久しぶりの更新となってしまいました。 ほぼ2ヶ月ぶりの更新となります。 お待たせしていた方には大変申し訳無いです。
そんな訳で、無意味にお休みさせて頂いていた訳では無い部分も有るので、それは今度書こうと思ってます。
さて、間が空きすぎて何が何やらという感じも否めませんが、じゃぁ前回の続きで柏はどうしているかという所でした。
この数ヶ月、うちにも新人が入ってそろそろ5ヶ月になります。
徒弟制度として「この人」になら。 と、新人達がじゃぁ実際に思うようになって来ているのか? そして、それはどうなのか? その部分の「実際」に関して。
当初、当たり前のように右も左も解らないままに不安と期待とを抱いて新しい世界に飛び込んで来た新人達。
現在は有る程度落ち着いて来たという印象も有ります。 とはいえ、まだまだこれから頑張って行こうという所でも有ります。
「見せる」そして「やらせる」 という点に於いてとても重用視していると前回も書きました。 自分がやった方が早いからと新人にやらせる事無く自分がやってしまうのは、「見せる」という段階の時点に於いては有効ですが、次の「やらせる」という段階に於いては上に立つスタッフには「守る」という気概が欲しいと思っています。
確かに新人達には早すぎるという部分も有るかと思いますが、既に柏の所では新人は単独で現場に赴く事も有ります。 簡単なイベント程度ならオペレートもさせています。
只、その責任はお互いが持つという事です。 新人達は自分の仕事に対して不安を抱えながらも今現在持っている全てをキチンとやり遂げようと努力します。 そこには本人達のモチベーションが生まれてくる訳です。 モチベーションは上から与えるものでは決して無く、本人達がどう捉えて自分達で発揮するかです。
一方、その新人に仕事を任せている上の連中はその新人を守る為に努力を惜しみません。 ここから実例を交えて書きますが、これが一方的に正しい事では無い事は先に記述しておきます。
前回身を以て教える。 と書きましたが、以前こんな事が有りました。
ある現場でケーブルの養生が甘い現場が有り、出演者導線でスニーカーなら大丈夫という程度なのですが、ヒールだと引っかかるかな?という事が有り、新人の居る目の前でそのスタッフは引っかかって転んで見せた訳です。
確かに口で伝えれば良いと考えるかもしれませんが、あえて転ぶ。その意味をそこで転ぶという事がどんな事で、出演者を守るという事はどんな事かをちゃんと目で体で解ってもらう為には一番解りやすい方法だったりします。
そして、その危機回避のあり方や養生の重要性を教えて行く訳です。 その結果、その新人はそれ以降養生に関してとても気を使うようになりました。
言うは易し行うは難し です。
それを口で伝えてそれっきりだと、又同じ失敗をすると思います。
知識で頭でっかちになるのでは無く、実際にその場に於いて体験をする。 その部分に新人教育のあり方の重点を置いています。
そして、新人に任せている以上、その責任は上に立つ者が負うべきなのです。
新人が失敗をした時に 使えないな と片付けてしまうのでは、絶対に育つ訳も無くモチベーションを与えるなんて烏滸がましい事でも無く、その新人に何処まで自分のアシスタントとして成長して貰いたいかという事でも有る訳です。
確かに「成長して貰いたい」は上から目線かもしれませんが、何年もの経験値の差が有れば「この人」に付いて行こうと思って貰う為の努力が上に立つ者には必要ですし、「この人」に付いて行こうと思える人を、守って貰っているという自覚をするのは新人にとって重要な事だと思っています。
だから、護る事が出来ないなら、新人を駒としてしか見てないなら、「新人教育」など出来る訳も無いです。
これらは小さい組織だからこそ出来る事なのかと言えば、そうでも無く大きい組織だとしても「人の気持ち」に差は有りません。
仕事=ビジネス=お金=モチベーション そんな事だけで計算をして仕事をするならば「徒弟関係」などは成立するはずも無く、「お金」では無い何かを求めるからこそ自分達の仕事は成り立っているのだとも感じています。
結局の所、新人も上に立つ者も「一人の人間」として、お互いの信頼関係を構築出来るかという点が最重要な訳で、仕事という鎖で繋がれた人同士だからこそ同じ土俵の上で同じ方向を向けるはずです。
「その人」に付いて行こうと思って貰えるだけの何かが無ければ人など離れて行くばかりでしょう。
「新人教育」とは言いますが、実は自身の魅力や経験値にとても近しい所に有る事を特に新人と向き合う人には感じて欲しいものです。
次回はちょっとこのネタをお休みして、夏らしい現場の話題を。 海、砂浜でのライブイベントのお話しです。

柏です。 今回は本題の前に一つ。
ちょっと前に Twitter や web 上で「ワイヤレスマイク」の電波帯に関する議論が様々繰り広げられていましたが、実情を知らない人達から見ればテレビ局やラジオ連盟の使用している電波の帯域に対する頻度は低く見えるかもしれませんが、このまま帯域が縮小という事になれば、現在のコンサートのような多数帯多本数のワイヤレス運用は厳しくなってしまいます。
決して一概に自己利益の為の確保を放送業界は主張しているのでは無く、複数本のワイヤレスマイクが使用出来なくなるという事は、AKB48のような多人数でのコンサートはまず不可能になってしまうという事です。
企業の講演や、株主総会などでもワイヤレスマイクがよく使用されます。 それが使えなくという事にも繋がりかねません。 新しい枠組みを目指して議論は必要だと思いますが、テレビなどの放送の中で周波数が足りないからこの部分を減らしてと話しているナビゲーターの人が胸に付けているピンマイクもワイヤレスマイクです。
そのような実情も踏まえて、行政にはしっかりとしたハンドリングをして頂きたいものです。
さて、前置きが長くなりましたが、「社員教育とブランディング Act 2 」です。
前回は「徒弟制度」について触れました。 そして、企業体制と徒弟制度の狭間で揺れる今現状の裏方業ですが、企業として成長、そして社会的認知度などを考えると「徒弟制度」の維持というのは厳しいと感じているのも実情です。
では、どうしたら「徒弟制度」と「企業体制」は共存出来るのでしょうか。
これは相反する事を共存させる問題のようですが、それを可能とする事も出来るはずなのです。
企業に入って裏方を始めたらどの業種でも「先輩」は居ます。 その「先輩」がきちんと責任を持って「新人」を教育する事。 そして、立場が上の人ほど「第一線」に居るべきなのです。
柏が常々気にかけている事は、良い事も悪い事も若手に「見せる」という事です。
上の人がオフィスでデスクに向かう毎日、新人達は現場で忙殺される毎日、その上の人からの指示は本当に現場に届くのでしょうか?
確かに以前は現場の第一線で活躍されて来たのかもしれませんが、「新人」達はその姿を話しには聞いても姿を見ては居ない訳です。
その人から、「~した方が良い」「こうしなさい」と言われても、正直現実味は無いですよね。
だから、柏は現場に出る訳です。 現場で危ない事は身を以て教える、良い事も悪い事もちゃんと目で見て言葉で届くようにするんです。
これが全ての企業で出来る事では無い事は重々承知で書いていますが、本当の意味での「育てる」意識を持った人ならそれは可能なはずです。
人は実績に付いていくのでは無く「その人だから」付いて行くんです。
自分にも「師匠」と思う人が居ますが、「その人だから」未だにその人がそう思っていないとしても自分の中では「師匠」なのです。
では今の企業体のあり方と徒弟制度のブレンディングをするに当たっての問題点ですが、最近よく耳にするのが「怒ると急に辞めてしまう」新人が多い事です。
正直、「最近の若いもんは」と、自分も言われて来ましたし、その上の人達もその様に言われて来たのだと思います。 しかし、言いたくなる気持ちもよく解る訳です。
でも、ちょっと待って下さい。
それは上の人達の接し方にも問題は無いのでしょうか?
先にも書いた通り、身を以て見せて無い人が怒っても相手の心に響かないのは当然なのでは無いでしょうか?
何故?と毎日新人達は思い悩んでいます。それを単に怒るだけで、その怒られた理由は自分で考えろというのは無理が有る訳です。
「態度が悪い」
「言葉使いが悪い」
「身なりがなってない」
「仕事が遅い」
「声が小さい」
などなど。。。
じゃぁ、それ全部見せてあげて下さい。
それを放棄して会社員だからやるのは当たり前だろ。 と、一言で片付けるんでは無く「この先輩について行こう」と思わせてあげて下さい。
そうすれば、新人達は自分達で考えて動き出します。結果をもたらします。
柏はいつも新人達にこう伝えています。
「最高のオペレーターになりたいなら、最高のアシスタントにまずなりなさい。」
と。
チーフ(先輩)が求める事を肌で感じて先回り出来る位に、その人に入れ込ませてあげる事が出来ればその新人は絶対に昇華します。
ですから、以前のような徒弟制度とは肌感覚が違うかもしれませんが、この人の為に頑張ろう、そこがもっと進めば「この人を超してやろう」になるんです。
只優しく教えるだけでは無く、自己の判断を尊重してミスを抱えてあげる位の気概が上の人にも絶対必要なんです。
それを自己防衛(責任回避)の為に、自分でやった方が早いからなどとやらせる事も無く、只見せる段階だけで終わってしまっては「新人」達は絶対に育ちません。
「徒弟制度」が全て良いとも思いませんが、「新人」の責任は「自己」の責任という事を身を以て提示してあげて欲しいのです。
ではそこを発展して、実際に柏がどうしているか。
次回以降でお話しさせて頂きます。

柏です。 最近梅雨とはいえ都内は晴れ間も多く夜は寝苦しいですが、エアコンを掛けっぱなしで寝ると体調崩すので気をつけて下さいね。 布団被ってるから平気だと言ってても風邪ひきますよ。
今回からちょっと現場の事から少し離れて、うちで行っている「社員教育」や「ブランディング」について少しずつ書いて行こうと思っています。
現場の事も自分は大好きで、こうして JunkStage で書く事も大好きで、大事な人達が居て、お世話になった人、様々な人が支えてくれているからこそこの仕事が出来ているんだと思うのです。
そんな中で良く、うちの若手の成長の早さを関心して頂いたクライアントさんや身内の仲間から「どうやって新人教育とかしてるの?」と聞かれるのです(有り難い事です)。
なので、今までは結構門外不出という訳では無いですが、あまり公にしてこなかった部分を書いて行こうと思います。(勿論、これから書く内容が全て正しい訳では有りませんし、推奨するものでも無い事を先にお伝えしておきます。万が一、これらの方法で若手が根を上げてしまっても柏は一切の責を負えませんので。)
と、仰々しく書いてしまうと一体どんな事をしてるのかと思われてしまうのですが。
それを書く前に「舞台」や「裏方」の上下関係(徒弟制度)について触れてみたいと思います。
最近はそれこそ少なくなりましたが、この世界でも「師匠」「弟子」は存在します。最近の就職して入って来る若手には意外かもしれませんが、昔は求人で入る人も居ましたが「師匠」に<弟子入り>する形でこの世界に入る人も少なく有りませんでした。
まぁ、昨今の求人方法から考えれば「企業」対「人」という裏方の入り方とは大きく異なる入り方では有りますが、現在もそれは存在しています。 そして、それはこの裏方の世界ではとても重要だったりします。
「師匠」は絶対。 白い物でも「師匠」黒と言えば、全て黒です。
理不尽? いやいや、そうゆうものなのです。
古い慣習? いやいや、未だに現在進行形です。
と、そんな事が「当たり前」でも有ったのです。 今も言い方は色々変化してますが、「ローディー」「坊や」「若いの」「弟子」etc…
実は裏方の仕事って、そうゆう事が普通な事も多いのです。
ですので、学校→就職活動→社員 という流れが有ったとしても、いざ会社に入ってみたら上の人達の理不尽な物言いにやられて凹んでしまう若者も後を絶ちません。
が。
そうゆう事も有るし、それが少し前までは当たり前でした。
今の世の中の流れ、社員の満足度、企業としての責務、ばかりが取り上げられるとこのダークかもしれない部分って見えにくい所だと思うのですが、実際に有るんです。
ブラック会社? いやいや、そんな扱いが当たり前な事も有ります。
だって、元々は「師匠」~「弟子」に伝えて来た「技術」や「知識」ですから。 それはこの仕事が元々「舞台」というジャンルが大元になっている事にも起因します。
演出家=先生 です。
先生が舞台でオールスタッフをする際に、先生は椅子、他オールスタッフ正座。 そんな光景も当たり前だったりします。
たまに勢い良く灰皿や箱馬が宙を舞います。
それが「裏方」だけでも同じ部分も有る訳です。
確かに昨今の裏方事情として、一般企業との賃金格差で有ったり様々な問題を抱えていると思うのですが、元々「弟子」=「低賃金」は当たり前だった時代の名残も有るのかもしれません。 「弟子」は勉強をさせて貰っている訳で、「仕事」を提供している訳では無いからです。
プロの「仕事」を出来ない間は「師匠」に食べさせて貰っている。という肌感覚なのです。
それが偏ると良く無いと思っていますし、それを変えていけないと、そしてもっと社会的に認知度を高めて社会に必ず必要な仕事にならないと、この先、裏方は生き残って行けないのも事実だとは認識をしています。
しかし、その「徒弟制度」が今を形作ってきたのも事実です。 そして、今現在進行中でも有る事をこの仕事を目指す人には知って貰いたいのです。
前置きが長くなりましたが、柏がしている「社員教育」とは今の「企業」のあり方と「徒弟関係」も加味してスパイスを足した感じなのです。
と、一言で終わってしまうのはちょっともったいないので、次回に続きます。 あ、ブランディングも同意で進行します。

最近、更新がままならず申し訳ありません。 書きたいネタは山ほど有るのですが、どうも最近は現場の内容的に公に出来ない事が多く、日々感じる事がどうしても自分として前に向かう感じになれなかった部分も有り、色々書いてみたのですがネガティブな部分を吐露するような事をここで書くには違うと思って遅れてしまいました。 少し復活したので、自分の気持ちが暖かくなる現場が有ったので、ちょっと前にやらせて頂いた現場の事を書いてみたいと思います。
今回は福島県某所にて行われた「カラオケ大会」の現場です。 実はカラオケと言ってもいわゆるカラオケボックスで普段皆さんが歌っているような形では無く、「生バンド」による演奏に地域のカラオケ教室に通われている方々(老年の方も多数いらっしゃいます)の発表会というか、ちゃんと順位を決める大会です。
で、ここまで書いて、カラオケで生バンドなんて有るの?と、思われる方もいらっしゃると思いますが、今回は「演歌」がその中心を担っている大会で、実は演歌の世界では「先生」と呼ばれる方々が多数いらっしゃいます。 その中でも今回は、某レコード会社のプロデューサーや作曲家、プロの演奏家を招いてのとても豪華な大会と言う事も有って、演奏は日本を代表するバンド「クリアトーンズ」さんでした。
ちなみに、「クリアトーンズ」さんは、年末ジャンボ宝くじなどの抽選会で抽選の矢を射る時にあの舞台で演奏をしているバンドさんで、バンドマスターさんの合図と共に演奏が止まり矢が射られるという、御本人曰く、「3億円の腕」を持つマスターさんです。

と、こうして書いてみるともの凄く豪華なのですが、実際にそのバンドさんの演奏で歌われる方々は教室に通う生徒さんや一般公募で集まった方々で、いわゆる素人さんなのです。 そして、その人数たるや、総勢100裕余名。 時間も一日でその全員が歌い、表彰式まで行う為に午前中から本番スタートして、終了時刻が夜になるというぶっ通しのスタミナステージです。
本当にバンドさんには感服しますが、100名以上の方が2コーラス歌っては入れ替わりで次の曲のイントロがスタートするという、本当に色々な曲をフルバンドで歌い手さんのテンポなどに併せて全て変えて行く本当にプロの技です。(譜面台など有るのですが、どう考えても譜面は Key(調)の確認程度で全ての曲が完璧に演奏されていく様は圧巻です。)
さて、そんな現場を自分が担当する事になって、前日の仕込に東京を車で機材を載せて向かいました。 残念ながら、仕込当日はバンドさんがスケジュールの都合で現地に入る事が叶いませんでしたので、あらゆる事を想定しながらの仕込です。
予算の都合上、メインスピーカーなどは会場のものと持込みの物を組み合わせて使用する事にしました。 そして、100名以上の方々の歌の再現性を考えて、ミキサーはデジタルミキサーにと、ひたすら本番が続くのでバンドさんは交代要員も居ないままひたすら演奏が続きますから、こちらもそれなりに用意をして行います。

仕込は前日なのでそれなりに順調に進み、夜は会場近くのホテルにて制作、音響、照明のチームで宿泊でしたが、久しぶりの地方現場で皆都内の現場より生き生きして見えたのは気のせいでは無い気がしています。
さて、本番当日ですが。ここで落とし穴が。
バンドさんの入り時間から、お客さんの開場時間まで1時間も無い事が判明。 リハーサルもろくに出来ないままサウンドチェックをしてすぐさま本番スタートです。 流石にこれにはバタバタしてしまって、バンドさんにも御協力頂きなんとか間に合わせる事が出来ました。
本番は予想通り、一人歌ってはすぐに次の曲、という繰り返し。 そして、合間合間にプロ演歌歌手のゲストが3曲程度のステージを挟むという、それはそれは演歌三昧な現場で、やっているうちに何故か演歌が心地よく聞こえて来てしまうのです。
やはり日本人なのだからでしょうか? 民謡や演歌は似て非なる物かもしれませんが、日本人の根底の何処かに根付いているメロディーを呼び起こされている気分で、オペレートしながら心地よくなってきてしまう自分がいます。
バンドさんも体力勝負で真剣そのもの。 合間のインターバルのプロデューサーや作曲家先生のトークショーも交える中、舞台袖で緊張するおじいちゃんやおばあちゃん、楽屋通路で出番前に最後の声出しをするおじいちゃん、おばあちゃん、自分の出演が終わってやっと笑顔がこぼれて「~さんはやっぱり上手だねぇ~」とお友達を話しているおじいちゃん、おばあちゃん。。。。
何か胸が熱くなります。
緊張のあまり歌い手さんがテンポが取れなくて、バンドさんが演奏をやり直したり、バンドマスターさんが声を掛け、手を取り、笑いを起こして緊張をほぐす。 とても暖かいステージでした。
自分の本当に祖父母の世代の方々が、華やかな衣装に身を包み、スポットライトを浴びて、プロの演奏でステージに上がる。
日本って素敵だなと思います。
そして、そんな現場で自分もオペをして

若手もオペをして

バンドマスターさんに写真を撮られ「このデジカメ~のだよね、いやぁ、でもやっぱりカメラは銀塩に限るよ、人間も機械もやっぱりアナログが一番、カラー(色)が大事だよね。」と、本番中に諭されてみたり。
プロとしてのシビアな反面、アナログな人の暖かさ、東京では味わえない人の繋がり感、失敗を暖かく抱えて歌いやすく出演者を第一に考える裏方やバンドさん。
何か、凝り固まっていた自分の気持ちが少し柔らかくなる現場でした。
現場後1週間程、頭の中は演歌のメロディーで溢れかえっていて、メロディーをふとした瞬間に口ずさむ自分が居ました。
いつの間にか暖かくなって来ましたが、まだ寒暖の差は酷いですね。
さて、4月も過ぎゴールデンウィークも終わり五月病もそろそろ落ち着いて来たのでは無いかと思いますが、今年新社会人の方々もそろそろ仕事にも慣れて来た頃なのでしょうか?
柏の所にも今年は新人が2名入りました。 昨今の不況?なのか?の影響が無いかと言えばそれなりに影響は受けている今日この頃ですが、こんな時期だからこそ新人というのはある種のカンフル剤的に社内に新しい風を運んでくれるものです。
今年は今までの中でも、裏方業の中は人材余剰で新人達が入り込む隙間というのは少なかったと感じています。
本当は今年はうちも新人を入れる予定は無かったのですが、お付き合いの有る専門学校の先生から2名程会って貰えないかとお話しを頂きまして、結果的には入って貰った次第です。
やはり周りの取引先などの状況などを見ていても、今年は結構厳しいようで新人を入れたいけれど。。。という所は多いようです。
そうなってくるとやはり真っ先に影響を受けるのが、音響などの専門学校に通っていた学生達なのですよね。 実際、昨年に数名の学生に仕事を手伝って貰ったりなどとしてきましたが、口を揃えて「就職口が無い」と言っておりました。
只、それが本当に「就職出来ない程求人が無い」のか、「自分のやりたい事を出来る就職口が無い」なのかで大きく異なって来ると思います。
昨年度も学生達を見て来て感じているのは、「これが出来ないなら就職しなくても良いや」という学生が多い事です。
音響で言うならば、「バンド音響が出来なければやりたくない」というのが、一番多い意見かもしれません。 勿論、そのような事ばかり言っている学生達だけでは無いのは事実です。 今回うちに入ってくれた2名も「いろんな事をやりたい」と言ってくれていますから。
しかし、ジャンルを限定する事で「就職」という扉を自分で閉ざしてしまっている学生がもしかすると多いのでは無いのかなと。
確かに専門学校の生徒で有れば、2年間その為に勉強をして来ている訳です。 ならば、そのジャンルの仕事を希望するのも当然といえば当然なのですけどね。
でも、自分は「もったいない」と思うのですよ。
自分のやりたい事って、最初から思い通りになんてならないはずですから。 一つずつ階段を上るように自分の選んだ会社でどう動けるかという事を模索して行っても良いのでは無いでしょうか?
「やりたい事だけをやりたい」だと、自身の可能性を自身の手で狭めてしまっている事も少ならず有ると思うのです。 勿論、それが現実に出来るなら素晴らしい事ですよね。
しかし、それが出来ないから就職もしない、音響などの裏方業はやらない、じゃぁどうするか。 実は普通のアルバイトで生計を立ててる人が実は結構いるものです。
折角2年間、4年間、で勉強して来た事が形に出来ないまま終わってしまうのは「もったいない」ですよ。
「就職難民」この言葉の中の数字にはこうした状況の学生(卒業生)も含まれてしまっていると思うのです。 正直、専門学校などは就職率が下がると次年度の学生が入ってくれなくなるので、何とか頑張って数字を上げようとしているようですが、実のところ、こうした生徒達も多いのです。
それが、本人達の選んだ道だから、と言ってしまえば簡単な話しですが、折角なら色んな事(音響だけでは無く、照明、映像などの裏方に携わるジャンルの仕事)にもチャレンジしてみるのも新しい道と発見が有るかもしれません。
そして、それを受けて自分達はこれから何年現場で現役でやっていけるか? と考えると、若い世代に伝えていかないといけない事も多いはずです。
大事に甘やかして育てれば、、、なんて事はまったく思いません。が、若い世代がモチベーションを保っていけるような就職体制や就労体制を自分達の世代も考えていかないといけない時期に来ているのかもしれませんよね。
裏方なんだから、劣悪な仕事環境なのは当たり前。だけというのは、社会的にもこの仕事の立場を押し下げてしまう気がしています。
「就職難民」と言われてはいますが、少子化でこれからどんどん学生が減って行く中で、色んな意味でキツいこの仕事を選んでくれた若いパワーに自分達も何か残せるように頑張りたいものです。
暖かい日だったり、急に冬みたいになったり、ここ暫くの天気はどうしちゃったのでしょうか。 今の風邪は腸炎を伴う事が多いみたいなので、気をつけたいものです。
今回はつい最近友人が結婚しまして、その披露宴での音響に関して書いてみたいと思います。 会場は某レストラン、約70名ほどの列席者での披露宴です。
新郎新婦が自分の友人という事も有り、自身も列席者でも有りながら「音響」も担当するという人生初の経験をしました。
実は新郎新婦から結婚の話しは聞いていたので、音響やろうか?なんて話しは前からしていたのですが、元々ウェディングプランニングをされている会社様の意向で当然では有りますが、そこの業者様が音響を担当するという事で話しは進んでおりました。(自分も無理に入り込む必要性は全く無いと思っていたので、何か手伝えるなら程度に考えていたのですが。)
新郎新婦が会場の下見に行った際に、ゲストが来て(某プロミュージシャン)歌うので、それなりに音響が必要になるのだけど。と、話しをしていたそうなのですが、会場はレストラン、そんな歌を披露出来る程のシステムが無かったそうなのです。
その後、相談を受け、プランニング会社様とも直接話しをさせて頂いて、じゃぁやらせて頂きますという事となりました。
某日、会場に自分も下見に行かせて頂き、会場のシステムと電源位置、ピアノの確認、などなど色々打ち合わせもさせて頂いた結果、ウェディングプランナー様の本来の意向とは本来違うとはいえゲストに気持ち良く新郎新婦を祝福して欲しいというプランナー様の寛大な心使いから、特例的にシステムを全て持ち込むという事になりました。
さて、ここで自分としては悩む訳です。 列席者+音響、自席も有るのですが、会の進行を考えると自席は要らないんじゃない?と、新郎と話しをしました。 でも、新郎新婦としては、食事もして貰いたいし式にも参加して欲しいという旨を受け、じゃぁ、出来る事を最大限にしてみようと。
その結果は式当日、結婚式の2時間程前から披露宴会場の搬入仕込、程無くして結婚式会場へ移動(列席)、披露宴会場へ急いで戻って、列席者客入れ準備~披露宴。と相成りました。 実は、その後の2次会の会場も担当していたのですが、こちらは信頼を置いている新郎も知っている友人に一式お任せしておりました。
と、前置きが長過ぎますが。じゃぁ、実際の披露宴はどうだったのかと。
今回の会場が結構シックな感じのレストランでしたので、スピーカーの配置などには特に気を使いました。 ケーブルなどの引き回しなども通常その場に無い物が有る訳ですから、限られた仕込時間で綺麗に仕上げて行きます。(この辺りは、もう何度も書いてますがいつもと何ら変わりません。)

さて、実際の披露宴では、自席と音響卓とを行ったり来たりになった訳ですが、自席の有るテーブルが全てミュージシャンや近しい所の人達だったので、離席などにもとても理解をしてくれましたので、助かりました。 しまいには、音響卓の有る裏まで来て、披露宴中にも関わらず機材の話しをする始末。。。。(これも披露宴自体がとてもアットホームで有ったからこそでは有りますが)
いざ始まってみると新郎新婦入場~御挨拶、御祝辞、などなど会はつつがなく進行して行きます。事前に編集していた楽曲達も気持ち良く会場に流れていたと思います。
心配されていたゲストミュージシャンの方の演奏で、列席されていた方達の数名が感極まって泣いていらっしゃったと後から聞きました。 これだけでも、やって良かったなと感じてます。

通常、自分達が音響スタッフとして参加させて頂く場合は、いわゆるお仕事として参加させて頂きますので、プランニング会社のプランナー様との関係性が今回はとても特殊でした。 お客でも有り、業者でも有りという狭間で今回の披露宴はやらせて頂きましたので、変にプランナー様に気を使わせてしまった事を自身恐縮しまくってオペレートしておりました。
正直、ここ暫くは現場という中で自社のスタッフなどに囲まれ、本番も数名でやる事が多かったのですが、今回は搬入仕込撤去だけをスタッフに参加して貰って本番は一人でやった事で、音を出す事の大切さというか、自身の手で大事な人達の門出を祝えた事で改めて初心を思い出させてくれました。
新たな道を歩き出す二人が、素敵な仲間に囲まれてこれからも素晴らしい人生を歩まん事を願って。
そんな二人はこれを書いている時点で素敵な空の下で新婚旅行中です。
桜舞い散る季節になりました。 4月になり新しい生活がスタートするのを周りで見ているとこちらまで楽しくなりますね。
今回の内容ですが。 自分の考える「音響デザイン」というカテゴリーの中で特に以前から重要視している内容に「ファッションショー」があります。
良くテレビやウェブ、雑誌などで<~コレクション開幕>などという記事をお読みになった方もいらっしゃると思いますし、モデルさん達がコレクションの洋服を素敵に着こなしている写真を御覧になった方も多いと思います。
では、とあるデザイナーのコレクションの音響デザインを例にとってご紹介してみたいと思います。
まず仕込ですが、会場は某ホール。 基本システムは付帯設備(会場既存機材)を使用ですが、オペレーティングに関わる部分の機材は持込みです。
じゃぁ、会場に到着して一番最初に何をやるのか。
それは会場の常駐されているテクニカルスタッフへ御挨拶です。 これは機材を搬入などをする前に行きます。 そして、事前に送付しておいた仕込表に基づき軽く打ち合わせをした後に搬入設営となる訳です。
今回は、会場が完全に元々フラットな場所なので客席はひな壇で仮設されます。 その為には天井に吊り込む機材はその施工の前に飛ばしてしまわないといけないので、まずは吊り込み作業です。 これは、以前に「高所作業」という事で書いた事と重複しますが、全体で数百キロにも及ぶスピーカーなどを「バトン」と呼ばれる天井からワイヤーで降りて来る棒に吊り下げる訳です。(天井から全バトン+ブリッジと呼ばれる吊り込みポイントを全部下げるとこうなります。)

そして、音響照明の吊り込みが完了した後に、床面の施工が行われて行く訳です。 実はこうした客席も会場にもよりますが、きちんとゼロから作り上げているんです。

その後、諸々の細かい調整などが行われて、ブランディングに添う空間を施工、演出、テクニカルの手によってこうした形で創り上げられて行くのです。 今回は、クライアントの意向も有り、スピーカーの存在感を出すという形でのプランニングでしたので、向かって正面のスピーカーは迫力が出るように設置しました。

そうして出来上がった「ランウェイ」と呼ばれるモデルさん達がウォーキングするスペースと客席に敷かれた床の黒を汚さない為に、「ランウェイ」には養生と呼ばれるビニールを被せ、客席は「土足厳禁」になります。 これは、特に指示が出て来る訳では無いのですが、ショーという空間を創っている人達には暗黙の了解として浸透しています。
やはり出来上がった空間に「お客様」をお迎えして、コレクションを見て頂くという本題を全うする為にも、まっさらなゴミ一つ落ちていない状態で本番を迎えたいという「気持ち」の現れでは無いでしょうか。
勿論、音響的にもケーブルの処理、機材の見た目、空間に違和感が出ないようにしたり、例えばオペレーションスペースもお客様の目に触れないようにちょっとした工夫をするなど、ブランディングを理解してそれにプラスアルファ出来るような空間を、いちテクニカルセクションとしてもキチンと考えるべきなのです。
機材は有って当たり前、ケーブルが無いと音が出ないから見切れて当たり前、では無く、見え方の問題なのです。例えば数本のケーブルが同じラインで床に有ったとすれば、1本1本がごちゃごちゃになっているよりも、そのラインに併せて1本1本が綺麗に並んでいれば気にならないものです(人の目は不思議なもので、ごちゃごちゃした所にこそ目が行ってしまいがちです。)
そして全ての設置、調整が完了するとリハーサルが行われるのですが、まずはモデルさん達の変わりにスタッフが本番使用曲に併せて歩きながらリハーサルをしていきます。 これには結構重要な意味が有るのですが、歩くペースなどをキチンと計る為でも有ります。それによって、曲の編集や尺の変更などが行われる場合も有ります。
その後、モデルさん達が本番と同じ服を着用して、本番通りの内容でリハーサルが行われます。 その時に、内容の確認、音の確認、明かりの確認、などなど上げれば切りがない程の事を1~2回のリハーサルで詰めて行きます。 ここが重要で、この時点で音的には会場内の聞こえ方(客席に音が聞きにくい所は無いか)や、収録チームへ音声ラインのレベル調整、モデルさん達のフィッティングルームへの音声送りの確認、などなど、、その時間の中で本番を想定した内容を全て纏めて行きます。
そこで出た改善点などをリハーサル後に改善をして、本番を迎える訳です。 今まで仕込やリハーサルを行った事がここで全て「華」開きます。
如何にコレクションが綺麗に見えるか、音がお客様のコレクションを見るという1年に数回しか無い機会に音が大きすぎたりして邪魔をしないか、そして、キチンと気持ちを盛り上げてくれるような音が出せているか、ここが「音響デザイン」としての真骨頂です。

(権利保護の為、画像処理をしております。)
さて、こうしてフィナーレまで無事に終了してお客様が拍手でモデルさん達を見送ります。 そして、お客様達が三々五々お帰りになる訳です。 お帰りになる際の「綺麗だったぁ」という一言を聞けると嬉しくなってしまいます。
と。。その後。。
会場からお客様が居なくなると、「バラしオッケーでーす」の声を合図に一斉にバラしが始まります。 怒濤、という言葉が似合う位にバラしは皆早いです。 丸一日掛けて仕込をした会場が、数時間で完全にバラされて行きます。
最終的には元々のホールのフラットな状態になって、ゴミ一つ残さないように帰るのがホールを借りているこちらテクニカルスタッフ達の礼儀でも有る訳です。
そして、一番最後にするべき当たり前で大事な事は。
関係各位、スタッフさん、会場さん、にキチンと挨拶をして帰るという事です。
又、この後に倉庫に戻って機材を下ろす作業やケーブルを拭き上げる作業がたくさん残っていますが、こうして一つの「現場」が幕を閉じて行きます。
コレクションという「華」を綺麗に魅せる事の出来る「音」それはコレクションの印象と共に目に焼き付いて次回も見たいと想って頂ければ嬉しい限りです。
(*注:文中の写真に関して権利は放棄しておりません。又、一部権利確保の為、画像処理をしております。)
いかんです。 筆無精にもほどが有ります。 猛省しております。
先日、新しい機材を購入しました。 宣伝にはしたく無いので、ここでは何を買ったかは書きませんが。
新しい機材が来ると、気持ちが上がります。 どうもそれはうちのスタッフ達も同じようで、社名のステッカーを貼ってみたり、まずは音を出してみたり。 他の機材が可哀想になるほどチヤホヤされるのです。
ふと考えると、人って新しいものだと何でもドキドキするんですよね。 新しい家電、パソコン、携帯、車、、、etc
今までどれだけの新しい物と出会って、そして物を消費するようにそれに対する気持ちも消費してきたのでしょうか?
「飽きる」という事は新しい物(出来事)が欲しいから起きる事なのか、それとも慣れてしまった自分の気持ちが怠惰にさせるのでしょうか?
でも、新しい機材は嬉しいものです(矛盾ですかね)。
古い機材が悪い訳では無く、時代のニーズにそぐわなくなって来ているものもそれなりに多く有ります。
音響機材って実は結構長生きなのですよ。 ヴィンテージなんて呼ばれてチヤホヤされる機材も有ったりします。 「古い機材の方が音が良い」なんて感じる事も有ります。
とはいえ、最新鋭の機材を高いお金を出して購入をして現場に出すとします、それは一度の現場で消費するものでは無く、何度も何度も会社やスタッフ達の為に働いてくれるものなので、トラックにドカドカ積み込まれたり、ゴロゴロ運ばれたりしていたとしても倉庫に帰ると磨き上げ、メンテナンスをする訳です。
新しい機材はドキドキさせてくれます。 しかし、ずっと大事に使って来た機材は「安心」させてくれるんです。
どちらが良いという事では無く、機材はどんなものでも大事に使いましょうと。
でも、新しい機材って匂いが良いんですよねぇ。。。
そんな事を考えながら、現場帰りのケーブル達を拭き上げています。
とうとうバンクーバーオリンピックが閉幕しました。 素晴らしい競技の数々に思わず見とれてしまう事も多かった事と思います。
そんな中、オリンピックの中継を見ていて、特に開会式と閉会式ではテクニカルとしてとても興味深い点がいくつも有りました。 オリンピックスタジアムでの開会式、閉会式で、あのアリーナにどれだけの最新技術が使われているのかを携わった人に多少聞く機会が有りましたので、書いてみたいと思います。
音に関して、会場出力はいわゆるラインアレイスピーカーと呼ばれるシステムを中心として、ライブも出来るシステムの構築、そしてもの凄い数のワイヤレスマイクや伝送システム。 そして、送出側ではデジタルミキサーや各国の放送チームへ送出の為のかつてない程のデジタル化が行われたそうです。
リアルタイムでデジタル化された音声を収録、放送、会場への送出というとても最新技術とクリエイティブ、そしてチャレンジングな試みのお陰で世界中にあの素晴らしい音質で届ける事が出来たのでしょう。
それにしても、国内で放送された映像を見るだけでももの凄い数のスピーカーが天井から吊られているのが解って、いったどれだけのリハーサルと仕込の時間が掛かったのかと思ってしまうのは職業病でしょうか。
さて、今回の開会式で特に美しかったのが、映像です。 そして、それは単なる映像の投影という事では無く、床一面の海原やセンターに吊られたサークルスクリーンに映し出される映像など、どうやってやっているのは解らないような演出が施されていました。
今回のオリンピック開会式等の映像の演出は、Rafael Lozano-Hemmer が携わっています。 彼は、1967年生まれで Canada, Montreal の Concordia University で物理化学を専攻していました。
彼は、映像と照明を駆使したアートプロジェクトを立ち上げており、その中で彼が創り上げて来たアーティスティックな試みが今回のオリンピックでの開会式と閉会式、そして、会場外の明かりの演出< vectorial Elevation >を手がけています。
開会式などの映像投影に関しては床やセンターサークルなどの映像はほぼ全て超高輝度プロジェクターによって投影される事によって行われているのですが、その演出手法で彼の「 Under Scan 」を中心とした物が使われています。
興味の有る方は、彼のサイトを覗いてみて下さい。
http://www.lozano-hemmer.com/index.html
それにしても、こうした演出手法などを見ていると映像と照明の垣根がとても無くなって来たように感じます。
この先、最近映画では使われ始めている3D技術などが使われるようになって来るのも時間の問題なのかなと思いますが、単なる技術革新だけでは無く、こうしたアーティスティックリレーションが行われる事による既存技術+アルファという表現手法を駆使した、新しい演出手法が登場する助力となっていって欲しいものです。
でも今回こうしてアートとスポーツの融合で有ったりを目の当たりにすると、日本でのこうしたアーティスティックリレーションの弱さを感じずにはいられません。 新しいアートをいち早く取り入れる寛容さが日本の文化、行政にも欲しいものです。
又、今回の開会式で点火台が1本上がらなかった事を「ミス」としてそこで終わらせない事が今回の演出の強みで有ったのでは無いでしょうか。 確かにあの場面で当事者で有ったならば肝を冷やすと思うのです(見ていて他人事とは思えない位変にドキドキしました。) しかし、 閉会式ではその開会式で点火出来なかった一人だけが再度点火をするという素敵な演出など、人が魅せる事の演出手法は素晴らしいと感じました。
各競技のアスリート達が感動をくれたように、こうした演出も人の手に因って創り上げられているからこその感動が生まれると思うのです。
又、次回のオリンピックでは素晴らしい演出が感動を世界に届ける事を期待しています。
今月は何だか自分の時間の割り振りを間違えているらしく、記事の更新が遅れてしまっています。 書きたいネタは多いんですが、纏める為少々お時間を下さいませ。
今回は、高所作業に関して書いてみたいと思います。
実はこの仕事をしていると、高所作業というものに出会う事が多いです。 ビックサイトや幕張メッセで行われる展示会と呼ばれる見本市に行った事の有る方なら想像出来ると思うのですが、ブースと呼ばれる各社の出展場所にトラスと呼ばれる金属の骨組みのような物でブース上方にスピーカーなどを吊って有る所をご覧になった方もいるかと思います。
あまり普段は目に出来ないであろう高所作業ですが、まずは下の写真を御覧下さい。これは、某所でキャットウォークと呼ばれる会場の上から下を見た写真です。

これで、大体の高さ的には7m程度です。
7mって以外と高いんです。
写真にスピーカーが吊られているのも見えると思いますが、これは実際には吊って有る<フライブリッジ>と呼ばれる橋のようなものが会場床まで下がるようになっています。
ですので、作業的には高所での作業はケーブルの配線や多少の手直しなどですが、上面を普通に歩いて下向きに手を伸ばして作業をする訳です。勿論、ヘルメットと安全帯は必須です。
ホールなどのこのようなキャットウォーク作業はまだ良い方で、先程書いた展示会などの設営では、一歩踏み外すと地面に落ちるような状況での作業が殆ど。
安全帯と呼ばれる落下防止のベルトを腰に巻いてトラスなどに安全に作業が出来るように掛けておくのですが、気持ち的には自分の足下40cm程度の骨組みの下、数メートル下はコンクリートの地面だったりするのです。 しかもそのトラスの上を移動して行く事もしばしば。
「安全第一」ですが、事故が必ずしも起きないとは限りません。
かれこれ数年前に、不幸にも事故現場に居合わせた事が有ります。 イントレと呼ばれる足場上面から9m程下の地面に人が落ちるという血の気の引く事故でした。
幸い、途中で引っかかってバウンドする形になったので、命に別状は無かったのですが、数週間の入院となりました。
又、例え手すり等が有って人は落ちないとしても、仕込の会場には危険が有ります。 以前、目の前に上部で作業をしていた人の工具袋からラジオペンチが落下してきた事も。
今考えると怖い事ですが、昔の高所作業で特に展示会ではヘルメット無し、安全帯無しで7mトラスを平気で上っていた場面に何度も遭遇もしましたし、正直自分もした事も有ります。 現場に出ている若い人、絶対真似しちゃダメです。
実は建築現場と比べて舞台、イベントなどでは発注形態の違い(イベント保険、労災が無い現場も多い)やその現場の特殊な業態としての危惧が大きく、現在の建築業界の安全確保の法令がそのまま適用出来ないという実態が有ります。
しかし現在では特に安全が重視され、お客様が入られた時にはそんな事も絶対無いように万全を期しているので、舞台などを見に行く方も安心はして頂きたいのですが、裏方達はそうした危険と隣り合わせの作業をちゃんとした教育の元で事故の無いように行っています。 やはり事故が完全にゼロになる事は無く、今もたまに起きていますがそれでも昔に比べれば安全に対する教育や実践講座などが増えて来たお陰で減少傾向には有ります。
日本舞台技術安全協会などが、 その安全に対する教育や啓蒙に尽力されている事は、この業態に関わる全てのスタッフによりよい実務環境を提供する足がかりとなっているのです。
そういえば、「キャットウォーク」とは、高所に有るネコの通り道の通称が舞台などで使われるようになったのですが、劇場上面の通路は本当に狭く、そしてブリッジはワイヤーで梁から吊られているので、歩くだけで揺れる吊り橋状態なのです。 ネコが歩く道は良く言ったものです。
それにしても、今回の記事の為と記録にと写真を撮っておこうと思って万全で撮影をしたのですが、、、高い所は苦手です。
と、書いている本日も高所作業です。。。










