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2011/05/30

今回はやはりあの話題からは避けて通れないのも解っていたので、震災の時の事、そして音響に関して影響の有った事、そしてこれからを書いてみようと思います。

正直、あの震災の事は書く事を躊躇っていたのも事実で、今こうして書いていても自分が個人の事として、そして音響として書く事が正しいのかは解りません。 でも、それでも書いておかないといけないという気持ちが有るのも事実なので、読んで頂いている皆様に少し共有をさせて頂ければ幸いです。

 

あの日、震災の有った時。自分は事務所に居りました。スタッフと先の現場の打ち合わせと、そろそろ遅いお昼ご飯を食べようとしていた自分、そして埼玉スーパーアリーナで翌日からの別の現場の仕込みをしていたスタッフ達。

 

その瞬間、スーパーアリーナのスタッフの事、子供の小学校に丁度出かけていた経理さん、機材の事、事務所の入っているマンションの事、色々な事が一気に気にかかりましたが、誰も連絡が取れませんでした。

 

有る程度落ち着いて来た頃に、ようやくスーパーアリーナのスタッフ達と連絡が取れて一応開催が不明だけれども仕込みはしないといけない状況で有るとの事、こちらはこちらで他のスタッフ達は事務所でラジオやテレビ、そしてツイッターなどで情報をかき集めていました。

しかし、翌日からの仕事の予定も立てられないので、電話が繋がらない状況の中、歩いて行ける得意先には徒歩で翌日からの予定などの確認に奔走し、やっと夕方に仕込みから解放されたスタッフ達が帰ろうとした頃には帰宅困難という事態、徒歩やバス、深夜に再開した地下鉄などを駆使してスーパーアリーナから事務所に戻って来れたのは翌日の朝4時でした。

 

状況ばかり書いて行くとキリが無くなってしまうのでこの程度に留めますが、全員が無事に何とか翌日には帰宅出来た事がせめてもの救いでした。

 

その後相次ぐ仕事のキャンセルの嵐。

 

翌日からキャンセルの連絡が入り始めて、数日の間に3月、4月、5月の案件関係は全てキャンセルされました。

やはりイベントというのは社会が健全であるからこそ出来る事、そしてPR活動も然りでCMがACで埋め尽くされたように企業の自粛ムード、そして社会の空気は非生活必需産業で有る自分達にはとても重くのしかかっています。

 

正直、今この原稿を書いている時点でもキャンセルや延期の声は届いて来ます。そして、恐れていた「倒産」の二文字が自分の周りでも起きています。

 

今回の事で自分は「音響」という仕事の強さと脆さを両方感じる事が出来ました。

 

生活に絶対的に必要で無い職業で有るからこその脆さ

 

アーティストなどが日本の為に声を届ける事を直接手伝える強さ

 

改めて、自分はこの仕事をしていて良かったと思える事や出会いが有った事も事実です。

しかし自社の中でスタッフ達の生活を考えると、あまりにも脆い部分が多く(これは音響に限った事では無いのですが)このままで良いのかと自問自答する日々が続いていました。

 

結果、自分の選択肢は「人に何かを届ける事が出来るなら、伝え続けよう」そう思い続けて行く事を選択しました。

そして自分の手の届く所だけでも、例えそれが小さな範囲だったとしても守りたいと思えるスタッフ達に恵まれた事に感謝をしています。

 

柏は新たなステージに立つ事を選択させて頂きました。

 

「音響デザイン」からもっと広がれる様に、自分のしている事が人にきちんと届く様に会社の形態、そして10年以上使って来た社名を音響ブランドとし、もっと広いステージの為の社名を変更しました。

 

この変更は前から構想はしていた事だったのですが、自分だけでは無く、大事な人達とのお付き合いの中から実際に進行していた事を形にする事でした。

震災がキッカケという部分も勿論有ります。もっと深い所で自分の守りたい人を守れる環境は自分自身でしか作り出せないというのを見直せた事でも有るからです。

 

大事な人を守る為に10年以上続けて来た事を更に発展させていく事、そして新たなステージに立つ事、不安も有りますが続けて行こうと思います。

 

人と人が気持ちで繋がって行く、綺麗事かもしれませんがそんな事が現実に出来る環境を残して行きたい。 そう思っています。

 

これからはもっと進化して深化する自分を、愛すべきスタッフ、そして大事な人達。

 

新たな名前はそんな人の為に、その意味を愛し、その人の為に残して行こうと。

 

 

「音響デザイン」からもっともっと前へ。

 

次回はもっと軽い?ネタで、バンドとの付き合いについて書きたいと思います。

 

2011/05/09

長らくの休養を頂き、この5月から復帰をさせて頂きました。お久しぶりです、柏です。

このお休みを頂いている間に、東日本大震災という未曾有の大災害が起きて、未だ収束の糸口すら微かな糸のように細い状況では有りますが、やはりそんな中でも又こうして書かせて頂ける事が励みになっております。

 

この長いお休みの間、実は色々な事を体現して参りました。これから書いて行く事になるであろう事、そして自分にとっても一つステップを上がる事が出来たのでは無いかなと感じております。

 

今まで通りの事を書ければ良いのかなと、今回再開をさせて頂くに当たって考えていたのですが、これからはもっと違う側面も書ければなと思っていますので、又お付合い頂ければ幸いです。

Weekly ライターという肩書きも頂いてしまったので、そのJunkStageのスタッフをして頂いてる方々や、これをお読み頂いてる方々に何かしら少しでも届けば良いなと、改めて感じてちょっと緊張したりしています。

 

正直、震災に関連する事も書かねばならないと思っていますが、それは次回以降からスタートさせて下さい。

今回はこうして皆様に改めてご挨拶させて頂ける場が出来ただけでも、感謝の気持ちで一杯です。

 

改めまして、「音響デザイン」始めました!

 

宜しくお願いします。

 

2011/01/21

 2011年、遅まきながら今年も宜しくお願い致します。

 という訳で、新年が明けて暫くコラムを書けずにいた所、某代表理事からお叱りをTwitter上で晒されてしまったので、お待たせして申し訳ありません。

 昨年は何かと色々な話題も豊富な年となりました。 何より、ワイヤレスマイクの環境に関する記事には自分が思っていた以上の反響を頂いて、舞台芸術に対するお読み頂いている方々の関心の高さを実感する事が出来た次第です。

 こうした小さな動きがこの先の舞台芸術の環境整備に少しでも尽力出来ればと痛感しています。

 又、実際に現在のワイヤレスマイクの周波数帯とは違うデジタルワイヤレスシステムを導入するきっかけにもなった事が、昨年末から今年へかけての出来事という感じです。

 さて、表題にも有りましたが、この度 「JunkStage アワード 2010」の功労賞を受賞する事が出来ました。

 裏方としてこのような名誉を頂く事は、他のライターさん達に申し訳無いなと感じる反面、もっと尽力せねばいかんなと気を引き締める次第です。

 受賞は某日に頂いたのですが、仕事の関係で本当に一瞬だけ顔を出した場で頂く事になってしまいました。

 その場にいらっしゃった他のライターさん達とお話しする間もなく、現場へととんぼ返りしたのですが、まるで不審者のように頂くものだけ頂いて帰ってしまったのが心残りです。

 そんな受賞の仕方をしてしまいましたが、今回こうして受賞させて頂いて感じたのは「必要とされる」という喜びだなと。

 いや、決して某ライターさん達が心配しているような、柏は某代表理事にどんな弱みを握られているんだ、という事は一切御座いません。

 これは現場でも仕事でもこうした場に於いても同じなのですが、自分の力が役に立つので有れば出し惜しみをせずにやろう、という一言に尽きます。

 「必要とされるうちが華」であります。

 そして、これはうちのスタッフ達にも言い続けている事でもあります。

 自分が出来る事、出来ない事の線引きは大事かもしれないけれど、出来る事を出し惜しみする程、自分は偉くも何とも無いのだから、精一杯出来る事をやろうと。

 そしてそれが何か(誰か)の助けになるので有れば、出し惜しみをするな、と。

 JunkStage に自分が何が出来かを理解させて貰っているからこそこうして色々イベントなどで動ける訳です。

 そうした人の魅力やパワーを引き出す事の出来る JunkStage のスタッフ達を、ライターとはまた少し違う目線と志しを持っている魅力有るスタッフ達が居てくれるからこそ、 こうして「功労賞」という形で自分が 受賞させて頂いたのだと感じています。

 

 受賞に当たってはスタッフからの、暖かい手紙、そして綺麗な花(写真)。

 ありがとうございました。

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2010/04/23

 暖かい日だったり、急に冬みたいになったり、ここ暫くの天気はどうしちゃったのでしょうか。 今の風邪は腸炎を伴う事が多いみたいなので、気をつけたいものです。

 今回はつい最近友人が結婚しまして、その披露宴での音響に関して書いてみたいと思います。 会場は某レストラン、約70名ほどの列席者での披露宴です。

 新郎新婦が自分の友人という事も有り、自身も列席者でも有りながら「音響」も担当するという人生初の経験をしました。

 実は新郎新婦から結婚の話しは聞いていたので、音響やろうか?なんて話しは前からしていたのですが、元々ウェディングプランニングをされている会社様の意向で当然では有りますが、そこの業者様が音響を担当するという事で話しは進んでおりました。(自分も無理に入り込む必要性は全く無いと思っていたので、何か手伝えるなら程度に考えていたのですが。)

 新郎新婦が会場の下見に行った際に、ゲストが来て(某プロミュージシャン)歌うので、それなりに音響が必要になるのだけど。と、話しをしていたそうなのですが、会場はレストラン、そんな歌を披露出来る程のシステムが無かったそうなのです。

 その後、相談を受け、プランニング会社様とも直接話しをさせて頂いて、じゃぁやらせて頂きますという事となりました。

 某日、会場に自分も下見に行かせて頂き、会場のシステムと電源位置、ピアノの確認、などなど色々打ち合わせもさせて頂いた結果、ウェディングプランナー様の本来の意向とは本来違うとはいえゲストに気持ち良く新郎新婦を祝福して欲しいというプランナー様の寛大な心使いから、特例的にシステムを全て持ち込むという事になりました。

 さて、ここで自分としては悩む訳です。 列席者+音響、自席も有るのですが、会の進行を考えると自席は要らないんじゃない?と、新郎と話しをしました。 でも、新郎新婦としては、食事もして貰いたいし式にも参加して欲しいという旨を受け、じゃぁ、出来る事を最大限にしてみようと。

 その結果は式当日、結婚式の2時間程前から披露宴会場の搬入仕込、程無くして結婚式会場へ移動(列席)、披露宴会場へ急いで戻って、列席者客入れ準備~披露宴。と相成りました。 実は、その後の2次会の会場も担当していたのですが、こちらは信頼を置いている新郎も知っている友人に一式お任せしておりました。

 と、前置きが長過ぎますが。じゃぁ、実際の披露宴はどうだったのかと。

 今回の会場が結構シックな感じのレストランでしたので、スピーカーの配置などには特に気を使いました。 ケーブルなどの引き回しなども通常その場に無い物が有る訳ですから、限られた仕込時間で綺麗に仕上げて行きます。(この辺りは、もう何度も書いてますがいつもと何ら変わりません。)

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 さて、実際の披露宴では、自席と音響卓とを行ったり来たりになった訳ですが、自席の有るテーブルが全てミュージシャンや近しい所の人達だったので、離席などにもとても理解をしてくれましたので、助かりました。 しまいには、音響卓の有る裏まで来て、披露宴中にも関わらず機材の話しをする始末。。。。(これも披露宴自体がとてもアットホームで有ったからこそでは有りますが)

 いざ始まってみると新郎新婦入場~御挨拶、御祝辞、などなど会はつつがなく進行して行きます。事前に編集していた楽曲達も気持ち良く会場に流れていたと思います。

 心配されていたゲストミュージシャンの方の演奏で、列席されていた方達の数名が感極まって泣いていらっしゃったと後から聞きました。 これだけでも、やって良かったなと感じてます。

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2010/01/26

 This is it が期間限定で公開され、そして本日のDVDの販売と本当にマイケルは死んでしまったのかと思う程に彼の姿や歌声は街で溢れかえっています。 見た人はお解りになると思うのですが、リハーサルクオリティーの高さに実際の公演が無かった事が悔やまれてなりません。

 音響的に、この規模のコンサートツアーになるとシステムも相当大規模なものになります。 そして、とてもクリエイティブかつ大変なチャレンジだという事はあのリハーサルの端々から伝わっているのでは無いでしょうか。

 これほど裏方達の動きが実際に記録されている映像という事だけでも、興味の有る方にはとても見ていて興味深い内容だなと感じております。

 今回の This is it に関しては賛否両論有るみたいですが、ビジネスとして捉えた時にどうしても今回のドキュメンタリーを公開しなければならなかった経緯が有る訳です。

 昨年の11月に行われた BILLBOARD TOURING CONFERENCE & AWARDS に於いて、コンサートの主催会社 AEG LIVE が今回の公開の経緯に付いて説明を行っていました。

 ロンドンO2アリーナでのライブ~約50公演分のチケットのソールドアウトをした後のマイケルの死という主役の悲劇によって、チケットの払い戻しやリハーサル、各種プロモーションなどに費やした投資分が凍結してしまい、それを補填する為に関係各社及び、遺族などと綿密な協議を行った結果生まれた映画。 それが、今回の This is it だと。

 リハーサルの映像を見ているだけでも、もの凄く予算を掛けてリハーサルを行っている様子が映っているので、それを回収出来ないとなると会社が倒産だけでは済まないであろう事は想像に難しく無いのです。

 ですから、賛否両論有る今回の This is it の売り方ですが、裏方の身として考えるとリハーサルなどを行った(演出監督、音響、映像、照明、特効、サポートアーティスト、ダンサー、などのギャランティー)をちゃんと補填しようとしてくれる主催会社の働きは間違ってはいない部分も有ると感じるのです。

 その一方で、今回の映画。 音が良いと思いませんか?

 実は、今回の映画はリハーサルを担当した音響担当ミキサーさんが、個人的に録音を残しておいたマルチトラック音源(各楽器を別トラックで録音)と、マルチトラックが存在しない物に関しては、メモ録音(ポータブルレコーダーなど)からで有ったり、カメラの音声から今回の映画用に音をチェックしなおして映画用に起こしたとの事です。 これは担当のミキサーさんが詳細を話してくれています。

 ミキサーさんによると、マイケルはほぼ同じリズムで歌う事が出来るので、今回のように別の日の喉の調子が良い部分から声を差し替えたりする作業などが可能だったという事です。

 ですから、今回の映画の音がこれだけ良いのは口パクでも無く、実際にあのリハーサルの空間で全ての楽器、声が録音されたものを再構築(ミックス)する事によってなし得たというのが、記録として残しておいたミキサーさんのお陰な部分も有るなと感じました。

 でも、個人的に録音って聞くと聞こえが悪いようですが。

 

 実は、自分が例えばアーティスト系のお仕事で、バンドなどのミックスをする場合も結構記録として録音はしている事が多いです。 実は音響ミキサーの人はこれは結構普通に行っている記録作業なのです。(勿論、アーティストなどの了解を頂いた後に行う作業ですが。)

 勿論全ての音源をマルチトラックで録音するには Protools などの別途機材が必要になるので時と場合によりますが、なるべく残すようにしています。

 これは絶対に一般には公開出来ないもので有る訳ですが、自分の仕事の記録としてその時(日)の反省点などを振り返ったり、良い部分を見い出したりするには実は大変に役に立つのです。

 そんな様々な事が重なって生まれた This is it 、まだまだ街に流れる彼の声と人々の心にもマイケルは生き続けていくのでしょうね。

 

 

2010/01/13

 年明けから約二週間、お正月休みをまだ取っていない人が周りに多い今日この頃です。

 ここ数日にうちのスタッフから

 現場に入ってから「もう嫌だ、自分がやりたい事はこんな事じゃない。話しが違うじゃないか。本気で耐えられない」などと感じたりした現場って有りますか? と聞かれ。

 「それは勿論有るよ。」 という会話から思い立った事を。

 音響という仕事は良い意味でも悪い意味でも「裏方」です。 これは今までも書いて来た事が有るので、お解り頂いている方も多くいらっしゃると思います。 とてもクリエイティブな事を音響的にやらせて貰えるクライアントが居る反面、「音は出てれば良いよ」というクライアントが存在する事も事実です。

 現場に大きいも小さいも無い。

 これが個人的信条です。 しかし、これが通用しない事もしばしば存在します。

 勿論、ビジネスでやっている以上そこを飲み込んで仕事を全うするのが「大人」で有り、社会人としての務めでも有るのは十二分に理解していても、スタッフとの会話のように内面では違和感を感じている場合も無いとは言い切りません。

 自分が営利団体を立ち上げたとして「代表の責務」とは何でしょうか。 やはり、株式会社で有れば社会の為という前に、会社の未来に出資してくれている<株主>の為の利益確保という存在理由が有る訳です。 でも、その利益確保をする為にはお客様に必要とされる「何か」が無くてはならない。

 じゃぁ人数は少なくても規模は小さくても立ち上げた自分の責務は? やはり、存在理由の一番は「トップクライアント」の為なのでしょうか。 勿論、それは大義名分としてでも理屈で無くても、本音としてそこは有る訳です。 しかし、その一方で、社員の生活の為の利益確保という追求はしなくてはならないのが事実です。

 クリエイティブと利益確保は必ずしもイコールでは無いのです。

 そんなジレンマと自分の本当にやりたい事。を出来るだけイコールに近づける為に、様々な事を紡いで行く訳です。

 自分たちがやりたい事をやるのは良い。しかし、それが全てクライアントのブランディングや要望、満足に合致した内容、さらにプラスの何かを提供出来なければ利益確保なんて到底出来るはずも無いのです。

 その反面、音響的事故の可能性の有る状況下に於いて、一方的に続行と内容を指示される場合も稀に存在します。 これが、上記のクライアントの要望、満足で有るならば「否」と答える事がクライアントの最終的な利益になると思うのです。

 例え受発注の形態だとしても、「無理な事は無理だと」それが最終的なクライアントの利益に繋がるんだとキチンと説明するのが受注側の責務では無いでしょうか?

 そして、発注側にもその「事故」の可能性をキチンと考慮する柔軟性が有って然るべきだと思うのです。

 只、一方的に「音が出てれば良いから」と、言わせてしまうこちらの仕事にも責任が有りますが、そこでの懸念(意見)を単なる反発とするクライアントが居るのも事実なのです。

 「意見の違いは向上する為の可能性」

 その前向きな関係性を単なる受発注では無く、お互いに歩み寄る事によって創り上げる事がクライアントの満足度の向上、そして社員達への利益確保に繋がるのでは無いでしょうか。

 時に。自己も含め、単なる自分の経験値だけで、一方的に内容を押し付けてしまう気概が裏方の方には多い気がします。 それはテクニカルのスタッフだけに限らず、もしかするとどの仕事でも存在する事かもしれません。

 単なる「受発注」の関係性から、お互いの「良さ」を互いに引き出せる様な関係性をクライアントと適度な距離感で仕事が出来ると良いのでは無いでしょうか。

 そして様々な意見は<お客様だから言えない><うちが上の立場だから下は言う事を聞いてれば良いんだよ><波風立てなくて良いんじゃない?>など、受発注形態のみの一方的な仕事というのは皆さんそろそろ終わりにしませんか?

 意見が対立しても、目指す高みは同じはずです。

 仕事、嫌いですか?