Home > 音響デザイン

2012/01/10

皆様、ご無沙汰しております。柏です。

折角復活させて頂いていたのに、どうしても書く事が出来ないまま去年が過ぎてしまいました。 未だ個人ページを残して下さっている JunkStage のスタッフ皆様には感謝のしようも御座いません。 又少しづつでは有りますが、書かせて頂こうかと思っております。

 

昨年は本当に色々な事が有った中、震災関連の話題は未だ継続中ですし、現場は減った案件も正直有りましたが昨年後半にシフトした案件なども多く、年末まで例年に無い程復興しようという気持ちが感じられる一年でした。

 

その中で自分のスタイルもスタンスも昨年は変化をして、社名が変更になったり、取り扱う内容が変化したりと、最近現場でも良く聞かれる事も多くなって来ましたので、その辺りを再度書き綴りたいと思います。

 

昨年4月末に今までの「ティーズサウンド」から社名が変更になって、

「インタースカイプロモーション」

と、社名が変更になりました。

 

やはり色々思う所も有り今回の社名変更、そして業態変更という事になったのですが、震災の影響が無かったかというと嘘になります。

 

震災の時に色々と思う所が有りました。

あの3.11から2日後、それまでに入っていたそれ以降のスケジュール、それが全て白紙になってしまいました。

うちはとても小さな会社です。が、やはり少なからずスタッフを抱えている。そのプレッシャーや金銭的な見通し、それが一度にこうして崩れてしまうという事の怖さを同時に経験する事になりました。

 

そんな事も有り、以前からこの社名にしようと大事な人や親しい人と準備はしていたのですが、震災をキッカケに一気に変えてしまおうと思った訳です。

 

勿論、それまでJunkStageで書かせて頂いてきた現場の事や、お付き合いの有る協力会社様とのリレーションも考えて、プラスアルファで何が出来るかという事を念頭に置いての変更でした。

 

何故変える必要が有ったのか。それは多分、その当時というよりも今現在の動き方。 具体的にはテクニカルを取り纏めるクリエイティビティーというものをもっと具現化出来ないかという事。

じゃぁ、今まで存在している制作業務と何が違うのか? という所も有るかと思います。

自身含め弊社スタッフはそれまでの業務の中で、音響(これが一番の軸)、そして映像照明の現場的オペレート、進行スタッフ、制作補助、パネルデザイン、設備施工、などなど。テクニカル以外も有りますが、テクニカルという大きな器で見た時にある程度の音響以外の経験値と空気を読むスタッフィングは経験してさせて頂いて来ていました。(勿論、専業の方の下に付いて勉強させて頂いた経緯も大きい訳です。)

そんな経験値、そして音響だけという業務の不安定さというのを震災で経験した事によって、現在のインタースカイプロモーションを立ち上げるキッカケとしました。

 

今は、「音が軸」というのは変わって居ないのですが、もっとフレキシブルに様々なクリエイティブに携わりたいという気持ちと、営利だけを追求するのでは無くて、もっと今までの経験値を生かして、トータルでテクニカルというのを見ていきたいという気持ちが強くなっています。

ですから、音響、照明、映像、写真、デザイン、全てを現場レベルでトータルに見る事が出来る。 そんな事をやり始めています。

 

少しずつですが、昨年もこうしてお仕事をさせて頂いている中で、音響だけでは見えなかった他のセクションの苦労、そして、代理店様、制作会社様の苦労というのも、少しずつ理解出来るようになり、自身達の視野も広がってきています。

 

やはりテクニカルの良い所というのは、専業だからこそ専門的な知識と技術で貢献出来るという所だと思うのです。

しかし逆を返すと、「井の中の蛙」になりがちという所。どんなにその業界の中で知名度が有っても技術が有っても、その論法を現場レベルで上から目線になりがちの人も多いのだなと改めて感じています。

 

だから、今は音響という仕事の悪い所も良く見え始めて居ます。

 

しかし自分の軸は音響という事は変わりません。それは多分これからも同じだと思います。 今まで以上に見えてきた弊害や良い所、そこをもっと変えていきたい。小さな事かもしれませんし、自身達だけで成し得る事も厳しいかもしれません。

 

でも、確かにテクニカルにはテクニカルの歴史が有ります。それをひっくり返そうというのでは無くて、悪い所は悪いと声を今まで以上に上げていこうと思っています。

そうしないと、やはり若手の就労状況の改善や、大げさでは無くてイベント業などではやはりテクニカルというのは事実底辺の扱いを受けてるのは事実です。そこはお金の流れなどを考えれば当然なのですが、その扱いというのを変えて行きたいと思っています。

 

まだまだ始まったばかりで、昨年はひたすら走り続けて来ました。今年も続いて行きます。

 

正直、今までここJunkStageで色々書いて来た中で、苦言を頂く事も有りましたし、それを言うと言う事は、業界の先輩達を否定する事になるから控えたほうが良いなど、色々ご意見も頂く事も有りました。

確かにそれも一理ですし、諸先輩方を蔑ろにしようというのでは無くて。 時代が変わってきている中で、音響業界を始めテクニカルの業界も変革して行くべきだと感じている自身の気持ちは否定するつもりが無いのです。

 

又、勿論全てでは有りませんが、仕事を上から下にスルーするだけでお金を得る代理店や制作会社、自身達の都合で進行しようとするテクニカル、などなど、そんな悪循環を無くしたいという事です。

 

少しつづでは有りますが、具現化していけているのは嬉しい事です。

 

ソフト面のクリエイティビティー、そして、ハード面のクリエイティビティー。それが融合した時にどんな事が起きてくるか、そんな事を目指しています。

 

 

2012年 再度スタートしたいと思います。

 

本年も皆様、宜しくお願い申し上げます。

 

柏 環樹

 

2011/05/30

今回はやはりあの話題からは避けて通れないのも解っていたので、震災の時の事、そして音響に関して影響の有った事、そしてこれからを書いてみようと思います。

正直、あの震災の事は書く事を躊躇っていたのも事実で、今こうして書いていても自分が個人の事として、そして音響として書く事が正しいのかは解りません。 でも、それでも書いておかないといけないという気持ちが有るのも事実なので、読んで頂いている皆様に少し共有をさせて頂ければ幸いです。

 

あの日、震災の有った時。自分は事務所に居りました。スタッフと先の現場の打ち合わせと、そろそろ遅いお昼ご飯を食べようとしていた自分、そして埼玉スーパーアリーナで翌日からの別の現場の仕込みをしていたスタッフ達。

 

その瞬間、スーパーアリーナのスタッフの事、子供の小学校に丁度出かけていた経理さん、機材の事、事務所の入っているマンションの事、色々な事が一気に気にかかりましたが、誰も連絡が取れませんでした。

 

有る程度落ち着いて来た頃に、ようやくスーパーアリーナのスタッフ達と連絡が取れて一応開催が不明だけれども仕込みはしないといけない状況で有るとの事、こちらはこちらで他のスタッフ達は事務所でラジオやテレビ、そしてツイッターなどで情報をかき集めていました。

しかし、翌日からの仕事の予定も立てられないので、電話が繋がらない状況の中、歩いて行ける得意先には徒歩で翌日からの予定などの確認に奔走し、やっと夕方に仕込みから解放されたスタッフ達が帰ろうとした頃には帰宅困難という事態、徒歩やバス、深夜に再開した地下鉄などを駆使してスーパーアリーナから事務所に戻って来れたのは翌日の朝4時でした。

 

状況ばかり書いて行くとキリが無くなってしまうのでこの程度に留めますが、全員が無事に何とか翌日には帰宅出来た事がせめてもの救いでした。

 

その後相次ぐ仕事のキャンセルの嵐。

 

翌日からキャンセルの連絡が入り始めて、数日の間に3月、4月、5月の案件関係は全てキャンセルされました。

やはりイベントというのは社会が健全であるからこそ出来る事、そしてPR活動も然りでCMがACで埋め尽くされたように企業の自粛ムード、そして社会の空気は非生活必需産業で有る自分達にはとても重くのしかかっています。

 

正直、今この原稿を書いている時点でもキャンセルや延期の声は届いて来ます。そして、恐れていた「倒産」の二文字が自分の周りでも起きています。

 

今回の事で自分は「音響」という仕事の強さと脆さを両方感じる事が出来ました。

 

生活に絶対的に必要で無い職業で有るからこその脆さ

 

アーティストなどが日本の為に声を届ける事を直接手伝える強さ

 

改めて、自分はこの仕事をしていて良かったと思える事や出会いが有った事も事実です。

しかし自社の中でスタッフ達の生活を考えると、あまりにも脆い部分が多く(これは音響に限った事では無いのですが)このままで良いのかと自問自答する日々が続いていました。

 

結果、自分の選択肢は「人に何かを届ける事が出来るなら、伝え続けよう」そう思い続けて行く事を選択しました。

そして自分の手の届く所だけでも、例えそれが小さな範囲だったとしても守りたいと思えるスタッフ達に恵まれた事に感謝をしています。

 

柏は新たなステージに立つ事を選択させて頂きました。

 

「音響デザイン」からもっと広がれる様に、自分のしている事が人にきちんと届く様に会社の形態、そして10年以上使って来た社名を音響ブランドとし、もっと広いステージの為の社名を変更しました。

 

この変更は前から構想はしていた事だったのですが、自分だけでは無く、大事な人達とのお付き合いの中から実際に進行していた事を形にする事でした。

震災がキッカケという部分も勿論有ります。もっと深い所で自分の守りたい人を守れる環境は自分自身でしか作り出せないというのを見直せた事でも有るからです。

 

大事な人を守る為に10年以上続けて来た事を更に発展させていく事、そして新たなステージに立つ事、不安も有りますが続けて行こうと思います。

 

人と人が気持ちで繋がって行く、綺麗事かもしれませんがそんな事が現実に出来る環境を残して行きたい。 そう思っています。

 

これからはもっと進化して深化する自分を、愛すべきスタッフ、そして大事な人達。

 

新たな名前はそんな人の為に、その意味を愛し、その人の為に残して行こうと。

 

 

「音響デザイン」からもっともっと前へ。

 

次回はもっと軽い?ネタで、バンドとの付き合いについて書きたいと思います。

 

2011/05/09

長らくの休養を頂き、この5月から復帰をさせて頂きました。お久しぶりです、柏です。

このお休みを頂いている間に、東日本大震災という未曾有の大災害が起きて、未だ収束の糸口すら微かな糸のように細い状況では有りますが、やはりそんな中でも又こうして書かせて頂ける事が励みになっております。

 

この長いお休みの間、実は色々な事を体現して参りました。これから書いて行く事になるであろう事、そして自分にとっても一つステップを上がる事が出来たのでは無いかなと感じております。

 

今まで通りの事を書ければ良いのかなと、今回再開をさせて頂くに当たって考えていたのですが、これからはもっと違う側面も書ければなと思っていますので、又お付合い頂ければ幸いです。

Weekly ライターという肩書きも頂いてしまったので、そのJunkStageのスタッフをして頂いてる方々や、これをお読み頂いてる方々に何かしら少しでも届けば良いなと、改めて感じてちょっと緊張したりしています。

 

正直、震災に関連する事も書かねばならないと思っていますが、それは次回以降からスタートさせて下さい。

今回はこうして皆様に改めてご挨拶させて頂ける場が出来ただけでも、感謝の気持ちで一杯です。

 

改めまして、「音響デザイン」始めました!

 

宜しくお願いします。