2010/04/27

最近、身の回りでなにかが狂いはじめているのではないかと感じてしまう。なにかがおかしい。理解できないことが多い。安心できない。信用もできない。楽しいと思えない。むしろ怖い。この悪の連鎖反応はなんなのだろう。もうなにも言えなくなりそう。覇気がどんどんと消えていくのを感じてどうしたものかと思い悩む。自分まで狂いそうだ。いや、もう狂っているのかもしれない。針で刺したかのようなこの心臓の痛みを感じながらも苦笑いしかできない。この腐りかけた脳をどうしてくれようか。目の前を見れば、異臭を放つ血の色がぼくの視野を覆っている。そのわずかな隙間を頼りに近づいてみるがここから抜け出ることはできそうにない。信じていたものがあたかも虚像だったかのようにまるで異物に見えてくる。一刻も早くここを立ち去りたいとは思うもののどこにも逃げ場を見つけることができない。SOSなんて無駄なことか。なにがどうなっているのかさっぱりわからない。この想いをどうにかして吐き出したい。一つの救いは、吐き出したい気持ちがあるということか。どうかこの命がなくなる前にぼくにもう一度だけこれを吐き出す権利と機会と勇気を掴みとらせてほしい。

周りをよく見てみると、汚れた血で染まり弱りきった幾人もの弱者が苦しみもがいているのに気づいた。それを見て自分だけではないと安心するも、瞬く間にその思いはどこかへ消え去ってしまう。みんな自分の身を守るので精一杯なのだろうと思う。「少しでもいいから他人に興味をもてればきっと道は開けるよ。」ともう一人の自分がささやく。遠回りのようで意外にもそこに出口が隠されているのだと思う。自己主張ばかりでは人の心は離れていくよね、きっと。ぼくはそれで何度となく痛い思いをしたしね。見返りを求めない優しさをまた捧げられたらきっと気持ちいいだろうな。

今の悪の連鎖反応をどうにかして断ち切り、他人を信じる気持ちを取り戻したい。

2010/04/14

ジョン・ルーリー展に行ってきた。
タデウシュ・カントル以来に共感を持てたアーティストだった。

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この出会い、まるでもう一度出発点に戻ることを示唆しているかのようだった。
自分はプロデューサではなく、クリエイター「つくり手」であることを改めて認識させられた。言い換えれば、自分で自分をプロデュースするのは何よりも苦手な行為であることを今さらながらに思い知らされたわけだ。

久しぶりにクリエイターの血が騒いできた。
この「ひらめき」を描かずにはいられまい。

2010/04/04

最近、遅ればせながらTENORI-ONという楽器をいじりはじめています。TENORI-ONは、メディアアーティストの岩井俊雄氏とヤマハのコラボレーションによって生まれたオーディオインターフェースです。2007年に発表されて以来、多くの国内外のシンガーがコンサートに使用するなど注目を浴びている電子楽器です。

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ヤマハ社製 オーディオインターフェース
TENORI-ON

縦に16列、横に16列、合計256個のLEDが独立したキーボタンとなっていて、モードを切り替えることによって様々な音色やリズムを生みだすことができます。一見、シンプルな楽器に見えますが、ユニークな演奏モードが複数用意されているので、使うほどに奥が深く、音楽を思いどおりに奏でられるようになるまでにはそれなりの練習も必要となってきます。とは言っても、初めて電源を入れたその日から直感操作でなんとなく演奏してもそれなりの音楽にはなります。ぼくも今はまだそんな段階です。音楽を聴くことはリラクゼーション効果を高めるのにとても良い方法だと思っていますが、自ら音楽を演奏することも同じくらいの効果が得られるのではないでしょうか。専らぼくの場合は、リラックス効果というよりも創造性を刺激してくれるツールとして利用しています。ただ、今はまだ思いどおりに演奏ができないのでフラストレーションを感じることもしばしば。

さて、このTENORI-ON、外部電源だけではなく電池での作動も可能なので、本体にスピーカが内蔵されていることからケーブルレスによる演奏も楽しめそうなのですが、欠点はその内蔵スピーカの出力音量がとても低いということです。TENORI-ON単独で演奏をする場合はヘッドホンを使用するのが通常のスタイルなのだと思います。アンプを介した外部スピーカから音を出力させる場合は、TENORI-ON 本体のPhones端子からケーブルでつなぐことになります。個人的には、この部分もケーブルレスにして演奏してみたいと思いました。つまり、ワイヤレス通信でTENORI-ON本体から出力される音をアンプに伝送することによって、外部スピーカから大音量の音が奏でられるようにすることができないかということです。しかし、ここにちょっとした盲点がありました。本体から出力できるのはアナログのステレオ信号なのですが、このステレオのオーディオ信号をなるべく音劣化させずにワイヤレスで伝送するという機器がどうやら一般的な製品としてはないようなのです。ネット検索で情報を探りながらいろいろな楽器販売店や家電量販店、秋葉原の電子部品専門店にも足を運んで調べてみたのですが、ステレオで出力されたアナログ信号の音質をなるべく劣化させずに、つまり高品質にワイヤレスでオーディオ信号を伝送することができる機器を見つけることはできませんでした。モノラルの音であれば、高品質に音をワイヤレスで伝送することができるマイクのトランスミッタがありますが、必要なのはステレオなので論外です。今流行のBluetoothであれば、ステレオのデジタルオーディオ信号で伝送することができますが、その信号は圧縮される(サンプリングの分解能を低くする)ため、音質はあまり期待できません。いっそ自分でつくってしまおうかと思って既存の機器を探すのをあきらめかけたそのとき、なにやらちょっと興味深い機器の存在を秋葉原の大型家電量販店のハイエンド製品コーナーで知りました。それは、CHORD社のChordette GemというBluetoothのDAコンバータ(デジタル信号からアナログ信号への変換器)です。

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CHORD社製 BluetoothDAコンバータ
Chordette Gem

このChordette Gem、よく見かけるBluetooth受信機とは違い、自動アップサンプリング機能が付いています。アップサンプルとは、デジタルオーディオ信号処理の際に通常44.1kHzや48kHzで収録されている楽曲データを、その2倍の88.2kHzや96kHzにレート変換する技術で、より制度の高い再生が可能となるようです。その上位機種はQBD76というもので、価格は70万円近くもする名機のようですが、それに比べるとこのChordette Gemはハイエンド製品コーナーにあったとはいえはるかに安価ではありました。かなり期待できそう。そんなこんなで手に入れたChordette Gemですが、TENORI-ONはそもそもアナログ出力しかなく、そこから出力されたオーディオ信号をサンプルレートの低いBluetoothトランスミッタでデジタルにわざわざ変換するのですから、伝送時点でかなり音質が悪くなってしまいます。Bluetoothトランスミッタのサンプルレートは22kHzなわけで、果たしてこのChordette Gemで受信してどの程度の音の劣化を改善させることができるのかちょっと不安もありましたが、別に所有していたBluetooth受信機(イヤホン接続タイプの小型のもの)での音と聞き比べるとやはりChordette Gemの方が音の分解能は改善されているように感じます。また、Chordette Gemの場合は、電波の受信効率が良いらしく、仕様どおり10m以内の距離であれば音が途切れるといったことはありませんでした。通常のBluetooth機器だと、それほど距離が離れていなくても音が途切れたりすることがあるので、Chordette Gemの優位性は感じられます。

BluetoothトランスミッタはLogitec社製のLBT-AT100C2を選びました。

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Logitec社製 Bluetoothオーディオトランスミッタ
LBT-AT100C2

LBT-AT100C2はBluetoothの音楽転送機能A2DP(Advanced Audio Distribution Profile)に対応したワイヤレスオーディオトランスミッターです。このトランスミッタのミニジャックをTENORI-ONのPhones端子に接続してChordette Gemとペアリングすれば、比較的劣化を軽減させた音質での音楽を外部スピーカで聴くことができます。しかし、ここで少し不満が生じてきました。トランスミッタのミニジャックをTENORI-ONのPhones端子に接続するだけだと固定感が悪くてトランスミッタがぐらつき演奏の妨げになってしまうことがわかりました。そこで考えたのが、ちょっと無理矢理ですがPhone端子の左隣にあるMIDI端子をトランスミッタの固定用に利用することにしました。

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TENORI-ONのMIDI端子(左)とPhone端子(右)

TENORI-ONに付属されていたMIDIケーブルの先端に付いているコネクタ部分を切り取り、それをトランスミッタのボディに移植し成形しました。移植のついでにそのボディカラーを白に変更しTENORI-ON本体とのカラーバランスを整えました。

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改造後のLBT-AT100C2

そしてこれをTENORI-ONに接続します。

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しっかり固定することができました。

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で、次に取りかかったのはTENORI-ONのスタンドです。
実はこのTENORI-ON、裏面にも操作面と同じく256個のLEDが付いていて両面が同期して光ります。要するに見せる楽器でもあるのです。この効果をなるべく削がないためにも透明のアクリル版を使用して専用スタンドをつくることにしました。製作に使用したアクリル版の厚さは5mmでしたが、さらに厚くすると固定感があって良かったかもしれません。しかし、一枚板を使っているのでその厚さが厚くなればなるほど、成形が難しくなります。

板の曲げる箇所に均一に熱を加えて徐々に曲げていくとこうなります。

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製作したTENORI-ON専用スタンド

そして、セッティングするとこうなります。

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使用感はなかなかいい感じです。
まだまだビギナーレベルではありますが、演奏するとこんな感じになります。

TENORI-ON with Bluetooth

早く思いどおりの音楽を奏でられるようになりたいものです。

2010/03/28

ぼくが師と仰ぐ人の一人、中村しんじさんのパフォーマンス作品「ひるえかにもどこ」(初回公演: 1998年3月19日、場所: 北沢タウンホール)において映像作品をいくつか制作したことがあります。ふと、その作品のことを思い出してみました。

「ひるえかにもどこ」は逆さまから読むと「こどもにかえるひ」、つまり「子どもに帰る日」を意味します。この映像作品は、表現手段に捕われることなくイメージの具現化をしている中で生まれた作品の一つです。作品にはいくつかのキーとなるアイテムがあります。まずは、和服を着て片方しかない下駄を履いた主人公の女の子。彼女は、なくした片方の下駄を探して現代の都会に足を踏み入れます。しかし、その下駄はそんなところにはあるはずもなく、時は流れていきます。それでも、彼女は混沌とした都会の雑音の中で下駄を探し続けます。そして、ラムネ瓶。それはぼくたちの世代に面影として強く印象に残っている懐かしの瓶。今や都会の子どもたちには見向きもされないものかもしれないけれど、それでも強く生きていこうというメッセージを込めてみました。中村しんじさんが描こうとした世界観はこんなことなのではないのかなと思って制作した映像作品です。映像に使用されている音楽は中村しんじさんの希望で取り入れた素材です。アップテンポでポップなこの音楽は、現代の都会に迷い込んだ昔の面影を象徴するかのような一人の女の子が、汚れた世界に身を置いても「そんなのへっちゃらよ。」と言わんばかりに明るくそして力強く生きていこうとする、そんなイメージをぼくは感じました。

テクノロジーで未来を創り出す人間が
今、ちょっと足を止めて月の光に照らされて
ふと、恍惚感に陥った時……
自分の立場を忘れて共に感じ入る出来事に
ふれ合えるかもしれない
あの人もこの人も そして私も
今の立場は捨てられない
だから 今宵一夜
ひるえかにもどこ……
われらの心にひそむ
背徳を刺激する

中村しんじ

そしてできた作品がこれです。

作品タイトル: 「ひるえかにもどこ」都会編
1998年制作
作: 石川ふくろう

この作品、とにかく撮影が楽しかった。今はもうない不法投棄のゴミ山や乱雑に不法駐輪された自転車の群れ、そして新宿でのゲリラ撮影など、とにかく夢中で撮影しました。自宅の裏山にあった不法投棄のゴミ山はすっかりきれいに処分され、「トトロの森」として生まれ変わっています。新宿東口駅前に乱雑に不法駐輪された自転車の群れも今はきれいにすべて撤去されています。人間は、失敗を繰返しながらも少しずつ生まれ変わろうと努力しています。まだまだ途上な私たちですが、昔を振り返ることで、今の自分たちの浅はかさに気付いたり、少しは成長できたことを確認できたりと、いろいろなことを感じさてくれます。

きっと、あのとき、カメラのレンズを覗くぼくの目はとても輝いていたのだろうと思います。最近、自分はほんとうに何かに夢中になっているのだろうかと問うたとき、ふとこの映像作品のことを思い出したのです。日々の仕事に追われ、ほんとうにやりたいことを夢中になってやれているのだろうか。でも、心の中に灯されているロウソクの火はまだまだ消えることはありません。きっと、その火を煌煌と燃やすためには、空気がもっと必要なのだろうと思います。今、自分に必要なのは、心に吹き込む新鮮な空気なのかもしれません。

パフォーマンス作品「ひるえかにもどこ」のプログラムを見てみたら、当時(33歳)の自分の写真と幼いころ(3歳ごろ)の写真が掲載されていました。

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あー、こどもにかえりたい。

2010/03/21

3月17日から19日の三日間、東京のお台場にある東京ビッグサイトにて健康博覧会2010が開催され、その期間、ぼくはその展示会場で仕事をしていました。「人の心と身体にやさしい医療と健康」をテーマに展示ブースを設けて会社の取組みをより多くの人に知ってもらおうと出展を試みた企画でした。今年2月に異動したコーポレート・デザイン課として初めての表立った仕事となります。経費削減の折、費用負担をできるだけ軽減させるためパネルのデザインや印刷、パンチカーペットの床張りまで、外注業者に頼らず手作りによる展示ブースの設営となりました。パネル印刷の際には、ぼくが非常勤で講師を務めている武蔵野美術大学の映像学科研究室の設備を借りるなど、リーズナブルに仕上げられたのではないかと思っています。他の展示ブースに比べると見劣り感はどうしても否めず明らかにブースに立ち寄る人の数は多かったとは言えませんが、切り札として、血糖値や総コレステロールなどの検査をそれぞれ500円でできる「ワンコイン健診」のコーナーを設けたことで多少なりとも集客率アップに貢献できたのではないかと思っています。

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遠目で展示ブースを見ている人には、ここぞとばかりに声をかけ、私たちが今どういう取組みをしている会社なのかを少しでも多くの人に知ってもらおうという思いで三日間の会期は終わりました。「人に優しい医療」は、会社のスローガンの一つです。この言葉を基軸に今回の展示会では「人の心と身体に優しい医療と健康」というテーマで出展を試みましたが、まだまだ私たちの挑戦は続くのであります。

これは、会社で運営しはじめたココロとカラダのインフォサイト「ココロランド」のWebサイトリンクバナーです。

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ココロランドのWebバナー
(クリックでWebサイトを閲覧できます)

メンタルチェックと健康に役立つ情報発信をコンセプトに、心と身体の健康診断ができる「ココカラ・ツール」や健康について考える「ココカラ・コラム」など、いろいろな形で心と身体の健康に関する情報を提供しています。まだまだ発展途上なサイトですが、今まで会社が20年以上も取組んできた不整脈治療や虚血性疾患治療のための優れた医療機器を提供し続けている医療への貢献だけではなく、人の心のケアにも目を向けはじめた試みの一つとして、このWebサイトは存在しています。会社の本家Webサイトについても、リニューアルすることを会社内で提案していこうと考えています。時間はかかるかもしれませんが、会社の「人」と「医療」に対する取組みをわかりやすく少しでも多くの人に知ってもらうためには必要なステップの一つだと捉えています。

展示会開催前日、展示ブースの設営をしていると、朝のTV番組「スッキリ!!」のディレクターが訪ねに来られました。展示会初日の取材交渉が目的のようでした。どうやら、「ワンコイン健診」の幟(のぼり)に書いてある「メタボ」という言葉に興味をもたれたようです。しかし、翌日の健康博覧会当日、その番組取材班は私たちのブースを素通りしていきました。もっとも、他に魅力ある取材ネタはたくさんあるはずです。悶々とした想いで頷いたのは言うまでもありません。その翌朝、早速その番組で健康博覧会の開催模様が紹介されていました。番組が注目した展示ブースの一つに、人のオーラを色で可視化するという装置を披露している会社がありました。両方の手のひらをその装置にあてて数十秒待つとPCのモニタ上にその人が発しているというオーラが色となって見ることができるとのことです。そのオーラの色は人によって様々で赤や青、紫、黄、緑など様々な色となって表れてくるようです。また、その色にもそれぞれ意味があるとのことでした。番組では実際にその装置をスタジオに持ち込み、専門家による診断と合わせて司会をはじめとする出演者全員のオーラを見ていました。それぞれ出演者の個性が色に反映されているようでしたが、全員共通して診断されたのが、疲れがくすんだ色となって表れているとのことでした。「ふむふむ、なんか面白そうだな。」と思ったのは言うまでもありません。早速、チャンスを見計らってその展示ブースへ行き自分のオーラを見てもらいました。で、結果はこうなりました。

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専門家の診断によると、全体に「黄色」が広がっているのは「優しさ」にとても満ちあふれていることを意味しているとのこと。人を喜ばせたりすることに長けているとも言えるので、お笑い芸人にもその兆候が多く見られるそう。そして、「緑色」は「創造性」に長けていることを意味し、人前に露出してその才能を発揮することが向いているとのことです。また、頭の上からも「緑色」がす〜っと出ていますが、これは自分の目標やアイデアが見つかったことを意味しているとのことのです。科学的根拠はまったくわかりませんが、前向きに素直に受け止めさせてもらいました。

みなさん、ココロのケアはしていますか。

2010/03/07

歌手、水前寺清子さんの曲で「三百六十五歩のマーチ」というのがありますが、その中の歌詞で「三歩進んで二歩下がる〜♪」というフレーズがあるのは皆さんもよくご存知のことと思います。この歳になって、それが「なんて的を射たことばなのだろう」と実感しているところです。「二歩下がるのなら、最初から一歩進むだけでいいじゃない。」なんてことを昔は思っていましたが、前に進んで少し戻りながらちょっとずつ前進するということの大切さにそのときはまだ気づいていませんでした。

目の前に立ちはだかるものが大きくそして強固であればあるほど、三歩も四歩も突き進む勢いが必要であって、それでも突き破れない壁に向かって何度も体当たりすることで、いつしかその壁を打ち砕き大きな前進を遂げるのだと思います。人間の成長とはそういうものなのだと思っています。今歩いている道が平坦で緩やかに続いているのなら、そんな努力は必要ないですよね。たとえ、そんな道で一気に前に進んだとしても、呆気なさがどこか空虚感をつくり出し人生の物足りなさを感じるのだろうと思います。自分の人生を振り返ってみると、どれもこれもが体当たりだったとふと気づきました。意図してそういう道を選んでいた自分がいました。それが良いのか悪いのかは自分ではよくわかりません。そんな自分とは対照的に平坦な道を好んで前に進んでいる人たちを多く見ますが、ここで価値観を比較するのは愚問だとも思います。ただ、たとえ平坦な道を選んで歩いていたとしても、いつか進まざるを得ない道の先に大きな壁が立ちはだかっているとしたら、誰もが体当たりの前進を挑戦しなければならないことになると思います。それに挑戦できるかそれとも諦めるかは、その人の人生の選び方、つまり生き方に大きく左右されるのかもしれません。

創作活動でものづくりをしていると、時々、人間の生き方にも通じるものを感じるときがあります。とても些細なことではありますが、「ネジ穴」を切るときにもそんなことを感じたことがあります。ネジを右に回すと締め付けられるように穴にネジ溝を削り込みます。そのとき、通常の金属よりも硬い超硬金属でつくられたタップというネジ切りの道具を使用してネジ溝をつくります。

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左がネジで右がタップ(ハンドルを付けた状態)

タップ(Tap)とは、金属加工において、穴の内側にネジを刻むために用いられる工具です。タップの外観はネジ(雄ネジ)やドリルに似ていて、穴の奥へ回転しながら削り込むことで雌ネジが形成されます。このタップで雌ネジを削り込むことを工作者はよく「ネジを切る」と言います。ネジ穴(雌ネジ)は、雄ネジをねじ込むように予め小さめに空けておいた穴にタップをねじ込んでいきます。しかし、タップが硬い超硬金属であっても硬い金属の穴にネジ溝を削り込むのですから、強引に削り続けるとタップを折ってしまうことがあります。そのため、ネジを切るときは、削り続けるのではなく、1回転したら1/2回転(おおよそ)戻し、さらに1回転したら1/2回転戻すという行程を繰り返していきます。これがうまくネジを切るためのコツとなっています。とても地道な作業ですが、作品をつくる上でも重要な行程の一つです。

人生もものづくりと同じような観点で捉えると、意外にも人生の生き方のコツが見えてくるのかもしれません。

今、ちょっとハマっていることがあります。開脚マシンです。まるで拷問のようなこのマシン、手前にあるハンドルで強制的に股を開いていきます。

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地下室の拷問マシン
(開脚マシン)

実はここでも、ネジ切りの法則が思わぬ効果を発揮します。ハンドルを「1回転したら1/2回転戻す」というのを繰返していくと、限界と思っていた開脚角度が意外にもさらに開いていくようになります。

人生も限界で苦しいと思っても、少し立ち止まって心を落ち着かせるとさらにもう少しやってみようという気持ちになります。だから、がんばったら休む、休んだらがんばる、そんなネジ切りのような生き方ってけっこう大切な要素だったりします。

ちなみに、開脚マシンで自分を虐めたあとは、サンドバッグで頭をスカッとさせています。

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地下工房にあるサンドバッグ

2010/02/22

先日、自宅に会社から花が届きました。一足早い誕生日祝いの花でした。そうか、あと一週間もするとまた一つ歳をとるわけですね。自分が勝手にX年として思い込んでいるあの歳がもうすぐそこに近づいてきています。なんとなく、ぼくが20代の頃に病院で余命3ヵ月と診断されたときとさほど変わらない感覚が今の自分を曖昧な気持ちにしています。吉と出るか凶と出るか、そんなことはもはやあまり重要ではないように感じてきています。毎日できることをやっていれば、それでいいのだろうと。悔いに対する切望感よりも、「今日もお陰で一歩前に進めた」という感覚が今の心を支えています。でも、あえて悔いが残るとすれば、それは償えない心の弱さに対してなのだろうと思います。ぼくの失敗は、ぼくとぼくの心の中に存在するもう一人の自分とで分かち合い、深く深く突き刺さった針のようにこの蠢く生肉に痛みを与え、そしてその心にも刺青よりも深い傷を与えています。

昔、山田ズーニーさんという人がぼくを訪ねてきてくれたことがありました。元々どういうキッカケで知り合いになったかは覚えていませんが、ぼくの作品も何度か観にきてくれました。山田さんは、福武書店(現在はベネッセコーポレーション)に在職の時代に進研ゼミ小論文編集長を務め、その後フリーランスとなり、糸井重里さんが運営する「ほぼ日刊イトイ新聞」で「おとなの小論文教室。」というコラムをその頃から執筆を始めています。そんな彼女がまだフリーランスになったばかりの頃のある日、「名前を山田ズーニーに変えました。」という知らせのメールが届きました。はて?元々の彼女の名前はなんだっけ?ぼくは彼女の本名と知り合ったキッカケを思い出せぬまま、以後、時々連絡を取るようになっていました。たしか、初めて彼女が工房に来てくれた日は雨が降っていたように記憶しています。傘の似合う女性だなと思ったのを覚えています。「いつか、ふくろうさんがその人生を積み重ねて、人に伝わる何かを掴んだら、石川さんを題材に本を書かせてもらいますね。」となにやら誘導的にぼくが彼女にそう言わせたのを覚えています。文章を書くプロに、ぼくがことばで伝えることのできないこの苦しい感覚を彼女に綴ってほしいとそのとき思ったのでした。なんておこがましいことを思ったのでしょう。あのときの自分が恥ずかしい。一昨年、このJunkStageのサイトでコラムを書かせてもらうことが決まったとき、最初に思い浮かべたのが山田ズーニーさんのことでした。今、彼女がぼくの今まで綴ってきたコラムを読んだとしたらどう思うのだろう。「人にちゃんと伝えるようにしたいのなら私の本を読んでもっと学びなさい。」という叱咤の声が聞こえてきそうです。

今の時代、己自身を哀れみ暗く生きることは毛嫌されていると思います。もちろん、伝えたいのはぼくを哀れんでほしいということではありません。伝えたいのは「ことば」とか「想い」ではなくて「感覚」なのだろうと思います。「痛い」とか「息苦しい」とか「吐き気がする」とか。でも、その理由はうまく言えません。たぶん、それはぼくが消滅したときにわかることになると思います。

社会人一年目の22歳のとき、当時付き合っていた彼女に「将来は作家になりたいな。」と言ったことがありました。自分が凡才なことを顧みず、ただ純粋にそう思って言いました。しかし、彼女は「何甘いこと言っているの。あなたなんかになれるわけないでしょ。」と。志の浅い人間だと思ったのだろうと思います。でも、そのときの想いの感覚は今もまだ無くなっていません。JunkStageでのコラム執筆のお誘いを断らなかったのも、そんな理由があったからなのかもしれません。

会社から去年いただいた誕生日の花は、「アマリリス」でした。
今年は、「エピデンドラム」です。

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ぐりむが「美味しそうだなぁ」という顔で見ています。

2010/02/14

最近、心の状態が際立って揺れうごいています。

人と付き合うのがこんなにも難しいことだったのかと、今更ながらに痛感しています。言葉を発することへの恐怖心がまた蘇ってきました。だから、「なにも言えない自分の存在」や「世の中の不条理」を思い、心がいつもより激しく揺れうごいています。

優しさとはなんでしょうか。多くの人が、ぼくを「優しい人」だと言います。でも、その根底にあるのは「弱い心」なのだろうと思います。ぼくは、その弱さ故に言葉を選びきれずに曖昧な言葉で人に接してきているのかもしれません。それが大きな誤解を招き、ついに、一人の命を失いかけることにもなりました。

複雑な思いが交錯する中、強い悔しさがぼくの鼓動に拍車をかけてきます。まるで、電気ドリルから発せられる高周波音が脳髄を振動させ、電気パルスの強い刺激が全身に痺れを引き起こしているかのような痛い感覚。もはや、この心臓は自らの手で取り出され、時折、強い力でこれを握り潰さんとしています。痛みの感覚を確認し揺れうごく心を抑えんとする儀式にも似た行為。しかし、それはあっけなく不条理な現実の前で崩れ落ち、瞬く間に不安定な暗黒の世界へ自分を引きずり込んでいきます。そして、そこで不快な臭いを放つドロドロとした膿みが生まれてきます。

ジレンマを感じつつも時間は刻々と過ぎていきます。どうにかしてこの膿みを排泄しなければなりません。でも、今はまだ言葉の魔力を恐れてなにも言えません。

軽薄かもしれませんが、今は自分の脳を休ませてあげようと思っています。

2010/02/07

今年の2月1日、勤務先のディーブイエックス株式会社で人事異動があり、新しい職務を任されることになりました。今までの業務を一部担ったままの兼任という形でのスタートです。新設された部署での業務がこれからのメインの仕事となります。その新設された部署の名前は、コーポレート・デザイン課です。会社勤務と武蔵野美術大学での教育活動、そして創作活動とマルチなことをやる中で、会社内でもマルチなことをするようになった自分は、志を一つに絞り込むことのできない優柔不断な人間と思われても不思議なことではありません。マルチなことをすべてうまくこなせるだけの器用さが自分にあるとはあまり思えませんが、一方で、期待をしていただいていることに対して精一杯の気持ちで応えたいという思いもあります。むしろ、そう思わないとなかなかマルチなことはできないようにも思います。ただ、怖いのは、自分の意思の中で、その心のスタンスが崩れてしまうと瞬く間にすべてがうまくいかなくなってしまうという危険性があります。特に、会社での仕事は個人の力量だけでは成り立たないとこをしています。一人で突っ走っても、周りのうごきと共振させていかないと不調和音が発生するという逆効果なことが起きてしまいます。大事なのは徐々に徐々にということなのだろうと思います。

そんなことをコーポレート・デザイン課任命後のここ数日間で改めて感じはじめています。社内にいると「コーポレート・デザイン課って、一体どんなことをする部署なの?」という声がときどき聞こえてきます。毎月恒例で行われている月初めの社員全体朝礼での人事発表の際にも、新設されたコーポレート・デザイン課がどういう業務を担うところなのかという説明はありませんでした。朝礼の後、ある社員の方が「一般社員が初めて聞く名前の部署の説明もなしに石川さんが異動されたという話が端的にされるのって、石川さん本人をバカにしているようで酷いよね。」と周りの社員に聞こえるように大きな声で話された時には、その人自身にも多少の悪意を感じてしまいましたが、たしかに、ぼく自身もそれに近いことをそのとき思ってしまったのは事実です。なにかしらの所信表明をさせてもらえるのだろうと身を引き締めていただけに、拍子抜けしてしまった自分がいました。そのとき、どうやらこれは会社組織において望まれざる異動なのかなと心の中に一抹の不安を感じたのを覚えています。座席の移動も自分からお願いしてようやく数日後に終わったばかりです。独り歩きしてしまっているように自分自身が感じてしまい、少しずつ物事に対する行動判断に誤りが生じてきてしまいそうな気がして、前向きに気持ちを切り替えるのにちょっと苦労しているところです。自分が異端児だとは思っていませんが、そういう存在に思われてしまいがちなことを今までしてきたことは確かです。プライベートとは違い、会社組織では特に自らの行動に注意を払わないと大きな傷となって心に刻み込まれてしまいます。

コーポレート・デザイン課は、広報部の延長線上にある業務を一部担うことになりますが、方向性としては、より柔軟な発想で会社のイメージ戦略を立案して、幅広い顧客層にプロモーションを仕掛けいくことだと認識しています。新しいことを会社組織の中で仕掛けていくときに、これから自分はどういう立ち振る舞いをしていかなければならないのか、頭を悩ませるできごとが着任早々続いています。モチベーションを下げる要因がどんどんと浮き彫りにされていく状況下で、不安定な心の動揺をどう自分で支えていくか、早くも勝負どころといった感があります。それにはまず、目指すべき着地点を焦らずにもっと先に位置付けること。そして、それに着実に少しずつ近づいていくことなのだろうと思います。

日本の経済不振が続いている中、ディーブイエックス株式会社は成長をしつづけている数少ない優良企業の一つですが、世の中の全体の情勢を見てみると、日本はたしかに経済不振であることは間違いないようです。このような状況下において、最初に切り捨てられるのが文化事業のコストだと思います。特に日本においては、新しい文化行為に対してとても後ろ向きの考え方をもっているように感じています。必ずしもなくてはならないことではないこと、今やらなくてもよいことなどという考え方がベースにあるのだろうと思います。デザインもしかりかもしれません。欧米の企業に比べると、日本企業の製品のデザイン力は少し劣っているように感じています。もともと、日本人はそういうところに力を注がない人種なのかもしれません。機能ばかりが先行して、高い技術力で発展している企業が多いのだろうと思います。一見、それは市場ニーズに応えているかのように感じてしまいます。しかし、それだけでは、人の心は決して潤わないと思っています。花見の時期になるとよく目にするブルーシートやお掃除をする人の作業服、都心の商業ビル群や国産自動車など、色の使い方や造形に見る日本のデザイン力はまだまだ乏しいと思えてなりません。消費者の「使えればいいじゃない」とか「安いからいいじゃない」といった考え方が決して悪いと言っているわけではありません。しかし、「デザインが多少悪くても」というその消費者の優しさまたは妥協が日本のデザイン力をなかなか上げられない要因になっているとも思います。デザインのいいものが安くて便利に使えるのならいいですよね。もちろん、一時期の時代よりは、現在の方がまだデザイン性に富んだ日本製品が少しずつ出始めています。機能や価格での差別化ができなくなりつつある現代において、ようやく日本の消費者もデザイン性に着眼するようになってきているのかもしれません。また、日本がどんどん国際化社会になってきている中、海外製品を日本の市場で見る機会も増えてきています。このことが、日本人の目が少しずつ養われてきている要因となっているのかもしれません。

しかし、デザイン性を高めるには今でもコストがかかってしまいます。形状面では、材質や製造方法にも影響を及ぼすことになるため、その分のコストも上がることになります。また、ユーザビリティを考慮した形状設計や科学的に裏付けられた色の選択や配色、時には芸術的な感性も必要となってくるデザイン力としてのコストも考慮しなくてはならないでしょう。今の日本において、そこにコストをかける価値を見出す力があるかどうかが問われる時代になってきているように思います。デザイン性という差別化は、定量的に数値で表すことが難しい領域である以上、コスト重視でものごとの考え方が進んでしまうとうまくいきません。アウトプットによる効果がコストを打ち消すだけのインパクトをどれくらい与えるものなのか、それをイメージすることができるかどうかでその企業の将来が大きく左右していくのではないのでしょうか。

人の心を潤わせる製品やそれを象徴する企業イメージをつくっていくには、やはり企業人としても心の余裕や潤いがないとなかなかうまくいかないように思います。柔軟に新しいことを受け入れる心の余裕や変化することに恐れない気持ちをもつことは、今も昔も、潜在的でありながら実はとても重要な企業戦略の一つなのだろうと思います。

そういう想いを抱きながら新しいことを仕掛けていきたいという気持ちでスタートしたコーポレート・デザイン課ですが、それが今の時点で、会社組織の中で望まれた行為であるかどうかは疑問の残るところです。まだ機が熟していないのも事実だろうと思います。出鼻をくじかれた感はありますが、ただ一つ、コーポレート・デザイン課を新設する意思表示をされた社長の想いは素直に受け止めています。

2010/01/31

今年の2010年1月27日、米国の小説家Jerome David Salinger(ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー、1919年1月1日 ニューヨーク市マンハッタン生まれ)氏が亡くなりました。『ライ麦畑でつかまえて』という小説は知っている人も多いかもしれません。彼は数々の作品を発表しつつも、1965年、奇しくもぼくの生まれた年に隠遁者となり、以後40年以上も作品を発表することはありませんでした。91歳という高齢で亡くなった彼は、文学者としては珍しい存在だったようにも思います。

たしかに、文学者の中には孤独に生きようと隠遁の道を歩む人もいます。文芸評論家の饗庭孝男(あえば たかお、1930年1月27日 - )氏の著書に『日本の隠遁者たち』というのがあります。この著書の出版元である筑摩(ちくま)書房による紹介文にはこんなことが書いてありました。

「ひとは、生まれてから死ぬまで他人とのかかわりにおいて生きている。しかしそれが時にはわずらわしくもあり、また時には人恋しくもなる。心の葛藤を自然を愛でることと孤独に耐えることで癒しながら生きた隠遁者たち。」(一部割愛)

人は多かれ少なかれ、他人とのかかわりにおいて、悩んだり苦しんだりしながら自分自身の生き方を模索しているのだと思います。いっそ、そのかかわりを断ち切り、孤独の道を歩むことを考えたことのある人も多いのではないでしょうか。でも、それは容易にできることではありません。サリンジャーのようにあえて孤独を目指す人もいれば、孤独から逃れて一生懸命に人の心の中に存在しようとする人もいます。でも、皮肉かな、孤独を求め隠遁者となった人たちの中には、他人の心の中にその存在がしっかりと根付いていたりもします。

葛藤はまだまだ続きます。
でも、今はただ「なにか」をつくりたい。その気持ちでいっぱいです。

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