読者の皆様は白州次朗という人物を知っているでしょうか?最近ではNHKで白州次朗のドキュメントドラマも放送されたので名前を聞いた事がある方もいるかもしれません。
戦後復興の日本で当時の吉田茂首相の側近として、日本側の窓口となりGHQと戦った人と一般には知られています。その時の肩書きは終戦連絡事務局長となっています。
第一次世界大戦直後のイギリスに10代半ばで渡り、ケンブリッジ大学に学んでいました。英国には約10年滞在し、留学中にはベントレーなどの高級車を乗り回し、学校が休みになると友人と欧州を高級車で回る放浪の旅に出ていたとか。
と言うのも、私はこの白州次朗の大ファンなのですね。自慢じゃないですが、白州次朗についての書籍はほぼ全て持っています!
そんな事はどーでも良いとして、、、記録によると生前、白州次朗は「ノブレス・オブリッジ(noblesse oblige)」という言葉を頻繁に使っていたとあります。直訳すると「高い身分に伴う義務」。
欧州では良く知られている精神らしいのですが、恥ずかしながら自分がイギリスに居る頃は聞いた事もありませんでした。
私的に言葉の意味を解釈すると、(様々な意味で)恵まれた人は、恵まれた人生を歩んだからこそ「すべき事」や「出来る事」、「その人にしか出来ない事」があり、それを生涯でまっとうしなければ周りに対して、もっと言うと社会や世の中に対して失礼にあたる。という感じ。
馬場啓一著の「白州次朗のダンディズム」によると、大英帝国を築いたイギリスでは、オックスフォードやケンブリッジに学ぶエリートは、卒業後の進路として日本人のように官界や大手企業に勤めるという事はあまりせずに世界各地に散らばり、ある者は貿易に携わったり、またある者は第一次世界大戦の前線に立ち自らの命を捧げ戦い、さらにある者はインドでの植民地政策に携わったりという具合だったそうだ。
僻地で苦労する、日本風に言えば汗を流すというのが、彼らのノブレス・オブリッジであり、そこに男の本懐を見出したのだ。
社会で一目置かれ、エリートとして扱われる人間ならではの、義務と犠牲の精神が、そこにはある。ノブレス・オブリッジとはそういうものなのだ。
と書かれています。
日本人の間では特に、人はお金持ちや生まれ持って恵まれている人間に対して、偏見や嫉妬心や違和感を持ち、そしてそういった恵まれている人間自身も周りからの目を気にして、何か意味不明で不必要な罪悪感みたいな後ろめたさを感じている。
でも、このノブレス・オブリッジの精神を現代風に表現すると「は?エリートですけどなにか?」みたいな堂々とした姿が自分には伺えます。その堂々とした姿の背景には、汗を流してすべき事をまっとうしている事実からくる自信があるのかもしれません。
私はこのノブレス・オブリッジの精神は働く事の意味に繋がると思っています。恵まれている人もそうでない人も、必ず自分にしか出来ない、自分がするべき事、自分が出来る事、つまり人生の使命があるはずだと考えます。
恵まれていない人にしか理解出来ない事があれば、それだけでするべき事が見つかるはずです。
一人一人がもっともっと、自分には何が出来るのか?こんな人生を歩んできた自分はこれから何をすべきなのか?を考え答えを見出せれば、働く事の意味を見出せるのではないでしょうか。
①日本はとても便利な国である。不便があれば便利に変える。そこにビジネスチャンスがある。エコノミックアニモー(Economic animal)。
他人の助けなんて必要としなくなった。全部自分一人でどうにかなるから。便利になればなるほど、人間と人間が接する機会が減って行くように思います。
例えば、東京には殆どの駅に今ではエレベーターが設置されており、プラットホームから改札まで簡単に移動できるようになりました。
ベビーカーを引いている人は、いちいち階段を重いベビーカーを持って上り下りする必要もなくなった。重い物を持っている人も他人の助けを必要とせず、エレベーターで移動すれば良くなった。
これが駅にはエレベーターなど殆ど無いちょっと不便な国イギリスに行くと、見知らぬ他人がベビーカーを持っている人に声をかけて一緒にベビーカーを運んであげるなんて光景を頻繁に目にするのです。本当に。
これはほんの一例に過ぎないけども、至る所で、もはや他人を必要としなくなっている状況が増えてきている。そりゃ、もちろん自分も含め、段々と人間が閉鎖的になって行くわけです。
帰国してから、道も譲れなくなった、座席も譲れなくなった、他人にぶつかっても何も言わなくなった。。
この状況、一体どこまで行くのか。やばす。。
②イギリスに居る日本人の友人から、「イギリスはアーティストが育ち易い国だ」と言われた。それは裏を返せば、「日本は育ち難い国」と言っている。
ストレートに表現しますが、日本の社会は定職に就かない「表現者(あらゆるものを駆使し表現する人)」をどうしても冷たい目で見る傾向にあります。
日本社会では、定職に就かない表現者は、(特に年末に頻繁に出現する)スーツに身を羽織り周りに迷惑をかけている酔っ払いよりも、社会的地位が低いのです。悲しいけどそれが現実。
その「表現」が定職になって初めて社会的地位を獲得できる。
大学を卒業したら会社に入って働かないと、一気に社会的地位が下がるのです。
イギリスには定職に就かない表現者がたくさんいたけれど、皆堂々としていました。そんな人たちが堂々としていられる社会なのでしょうか。
夢に向かって一心に頑張っている人もいるし、居心地が良いために甘えている人もいたから、それ自体は良くも悪くも思うけれど、だからアーティストが育つといえるのか。
日本社会のこの視線は、結果(Outcome)を同じにする効果があるとかもしれないけど、それが表現者からすると「育ち難い」となるのかな。
③人は身に付ける物や着る服一つで、その人の振る舞いが変わります。
東京の街を歩いていると、駅にも道端にもグラントウキョウサウスタワーのビルにも清掃業で働く掃除のおじさん、おばさんを良く目にします。
そこで凄く残念に思うのは、そういう清掃業の人がどこかしら肩身狭そうに働いている事です。誤解を恐れずに言えば確かに社会的に考えたら、医者や弁護士とは違うかもしれないけども、それでもあんなに肩身狭くしながら働く必要は無いと思うのです。
自分も留学時代に一時帰国している間は、祖父が経営していた小さな清掃会社で早朝から作業着を着て、おばちゃん達に混じってビルの清掃をしていたから良く分かるのだ。
お金は確かにもらっているけど、あんたの為に掃除してやってんだぞ!的な強気な姿勢で堂々といても全然OKだと自分は思ってる。
日本には清掃業で働く若者が少ないように見えるから、どうしても掃除のおじさん、おばさんって表現になってしまう。
イギリスには、iPhoneで好きな音楽を聴きながら作業着すらをスタイリッシュに着こなしてしまう若者や黒人のドレッド兄ちゃんがうじゃうじゃいたよね。
そこで自分が考えている究極のアイディアが、まず清掃業で働く人の作業着を変える事。ブランドのカッコいい作業着を作ってそれを着て仕事をしてもらう。髪型も自由。アクセサリーもなんでもOK。
それだけで働いている時の振る舞いも、心もちも変わるし、若者も仕事したくなるんじゃないかな。
先日、現在私がプレーさせてもらっている日立本社サッカー部の忘年会兼リーグ優勝の祝勝会がありました。
帰国してから一年間は、社会人生活に慣れるのにいっぱいで全くサッカーをプレーする事が出来なかったのですが、ようやく今年の5月から余裕も出てきたのでチームに加入してプレーしています。
日立本社サッカー部は現在東京都社会人リーグ3部に属していますが、今期最終節に二位のJALとの直接対決をギリギリで制し、リーグ優勝を決めたので、来年は一つ上の二部リーグでプレーすることになりました。
この「昇格」という物は、私は今まで(イングランドに居る頃も)経験した事が無かったので、とても嬉しく達成感に満ち溢れていました。
それが遊びであろうと、本気であろうと若干の違いはあるけれど、スポーツをしていると、もしくはスポーツに触れていると心が動かされる機会が多くあります。
勝てば優勝、負ければ二位という試合で1-0でリードしている状況とか。
格上の相手とのカップ戦でPK戦にまでもつれ込んで勝利した瞬間とか。
その後進んだ準決勝の試合であっけなく格下の相手に負けて死ぬほど悔しい思いをしたりだとか。
特に仕事をしていて日々を忙しく過ごしていると、そういった「心が動かされるような機会」に遭遇する事が少なくなりがちです。それか、実際には経験しているのにそれを感じたり気付けなかったりしているかもしれません。
そして自分がサッカーを今でもプレーし続けている理由の一つは、そこにあります。この心が動かされる機会があるからこそなのです。
イギリスに住んでいた自分が、今の日本の生活でどこか物足りなさを感じるところが、その心の動きだったりします。
「美しさ」をずっと大切にしているイギリスには、サッカー以外でも心の動きが生活の中に多々ありました。今はそんな生活が懐かしいと感じます。
これからも、心が動かされる機会をずっと大切にしていきたいし、やはり自分の使命はサッカーを使ってこの「機会」をより多くの人に提供する事なのだと再確認したのであった。。。
今日は、スポーツビジネスについての素晴らしい一冊を手に入れたので、嬉しくて書いちゃいます。
サッカーが好きな人でも好きではない人でも、FCバルセロナ(通称バルサ)という名前くらいは聞いた事があるかもしれません。
日経新聞でも特集されていたこの本は、そんな世界トップクラスのFCバルセロナで副会長(最高責任者)を勤めたソリアーノさんが書いた、FCバルセロナの経営学の本といえます(私的解釈です、あくまでも)。
ちなみにソリアーノさんは、私がスポーツビジネスを学んでいたロンドン大学で講義をしてくれた事があるので、なんか勝手に親近感沸いちゃってます。
ロンドン大学バークベック校での6年間に及ぶスポーツビジネス留学を終えてはや2年。今はまだスポーツビジネスとは関係の無い業界で働いている自分は、実はスポーツビジネスに本当に飢えていました。
特に私は机上での理論が大好きなので、留学時代は難しい文献読んだりすることが大好きな時間の使い方でした。この本は、私が大学院で学んだ事が掻い摘んでですが、全て書かれています。
日本語でも既にスポーツビジネスについての書籍は存在していますが、今回のソリアーノさんが書いた本が別格だと思う理由は、
①世界最高峰のサッカークラブの経営者の目線で、机上で学ぶ理論が書かれている点と、
②学校や既存の書籍で学ぶ机上での理論とFCバルセロナでのサッカークラブ経営とを紐付けて書かれている点です(なので大学院で学ぶ理論もしっかりと書かれています)。
理論については私もたくさん学んだのですが、それを実践に落としながら読んでみると全然違います!まさに目から鱗!
もーこんな本を自分は待ってたのです!
ここでずらずらと内容を書くより読んだ方が早いので、長くは書きませんが、スポーツビジネス、特にサッカービジネスに興味のある方は絶対に読むことをオススメさせて下さい!
先日友人が引越しをするとの事で、お部屋探しから何からそのお手伝いをしてきました。自分の仕事上、不動産会社と接する機会が多いので、初期費用の抑え方などお部屋探しでのアドヴァイスなんかを求められてしまいまして。。。
インターネットの普及によりオープンになった情報に加え、お部屋が余りまくっている現在では、不動産会社よりもお部屋探しをしている人の方が力関係では強いので、仲介手数料から敷金、礼金など初期費用がどんどん安くなってきています。
私自身は、生まれて初めての引越しはイギリスだったので、当初日本のこの「初期費用」にはびっくりしました。
イギリスでは、特に学生は、大家さんと直接契約をしてお部屋に住む場合が大半なので、仲介手数料はもちろん、礼金なんてものはまずありません。敷金に関しては、イギリスにも「Deposit」(デポジット、保証金)があるので、ここは同じですが。
よく、イギリスではどうやってお部屋を探すのか?と聞かれます。日本では不動産会社に行ってお部屋を紹介されるのが普通ですが、イギリスでは不動産会社に行く他に、大家に会い直接契約する方法もあります。
大家との契約の場合、住居の管理は大家さんが全て行ってくれるので、トイレが壊れたとか、洗濯機が壊れたとか、庭の雑草が伸びてきた!なんて時には真っ先に大家さんに連絡を取り、大家さんが業者を呼び対応してくれます。
イギリスでは、あらゆる物がありえないくらいすぐ故障する「ブリティッシュクオリティ」(笑)なので、大家さんの対応の良し悪しは入居後の住み心地にかなり影響を与えるのです。
そして大家さんとの直接契約の他に、イギリスには日本のお部屋探しと異なる大きな点がもう二つある事に気が付きました。
一つ目が、退去する時期です。日本では、退去する一ヶ月前に通知すればいつでも退去する事が出来ますが、イギリスの場合は大体が1年間の契約を結ぶので、基本的に1年弱での退去は出来ません。どうしても退去したい場合には、残りの契約期間分の家賃を払う必要があります。
これは学生が大家さんと直接契約を結ぶ場合も同じです。特に留学生の中には短期滞在者も多いので、1年契約を結んでも例えば6ヶ月で退去しなければならない場合などは、残りの半年間、その部屋に住んで家賃を払ってくれる「後釜」を見つけるか、半年分の家賃を全額払うかのどちらかになります。
そして二つ目は、そのお部屋を決めた友人と家具を購入しにIKEAに行った時に気が付きました。
それは、「お部屋探し」と言うよりは、入居後の事なのですが、日本では賃貸住宅を借りた際、「壁に穴を空けてはいけない」などのお部屋のデコレーションには多くの制限がありますが、賃貸住宅であろうとイギリスにはこの制限があまり無い事です。
ちなみになぜにIKEAに行った時??かと言うと、IKEAで購入したい商品が多々あったにも関わらず、それらは全て壁や天井に穴を空けて使う物だったので日本の賃貸住宅では使えなかったからです。
まさにヨーロッパ用に作られた家具である事が分かりました。
イギリスではペンキで壁の色を変えようが、壁に穴を空けて鏡を置こうが、本棚を引っ掛けようが居住者の自由です。自分の好きなようにお部屋をデコレーション出来るので、イギリスのお部屋はそこに住んでいる人の「色」を反映させる事が出来るのです。
私もイギリスで4回引越しをしましたが、その部屋にそれまで住んでいた「誰か」の色が反映されているユニークな部屋も中にはありました。
そして、その部屋を今度は自分が自分の色に変えて行き、自分が退去した後は誰かが色を変えてゆき、そうやって(古い建物では)何百年もかけてイギリスの家は味を出して価値を高めてきました。
日本でもこの辺りのルールが変われば、きっとDIYが発達し居住者の好みが反映されたユニークなお部屋が増え、「住居」に対する国民の意識も変化し、ゆくゆくは不動産業界も変わってくるのかな。
私の会社では年に一度、良い仕事大賞を決める“イイ仕事自慢コンテスト”みたいなアワードを催すのですが、先日それを観てきました。
ノミネートされた“良い仕事”の中で面白いなと思った仕事の中に、クライアント企業の求めている人材をいかに効率よく、無駄なく募集し、採用に結び付けられるか?に挑んだものがりました。
コスト削減の一環なのか、そのクライアント企業は無駄の無い人材募集、面接、採用を成し遂げたかったようですが、私個人は、果たして無駄を削ぎ落として効率の良さだけを求める人材採用方法は、企業の発展にとって望ましいのかどうか疑問に思いました。
最近読んだ「遊びの品格」(川北 義則)という本の中で、「無駄な事を考えて、無駄な事をしないと伸びません」と言ったイチロー選手の言葉が出てきていたけど、私もこれには同感です。
無駄の無い所からこそ新しい物、クリエイティブな面白い物が生まれてくるのではないか?
電車の座席の配置、街並、今回久々にイギリスに行って、日本は全てにおいて効率性を求めていて、楽しさとか美しさなんてものは二の次なのかなぁと改めて考えてしまいました。
イギリスはどこへ行ってもケイオティックですが、そんなメチャクチャなケイオスからこそ、新しい発想、楽しい物が生まれてくるのだと思います。
話は少し反れますが、イギリスとアメリカのスポーツリーグには、そのリーグシステムに大きな違いがあります。
イギリスは昇格降格のあるどんなクラブにも均等に機会が与えられたオープンなリーグですが、アメリカは昇格降格が無く、機会はクラブに均等に与えられていない共産主義的なクローズドなリーグと言われています。
その違いによって何が起こるかと言うと、機会が均等だと成果(結果)がバラバラになり、逆に機会が均等でなく閉鎖的になると、成果は均等(一定)になるのです。
なので欧州のサッカーリーグではリーグ内のクラブ間の格差が激しく、結果が予測し易いリーグと言われ、逆にアメリカンスポーツはクラブ間の格差が無く、スポーツの持つ最大の楽しみ(つまり不確実性)を最大限に生かしていると言われています。
しかし、果たして本当に成果が均等である方が面白いリーグと言えるのかどうか?実は一概にそうとも言い切れないのです。
ここで最初の「無駄の無い人材採用」の話とちょっと強引に繋げてみたいのですが、無駄を削ぎ落とそうと入り口を絞り機会を減らすと、成果が一定になり、予想外の新しい発想や物が生まれ難くなり、その企業の発展の妨げになりかねないと思うのです。
久しぶりのエントリーになってしまいました。もう8月です。暑いです。そして日本のグラスルーツサッカー(ここでは社会人サッカーリーグ)は、リーグ戦をこの暑い夏の真っ只中に行っています。
サッカーって本当はウィンタースポーツなのは知っていましたか?欧州では夏の終わりごろからプロもアマチュアもリーグ戦がスタートして、春に終わるのです。
いやいや、イングランドでの過ごし易い気候の中でプレーするサッカーが懐かしく感じる程、日本でプレーするリーグ戦は厳しいものがありますね。リーグ戦は大体が日曜日のお昼頃のキックオフなので、一日で一番暑い時間帯にやるわけです。
と言うか、あんなに暑い中にサッカーやってても正直楽しくはありません!日本のサッカー界も、欧州に合わせたスケジュールでリーグ戦を行うか否かという議論がありますが、私は間違いなくスケジュール変更賛成派です。
話はガラッと変わり、前回のエントリーでも書きましたが、相変わらず日本でサッカーをしていてついつい口うるさくなってしまうのが、日本人選手の激しいプレーに対するマインドです。
激しいプレーをこちらがすると、すぐファールだのイエローだの何だのって愚痴愚痴言うんですね。イングランドなど欧州は、ファールで止められたら、止められた方が悪いという価値観の世界です。ファールで止められてしまうのは、プレーのスピードが遅いからと解釈されてしまいます。
自分は普通だと思っていた事なのですが、日本人選手のその辺りのマインドは相当世界からかけ離れているのです。そしてそのことを認識出来るような機会がどこかで出来ればなとも思いました。良いサッカーするチームに限って、その辺りの部分が弱い傾向があるように思えるだけに残念です。
そんな感じでそろそろイングランドサッカーに触れたくなってきたので、お盆休みをフルで使い来週から10日間程イングランドへ行ってきます。
久しぶりの渡英。色々なモノを見てきたいと思います。
イングランド留学を終えて日本に帰国してから1年半。ようやく日本でも本格的にサッカーチームに登録し、定期的に試合をこなす日々を持てるようになりました。
このチームにお世話になってからまだ1ヶ月くらいしか経っていませんが、試合を重ねていくにつれて、(超ミクロレベルで)日本のサッカー界が世界に近づく為に変えなければいけないマインドとプレーに気が付きました。
それは、現代の日本のグラスルーツレベルの選手は、相手のスライディングタックルや闘志溢れる激しいプレーに対してバッシングをすることです。
例えば、ヨーロッパのトップリーグでプレーするフォワードの選手は、相手ディフェンダーがボールを持っていたら前から激しくプレシャーをかけに行き、時にはボールを蹴らせまいと前からスライディングタックルにいきます。それはトップもグラスルーツも同じです。なぜなら、グラスルーツの選手はトップを見て真似るから。
ヨーロッパではそれは良いプレーと見なされますが、日本でそれをやると「危ねぇなぁ!ふざけんな!」と言われ、相手チームの選手が審判にいちゃもん付けに行きます。
その他、普通のスライディングタックルをしただけでも、大半が「危ねぇなぁ!」になりますし、タックルがファールになるとすぐ「(イエロー)カード(出せよ)!カード!」とワーワーうるさく言うし、そういうプレーをしてくるチームには「プレーが荒い」とレッテルを貼るし、です。
確かに、もしタックルが足に入ったら怪我をする可能性があるので、とても危険なので「危ない!」と言いたいのも分かります。
でも、ボールに入って取る事が出来れば素晴らしいプレーの一つになります。サッカーはその狭間で常にプレーするスポーツだという事を多分に理解していないのです。あのバルサの選手達だってやっているのに!
そうなると、そのような海外では普通にプレーされている激しく身体を張るプレーを日本の選手はやらなくなります。この世界が皆、それをやっちゃいけないと見なしているから。その他のカッコいいプレーについては真似ようとするのにです。
タックルが来ない世界でサッカーをしているとどうなるかと言うと、プレッシャーのある中でのボールの持ち方やドリブルの仕方が変わります。なので、日本人選手と海外の選手にはプレッシャーが掛かった時のボールの持ち方やドリブルの仕方に決定的な違いがあります。
テクニックの面ではだいぶ海外との差は縮まっていると思いますが、激しいプレーやタックルに対して今まで書いてきたようなマインド(価値観)が現代の日本人選手には存在している事は、日本が戦いに勝つ事が出来ない小さな要因の一つだと個人的には感じました。
現代の日本サッカー界の(と言っても過言では無い)その価値観を海外と同じにする為には、まず日本代表選手やJリーグの選手がそういうプレーをする事が必要になってくると思います。
今月の末に控えたUEFAチャンピオンズリーグの決勝は、イングランドのマンチェスターユナイテッドとスペインのバルセロナFCの対戦となりました。そして今年のチャンピオンズリーグもイングランドから3クラブがベスト4に残り、欧州においてイングランド勢が支配してきているのが分かりました。
なんでイングランド勢が強いのかと言えば、良い選手がたくさん集まっているからです。単純に考えて、スポーツは二流選手のチームより、一流選手が集まったチームの方が試合には勝つ場合が多いですよね。
そして、試合に勝つ為にどこのクラブも一流選手を欲しがるので、当たり前だが一流選手にはより高い給料が支払われる。つまり、より高い給料を支払っているクラブが強い傾向にあるので、勝利はある程度お金で買えるという事です。
まあ、「ある程度」なので100%ではありません。プレミアリーグのアーセナルのように無名選手を集めて結果を出してしまうクラブもあるわけですから。
そこで、実際それがどの程度なのかをJリーグのクラブを例に調べてみました。

上のグラフは、2006年度のJ1リーグの人件費とリーグ順位の関係を表したもので、(クリックして拡大)回帰分析をグラフ化したものです。
真ん中に引かれている線は回帰直線と呼ばれるもので、簡単に言えば、理論上の各クラブが費やした人件費から得られるべき試合の成績を表しています。例えば、一番右上の浦和レッズは、費やした人件費を考えると、理論上もう少しパフォーマンスを落としても良いという事。
しかし、費やした人件費から得られるべきパフォーマンスよりも上に居るので、人件費以外の他の何かの力が働いて、試合の結果にプラスに影響を与えているという事です。
一方、浦和レッズの下にいる横浜Fマリノスは、費やした人件費を考えると、リーグ全体で3位になってもおかしくはないのですが、現実は磐田、ガンバ、鹿島、川崎など、マリノスよりも少ない人件費のクラブより順位が下になっています。
つまり、効率よく人件費が使われていない事になります。
この回帰線より上にいるクラブは、費やした人件費を考えた時、そこから得られるべき物よりも多くを得ていて、回帰直線よりも下に位置しているクラブは、得られるべきものを得ていないという事です。
なので、もし仮に全てのクラブが回帰直線上にぴったりと位置していたら、費やした人件費の分と同等の成績を完璧に得ている事になり、「人件費ランキング=リーグ順位である」になり、選手の市場は効果的な市場であると言えます。
ちなみに、どれだけ効果的かを知る為に、R二乗(R square)という値を見ます。グラフ1の場合、R二乗は0.34です。これは、リーグ順位の34%は人件費で説明する事ができ、残りの66%は他の要因で説明できるという意味です。
なので、Jリーグは、選手市場があまり効果的で無く、人件費では順位を表す事があまり出来ないと言えます。
ちなみにイングランドのプレミアリーグは、R二乗値が確か0.80か0.70くらいだったと思うので、80%は人件費で説明出来てしまい、Jリーグよりも効果的な選手市場であり、人件費がほぼそのままリーグ順位に反映されている事になる。
でも、この選手市場が効果的であればある程、お金で解決出来るリーグと言えるので、面白味が無いと言うことも出来ます。この点からするとプレミアリーグよりもJリーグの方が面白いと言えるのではないでしょうか?
ではなぜプレミアリーグの方が、Jリーグよりも効果的な選手市場であるのか?
それは、Jリーグの選手市場には様々な規制が存在しており、あまり自由市場とは言えないからだと私は考えてます。ヨーロッパでは違法と見なされる移籍金などの規制も、(人件費を抑える為だと思うけど)Jリーグには存在しています(2010年から撤廃する事が決定)。
イングランドのサッカー界も、規制が厳しかった頃と現在のようなほぼ自由市場を見比べると、現在の方がより効果的であるとR二乗値で出ています。
私がまだイギリスに留学していた時、年末の休みを使ってJリーガーの幼馴染の友達がイギリスへ遊びに来る事になっていました。
しかし、プレミアリーグでも一緒に観にいこうなんて楽しみにしていたら、渡英直前になってその友達が所属先のクラブから来期の契約更新の際に「ゼロ円提示」をされてしまい、結局イギリス行きは無くなってしまいました。
この「ゼロ円提示」って言うのは、「あなたの来期の年俸はゼロ円ですよ」というサインです。平たく言えばクビです。ちなみに契約しない時は、このゼロ円提示が普通のようです。
当の本人は、普通に来期も契約更新をするものだと思っていたから、いきなり年俸ゼロ円を出されて声が出なかったという。
でもでも、じゃあ他のクラブに移籍すればいいじゃない。と私は思ったが、現在のJリーグの移籍のルールはゼロ円提示(つまり契約満了)であっても、移籍先のクラブから移籍金が支払われない限り、選手は移籍出来ない事になっているのです。
しかもその移籍金の額は、選手の年齢や現選手の年俸額から算出されるので、移籍金はいくらでも良いという訳では無いのです。
これは世界基準のルールからしたら考えられないルールだったので、当時友達からその事実を自由が丘のしゃぶしゃぶ屋で伝えられてビックリしたのを覚えています。
ちなみにヨーロッパでは、どんなに一流の選手であっても、クラブとの契約期間が終了すれば、移籍金無しでどこへでも移籍出来ます。昔は欧州も選手の給料の高騰を防ぐ為や選手の流動性を押さえる為に今のJリーグのようなルールでしたが、法律に違反するとの事で撤廃されました。
しかし、遂に日本のJリーグも2010年からこのルールを撤廃する事に決めたようです。つまり、2010年からはゼロ円提示された選手は自由に他のクラブへ移籍金なしで移籍する事が出来るのです。
移籍のルールがこうなると何が起こるかと言うと、まず全体的に選手の給料が上がるでしょう。付け加えておきますが、移籍金と選手の年俸は全く別物です。移籍金は移籍する際に移籍先クラブが移籍元クラブへ支払うお金です。
今までは、契約更新の際に提示される年俸に不満があっても、(より高額な年俸を支払えるだろう)他のクラブへ移籍したいとなっても移籍金が無くては移籍出来なかったのが、2010年からは提示された年俸に不満があれば好き勝手により良いオファーを出してくれるクラブへ移籍出来るのです。
そうばれば、選手は個人で各クラブと交渉する事が出来るので、特に一流選手なんかは、クラブとの力関係が今までの「選手<クラブ」だったのが「クラブ<選手」になるのです。
ちなみにイングランドでは、自由移籍のルールを導入してから2003年までに選手の給料が550%くらい上がりました。ただ、これによってクラブの経営が悪化した事は言うまでもありません。
2010年からはJリーグも選手の流動性が高まり、より面白いものになるでしょう。あとはどれくらい選手の給料が上がるのか気になります。










