケを戴くことが出来ます。
お会計の際に、あ、あのママカリを少々、それから、そっちのトロ箱に入っているいろんな魚、安く分けてくれないかな?なんてお願いをしますと、それこそ、まぁ、持って行って、という事になったりするのですね。

瀬戸内の魚の本当の美味しさは「雑魚」と呼ばれる小魚にこそあるのですが、そんな「雑魚」をオマケに付けて貰っていただくのがまた何とも贅沢な幸せなのです。

今回は、食べ切れない分をお隣のおじいさんにもお裾分けをして、普段から頂戴しているお野菜のお礼とすることもできました。

いやぁ、ちょっと疲れるけど、たまの買い物は愉しいなぁ…笑

では、また次回。

2012/09/17

今日は台風へと吹き込む温かい湿った空気の影響で雨が降ったりやんだり、秋冬野菜の種降ろしも終盤を迎える頃ですが、一休みの一日になりました。 ご無沙汰しております。お百姓になりたい、川口巽次郎です。

今年の夏もこの谷間は小雨でした。灌水もしてあげない中、野菜たちは一生懸命に身を縮めて暑さと乾燥に耐えつつ実を結ぶ準備をしていました。中には耐えきれずに枯れてゆく作物もあります。が、こんな小雨でも乾燥を好む瓜類はとても元気で、今年は胡瓜、縞瓜(冬瓜の親戚みたいな瓜)、メロンなどが特に良く採れました。中でも、余計な肥料や水をあげないで育った自然農のメロンの美味しさには、将に目を見張らされました。

立派に大人に成長し、出穂・開花した田のお米や畦の豆たちも今はもう結実して、これからは日夜、実を太らせて立派な子孫を残す為の営みへと入っています。幸せな晩夏の時間が過ぎて行きます。

先日、そんな田の様子を畦から眺めていると、お隣の畑の方が声をかけて下さいました。

「あなたの稲は農薬も使っていないのに、病気にもかからずに立派に育っていますねえ!一本づつ植えているから、株間も大きく空いていて風通しが良いからでしょうね。」

ちなみに標準語に翻訳する前の原語では以下のような感じです。

「ああさんとこんいねあくすりもせんのにええようんなっとってどがんもねえな!いっぽんばあうえよるんじゃけえ、ようかぶがすいとうでかぜんとおるけえらくじゃ。」

煩雑になりますので、以下は標準語のみで。

私:「そうですね、よく育ってくれますよね。」

お隣さん: 「それでも蝗(イナゴ)に食べられるのは避けられないな。沢山居るなぁ。」

私:「全く沢山跳んでますよね。皆さんはイナゴ対策でも農薬を撒くのですか?」

お隣さん: 「蝗(イナゴ)対策に農薬撒く人もなかには居るけれど、蝗はその時だけ他所の田畑に逃げて出てしばらくしてから戻って来るだけだから大した効果はないな。」

私:「そうでしょうね。でも全部食べ尽くされてしまうような事はないし、我が家の稲の葉はしっかりしていて固いから、寧ろ稗を好んで食べてくれたりもするみたいですから、気にしなくても例年通り何とかなりますよ。」

お隣さん:「せっかく沢山居るのだから採って食べたらよいでしょう。」

というと、サッと手を伸ばして握った拳の中には蝗(イナゴ)が見事に治まっていました。

そして見る間に二匹三匹と捕まえて…。

という事で、仕方が無いから、わたくし、蝗を食べてみることにしました。

以前、お隣のおばあちゃんが遠くを見るような眼差しで、「田で捕って帰ったイナゴを炉端で塩焼きにして喰うたのが旨かったんじゃぁ…」と云うのを聞いて以来、いつかは喰べてみたいものでもあるな(でもちょっと怖い・笑)、と想っていましたが、ついにその時がやって来たのです。記念すべき我が百姓人生における狩猟生活への第一歩です。

数年前には猪を倒して豪快にその肉を焼いて喰っているマッチョな自分、というのを妄想していた事もあったのですが、意外にもスケールダウンしたデビュー戦となりました。

先ずは、私も蝗を捕まえてみます。最初は結構難しいものですが、何故か個体によっては私を舐めているのか碌に逃げようともしないで捕まるものもいます。何度か逃げられながらも試すうちには、子供時代に蝉やバッタを捕まえた頃の身体感覚も甦り、あっと云う間に10数匹を捕まえる事が出来ました。

この調子ならば売る程に捕獲する事も出来そうだ、と調子に乗りそうにもなりましたが、買ってくれそうな人も想い付かないし、もとより自分たちではそんなに沢山食べる気にはなりませんので、あっという間に狩猟は終了。

お隣のおばあちゃんは、蝗を捕まえてはその場で腰にぶら下げた針金に刺して筏(いかだ)のように並べていたものだった、と言っていましたが、初心者のわたくしにはそれは高度な荒業に想われましたので、現代人らしく、取り敢えずはビニールの袋に入れました。

袋の中でバシャバシャと跳ね回る音が哀れを誘います。

家に帰って、竹串に刺し並べ、直火で炙って羽やらを焼いてから、フライパンで塩煎りにしました。

なんだか香ばしい良い匂いが漂いました。

そして、晩ご飯の日本酒の肴に。

妻が小さな一匹を口にして言いました。「これは、ししゃもだねぇ!」

……

まぁ、そういう事です。

自然農の田では蝗も格別の味に育つようでした。

実はわたくし、大人になってからは蟲さんが大の苦手だったのです。自分がとうとうこんな事になったなんて、と感慨も一入に深いものがありました。

わたくしの狩猟生活、もうこちらの方面にはこれ以上進まなくても良いよなぁ、ともおもふ夕べ。

お酒が沁みました。

ちなみに、サラッと書きましたが、活きた蝗を火に炙る為に串刺しにするのが都会っ子には結構ハードルが高い様に想われました。まぁ、活き海老に串を打つのに比べればカワイイものですけど、蟲はまた格別ですからね…。

実は、後にご年輩の方に蝗の捕り方を見せて頂いたのですが、その方はその辺に穂を伸ばしている稗の穂軸を折り採って、捕まえた蝗の腹側の胸の辺りから背中に向けてさっとその穂軸を貫き通していました。すると蝗はぴくりともせずに静かになります。実に鮮やかな適切な殺め方でした。使うモノも全て身近な自然に還る素材でエコの極みです・笑。今後は私もこのやり方を見習おうと想います。

さて、次の狩猟生活へのステップアップの道は、池の鮒、空の雀か、はたまた、最近復活しつつあるという山の野兎か?乞う、ご期待を。

2012/07/31

ピーカンの夏空の下、黙々と朝夕の田の草刈りに励んでいる百姓志望の川口巽次郎です。

田植えを始める6月中旬から田の除草を終える8月上旬までの期間は、私のような「なんちゃって」な自給農にとっても農繁期、存分に田畑で過ごす日々となっています。

そんな日々の一番の愉しみは何と言っても毎度のごはん!

早朝から朝露の輝く畑を抜けて田へと向かう。田で草を刈る間に陽は高くなり、眩しい日差しに焼かれて汗びっしょりになって戻る。火照った身体を水を浴びて冷ましてから食べる昼食!

そして、漸く傾いた太陽に焼かれた大地の熱気がまだ冷めぬ中再び田に向かい、夕焼けの残照が青黒い帳へと変わるまで作業して、月の明かりに映された自分の影を追うように家に戻る。ほっとするような涼しい風を感じながら頂く夕食!

毎食、これ以上のご馳走なんて有り得ないよなぁ…!と、文字通り噛み締めています。

最近は、自分たちの「自然農」の田畑からの作物だけで食卓を満たすことが出来る日が多くなった事も美味しさが益している一因なのでしょう。

より多くの人が、この素晴らしい美味しさに目覚める日がきたらどんなにか良いだろうに、と(誠に大きなお世話ではありますが・笑)想いを馳せずには居られない、そんな日々(毎食)です。

さて、唐突ですが、私がここJunkstage書いてにコラムを書いている「川口巽次郎(かわぐちたつじろう)」という名前、これは本名ではなくペンネームです。

わたくしの母方の祖父の氏名の漢字一文字だけを変えたものです。

件の祖父は、先の戦争中に満州で亡くなりましたので、私が生まれた時には既にこの世には居りませんでした。時に想い起こす縁(よすが)にと、ここで使わせて貰うこととしたのです。ただ、祖父と全く同じ氏名にすると、何やら重いモノを背負うような気がして、敢えて一文字だけは別にご縁のあった漢字に変えてあります。

ちなみに、「川口」と謂いますと、「自然農」に取り組んでいらっしゃる方々は、川口由一さんを連想されるでしょう。

川口由一さんは、30年ほど前からただお一人で取り組みを始めた「農」の在り方を、「自然農」と名付けられて、静かに、たんたんと、世に伝える活動をなさっていらっしゃる方です。

以前、極く簡単にご紹介した通り、私自身も5年前に田舎で暮らし始め、畑で野菜を育て始めた当初から、基本的に作物の栽培は「自然農」のやり方に倣って取り組んできました。

が、私がこのコラムを書き始めた頃には、まだ川口由一さんにはお会いしたことも無く、それどころか、「自然農」に取り組んでいる何方(どなた)とも一切の面識すらありませんでした。勿論、私のペンネームである「川口巽次郎」と、川口由一さんとの間にも、そもそもは、何のご縁も無かったのです。

そんな私ではありましたが、5年前、仕事を辞めたばかりだった頃に出会ったある本が切っ掛けで、一人密かに「自然農」をやってみよう、と想い、実践を始めたのでした。

それは、「自然農・栽培の手引き」という本でした。

仕事を辞めて田舎暮らしを始める半年程前、偶々旅した鹿児島で、偶々訪れた開聞岳の麓の植物園で、全くの偶然に妻に薦められるままに購入にした本だったのです。

パラパラと捲っては眺めている内に、この本に紹介されている作物の栽培方法ならば、「僕にも出来そうだな…。」と想ったのでした。

先ず、「自然農」の栽培方法は、一切の農業機械を必要としません。 基本的な道具は、鋸鎌(のこぎりがま)、スコップ、平鍬(ひらぐわ)の3点セットだけ。初期投資は一万円もかかりません・笑。

更に、当時のわたくしは、農作業というものは、毎朝夕に必ず畑に水を担いで行って灌水(かんすい、みずやり)をし、雑草は一本残らず除草して、折りある毎に耕すもの、要するに、重労働を伴うものだ、と信じていたのですが、このご本を読む限りでは、そのような重労働は尽く不必要である、とされていたのです。

将に、怠け者のわたくしに打って付けたようなお話だ!と、大いに悦んだものでした。

今、5年目を迎えている私の「自然農」。畑だけでなく、田でお米も作るようになりました。既に何回かご案内しているとおり、味噌、醤油、酢などの調味料、パンなども自家製で賄うようになって、日々の食事の為の買い物に出掛ける事も無くなりました。そして、自然農の農作業は、日に日にその愉しさを益しています。

それでも、「ほぉ、「自然農」とはそんなに愉しいものですか?一体、それはどんなものですか?」と訊かれても、今の私には端的にご説明することは難しいのです。

ただ、今のわたくしにとっては、「自然農」は、生活の一部、あるいは、生活そのものになっています。それは、とても愉しい、歓びに溢れた経験です。

ですから、そんな「自然農」についても、私に出来る範囲で折々に少しづつこのコラムでもご紹介が出来るようになれたら良いな、と想っています。

2012/05/30

今日から暦は小満の末節、「麦秋至」(ばくしゅういたる)候となりました。

私の田でも、昨年の晩秋に播いた麦達が実りの時を迎え黄金色に輝いています。

お米の苗代の草を抜きつつ、その黄金色の穂先が風に揺れる様を眺めていると、気が遠くなるような良い気持ちになってしまう、お百姓になりたい、川口です。

今、お米は苗代で小さな命を育んでいる最中、間もなく田植えの時を迎えようとしています。

他方、そんな田植えの時期を前に収穫の時を迎えるのが麦です。麦はちょうど今頃に実りの時を迎え、お米に場所を受け渡すようにして朽ちてゆくのです。

麦は、晩秋に種を地に降ろされ翌夏前には実りを結んで滅んでゆく冬の草です。対して、お米(稲)は夏の間に育ち秋に実り朽ちてゆく夏の草なのです。

この両者の性質を上手に組み合わせて日本国内の暖かい地域ではお米と麦との「二毛作」が盛んに行われていました。

とはいえ、本来は麦と米という2つの作物が好む環境は正反対。 お米は湿り気の多い水田で良く育ちますが、麦は湿り気を嫌い水捌けの良い畑でないとよく育ちません。

我々のご先祖さま方は同じ田で上手にこの2つの正反対の作物の性質に応じた栽培方法を見出し、実践して来たのです。 それだけで、十二分に畏敬に値する、とわたくしは思います。

しかし、今ではお米と麦の二毛作はすっかり廃れてしまっていました。まことに勿体無いことだと思います。

収穫したての裸大麦入りの玄米飯の薫り高い美味しさに舌鼓を打ちつつ、来し方に想いを馳せる私、百姓見習い、です

2012/05/28

皆様、ご無沙汰しておりました。 本当に早いもので、暦の上では「立夏」をとうに過ぎて「小満」、「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」、すなわち、陽気がよくなり、草木などの生物が次第に生長して生い茂る季節です。

山菜や筍がニョキニョキと生えてきて収穫と食べるのに忙しい日々も過ぎ、畑の青豆類の美味しい季節。毎日筍ご飯!から、毎日豆ご飯!と季節は移りながらも、相も変わらず日々のご飯の美味しさに狂喜し続けている、お百姓になりたい、川口巽次郎です。

田の苗代ではお米の苗がすくすくと育ち、田では穂を伸ばした麦が熟して黄金色に輝き始めています。 忙しかった夏野菜やささげ豆、いんげん豆などの種降ろしにもようやく一息付いているこの頃です。

長い話になっている秘伝(???)の味噌作り、いよいよ(???)今回が最終回です。

先回まで、わたくしの味噌作りは自分で糀をたてるところがミソなのだ。 で、その糀は、コウジカビ菌を買ってくるのではなく、我が家で掛け継いで飼っている糀についているカビ菌を使う「友麹」という方法を使ってたてるのだ、というお話を致しました。

これは一重に、わたくしの貧乏が為せる事であります・・・。

・・・が、そもそも「糀」は、本来この地球上の自然界のどこにでも住んでいる「コウジカビ」と呼ばれている一群の菌類が作ってくれてきたものなのであって、工場のような特殊な環境で特定の菌種だけを純粋培養されたものを買ってこなければ出来ない、というものでは無いのであります。

お味噌も、お醤油も、更には、最近巷で流行るらしい「塩麹(しおこうじ)」、そして、お酒も、全て、それを作ってくれる「糀」を作る菌類は自然界に偏在して来たのであり、だからこそ、我々のご先祖様方がこのようなおいしい食べ物を作りだすことができたのであります。ま、酒税法違反になるからわたくしはお酒は醸しませんせんけどね(笑)

で、この連載の胆であるわたしの糀の育て方。

お味噌は農閑期でもある冬季、春のお彼岸前に仕込むのが良いとされていますが、コウジカビ菌が好むのは温度30~40度、湿度95%以上、という環境です。寒い冬、そんな環境はなかなかありません。炬燵の中が理想に近いですが、麹カビを育てる2~4日程の間、ずっと炬燵を点けっぱなし、というのは環境にやさしくありません。いや、貧乏人には厳しい・笑。

実は素晴らしい場所があるのです。

 

それは・・・、寝床の中です。

 

…。

 

言ってしまいました…。

蒸したお米に友麹(以前にたてた糀)を混ぜたものを入れた容器をお布団に入れて一緒に眠るのです。

わたしは大量に仕込む場合は大きな鍋を使いそれを抱きかかえて眠るのです。

きっと、昔の人たちもこうして懐で温めながら糀を育て掛け継いでいたのだろうなぁ…などと妄想しながら、甘い糀の薫りに包まれて甘い夢を見る私なのです。

ちなみに妻に云わせると、「わたしは寝相が悪いから無理。」との事でした。

わたしの糀への愛情、執着故に可能な技なのかもしれません。

以上、秘伝伝授終了しました。

物好きな方はぜひやってみてください。

結果、糀は出来たが、恋人との仲が悪くなった、夫婦が終わった、などという事態になったとしても、私の方ではクレームは一切受け付けられません、 ご自分の責任において解決下さいますようお願いします。

さて、こうして糀が出来たらいよいよお味噌の仕込みとなります。 普通、味噌を仕込む、という話はここから始まるのですよね。という事でここからのお話はネット上にも溢れておりますから簡単にポイントだけ。

味噌の原材料は、重量比で穀物と糀が1対1。塩が穀物の0.5(半分)、という割合を基本として覚えておけば簡単です。 この原材料に水分が加わりまして、重量比で1.8倍程、塩分濃度12%程の薄味のお味噌が出来上がる、という事になります。

上記の糀を少なく、塩を増やすに応じてより辛口のお味噌となります。

さて、それでは仕込みの手順をば。。。

先ず、計った大豆を洗ってお鍋の中に浸水します。豆の容積の3倍量を目安のお水に一晩浸けておくと、翌朝には豆がぷっくりと水を吸い込んでいます。 水が少ないと大豆が膨れて水面から大豆が出て乾いてしまいますからそうならないように気を付けて。

次に糀に塩をまんべんなく混ぜて置きます。「塩切り」と呼ばれる作業です。塩を混ぜ込む事で糀カビ菌の働きを弱め、糀カビが作り出してくれた酵素やアミノ酸が溶け出しやすくする作業です。

我が家では大豆は庭のカマドで薪炊きにしますので、翌日のお天気が良さそうな日の前の晩から作業に懸ります。 晩御飯を終えてからの一仕事、という感じですね。

さあ、準備が出来たら明日の仕込みに備えてぐっすり眠りましょう。 人間が眠っている間に、大豆はしっかりと水を吸い込み、糀は酵素をたっぷり沁みださせて待っていてくれるでしょう。

翌朝、鍋の中で大豆がしっかり膨れているのを確認してから、竈に火を入れ、鍋をかけます。  # おぉ、薪はしっかり用意しておいてくださいね!

やがて大豆が煮える素晴らしい香りが漂い始めます。水は常に多すぎず少なすぎず。豆がヒタヒタになっているよう随時水を足しながら煮て行きます。大豆が指先で挟んで潰れる程度に軟らかく煮えたら火から降ろします。あんまり豆が美味しくて、ついつい摘まみ食いし過ぎになりますね。

大豆が煮えたら力仕事。潰します。わたしは大きな擂鉢と擂粉木を使っていますが、大量に仕込む方々はお餅搗きのように臼と杵を使ったりもするようですね。 食品用のビニール袋に入れて踏んで潰す、というやり方も良く紹介されていますが、貧乏な我が家には勿論そんなビニール袋はありません・笑

この際に豆の煮汁は捨てずにとっておきましょう。

潰した大豆が人肌くらいに冷めたなら、昨晩「塩きり」しておいた糀を均等になるように混ぜてゆきます。 均等に混ざったらそれを大人の握りこぶし位の大きさの団子にまとめてゆきます。 この際にどうも固くてまとまりにくいなぁ、という場合にはほんの少しだけ大豆の煮汁を混ぜて調整します。

そうして、出来た味噌団子を瓶に投げ込んでゆきます。バシッバシッと音が出る位に勢いよく。これは味噌の内部に空気が入ってカビが入ったりしないようにするためです。

味噌玉を詰め終えたら最後に均した味噌の表面を隙間がないようにラップや笹の葉っぱで覆います。 隙間に塩をふって覆いにするのも良いでしょう。

最後に蓋をして重しを載せておきます。これはお味噌の熟成中に酵母菌の働きなどで炭酸ガスが出たりしますので、瓶の中から空気が抜けて味噌の発酵が健全に進むようにする工夫です。

仕込んでから9か月程、暑い夏の時期を一度越えさせると美味しいお味噌になります。その間は基本的には何もしなくても大丈夫。時々覗いて様子を見てあげるとお味噌が喜ぶかもしれません。表面にカビのようなものが育ってくる事がありますが、特に白っぽいものは産膜酵母というもので特に害は無い、もしくは、旨味を加えてくれる素である、という説もありますので特に気にせずに置きましょう。水分が多めな場合にはお醤油のような色をした水が上がってくることがあります(「湧く」とも言うそうです)が、これも気にせずに。

何かしないと不安だなぁ、という方は「天地返し」をして気を鎮めると良いでしょう。

あとはひたすら、スローライフの最強の友である、菌と酵素と時間に委ねます。

あぁ、今年も美味しいお味噌になりますように!

2012/04/11

お彼岸も過ぎ桜も咲いて、春爛漫の風情となりましたが皆様お変わりなくお過ごしでしょうか?久し振りの雨休みで、漸くPCに向かっております。お百姓を志望しての田舎暮らしもいつの間にか5年目を迎えた、川口です。

第弐会、籾摺り完了時点で更新停止しておりました「秘伝の味噌作り」、漸く第参回、「糀を仕込む」編、その一です。
我が家の味噌の仕込みは幸い終了しておりますが、秘伝(笑)の開示が遅れておりまして申し訳ありません。まぁ、誰も真似しないだろうからいいか…?

さて、そもそも、「糀・麹(こうじ)」とは蒸した穀物原料(米、麦、豆など)にコウジカビ菌を繁殖させたもの」をいいます。東アジア一帯に拡がる伝統的な発酵食料加工法に用いられている、と謂われておりますが、日本でお米を原料としてこの「コウジカビ菌を繁殖させたもの」は特に糀(こうじ)と表記されます。

日本酒、米味噌などが、「糀」を利用した代表的な食品になりますね。初回にご紹介しました通り、わたくしが仕込んでいるのは、大豆にこの米糀を加えた米味噌です。

それでは早速、わたくしがその「糀」を仕込む過程をご紹介しましょう。

先ず、先回用意した籾摺りした玄米を浸水します。冬の寒い間でしたら一晩以上はじっくりと水に浸けてタップリと給水させます。

蒸し鍋を火に掛けて湯気が立ってきたら玄米をいれた蒸篭(せいろ)を載せて蒸します。お米がしっかり芯まで軟らかくなるまでじっくりと蒸しあげます。

この際に市販の玄米をそのまま使おうとしますとなかなか蒸し上がりませんが、我が家の玄米は前回ご紹介した通りに擂鉢で擦った際に傷が入って分搗きになっていますので、そのお蔭で比較的容易に軟らかく蒸し上がります。

この蒸し米がひと肌くらいに冷めるのを待って、種糀を混ぜ込みます。

現代の「麹作り」では、プロアマ問わず工業的に純粋培養されたコウジカビ菌の胞子を購入して降り掛ける作り方が一般的になっています。

しかし、貧乏なわたくしには、そのような胞子を購入する余裕もなく(笑)、自分で飼い育てている菌を使っています。

そもそも、コウジカビ菌は自然界のどこにでも存在している「常住菌」なので、そのような天然資源をお金で買う、という行為そのものが、「お百姓」を目指すわたくしにはそぐわなく感じられるのであります。

コウジカビ菌を飼う方法方は実は簡単で、折々に、蒸したお米を餌として与えて継続培養するのです。「友麹」と呼ばれる昔ながらのやりかたです。

ちなみに、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%B9
別途培養した麹菌胞子である種麹を蒸した原料に散布して製造する方法と、以前に製造した麹の中から良質なものを保存しておき、新たに麹を製造する際に蒸米に加えて用いる方法がある。後者の方法を「共麹」(「友麹」とも)と呼ぶ。現在の日本では、もっぱら前者の方法が採用されており、麹を製造する際には種麹を専門に製造する業者が供給する種麹を利用する場合が多い。野外のカビにはカビ毒を作るものがあるため、専門の業者が供給する種麹を利用することが望ましい。

という事ですから、「百姓」は目指さない良い子の皆さんは真似をしないように(笑)!!!

普段、掛け継いでいる種麹は折々に甘酒に加工して利用しています。甘酒についてはいずれ書かせて戴くこともあるでしょう。

種糀を混ぜ込んだ蒸米を容器に移し入れ、30℃程度に保温して麹菌の繁殖を促します。

プロの世界では、麹室(こうじむろ)といわれる(室温30℃湿度約90%)専用部屋を使います。

冬の家庭では炬燵やオーブンの保温機能などを使う事が一般的な様です。

さて、では、わたくしはどうしているのでしょうか???

と、唐突に質問を投げた所で今日はここまで。

雨が上がりましたので、ちょっと出掛けてまいります。お百姓は忙しいのです(笑)

それではまた!!!

2012/02/29

味噌(みそ)の仕込みを始めたので、お米の籾を摺り過ぎて肩が痛い、お百姓になりたい、川口です。

ということで、お約束の我が家の味噌作りの秘伝(??)公開、第一弾は、「籾摺り(もみすり)」です。

世の中には色々な方がいらっしゃいます。が、味噌(みそ)の仕込み方を紹介するに際して、お米の籾摺りから始める人はかなり珍しい、というか、皆無ではないしょうか?

しかし、我が家での味噌(みそ)仕込みにおいて、籾摺り(もみすり)は最初の大きな壁となる工程なのです。

何故ならば、田で収穫したお米、籾米(もみごめ)が沢山あったとしても、そのままでは蒸したり炊いたりといった調理ができる「お米」にはならないからです。蒸す「お米」が無ければ麴(こうじ)が立てられない。麴が無ければ味噌(みそ)は出来ない。であります故、味噌を仕込むにあたっては、まずは、籾摺りをしてお米を手にしなければならぬのです。

そもそも「籾摺り(もみすり)」とは如何なる営為か?と申しますと、お米の可食部分である糠に覆われた杯と胚芽を固く守っている防護服、すなわち、「籾殻(もみがら)」を脱がせて玄米(げんまい)にする作業です。お米を調理して人が食べられるようにする為に必要な作業の中でも古来最も手間が懸る部分の一つと申し上げてよいでしょう。

我が家では毎日この籾摺りをしては、それで得られる玄米を食い繋いで暮らしております。籾摺りせずば食うこと能わず、なのであります。我が家での籾摺り風景についてはすでに書いた通りですが、正直、日々の食い扶持を準備するだけでも大変な労力を要する作業です。ですから、それに数倍する量のお米を用意せねばならない味噌仕込みにおいて、如何にこの籾摺りが大きなハードルとなるかはご想像頂けることでしょう。

以上、普通に暮らしている方々には全く縁の無い背景説明でした。では、早速、この籾摺りの実態を初公開させていただきましょう。

まず、以下のようにすり鉢に籾米を入れ、擂粉木で摺りはじめます。

擂粉木は元々は機(はた)用に伐って来た樫の木を自分で削って作ったものです。大型なので籾摺りや豆腐作りに大いに活躍しています。

あまり力を入れ過ぎますとお米が割れてしまったりしますから、優しく丁寧に、とはいえ、きっちりその鎧(よろい)のような籾殻(もみがら)を脱いでもらえるよう、適度な力を加えつつ摺ってゆきます。よい加減で摺るとやがてこのように籾殻(もみがら)が剥がれて浮いてきます。

そうしましたらおもむろに、すり鉢を顔の前まで持ち上げまして、息を吹きかけて剥がした籾殻だけを吹き飛ばします。この工程はこの我が家における摺り鉢式籾摺り法(って程のものではありませが・笑)の核心部分となる作業ですが、映像でご覧にいれることは控えさせて頂きます。なぜならば、余りに間抜けな感じがする風情なので恥ずかしくて写真はお見せしたくないのであります。ぜひ、いつか現場をご確認しにお越しください。あしからず。

上手に籾殻を吹き飛ばしますと、ご覧の様に玄米が現れてきます。

 

色とりどりの玄米です。何故にこのようなミックスされたお米になっているのかと申しますと、ここで摺っているお米が2番籾(にばんもみ)を集めたものだからです。2番籾は、お米の収穫後の調整作業の際に、余り実が入っていない小さ目なお米の粒だけを唐箕を使って選り出しておいたものです。(これを行う作業が「唐箕掛け(とうみがけ)」です。)普段の食事で炊いているご飯では、みなさんと同様に種類別の粒の揃ったお米を炊いて頂いていますが、お味噌や甘酒、水飴に加工したり、お粥にして頂く場合にはこの2番籾を使うようにしているのです。自然のめぐみを余すところなく無駄なく頂くための工夫です。

何度か、この摺っては籾殻を吹き飛ばすという作業を繰り返してから、最後にざるで細かい糠(ぬか)を落とし、摺り残した籾や殻を丁寧に手で除けるとようやくこのように綺麗な玄米になります。

僅かこれだけの玄米を得る為の作業には、熟練しても10分程はかかるでしょうか?お味噌を仕込む為には少なくとも大豆と同量の麹を準備せねばなりませんので、まぁ、ざっとこの50倍位のお米は準備せねばなりません。まぁ、気が遠くなる作業です。

ちなみに、この吹き飛ばした籾殻には糠(ぬか)が混ざっていますので最後には細かい篩(ふるい)にかけてこお糠だけを取り出します。このようにして毎日摺っているお米から出る糠を加えた糠床でこんな風に美味しい糠漬けが出来るのです。

また、籾殻は細かいものは糠(ぬか)と共に畑に撒くととても良い補いになります。根菜類を保存する際にはこの籾殻を被せておきます。全く無駄になるものはありません。実にエコなのです(古い!)。

しかし、お蔭で久しぶりに肩が凝りました。あ、それは久しぶりにPCに向かってこの原稿を書いたからでしょうかねw?

それでは、次回、「麴たて」までしばらくのお別れです。

 

 

 

2012/02/29

旧正月を迎えて早々に、学生時代からの長きに渡って住み慣れた東京を引き払い、いよいよ本格的に田舎暮らしを始めようとしている、いつかは百姓になりたい、川口です。

暦の上では、もう「立春」も過ぎ、「雨水」となりました。厳しかったこの冬の寒さも峠を越え、時に温かい雨が降る季節です。先日は田で溝切りをしていると鶯の声が聴こえてきました。その夜には早くもアオバズクが、ホッホー、ホホッホホッホーと愉快そうに啼いておりました。すっかり陽が伸びて夕暮れも遅くなり、あぁ、春が来たのだなぁ…、と想うこのごろです。

さて、春を迎えて田畑山での仕事が忙しくなる前に終えておきたい大切な百姓仕事のひとつに味噌(みそ)の仕込みがあります。

お米などの穀類を主食として来た我々日本人にとって、豆から作る味噌は欠く事の出来ないタンパク源として無くてはならない食品だと言えるでしょう。私もここでの暮らしから自家製の生味噌(みそ)が無くなってしまうという事は考えるだに恐ろしいことです。四季を通じて御御御付け(おみそ汁)のみその香り程にあらゆる食事を豊かにしてくれるものはありませんからね。何しろ、このJunksgtageにも「味噌汁の香水」と題するコラムだってある程に味噌(みそ)は偉大なのです!

更に、「手前味噌」という言葉があります通り、自分で育てた原材料でゆっくりと時間をかけて仕込んだ自家製の「生」味噌(みそ)*の味を一度知ってしまいますと、もう市販の味噌は口にする気が起きなくなってしまうものです。

 

*) ちなみに通常販売されている味噌(みそ)はアルコールなどを添加して発酵を止められて(菌類を殺して)いる為、「生」の味噌の風味や味わいに欠けるのであります。

我が家で現在仕込んでいるお味噌(みそ)は、いわゆる「米味噌(みそ)」です。一口に「味噌(みそ)」と言いますが、地方によってその原料、製法共に実に多様なものです。とはいえ、日本各地で作られている代表的なお味噌を原材料で区別すると、
1) 米味噌
2) 麦味噌
3) 豆味噌
に分けられます。

「みそ」は、基本的にどれも大豆と塩を主原料として作られる保存食ですが(豆を使わずに麦だけで仕込むようなお味噌もありそれはそれでとても美味しいものですけどね…)、その大豆に加えて発酵・熟成させる「麹(こうじ)」の原材料に応じて上記の様に大別されます。

我が家ではお米が一番沢山採れますので、お米で麹をたててお味噌を仕込んでいます。将来的に麦が沢山収穫出来るようになったらぜひ麦みそも作ってみたいとは思っていますが、麦は先ずはお味噌(みそ)よりもお醤油(しょうゆ)やパン作りの方に廻さねばなりませんので中々、道は遠いかもしれません。

いずれにしましても、味噌(みそ)は、大豆のタンパク質、脂質などを、米、麦、豆などの炭水化物を麹(こうじ)カビ菌に食べさせて糖化させる過程で生産される様々な酵素と、自然の酵母菌、乳酸菌などの菌類の多様な働きとによって、多様な旨味アミノ酸に分解、熟成することで作られる日本における自然のめぐみの豊かさを体現している素晴らしい食べ物なのであります。

と、何だか味噌(みそ)とは?という話だけで長くなってしまいました。ご興味のある向きはぜひ味噌(みそ)の奥深い世界を覗いてみて下さい。

次回より、我が家の味噌作り、秘伝(??)を公開させて頂こうと想います。既に昨年に概要はお伝えした工程ですが、数回に分けてちょっと詳しくご覧にいれようとおもいます。

それでは、どうかお愉しみに!

2012/01/23

再び旧正月を迎えました。

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

このたび、東京の拠点を引き払い明るい谷間でのお百姓生活に一層集中することにした、お百姓になりたい、川口です。

東京と田舎での二重生活を始めて間もなく丸4年になります。将来の金銭的な生活設計については未だに目途すらもなく、従ってそのことを気にし始めると大いなる不安に満たされる私がいます。が、田舎での自然の力に生かされる日々の幸せと満足に溢れた時間は、今のわたしたちにとっては何ものにも換え難いものとなりました。

という訳で、稀な更新頻度で書かせて頂いて参りましたこの通信ではありますが、この新しい春からはもう少し頻繁に、皆様にわたくしたちの田舎暮らしのあれこれをお伝えして行きたい、とこころを新たにしておる次第です。

では、本年もどうかよろしくお願いいたします。

川口巽次郎 拝

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