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2011/05/09

長らくの休養を頂き、この5月から復帰をさせて頂きました。お久しぶりです、柏です。

このお休みを頂いている間に、東日本大震災という未曾有の大災害が起きて、未だ収束の糸口すら微かな糸のように細い状況では有りますが、やはりそんな中でも又こうして書かせて頂ける事が励みになっております。

 

この長いお休みの間、実は色々な事を体現して参りました。これから書いて行く事になるであろう事、そして自分にとっても一つステップを上がる事が出来たのでは無いかなと感じております。

 

今まで通りの事を書ければ良いのかなと、今回再開をさせて頂くに当たって考えていたのですが、これからはもっと違う側面も書ければなと思っていますので、又お付合い頂ければ幸いです。

Weekly ライターという肩書きも頂いてしまったので、そのJunkStageのスタッフをして頂いてる方々や、これをお読み頂いてる方々に何かしら少しでも届けば良いなと、改めて感じてちょっと緊張したりしています。

 

正直、震災に関連する事も書かねばならないと思っていますが、それは次回以降からスタートさせて下さい。

今回はこうして皆様に改めてご挨拶させて頂ける場が出来ただけでも、感謝の気持ちで一杯です。

 

改めまして、「音響デザイン」始めました!

 

宜しくお願いします。

 

2011/01/21

 2011年、遅まきながら今年も宜しくお願い致します。

 という訳で、新年が明けて暫くコラムを書けずにいた所、某代表理事からお叱りをTwitter上で晒されてしまったので、お待たせして申し訳ありません。

 昨年は何かと色々な話題も豊富な年となりました。 何より、ワイヤレスマイクの環境に関する記事には自分が思っていた以上の反響を頂いて、舞台芸術に対するお読み頂いている方々の関心の高さを実感する事が出来た次第です。

 こうした小さな動きがこの先の舞台芸術の環境整備に少しでも尽力出来ればと痛感しています。

 又、実際に現在のワイヤレスマイクの周波数帯とは違うデジタルワイヤレスシステムを導入するきっかけにもなった事が、昨年末から今年へかけての出来事という感じです。

 さて、表題にも有りましたが、この度 「JunkStage アワード 2010」の功労賞を受賞する事が出来ました。

 裏方としてこのような名誉を頂く事は、他のライターさん達に申し訳無いなと感じる反面、もっと尽力せねばいかんなと気を引き締める次第です。

 受賞は某日に頂いたのですが、仕事の関係で本当に一瞬だけ顔を出した場で頂く事になってしまいました。

 その場にいらっしゃった他のライターさん達とお話しする間もなく、現場へととんぼ返りしたのですが、まるで不審者のように頂くものだけ頂いて帰ってしまったのが心残りです。

 そんな受賞の仕方をしてしまいましたが、今回こうして受賞させて頂いて感じたのは「必要とされる」という喜びだなと。

 いや、決して某ライターさん達が心配しているような、柏は某代表理事にどんな弱みを握られているんだ、という事は一切御座いません。

 これは現場でも仕事でもこうした場に於いても同じなのですが、自分の力が役に立つので有れば出し惜しみをせずにやろう、という一言に尽きます。

 「必要とされるうちが華」であります。

 そして、これはうちのスタッフ達にも言い続けている事でもあります。

 自分が出来る事、出来ない事の線引きは大事かもしれないけれど、出来る事を出し惜しみする程、自分は偉くも何とも無いのだから、精一杯出来る事をやろうと。

 そしてそれが何か(誰か)の助けになるので有れば、出し惜しみをするな、と。

 JunkStage に自分が何が出来かを理解させて貰っているからこそこうして色々イベントなどで動ける訳です。

 そうした人の魅力やパワーを引き出す事の出来る JunkStage のスタッフ達を、ライターとはまた少し違う目線と志しを持っている魅力有るスタッフ達が居てくれるからこそ、 こうして「功労賞」という形で自分が 受賞させて頂いたのだと感じています。

 

 受賞に当たってはスタッフからの、暖かい手紙、そして綺麗な花(写真)。

 ありがとうございました。

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2010/10/28

 先日普段から使っているmacbook(黒)がとうとう引退となりました。原因は、あのボリカーボネート?のボディーの歪みから来るハード的不具合、そう考えると今のmacbook pro の筐体がアルミに変更になったのもかなり納得が行く感じです。

 かれこれ4年近く使って来たので、まぁ納得な時期と言えば納得な時期ですが、CDがたまーに排出されない、クーリングのファンがカリカリ言い出す。

 かなり酷使してきたので、仕方が無いのです。

 取りあえずここ暫くは iPad でお茶を濁して居たのですが、やはり文章作成やファイルの保存環境など iPad にはなりの良さが有るとはいえ、まだまだ図面などの作成が出来る訳でも無く、仕事で使うにはちょっとパワー不足は否めないので、次期macを検討しておりました。

 そんな折に MacBook Air が発売となったので、まぁ見てみるかという事で Apple Store 銀座へ。 店を出る時にはあの淡い白の袋をぶら下げて居たのはお約束という事で、買って参りました。 それにしても、最近の macはというかPC製品全般に言える事かもしれませんが、安くなったなと。

 柏が一番最初に買ったのは、mac の LCシリーズというかなり昔に出ていた機種なのですが、モニターやキーボード、本体、メモリー、など色々とひっくるめて50~60万使った記憶が有ります。

 以前は音の編集やmidiの打ち込みはmac全盛だったので、仕事で使う以上はどうしてもmacでないと出来ない事が多かったのです。 今はしておりませんが、若い頃にはカラオケのmidiデータ作りのお仕事も一時期しておりましたので、原曲を聞いてmidiで全て打ち込んで行くという作業もしておりました。

 今はwinでもmacでも音のお仕事は出来るようになりましたが、やはり使い慣れたmacのGUI環境からは離れる事が出来ず、win機も他社様とのファイルのやり取り専用で事務所に有るには有るのですが、まぁまず必要が無ければ使いません。

 結局は使い手の使い心地というか、適材適所だと思うので自分のやっている内容にはmacの方がしっくりくる訳です。

 只、相も変わらずwin とのファイルのやり取りやoffice書類などのレイアウトの崩れなど問題もまだまだ有る訳ですが、関係他社様を見回してみるとmac率もかなり高いので、いわゆる一般企業様とのやり取り以外ではあまり問題にはなってません。

 よく「mac信者」と揶揄されますが、そこはそれ必要だから使うというスタンスには替わりが無いのです。

 只、お取引先の状況に合わせて柔軟に対応出来る自社環境の構築が結構重要だという事も付け加えておきます。

 新しい、MacBook Air は軽くてかなり快適です。

 と、書くと「mac信者は。。。」と又言われるんでしょうね。

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2010/09/01

 久しぶりの更新となってしまいました。 ほぼ2ヶ月ぶりの更新となります。 お待たせしていた方には大変申し訳無いです。

 そんな訳で、無意味にお休みさせて頂いていた訳では無い部分も有るので、それは今度書こうと思ってます。

 さて、間が空きすぎて何が何やらという感じも否めませんが、じゃぁ前回の続きで柏はどうしているかという所でした。

 この数ヶ月、うちにも新人が入ってそろそろ5ヶ月になります。

 徒弟制度として「この人」になら。 と、新人達がじゃぁ実際に思うようになって来ているのか? そして、それはどうなのか? その部分の「実際」に関して。

 当初、当たり前のように右も左も解らないままに不安と期待とを抱いて新しい世界に飛び込んで来た新人達。

 現在は有る程度落ち着いて来たという印象も有ります。 とはいえ、まだまだこれから頑張って行こうという所でも有ります。

 「見せる」そして「やらせる」 という点に於いてとても重用視していると前回も書きました。 自分がやった方が早いからと新人にやらせる事無く自分がやってしまうのは、「見せる」という段階の時点に於いては有効ですが、次の「やらせる」という段階に於いては上に立つスタッフには「守る」という気概が欲しいと思っています。

 確かに新人達には早すぎるという部分も有るかと思いますが、既に柏の所では新人は単独で現場に赴く事も有ります。 簡単なイベント程度ならオペレートもさせています。

 只、その責任はお互いが持つという事です。 新人達は自分の仕事に対して不安を抱えながらも今現在持っている全てをキチンとやり遂げようと努力します。 そこには本人達のモチベーションが生まれてくる訳です。 モチベーションは上から与えるものでは決して無く、本人達がどう捉えて自分達で発揮するかです。

 一方、その新人に仕事を任せている上の連中はその新人を守る為に努力を惜しみません。 ここから実例を交えて書きますが、これが一方的に正しい事では無い事は先に記述しておきます。

 前回身を以て教える。 と書きましたが、以前こんな事が有りました。

 ある現場でケーブルの養生が甘い現場が有り、出演者導線でスニーカーなら大丈夫という程度なのですが、ヒールだと引っかかるかな?という事が有り、新人の居る目の前でそのスタッフは引っかかって転んで見せた訳です。

 確かに口で伝えれば良いと考えるかもしれませんが、あえて転ぶ。その意味をそこで転ぶという事がどんな事で、出演者を守るという事はどんな事かをちゃんと目で体で解ってもらう為には一番解りやすい方法だったりします。

 そして、その危機回避のあり方や養生の重要性を教えて行く訳です。 その結果、その新人はそれ以降養生に関してとても気を使うようになりました。

 言うは易し行うは難し です。

 それを口で伝えてそれっきりだと、又同じ失敗をすると思います。 

 知識で頭でっかちになるのでは無く、実際にその場に於いて体験をする。 その部分に新人教育のあり方の重点を置いています。

 そして、新人に任せている以上、その責任は上に立つ者が負うべきなのです。

 新人が失敗をした時に 使えないな と片付けてしまうのでは、絶対に育つ訳も無くモチベーションを与えるなんて烏滸がましい事でも無く、その新人に何処まで自分のアシスタントとして成長して貰いたいかという事でも有る訳です。

 確かに「成長して貰いたい」は上から目線かもしれませんが、何年もの経験値の差が有れば「この人」に付いて行こうと思って貰う為の努力が上に立つ者には必要ですし、「この人」に付いて行こうと思える人を、守って貰っているという自覚をするのは新人にとって重要な事だと思っています。

 だから、護る事が出来ないなら、新人を駒としてしか見てないなら、「新人教育」など出来る訳も無いです。

 これらは小さい組織だからこそ出来る事なのかと言えば、そうでも無く大きい組織だとしても「人の気持ち」に差は有りません。

 仕事=ビジネス=お金=モチベーション そんな事だけで計算をして仕事をするならば「徒弟関係」などは成立するはずも無く、「お金」では無い何かを求めるからこそ自分達の仕事は成り立っているのだとも感じています。

 結局の所、新人も上に立つ者も「一人の人間」として、お互いの信頼関係を構築出来るかという点が最重要な訳で、仕事という鎖で繋がれた人同士だからこそ同じ土俵の上で同じ方向を向けるはずです。

 「その人」に付いて行こうと思って貰えるだけの何かが無ければ人など離れて行くばかりでしょう。

 「新人教育」とは言いますが、実は自身の魅力や経験値にとても近しい所に有る事を特に新人と向き合う人には感じて欲しいものです。

 次回はちょっとこのネタをお休みして、夏らしい現場の話題を。 海、砂浜でのライブイベントのお話しです。

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2010/07/08

 柏です。 今回は本題の前に一つ。

 ちょっと前に Twitter や web 上で「ワイヤレスマイク」の電波帯に関する議論が様々繰り広げられていましたが、実情を知らない人達から見ればテレビ局やラジオ連盟の使用している電波の帯域に対する頻度は低く見えるかもしれませんが、このまま帯域が縮小という事になれば、現在のコンサートのような多数帯多本数のワイヤレス運用は厳しくなってしまいます。

 決して一概に自己利益の為の確保を放送業界は主張しているのでは無く、複数本のワイヤレスマイクが使用出来なくなるという事は、AKB48のような多人数でのコンサートはまず不可能になってしまうという事です。

 企業の講演や、株主総会などでもワイヤレスマイクがよく使用されます。 それが使えなくという事にも繋がりかねません。 新しい枠組みを目指して議論は必要だと思いますが、テレビなどの放送の中で周波数が足りないからこの部分を減らしてと話しているナビゲーターの人が胸に付けているピンマイクもワイヤレスマイクです。

 そのような実情も踏まえて、行政にはしっかりとしたハンドリングをして頂きたいものです。

 さて、前置きが長くなりましたが、「社員教育とブランディング Act 2 」です。

 前回は「徒弟制度」について触れました。 そして、企業体制と徒弟制度の狭間で揺れる今現状の裏方業ですが、企業として成長、そして社会的認知度などを考えると「徒弟制度」の維持というのは厳しいと感じているのも実情です。

 では、どうしたら「徒弟制度」と「企業体制」は共存出来るのでしょうか。

 これは相反する事を共存させる問題のようですが、それを可能とする事も出来るはずなのです。

 企業に入って裏方を始めたらどの業種でも「先輩」は居ます。 その「先輩」がきちんと責任を持って「新人」を教育する事。 そして、立場が上の人ほど「第一線」に居るべきなのです。

 柏が常々気にかけている事は、良い事も悪い事も若手に「見せる」という事です。

 上の人がオフィスでデスクに向かう毎日、新人達は現場で忙殺される毎日、その上の人からの指示は本当に現場に届くのでしょうか?

 確かに以前は現場の第一線で活躍されて来たのかもしれませんが、「新人」達はその姿を話しには聞いても姿を見ては居ない訳です。

 その人から、「~した方が良い」「こうしなさい」と言われても、正直現実味は無いですよね。

 だから、柏は現場に出る訳です。 現場で危ない事は身を以て教える、良い事も悪い事もちゃんと目で見て言葉で届くようにするんです。

 これが全ての企業で出来る事では無い事は重々承知で書いていますが、本当の意味での「育てる」意識を持った人ならそれは可能なはずです。

 人は実績に付いていくのでは無く「その人だから」付いて行くんです。

 自分にも「師匠」と思う人が居ますが、「その人だから」未だにその人がそう思っていないとしても自分の中では「師匠」なのです。

 では今の企業体のあり方と徒弟制度のブレンディングをするに当たっての問題点ですが、最近よく耳にするのが「
怒ると急に辞めてしまう」新人が多い事です。

 正直、「最近の若いもんは」と、自分も言われて来ましたし、その上の人達もその様に言われて来たのだと思います。 しかし、言いたくなる気持ちもよく解る訳です。

 でも、ちょっと待って下さい。

 それは上の人達の接し方にも問題は無いのでしょうか?

 先にも書いた通り、身を以て見せて無い人が怒っても相手の心に響かないのは当然なのでは無いでしょうか?

 何故?と毎日新人達は思い悩んでいます。それを単に怒るだけで、その怒られた理由は自分で考えろというのは無理が有る訳です。

 「態度が悪い」

 「言葉使いが悪い」

 「身なりがなってない」

 「仕事が遅い」

 「声が小さい」

 などなど。。。

 じゃぁ、それ全部見せてあげて下さい。

 それを放棄して会社員だからやるのは当たり前だろ。 と、一言で片付けるんでは無く「この先輩について行こう」と思わせてあげて下さい。

 そうすれば、新人達は自分達で考えて動き出します。結果をもたらします。

 柏はいつも新人達にこう伝えています。

 「最高のオペレーターになりたいなら、最高のアシスタントにまずなりなさい。」

 と。

 チーフ(先輩)が求める事を肌で感じて先回り出来る位に、その人に入れ込ませてあげる事が出来ればその新人は絶対に昇華します。

 ですから、以前のような徒弟制度とは肌感覚が違うかもしれませんが、この人の為に頑張ろう、そこがもっと進めば「この人を超してやろう」になるんです。

 只優しく教えるだけでは無く、自己の判断を尊重してミスを抱えてあげる位の気概が上の人にも絶対必要なんです。

 それを自己防衛(責任回避)の為に、自分でやった方が早いからなどとやらせる事も無く、只見せる段階だけで終わってしまっては「新人」達は絶対に育ちません。

 「徒弟制度」が全て良いとも思いませんが、「新人」の責任は「自己」の責任という事を身を以て提示してあげて欲しいのです。

 ではそこを発展して、実際に柏がどうしているか。

 次回以降でお話しさせて頂きます。

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2010/07/02

 柏です。 最近梅雨とはいえ都内は晴れ間も多く夜は寝苦しいですが、エアコンを掛けっぱなしで寝ると体調崩すので気をつけて下さいね。 布団被ってるから平気だと言ってても風邪ひきますよ。

 今回からちょっと現場の事から少し離れて、うちで行っている「社員教育」や「ブランディング」について少しずつ書いて行こうと思っています。

 現場の事も自分は大好きで、こうして JunkStage で書く事も大好きで、大事な人達が居て、お世話になった人、様々な人が支えてくれているからこそこの仕事が出来ているんだと思うのです。

 そんな中で良く、うちの若手の成長の早さを関心して頂いたクライアントさんや身内の仲間から「どうやって新人教育とかしてるの?」と聞かれるのです(有り難い事です)。

 なので、今までは結構門外不出という訳では無いですが、あまり公にしてこなかった部分を書いて行こうと思います。(勿論、これから書く内容が全て正しい訳では有りませんし、推奨するものでも無い事を先にお伝えしておきます。万が一、これらの方法で若手が根を上げてしまっても柏は一切の責を負えませんので。)

 と、仰々しく書いてしまうと一体どんな事をしてるのかと思われてしまうのですが。

 それを書く前に「舞台」や「裏方」の上下関係(徒弟制度)について触れてみたいと思います。

 最近はそれこそ少なくなりましたが、この世界でも「師匠」「弟子」は存在します。最近の就職して入って来る若手には意外かもしれませんが、昔は求人で入る人も居ましたが「師匠」に<弟子入り>する形でこの世界に入る人も少なく有りませんでした。

 まぁ、昨今の求人方法から考えれば「企業」対「人」という裏方の入り方とは大きく異なる入り方では有りますが、現在もそれは存在しています。 そして、それはこの裏方の世界ではとても重要だったりします。

 「師匠」は絶対。 白い物でも「師匠」黒と言えば、全て黒です。

 理不尽? いやいや、そうゆうものなのです。

 古い慣習? いやいや、未だに現在進行形です。

 と、そんな事が「当たり前」でも有ったのです。 今も言い方は色々変化してますが、「ローディー」「坊や」「若いの」「弟子」etc…  

 

 実は裏方の仕事って、そうゆう事が普通な事も多いのです。

 ですので、学校→就職活動→社員 という流れが有ったとしても、いざ会社に入ってみたら上の人達の理不尽な物言いにやられて凹んでしまう若者も後を絶ちません。

 が。

 そうゆう事も有るし、それが少し前までは当たり前でした。

 今の世の中の流れ、社員の満足度、企業としての責務、ばかりが取り上げられるとこのダークかもしれない部分って見えにくい所だと思うのですが、実際に有るんです。

 ブラック会社? いやいや、そんな扱いが当たり前な事も有ります。

 だって、元々は「師匠」~「弟子」に伝えて来た「技術」や「知識」ですから。 それはこの仕事が元々「舞台」というジャンルが大元になっている事に

2010/03/01

 とうとうバンクーバーオリンピックが閉幕しました。 素晴らしい競技の数々に思わず見とれてしまう事も多かった事と思います。

 そんな中、オリンピックの中継を見ていて、特に開会式と閉会式ではテクニカルとしてとても興味深い点がいくつも有りました。 オリンピックスタジアムでの開会式、閉会式で、あのアリーナにどれだけの最新技術が使われているのかを携わった人に多少聞く機会が有りましたので、書いてみたいと思います。

 音に関して、会場出力はいわゆるラインアレイスピーカーと呼ばれるシステムを中心として、ライブも出来るシステムの構築、そしてもの凄い数のワイヤレスマイクや伝送システム。 そして、送出側ではデジタルミキサーや各国の放送チームへ送出の為のかつてない程のデジタル化が行われたそうです。

 リアルタイムでデジタル化された音声を収録、放送、会場への送出というとても最新技術とクリエイティブ、そしてチャレンジングな試みのお陰で世界中にあの素晴らしい音質で届ける事が出来たのでしょう。

 それにしても、国内で放送された映像を見るだけでももの凄い数のスピーカーが天井から吊られているのが解って、いったどれだけのリハーサルと仕込の時間が掛かったのかと思ってしまうのは職業病でしょうか。

 さて、今回の開会式で特に美しかったのが、映像です。 そして、それは単なる映像の投影という事では無く、床一面の海原やセンターに吊られたサークルスクリーンに映し出される映像など、どうやってやっているのは解らないような演出が施されていました。

 今回のオリンピック開会式等の映像の演出は、Rafael Lozano-Hemmer が携わっています。 彼は、1967年生まれで Canada, Montreal の Concordia University で物理化学を専攻していました。

 彼は、映像と照明を駆使したアートプロジェクトを立ち上げており、その中で彼が創り上げて来たアーティスティックな試みが今回のオリンピックでの開会式と閉会式、そして、会場外の明かりの演出< vectorial Elevation >を手がけています。

 開会式などの映像投影に関しては床やセンターサークルなどの映像はほぼ全て超高輝度プロジェクターによって投影される事によって行われているのですが、その演出手法で彼の「 Under Scan 」を中心とした物が使われています。

 興味の有る方は、彼のサイトを覗いてみて下さい。

 http://www.lozano-hemmer.com/index.html

 それにしても、こうした演出手法などを見ていると映像と照明の垣根がとても無くなって来たように感じます。

 この先、最近映画では使われ始めている3D技術などが使われるようになって来るのも時間の問題なのかなと思いますが、単なる技術革新だけでは無く、こうしたアーティスティックリレーションが行われる事による既存技術+アルファという表現手法を駆使した、新しい演出手法が登場する助力となっていって欲しいものです。

 でも今回こうしてアートとスポーツの融合で有ったりを目の当たりにすると、日本でのこうしたアーティスティックリレーションの弱さを感じずにはいられません。 新しいアートをいち早く取り入れる寛容さが日本の文化、行政にも欲しいものです。

 又、今回の開会式で点火台が1本上がらなかった事を「ミス」としてそこで終わらせない事が今回の演出の強みで有ったのでは無いでしょうか。 確かにあの場面で当事者で有ったならば肝を冷やすと思うのです(見ていて他人事とは思えない位変にドキドキしました。) しかし、 閉会式ではその開会式で点火出来なかった一人だけが再度点火をするという素敵な演出など、人が魅せる事の演出手法は素晴らしいと感じました。

 各競技のアスリート達が感動をくれたように、こうした演出も人の手に因って創り上げられているからこその感動が生まれると思うのです。

 又、次回のオリンピックでは素晴らしい演出が感動を世界に届ける事を期待しています。

2010/02/09

 ちょっと現場が立て込んで更新が遅れてしまいました。 何やら前回更新辺りから舞台挨拶関係が多く、それだけ映画がヒットしているという事でも有るので嬉しい限りです。

 さて、今回はちょっと現場というよりは制作の方面の話しをしてみたいと思います。

 この現場進行の最中、とあるDVD制作の為のナレーション録音、及び楽曲選定、アレンジなどの仕事をしておりました。

 昨年のJunk Stage 舞台の際にレコーディングをしたのですが、それと同じ様な感じでのレコーディングです。 が、今回は著作権の掛かる音楽は使用出来ないので1から制作する事になりました。

 友人の作曲家、アレンジャーにお願いをしてJazz系の曲を2曲作って貰い、それをさらにこちらで編集するという作業。 そして、ナレーションが必要な内容なので男性ナレーションの録音、及び編集などの作業です。

 前回のJunkの舞台の時もそうだったのですが、制作物になるとどうも籠り気味でいけないですね。 外に出るのが少なくなるのと、睡眠を取らなくなります(いかんいかん。。。) 編集などの作業をしている時は時間が経つのが早くて、気がつくと3時間とか平気で経過してたりします。

 後は時間との戦い。自分勝手に作るだけなら良いのでしょうが、完成を待ってくれている人達がいますので、早いに越した事は無いのです。

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 又、他にコンテンポラリーダンサーの為に楽曲制作が入って来ていたので、そちらも平行して作業しておりました。

 10月公演で使用する楽曲なので、まだ先の話しでは有るのですが、ダンサーが売れっ子で多忙という事も有り、今のタイミングを逃すと結構先でしか曲を創り上げるタイミングが無かったので、強行で全20分の内13分程度を創り上げたりもしてました。

 元々、現場とは別にこういった制作物の依頼は多く、四苦八苦しながら創り上げて来たのですが、いざ公演で有ったり、完成品で有ったりを目の当たりにすると、「良かったなぁ」と嬉しく思うんです。

 しかし。

 これでも作業中は辛い時も有るんです。

 中々、通称<神>が舞い降りて来ないんですよ。

 舞い降りた瞬間にテキパキ進むんですけどね。降りて来るまでが日によってまちまちなのがたまに傷です。

 そんな降りて来ない時はどうかと言うと。

 鬼の形相でMacに向かっているようで、スタッフからも声を掛けて貰えなくなります(そんなつもりは自分では無いんですが)。

 どうも集中していると、神では無く、鬼が舞い降りるらしく。

 そんな怖いのかと。

 「あ

2010/01/26

 This is it が期間限定で公開され、そして本日のDVDの販売と本当にマイケルは死んでしまったのかと思う程に彼の姿や歌声は街で溢れかえっています。 見た人はお解りになると思うのですが、リハーサルクオリティーの高さに実際の公演が無かった事が悔やまれてなりません。

 音響的に、この規模のコンサートツアーになるとシステムも相当大規模なものになります。 そして、とてもクリエイティブかつ大変なチャレンジだという事はあのリハーサルの端々から伝わっているのでは無いでしょうか。

 これほど裏方達の動きが実際に記録されている映像という事だけでも、興味の有る方にはとても見ていて興味深い内容だなと感じております。

 今回の This is it に関しては賛否両論有るみたいですが、ビジネスとして捉えた時にどうしても今回のドキュメンタリーを公開しなければならなかった経緯が有る訳です。

 昨年の11月に行われた BILLBOARD TOURING CONFERENCE & AWARDS に於いて、コンサートの主催会社 AEG LIVE が今回の公開の経緯に付いて説明を行っていました。

 ロンドンO2アリーナでのライブ~約50公演分のチケットのソールドアウトをした後のマイケルの死という主役の悲劇によって、チケットの払い戻しやリハーサル、各種プロモーションなどに費やした投資分が凍結してしまい、それを補填する為に関係各社及び、遺族などと綿密な協議を行った結果生まれた映画。 それが、今回の This is it だと。

 リハーサルの映像を見ているだけでも、もの凄く予算を掛けてリハーサルを行っている様子が映っているので、それを回収出来ないとなると会社が倒産だけでは済まないであろう事は想像に難しく無いのです。

 ですから、賛否両論有る今回の This is it の売り方ですが、裏方の身として考えるとリハーサルなどを行った(演出監督、音響、映像、照明、特効、サポートアーティスト、ダンサー、などのギャランティー)をちゃんと補填しようとしてくれる主催会社の働きは間違ってはいない部分も有ると感じるのです。

 その一方で、今回の映画。 音が良いと思いませんか?

 実は、今回の映画はリハーサルを担当した音響担当ミキサーさんが、個人的に録音を残しておいたマルチトラック音源(各楽器を別トラックで録音)と、マルチトラックが存在しない物に関しては、メモ録音(ポータブルレコーダーなど)からで有ったり、カメラの音声から今回の映画用に音をチェックしなおして映画用に起こしたとの事です。 これは担当のミキサーさんが詳細を話してくれています。

 ミキサーさんによると、マイケルはほぼ同じリズムで歌う事が出来るので、今回のように別の日の喉の調子が良い部分から声を差し替えたりする作業などが可能だったという事です。

 ですから、今回の映画の音がこれだけ良いのは口パクでも無く、実際にあのリハーサルの空間で全ての楽器、声が録音されたものを再構築(ミックス)する事によってなし得たというのが、記録として残しておいたミキサーさんのお陰な部分も有るなと感じました。

 でも、個人的に録音って聞くと聞こえが悪いようですが。

 

 実は、自分が例えばアーティスト系のお仕事で、バンドなどのミックスをする場合も結構記録として録音はしている事が多いです。 実は音響ミキサーの人はこれは結構普通に行っている記録作業なのです。(勿論、アーティストなどの了解を頂いた後に行う作業ですが。)

 勿論全ての音源をマルチトラックで録音するには Protools などの別途機材が必要になるので時と場合によりますが、なるべく残すようにしています。

 これは絶対に一般には公開出来ないもので有る訳ですが、自分の仕事の記録としてその時(日)の反省点などを振り返ったり、良い部分を見い出したりするには実は大変に役に立つのです。

 そんな様々な事が重なって生まれた This is it 、まだまだ街に流れる彼の声と人々の心にもマイケルは生き続けていくのでしょうね。

 

 

2010/01/13

 年明けから約二週間、お正月休みをまだ取っていない人が周りに多い今日この頃です。

 ここ数日にうちのスタッフから

 現場に入ってから「もう嫌だ、自分がやりたい事はこんな事じゃない。話しが違うじゃないか。本気で耐えられない」などと感じたりした現場って有りますか? と聞かれ。

 「それは勿論有るよ。」 という会話から思い立った事を。

 音響という仕事は良い意味でも悪い意味でも「裏方」です。 これは今までも書いて来た事が有るので、お解り頂いている方も多くいらっしゃると思います。 とてもクリエイティブな事を音響的にやらせて貰えるクライアントが居る反面、「音は出てれば良いよ」というクライアントが存在する事も事実です。

 現場に大きいも小さいも無い。

 これが個人的信条です。 しかし、これが通用しない事もしばしば存在します。

 勿論、ビジネスでやっている以上そこを飲み込んで仕事を全うするのが「大人」で有り、社会人としての務めでも有るのは十二分に理解していても、スタッフとの会話のように内面では違和感を感じている場合も無いとは言い切りません。

 自分が営利団体を立ち上げたとして「代表の責務」とは何でしょうか。 やはり、株式会社で有れば社会の為という前に、会社の未来に出資してくれている<株主>の為の利益確保という存在理由が有る訳です。 でも、その利益確保をする為にはお客様に必要とされる「何か」が無くてはならない。

 じゃぁ人数は少なくても規模は小さくても立ち上げた自分の責務は? やはり、存在理由の一番は「トップクライアント」の為なのでしょうか。 勿論、それは大義名分としてでも理屈で無くても、本音としてそこは有る訳です。 しかし、その一方で、社員の生活の為の利益確保という追求はしなくてはならないのが事実です。

 クリエイティブと利益確保は必ずしもイコールでは無いのです。

 そんなジレンマと自分の本当にやりたい事。を出来るだけイコールに近づける為に、様々な事を紡いで行く訳です。

 自分たちがやりたい事をやるのは良い。しかし、それが全てクライアントのブランディングや要望、満足に合致した内容、さらにプラスの何かを提供出来なければ利益確保なんて到底出来るはずも無いのです。

 その反面、音響的事故の可能性の有る状況下に於いて、一方的に続行と内容を指示される場合も稀に存在します。 これが、上記のクライアントの要望、満足で有るならば「否」と答える事がクライアントの最終的な利益になると思うのです。

 例え受発注の形態だとしても、「無理な事は無理だと」それが最終的なクライアントの利益に繋がるんだとキチンと説明するのが受注側の責務では無いでしょうか?

 そして、発注側にもその「事故」の可能性をキチンと考慮する柔軟性が有って然るべきだと思うのです。

 只、一方的に「音が出てれば良いから」と、言わせてしまうこちらの仕事にも責任が有りますが、そこでの懸念(意見)を単なる反発とするクライアントが居るのも事実なのです。

 「意見の違いは向上する為の可能性」

 その前向きな関係性を単なる受発注では無く、お互いに歩み寄る事によって創り上げる事がクライアントの満足度の向上、そして社員達への利益確保に繋がるのでは無いでしょうか。

 時に。自己も含め、単なる自分の経験値だけで、一方的に内容を押し付けてしまう気概が裏方の方には多い気がします。 それはテクニカルのスタッフだけに限らず、もしかするとどの仕事でも存在する事かもしれません。

 単なる「受発注」の関係性から、お互いの「良さ」を互いに引き出せる様な関係性をクライアントと適度な距離感で仕事が出来ると良いのでは無いでしょうか。

 そして様々な意見は<お客様だから言えない><うちが上の立場だから下は言う事を聞いてれば良いんだよ><波風立てなくて良いんじゃない?>など、受発注形態のみの一方的な仕事というのは皆さんそろそろ終わりにしませんか?

 意見が対立しても、目指す高みは同じはずです。

 仕事、嫌いですか?

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