Home > 3月, 2010
今回も前回に続いて武田さんとの対談をお楽しみ下さい。
⇒ 前編はこちら

~音楽大学について~
S:梢ちゃんは附属高校からだけど、音楽大学に対して望むことはありますか?
T:うーん…
S:じゃあ、音大ってどんなところですか?
T:先が見えないと目標を見失いがちですけど、私がいた頃でいえばピアノ演奏家コースは本当にレベルが高くて、素晴らしい音楽をなさる優秀な先輩や同級生、後輩も大勢いらっしゃりましたから、そういった環境で刺激を受けられたことは大きいです。
S:専攻分野を極めるには良い環境だけど、自分がしっかりしてないと、いくらでも堕落出来る場所でもあるよね。俺もそうだったけどほとんどの学生はその日を楽しく暮らしちゃってて、先を見れてない。計画的に過ごせばあんなに有意義な4年間は無いと思うけどね。
T:本番も少ないですよね。
S:それ、俺が代表として学生時代に署名活動したことある。プロ予備軍なのに1回の本番の為に半年も練習する意味があるのか、プロは3日で練習して本番やっちゃう訳で、そのサイクルに少し近づける事が必要なんじゃないかって。酷かったのは「現場での経験が少ない指揮者に指導されても説得力に欠ける」って 笑 当時は学生時代からプロのオーケストラに客演している連中が多かったから、金管楽器にも声かけて学長にまで持っていったけど、俺は事務の人に呼び出されて怒られた 笑
T:それで何も変わらず?
S:練習時間が多少延びたりはしたけど、それくらいかな。学校を動かすのって大変だからね。でも、高い意識持った仲間が大勢居たから、オーケストラの授業でも指揮者に「演奏の質を上げるために席順を変えさせてくれ」とか提案しにいってたなあ。今じゃ署名に賛同してくれた仲間の多くがオーケストラの首席をはじめ楽団員になっているよ。
T:素晴らしい。ピアノ科はソロ楽器なので、オーケストラもないですし、弦楽器より本番の機会が少ないと思いますね。
S:「プロ」の定義がそもそも音楽の世界は曖昧だから。「自称プロ」なんていくらでもいるし。たぶん俺だってオーケストラから出演依頼が来るから「プロと言ってもいいのかな」って思ってるけど、取りかた次第ではどうにだってなる。悪意を持って見たらツッコミどころ満載な業界だから。
~趣味~
S:音楽以外の趣味は?
T:なんだろう。音楽鑑賞やバレエ鑑賞…それと美術館行くのも好きです。
S:美術館?
T:絵や彫刻が大好きなんです。画集を眺めるのも好きですね。あと、読書。小説や物語も好きだけど、特に万葉集や和歌を読むのが好きです。笑
S:ええっ?
T:なんで読み始めたんだろう…日本に生まれながら西洋のクラシック音楽を学んでいるので、日本の心、美を理解したいと思って。初めて万葉集や古今和歌集を読んだ時、千年以上の時を経ても少しも変わらない人間の姿や心、想いに驚いたんです。昔のヨーロッパの昔の詩集や物語を読んでも感じることであり、通じることですが。圧倒的な自然の美しさを目の当たりにした時の感動や感謝、誰しもが心の中にある、人を愛する気持ちや愛する人を失った時の悲しみ、絶望や苦しみ、祈り…そして、そういった言葉にならない人の変わらぬ心、時代を超えて誰しもが持つ普遍的な気持ちを音で表現したものが、音楽だと思うんですよね。クラシック音楽はいつからか敷居が高く堅苦しいものだ、というイメージを持たれてしまうようになった気がしますが、芸術って常に人の心の側にあり、とても人間的なものだと私は思うんです。だからこそ、この移り変わりの激しい時代の中で、人々と共に笑い、時には泣き、生き続けてきたんだと思います。
…話がそれてしまいましたが、読んでみてください。 笑
S:手に取ったことも無いよ 笑 そこらで売ってんの?授業以来久しぶりに聞いた単語だなあ。
T:ありますよ~。感動しますよ!笑
~留学~
S:留学先はパリ・エコール・ノルマル音楽院だっけ?
T:はい。エコール・ノルマルの6eme Division Execution=最上級演奏家ディプロマという過程へ留学し、ジャン=マルク・ルイサダ氏のもとで勉強します。
S:留学にかける思いというか、何かやりたい事はある?
T:やっぱり作曲家たちが生きていた街ですし、クラシック音楽が生活に溶け込んでいる国だと思うので、街並みや文化、歴史に触れてその空気を感じたいです。
S:向こうでリサイタルやったりとかは?
T:いずれはやらせて頂ける機会があったらいいなと思います。6emeのExeは試験がリサイタルプログラム並みの演目だそうなので、良い準備になるかな。
S:何年くらい行くつもり?
T:3年はいたいですね。
S:途中から生徒さんとか集まれば向こうで生活も出来るよね。
T:そうですね。でもまずは自分の勉強が一番かな。笑
S:さて、本日は留学前の忙しい時間にありがとうございました。留学で多くのものを得られるよう祈ってます。今度、一緒に何か演奏会やりましょう。
T:ぜひやりましょう、今日はありがとうございました!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こうして楽しく対談を終え無事に渡仏した武田さんから、新たにメッセージが届きました!
~パリに留学して~
パリに来て半年が経とうとしています。パリに来てからの生活は一分一秒が宝物。感じること、考えること、想うこと、感動、刺激が多すぎてなんとなく過ごす日なんて一日もありません。
偶然ですが、今住んでいるアパルトマンの近くにはショパンが生前住んでいた家が4つもあります。パリにはショパンやドビュッシー、サン=サーンス、フォーレ、サティ、フランクなど、沢山の作曲家たちの足跡がいたるところに残っています。縁の場所を訪ねた時に感じる、楽譜を通じてしか出会えなかった作曲家たちがたしかにここに生きていたんだという感動は言葉になりません。また、伝記や音楽史という本の中の出来事を立体的に感じることができ、果てしないイメージが広がる瞬間です。
ルイサダ先生はピアニストとしてご活躍なさっている方でお忙しいため、門下生が7人と少ないので、自分以外のレッスンも聴講するマスタークラス式なのですが、門下の先輩たちがあまりにも素晴らしい演奏をなさることにも刺激を受けています。ルイサダ先生のレッスンからは、音楽に対する様々な感覚が宝石箱のように湧き出てきます。
コンサートを聞きに行ったり、バレエを見に行ったり、美術館へ出かけたり、インスピレーションや胸が震えるほどの感動を得る機会も多く、この素晴らしい環境で勉強できることに感謝して、この時間が音になっていくように、今の私にできる100パーセントを使ってできる限りのことを吸収したい、勉強したいと強く思います。がんばります!
武田 梢
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
武田さんの今後のご活躍をお祈りし、皆様の応援をお願いして今回の対談を終了させて頂きたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆武田梢 プロフィール◆
武田 梢(たけだ・こずえ)/ピアノ
1986年秋田県秋田市に生まれる
秋田大学教育文化学部附属小学校、秋田大学教育文化学部附属中学校卒業
ABS秋田放送より取材を受け、“特集:シリーズ旅立ち~15歳の決断・夢はピアニスト”が放映される
2002年東京音楽大学付属高等学校にピアノ演奏家コースとして入学
同校在学中、実技成績優秀により、同校出身のピアニスト小川典子氏より特別レッスンを受講(高2~高3)
並びに、モスクワ音楽院教授セルゲイツ・ドレンスキー氏より公開レッスンを推奨生として受講
2005年東京音楽大学にピアノ演奏家コースとして入学
同校在学中、フランス国立音楽院教授ジャック・ルヴィエ氏の国際音楽セミナーを推奨生として受講並びに修了コンサート出演
特にS.ラフマニノフ、K.シマノフスキに於いて高い評価を得る
これまでに全日本学生音楽コンクール東京大会入選、ピティナピアノコンペティションソロ部門B級C級D級E級・デュオ部門初級中級にて優秀賞受賞、全日本ジュニアクラシック音楽コンクール入賞、秋田市民音楽コンクール第一位並びに文化団体連盟賞、秋田県青少年音楽コンクール最優秀並びにグランプリ受賞(大会初)日本ショパン協会主催、青少年のためのショパンコンクール金賞並びにカワイ奨励賞受賞(史上最年少)アジアクラシック音楽コンクール新人賞受賞
2009年秋よりフランス、パリ・エコール・ノルマル音楽院ディプロマコース6eme Division≪Execution≫(シジエム・ディヴィジオン≪エグゼキュシオン≫=最上級演奏ディプロマ)へ留学、ジャン=マルク・ルイサダ氏のもとで研鑽を積んでいる
武田梢BLOG
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
慶應病院の内科研究室をやめて、スポーツ医学研究センターの仕事が始 まりました。
仕事の大きな柱はライフスタイルマネージメントの研究と実践、そして大学体育会へのサポートです。
まずライフスタイルマネージメントは世の中 が骨粗鬆症ブームになったので、骨代謝の知識を活かし、ライフスタイルすなわち栄養や休養や運動がどう骨粗鬆症とかかわるのかを徹底的に勉強しました。
世 の中では運動の分野に骨代謝の知識はあまりなく、一方骨代謝野中に運動や生活の知識も乏しいというのが現状でした。
わたしの勉強はすぐに実り出し、骨粗鬆 症の分野における運動の一人者の1人に数年でなることができました。学会で発表したり、論文を書きまくってました。このころ「コツコツ体操」などというも のも編み出したりそれは楽しい毎日でした。日本骨代謝学会、骨粗鬆学会、臨床スポーツ学会、日本体力医学学会、そしてアメリカの骨代謝とスポーツの学会で も年に2回は渡米して発表していました。
勉強すればするほど運動の効用っていうのはすばらしいと感じます。中でも私が着目していたのは、骨密度を増やすた めの運動ではなく、骨折の起点となる転倒の予防です。転ばなくする薬はないからです。柔軟性の低下、筋力の低下、そしてバランスの低下が転倒のリスクを高 めます。これらの低下をまんべんなく抑えることができるのが運動ということになります。
この頃、運動といってもphysical fitnessとphysical activityというのがあるというこ とを学んだことが印象的です。スポーツやメニュー・プログラム、体力などをphysical fitnessと表現しています。スポー ツクラブに行って、physical fitnessがどんなに高くても、スポーツクラブへは車で行き、2Fへはエレベー ターで行くような人は逆にphysical activityが低いのです。
一方で、運動なんかしてないよというヒトでも家の掃除で家じゅうを動 き、庭の草むしりをしたり、毎日買い物で1時間以上歩いている人は実はphysical activityが高く健康だったりしま す。
生活習慣病における運動の役割はもちろん、運動やスポーツに関する勉強を本当によくやった時期でもあります。
慶應大学の日吉キャンパスは銀杏並木があって、その美しい景色の中で 病院で病人ばかりに触れていた頃から、北里研究所病院の外来は少しあるものの、運動についての勉強に勤しむ若返って時代でもありました。さらには体育会へ のサポートにも没頭していたのもこの頃です。その話を次回はしたいと思います。
前回の対談から随分と間が空きましたが、演奏家対談シリーズ第2弾は、大学の後輩でもありピアニストとしてフランスに留学中の武田梢さんをお迎えしました。対談は留学直前に行われ、期待と不安に胸いっぱいの若き才能の胸の内に迫ってみました。

~楽器を始めたきっかけ~
鷲見(以下S):まずは楽器を始めたきっかけからいきましょうか。
武田(以下T):はい、よろしくお願い致します。
母がクラシック音楽を聴くのが好きで、家ではいつもクラシック音楽が流れていました。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「月光」が大好きで、いつか弾いてみたいと強く憧れていたことを鮮明に覚えています。3歳の時、ピアニストの方が月光を弾いている番組を見て、この曲を弾いてみたい。ピアノを習いたい。と自分から両親にお願いしました。
また、日本音楽コンクールの覇者であり、今や世界を舞台にご活躍中のピアニスト、佐藤卓史さんが同郷で小中学校と同じだったのですが、幼い頃から親しくして頃から親しくして頂いており、私はいつも卓史さんの演奏に憧れ、尊敬してきました。身近なところに素晴らしいピアニストがいて下さったため、コンクールに出た高校から親元を離れ音高に進学したのは、ごく自然な流れでした。
S:3歳で!早いね~。ピアノはもともと家にあったの?
T:なかったので買ってもらったのですが、最初はアップライトピアノでした。
S:そうだったんだ。入門編だね。
T:教わるのも最初は通っていた幼稚園の近くの、小さなこどもに教えている先生でした。
S:基礎からやった訳だ。
T:そうですね、でも音符が大きい簡単な楽譜を渡されても練習する気にならなくて、自分の弾きたい曲ばかり弾いていました。それこそ月光をハ長調に直して弾いたりしていました。笑
~コンクールについて~
S:で、新しい先生にはいつから?
T:小学校に入ってから今でも秋田に帰ると教わっている若松マキ先生に師事するようになりました。
S:コンクール受け始めたのは小学校から?
T:小学校1年生から受けるようになって、4年生の時、学生のためのショパンコンクールで1位を頂き、学生コンクールでも入選しました。でも、小学校高学年になるにつれ、コンクールが嫌になってしまった時期もありました。
S:なんで?
T:ピアノは好きだったんですけど、コンクールのプレッシャーというか…
S:あ~なるほど。小さいのに変に背負い込んじゃったんだね。
T:音楽が、ピアノが大好きなはずなのに、コンクールのためにピアノ弾いてるのかなって悩んでしまって…。
だけど、小学校6年生の時、ナウム・シュタルクマン氏のコンサートで、ピアノをはじめたきっかけとなったベートーヴェンの「月光」を聞き、やっぱり私はピアノが好きだ、と再確認できたと同時に、音楽を追求するために弾いていこうと思えるようになりました。
巨匠シュタルクマン氏の奏でる月光は、ベートーヴェンとシュタルクマン氏の人生を感じたほど、悲しく、優しく、静かでありながら強く美しい演奏で、強い感動と衝撃を受けました。会場にいたほとんどの人が涙を流して聞いていました・・・あの日、舞台に立って演奏することの意味がわかった気がします。
いつか、作曲家と対話し、自分の内に向かい、音楽に向かい、そして聞く人々の心に訴える、あのような演奏ができるようになりたいと強く思うようになりました。
でもホント、子供ってあやうい生き物ですよね。今みたいに自我が出来ていれば、コンクールも自分のためになるって思えるのに。
S:個人的には政治的要素も大きいし、音楽に点数つけるコンクールの存在自体に反対だからなあ、何ともコメントが難しいところだね。そこまで考えられる先生との出会いが大事になるね。
~一人暮らし~
S:東京に出てきたのはいつ?
T:レッスンに通うようになったのは中学2年生です。
S:一人暮らしは中学3年から?
T:高校1年生からです。
S:東京音楽大学は附属高校から?
T:はい。
S:東京に来て違うなあと思ったことは?
T:落ち込んだ時や悲しい時に、実家にいた頃はおいしいご飯が出てきて、あったかいお風呂があって、家族とも話せて気が紛れていたのに、一人暮らしだと家に帰って来ても冬は寒いし、疲れていてもご飯は作らないといけないし、何だかさみしかったです。笑
S:ははは。
T:東京に来て家族のありがたみがわかりました。
S:良い言葉だ!! 笑
S:一人暮らしだと、料理は外食?
T:自炊ですよー♪
S:節約生活?そうなんだ~。料理得意?
T:そうですね、高校生から一人暮らしをしていると一通りは作れるようになります。和食も中華もイタリアンもフレンチも。
S:一番得意なのは?
T:うーん、なんだろう? カルボナーラ、ハンバーグ…和食だと肉じゃがや出し巻き卵、中華だと酢豚、チンジャオロース…でも、冷蔵庫にあるものでパパッと作るのが一番得意かも。笑。あとブラウニーとプリンは自分でも美味しいと思います。笑
~好きな作曲家、曲~
S:好きな作曲家と好きな曲は?
T:沢山いて選べないですよね…。ショパンもリストもシューマンもブラームスもラヴェルもバッハもモーツァルトもベートーヴェンも好き。ラフマニノフ、シマノフスキ、プロコフィエフなど、雪国の人というか、雪が見える曲を書く人も好きです。
S:俺の感覚からいうとシベリウスなんかもそうかな?
T:そうですね!そうそう。
S:この前シベリウスの曲やったんだけど、指揮者が「シベリウスは一見退屈に感じるけど、ほんの一瞬、たまに素敵なところがあってね、そこが彼の良いところだと思います」って言ってた 笑
T:あはは、シベリウス天国で泣いていますね。笑
S:好きな曲は?
T:ものすごく沢山あってあげきれないほどですが、それこそシベリウスのヴァイオリンコンチェルトは大好きですね。ヴァイオリンコンチェルトといえばドヴォルザークのロマンスf mollもすごく好きです。もちろんピアノ曲にも好きな曲が山ほどあって、よく聞きますけど、ヴァイオリンやチェロ、交響曲も多いかな。ピアノは音域が広いですし、いろんな楽器の音を出していけるようになりたいです。
S:感受性豊かっぽいよね?
T:よく言われます。笑。コンサートに行っても絵を見ても涙が止まらなくなりますし、うれしくても悲しくても感動してもすぐ涙が出ますし…。ふとした瞬間の中に色々と感じる気持ちや見える景色、色彩や曲もありますね。
S:嫌いな作曲家は?
T:特にいないです。ただ、現代曲はちょっと苦手かな・・・
S:表立って言わないけど多くの演奏家がそうだとは思うよね。良い曲もたまにあるんだけど。
作品やメロディーが出きっちゃってる感があって、作曲家が可哀想な時代だとは思うよね。
T:そうですよね。
S:話が危険な方向にいきつつあるので、この話題はこの辺にしときましょう。
~練習~
S:練習は好きですか?
T:好きですよ、ピアノを弾くことが好きなので。ちゃんと練習する時間と、好きな曲を自分のために趣味で弾く時間とあります。
趣味で弾く曲はシューマンのトロイメライやラフマニノフのヴォカリーズ、エレジー、シベリウスの樅の木、グリーグの風の精、ラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌ、フォーレのパヴァーヌ、ショパンのノクターンやプレリュード、マズルカなど、譜面はそんなに難しくなくても、心に染みわたるような小品が好きですね。
S:俺は練習を苦にしなくなったの最近だよ 苦笑
T:私は1日弾いていても平気です。涙が自然と流れる感覚というか、言葉にならない気持ちを音に託すというか…。特に悲しい時ほどピアノ弾きますね。そんな時に限ってピアノってすごく優しい音がしたりするものですよね。
S:おお、カッコイイ 笑
T:ピアノを弾くことと泣くことが似ているなぁと思うのは、言葉にならない気持ちとか想いとか、言葉に表現できない悲しみとか喜びが、泣きたいわけじゃなくても涙になって自然にこぼれてしまうように、言葉にならない気持ちとか心とか音に重ねてこぼれた方が自然な気がするから…。
S:先日のリサイタルはどんな感じだったの?
T:今回はショパンとラフマニノフがメインにプログラムを組みました。ピアノのための作品を数多く残し、また優れたピアニストであったショパンとラフマニノフは、多くのピアニストにとって特別な作曲家であると思います。
ショパンが祖国ポーランドを離れ、パリに出たのは22歳の時。また彼がパリで初のリサイタルを行ったのが22歳ということから、今22歳である私の心を重ねて奏でられるよう、ショパンが22歳の時の作品である「別れの曲」を取り入れて、彼らしい詩のような音楽を選曲しました。
現存する録音も数多くあるラフマニノフは、ピアニストとしても敬愛している作曲家です。ラフマニノフは22歳で交響曲1番の初演に失敗し、極度の神経衰弱に陥りますが、それを乗り越え数々の傑作を残しています。
ラフマニノフ最後のピアノ独奏曲となった“コレルリの主題による変奏曲”を中心に思い入れのある小品を組み合わせ、第1部では、ショパンとラフマニノフという私にとって特別な作曲家に焦点をあてた、また、ピアノという楽器の多角的な魅力を楽しんで頂けるようなプログラムになったのではないかなと思います。
第2部では同い年のヴァイオリニスト、鍵冨弦太郎くんをゲストに迎え、フランス系ヴァイオリンソナタの最高傑作と言われているフランクの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」を演奏しました。
S:作曲家と自分を重ね合わせたようなプログラミングだね?
T:そうですね。
S:22歳、節目と捉えてる訳ですね。リサイタル前に誰かの録音を参考にしたりする?それとも自分でイメージを作るまでは聴かない?
T:最初は楽譜だけですね、初見が得意なので、まずサラッと弾いてみます。初めて弾いた時に自分が感じた感覚はとても大切だと思います。参考というか、ショパンはルービンシュタインの演奏が本当に好きなので、日頃からよく聞いています。
(続きは後編へ・・・・)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
◆武田梢 プロフィール◆
武田 梢(たけだ・こずえ)/ピアノ
1986年秋田県秋田市に生まれる
秋田大学教育文化学部附属小学校、秋田大学教育文化学部附属中学校卒業
ABS秋田放送より取材を受け、“特集:シリーズ旅立ち~15歳の決断・夢はピアニスト”が放映される
2002年東京音楽大学付属高等学校にピアノ演奏家コースとして入学
同校在学中、実技成績優秀により、同校出身のピアニスト小川典子氏より特別レッスンを受講(高2~高3)
並びに、モスクワ音楽院教授セルゲイツ・ドレンスキー氏より公開レッスンを推奨生として受講
2005年東京音楽大学にピアノ演奏家コースとして入学
同校在学中、フランス国立音楽院教授ジャック・ルヴィエ氏の国際音楽セミナーを推奨生として受講並びに修了コンサート出演
特にS.ラフマニノフ、K.シマノフスキに於いて高い評価を得る
これまでに全日本学生音楽コンクール東京大会入選、ピティナピアノコンペティションソロ部門B級C級D級E級・デュオ部門初級中級にて優秀賞受賞、全日本ジュニアクラシック音楽コンクール入賞、秋田市民音楽コンクール第一位並びに文化団体連盟賞、秋田県青少年音楽コンクール最優秀並びにグランプリ受賞(大会初)日本ショパン協会主催、青少年のためのショパンコンクール金賞並びにカワイ奨励賞受賞(史上最年少)アジアクラシック音楽コンクール新人賞受賞
2009年秋よりフランス、パリ・エコール・ノルマル音楽院ディプロマコース6eme Division≪Execution≫(シジエム・ディヴィジオン≪エグゼキュシオン≫=最上級演奏ディプロマ)へ留学、ジャン=マルク・ルイサダ氏のもとで研鑽を積んでいる
武田梢BLOG
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







